任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第四十一話 真北とくまはちの海外出張

真子は、ベッドの上で、ふくれっ面。

「ですから、組長…」
「ひどいぃ〜!!!!」

真子は、まさちんに布団を投げつけ、枕を投げつけ……。

「組長!! ですから、組長の体調を考えて、そうされたんですよ。
 それに、名残惜しくなるからと…!!! …組長!」
「それでも、行ってらっしゃいくらい言いたかったよ…」

真子は、膝を抱えて、顔を埋めてしまった。

「組長…」

まさちんは、真子の横に腰を掛け、やさしく頭を撫でていた。

「名残惜しくなるのは、真北さんでなく、組長の方ですよ。
 真北さんが、おっしゃったんですから。組長が幼い頃、
 真北さんが、長期出張の時に、見送りに行って、組長は
 ただをこねてしまって、真北さん、二本も飛行機を遅らせたと
 言ってましたよ」
「…そんなことも、…あったっけな……」
「そのことを思い出すと、そっと旅立つ方がいいとおっしゃって…。
 明け方に、くまはちと…。…ちゃんと毎日連絡入れるそうですから
 もう、ふてくされないでください!」

まさちんの強い言葉に、真子は、顔を上げ…なぜか、まさちんを睨み付けていた。

「…今頃、飛行機の中?」
「そろそろ現地に到着してるでしょう」
「無事に…帰ってくるよね…」
「はい」

まさちんは、優しく微笑んでいた。





空港に一人佇む男が居た。その男に近づく二人の男。

「…悪いな」

その声に振り返る男…それは、あの日、逃げるように海外へ旅立った黒崎だった。

「真北。猪熊の息子も一緒だとはな…」

黒崎に声を掛けたのは、真北だった。黒崎の言葉に、真北と同行しているくまはちは、一礼した。

「くまはちは、別件ですよ」
「なるほどな。今の阿山組を影で支える男だからな…。元気そうやな」
「あなたこそ。お変わりなく」

くまはちは、静かに言った。
暫く、沈黙が続いたあと、黒崎は、言いにくそうな表情で、真北に尋ねる。

「…真子ちゃんの…様子は?」
「電話で言ったように…変わらない」
「でも、素敵になられたのでは?」
「相変わらずですよ、無邪気なまま」

真北は、少し照れたように言った。

「その方が、真子ちゃんらしくて、いいですよ」

黒崎は、真北に微笑んでいた。

「例の件は、明日として、今日は、観光でもどうですか?」
「観光…ねぇ〜」

そう言いながら、真北とくまはちは、黒崎に案内されながら、空港のロータリーへやって来た。
黒崎の姿を見た途端、ロータリーで、待機していた高級車から、強面の男達が降り、黒崎に近づいて来る。
違う国の言葉を話す男達。その中のリーダー的な男が、黒崎と話していた。そして、真北とくまはちに一礼した。黒崎は、二人に車へ乗るように合図する。男達に、荷物を預け、車に乗り込む真北とくまはち。黒崎は、助手席に乗り込んだ。リーダー的な男が運転席に乗り、そして、車は、空港を後にした。

街の中を走る車の中で、色々な話で弾む真北と黒崎。その間、くまはちは、ものすごい速さで流れる街の様子を窓から、観ていた。

「くまはち、どうした?」
「その…一見、平穏そうな街ですけど、所々に居るんですよ」
「ふふふ。流石だな。この街にも、同業者が居ますよ。そして、
 敵対する者や、味方もね。車を観て、すぐに反応する連中も
 居るってことですよ。素早く通り抜けているというのに、
 そんな気配を感じ取るなんて…親父さんより凄くないか? 真北ぁ」

振り返りながら、真北を呼ぶ黒崎。

「そりゃぁ、慶造より上手の真子ちゃんを守る奴ですからね」
「お前にそんなこと言われたら、真子ちゃんが、かわいそうだよ。
 猪熊、ここでは、あからさまに警戒するなよ。すぐ、飛んでくるぞ。
 日本がどれだけ、安全か、身にしみるはずだ」
「ご忠告ありがとうございます」

