任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第三十六話 「阿山ちさと」という女性

阿山組本部。
慶造の法要の日。いつもより優れない顔色で真子は、笑心寺にある慶造の墓の前で、手を合わせていた。ふと目を開けて、墓を見つめる真子。ため息を付いて、立ち上がった。そんな仕草に少し疑問を感じた真北は、本堂に向かった歩いてくる真子に歩み寄った。

「…真北さん」
「顔色…優れませんよ」
「んー。ちょっと疲れたかな。でも大丈夫だから」

真子は、にっこり微笑んでいた。

「慶造に何を話していたんですか?」
「真北さんがいじめるから、なんとかして欲しいってお願いした」
「…組長〜、私がいつ、いじめたんですか?」
「さぁねぇ〜」

真子は誤魔化したように笑っていた。そして、住職に挨拶をして、笑心寺を後にした。


本部にある真子のくつろぎの庭。真子は、桜の木の下に立ち、ボォッ〜〜と見上げていた。

まさちんが、庭に面した回廊を歩いていた。ふと、真子のくつろぎの場所に目をやった。

「組長!!」

まさちんは、慌てて真子に駆け寄った。なんと、真子は桜の木の下で倒れていたのだった。

「組長、組長!?」

真子は、まさちんの呼びかけに反応しない。まさちんは、真子を抱きかかえて、部屋へ連れていった。
真子の部屋のベッドにそっと寝かしつけるまさちん。真子の額に手を当てた。熱がかなり高くなっていた。

「…ん……、お母さん……」
「組長?」

真子の呟きに耳を傾けるまさちん。しかし、そんな風にのんびりとしている事態ではない!!
まさちんは、急いで真子の部屋を出ていった。


真北とまさちんが、眠る真子の側に座り込んでいた。

「少しは下がったか…」
「すみませんでした」
「まさちんは、悪くないよ。後は俺に任せて、まさちんも休め。
 ここんとこ、休んでいないだろ?」
「私は大丈夫ですよ。それより、気になることが…」
「気になること?」

まさちんは、真子を見つめながら、静かに言った。

「組長が、寝言で『お母さん』…と…。ぺんこうが言っていたように、
 未だに、あの事が尾を引いているとか…」
「…そうか……」

真北は、呟くようにそう言った。

「…では、お言葉に甘えて…。失礼します」
「あぁ」

まさちんは、そっと真子の部屋を出ていった。

「はふぅ〜〜……。どうしたもんかな…」

真北は、あぐらをかいて、両手を後ろにつき、口を尖らせて、眠る真子を見つめていた。
目線を移した。
そこには、ちさとの写真が飾ってあった。
真北は、立ち上がり、ちさとの写真を手に取り、ソファに腰を掛けた。

「…ちさとさん…真子ちゃんに話してもいいですか?
 能力の事で体力が弱り切っているというのに…、心まで
 弱ってしまったようです…。…話すことで、更に
 心を閉ざしてしまうかもしれません…。あの頃のように…、
 あなたが、亡くなってから、今まで、ずっと…、
 真子ちゃんの心の中に引っかかっているんですよ…。
 …私では…無理なのかも…しれません…」

真北は、ちさとの写真に語りかけていた。そして、目を瞑った。

「自信…無くしましたよ……」

真北は、悔しいのか、唇を噛みしめていた。

「…真北…さん?」

真子が目を覚ました。

「組長…。…駄目でしょう! 体調が悪いときに庭で…!!
 まさちんが気付かなかったら…」
「ごめんなさい…体調、よかったんだけど…。急に…」

真北は、落ち込んだ表情の真子に近づき、優しく頭を撫でた。

「ったく…。あまり心配を掛けないで下さい」
「ごめんなさい…」

真北は、優しく微笑んでいた。

「真北さん…お母さんに何を言ってたの?」
「へっ?!!」

真北は、真子の言葉に驚き、真子の頭から手を引っ込めた。そして、その手をポケットに突っ込み、あらぬ方向を見つめていた。

「…やっぱり語りかけてたんだ…」
「は、はぁ、まぁ」

真北は、照れたような顔をしていた。そんな真北を見つめる真子は、起きあがる。

「まさちんは?」
「部屋で休むように言ってます」
「うん。ありがとう…。まさちん、疲れ切っているのに、
 いっつも私に気を配ってるからね…。ここや自宅に
 居る時くらいは、のんびりして欲しいもん…」
「組長の気持ちは、まさちんに伝わってますよ。だけど、
 身についているんでしょうね。…そんな風に私は
 あの頃、言わなかったんですけど…」

