任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第四十二話 心が温まる、桜

くまはちと同行している男・アルファーと名乗る男は、とある場所まで、くまはちを連れてきた。

「(ここか?)」

くまはちは、サングラスを外しながら、アルファーに尋ねた。

「(あぁ。ここは、裏世界での情報通だ)」

真剣な眼差しでくまはちに応えるアルファー。歩み寄ってきた男達に何かを言って、そして、くまはちを手招きして呼び寄せた。
くまはちは、アルファーに言われるまま、奥にある建物へ入っていく。

「(アルファー、すごい気配を感じるんだけどな)」
「(ここは、いつもそうさ。ぴりぴりと張りつめている。
  だけど、安心しろ。俺がいるからな)」

アルファーは微笑んでいた。

「(えらい自信やな)」
「(お前ほどじゃないさ)」

二人は、微笑み合って、警戒が重々しい部屋の前へやって来た。
ボディーチェックを受けた後、部屋へ通されるアルファーとくまはち。

部屋の奥では、ドスの利いた声が、響いていた。その後、物が壊れる音がして、足音が近づいてきた。
二人の男に両脇を抱えられ、血だらけで、引きずられる男が、くまはちの横を通り過ぎていった。その様子に怯むことなく、くまはちは、奥の部屋を見つめていた。

『(アルファーが? 呼べ)』

その声と同時に、男が一人、奥から顔を出し、指でこっちへと合図する。アルファーは、くまはちの肩を軽く叩いて、奥へ入っていった。ほんの数秒で、アルファーが奥から顔を出し、待機していたくまはちに手招きした。くまはちは、ツカツカと奥へ入っていった。


奥の部屋の中央には、男が椅子に腰を掛け、入ってきたくまはちを睨み付けていた。その威圧は、かなりのものだったが、くまはちは、平気な顔で、男を見つめていた。

「(ほほぅ、アルファーの言う通り、凄い奴やな。俺を見ても怯まない)」
「(日本では、凄腕のボディーガードということですよ)」
「(名前は?)」
「(猪熊)」

くまはちは、男とアルファーの会話にすんなりと入っていった。

「(言葉がわかるのか?)」
「(少しだけですが)」
「(それで、何を調べに来た?)」
「(…阿山組という言葉を聞いたことありますか?)」
「(……阿山組?)」

男の顔が少し引きつった。

いきなり、ヒットか?

くまはちは、そう思い、冷静に男を見つめる。

「(ある男から、調べるようには言われたが…)」
「(その男は、誰だ?)」
「(それは、言えないな。俺達の信用に関わる。それに、得体の
  知れない者に情報は、渡せないからな…。それくらいは、
  裏の世界で生きている者なら…わかるだろ?)」
「(えぇ。でも、腕ずく…という技もありますよね?)」

不気味に微笑むくまはち。その微笑みに、周りに居た者達は、恐怖を感じ始める。しかし、座っている男だけは違った。くまはちの何かを感じ取ったようだった。

「(わかった。しかし、それは、お前の力を見てからだ)」
「(俺の力?)」
「(あぁ。暫く、俺の下で働け。そしたら、教えてやろう)」

くまはちは、暫く考え込んでいた。

「(この手を血で染めないと約束できるか?)」
「(黒崎の客人にそんな危ない事はさせられないよ。OKか?)」
「(…OKだ)」
「(おい、いいのか?)」

あっさりとOKを出したくまはちにアルファーが驚いたように尋ねる。

「(あぁ)」
「(ところで、猪熊。お前は、誰のボディーガードだ?)」

くまはちは、やわらかい笑みを浮かべ、

「(心を和ませる程、素敵な笑顔をくれる人だ)」

優しく応えた。

「(…その笑顔を、見てみたいもんだな)」
「(それは、あなた次第ですね。私が危険だと判断したら、
  その場で、倒しますから)」
「(そうか…。…おい、歓迎の用意しろ)」

