任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第三十九話 何かが起こる、そんな予感?!

真子の自宅。
リビングで、真子が倒れた。
まさちんとぺんこうが、慌てて駆け寄り、真子を抱きかかえる。
二人は、同時に行動していた。
そして、やっぱり睨み合う……。
事態は、そんなことをのんきにしている場合ではない……。

「…組長…泣いている?」

まさちんが、真子の頬を伝う涙を見て言った。

「…何か呟いてる……」

ぺんこうは、微かに動く真子の唇を見て言った。

お母さん……どうして……。

真北には、真子の呟きが聞こえていた。
ゆっくりと立ち上がり、まさちんとぺんこうの腕の中から、真子を奪うように抱き上げ、

「真北さん…?」

静かにリビングを出ていった。

「…組長、まだ、心の傷が癒えてないのか…」

ぺんこうが静かに言った。

「時々、呟くんだよ…おかあさん…って」

まさちんは、口を尖らせて呟いた。



真北は、真子の部屋へ入っていった。
真子をそっとベッドに寝かしつける真北の眼差しは、どことなく、寂しさが漂っていた。

「…やはり、まだ……。真子ちゃん…真子ちゃんの心の傷は、
 一体、何時になったら、癒えるのですか…? このまま、
 一生、引きずっていては…私自身も…苦しいですよ…」

真北は、真子をしっかりと抱きしめた。

「ちさとさん…助けてください…あの時のように…!!!」

この切ない真北の言葉が、何かを動かしていた……。



真子の部屋のドアが開いた。
ぺんこうが、そっと入ってきた。

「どうされたんですか…」

ぺんこうは、誰かを見下ろしていた。ぺんこうの目線の先には、真北が、真子の横たわるベッドの下に腰を掛け、肘をついて、項垂れて座っている。

「…真子ちゃんの心の傷…どうしたら、癒える?」

真北は、ぺんこうに静かに尋ねた。

「組長は、強い子ですよ。それは、あなたが一番よく
 知っていることではありませんか? 本当に可笑しいですよ。
 …あなたこそ…ちさとさんが亡くなったことに対する
 気持ちの整理が出来ていないのではありませんか?」
「…そうかも…知れんな…。…お前なら、どうする?」
「…ひたすら…耐えるか、紛らすか…のどちらかですね。
 私は、紛らすように、がむしゃらに勉強しましたから。
 夢の世界にでも行って、満足させるという手もありますよ」

優しい眼差しで応えるぺんこうに、

「お前らしい…発想だな…。昔っから変わらない…」

真北は優しく言った。

「あなたは、変わりましたけどね…」

なのに、ぺんこうは、冷たく言う。

「いつまでもここに居てても、何も変わりませんよ。
 組長は、組長自身で、解決します。…あまり甘やかしては
 いけませんよ。…これは、あなたが得意とする台詞ですけどね」

そう言って、ぺんこうは、真子の部屋を出ていった。
真北は、ため息をついて、真子の寝顔を眺める。

「生意気なこと…言うようになったんだな…。
 …やっぱり、俺、どうかしてるよな…。…あの日から…」

真北の言うあの日。
それは、銀行強盗爆発事件で重体になった時の事。
この時に観た夢…ちさとの夢。
真北の心の何かが変わってしまっていた。

「…真北…さん…」
「真子ちゃん……組長、起きておられたんですか?」
「…目が覚めた…ぺんこうの心のモヤで…ね」

そう言って真子は、起き上がった。

「あいつ自身も、いつ晴れるのかな…」

真北は、真子を見つめていた。
真子は、俯き加減で静かに話し始める。

「…忘れられない出来事…。時々、不安になる…。
 また、あの時のように…お母さんの時のように、そして、
 まさちん…ぺんこう…、そして、理子…。私を守って
 命を落としかける…。その場面が脳裏を過ぎる…。
 …それを忘れる為に、何かに没頭する…。
 疲れがピークになるまで、没頭すれば、忘れられる…。
 …今が、そう。疲れるまで何かをしないと、自分の心が
 破裂しそうで…」

一気に話した真子の頬を涙が伝っていく。

「解ってるよ。みんなに心配掛けてるってことも…みんなが、
 私の為を思っているってことも。だけど、こればかりは、
 ぺんこうの言うとおり、自分で…解決しないとね…」

真子は、涙目で微笑んでいた。
しかし、その微笑みの中には、何か、力強いものが含まれていた。
真北は、そんな真子を観て安心したのか、スッと立ち上がり、ポケットに手を突っ込んで、真子を見下ろし、