真北は、ベッドに腰掛け、真子を見た。

「なぁに?」
「…ちさとさんの話…しましょうか?」

真子は、突然の真北の言葉に驚いた表情を見せたが、それは、直ぐに素敵な笑顔になった。

「うん」
「…何からお話すれば、よろしいですか…」
「う〜ん。真北さんとお母さんの出逢った時からがいいなぁ」
「わかりました」

真子は、真北に手招きして、以前、自宅のベッドの上で二人語り合った時のように、ベッドの上で壁にもたれ、膝を抱えた感じで座り直した。真北も同じ様な格好で、真子の隣に座り込んだ。

「私が、ちさとさんと出逢ったのは、この本部ですよ。あの頃の
 私は、やくざ嫌いで、やくざと聞けば片っ端から引っ捕らえて
 いたんですよ……」

真北は、懐かしい表情で真子に語り始めた。


その頃、まさちんは、自分の部屋のベッドで、大の字になって眠りこけていた。



むかいんが、買い物から帰ってきた。そして、本部内にある厨房に入り、夕食の支度をし始めている。

「組長、熱を出したんだよな…。熱冷ましより、
 体力を付けるものの方がええか…」

そう言いながら、包丁を片手に持ち、くるりと一回転させてから、野菜を刻み始めた。



「それから、私は、あの日まで、ちさとさんと行動を共にしてました。
 慶造に代わって、組長を育てましたよ」

真北は、真子に優しく語っていた。

「少しだけ…覚えてるよ。真北さんとお母さんとあちこち
 出かけていた時を…。周りには、えいぞうさんたちが
 たっくさん居たけどね!」
「あの頃は仕方ありませんでしたよ。周りに敵対する組が
 多かったですからね。いつ何処の組が襲ってくるのか…。
 でも、それを気にしていたら、閉じこもった子になると
 ちさとさんが気にしていたので」
「真北さんの仕事は知っていたの?」
「慶造とちさとさんには、話しておかないと仕事になりませんから。
 慶造は反対したんですが、ちさとさんは、そんな慶造を説得したんですよ。
 命の大切さ…をね…」
「命の…大切さ…」
「えぇ。その意志は、こうして真子ちゃんに自然と
 受け継がれているんですから…」

真北は、優しい眼差しで真子を見つめていた。

「そう言っていたちさとさん自身が、抗争で命を落とした」

真北の表情が一変する。

「真北さん…?」
「だから…真子ちゃんが、この世界で生きると言った時、
 反対したかった。私の大切な人を失いたくない…。
 だけど、真子ちゃんの意志をきいたとき…、これ以上
 無意味な争いで、哀しい思いをするものが減るなら…、
 そう思った途端…俺は、真子ちゃんを五代目に推した。
 …数々の危険が伴ってるけど…こうして、元気に過ごしている」

真北は、真子の頭を撫でていた。

「でも、私としては、ちさとさんの意志を尊重したい。
 常に言ってましたから。…真子ちゃんには、普通の暮らしを
 して欲しいと…ね。それが、いつの間にか真子ちゃんへの
 暗示になっていたのかもしれない…。やくざが嫌い、
 普通の暮らしがしたい…という真子ちゃんへの……」

真北の手が停まった。そして、何かを思ったのか、真北は、真子から手を離し、目線を反らした。

「真北さん、どうしたの?」

真子は真北の顔を覗き込んでいた。
真北の目は潤んでいた。

「……真北さん……」
「本当は、真子ちゃんには、この世界で生きて欲しくないんだよ…。
 俺の育て方が、間違っていたのかな…」
「えっ?」
「自分のことよりも、周りのことを考えてしまうから…。
 …真子ちゃんは、この世界で生きるには…優しすぎるから…。
 それは、ちさとさんと全く似ているんですよ…。
 …私が好きな……」