男の一声で、周りにいた部下が一斉に動いた。

「(ゆっくりしてくれ。仕事は、明日からだ)」
「(お世話になります)」

一礼したくまはちは、別の部屋へ案内され、部屋を出ていった。

「(アルファー、とんでもない男を連れてきたな…)」
「(はぁ?)」
「(あれを怒らせたら、俺らの組織は全滅だぞ)」
「(また、悪いご冗談を)」
「(日本の巨大組織・阿山組…それくらいは、この世界のものなら、
  知っているよ。ボスが女だということもな。そして、そのボスの
  二人のボディーガードは、かなりの腕が立つとか…。そのうちの
  一人は、暴れるのが趣味だというじゃないか。それがあの男だな。
  …まさか、こんなところに、脚を運ぶとはな…)」
「(それも、そのボスの命令ですかねぇ)」
「(いいや、それはないだろう。戦いを好まないボスだからな。
  まぁ、そのボスも、怒ると猪熊以上に恐ろしいらしいがな)」

男は、笑いながら、アルファーに言った。

「(用意ができました)」

部下が、男に伝えに来た。

「(アルファーも、久しぶりに、息を抜け)」
「(ありがとうございます。その…阿山組の話は、誰から?)」
「(秘密だ)」

男は、短く応えた。

そして、歓迎パーティーが始まり、大量のアルコールが、テーブルに並べられていた。次々と空になる瓶。男の部下達は、酔いで倒れたり、眠ったりしている中、くまはちは、平気な顔をして、飲んでいた。男とアルファーも平気な顔をしていた。


ホテルの一室。

「…猪熊は、何を調べてる?」
「以前、阿山組を調べている組織が居たらしい。それも世界的に
 手を広める組織だ…。その素性を調べにね」
「そうか。あいつが連れていくとなると…あそこだなお前も行くか?」
「俺はいい。これは、くまはちの仕事だからな。俺とは別件だ」
「あそこの組織のボスに、気に入られたら、歓迎されるぞ」
「それは、裏世界の歓迎か?」

真北は、くまはちの血が騒ぐ事を気にして、血相を変えた。しかし、黒崎は、微笑んでいた。

「黒崎。俺は、こっちでは問題を起こしたくないぞ」
「安心しろ。飲み比べだ。倒れるまで飲むぞ。あいつらは」
「…そりゃぁ、残るのはくまはちだな…。あいつ、底なし」
「本当か?」
「そういう風に鍛えられているからな」
「アルファーが、抱えられて帰ってくるぞ…これは…」

黒崎は、頭を抱えていた。真北は、何のことだか、わからなかったのか、首を傾げていた。


黒崎の言うとおり、パーティーは、飲み比べに変わっていた。
酒樽が空になるまで、飲み続ける。
勝利したのは、くまはちだった。

「(猪熊は、底なしか)」
「(底はありますよ)」

くまはちは、微笑んだ。

「(明日、こいつが元気なら、連れてきてもらえ。あぁ、やっぱりいい。
  こっちから、迎えを出すから。ホテルはどこだ? 黒崎が用意
  したところか?)」
「(えぇ)」
「(なら、大丈夫だ。迎えをやる。朝七時には、ロビーに居てくれ)」
「(あぁ、わかった。では、今日はこれで。…アルファー連れて帰ります)」
「(おう。明日な)」