くまはちは、黒崎に頭を下げた。
そんなくまはちの様子を伺っていた運転している男が、黒崎に何かを尋ねていた。その声が聞こえたのか、くまはちが、男と同じ言葉で、返答した。
その言葉に驚いた男は、それ以上、くまはちの事を詮索しなかった。

「猪熊、その言い方だと、こいつらは、腰を抜かすよ。こいつらは、
 見た目は、強面だけどな、一般の者と変わらないんだからな」
「はぁ、すみません…」
「くまはち、いつ身につけた?」
「何がですか?」
「言葉」
「企業秘密ですよ」
「猪熊からだろ? あいつのことだ。これからは国際化だなんだと
 言って、お前に教養したんだろ?」
「ですから、企業秘密ですって」

二人のやり取りを見ていた黒崎と運転している男は、突然笑い出した。
男は、くまはちに話しかけた。くまはちは、笑顔で、返答する。
その瞬間、男とくまはちの間に、見えない絆が出来たようだった。

車は、有名観光地へと到着した。
周りの賑やかで楽しそうな雰囲気とは、正反対に、重々しい雰囲気を醸し出しながら、歩いている集団。黒崎と真北、そして、くまはちを守るような感じで辺りを警戒しているのだった。観光客に紛れて、敵対する組織が狙っているかもしれない…そういうことだった。

「こっちに来ても、危ない生活なんだな、黒崎さん」
「身に付いた性…ですよ」

くまはちは、運転していた男とすっかり意気投合したのか、真北と黒崎の後ろを歩きながら、話し込んでいた。そんな二人を観て、驚いている真北と黒崎。

「くまはちとうち解けるなんてな…珍しい男だな」
「それは、私にも言えますよ。あいつとうち解ける猪熊は
 底知れぬ何かを持っているんだな。それも、真子ちゃんの影響か?」
「かもしれませんね」

優しい眼差しで二人を見つめる真北だった。

「真子ちゃんには、何て言ってるんだ?」
「海外出張。今朝早く、こっそりと出てきたから、恐らく今頃、
 ごねて、まさちんが手こずっているところでしょう」
「ひどい男やな」

真北は、ただ、微笑んでいるだけだった。



その通り。
真子は、AYビルに到着しても、ムスッとした表情で、書類に目を通していたのだった。
まさちんは、すごく困った表情で、真子の仕上げる書類をチェックして、仕分けしていた。

「あとは?」
「それで、終わりですね。お疲れさまです」
「んーーー!!! まさちん、水木さんは? 連絡してくれた?」
「なかなか連絡取れません」
「困ったなぁ。AYAMAの方を頼みたいのにな」
「合わせる顔がまだ、ないのでしょう」
「水木さんの責任じゃないのになぁ」

真子は、撫川一家との件で、水木が自分に対して恐縮していると思っていた。確かにそうだったが、実は、更に深刻な事に陥っていたのだった。それは、またしても、真子には内緒になっている。
真北が留守にしている間に、片づけようとしていたのだった。
それは、やくざとしての仕事…。真子に危害を及ぼしそうな組の一掃。そんな水木の行動は、須藤達も知っていた。しかし、須藤達までが、手を出すと、それこそ真子が心配する。
水木の単独行動だった。



真子は、久しぶりにAYAMA社に顔を出した。

「真子ちゃん!!!元気そうやん」

駿河が、真子の姿を見た途端、元気に声を掛けてきた。

「駿河さん、元気すぎぃ。どう? 調子は。文書だけだったら、
 実感沸かないから。くまはちからも聞いてたけど、やはり、
 この目で見た方がいいもん。新作も順調だとか」
「えぇ、まぁ…それなりに」