真北は、慌てて自分の口をふさいだ。思わず言ってしまった本当のこと。その先のことも言いそうだった。

一度だけ……。

「真北さんが、お母さんを好きだったことは、知ってるよ。
 そんなお母さんも、真北さんに好意を抱いていたのも
 なんとなくわかる…。だって、お母さんが真北さんと
 話すときの表情、とても嬉しそうだったもん。幼かったけど、
 真北さんとお母さんが居るところには、邪魔したらいけない
 ような気がしていたもん…」
「ま、真子ちゃん…」
「二人の間に何が遭ったのかは、聞かないけど…。だけどね…、
 私が、お母さんの事を考えているように、真北さんも
 お母さんのことを常に考えているでしょ? そして…、
 時々、私を通して、お母さんを見ている…」

真子は、真北を見つめていた。真北も、真子を見つめた。
真子の眼差しは、ちさとに似ている。真北の目には、真子がちさとと重なって見えていた。

「最近…真北さんが、可笑しい…。何か遭った?
 ぺんこうを殴った時から…。…ぺんこう、久しぶりに
 真北さんに言ったんでしょ? お母さんと私を重ねて見ているって…」
「えぇ。…そう言われて…気が付いたら、殴ってましたよ」
「真北さんの悪いとこだよ。本当のこと言われて怒るのは。
 …ぺんこうの事すごく心配してるのに…それが、一向に
 ぺんこうに伝わらないのは、真北さん自身が自分を卑下してる
 からだよ。真北さんは決して間違った事はしてないんだもん。
 ぺんこうが、いつまでもこだわっているのは、引っ込みが
 着かないだけなんだから。真北さんに似て、ぺんこうも
 頑固なところあるからね。…私にもあるけど…」

真子は、笑っていた。

「時が解決するには、時間がかかりすぎているけど、いつか…
 いつかきっと、昔のようになるから…。だから…真北さん、
 心配しないでね……えっ??」

真子は、驚き、そして、声にならなかった。
なんと、真子の言葉で、真北に異変が起こったのだった。真北にあり得ない行動……。

「真子ちゃん……」

真北が、真子を抱きしめていた。その勢いに耐えきれず、真子は、横たわってしまった。

「…ちさとさんと…同じ事を言わないで下さい…。
 俺が、芯の事で悩んでいたのを悟られた…あの時、こうして
 俺に言った…。いつかきっと昔のように過ごせるから…って。
 俺…その言葉を聞いた時…、押さえていた感情が…
 それで…ちさとさんを……。…ごめんなさい……」
「真北さん……」

真北は、真子を抱きしめたまま、泣いていた。そんな真北を真子は力強く抱きしめていた。



日が沈み、外はすっかり真っ暗になっていた。むかいんが、夕食の用意を終え、真子の部屋を目指して回廊を歩いていた。

「…まさちん…何してるんや?」

真子の部屋の前で、立ちつくすまさちんに気が付いたむかいんは、静かに言った。

「ご飯できたんだろ?」
「あぁ。組長の様子は?」
「少し元気になったみたいなんだよな…」

まさちんは、顎で真子の部屋を指した。

「ん?」

むかいんは、まさちんの態度に疑問を抱き、真子の部屋の中から聞こえる声に聞き耳を立てた。
真子の笑い声が聞こえていた。

「真北さんと一緒なのか?」
「あぁ」

真子の笑い声を耳にしているのに、まさちんは、なぜか……落ち込んでいる…。



「しっかし、真北さんの弱味を握った感じだなぁ」
「不覚…」

真子は、仰向けに、真北は俯けでベッドの上で寝転んでいた。そして、真北は、何故か笑い続けていた。

「私にとって、真北さんは、強い人なんだもん」
「常に強いところを見せていましたから」
「これからは、弱いところも見せてね。その方が安心するから」

真子の言葉は力強かった。

「…なんだか、反対になってしまいましたね…。私が真子ちゃんを
 元気づけるつもりだったのに、私が元気づけられてしまった…」
「そうかなぁ〜」

真北は、真子を見つめた。

「…真北さん、目が真っ赤だよぉ」
「泣けば、誰だって赤くなりますから」
「ねぇ、こうして、橋先生にも泣きついたでしょ?」
「ぺんこうを殴った日…ね」
「それで、すっきりした顔で帰ってきたんだね。…少しは
 近づいたんじゃない?」
「あいつとの距離ですか?」
「うん」
「…わかりませんね…。あいつ自身が近づこうとしないから。
 幼いときは、私の後ばかり付いて廻っていたのにな…」
「……二人の距離を縮めるために、頑張るから…」
「…真子ちゃん……」

