任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第三十七話 真北と水木

どしゃぶりの雨が降っていた。
真子は、足下を気にしながら、大学構内を歩き、そして、図書館へ入っていった。

「返却に来ましたぁ。ありがとうございました」
「はぁい。阿山さん、次はいいの?」
「そうですね。暫く、必要ありませんね」
「阿山さんの注文には、いつも参りますから。例の本屋で見かけた
 本をここで求めないで下さいね」
「売り上げの協力ですから」
「ご自分で購入したら?」
「でも、おすすめの本は、絶対に役に立ってると思いますけど!」
「…もぉ、阿山さんには、負けました。はい。OKです。
 気を付けてね」
「ありがとうございます!では、また!」

真子は、図書館を出ていった。ちょうど、まさちんが、ロータリーの所へ車を停め、降りてきた所だった。
真子は、まさちんの姿を見て、嬉しそうに手を振っていた。


「組長、はしゃぎすぎですよ…」

まさちんは、照れたように呟いた。

「お疲れ! ほな、ビルに行こか」
「全て済ませてきました」
「…間違いない?」
「はい。…って、早く車へ。雨に濡れますよ」

まさちんは、いつまでも車に乗ろうとしない真子にドアを開けた。
真子は、まさちんの足を蹴る。

「組長!」
「これくらいは、自分でできるから、するなって言ってるやろ!」
「すみません…」

真子は、ふくれっ面になりながら、車に乗り込んだ。まさちんは、真子の傘を畳み、真子に手渡した。

「家に帰りますよ」
「はぁい」

まさちんは、運転席に乗り込み、車を発車させた。




AYビル。
真子が、大学から自宅に向かっている頃、実は、緊急会議が開かれていたのだった。
それは、真子には内緒の会議…。
真子にばれてはいけないということで、まさちんは、真子をビルから遠ざけるように動いていたのだった。

「中国・四国地方は、納まってます。そして、九州もですね。
 しかし、中には、反発する組もあるようです」

水木が、報告書をめくりながら話していた。

「ここに記載している組が、要注意ですから」
「…って、全部水木、お前のとこと敵対してた組やないか」

須藤が、呆れたように言うと、

「しゃぁないやろぉ。AYAMAの仕事してたら、こっちを
 疎かにしてしもたんやからぁ。反省しとるから。ちゃんと
 対策考えてるから」

やっぱり、喧嘩腰になる水木。

「ほな、ええんとちゃうんか?」

谷川が、報告書をめくりながら、水木に言った。

「な。やっぱし、わしら、気ぃ抜けすぎとるやろ。昔やったら
 こんなことでも、カタつけに行っとったやろ」

水木が、自慢げに言うと、

「しゃぁないやろぉ。組長が、平和主義やから」

須藤が、ため息混じりに応えた。

「須藤、てめぇ、組長の流儀に文句あるんか?」

水木は、怒り心頭。
それに応えるように須藤は反発する。

「文句は、ないわい。それで、今まで生きて来れたんやからな」
「だったら、何も言うなよ」
「お前の言い方が気に喰わんだけや」
「なんやとぉ〜?」

水木と須藤が、睨み合う。
そんな二人を見ている谷川、川原、藤、松本達関西幹部は…。

「また始まった…」

そんな風に呟いて、ため息を付いて、二人の様子を眺めていた。




くまはちは、AYAMAの仕事を張り切っていた。
てきぱきと仕事をこなしていく姿を見て、AYAMAの社員は、感心している。

「くまはちさんって、どうして、そこまでやる気あるんですか?」

変な質問をする八太に、

「やりがいありますから」

くまはちは、笑顔で応えた。

「真子ちゃんのボディーガードが主な仕事ですよね?」
「そうですよ。しかし、その仕事は、命に関わりますから、
 組長が、とても嫌がっているんですよ。ですから、本来の
 仕事をさせてもらえなくて…ね」

くまはちは、苦笑い。

「本来の仕事の中で、今まで一番すごかったのは?」
「…組長に、拳をもらったことかな」
「拳?」
「はい。…八太さん、無理ですよ。駿河さんに頼まれたでしょ?
 私から、例のことを聞き出そうと思ってますね?」