「応援しますよ」

優しく微笑んだ。

「…ありがと」

真子は、にっこりと笑う。真北は、真子の頭を撫でていた。

「倒れる前に休んで下さいよ」
「うん。……それで、本当に、海外に行くの…?」

真子は、少し寂しそうな目をして、真北を見つめた。

「仕事ですから」
「…真北さんこそ、倒れる前に休んでね」
「それは、一緒に行く、くまはちに言ってやってください」
「はぁい」
「橋に連絡してますから、今日こそ、検査に行ってくださいね。
 私が、橋に怒られますから。先日の襲撃事件の時だって…」
「…真北さん、知ってたでしょ? 水木さんと撫川一家のもめ事」

真子は、何かを思い出すような感じで真北に言い、そして、ギッと睨んだ。
真北は、あらぬ方向に目をやった。

「なんとなく、勘付いていたけどね、水木さんの表情で。
 やっぱし、水木さんには、くまはちが居ない間、
 AYAMAの仕事に精を出してもらおうっと」

真子に少し元気が戻ってきた。

「午後まで、寝ててくださいね。まさちんに、頼んでおきますから。
 ぺんこうは、今日から五日間、休みのようですから」
「…まさちんにも休んでもらいたいなぁ」
「組長…。お言葉ですが……、二人を一緒にさせるのは…」
「…そっか…」

真北と真子は、なぜか、悩む。

「私とくまはちが、病院に付き添いましょう」
「そだね。じゃぁ、まさちんは、本日休暇ということで…」
「伝えておきます」
「うん。じゃぁ、お休み」
「十二時頃に、起こしに来ますよ」

真北は、素敵な笑顔で真子に言って、部屋を出ていった。
真子は、布団に潜り、三度眠りに就いた。



「っつーことだから」

リビングで、真北は、まさちんに真子との話を伝えた。

「わかりました」

少しふてくされたような返事をしたまさちんだった。




少し寝ぼけ眼の真子を連れて、橋総合病院に向かった真北とくまはち。
その三人を見送るのは、まさちんとぺんこうだった。
険悪なムードが漂っていた……。



車の中。

「…大丈夫かなぁ、あの二人」

バックミラーに映る二人の姿を観て、真子が心配そうに口にする。

「夕方には、橋の所に連れていきますよ」
「やっぱり、真北さんもそう思うんだぁ」
「くまはちもだろ?」

運転中のくまはちが、頷いた。そして、車内は笑いに包まれた。



車が見えなくなるまで見送っていたまさちんとぺんこうは、お互い顔を見合わせることなく、家に入っていった。
なぜか、二人揃ってリビングに。

「…今日、何するつもりや?」

まさちんが、呟くように言った。

「家でのんびり…かな。…お前は?」
「突然の休暇や…わからん…」

二人は、ボォッとしていた。



真子の自宅近くの公園。
夏の日差しを遮る程、木が生い茂っていた。時折、風に揺れる葉の音がしていた。
その公園に、脚を踏み入れたのは、なんと、まさちんとぺんこうだった。
どことなく、公園に合わない雰囲気…。二人は、トレーナー姿で、公園内をのんびりと歩いていく。そして、ベンチに腰を掛けた。

「…似合わんな、俺ら…」

ぺんこうが、呟くように言った。

「だよな…」

まさちんが静かに応えた。
二人は、膝に肘を置いて、公園内の様子をただ、ぼんやりと見つめていた。

小さな子供と母親が、何組か楽しく遊んでいる。
ボールが転がっている。
子供同士が、たたき合いをして、喧嘩を始めた。そして、お互いが大泣きをした。
ブランコの取り合いをしている。
滑り台を逆さまから上って、怒られている子供。

「思い出すよなぁ」

ぺんこうが、懐かしそうな顔をして、子供達を見ていた。
まさちんは、あまり、興味なさそうな顔をして、ぺんこうが見つめる方を眺めた。

「そっか。お前が組長と初めて逢ったのは、あれくらいだっけ」
「そう、七つ…だけど、七つの子供には見えなかったな」
「…十二の子供には見えなかったよ」
「今では、二十三には、見えないくらい子供だけどな」
「そうだよな」