真子は、優しく真北の頭を腕の中に包み込んだ。

「私達の…せいだから…」

その声は、ちさとの声に似ていた。…いいや、実際ちさとの思いだったのかもしれない。
真北は、急に真子から離れ、ドアの方を見つめていた。



「…料理冷める…でも…入りにくいな…」

その時、真子の部屋のドアが開いて、真北が出てきた。

「夕飯か?」
「は、はぁ」

真北が、むかいんに尋ねた。むかいんの返事に真北は、再び真子の部屋へ入っていき、すぐに、真子と一緒に出てきた。
真子の顔は、すっきりした表情をしている。

「組長、もう、大丈夫ですか?」

まさちんは、心配顔で真子に尋ねる。

「だいぶましぃ〜。ありがと、まさちん。行こう!」

真子は、微笑んでいた。そして、四人は、食堂へ向かって歩いていく。

真子は、ふと真北に目をやった。そして、優しく微笑んだ。
真北は、一瞬、戸惑ったが、真子の微笑みに応えるような表情で真子を見つめていた。

…芯に殴られるかもな…。





「違うぅ〜!!!」
「こうですから」
「違ってるはず!」
「…組長ぅ〜〜」

大阪に帰ってきた真子達。
ここは、真子の自宅のリビング。なぜか、この夜、真子と真北が、AYAMAのゲームの試作品を楽しんでいた。

「ほらぁ〜、私の言った通りでしょ!」
「ブーーー」

真子は、ふくれっ面になっていた。その頬を両手で押さえる真北。
二人の雰囲気は、どことなく…恋人…??



「本部から戻ってから、組長と真北さんの間に感じていた
 何かが、違うんだよな…」

まさちんは、部屋で阿山組日誌を広げて、同じ部屋にいるむかいんに呟くように言った。

「俺もそう感じるよ…」

むかいんは、料理の本を広げながら、まさちんの呟きに応えるように言った。

「それが、普通だろ」

くまはちが、腹筋をしながら、短く言う。

「俺が、組長に初めて会った頃、よく見られた光景だよ。
 まだ、幼かった組長と真北さんのあの雰囲気、
 まるで、恋人同士って感じやったもんなぁ」

腹筋を終えたくまはちは、そう言いながら、腕立てを始めた。そんなくまはちの上にまたがるむかいん。足を地面から離した。

「お前なぁ、部屋での体力作りはやめろって言ってるやろ!」

くまはちは、むかいんを背中に乗せたまま、腕立てを続けていた。

「ええやないかぁ〜!!!」

くまはちは、腕立てのスピードを速めた。

「でも…ぺんこうが黙ってないんとちゃうか?」

そう言ったくまはちは、急に腕立てをやめて、立ち上がる。むかいんは、くまはちの背中から滑り落ちて、尻餅をついた。

「いてっ! くまはちぃっ!」
「むかいんも、反射神経くらい鍛えておけよ」
「家では、発揮せぇへんだけや!」
「さよか…って、まさちん…いい加減に本当の日誌を書けよぉ」

くまはちは、まさちんの後ろから阿山組日誌を覗き込んでいた。

『組長の心は、少し元気になった様子。真北さんと何か
 あったのだろう。二人の雰囲気が、以前と違う…』

「…今度書き換えておくからな。阿山組日誌じゃなくて、
 まさちんの日記ってな」
「うるさいなぁ〜」
「静かに…」

むかいんが突然、何かに気が付いたのか、二人に言った。
静かな中、聞こえてくる声…それは、ぺんこうと真北の声だった。

「…争ってるのか…?」

くまはちが呟くように言った途端、三人は慌てて部屋を出ていった。



「ですから、こうですよ」
「違うっつーのに!!!」
「ほらぁ、これで、先に進んだ」
「…なんだよぉ。……ぶーーーー」

真北がふくれっ面になっていた。
帰宅したぺんこうが、リビングに入ってきたら、真子と真北が、ゲームを楽しんでいる光景を目の当たりにした。
少し怪訝そうな顔で二人を見ていたぺんこうに、真子が、ゲームの交代を言ってきた…そして、真北とぺんこうが、二人で争いながらも、ゲームを進めていたのだった。
そんな二人の後ろ姿を見つめる真子の眼差しは、とても優しかった。

