任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第四十話 心と体に染みついたもの

ここは、むかいんの店。
夕食時で、お客もたくさん。にぎわっている店の一角で、今……。


まさちんとぺんこうが、特別室へ入ってきた。

「ようこそぉ」

まだ、食前の飲み物を口にしているだけの真子達が、迎えた。

「お前ら、二人で、デートかよ」
「ほっといてください」

真北の言葉に、冷たく返事をしたぺんこうだが、

「で、みんなで、別行動してて、結局は、ここに来るんだね」

真子は、嬉しそうに言った事で、

「時間が時間でしたので、出先から、近かったんですよ」

笑顔で応えて、ぺんこうは、用意された椅子に腰を掛けた。

「組長、結果はどうだったんですか?」

まさちんが腰を掛けながら尋ねると、 「大丈夫だよ」

真子は、意味ありげな言い方で答えた。

「あまり、ご無理なさらないで下さいね」
「二人は、午後から何してたん?」
「公園でボォッとして、映画観に行きました」
「それで、ここなんだ。映画って、ぺんこう、すんごく久しぶりでしょ?」
「はい。学生以来でした」
「ほとんど、レンタルで観てたもんね」
「えぇ。久しぶりの映画館。かなり変わりましたね。椅子もゆったりとして…」
「そりゃぁ、須藤さんからのチケットだったら、良い席だもん」
「すでに、御存知ですか」
「うん。まさちんが、映画に行くとしたら、須藤さんからのチケットだもん。
 一人で行く時は、いっつもオールナイトだからねぇ」
「ねぇ〜って組長……」

まさちんは、何故かふてくされる。そして、ちらっと真北の表情を伺った。真北は、真子とぺんこうの会話を優しい眼差しで見ていた。


「お待たせいたしました」

むかいんが、前菜を持って、特別室へ入ってきた。

「むかいんっ!」

真子、真北、くまはち、まさちんそして、ぺんこうが、同時に叫ぶように言った。

「何も声を揃えて叫ばなくても…」
「来なくていいって言ったやん」

真子が言った。

「気にするなと言ったやろぉ」

まさちんとぺんこうが、同時に言った。

「気にするな言われても、気になるよぉ。それに、お客様に
 ご挨拶しないと、組長に怒られますから」

むかいんは、料理を並べながら、丁重に応える。

「ここで、待ち合わせだったんですか?」
「してないよ」

むかいんの言葉に、真子、まさちん、ぺんこうが、同時に応えた。

「落ち着く先は、ここってことだよ」

真北が、優しくむかいんに言った。

「ごゆっくり、どうぞ。失礼します」

むかいんは、真北の言葉に、微笑み、そして、部屋を出ていった。
真子は、待ってました!と言わんばかりの勢いで、料理に手をつけた。

「組長、理子ちゃん、来てますよ」

ぺんこうが、言った。

「ほんと?…知らなかった。…気が付いたのかなぁ。声を掛けないって
 いうことは…」
「そうでしょうね」

真子とぺんこうは、二人だけしか解らないような会話をしていた。

「気が付いたって、何にですか?」
「五代目の顔ぉ」

真子は、ふざけた口調で応えた。

「大学での事件があってからね、伝えてあるんだぁ。
 私が五代目の時は、声を掛けないでねって。危険だから」
「組長…。ぺんこう、知ってたのか?」

まさちんは、ぺんこうに尋ねた。

「まぁね」

ぺんこうは、短く応えて、前菜をたいらげた。
真子とぺんこうの間にも、不思議な雰囲気がある…。
まさちんは、その雰囲気を感じると、なぜか、苛立っていた。


次々と運び込まれる料理を静かに食べる真子達。まるで、本部での食事時と同じ雰囲気だった。
五人が揃って、食卓につくことは、久しぶりだった。それぞれが、それぞれの仕事で、時間がまちまちとなる為、朝も夜も、バラバラだった。
真子は、今、この時が、とても幸せに感じていた。
むかいんの料理にくわえて、その感じが、真子の笑顔を更に輝かせていた。