駿河は何かを誤魔化すような言い方をして、まさちんをチラリと見た。まさちんの表情は、何も変わらなかった。

「試作品が出来たら、教えてね」
「今、作成中なので、出来上がり次第、お願いします!」
「うん。ほんとはね、くまはちが、居ない間は、水木さんに
 お願いしようと思ったんだけど、連絡取れなくてね…。なんだか
 とっても忙しそうだから。その間、頼りないけど…」

真子は、まさちんを指さしていた。その指を払うように叩くまさちん。

「組長、そんな言い方、しないでください」
「本当のことやん。たよりないって」

真子は、『たよりない』の所を強調して言った。
まさちんの方がふくれっ面になっていた。
そんな二人の仕草を見て、笑っている駿河たちだった。





真北と黒崎は、同じテーブルで食事を取っていた。くまはちと男は、少し離れたテーブルに座り、同じように食事をしていた。
食事も終わりに近づいた頃だった。
店の中で待機していた強面の男達が、一斉に立ち上がった。くまはちと同席していた男も立ち上がり、入り口を見つめている。
入り口のところには、同業者らしき人物が、十人近く立って、黒崎を見ていた。
どうやら、敵対している組織の一部らしい。
入ってくるなり、何かを怒鳴っている敵対組織。その連中を囲むように強面の男達が、動き出した。
そんな中、真北とくまはちは、何事もないような感じで食事をしていた。
黒崎が、いきなり怒鳴る。

『(客人が居るんだ。後にしろ)』

その言葉で、黒崎の前に座る真北とその隣のテーブルに座っているくまはちに目線を移した敵対組織の連中。リーダー格の男が、黒崎に指をさしながら、何かを言っていた。

「くまはち!」

真北が叫んだ。
リーダー格の男の言葉が気にくわなかったのか、くまはちは、立ち上がり、その男を睨んでいた。

「真北さん、黙ってられませんよ」
「やめろ。ここでは、大人しくしておけ」
「ほほぉう。日本の方ですか」

リーダー格の男は、日本語が解るのか、真北とくまはちに話しかけた。

「だから、大切な客だと言っただろ」
「黒崎、お前の交友関係は、どこまで広がっている。ポリスも居るんだな」

男は、真北を一目見て、素性が解ったようだった。

「古い友人だ。だから、話す事も山ほどあるんだよ」
「解ったよ。引き上げよう」

意外と物わかりの良い連中なのか、男達は、直ぐに去っていく。

「悪かったな、真北。あいつらは、俺がこっちに来てから、ずっと
 敵対してる組織なんだよ。もう二十年になるかな」
「以前逃げた時からですか。あなたらしくない。早めに処理するのになぁ」
「まぁ、その分、解り合えているさ。だから、猪熊、怒らないでくれよ。
 あれは、あいつなりの愛情表現だからな」

くまはちは、黒崎を睨んでいた目をすっと真北に移した。真北は、くまはちを睨んでいる。

騒ぎを起こすなと言ってるだろ。

くまはちは、真北の言いたいことが解ったのか、普通の表情に戻った。

「一体、何を?」
「ビジネスですよ。薬関係のね」
「こっちでも、やってるんですか」
「こっちでしか、できませんからね。日本では、あんたが、全てを潰したんですから」
「…仕事だからね…」

そう言って、真北は、食後の飲み物を口にした。

「それで、なぜ、ここまで乗り込んでくるんだよ」
「額の問題」
「なるほどな…。…って、くまはち、お前、何を伝えてるんや!」
「えっ、いいや、別に…」

真北が、くまはちの側にやって来て、くまはちの口を塞ぐ。
そして、男に何かを告げた。男は、苦笑いをして、黒崎を見つめる。くまはちは、真北の手を振り解いた。

「やめてくださいよ。本当のことでしょう」
「だからって、何も、俺の話をしなくてもええやろ。刑事面してるけど、
 俺達と同じだとぉ〜? もっと違う説明ないんか?」
「裏のことは言えないでしょぉ。それとも、刑事崩れのやくざの方が
 いいんですか?」
「得体の知れない奴でええ」
「解りましたよぉ」