二人は、笑っていた。




橋総合病院。
真子は、精密検査を受け、結果を待っている間、橋の事務室に来て、のんびりとしていた。

「フウェックショォン!!」

変わったくしゃみをしたのは、真子だった。

「夏風邪か??」

橋が、真子に尋ねる。

「ちゃう。噂や、きっと」
「まさちんとぺんこうやな。…あいつら二人っきりにしてて
 ほんまに、大丈夫なんか?」
「大丈夫やで、橋先生。あの二人、いつのまにか、出来てる…」
「ほんまか?」
「うん」
「…とうとう、そっちに走ったんか…知らんかった…」
「おいおい、橋ぃ、何か勘違いしてないかぁ?」

くまはちと真剣な話をしていた真北が、橋の言葉に反応した。

「お前らの世界、ようわからんもんなぁ。…そうなんか?」
「…組長の出来てるは、そういう意味とちゃうぞ」
「そう言う意味のつもりやけど…」
「く、組長??」
「…って、どういう意味…?」

真子のすっとぼけた回答に、橋をはじめ、真北、くまはちの大人達は、ずっこけた。

「大人の世界の話やから、真子ちゃんは知らん方がええ」

真子は、橋の言葉にきょとんとしていた。
検査結果が出たようだった。
橋は、真剣な眼差しで、それを見つめる。そして、真子をちらっと見た。
真子は、橋の言いたいことが解ったのか、(能力で読んだのか?)、上目遣いで橋を見つめて、かわいらしく微笑んでいた。

あれ程、使こたら、あかんと…。
ごめんなさぁい。

橋と真子は、目で会話をしていた。その間も、くまはちと真北は真剣な話をしている。

「問題なしや」

橋は、わざと大きな声で言った。

「真北の言うとおり、倒れる前に休むこと。
 それだけや。…限界は見極めたんやろ?」
「はい」

真子の返事は強かった。




まさちんとぺんこうは、公園のベンチの背もたれに、ドカッともたれかかっていた。いつになくだらけているぺんこうと、なぜか、怖い雰囲気を醸し出しているまさちん。そんな二人に声を掛ける人物……。

「あぁ、先生ぃ〜何してるん? こんなとこで…って、珍しい
 格好やん。まさちんさんまで。真子は?」

それは、公園のフェンス越しに二人の姿に気が付いた理子だった。

「野崎ぃ、先生もたまには、休むんや。組長は、いませんよ」
「そっか。で、何も公園でなくても、ええんちゃうん?」
「のんびりしたかったんや」
「まさちんさんと?」
「ほっとけやぁ」
「…喧嘩せんといてや、真子が心配するから」
「休戦中や。…野崎は、何処行くねん」
「お母さんと買い物」
「へっ?」

理子の言葉で、側に理子の母が居ることに気が付いたぺんこうは、いきなり立ち上がり、体勢を整え、母に一礼した。まさちんも同じように一礼する。

「理子、先生に何という口の効き方をぉ。申し訳ございません、
 山本先生」
「いいえ、その、こちらこそ、申し訳ありません」

ぺんこうは、頭を掻いていた。

「では、失礼します。お休みの所を…」
「いいえ。お気をつけて」
「ほなな。先生! 涼しくなったら、真子と遊ばせてや!」
「真北さんに訊いて下さいね」

理子は、大きく手を振って、母と駅の方へ向かって歩いていった。

「びっくりした…」
「…急に教師面すんなよぉ」
「身に付いた性やな」
「滑稽やった」

そして、まさちんとぺんこうは、再びベンチに腰を掛けた。
公園内の様子を、ただ、見つめている二人。

「…お母さん…か…」

まさちんとぺんこうは、同時に呟いた。そして、お互い顔を見合わせ、何か言いたそうな表情をしていた。
先に口を開いたのは、ぺんこうだった。

「お袋さん、元気なんか?」
「…あれから、連絡してないよ…。何か遭ったら、連絡くれるように
 芝山に言ってるよ」
「ほんまに、同級生に任せっきりやな。冷たい奴や」
「しゃぁないやろ。この世界で生きている限り、身内に危害が及ぶ
 可能性あるしな…。関係ないと周りに思わせた方がええしな…」

いつにない真剣な眼差しで応えるまさちん。そんなまさちんを見つめていたぺんこうは、哀しい眼差しになる。

「どうした?」
「ん…思い出しただけや。俺のお袋のことをな…」

そう俯いたぺんこうに、まさちんは、何故か何も言えなかった。

「…どっか、行こか」

ぺんこうが、呟く。

「俺とお前でか?」
「たまには、ええやろ」
「そうやな。ほな、須藤さんにもらったことやし、映画でも行くか?
 お前、観に行かへんやろ? 確か、お前好みの映画あるで」
「俺好み?」
「恋愛もん」
「…好みちゃうで」
「ほな、アクション」
「それにしよか」
「よし、決まり」