「あなたは、このような物に慣れてないから、わからないんですよ」

ぺんこうが、呟くように言った。

「うるさいなぁ〜。勉強ばかりやってる奴に言われたくないな」

真北が、言い返す。

「…あのね…」
「なんや?」

ぺんこうと真北は、睨み合っていた。

「二人ともぉ〜早くしないと、タイムアウトだよぉ」

真子が、横やりを入れた。

「うわっ!」

真北とぺんこうは、まるで息があったように、同時に叫んだ。

ゲームオーバー。

「だから、言ったのにぃ〜」

真子は、ふくれっ面になっていた。

「そんな顔をするなら、組長がしてください!」

真北とぺんこうは、再び同時に言った。

「息ぴったりやん…」

真子は呟きながら、何故か微笑んでいた。



リビングの外では、まさちん、むかいん、くまはちが、中の様子を伺っていた。

「喧嘩じゃないんか…」

むかいんが、そっと言った。

「組長が居るからかな?」

くまはちが、言った。

「…俺は、寝る…」

まさちんは、ふてくされた顔をして、二階へ上がっていった。

「ふてくされたか…」
「そのようだね」
「しゃぁないかぁ」

くまはちとむかいんは、お互い顔を見合わせていた。
二人が部屋に戻ると、まさちんは、布団を引っ被っていた。
くまはちは、何かを企んだのか、突然、まさちんの上に飛び乗り、そして、布団ごと、まさちんを押さえ込む。
まさちんは、もがいていた。そして、何とか、布団から顔を出した。

「はぁはぁ…くまはちぃ、お前なぁ〜。いきなりなんや!」
「ふてくされたかなと思ってな」
「ほっとけや!」
「…やっぱりふてくされてるやないか」

まさちんは、くまはちを睨む…。そして、諦めたように、目線を反らして、ため息をついた。

「…なんか…組長が遠ざかっていくようでさぁ…。
 俺の存在…無くなりそうで……」

まさちんは、寂しそうな表情をしていた。くまはちとむかいんは、そんなまさちんを兄貴のような表情で見つめ、そして、微笑んだ。

「なんだよ…。可笑しいか…?……可笑しいよな…」
「可笑しくないよ。思い過ごしやって。な、むかいん」
「そうやで。組長の中では、お前が一番やで。な、くまはち」

その時だった。部屋の外から真子の声が聞こえてきた。

『まさちん、起きてる??』
「は、はい」

まさちんは、くまはちを押しのけて、部屋を出ていった。

「あのね、明日のことなんだけど…」
「はい。二時限からですね?」
「うん…それと……」

真子とまさちんは、そう言いながら、真子の部屋へ入っていく。
むかいんとくまはちは、部屋の中で真子達の様子を伺っていた。

「…悔しいよな…」

むかいんが、呟いた。

「やっぱし、お前はそう思ってたか」
「くまはちもそうやろ?」
「まぁ、なぁ…。でも、俺もお前も、初対面で組長の
 笑顔を拝見できたんだから。まさちんは、一ヶ月、
 ぺんこうなんて、一年以上だろぉ」
「そうだよな」

むかいんとくまはちは、お互い微笑み合っていた。

「そろそろかな…」

くまはちとむかいんは、揃って呟いた。
二人が思った通り……。

『うぎゃぁぁ!! 組長、やめて下さい!!!』

真子の部屋から、まさちんの叫び声が聞こえてきた。

『まさちん!! 放せぇ〜!!! ふぎゃぁ〜!』


リビングで、ゲームを楽しんでいた真北とぺんこうは、真子とまさちんの叫び声を聞いて、大きなため息を付いていた。

「放っておきましょう」

ぺんこうが言った。

「そうだな……」

真北は静かに言った。
沈黙が続く中、ゲームは先へと進んでいた。

「…なぁ、ぺんこう…」
「はい」
「…親子関係が崩れたら、どう思う?」

ぺんこうは、真北の言葉に、手を停め、そして、目をやった。

「…お前の言うとおり、俺は、真子ちゃんとちさとさんを
 重ねてみているかもしれない…」

真北も手を停め、そして、ぺんこうを見た。
ぺんこうは、驚いた表情をしている。

「…真子ちゃんに、ちさとさんのことを話していたんだ。
 その時…俺の悩みを悟られた。…そして…ちさとさんと
 同じ事を言われたよ」
「……俺とあなたのことですか?」
「…あぁ」
「その時に、親子関係が崩れたんですか?」
「気が付いたら、俺…抱きしめていたよ。自分でも驚いた…」