「むかいんも一緒だったらいいのになぁ」

真子が呟くように言うと、

「仕方ありませんよ。むかいんは仕事中ですから」

絶妙なタイミングで、まさちんが応える。

「そだね…。…そうだ!! 今度、みんなでどっかに行こう!
 気兼ねなく、過ごせるようにね」
「旅行ですか?」

真北が、静かに言った。

「旅行かぁ…ねぇ、真北さん、そうしよ。楽しそうやん」
「組長、それは、難しいですよ」
「えっ、なんで?」
「同行するのが、こいつらですよ…強面の…」

真子は、真北の言葉に、まさちん達の顔をじっくりと見た。そして、その時、初めて気が付いた。

「ぺんこう、その服はぁ!!!」
「久しぶりに着てみました。今日は、教師を休暇してますから」
「…やっぱり、その服の方が、似合うぅ〜」

真子は、嬉しそうに言った。

ほんとに、お気に入りなんですね、組長…。

まさちんは、ぺんこうの言葉を思い出し、そう思った。

「旅行…大丈夫だと思うけど……」

真子は、寂しそうな感じで、真北に訴える。

「ふぅ〜。わかりました。でも、それは、組長の体力が完全に
 回復してからですよ」
「はぁい。…ようし!! 回復に向けて、頑張るぅ!!」

なぜか、気合いが入る真子は、料理をたいらげた。

「う〜ん、おいしいぃ〜っ!!」

真子は、とびっきりの笑顔を向けた。
真北たちは、真子の笑顔を見て、やわらかい表情をしていた。
それは、刑事や教師、そして、やくざではなく……。



理子と理子の母は、食事を終え、レジへと向かう。

「むかいんさん、また、来ますね」
「お待ちしております」
「今度は、真子と来るからね」
「組長、喜びます」

むかいんは、素敵な笑顔を理子に向けた。そして、理子と母は、店を出ていった。

「…真子の話をしている時の笑顔が一番素敵だもんなぁ、むかいんさん」
「お付き合いするなら、応援するよ」
「お母さん…。な、何を突然!!」
「素敵な笑顔だから。むかいんさんは、やくざじゃないでしょ?」
「…またそれを言うぅ〜。真子は、組長だけど、周りを押さえる力は
 あるんだから。決して迷惑を掛けない。そう約束したもん」
「聞き飽きた。…解ってるよ。だから、応援するって言ったんだよ」
「お母さん…ありがと!!!」