アルファーは、酔いつぶれて眠っていた。
くまはちは、そんなアルファーを軽々背負って、部屋を出ていく。

「(アルファーって、かなり大男だぞ…。どんな力なんだ、あいつは)」

そんな噂をよそに、くまはちは、アルファーが運転していた車の助手席に、アルファーを乗せた後、運転席に乗り、車を発車させた。

「こっちじゃ、飲酒運転では、捕まらないんかなぁ」

…捕まるかもしれない…。

そう思いながら、くまはちは、ホテルへ向かっていった。


ホテルのロビー。
アルファーを背負ったくまはちが、歩いていた。
向かいから、黒崎と真北が歩いてきていた。

「やっぱりなぁ」

黒崎が嘆くように言った。

「すみません、黒崎さん…」

くまはちは、恐縮そうに言った。

「飲み比べしたんだろ?」
「はい」
「いっつもこうなんだよ、アルファーは」

そう言って、黒崎は、ロビーに待機している強面の男に合図をした。男は、アルファーをくまはちの背中から受け取り、そして、去っていった。

「猪熊、まさかと思うが、契約してないよな」
「契約?」
「アルファーが逢わせた男とだ」
「一緒に仕事をしろと言われましたよ」
「で?」
「この手を血で染めないと約束するならやると返事しましたよ」
「…なら、大丈夫か。奴はかなり、悪どい手を使うからな。
 厄介なことに引き込まれる前に、手を切れよ」
「…その辺りは、ぬかりなく…」

くまはちは、怪しく微笑んでいた。そんなくまはちに恐怖を感じた黒崎。

「あまり、目立つなよ」

そう告げて、黒崎は、去っていった。

「…くまはち…お前なぁ〜」

真北の表情には、怒りが……。

「俺の仕事ですから」
「ちゃうわい。飲酒運転…。こっちは、罪が重いぞ」
「すんません…。仕方なかったんですよ」
「まぁ、ええやろ。それより、ほんとに、気を付けろよ…な」
「…ありがとうございます」

真北とくまはちは、二人にしか解らない微笑みを交わしていた。

「飯は?」
「まだです」
「…アルコール入ってるのに、腹が減るか?」
「アルコールとは、別腹ですから」
「そうかぁ。じゃぁ、食べに行こうか。俺は腹ぺこだ」
「黒崎さんと食べなかったんですか?」
「忘れる程、深刻な話だったんだよ。お前と違ってな」
「すみません…」

そう言いながら、真北とくまはちは、ホテルを出て、街を歩き出した。

真北とくまはちが、食事を取る店に入っていった頃、黒崎は、先程、くまはちが尋ねた男の所へ脚を運んでいた。丁重に迎えられる黒崎達。
黒崎の表情は、深刻だった。





『誰かおるかぁ?』
「はい、ただいま」

水木邸。真子と桜が、昼食を終え、食後の飲み物の話をしていた時だった。真子は、水木に勧められたワインが良いと話していた。

「姐さん、何でしょうか」
「トップのワイン持ってきてんか、真子ちゃん好きやいうから」
「桜姐さん、やっぱり、私、怒られますよぉ」

真子が恐縮そうに言った。

「何言うてんの、五代目の威厳で、パァーと言いやぁ」
「そんなとこで、威厳出せませんよぉ」
「ほんま、ようわからんお人ですわ、五代目はぁ」
「あのぉ」
「はよ、持っといで」
「へい」

組員が、部屋を出ていった。


ワインボトルから、最後の一滴がグラスに落ちた。

「桜姐さん、速すぎですよぉ」
「これでも、遅いでぇ。ほら、真子ちゃん、もっともっと!」
「はぁい」

真子は、グラスを空にして、桜に差し出した。桜は、新しいボトルのコルクを抜いた。

「まさちん、迎えに来るん?」
「四時にぃって言ったけど、延びるかなぁ」
「延ばしたるぅ!!」

そう言って、さらに真子のグラスにワインを注ぐ桜だった。


真子の頬は、ほのかに赤くなっている。

「ほんま、娘が欲しかったわぁ。こぉんなかわいい娘ねぇ」

桜はいつの間にか、真子の隣に腰を掛け、酔っているのか、真子に抱きついていた。

「桜姐さん、息子さんおられるでしょぉ」
「そやけど、やっぱし娘やでぇ。でも、あの人、娘いらん言うてね」
「なんで?」
「それは、男の意見やろな。…たくさんの女に手ぇ出しとったからね」
「…そのへん、ようわからん…」
「そっか、真子ちゃん、男所帯で育ったから、女らしさ…
 磨けんかったかぁ。それに、あの真北さんやったらなぁ。
 真子ちゃん、頑固になるわなぁ」