くまはちは、ふくれっ面になっていた。黒崎と周りの強面の男達は、真北とくまはちのやり取りを不思議なものを観るような感じで、見つめていた。

「真北、性格変わったか?」
「まぁ、少しくらいな…」

真北は黒崎にそう言った後、くまはちに蹴りを入れていた。その勢いは、速かった。周りの男達は、そんな真北の姿に驚いたが、その蹴りを何とも感じていないようなくまはちを観て、それ以上に驚いていた。
くまはちの前に座っていた男が、黒崎に呟くように何かを言っていた。
黒崎は、苦笑いをしながら、くまはちの事を話し始める。

『恐ろしく腕の立つ、ボディーガードだよ。お前でも無理だな』


その日は、食事の時だけ、気を張りつめたが、それ以外は、何事もなく終わったのだった。
夜。
黒崎が用意したホテルの一室で、のんびり過ごす真北とくまはち。
くまはちは、シャワーを浴びて、ナイトガウン一枚でシャワールームから出てきた。
いつもは、立っている前髪が、ヘニャァと頭にくっついていた。
なんとなく、雰囲気が変わっているくまはちだった。
真北は、たくさんの書類をテーブルに広げ、深刻な表情をしていた。

「真北さん、組長に連絡入れましたか?」
「あぁ。怒られた。開口一発にな」
「そうでしょうね。ということは、組長は、無事なんですね」

くまはちは、脱いだ服を畳みながら、安心したような表情で話していた。

「くまはち、大阪に居る間、ずっとそうだったんか?」
「何が、ですか?」
「いや、そうやって、組長のことをずっと考えてたんか?」
「えぇ。私が守るべき人ですから」

サラッと言うくまはちを観て、真北は、安心したようだったが、その反面、複雑だった。

いつか、真子ちゃんの意志に背くことをするかもしれない。

真北は、そう思うと、それ以上、何も言えなかった。口を開くとくまはちを怒鳴りつけてしまうかも知れなかったからだ。

「真北さん? どうされました?」

真北が、急に黙りこくった事を気にするくまはち。

「ん? あぁ、いいや、別に何も。…お前、その姿、様になりすぎ」

真北は、微笑んでいた。

「そうですか? ホテルでのシャワーの後は、やはり、こうでしょう」
「お前と同じ部屋は、初めてだもんな。自宅に居るときとは、
 雰囲気が、ガラッと変わるんだな。男前」
「組長が居ますから」

くまはちは、ベッドに腰を掛け、優しい表情で真北に言った。

「女はイチコロやな」
「…真北さんらしくない発言ですよ…」
「いつもは、組長が居るからな。これが、俺だよ」

真北は、意味ありげに微笑んでいた。


次の日の朝。
くまはちは、朝から、ホテルにあるトレーニングルームで汗を流していた。真北が、ガラス越しにくまはちを見つけ、手招きしていた。

「お前なぁ」
「いやぁ、流石、海外は規模が違いますね。俺でも動かせないくらいの
 重さがありましたよ。悔しいですよ」
「ここに来てまで、筋力増強せんでもええやろ」
「じっとしてたら、体がなまりますから」
「十時に、黒崎さんが、ここに来るそうだよ。組長の能力に関する
 話だ。くまはちは、どうする?」
「私は、あの男と行動を共に致します。慣れない土地では、
 大変だろうからと気を遣ってくれましたよ」
「お前と気が合う奴がいるとはなぁ」
「ほっといてください」
「無茶はするなよ。お前が怪我したら、真子ちゃんに怒られるのは、
 俺だからな」
「そういう真北さんこそ、無茶しないでくださいね」
「例の組織、このところ、形を潜めてるらしいからな。あまりいい情報は
 入手できないかもしれないぞ」