理子は、母の言葉が嬉しかったのか、母に飛びついて、喜びを表した。




食後の飲み物を持ってきたむかいん。

「何時に終わる?」

真子は、オレンジジュースを手にしながら、むかいんに尋ねた。

「明日の仕込みがありますので、遅くなります申し訳ございません」
「一緒に帰ろうと思ったのになぁ。みんな、揃ったからさぁ」
「私とぺんこうが、待ってますよ」

まさちんが、すかさず言った。

「一人で帰れるって」
「俺達は休みだから、のんびりさせろよ」
「珈琲で、ねばるなよ…」
「解ってるって」

まさちんは、微笑んでいた。

「じゃぁ、まさちんのポケットマネーで、払ってね」
「…は、はぁ…むかいん、いくら?」
「三万くらいかな」
「うん。わかった。かまいませんよ」

まさちんは、返事をした。

「くまはちも、残れよ。帰りは、いいから」

真北が言うと、

「いいえ、それは…」

もちろん、断ろうとするが…、

「そうやな、そうしろよ」

まさちんが、くまはちの言葉を遮るように言い、

二人っきりにさせようぜ。

目で合図した。

「では、お言葉に甘えて」
「二人が喧嘩しそうやったら、止めてくれよ」
「その役ですか…。わかりましたぁ」

くまはちは、真北の言葉に、なぜか、がっくり。

「ほな、メニュー持ってくるよ。…あれだけじゃ足りないやろ?」

むかいんは、嬉しそうに尋ねた。

「そうやな、頼む」

くまはちは、なぜか、目を輝かせて返事をしていた。
真子と真北は、食後の飲み物を飲み終えていた。

「じゃぁ、帰るねぇ。ごちそうさま!」

真子は、むかいんに笑顔で言った。

「次は、ちゃんとご連絡ください」
「驚かしたかったんやもん」
「心臓に悪いですから」

むかいんも、笑顔で応えた。

「まさちん、あとよろしくねぇ!」
「朝帰りだけは、するなよ」

真北は、部屋にいるまさちん達をからかうように言って、真子と出ていった。

「……二人っきりにさせてどうするねん!」

くまはちは、二人が出ていって暫くして、まさちんに静かに怒鳴る。

「別にぃ。お前もたまには、ハメ外せよ」
「俺が外したら、誰が戻すねん」

まさちんとぺんこうは、むかいんを指さしていた。

「お、おれ?!」

むかいんは、二人に指をさされて、あたふたする。

「…よろしくな」

くまはちは、そう言って、ゆったりと座り直した。

「むかいん、適当に持って来いよ」

ぺんこうが、言った。

「わかったよ。一番高いやつばかりにするよ」

むかいんは、にやりと笑って、部屋を出ていった。

「まさちん、桁変わるかもな」

くまはちが、次の料理が来るのを待ちわびるような感じで言った。

「かまへんって。三桁までいかへんやろ」
「ほんま、まさちんの金銭感覚、半端じゃなく怖いよな」

ぺんこうが、デザートを摘みながら言う。

「えっ? 普通やと思うけどな…」
「俺の店で、三桁いくくらい食べる奴はおらんで。それに、
 そんなに喰えんやろ」

むかいんが、新たな料理を手にして、入って来るなり言った。

「ったく、真北さんが席を外した途端に、扱い変わるんやな」

料理をテーブルに置くむかいんに、まさちんが、話しかけた。

「お前らを客扱いしてどうすんねん。あほらしぃ。あっ、そや。
 部屋代延長な。いつもの三倍でええか?」
「…おいおいおいおいぃ〜!!!」

まさちんの嘆きの中、むかいんが置いていく料理を片っ端から食べていく、くまはち。まさちんとむかいんの話なんて、聞いていないようだった。そんなくまはちを見つめるぺんこう。

「くまはち、誰も取らないって」
「組長と真北さんの前で、ゆっくりと味わってられなかったんや。
 組長には、ゆっくりとしろって言われてもなぁ」
「まだ、気にしてるやろ」

ぺんこうの言葉に頷くくまはち。

「名誉挽回せんとなぁ」

くまはちが気にしていること。
それは、鳥居の襲撃事件のことだった。

「それと、組長の体力回復…な…」

ぺんこうの言葉に、一同、静まり返った。




真北が運転する車が、赤信号で停まった。真子は、助手席で、横断歩道を歩く人々を何気なく眺めていた。

「…たまには、あいつらで、楽しむのもいいでしょう」

真北が静かに言った。

「そだね。くまはちは、結局、仕事してたもんなぁ」
「えぇ」

真子も真北も、くまはちの雰囲気に気が付いていたのだった。

「…真北さん、夜景…綺麗かなぁ」
「ん?…夜景ですか。そうですね、行ってみましょうか」

真北は、真子に振り返る。真子は、真北を見つめて、嬉しそうな顔で、

「うん!」

返事した。
青信号で、発車する車。昼間に登った山へ向かって進路を変更した。


車は、暗い道を走っていた。曲がりくねった道。時々、すれ違う車。頂上へ向かう道の途中、途切れ途切れに見える街の景色に、真子は、わくわくしている様子。そして、頂上に到着した。
すでに、かなりの車が停まっていた。そのほとんどが、男女のカップルだった。空気が澄んでいた一日。街の灯りが、すごく綺麗に映えている。
真子は、車が停まるやいなや、飛び降りて駆けだしていった。

「組長!」

真北は、慌てて周りを警戒した。
怪しい影はない…。
それを確認した後、ゆっくりと車から降り、真子の姿を目で追った。

「綺麗ぃ〜!!!」

真子は、手すりから乗り出すような感じで景色を見下ろしていた。
真北が、そっと真子の腰辺りに手を回し、引き寄せる。

「危ないですよ」
「ごめん! …昼間とは、まったく違うね」
「そうですね」
「AYビルは、結構高いのに、景色は見下ろしたことなかったなぁ」
「都会とここでは、空気も違いますからね」
「あのビルだよね」
「えぇ」

真北の雰囲気が、少し変わる。

「まだ、仕事してる企業もあるんだね。山崎さんも大変だね」
「山崎さんだからこそ、安全に過ごせるんですよ」
「うん。安心できるもん。しかし、すんごい綺麗ぃ〜〜」

真子の目は、ランランと輝いていた。
風が吹いていた。
肩まで伸びた真子の髪の毛が、やわらかくなびく。
真北は、上着を脱いで、真子の肩にそっと掛けた。

「夏の終わりですから。夜は冷えますね」
「真北さんは、大丈夫なん?」
「えぇ」

真北は、優しく微笑む。

「ありがと」

真子は、素敵な笑顔で真北に言った。

「昔は、すんごく大きかったのにね。まるでコートみたいに
 地面につきそうだった。今は、こんな感じ。真北さん、小さくなった?」
「それだけ、組長が、大きくなったということですね」