八太の顔が引きつっていく…。

「…図星ですか。…その企画は、組長に通してくださいね。
 私は、絶対に反対ですから」

くまはちは、強く言いきった。
徐々に、駿河達の企みが明らかにされてくる…。




三十八階へ到着したくまはちは、まさちんの事務室へ向かって歩いていく。

「くまはちぃ〜」

少し軽い口調で呼び止めるのは水木。

「何でしょうか?」
「手、貸してくれへんかぁ?」
「手…?」

くまはちが、自分の手を水木に差し出すと、水木は、目が点に…。



一台の高級車が走っていた。
その車には、水木とくまはち、そして、虎石と竜見が、乗っている。

「水木さん、一体何を?」
「実はな、ミナミの街での厄介事やねんけどな…」
「それは、私の仕事ではありませんよ」
「どうしても話し合いに応じようとせぇへんとこがあってな…」
「…私に、しろとでも?」
「あぁ」

静かに応える水木に、くまはちは、軽く息を吐き、

「私より、腕の立つ水木さんの方が、向いていると思いますが…」

と口にする。更に、

「それに、私は、組長の為にしか動けませんよ」

と言いきったものの、

「組長の体力の事、聞いているよ。まさちんは、組関係、お前は
 AYAMAの方をすることで、組長には、学業に専念して
 いただこうということなんやろ?」

水木は、くまはちの言葉を無視して、自分の意見を口にした。

「えぇ、そうですが…。」
「…組長に安心して暮らしていただくためには、必要なこと…
 なんだけどな…。駄目か?」

水木は、真剣な眼差しでくまはちを見つめる。

「相手は?」

その眼差しに応えるかのように、くまはちが尋ねた。

「…撫川一家…」

その途端、くまはちの表情が曇る。

「それは、簡単にはいきませんよ。俺でも手を焼く…」
「くまはち…行動してたんかい!」
「はあ、まぁ…少しは…。大阪で仕事をし始めた頃に、一番に
 顔を合わせたとこですからね。先月、代替わりしたとこでしょ?
 更に深刻な状態ですから」
「そうなんや…困っとるんや」
「組長に、一番危害を加えそうなところですからね」
「あぁ」

そして、車は、撫川一家の屋敷の前に停まった。
険しい表情で車から降りてきた水木とくまはち。
その二人に気付いた撫川一家の門番が、威嚇するように睨んでくる。

「なんじゃい、われ」
「親分に話があるんや。通せ」

門番は、屋敷内へ入っていく。
暫くして、水木とくまはちは、屋敷の中へ案内された。



奥の一室に通された水木とくまはちは、ソファに腰掛けた。
そこへ、撫川親分がやって来た。

「これは水木親分…珍しい連れとやって来て、何のようや?」
「言わなんでも、わかっとるはずやろ。その返事をもらいに来ただけや」
「はふぅ〜。何度言われてもな、この世界は、変わらんのや。
 阿山真子がなんと言おうと、わしらは、それには、従えへんって」
「血で血を争う世界は、もう、古いですよ。ですから…」
「…そっちの男は、…確か…阿山真子のボディーガードやな」

くまはちは、撫川を睨む。

「確か、あんたを倒せば、名が知れ渡るんやっけ…」
「そんなことは、ありませんよ」
「痛みを知らんとか…」
「それは、地島ですよ」

その時だった。
撫川は、いきなり、手に日本刀を持ち、くまはちに斬りかかった。
しかし、撫川の目の前から、くまはちの姿が消えていた。

スタン……。

「いきなり…何ですか?」

くまはちは、素早く宙に舞い、撫川の後ろに着地していた。
日本刀は、ソファに突き刺さっている事に気付いたのは、その後だった。
日本刀が突き刺さったその横には、水木が静かに座っていた。