真北は真剣な眼差しで、くまはちに言った。

「それは、私の力量ですから」

くまはちは、何かを楽しむような言い方をしていた。

怖い奴や。

真北は、くまはちの積極性に脱帽。
あの日以来、くまはちに感じるものが、更に強くなっていた。

仕方ないか…。

真北は、後ろ手に手を挙げて、トレーニングルームから去っていった。くまはちは、再び、トレーニングルームに入って、汗を流し始める。
シャワーを浴び、服を着て、髪型をいつものように立ち上げ、部屋へ戻っていった。
時計は九時半を指していた。





まさちん運転の車が、大きな屋敷の近くに停まった。

「じゃぁ、夕方四時ね」
「…組長、本当に、よろしいんですか?」
「いいって。まさちん抜きで、こっそりと話たいもん」

そう言って、真子は、車を降り、近くの大きな屋敷の門まで、てくてくと歩いていった。まさちんは、真子の様子を見ていた。


「…はい」
「おはようございます。桜姐さんおられます?」
「どちらさまで?」
「…えっと……真子です」
「まこ? 姐さんに、そんな知り合い、おらんぞ。どこのまこや?」
「どこの…と言われると……」

真子が尋ねた屋敷。そこは、水木の自宅だった。突然の訪問の為、門番が、しつこく尋ねてくる。
何処の? と訊かれても、真子は、応えることができなかった。
『阿山真子』と言えば、それこそ、大騒ぎになる。
お忍びで遊びに来たが、以前と違って、今は、(真子には内緒だが)水木組は、危険な状態にある。
いつ、何処の組が狙っているかわからない。得体の知れない者を簡単に入れる訳にいかないということだった。
真子は、困っていた。

『なんや、誰か来たんか?』

奥から、女の人の声が聞こえてきた。

「あ、姐さん。まこと言う女性なんですけど、姐さんを名指しで…」
「まこ?」

桜が、門の格子から見える顔を見つめると、その人物は笑顔で手を振っていた。

「ご…あ…ま…そ、…はよ、中に通して」
「へ、へい」

門番は、桜の慌てぶりに、すぐ門を開けて、真子を中へ入れた。

「ありがとう。桜姐さん、突然すみません。どうしても
 お話したいことがありまして…」
「…水木のこと…ですね」

真子は、にっこりと微笑んでいた。

「それと、屋敷の近くに、三名ほど、身を潜めてましたけど、
 事を荒立てないように、しておきました」

真子が言うように、真子が門をくぐった後、まさちんが、噂の三人を威嚇して、追い返した様子。真子が耳を澄ませると、車が発車して行く音が聞こえた。

「すみません、五代目の手を煩わせてしもて…」
「桜姐さん、今日は、その呼び方やめてください。真子でいいですから」
「…わかりました。真子ちゃん、どうぞ」
「おじゃまします」

真子が、玄関をくぐっていった後、門番達は、顔を見合わせていた。

「五代目??」

一瞬の間の後、腰を抜かすような感じで、息をのむ門番たちだった。



奥の部屋へ通された真子は、中央にあるソファに腰を掛けた。

「オレンジジュース二つ」
「へい」

付き人らしき組員にそう告げた桜は、恐縮そうな表情で、真子の向かいのソファに腰を掛けた。

「最近ね、水木さんと話しできないから、桜姐さんから、
 伝えてもらおうと思って…。突然来たわけなんですよ」
「あの人、今、忙しくて、夜も帰って来ないんですわ」
「一ヶ月ほど、真北さんとくまはちが、海外にいるからね、
 私も、こんな体調だし…もうすぐ、後期の授業が始まるから、
 AYAMAの駿河を紹介してくれた水木さんに、AYAMAの方を
 お願いしようと思ったんだけどね…」
「そうですか…姿観た時に、伝えておきます」