そう言って、桜は、ワインを飲み干した。

「好きな人、おらんの?」
「…その恋愛感情を育てられなかったって、言われた事ある」
「そうやなぁ。物心ついた頃から、周りは野郎ばかりやもんなぁ」
「うん。桜姐さんに逢うまで、女性と言えば、本部の女医の美穂さんと
 学校の先生くらいだったもん。なんかね、桜姐さんを見て、憧れちゃった。
 素敵なお姉さん…お母さん…って感じだった……」

真子がしんみりと言った時だった。

「ご、五代目?!」
「あ、あれ? どうしたんだろ…」

真子の目から、涙が溢れ、そして、頬を伝っていた。突然流れ出した涙に驚いて、慌てて拭う真子。

「あれ、あはは…」

桜は、無理して笑う真子を見て、以前、水木が話していた事を思い出していた。

母を目の前で失った痛手…そして、未だにそれが、尾を引いている。
俺達に命の大切さを命令することが、その証拠だよ。
大切な者を失いたくない。その気持ちが、誰よりも強い。
そんな五代目を守ることが、俺の生き甲斐になりつつある……。

「五代目…ええよ…。私の前では、その仮面、取ってや…」

そう言って桜は、真子を優しく抱きしめた。

「…桜…姐さん……」

真子は、真北やぺんこう達とは、違う温かさを感じたのか、桜にしがみつき、胸に顔を埋めて、泣き出した。

「…お母さん…私を守って…目の前で真っ赤になって…。
 なのに、私、何も出来なかった…」

この能力があるのに……。

真子は、右手を見つめていた。

「幼い子に、何ができるもんか。この年になっても目の前で起こる
 事態に、何もできない時だってあるんやで。それが当たり前や」
「…でも…、なぜ、そうなったのか、知らなかった。暫くして、
 それが、この世界で当たり前に起きている事を知った。そして、
 母が狙われたのも、父が起こした事への仕返しだということも…。
 …その時、自分でもわからない感情が沸き上がったこと…
 今でも覚えてる。…それが、怒りだった。でも…それを何処に、
 ぶつけていいのか、わからなかった。その怒りの感情をぶつけては
 いけないということも、…真北さんが教えてくれた。でも、
 母が狙われた本当の理由は、…やっぱり私にあった…。
 私のせいだった…。何も知らない、何もできない私の…せい…」

桜の服を握りしめる真子の手は震えていた。

「父も…狙われた。もちろん、その時、私も…。今でもその傷は
 この右肩に、残ってる…。見るたびに、心の底から、何か
 恐ろしいものがわき出てくる…。でも、それを表に出したら…
 母の二の舞…。母や父を狙った奴に、ぶつけても、それは、また、
 私に返ってくる…。そんな情けないこと繰り返してどうするの…」
「五代目…」
「…憎いよ…憎い……相手に同じ様なことを…ぶつけたいよ…。
 何度、その思いを飲み込んだことか…誰も居ないところで…」

真子が静かに呟いた。

「この思いは、真北さんもぺんこうも、まさちんも…くまはちも…そして
 むかいんだって…知らない…。一人で居るとき…必ず、その思いが
 沸き上がってくる…それを停める為に、何かに夢中になることにした。
 …その姿が、しっかりしている…芯の強い子…と見られていたみたい…。
 でも、本当は…本当は、違うもん…。誰よりも弱くて…恐がりなんだから…。
 いつ、自分が狙われるか…そう思うと、怖くて仕方がなかった…」
「今は…違うの?」

静かに、そして、優しく、桜が尋ねる。

「…私が、居なくなっても、哀しむ者なんて、いないから…。
 いつでも狙ってこい…って…。だけどね…こんな私を守ろうと
 命を懸ける者が居る限り…無茶はできないってこと…学んだ。
 だから…私は、命の大切さをみんなに言ったんだ…。
 親分の為に生きろ…ってね。…それが、根付けば、もう…
 哀しい思いをする人…少なくなるでしょ? 私と同じ思いを
 して欲しくないから…。大切な者を失う哀しい思い…。
 父や母が、大切に守ってきた…阿山組の…みんなに…ね…」
「五代目…その思いは、みんなに伝わってますよ…だから…、
 五代目は、無茶しないでください…。笑顔を失わないで…下さい…」
「桜姐さん!!!!」