ぺんこうは、ただ黙って真北を見つめているだけだった。
ゲームは、タイムオーバーで、終了していた。

「どうしたんですか? 真北さん、可笑しいですよ。
 組長が、大きくなるにつれ、ご自分を失っておられますよ。
 …私の知っているあなたは、弱さを見せない人ですよ。
 もっと、しっかりしていただかないと…」
「相変わらず…冷たいな…」
「私は、変わりませんから」
「そうだよな…お前は、意志が強いからな…」
「組長には、頑固と言われますけどね。…私は、部屋へ
 戻りますよ。明日から、忙しいですから」
「…あぁ。…お疲れさん」
「失礼します」

ぺんこうは、静かにリビングを出ていった。
真北は、ため息を付いて、テレビ画面を見つめていた。

「タイムオーバー…か…。組長…すみません…」

真北は、真子の心遣いに気付いていた。



ぺんこうは、自分の部屋へ入っていった。その様子を真子の部屋で伺っていた真子、まさちん、そして、二人のじゃれ合いを停めに入ったくまはち、むかいんが、そっとドアから顔を出した。

「…やっぱし、あかんか…」

真子は呟いた。

「根は深いですからね…」

事情を知っているくまはちが、言った。

「……でもいつかきっと、戻るでしょう」

なんとなく真北とぺんこうの雰囲気に気が付いているむかいんが言った。

「…やっぱり俺だけ…」

まさちんは、ふてくされていた。

「…まさちん、どうしたの?」
「こいつ、おかしいんですよ」

くまはちが、言った。

「さっきから、ふてくされてばかりですよ」

むかいんも言った。

「いつものことやん」

真子が応えると、

「そうですね」

くまはちとむかいんは、同時に頷く。

「…てめぇえらぁ〜なぁ〜」

まさちんは、むかいんとくまはちの胸ぐらを掴みあげた。

「まさちん!!!」

そんなまさちんに、真子の蹴りが入る。

「…それでも、許さないぃ〜!!!!!」

まさちんは、何故か叫んでいた。そして、むかいんから、手を離し、その手でくまはちに殴りかかろうとする。

「いつまで、騒いでるんだよ…お前らは!!!」
「ひぃっ!!」
「うぎゃぁん!!」
「ぎょっ!!」
「あわわわ…」

くまはち、真子、むかいん、まさちんは、慌てた。
怒鳴ったのは、真北だった。

「リビングにまで聞こえるくらいの声でいつまでもいつまでも
 騒いで…。むかいん、お前まで一緒に…」
「すみません……」

むかいんは、恐縮そうに、俯いた。

「くまはち、報告は?」
「すぐに…」

くまはちは、びしっと立っていた。

「まさちん…お前に言っただろ? 組長に負担をかけるなと。
 なのに、一緒になって暴れて…騒いで…」
「申し訳ありません…」

まさちんは、深々と頭を下げる。

「…組長……。もう就寝時間過ぎてますよ」
「は、はい。すぐに寝ます」
「それと、明日、講義が終わったら、橋のところに行くように。
 定期検査、三回分とばしてますよ。まさちん、わかったな」
「はい」