そう言って二人は、ベンチから立ち上がり、家へ帰っていった。




まさちんは、クローゼットのドアを開け、少し地味目のスーツを取りだし、それに着替え始めた。
ぺんこうは、クローゼットのドアを開け、中に入っている服を眺めていた。

「…久しぶりに、あれにしよう」

そう言ってクローゼットのドアを閉め、ベッドの下からスーツケースを取りだし、そして、ふたを開けた。
中には、綺麗に納められている派手目のスーツが入っていた。それをフックに掛け、着替え始めた。
ネクタイをきゅっと締めたぺんこうは、髪を整える。

教師から、やくざへ。

ぺんこうの雰囲気が一変する。
まさちんが、ぺんこうの部屋の前に立ち、ドア越しに声を掛けてきた。

「行くで」
「あぁ」

ぺんこうは、短めに返事をして、部屋を出ていった。
玄関で靴を履いているまさちんに追いついたぺんこうは、キーボックスから、車のキーを取りだした。

「俺の運転や」

靴を履き終えたまさちんが、自分が手にしている車のキーをぺんこうに見せつけるように振り回した。

「あほぉ。お前の車で行けるかぁ。やくざみたいやないけ」
「…やくざや…」
「そっか…」
「…しかし、お前、そんな服、持っていたんか…」

まさちんが、ぺんこうの服装を観て言った。

「これか? 組長お気に入りや」
「初めて見る服やな」
「まぁな。あの頃に戻らないように、わざと隠してある」
「今日は、ええんか?」
「休みや」

そう言いながら、二人は、外に出て、玄関の鍵を掛け、駐車場へ向かって歩いていった。

「っつーことで、俺の車で、行くで」

ぺんこうが、自分の車のキーを開けた。

「お前の運転な」
「当たり前や。愛車を壊されたくないからな。乗れ」

まさちんは、助手席に座り込み、ぺんこうは、運転席に乗り込んで、車を発車させた。


ぺんこうの車の中。
クラシックが流れる中、まさちんは、少しかったるそうに片足を立てていた。

「組長が、クラシックしか知らないのも、解る気がするよ」
「あぁ。俺の趣味だしな。お前は、洋楽一本だよな」
「なんでも聴くけどな、クラシックは、性に合わないな。組長の部屋には、
 クラシックしか見あたらなかったから、不思議に思っていたんだよ。
 尋ねてみたら、全部お前のだと言ってたからな」
「本部で、家庭教師してた頃、気を紛らすために、買いまくっただけだよ。
 そして、本部から出ていった時、学生の頃に住んでいたマンションには、
 あの数は、持っていけなくて、困っていたら、置いておいたら?って
 組長に言われて、その言葉に甘えたんだ」
「なるほどね」

まさちん、納得?!

「お前の車で、送迎されている時、いっつも洋楽がかかってるから、
 組長、自然と口ずさんでるぞ。誰の曲ですかって尋ねたら、
 まさちんの車の中に流れてる曲…としか応えなくてなぁ。
 ま、俺には、誰の曲か、すぐに解るけどな。ほとんど有名だからな」
「まぁな…」
「たいくつそうやな。別のん聴きたいんやったら、ボックスに
 入ってるから、選べよ」

まさちんは、ボックスを開けた。
そこには、洋楽のMDがたくさん収納されていた。まさちんは、どのタイトルも知っているのか、すぐに、一つを選び、MDを入れ替えた。
ロック調の曲が流れる車の中。
車は高速に乗っていた。

「安全運転やな」

まさちんが、苛立ったように言った。

「お前が荒いだけやろ。ま、組長が乗っている時は別やけどな」
「当たり前や。怒られるからな、組長に」
「ふふっふ。そうやな」

ぺんこうは、微笑んでいた。

「…なぁ、訊いていいか?」
「ん?」
「お前と真北さんの間に、何があるんや?」

ぺんこうは、突然のまさちんの質問に驚いたが、聞き流そうとして、運転に集中していた。

「不思議な雰囲気があるんだよな…。それに、組長が気にしてるし…。
 時々、お前と真北さんの話をしていたら、寂しそうな表情を
 するんだよな…。それに、こないだの事もあるしさ…。
 …俺に言えない事情なら、これ以上深く訊かないよ…。
 だけどな、組長には、心配かけないように、してくれよ…な」