真子は、桜にしがみついた。桜は、そんな真子を強く優しく抱きしめる。

「お母さんが、私を守った理由…知りたいんだ……だけど…
 いつも……声を掛けても…すぐに、何処かへ…行って……。
 私、…嫌われてる…の…か…な……」
「五代目?」

桜は、真子の顔を覗き込んだ。なんと、真子は、すやすやと眠っていたのだった。そんな真子を自分の膝枕で寝かしつける桜。
桜は指を鳴らした。
組員が一人、静かに入ってくる。

「何か掛けるもの、持って来て」
「へい」

桜は、静かに組員に告げた。組員は、すぐに、膝掛けを手にして、桜に渡した。桜は優しく真子に掛ける。そして、時計を見た。
時計の針は、三時五十七分を指していた。

「表にな、たぶん、まさちんの車が停まってる思うねん。中に入ってもらい。
 そして、五代目が話し疲れて眠ってしまったって伝えてんか」
「へい」

組員は、静かに部屋を出ていった。

「…少しは、楽になったかぁ? 真子ちゃん…」

桜は、母親のように優しい微笑みをして、真子の頭を撫でていた。



水木邸の門から、少し離れた所に、高級車が停まっていた。
まさちんが、運転席に座って、水木邸の門の辺りを見つめていた。
誰かが、表に出てきた。そして、何かを探しているようにきょろきょろとして、まさちんの方を見て、走り寄ってくる。運転席に向かって深々と一礼する組員。まさちんは、そっと窓を開けた。

「まさちんさんでおられますか?」
「あぁ。そうだけど…まさか、組…その…」

まさちんは、真子のことをどういっていいのか、どぎまぎ…。

「姐さんからの伝言、承っております」
「桜姐さんから?」
「車を中へ入れて下さいということと、…その…五代目が
 話疲れて、眠られましたので…」
「はぁ…?! …案内せぇ」
「へい。門から入ってください」

まさちんは、窓を閉めながら、組員が案内する所へ車を進めた。
停めた途端、まさちんは、車から降り、玄関へ走っていった。組員の迎えも気にせず、奥の部屋へ入っていく。

「失礼します」

まさちんは、部屋へ入っていった。

「姐さん…すみません…。ご迷惑を……」

そう言って、真子に手を伸ばしたまさちん。その手は、桜によって阻まれた。

「ええねんって。娘を膝枕したかったんやぁ。暫く寝かしたってや。
 あんまし体調回復してへんのに、アルコール勧めてもぉたんやわ。
 堪忍な…!」

桜は、まさちんにウインクした。

「…姐さぁん…。……組長、泣きつきました…?」

まさちんは、一点を見つめて、真剣な眼差しで桜に尋ねる。

「なんで?」
「…姐さんの服を…掴んだままですから。組長の癖なんですよ。
 寂しいときや、怖い夢を見たときは、そのように側にいる人の
 服をぎゅっと握りしめて眠るんですよ…。いくつになっても…」
「流石やな。…私のせいやわ…。真子ちゃんを責めんといてな」
「何を…?」
「女同士の秘密や。それより、今日は泊まっていきぃ。
 女同士、もっと話したいことあるし、それに、真子ちゃんを
 もっと磨きたいねん。女としてな」
「あ、あ、姐さん…」
「あはっはっは。ほんまやねんな。あの人の言う通りや。
 まさちん、真子ちゃんへの思いを堪えてるって」
「そ、それは……」