ドアをノックして、オレンジジュースを持ってきた付き人は、真子の顔をちらっと見た。

「ありがとう」

真子は、笑顔で言った。

「し、失礼しました」

付き人は、慌てて部屋を出ていった。

「今の人と、門番の数人って、新しい顔ですよね」
「えぇ」
「そりゃ、私の事、知らないか。いただきます」

真子は、オレンジジュースを飲んだ。
そして、桜の顔を見た。桜は、何故か落ち着きがない。真子は、座り直し、桜をじっと見つめた。

「桜姐さん、別に、私は水木さんを責めに来たんじゃないんですよ。
 そりゃぁ、水木さんが、今、何をしてるのか、…それも私に
 内緒で危険な事をしていることくらい、解ってますよ」
「五代目…御存知だったんですか…」

真子は、頷いた。

「…五代目…ですから」

真子は、静かに言って、オレンジジュースを飲んだ。

「ほな、こんなに緊張せんでも、ええか…」
「やっぱり、桜姐さん、緊張してたんですね。以前と違った雰囲気
 だったから、体調でも悪いのかと思いましたよぉ」
「すんません。いつもの調子だったら、ポロッと言いそうで…。
 あの人は、五代目には、迷惑かけんと言うて、張り切って
 おりますねん。…五代目が、安心して店で飲めるように…言うて…」
「無茶してませんよね」

桜の言葉を遮るように、真子が言う。

「無茶もせな、あきまへん時もあります。疲れ切って帰ってくる時も
 あります。せやけど、楽しそうなんですわ。先代の時との抗争と
 違って、…すごく…楽しそうなんですわ」
「…私の管理不行き届きですね…。後半年、待ってください。
 その半年の間に、何かが起こるかもしれません。だけど、そんなことは、
 絶対にさせない…。また、あの時の二の舞はしたくないんでね…」

真子の表情が暗くなった。

「五代目……」
「ちゃうねん。今日は、桜姐さんとこんな辛気くさい話をしに
 お忍びしてんのとちゃうねんって。女同士の話しに来たのぉ。
 大人の話をね!」
「大人の話ですかぁ?」
「はいぃ〜!」

真子の明るい返事に、桜も心配事が吹っ飛んだ。



水木邸の奥の部屋から、笑い声が聞こえていた。

「姐さん、楽しそうですね」
「五代目とあのように話せるなんて…。恐れ多い…」
「五代目が、そういうことを嫌っとるからやろ。本部じゃ、若い連中と
 カラオケに行ったり、しとるらしいで」
「ほんまか?」
「あぁ」

組員達が、真子と桜の様子を伺いながら、話していた。

『誰かおるかぁ?』
「はい」

部屋から、桜の呼ぶ声が聞こえてきた。

「なんでしょうか」
「昼ご飯の用意してんか。出前はあかんで。料理長にとびっきりのん
 作らせや。真子ちゃんの口は、むかいんの料理でこえとるからなぁ」
「桜姐さん、そんなことありませんよ」

真子が否定するように言った。

「でも、むかいんの料理しか食べへんやろ?」
「まさちんやぺんこう、真北さんのもありますよ」
「真北さん、作りはるん? 驚きやわ」
「やっぱり、見かけと違いますか?」
「男の中の男って感じやもん。たっくさんの女、泣かしてきたんちゃうかぁ」
「…そんな噂、聞いたこと、ないですよ。堅物やと思うけど…」
「そら、真子ちゃんの前だけとちゃうか」
「そ、そ、そうなんかなぁ…」

真子の困ったような表情に、桜は大爆笑だった。

その頃、噂の真北は……。

ホテルの一室で、黒崎と深刻な表情で、顔を付き合わせて、何かを話していた。

「真子ちゃんの症状については、まだ、記述されてないらしいよ。
 その学者が書いた文献は、全部目を通したんだけどな」
「送ってもらった文献で、全部か?」
「あぁ。その学者も、世界的に有名なんでな。なかなか逢う機会も
 取れないのが、現実だよ」
「なるほどなぁ。その学者は、これ専門なのか?」