「それが、あんたの応えですか?」

水木は、そう言って、撫川を睨み上げた。
しかし、その表情は、すぐに呆れたものに変わった。

「くまはちぃ〜やめろって」

水木は、くまはちの脚を抑える。

「…話し合いに…応じないんだろ? だったら…」

水木は、首を振った。
くまはちは、水木の言いたいことがわかったのか、脚を地面に下ろした。

「…撫川親分、…あんたとは、争いたないんやけどな…。
 お互い、組の者や周りの者が傷つくのは、嫌だろう?」
「それは、ないな…。この地位を手に入れるのに、どれだけ
 血を流したことか…」
「…あの噂は、本当のようやな」

水木は、そう言って、立ち上がる。

「邪魔したな…。次は、血での再会となるか」
「狙いは、阿山真子や。ま、せいぜい、守ってんか」

撫川は日本刀を鞘に納めながら、くまはちを鼻であしらう。

「…先手必勝という言葉を、覚えといてんか…」

そう言った水木は、撫川の手から、日本刀を取り上げて、刃先を撫川に向けた。

「水木ぃ〜、ここで、血を見たら、生きては帰られへんで」
「それは、やってみな、わからんやろ?」

水木は、日本刀を目にも留まらぬ速さで撫川の頭のてっぺんから脚の先まで、体を舐めるような感じで振り回した。

ザクッ…

日本刀が、床に突き刺さった。

「五代目に、手ぇ出すと…それだけや済まへんで」

氷のような冷たい眼差しを向ける水木。
水木の見つめる先には、細かな切り傷で真っ赤に染まる、撫川の姿があった。

「帰るで」

水木とくまはちは、部屋を出ていった。



「待たんかい…」

二人が屋敷から外に出た途端、声を掛けられた。
その声に歩みを止めた水木とくまはちは、振り返る。
そこには、二人に銃を向ける組員が数え切れないほど立っていた。その間を割って撫川が姿を現した。

「それは、挑戦状と取ってええねんな…。…それに、水木、
 これは、阿山真子の流儀に反してへんかぁ?」
「それは、ないな…」
「ほぉ。そうかぁ。しゃぁないな。やれ」

撫川のかけ声と共に、銃声が響き渡った。



撫川の屋敷の外で待機していた竜見と虎石は、いきなりの銃声に、車から降りてきた。

「話し合いやろ?」

虎石が、呟く。

「でも、水木親分の話し合いは…拳やで…」

竜見がそう言った時、屋敷を囲む塀を乗り越えて、くまはちと水木が、外へ出てきた。

『追え!!』

屋敷の中から、叫び声が聞こえてくる。

「兄貴!」

竜見と虎石が同時に叫んだ。

「車出せ!」

竜見と虎石は、急いで車に乗り、エンジンを掛けた。
水木とくまはちが、乗り込んだのを確認して、車を急発進させた。


屋敷から出てきた撫川一家の組員達は、去っていく車を見つめていた。

「…この仮は高うつくで…」

撫川が、痛々しい姿でそう呟いた。



「くそっ…。水木さん、怪我は?」
「あほか、くまはち、俺を守る奴がおるか!」

水木は、くまはちの服を脱がせた。
なんとくまはちは、腹部に銃弾を受けていた。

「兄貴、橋先生ところに」

虎石は、そう言って、連絡を入れる。

「あぁ。…貫通してますから、大丈夫ですよ。それより、水木さん、
 無茶しすぎですよ。…水木さんらしくない…」
「くまはちを試し斬りしたのが、気に喰わんかったんや」
「それだけではないでしょう?」

くまはちは、虎石から救急箱を受け取り、自分で手当てを始める。

「…奴の言い方が、気にくわんかっただけや…」

そう言って、水木は、くまはちからガーゼを取り上げ、くまはちの手当てを始めていた。

「…組長の笑顔が消えることだけは…したぁないからな…」
「水木さん…」




橋総合病院・橋の事務室。
橋は、カルテを書いていた。
その横で、恐縮そうな顔で座っているのは、くまはちだった。そのくまはちの後ろには、水木が立っている。ドアの所には、竜見と虎石が、ビシッと立っていた。
橋は、カルテを書き終わり、大きなため息をついた。