まさちんは、桜から目を反らした。しかし、直ぐに気を取り直して、まさちんは、言った。

「お言葉に甘えさせていただきます。では、私は、廊下に」
「あかんあかん。ちょぉ」

桜は、指を鳴らして、組員を呼んだ。

「あんたらで、まさちんをもてなしてんか」
「へい」
「あの、姐さん。それは…」
「かまへんて。ここでは、気にせんと。真子ちゃんは…」

桜の目つきが『姐』に変わった。

「五代目は、安全やから。うちが、守るで」
「姐さん…」

それは、まさちんに、桜の強さが伝わってきた瞬間だった。

「お願いします」

まさちんは、深々と頭を下げて、部屋を出ていった。組員に別の部屋を案内される。

「もてなすと言われましても…私には…」
「いいよ。ここで、のんびりさせてもらうから」

恐縮する組員に、まさちんは優しく言った。

「いいえ、もてなさないと、姐さんに怒られますから」
「じゃぁ、何か軽く食べたいな」
「かしこまりました」

そう言って組員は、何処かへ行った。まさちんは、慣れない部屋で少し緊張していた。
…頭の中は、真子のことで一杯…。



「あ、あれ? いつのまに、眠ったんだろ」
「起きたぁ?」
「すみませぇん。…って、あぁ、まさちん!!」

真子は、時刻を見て、慌てて立ち上がった。
時計は、六時を指していた。

「えらいこっちゃぁ」
「まさちんなら、もてなしてるから、気にせんといてんかぁ」
「も・て・な・しぃ〜?!」

桜は、にやにやと笑っているだけだった。



「…あちゃぁ、すみません、桜姐さん…」
「ええねんって。あれが、男同士の姿やでぇ。うちらが
 入るとこちゃうし。うちらは、うちらで盛り上がろ」
「女同士ですね?」
「大人のね!」

真子と桜は、微笑み合っていた。
ここへ来て、真子の何かが変わったようだった。
真子と桜がこっそり覗き込んだ部屋では、まさちんを中心に、組員達若い衆で何やら盛り上がっている。
まさちんは、少しアルコールを飲んだのか、顔を赤らめていた。

「そらなぁ、女の話は尽きないぞぉ」

まさちんは、自慢げに言って、若い衆に、楽しく話し出す。



「風呂沸いとるか?」
「へい。用意できてます。あっ。それと姐さん…親分から…」
「ん? それは、あとでええ。真子ちゃん、一緒に入ろか」
「よろしいんですか?」
「ええよぉ。嬉しいわぁ。いっつも一人やねん」
「私もぉ」

そう言って、真子と桜は、風呂場へ向かっていった。

「………広い、広い広い広ぉぉぉぃ!!!!!」

真子は、脱衣所から風呂場へのドアを開けた途端、叫び、そして、子供のように、はしゃいぎだす。
桜が入ってきた。
真子は、桜の姿をじっくりと見つめる。

「堪忍なぁ。うちの家系は、こうやから」
「綺麗ですね…。その…桜……」

桜の体には、見事に美しい桜の彫り物が入っていた。

「うちの名やからね。真子ちゃん、か細いなぁ。それのどこに
 あんな力が備わってるん?」
「さぁ」
「ゆっくりしてやぁ。そや、体あろたろ。うーーん!!やっぱし
 娘が欲しいぃ〜!! 毎日こうやって一緒に入れるんやろなぁ」

桜はそう言いながら、側に座った真子の体を洗い始めた。

「人に洗ってもらうのって、気持ちええやろぉ」
「はい。じゃぁ、私は、桜姐さんを洗うぅ!!」
「お願いしますぅ!」

いつにない賑やかな風呂場だった。

チャプン!