真北は、温かい眼差しで真子を見つめ、

「まだまだ、子供ですけどね」

ちょっぴり意地悪そうに言った。

「ひどぉ〜い!!」

真子は、真北に拳を振り下ろした。真北は、軽く受け止め、そして、真子の頭を滅茶苦茶撫でていた。


真子と真北は、横に並んで、街の灯りをゆったりと眺めていた。
二人並ぶ後ろ姿は、周りに負けないくらいの恋人同士に見えていた。



真北の上着を羽織ったまま、助手席で眠っている真子。その頭は、真北の肩にもたれかかっていた。
少し運転しにくそうな真北だったが、真子の頭は、そのままにしていた。
交差点で停まった時、赤信号を無視して、通り抜けるバイクの連中。
それは、以前から、目を付けていた問題の暴走グループ。
真北は、血が騒いだが、そのまま、観ているだけで、ハンドルの横にあるボタンを押しただけだった。そのボタンは、業務用のもの。ボタンを押すことで、先程のバイクの連中を別の者が追いかけるようになっている。案の定、信号が変わって、真北の車が発車した頃、バイクの連中が向かった方向へパトカーが走っていった。

「悪いなぁ」

真北は、パトカーが去った方向へ目線をちらりと移して、そう呟いた。そして、真子の寝顔を見て…にやり……。
車は、家に向かって走っていった。




AYビル・むかいんの店。
最後のお客が、店を出ていった。しかし、特別室では……。

「最後やで」

むかいんが、料理を差し出した。

「ほとんど、くまはちが、喰ってるやんか」

そう言いながら、料理に手を伸ばしているぺんこう。まさちんも同じように手を伸ばした。
二人は、同じ食べ物に手を伸ばしてしまう。
にらみ合う二人…今にも火花が……。
にらみ合っている間に、くまはちが、その食べ物をつまみ、口に入れた。

「あーーーくまはち、お前ぇ〜」

まさちんとぺんこうは、同時に叫んだ。その声を全く気にしていない、くまはちだが…。

「デザートは、いらんやろ」
「あぁ。で、いつになる?」
「仕込みは、終わらせたから、片づけたら終わり。だから……」

むかいんは、にやりと微笑む。
一体、何を考えて……。




真北の車が自宅駐車場へ入った。定位置に停まり、エンジンが止まった。

「組長、着きましたよぉ」
「ん…?…あっ、ごめん…もたれてたのと…上着ぃ〜」

真子は、寝ぼけ眼をこすりながら、姿勢を整えた。そして、一息ついて、車から降りた。真北は、車のキーをロックして、真子を支えるように玄関へ歩き、そして、中へ入っていく。
真子は、靴を脱ぎながら、真北を見上げていた。

「まさちんたちは、まだ帰ってないみたいだね」
「まぁ、野郎が四人も揃えば、色々と遊び回るでしょう。
 朝帰りかもしれませんね」
「たまには、いいかぁ」
「お風呂が沸きましたら、連絡します」
「はぁい」

真子は、軽く返事をして、二階へ向かっていった。

真北は、キッチンにあるリモコンスイッチを押して、風呂のセットをした。そして、自分の部屋へ向かっていった。




むかいんの店の厨房。

「お先に失礼します」
「お疲れぇ〜」
「お疲れさまぁ」

従業員やコック達が、着替えを済ませて帰っていく姿。
それを見送るむかいんと……。

「本当に、すみません…」

洗い場担当のコックが頭を下げて、恐縮そうにしていた。

「ええって。気にせんと、今日は、終わっていいから」
「しかし、料理長…」
「大丈夫やって。お前より厳しくするから」
「すみません、まさちんさん、くまはちさん、ぺんこうさん」
「気にしないでね」

まさちんとくまはち、そして、ぺんこうは、両手を泡だらけにして、素敵な笑顔で振り向いた。
コック達は、恐縮そうに何度も頭を下げて帰っていく。
まさちんとくまはち、そして、ぺんこうは、みんなを見送って戻ってきたむかいんを見た途端、一斉に睨み付けた。