まさちんの返事を聞いた途端、真北は、ため息を付いた。

「……いつまでもガキじゃないんだからな…」

真北は、静かに言って、自分の部屋へ向かっていった。

「早く…寝ろ!」

そして、真北は部屋へ入っていく。
真子の部屋の前で、大の男三人は、立ちつくしていた。

「真北さんだ…」

真子達は、声を揃えて、そう言った。



ぺんこうは、着替えもせずにベッドに大の字になって、天井を見つめていた。
ただ、見つめているだけだった。





橋総合病院。
真子は、定期検査を終え、検査結果を待っていた。その間、橋と楽しく話し込んでいた。

「残念やったなぁ」
「うん…。元に戻るかと思ったんだけど、早まっちゃった」
「まぁ、何も、真子ちゃんがあいつらを修復せんでもええと思うけどなぁ」
「だけど…お母さんが、気にしていたことだから…。なんとなく覚えてるんだぁ。
 お母さんが時々、寂しそうに言っていた言葉。
 『真北さんの悩みを解決できたらいいのにね。解決させてあげたいね』
 ってね」
「…真子ちゃんは、何時知ったんや?」
「二人の関係?」
「あぁ」
「ぺんこうが、家庭教師で本部に通うようになってからかなぁ。
 この能力、人の心を読む力もあるでしょ?」
「そうやな。気を抜いたら聞こえるんやったっけ?」
「うん。それでね。私が熱出して寝込んだ時、真北さんと二人で
 側に居てくれたんだ。その時かな…。ぺんこうの声が聞こえたの。
 あなたの事は、絶対許さないから…ってね…。私、その時は、
 何のことか解らなかったんだけど、暫くして、わかったの…」

真子は、沈んだ表情をしていた。

「ぺんこうの心にあるモヤも気になっていた。真北さんの話をするとき
 いつも、感じていたから…。でも、今は、それも感じなくなった。
 こないだ、久しぶりに感じたけどね」
「真北、最近、可笑しいやろ」
「うん…」
「そのことで、最近悩みだしたみたいやな。昔…真子ちゃんの
 お母さんが健在の頃に、よく見られた光景らしいけどな」
「だったら、もう大丈夫だよ。私の知ってる真北さんに戻った」

明るい真子の声。それを耳にしただけで、橋にも解る。
本当に、いつもの真北に戻っている…と…。

「なんやぁ、もう、戻ったんかい。楽しみにしてたんになぁ。
 真北の泣きっ面」
「私も見たぁ。初めて真北さんが、私の前で…ね」
「よっぽどやってんなぁ〜」
「私を元気づけるつもりが、反対になっちゃった!」
「親子関係が崩れたか?」
「親子関係?」
「真子ちゃんと真北の関係や」
「うそぉ、なんで? 真北さんは、私の恋人なのにぃ」
「はぁ?!?!??????」

橋は、真子の言葉に、突拍子もない声を張り上げて驚いてしまった。

「こ、こ、こ、こ、恋人?!」
「うん。そうだよ。ずっと昔からの約束だもん。
 『真子ちゃんは誰にも渡さない。私の大切な人ですから』
 そう言った真北さんに、私は、どういうことか尋ねたら
 『恋人ですよ』
 って応えたんだもん」
「…それ、何時?」
「えっとぉ〜三歳…」
「えらく昔の記憶があるねんなぁ〜」
「術の効力無くなってから、いろんなことを思い出したもん。
 …もしかして、真北さん、忘れてるのかな??」
「さぁ、どうやろなぁ」

そう言って、橋は、奥の部屋の方に目をやった。
そこには、真北が、身を潜めて、真子と橋の会話を聞いている姿が……。
冷や汗を掻いている真北…。

「検査結果、変わらず。…だから、無茶はしないこと。わかったかぁ?」
「はぁい」
「それと、真子ちゃんに課題」
「はい」
「今の自分の限界を見極めること。そうやないと、突然倒れるやろ?
 本部の話、聞いたで。だから、自分で見極めておけよぉ」
「わかりました。では、帰ります。ありがとうございました」
「気ぃつけてなぁ」
「真北さんに言っててね。言わなくてもええか!」

真子は、奥の部屋に目線を送って、橋に笑顔で手を振って、事務室を出ていった。
まさちんは、ドアの所で一礼して、真子と去っていく。

「…ばればれか?」

真北が、部屋から出てきた。

「…ひどい彼氏やなぁ〜」
「忘れてたよ。ほんとに」
「幼い頃に言った言葉、真に受けてるんちゃうかぁ。
 まさか、そんな関係だったとはなぁ〜。驚きや」
「しゃぁないやろぉ、あの時は、…真子ちゃん、すねてて
 そう言うしかなかったんやから…」

真北は、ポケットに手を突っ込んで、口を尖らせる。
そんな真北を、橋は、優しい眼差しで見つめて、含み笑いをしていた。

真北、そんなに悩むことか?




「組長、本当のことですか?」
「ほんとやで」

車の中で、まさちんは、先程の真子と橋の会話の事を気にして、尋ねていた。

「お二人の関係…益々解らなくなりました…」
「二人だけの秘密だもん」

真子は、かわいらしくまさちんに応える。

「なんだかなぁ……」

まさちんは、そう呟いて、アクセルを少しだけ踏み込んだ。



(2006.3.17 第三部 第三十六話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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