ぺんこうは、まっすぐ前を見ていた。
まさちんは、そんなぺんこうの横顔を見つめていた。

「俺に…言いたくは、ないよな…。お前からしたら、俺は、
 組長にとっては、厄介な奴だもんな…」

まさちんは脚を組んで、ぺんこうとは、反対の窓の外に流れる景色に目をやった。

「…そんな風には、もう思ってないよ」

ぺんこうが言った。

「…ありがとな……」

まさちんは、静かに応えた。

沈黙が続く。
ぺんこうが、口を開いた。

「俺と真北さんの関係か…。くまはちは、親父さんからだろうな。
 むかいんは、薄々気が付いてるようだけど、…やっぱりお前は、
 鈍い奴やな」
「ほっとけ」
「口にしたくないけどな…しゃあないか…。真北さんは、俺の…」

ぺんこうは、重い口を開いて、ゆっくりとまさちんに話し始めた。
まさちんは、真剣な眼差しで、ぺんこうを見つめ、耳を傾けていた。




真子は、山のてっぺんから、街を見下ろしていた。
真子の後ろには、真北が立ち、その二人を見守るように、くまはちは、少し離れたところで、周りを警戒していた。

「夜に来たら、もっと綺麗なんだろうなぁ」
「そうですね。街の灯り…ってところですね」

真北の声は、優しかった。

「あれは…海?」
「大阪湾でしょう。今日は空気が澄んでいるので、遠くまで綺麗に見えますね」
「…みんなの心が、こんな感じだったら…いいのにね」

真子は、遠くを見ていた。

「くまはちも、こっちに来たら?」

真子が急に振り返って、くまはちに言った。くまはちは、躊躇っていたが、真北の手招きで、駆け寄ってくる。

「大丈夫だって。真北さんが居るから」

真子は、側に来たくまはちに微笑んだ。

「真北さんが居るときくらいは、くまはちの時間を大切に
 していいんだから。ね、真北さん」

真北は、真子の微笑みに負けたのか、頷いていた。


「あれは?」
「AYビルですよ。よく見えますね」
「じゃぁ、その隣は、本屋ビルだね」
「えぇ」
「ここから見ると、あの辺りって、高いビルばかりだね」
「都会ですから」

真子とくまはちは、見渡せる景色の右から左まで、あれは、何? それは、何々町です。というような感じで、はしゃいでいた。
真北は、そんな二人の後ろ姿を見つめながら、遠い昔を思い出しているようだった。




AYビルの地下駐車場に入っていくぺんこうの車。二人は、車が停まっても、降りてこなかった。

「…お前の気持ち、解るよ。だけど、もう許しても良い頃じゃないか?」
「そうなんだけどな…、なんとなく、煮え切らなくてな…」

ぺんこうは、車のエンジンを切った。

「…お前に話しただけでも、少しは気が紛れたよ。ありがとな」
「胸に秘めていると良くないってほんとなんだな」

まさちんは、クスッと笑う。
ぺんこうは、それに応えるかのように、微笑んだ。

「さてと、開演時間まで、何する?」

ぺんこうが、話題を切り替えるように言った。

「そうやなぁ。映画館ビルの下で、ブラブラしよか」

まさちんが、時計を見ながら言った。

「…なんか、似合わん二人やけど、しゃぁないか」

そう言いながら、車から降りるまさちんとぺんこう。

「お前、女と遊びに行ったことあるんか?」

まさちんの質問は唐突だった。
ぺんこうは、車のキーをロックしながら、出口に向かって、まさちんと並んで歩いていく。

「そりゃぁな、学生の時、つるんでたダチが、そういうことに
 うるさかったからな。何人かとは、遊びに行ったよ。
 …それ以来ちゃうかな。映画観に行くのは」
「えらい前やな。…そのダチは、今は?」
「同じように教師してるだろうよ。同じ大学に通ったからな。
 教職に就いてからは、連絡は取ってないんだよ。
 俺は、教職に没頭していたから…さ」
「組長の為…に…か」