「ええやろ、別に。終わったら熱湯掛けておけよ」
「わかってるよ。…ったく、いっつもいつも……」

三人は、同時に怒鳴り、ぶつぶつと呟く。むかいんは、笑っていた。




真子は、気持ちよさそうに、お湯に浸かっていた。

「う〜ん!! 気持ちいいぃ〜」

そう言いながら、脚をバシャバシャさせて、水を蹴っていた。
髪の毛を洗って、水で泡を流す。

「ぷはぁ〜。………気にならないわけじゃないけどな…」

掻き上げた前髪。鏡に映った自分の顔…額の傷…。そして、右肩の傷…。それは、弾痕。うっすらと残っているだけだが、気付く者は、気付く。

…まさちん…。

真子は、シャワーを強くして、頭からお湯を浴びていた。



リビングでは、真北がソファに座って、携帯電話を片手に書類を見つめながら、真剣な話をしていた。
真子は湯上がりの姿で、リビングへ戻ってきた。

「あぁ。そういうことで、後は頼んだよ。大丈夫だから」

真北は、そう言って、電源を切った。

「飲み物、冷えてますよ」
「ありがとぉ」

真子は、冷蔵庫から、オレンジジュースを取りだし、それを手にして、真北の隣に腰を下ろした。

「謹慎中でも、仕事ぉ?」
「謹慎は、形だけですから。原が、しつこいんですよ。
 いつまでも頼ってくるんですから。…いつになったら、
 一人前になるのか…」
「真北さんが、海外に行っている間に一人前になるかもぉ」

そう言いながら、真子は、真北が広げている書類にちらっと目線を落とす。真北は、真子の目線に気が付き、何気ない感じで書類を一つにまとめ、ファイルに閉じた。

「企業秘密です」
「はぁい」

真北の言葉に、少し膨れ気味に返事をした真子は、オレンジジュースを飲み干した。

「まだ、帰らないんだね」
「あいつらも、大人ですから、放っておきましょう」
「やっかいなことしてなかったら、いいんだけどね」
「そこが、心配ですよ」
「…そうだよね……」
「はふぅ〜」

真北と真子は、同時にため息を付いた。




ぺんこう運転の車が、AYビルの地下駐車場から出てきた。助手席には、くまはち、運転席の後ろには、むかいん、その隣にまさちんが、座っていた。

「むかいん、ぼったくってないか?」

まさちんは、レシートを見ながら、呟くように言った。

「別にぃ〜」

むかいんの応えは、誤魔化したように思える。

「組の経費にするなよ」

くまはちが、言った。

「せぇへんわい。それしたら、組長に怒られるの、俺やろぉ」

まさちんは、財布の中の札を数え始める。


車は、何事もなく、暫く走っていた…が…。真子と真北が恐れていた事態に陥ってしまった!!!


「ぺんこう、停めろ!」

くまはちは、突然叫び、後ろの方を見つめていた。まさちんは、くまはちにつられるように、目をやった。
なんと、広い歩道のど真ん中で、乱闘が起こっていた。
突然、起こった事態に、歩道を歩いている一般市民は、先に進まれず、立ち止まっていた。それが、群を増していた。その場所へ、駆けていく男達が居た。
ぺんこうは、バックミラーでそれを確認し、少し離れた路肩に車を停めた。停まった途端、くまはちとまさちんは、車を降り、群がる場所を見つめていた。

「藤組と川原組が向かってるけど、あの連中は、すぐには
 納まらんやろな…」

まさちんが、言った。

「そうだよな…。しゃぁないなぁ」

くまはちは、駆けだした。

「ぺんこう、むかいん、悪い。暫く待っててくれ」
「あ、あぁ」

まさちんは、車のドアを開けて、二人にそう告げ、くまはちの後を追っていく。

「ったく、すぐ首を突っ込むんだからなぁ」

ぺんこうが、後ろを見つめながら、むかいんに言った。

「まぁね…。でも、昔を思い出すよなぁ、ぺんこう」
「そうやな。あの頃は、お前と俺が、停められる方やったもんな」
「ほんとだよ。しかし、久しぶりに見たよ。その服」
「今日は、教師休業だからな。久しぶりにええかと思ってな」
「組長じゃないけど、その方が、似合うよ」
「…この方が、落ち着くさ」