「あほ」

橋の第一声。

「すみません…」

更に恐縮する、くまはちに、

「見えないところでよかったな。真子ちゃんには内緒にしといたる。
 ましになるまで、真子ちゃんにはあんまし近づかんようにな。
 少しでも触れたら、響くやろ?」

橋が言った。

「これくらいは、大丈夫ですから」
「痛み止め、渡しとくから。暫く通院な」
「はぁ」

くまはちは、項垂れた。

「水木ぃ、真子ちゃんのこと考えてるのは解るけどな、相手によるやろ。
 あの一家は、以前からやっかいなことばかりしとるしな」
「えぇ」
「今回のことで、油注いでしまったかもしれへんぞ」
「…そうですね。でも、こちらも、火がつきましたから」

水木は、冷たく言い放つ。

「…あんまし、迷惑掛けるなよ」
「真北さんに…ですか?」
「あぁ」
「それは、大丈夫ですから」
「そうかぁ」

橋は、背もたれにもたれかかって、机に肘をつき、呆れたような表情で水木を見つめた。

「変わらんな、お前は」

橋は、呟くように言った。


これが発端となり、この後、数ヶ月、とんでもない事件が起こってしまうのだった…。


くまはちは、部屋で寝ていた。
いつもなら、起きてくる時間帯…。
不思議に思ったのは、まさちんだった。

「くまはちぃ、時間過ぎてるでぇ」
「ん? …あ、あぁ…。今日は休暇…」
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんてなぁ」

まさちんは、くまはちの枕元に無造作に置かれている薬が気になり、それを手に取った。

「返せ!」

くまはちは、そう言ったが、間に合わなかった。

「これ、痛み止めやな…。それも、筋肉痛って感じやないな…」

まさちんは、くまはちに疑いの眼を向ける。そして、素早く服をめくった。
腹部のガーゼを発見!

「…くまはちぃ〜…お前なぁ…」
「組長には、言うなよ…」
「……薬飲み過ぎや。ここより、橋先生のとこに居た方が、ええと思うで」
「組長にばれる…真北さんにもな…」
「はふぅ〜〜。……そうやけどな、もしもの時は、どうするんや?」

まさちんは、くまはちの服を戻す。

「これくらいは、大丈夫や」
「今日は組長、一日大学やから、組長送ったら、橋先生とこに
 送ったるからな。……やっぱし、一緒に行こか? 逃げそうやしな」
「…悪い…」