二人は、AYビルの地下から通じている地下街へと出てきた。
かなりの人が行き来している中、流れに逆らわないように歩いている二人だった…が、なぜか、目立っていた。
それもそのはず。そろそろ秋だと言われる時期だが、外は、暑い…。なのに、半袖のラフな格好ではなく、スーツをビシッと着こなしている…それも派手系の…二人だったのだ。
もちろん、地下街には、阿山組系の組員が、一般市民に紛れ込むように、街を巡回している。まさちんの姿を見て、軽く会釈していた。まさちんは、そんな組員に、軽く手を挙げながら、ぺんこうと昔話にのめり込んでいた。
滅多にない二人の姿、そして、会話。

「俺は、前の組に居た時に、兄貴と親しんでいた人に色々と
 教わったからな。遊びまくってたよ。お前と正反対やな」
「ほんまや。俺は、がむしゃらに勉強して、体を鍛えてた。
 なぜか、格闘技マスターなんて言われてたよ」
「その通りやん。それで、暴れ回られたら、手ぇ妬くで」
「まぁな」
「で、その頃の、物は?」
「もちろん、色々もめて、封印」
「なるほどぉ。俺よりやくざやな」
「そうかもなぁ」

そして、二人は、映画館ビルの地下にある店に入っていった。特に何を買うとか決めていなかったが、二人は、ある場所で脚を止めた。

「…ちょっと、寄るか」

まさちんが、呟くように言った。

「あぁ」

ぺんこうは、短く返事をして、中へ入っていった。
そこは、猫グッズ専門店。

映画館ビルは、一般企業が経営をしているが、支援しているのは、須藤組だった。いろいろと手助けをしているうちに、懇意になった、映画館ビルの館長と須藤。気が付いたら、支援している形となっていた。
その須藤の息子・一平が、真子とのデートでの別れ際に渡すプレゼント…。それは、いつもここで購入していることは、一平以外誰も知らない事だった。
ということは…。
ここの猫グッズは、ほとんど真子の手中にあると言っても過言ではない…のだが……。

「なぁんか、見覚えのあるものばっかりやな」

まさちんが、店の品物を見渡しながら呟いた。

「なぁ」
「ん?」
「まさかと思うけど…須藤…一平くん、ここで買ってるんちゃうか?」

ぺんこうが、一点を見つめながら言った。まさちんは、その目線が気になり、目をやると、そこには、一平が居た。
笑顔で店員と親しく話をして、そして、何かを受け取って、向きを変えた。

「先生…とまさちんさん…」
「須藤、何してるねん」
「って、先生こそ、なんでここにおるん?」
「映画観に来たんや。時間までまだあるから、寄っただけや。須藤は?」
「いつものことですよ」
「やっぱし、ここで組長へのプレゼント購入してるんか?」
「えぇ。顔なじみですから。…先生、何か購入するんですか? 真子ちゃんに」
「何かないかなと思ってな」
「ほとんど、真子ちゃん持ってますよ」
「どうりで見たことあるものばかりだと思ったよ」
「真子ちゃん、もしかして、部屋に飾ってるんですか?」
「埋め尽くされてるよ」

まさちんが、微笑みながら言うと、一平は少し照れたように微笑んでいた。

「あぁ、俺、時間あんまりないねん。先生、ごめんな、
 まさちんさん、失礼します。映画楽しんでくださいね」

そう言って、一平は、慌てて店を出ていった。素晴らしい笑顔を二人に向けて……。

「…なんで、お前にだけ、敬語やねん」

ぺんこうが、ふてくされたように言った。

「さぁな…。…そろそろ行こか」

そして、二人は店の隣にあるエレベータに乗って、映画館の階へ向かっていった。

映画館の人と顔なじみなのか、まさちんの顔を見るなり、丁寧に迎え、そして、特等席へ案内された。

「こんな良い席で、いっつも観てるんか?」
「須藤さんから頂いたチケットの時だけな」
「ふーん」

ぺんこうは、ただ、そう言っただけで、ゆったりと座り直した。
映画が始まった……。




くまはち運転の車が、山から降りてきた。少し混んでいるのか、車の動きが、とろかった。

「混んでますね」

くまはちは、カーナビのスイッチを入れ、何かを検索し始める。

「たまにはええやろ」

助手席の真北は、そう言って、カーナビのスイッチに手を伸ばして、切った。
画面には、終了の文字と共に、とあるマークが出て、うっすらと消えていく。
そのマークは、真北の特殊任務の組織のマーク…。