ぺんこうは、苦笑い。

「あぁぁぁ。やっぱり、こうなるんだよな…」
「思った通りや…」

ぺんこうとむかいんは、人だかりの方を見ながら、呆れたように笑っていた。



乱闘を起こしていたのは、阿山系川原組傘下の赤司(あかつかさ)組の組員と藤組傘下の橙守(とうかみ)組の組員だった。
この二つの組は、当初、阿山組系さつま組傘下だったが、さつま組が起こした事件で、さつま組は破門・解散。その傘下にあった組を川原組と藤組がそれぞれ、面倒を見ることになったが、この二つの組は、以前から、色々と問題を起こす組だった。
それが、ここ数年、赤司組と橙守組の組同士のいざこざが耐えず、手を焼いていたところ。
…この日。何が原因なのか、わからないが、とうとう乱闘騒ぎを起こしてしまった。
川原組と藤組の組員がそれぞれ傘下の組員達を抑えていたが、お互いは、にらみ合っている…。川原と藤が、まさちんとくまはちの前に立ちはだかって、必死で何かを告げていた。

「だから、後は、私達で処分しますから、本家は口を…」

川原が訴える。

「見かけたからには、無視できないだろ」

まさちんが、凄く恐ろしい雰囲気で、川原に言って、乱闘騒ぎを起こしていた連中を睨み付けた。その中の一人が、そんなまさちんに感化されたのか、いきりだって、まさちんに喰ってかかった。

「なんや、われ、俺らのすることに口出しすんなや」

怖い者知らずとは、こういうことを言うのだろう。
まさちんの胸ぐらを両手で掴みあげていた。
まさちんは、相手にしなかった。

「これは…?」

胸ぐらを掴みあげる男を顎で指しながら、低い声で、川原と藤に尋ねるまさちん。

「わしんとこの傘下や…」

川原が言った。

「ふぅ〜〜。したくないんやけどなぁ〜。…やったら、俺が組長に怒られるからな」

まさちんは、川原に目で訴えた。

どうするんだよ…。

「てめぇ、ええかげんにせぇよ」

川原は、そう言って、まさちんの胸ぐらを掴みあげる男の腕を掴んだ。しかし、男は、放そうとせず、更に掴みあげる。
その時だった。

シュッ…バキッ…。

風を切る音と、何かが折れる音が聞こえた。

「う、うわぁ〜〜っ!!!」
「あっ、わりぃ〜…。って、お前、ちゃんとカルシウム取ってるか?
 そんなに簡単に折れるようじゃ、喧嘩もロクにできないやろ」

まさちんの胸ぐらを掴みあげていた男の両腕の曲がるところが、人より一つずつ多くなっている…。
まさちんは、男の腕を上から振り落とすように自分の両手を上から下へと素早く動かしただけだった。
その勢いで、男の両前腕部の骨が折れてしまった。
痛さで座り込む男を見下ろすまさちん。その目に、その場にいる誰もが、恐れているのか、口を開けて震えていた。

「ですから、まさちんさん」
「あん?」
「ま、まさちんさん…って、ち、ち、地島さん????」
「なんや?」
「ひぃ〜っ!!!!!!!!」

まさちんの正体を知った男達は、突然、引きつったような声を上げて、腰を抜かした。

「なんで、今頃、腰を抜かす?」

まさちんは、藤に尋ねた。

「そ、そりゃぁ、この世界に生きている者なら、まさちんの事くらい
 知ってるやろ。くまはちの事も…なぁ、川原」
「そうやんな」
「俺を倒したら、有名になるとか言う話も聞いた」