黒崎は頷いた。

「誰も信じない特殊能力なのにな」

真北がため息混じりに言うと、

「…目の当たりにしたら、信じるだろ? だから、あんたは…」

黒崎の言葉に、真北の眼差しが突然鋭くなった。

「その能力を使った時の恐ろしさを悟ったんだろ?」

黒崎の言葉に、真北は何も言わない。

「…阿山組に、その能力を持った人物が居る。…それが、
 真北の大切な人だと…」
「俺が調べ回っていたのは…」
「…ちさとちゃんの…為だったんだな」
「黒崎…」

沈黙が続く。

「あの時、阿山が乗り込んできた時に耳にした。…勘違いするな…と。
 あの阿山慶造が、その場で俺を殺さず、俺に姿を消せと…」
「慶造のやつ…そんな事を…。……ふっ…珍しいな」
「あぁ」

遠い昔を思い出すかのように、二人は何も話さなくなった。先に口を開いたのは、真北だった。

「慶造の言葉に従うとはな…。そのまま、慶造を…」
「…出来なかったさ…。真子ちゃんの…あの…表情を見た後ではな」
「だけど、慶造は…」

そこまで言った途端、真北は口を噤んだ。

「まさか、竜次が……」
「あぁ。…それも仕方ないさ…」

慶造が銃弾に倒れた時のことを思い出したのか、真北は、急に目を伏せた。

「今は、その思いを…真子ちゃんが継いで……」

真北は続けた。

「それを実現させるために、俺は…」
「真北…どうしてそこまで、阿山家の為に動いてる?
 俺は、それが一番不思議に思えてならんのだが…」
「それは、企業秘密だ」

ニヤリと口元をつり上げて、真北は応えた。

「ちさとちゃんが…あのような行動に出たのは……長男を
 失った事があるからだろうな。…驚いたよ…」
「母だから…だろ? それは…ちさとさんの思いでもあったんだよ」

真北は静かに語り出した。

「…慶造には内緒だった。長男を失った後に決意した事…。
 もし、次に子供が生まれたら、絶対に失うようなことはしない。
 例えそれが、自分の命を失うことになろうとも…。目の前で
 命を失う事の哀しさを知ってる。二度と、その思いはしたくない。
 でも、それをすることで、守られた者の心を乱すかも知れない」
「真子ちゃん…」
「その通りだった。暫くは、真子ちゃん…自分を責めてな…。
 自分が死ねば、誰も哀しまなかったのに…とまで……」
「真北……」

真北の声は震えていた。そして、今まで誰にも話さなかった事を口にする。

「あの頃、その世界から離れようと、ちさとさんは、真子ちゃんを
 俺に託して、その世界とは違った行き方をさせようとしていた。
 真子ちゃんが大きくなる前に、任侠界に新たな世界を
 吹き込むつもりだったんだよ…。それは、ほんの三日…遅かった」

真北は、黒崎を睨み上げる。

「それを…あんたが…」

ガンッ!!

真北は、拳をテーブルに叩きつけた。

「でも、今更、あんたを責めてもな…。あの後、追いかけたよ。
 しかし、一歩遅かった。あんたは、飛び立った後だった」
「飛び立って正解だったな」

黒崎は、静かに言った。

「あんたに、何もしないのは、真子ちゃんが居るからだよ。
 真子ちゃんは、優しいからな…」

真北の顔に笑みがこぼれ、言葉を続けた。

「あの世界で生きるには、あまりにも…」
「そうだな…」

ちさとちゃんも……。

「そして、真北…あんたもだ」

黒崎は、椅子の背にもたれながら、真北を見つめて言った。



(2006.3.21第三部 第四十一話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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