いつにないくまはちの弱気な発言に、まさちんは、くまはちの肩を軽く叩き、

「着替えておけよぉ」

そう言って、部屋を出ていった。
そして…

『組長、起きて下さいよぉ〜。遅刻します!! ……ふぎゃぁ〜っ!』

まさちんが真子を起こす声が聞こえてきた。

「いつも通りやな……。…っつー…」

くまはちは、微笑みながら、ゆっくりと起きあがり、服を着替え始めた。



まさちん運転の車の中。
真子は、書類に目を通していた。

「ですから、組長、酔いますよ」

まさちんが、ルームミラーを観ながら言った。

「う〜ん。あと少しやからぁ」
「そろそろ到着しますよ」

くまはちが、言った。

「うん。…今日は、二人で組関係なん?」

真子は、書類に目を通し終え、まとめてくまはちに渡した。くまはちは、受け取った際、傷が少し痛み、顔をしかめていたが、真子には、見えていなかった。

「あんまし、無茶せんといてやぁ」
「しませんよぉ」

くまはちは、明るく真子に言った。

「では、今日は夕方の四時二十分ですね」
「うん…大丈夫なんだけどなぁ。理子と一緒だから…。駄目?」
「駄目ですよ」

まさちんの言葉に、真子はふくれっ面。そして、車は大学のロータリーに到着した。
真子は、元気に手を振って走っていく。まさちんは、真子を見送っていた。

「組長、はしゃいだら駄目ですって…ったくぅ…。……くまはち?」
「ん? あぁ、大丈夫やで」
「お前も、無茶するからなぁ〜。行くで」

くまはちは、軽く頷いただけで、眠ってしまった。

「…橋先生の差し出す痛み止めは、睡眠薬に近いっつーのになぁ」

まさちんは、橋総合病院へ向かっていった。





水木邸。
水木が玄関で出かける用意をしていた。その後ろには、水木の妻・桜が立っていた。

「あんたもあほやな。撫川に喧嘩売ってぇ」
「そんなつもりやなかったんやけどな…。つい…」
「五代目にばれたらどうすんの? それこそ、怖いんやろ?」
「まぁな…。でも、組長に対してのあの言葉にガマンできんかったんや」
「ほんと、昔っから、変わらんね、あんたは。はい」
「…桜、お前…」

桜が差し出した物、それは、銃だった。
引き金の所には、こよりが巻かれている。

「あんた、いっつもお守りや言うて持ってたのに、
 最近、無造作に置いてるから…これ忘れてるから、
 気持ちも変わらんのやで」

そう言って、桜は、微笑んでいた。

「…そうやな…」

水木はそれを受け取り、懐にそっとしまった。

「行って来るで」
「気ぃつけてな」

玄関先には、若い衆が四人立っていた。そして、水木を見送った。


水木は、事務所へ向かう車の中で、先程受け取った銃を懐から出し、眺めていた。

「封印ね…か」

水木は、こよりを巻いた真子のあどけない表情を思い出していた。

「兄貴、どうされました?」

運転している西田が、少し暗い表情の水木に尋ねる。

「ん? あぁ、まぁ、な…。俺もあほやなと思ってな」
「撫川の件は仕方ありませんよ。ようは、組長を守れば
 いいと言うことですよね?」
「そうや…」
「組長の笑顔の為なら、いくらでも頑張りますから。何なりとご命令を」
「…俺に来るか、組長に行くか…どっちかや。恐らく、組長やろな…。
 …兎に角、撫川の動きから目を離すなよ」
「御意」

車は、ミナミの水木組組事務所へ到着した。組員に迎えられる中、水木は、事務所へ入っていく。
その様子を数人の男が、影から見つめていた。不気味に口元をつり上げる男達。
何かが起こる…。




水木は、何事もないような表情で、店を開き、客の相手をしていた。
そんな水木の店の客が途切れた。

「今日は、早いけど、しゃぁないか」

そう言いながら、水木は、閉店の準備を始めた。
ドアが開いた。

「すんません、閉店です……真北さん…」
「ええか?」
「…はい」



真北は、カウンターの中央に腰を掛けていた。
目の前に氷の入ったグラスが置かれ、そして、アルコールが静かに注がれた。
真北は、グラスを手に取って、一口飲む。

「お茶以外に飲まれるとは、思いませんでしたよ」
「仕事柄、二日酔いになったら困るからな」

そう言いながら、真北は、グラスの氷を揺らしていた。

「…何か話があるんですか?」

水木は、静かに尋ねた。

「最近、何かやっかいな事せぇへんかったか?」

静かに言って、真北は水木を上目遣いで見つめる。
その目は、スキがない。

「いいえ、何も。普段と変わりませんよ」

水木は、洗ったグラスを拭きあげ、棚に納める。

「そうか…。なら、ええねんけどな…ただ、真子ちゃんが
 心配するようなことをしとんかなぁと思ってなぁ」
「そんなこと、しませんよ」

静かに応える水木。

「…水木、自分とこのもめ事は自分だけで解決しろよ…な」

真北は、グラスを空にした。水木は、そのグラスにアルコールを注ぐ。

「撫川とは、長年小競り合いが続いてるよな…。最近、代替わりをして
 妙な動きをし始めたみたいだしな…。水木なら、その情報、
 仕入れてるかなと…思ってな。…どうなんだ?」