くまはちは、撫川一家の撫川の言葉を思い出したように言った。

「そ、そちらは、い、い、猪熊さん…!!!」

くまはちは、組員達の反応に驚く。

「名前は有名やけど、顔は知られてないわけか」

くまはちが、まさちんに言った。

「こんな奴らに知られる程、有名やないしな」
「そうやなぁ」

まさちんとくまはちは、のんきに話し込んでいた。

「あとは、俺達で…」

藤と川原が、恐縮そうに言った時だった。

「まさちん、首突っ込まんでええやろ。帰るで」

待ちくたびれた表情で、ぺんこうとむかいんがやって来た。まさちんと変わらない雰囲気で、二人を見つめて、そう言ったのは、ぺんこうだった。

「ん? あ、あぁ、悪い」

ぺんこうは、乱闘騒ぎを起こした組員達を見渡した。その中に見たことのある顔が二つあった。ツカツカとその二人に歩み寄るぺんこう。

「お前らやろ、乱闘騒ぎの張本人は」
「や、山本先生?!」

ぺんこうは、驚く二人の頭を叩く。

「ったく、俺の言葉を忘れて、この世界に脚踏み入れたんかい」
「せ、先生…その姿……ま、まさか…。教職辞めたんですか?」
「…こんなとこで、説教したないしなぁ」

呆れたような表情をしているぺんこうを見つめるまさちん。

「お前の生徒か?」
「んーー、そうやなぁ。学校でも、どうしようもないくらい、
 こいつら、仲悪かったんやけどなぁ。…俺の考え通りやろ?」

ぺんこうの言葉に、素直に頷く二人。

「…お前が、しっかり教育せぇへんから、こんなことになるんや」

捨てるような言い方をした、まさちんに、ぺんこうが……カチン…。

「なんやぁ、お前なぁ、俺に喧嘩を売ってるんか?」
「売るわけないやろ」
「なんか、しゃくに障る言い方やなぁ」
「お前こそ、首突っ込んでるで」
「しゃぁないやろぉ。俺の知ってる顔があったからな」
「…お前の力量も、その程度か」

まさちんのその言葉に、怒りが頂点に達するぺんこう。いきなり、まさちんの腹部に蹴りを入れた。

「っつー…てめぇ〜。その服着るから、そんな面になるんや!」

まさちんは、ぺんこうに回し蹴り。しかし、ぺんこうは、見事に避けた。そして、二人は、辺りをお構いなしに、蹴り合いを始めた。

「ミイラ取りがミイラに…って、まさに、このことやな」

むかいんが呟くように言って、呆れた表情になる。

「で、誰が、停める?」

くまはちが、ため息をつきながら言うと、むかいんは、静かに挙手……。

まさちんの低い蹴りが、誰かの手に掴まれた。
ぺんこうの高い蹴りが、誰かの手に阻まれた。

「むかいん!!」

むかいんは、掴んだまさちんの脚と、阻んだぺんこうの脚をゆっくりと下ろし、二人を睨み付けた。

「ええかげんに…せぇよぉ、てめえら…」
「……ちっ!」

まさちんとぺんこうは、地面に脚を着いて、服を整えながら、舌打ちをした。

「では、川原さん、藤さん、後は、宜しくお願いしますね」

まさちんとぺんこうに向けた表情とは、全く正反対で、素敵な笑顔を川原と藤に向けて、まさちんとぺんこうの襟首を掴んで、その場を後にするむかいん。そんな三人の後ろを追いかけるように去っていくくまはち。
その光景に、ただ、ただ、唖然としているのは、川原と藤。そして、双方の組員と傘下の組の組員たちだった。

「…山本先生って…、ま、まさか……噂はほんまやったんや…」
「元やくざ……って…」

ぺんこうの生徒だった二人が呟く。その呟きに川原と藤は、何かを思いだしたように、顔を見合わせた。

「…教職に就いた阿山組組員って、あいつ?…確か…緑……」

川原が、震えた声で言った。

「阿山組本家での…あの…達人…」

藤が、口を押さえながら言う。

「まさちんと同等に蹴り合う…なんて…」
「でも、その二人を停めるむかいんさんの方が怖かったよ…」
「そりゃぁ、むかいんさんは、今でこそ、料理人やけど、その昔…
 その緑と肩を並べるほどの、暴れん坊だったんだろ?」
「噂は、ほんまやったんや…。川原、どうする? 組長に知れたら…」
「…それより、真北さんやろ……」
「そうやな……」

藤と川原は、お互い顔を見合わせて、肩の力を落とすほど、憔悴しきっていた。



むかいんに襟を掴みあげられたまさちんとぺんこうは、車の所で解放された。

「お前らなぁ。顔を見合わせたら、蹴り合うの、やめろ」

むかいんが一喝。

「しゃぁないやろ、こいつの言い方が気に喰わんかったからな」
「ほんまのことやろ!」
「なんやぁ?」
「もう一回言おかぁ?」

ぺんこうとまさちんは、お互いの額を付け合うように睨み合う。

「……!!!!」
「うごっ!」
「うげっ!」
「うわぁ!」

むかいんは、まさちん、そして、ぺんこうの腹部を指先で突いた。
その勢いと強さは、尋常でないほど凄かった様子。
それは、端から見ていたくまはちが、顔をしかめる程…。