こんなとこにも…か。

真子は、後ろの座席で、思っていた。

「家に戻るよりも、ビルへ行く方が早いと思います」
「そうやな…。時間も時間やし、組長、むかいんの店で夕食を
 取りませんか?」
「ほんと? いいの?」

真子は、ランランと目を輝かせて、運転席と助手席の間から顔を覗かせた。真北は、振り返り、真子に微笑んだ。

「今日は、体調が優れているでしょう?」

真北の言葉に大きく頷く真子だった。

「では、むかいんに連絡を…」
「駄目! 突然、行って驚かすの!」

くまはちの言葉を遮るように、真子が言う。

「組長、意地悪なんですからぁ」
「いいやん。別にぃ」

真子は、ふくれっ面になっていた。




「又のお越しをお待ちしております。須藤様にもよろしくお伝えください」
「お世話になりました」

映画を見終わり、席を立ったとき、館長が、挨拶に来たのだった。
まさちんは、軽くお礼を言って、ぺんこうは、軽く一礼して、映画館を出ていった。そんな二人を館長と女性従業員が見つめていた。

「地島さんのお連れさんって、初めて拝見する方ですね」

女性従業員が館長にそっと言った。

「確か、お連れの人は、一平坊ちゃんの学校の先生だったはず…」
「…って教師…ですか? どうみても、同業者じゃありませんかぁ。
 …館長、からかわないで下さい!!」
「いや、でも…う〜ん…」

二人は、まさちんの連れ=ぺんこうの事が気になって仕方がないという様子だった。


まさちんは、時計を見た。

「むかいんとこで、食べて帰るか」
「たまには、ええよな」
「ほな、連絡しよか」
「あかん、あかん。突然行って、驚かせるんや」
「それもええなぁ」

まさちんとぺんこうは、いたずらっ子の様な表情で、顔を見合わせていた。



「夕食はね、もう予約してるんやで」
「…何処かは、言わなくてもわかるね。あそこでしょ?」
「へへへへ!」

理子と理子の母が、買い物を終え、とある場所に向かって歩いていた。


時は、夕食時。
むかいんの店は、今日も、たくさんの人が訪れていた。そこへ、予約を入れていた理子と理子の母がやって来た。
店長が丁重に迎える。

「理子様。いつもの席をご用意しておりますよ」
「ありがとう。…その…むかいんさんは?」
「お伺いすると思いますよ。ほら」

そう言って、店長は、理子と理子の母の椅子を引いて、去っていった。入れ替わるように、むかいんがやって来た。

「いらっしゃいませ。本日は、当店へお越し頂きましてありがとうございます」

むかいんは、深々と頭を下げて、挨拶をした。

「だから、むかいんさん、それは、やめてよぉ。照れるから」
「お客様には、きちんとご挨拶をしないと私が怒られますから」

むかいんは、素敵な笑顔で理子に言った。

「理子ちゃん、お待ちしておりましたよ。いつもので?」
「うん。むかいんさんにお任せだよ」
「かしこまりました。暫くお待ち下さいませ」

深々と頭を下げて、厨房へ向かっていくむかいんだった。
むかいんを見つめる理子の目は、恋をする目だった。母は、そんな理子の目を見逃さない。

「理子ぉ、ほんとに、あの人のことが好きなんだね」
「えっ?! へっ?! ちょ、ちょっとお母さん〜」
「目が、輝いてるよぉ」

母は、理子の額を突っついた。



AYビルの地下駐車場に、車が入ってきた。定位置に停まった車から降りてきたのは、真子と真北、そして、くまはちだった。

「お腹空いたぁ〜」
「組長、少しは大人らしくしてくださいね。お腹が空くといっつも
 騒ぐんですからぁ。…昔から、変わりませんねぇ」
「いいやんかぁ」

そう言いながら、地下駐車場から、AYビル受付のある一階へ上がっていく。

「あっ、いつもの癖やぁ。地下から直接行けるのにぃ」

真子は、そう言って、受付の明美に手を振って、エレベータホールへと向かっていった。

「混んでるかなぁ」
「混んでるでしょう」
「くまはちぃ、待つからね」
「はい」

くまはちは、待つことを嫌う男。それは、真子だけでなく、真北もよく知っていること…。
案の定、店の前には、待ちのお客の列があった。その列の最後尾に並ぶ真子達。暫くして、店長が、真子の姿を見て、慌てたように近寄ってきた。

「真子様。ご連絡くだされば…」
「しぃっ…。たまには、いいでしょ?」
「特別室でしたら、ご用意できます」
「う〜ん。ま、いいかぁ。…むかいんには、内緒ね」
「それは、私が怒られますよ。こちらへ」