水木は、カウンターに両手を広げてついて、俯いた。

「先日の事、御存知なんですね…」

水木は、静かに言った。

「…まぁな…。真子ちゃんが、訊いてきたからな…」

真北は、一口飲んだ。

「組長も…御存知なんですか。何処で漏れたんでしょうね」
「真子ちゃんは、勘が鋭いからな」

真北は、背もたれにもたれかかりながら、ため息混じりで言った。

「真北さん、あなたは、組長と呼んだり、真子ちゃんと呼んだり…、
 あなたにとって、五代目は、どんな存在なんですか?」
「…あん? …恋人」

真北にしては、珍しく、軽い口調。

「からかわないで下さい」
「ほんまのことや。…大切な人ということや」
「あなたの頭の中には、五代目のことで埋め尽くされて
 おられるようですね」
「あぁ。真子ちゃんの為なら、無茶するさ…」

遠い目をする真北。

「…五代目が一番嫌がる事…。真北さんが率先してるとは…」
「気付かれてないさ」
「…術…ですか」
「……企業秘密…」

真北は、一口、飲んだ。そして、グラスを手の中で廻した。

「今朝方、水木組組事務所前で、男三人を銃刀法違反で
 捕らえたけど…」

水木の顔が引きつった。

「撫川一家の者やけどな…。そこからや、ほんまの事を聞いたのは。
 真子ちゃんは、くまはちの怪我の事を気にしていただけや」
「そうですか。…すみませんでした。話し合いに言ったつもりが、
 いつの間にか、手を出していた。その帰りですわ。奴らに
 銃弾の雨を受けたのは。…その際に、くまはちに守られた。
 俺を守る必要、ないんですけどね…」

諦めたように、水木は話した。

「あいつの体に染みついた何かが、そうさせたんだろうな」
「…入院中だとか」
「あぁ。橋の野郎も、軽く診てたみたいやな。怒鳴り込んでやったけどな」
「橋先生にも、申し訳ない…」

水木は、真北のグラスに注いだ。

「…流石、ええのん、使ってるな。…どんどん進むよ」

真北は、少し微笑んでいた。

「…禁酒、されていたんですか?」
「ん? まぁね。真子ちゃんが生まれてからは、禁煙、そして、
 この世界に入ってからは、禁酒だよ」
「それは、五代目の…ため…ですか?」

真北は、水木の質問に何も答えなかった。

「くまはちの怪我に、お前が絡んでいることは、言ってない。
 だから、撫川んとことは、お前が解決しろよ」
「解ってますよ。今度こそ…」
「…血は、流すなよ。俺が困るからな」
「…なら、どうしろと?」
「明日、ガサ入れする予定だからな。…何か情報ないか?」
「…そればかりは、刑事・真北には、言えませんね」
「非協力な奴やな」
「あなたの本来の仕事を知ったときは、俺達関西幹部は度肝を
 抜かれましたからね。刑事崩れの真北だという噂を聞いていただけに。
 まさか、阿山組が警察に協力していたとは…。あの時、あなたの
 本来の姿を知っていれば、今頃、こうして、協力してませんよ」

水木は、やくざな雰囲気で真北を睨み付ける。

「五代目から、あなたの事を聞かされた時は、頭ん中が真っ白に
 なりましたよ。…真北がやくざな世界に吸収されたのではなく、
 阿山組が、真北に吸収されていた…。しかし、俺達は、阿山組に
 ついていくと決心したんではありませんから。確かに、先代の
 阿山慶造とは、かなりもめましたけど、五代目とは、何もありません。
 むしろ、感謝すべき人ですから」
「感謝?」
「…俺達だって、好きこのんで命を粗末にしていたんじゃないって
 事ですよ。周りの連中に腑抜け呼ばわりされても気にしてません。
 腑抜けどころか、一回りも二回りも大きくなっただけですから」