「くまはち、運転な。…だから、嫌やったんや。一緒に帰るのぉ。
 ……はぁぁ……」

むかいんは、嘆いていた。そして、車の後ろの座席に乗り込んだ。

「…武器なしでよかったよ…」
「どういうことやねん…。痛すぎ……」
「…な、内緒や」

ぺんこうが、安心したような言い方をしたので、まさちんは、気になっていた。
二人は、むかいんに突かれた場所を抑えながら、まさちんは助手席に、ぺんこうは後ろの席に乗り込む。
車は発車した。



後ろの座席で、ぺんこうとむかいんは、静かに話していた。

「健在やな…」

ぺんこうの言葉に、むかいんは苦笑い。

「そうでもせな、お前らを大人しくさせられへんやろ。しゃぁないやん」
「そんな素敵な笑顔で言われてもなぁ。昔を知っているだけに、
 封印してて良かったと思うで。ほんまに」
「この手は、料理を作るための物なんだからな。
 もう、あんなことしないさ。組長の笑顔の為に…ね」

むかいんの笑顔は、本当に輝いていた。

「そうやな。…俺も、今夜で終わりにしよ」

ぺんこうもむかいんに負けないくらいの笑顔で応えた。


ルームミラーで後ろの二人の様子を見ていたくまはちは、なぜか微笑んでいた。その微笑みに、まさちんは、疑問を感じ、

「二人の間に、何かあるんか?」

くまはちにしか聞こえないくらいの声で尋ねた。

「あぁ。二人だけの秘密やな。俺も知らん」
「ふ〜ん」

くまはちは、知っていた。ぺんこうとむかいんの二人だけの秘密。

お嬢様の笑顔のために、これは、封印だな。

二人が封印した物…一体それは、何?




ぺんこうは、部屋着に着替えた。そして、着ていたスーツのほこりを取り、スーツケースにそっとしまいこんだ。ベッドの下にケースを納めようとした時だった。
その手は留まった。

「やっぱり、出すんじゃなかったな」

ぺんこうが呟く。ぺんこうが見つめる先。
そこには、長い棒状の物が、隠すように納められていた。その隣に持っていたスーツケースを置き、ベッドを整えた。

「反省、反省」

ぺんこうは、そう言って、机に向かって何かを始めた。


むかいんは、机の引き出しを開けた。
その中には、少し古ぼけた小さな箱が納まっていた。そっと取りだし、それを見つめていた。

「まだ、持ってるんか」
「くまはち…知ってるんか?」
「まぁな。お前とぺんこうのことは、聞いてるからな」
「ここにしまってるだけでも、抑えられるんだよ」
「だけど、あの時…お前のその姿が目に浮かんだよ。
 ま、たまにはええんとちゃうか?」
「これっきりだよ」

むかいんは、真剣な眼差しでくまはちを見つめた。

「そうやな」

くまはちは、微笑んでいた。


まさちんは、リビングで、真北と真剣な話をしていた。

「橋にも頼んであるから。決して無茶だけはさせるなよ」
「一番難しいことですよ」

まさちんは、項垂れる。

「解ってるよ、それくらいは。だけど、充分気を配ってくれよ…な」
「はい」
「…で、今夜、何が遭った?」
「別に…」
「そうか。まぁ、むかいんを怒らせるようなことじゃないんなら、
 気にはしないがな…」

真北は、知っているような口っぷり。
それもそのはず。
家に帰ってきたむかいんが、気まずそうな雰囲気で、真北の顔を見ていたからだった。
気まずそうな雰囲気。
それは、昔、むかいんが、暴れて帰ってきた時、よく観られた光景だった。

「それと、まさちん、喧嘩だけは、するなよ」
「それだけは、わかりません…」
「する時は、組長の居ない所で、見えない所をやれよ…な」
「…は、はぁ」

まさちんは、頭を掻いていた。

「真北さん…あの……」
「ん?」
「……いいえ、何も…」
「なんや、可笑しい奴やなぁ」
「真北さんも、無茶しないでくださいね」
「あぁ」

真北は、そう言って、湯飲みに手を伸ばし、お茶をすすった。
まさちんは、言えなかった。
真北とぺんこうのこと。

お互い、腹を割って、話してみてはどうですか……?

まさちんは、ため息をついて、アップルジュースを飲み干した。


真子は、静かに眠っていた。

「…お母さん……」

真子の頬を涙が伝った………。



(2006.3.20 第三部 第四十話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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