店長は、真子達を案内した。


「あっ、真子だ」

理子の席へメインディッシュを持ってきて、立ち話をしていたむかいんは、理子の言葉に振り返った。

「く、組長…。来られるなんて聞いてないのに…」

むかいんは、何故か焦る。


「店長、むかいんには、他のお客様を優先するように、伝えて下さい」
「かしこまりました」

真子は、手を軽く挙げて、むかいんに合図した。

来なくていいよ。

そして、特別室へ入っていった。
むかいんは、真子の言いたいことが解ったのか、その場から動かなかった。そして、再び、理子と話し込む。

「くまはちさんと真北さんが一緒って、珍しいんじゃない?」

理子は、むかいんに尋ねた。

「昔は良く観られた光景ですが、今では珍しいですね。
 …そういや、まさちんは、どうしたんだろう」
「お昼頃、角の公園で先生と一緒にベンチに座っていたのを見かけたよ」
「…ぺんこうと…まさちんが…ですか?」

むかいんは、驚いたような表情を見せた。

「やっぱり、むかいんさんも、驚きますよね」
「その…喧嘩…してませんでしたか?」
「してなかったよ。真子から、二人の仲を聞いていたから、
 姿を見かけたときは、ドキドキしたけど…」

むかいんは、ふと厨房を観た。厨房では、コック達が手招きをしている。

「失礼します。ごゆっくり」

そう言って、むかいんは、厨房へ入っていった。

「真子ちゃん、来たんなら、挨拶しないでいいの?」

母が理子に尋ねた。

「かまへんって。組長の顔してたもん」

理子は、あっけらかんとした感じで言い放った。

「お母さんには、いつもと同じに見えたんだけどなぁ」

母は、料理を一口ほおばって、おいしいぃ〜っという表情になる。
もちろん、理子も同じような表情だった。


厨房では、コックが、慌てた表情をしていた。

「真子様が来られましたよ」
「知っているよ。でも、来なくていいと言われた」
「えっ?」
「他のお客様と同じように振る舞うこと、という事ですよ」
「…難しいですよ…。特別コース三つです」
「…なんだか、本部に居る感じだなぁ〜」

苦笑いをしながら、コック達に指示を出すむかいんだった。


AYビルのエレベータのドアが開いた。
ここは、二階。
エレベータから、二人の男が降りてきた。まさちんとぺんこうだった。
二人は、何話すことなく、むかいんの店に入っていく。
店長が、二人の姿に気が付いて、そっと近づいてきた。

「まさちんさん」
「店長、特別室空いてる?」
「今は、その…真子様が…」
「えっ? 組長が?」

まさちんは、驚いた表情を見せていた。二人の会話をよそに、店内を見渡していたぺんこうは、むかいんの姿を見つけた。
むかいんが、向かう先。
その席に座っているお客を観て、驚いていた。

「ありゃ、野崎…」

その言葉に店長が反応した。

「理子ちゃんは、時々来られますよ。お一人の時や、お友達とご一緒に、
 そして、本日のように、お母様と…」
「…噂はほんまやったんやな…。むかいんに惚れてるって…」
「ほへっ?!?!!!」

店長とまさちんが、突拍子もない声を挙げた。

「驚くことか?…って、それより、どうすんねん、まさちん」
「…組長ということは、真北さんとくまはちも?」

店長は頷いた。

「しゃぁないなぁ。空くのを待つよ」
「申し訳ございません」

そこへ、店員がやって来た。

「あのぅ、まさちんさん。お姿見かけたので、先程、真子様に
 お伝えしたら、一緒にとおっしゃっておりました。どうぞ」
「は、はぁ」

まさちんとぺんこうは。店長に苦笑いをして、特別室へ向かっていった。


「あれ? まさちんさんと先生や」

理子の言葉に、振り返るむかいん。
まさちんとぺんこうは、むかいんに気が付いて、二人同時に軽く手を挙げて、特別室へ入っていった。

気にするな。

「…気にするなって言われても…気になるよ…」

むかいんは、呟いた。

「なんだか、不思議だね。みんな、ここに来るんだもん」
「そうですね。なんというか…ほんと…不思議ですね」

理子とむかいんは、微笑みを交わしていた。
母は、少し複雑な表情で、二人を見つめていた。



(2006.3.19 第三部 第三十九話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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