水木の言葉に、真北は、静かに微笑み、

「それが、真子ちゃんの流儀だよ」

そう言って、グラスを空にした。

「…俺は、そんなつもり、全くなかったんだけどな。
 いつ、あんな雰囲気を身につけていたんだろ。五代目の…な」

真北は、何かを思い出すような表情で空になったグラスを見つめて言った。

「悔しいことに、…その時の姿が、一番綺麗なんだよな…。
 もう、…そんな年頃なんだよ」

何か照れたような表情をして、真北は、水木に目をやった。
その眼差しに応えるかのように、水木が口を開く。

「…初めてお逢いしたのは、阿山組の杯をもらうために、本部へ
 赴いたときですよ。…なぜか、すんごい目つきで、睨まれてましたから」
「そりゃぁ、なぁ。今は引退した猪熊と小島をあんな目に遭わせればな。
 その時の姿を見た真子ちゃんを落ち着かせるのに、ぺんこうが
 難儀してたよ」
「まさかそれが、先代のお嬢さんだったとは。…やくざ大っ嫌いって
 噂も聞きましたよ。それから、五代目の襲名式までは、
 全く、顔も合わせなかった。…二つの姿のギャップが、
 あまりにも、大きすぎて……」

水木は、新たなボトルを手に取りそれを、真北に勧める。しかし、真北は断った。

「襲名式の時の、真北さん、あなたの表情も、忘れられませんよ」
「…どんな?」
「嬉しそうだった」
「…確かにな」
「この世界から遠ざけていた大切な娘をこの世界に引き込んで、
 なぜ、嬉しそうな表情をしているのか、俺は気になりましたよ。
 その理由…五代目から、あなたの正体を聞いて納得しましたね。
 …あなたの望む世界を広げることができる…そうでしょう?」

見透かしたように水木が言った。

「…まぁ、そんなとこ…かな」
「五代目やあなたのように、これ以上、哀しい思いをする人が
 いなくなるように…」
「わかってるじゃねぇか」
「えぇ。解ってますよ。私だって、身内が亡くなることを望んで
 この世界で生きてるんじゃありませんから。…誰でもそうですよ」
「だったら、なぜ、真子ちゃんの流儀に反することを?」
「撫川の口調ですよ。五代目の築こうとしている世界を…馬鹿にした
 ような言い方…」
「撫川に、それを求めるな。今の地位をもぎ取るのに、どれだけ
 血を流したのか、知っているだろ? それも、自分の親や親族に…」

水木の言葉を遮って、真北が言った。

「えぇ。長い間、内紛で形を潜めていましたからね」
「…これから、やっかいやぞ」
「わかってますよ。手はうってますから」
「…あんまり、組長に負担を掛けるなよ。さてと」

真北は立ち上がった。

「お前のおごりな」
「組の接待費につけておきますから」
「そぉかぁ。ありがとな」
「…今夜は、組長の寝顔、拝見しなくても大丈夫なのですか?」

真北は、店の入り口で振り返り、少し微笑みながら、ドアを開け、

「たぁっぷり拝んだあとや」

そう言って、店を出ていった。

「そうですかぁ」

水木は、微笑んで、時計を観た。
時刻は、朝の四時。
真北が店に居た時間は、ほんの三十分。

「…えらい、早い出勤だこと」

そう言って、水木は片づけをし、そして、店を閉めた。



真北は、近くに停めてあった車の運転席に乗り、車を発車させた。

「…飲酒運転やな…」

そう呟いて、車を停める。そして、何処かへ連絡をし、朝日が昇るまで、車の中で眠っていた。


一台の車に駆け寄る一人の男性。そして、助手席の窓を叩く男性こそ、原刑事だった。
真北は目を覚まし、直ぐに窓を開けた。

「…悪いな…」
「近くで張り込みしてましたから。…それにしても、駄目ですよ。
 飲酒運転はぁ」
「ほんの十メートルや」
「…減点しておきます」

原は、真北のポケットから、免許証を取りだし、何かを書き込む。

「…俺、謹慎か?」
「そうですね」
「ほな、別の仕事で、暫く、留守にするで」
「はぁ〜?! ほんとに、そのおつもりなんですか?」
「まぁな。上には、許可取ってるよ」
「真子ちゃんは、どうされるんですか?」
「もう、大人や。大丈夫やろ。ほな、原、署に向かってくれ」
「わかりました」

少しふてくされた表情で応えた原は、車を発車させた。
朝日が明るく街を照らし始め、街がまた新たな一日に、動き始めた。



(2006.3.18 第三部 第三十七話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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