湯に浸かる真子と桜。二人とも頭にタオルを巻いていた。

「ええ湯やろぉ」
「はいぃ〜」
「いつでも、遊びに来てやぁ」
「はぁい」
「今夜は一緒に寝よか」
「水木さんは?」
「あの人、こんな時期は、一緒に寝ぇへんから。危険や言うてね」
「危険?」
「色々とね。大人の世界やわぁ」
「なんとなぁく解るような…。私ね、一度、まさちんに意地悪して
 キスしてやってん。そしたら、まさちん、めっさ驚いてたぁ。
 …それから、暫くして、押し倒された」
「うわぁ、まさちん、親に手ぇつけたんか?」
「押し倒されただけで、何もなかったけどね。そんな事が二度も
 あったっけなぁ。二度目は、私も反省したけど」
「まさちん、思いとどまったわけかぁ。すごいなぁ」

桜が感心したように言った。

「その後、真北さんに滅茶苦茶殴られてたけどね」
「そやろなぁ。真北さん、真子ちゃんの事になったら、ほんまに
 躍起になるもんなぁ。大切なものに誰も触れるな!!って
 感じやもんね」
「周りからは、そう思われてるんだ…気を付けよぉ」
「ええんとちゃうかぁ。真北さんやから。…って、真北さん自身、
 真子ちゃんのこと、どう思ってるんやろ」
「恋人ぉ」
「……えっ?!?!!!」

桜は、真子の言葉に驚く。



まさちんは、部屋を出て、水木邸内で真子を探していた。

「五代目でしたら、姐さんとお風呂に入っておりますよ」
「姐さんと?…組長、誰とも入りたがらないのに…」

まさちんは、驚いていた。

「ありがとな」

そう言って、まさちんは、部屋へ戻っていった。



寝室。
真子は、布団に潜っていた。

「すんごい、ふかふかぁ〜!」

真子の表情まで、ほわほわになっていた。その横で、桜は、誰かと電話をしていた。

『そうなんか…ほな、今日は、事務所で寝る』
「あかんって、あんた、戻っておいで。大丈夫やて。
 うちと寝るから、あんたの部屋までいかへんって」
『そやけど、組長に合わせる顔、今はない…』
「事務所は、危険やろ…あっ……」
『桜、どうした??』
「…これ以上、危険なことしたら、ほんまに、怒るで、水木さん…」
『く、く、く、組長!!!!!』

真子は、桜の持つ受話器を取り上げ、勝手に電話を代わっていた。

「驚きすぎぃ。桜姐さんも心配してるから、戻っておいで。
 その代わり、今夜の桜姐さんは、私のものやからねぇ。
 早く門くぐって、家に入りなさいぃ〜!!!」
「組長…御存知でしたか……」

水木は、家に戻ってきたものの、門番に真子とまさちんが来ていることを告げられ、悩んだ挙げ句、桜にこっそりと電話を掛けてきたのだった。水木は、携帯電話の電源を切って、渋々門をくぐって家に入っていった。
少し、項垂れた感じで、靴を脱いで、自分の部屋へ入っていく。

「真子ちゃん、勘が鋭いんやなぁ」
「水木さんの気配くらい、すぐにわかるもん」
「流石やわぁ。ちょっと失礼」
「はぁい。水木さんに、お疲れ言ってて下さいね」
「気ぃつこてもろて、おおきにぃ」

桜は、微笑んで、寝室を出ていった。
寝室を出た桜は、驚いた。

「まさちん」
「あっ、すみません…」
「うち、言うたやろぉ。五代目のことは、うちが…って」

廊下には、まるで、真子を見守るかのように、まさちんが立っていた。そんなまさちんを観て、桜は静かに怒る。

「それに、ここは、男は、立ち入り禁止やで。ほらぁ、行くでぇ」
「あっ、そ、その…姐さん!!」

桜は、まさちんの腕を掴んで、強引にまさちんを連れ去った。
その途中で歩みを停める桜。
そして、まさちんをじっと見つめ始める。

「まさちん、あんた……」
「何でしょうか…」
「…真子ちゃんのこと、ほんまは、どう思ってるんや?」
「どうって…?」
「恋愛対象なんか?」
「それは、ありませんよ。でも、大切な人ですから」
「主従関係抜きや。…好きなんやろ? 今にも抱きしめたいんやろ?
 真子ちゃんの目は誤魔化せても、うちの目は誤魔化されへんで」

桜の言葉に、まさちんは息を飲む。そして、

「…そ、それは…男ですから」

しどろもどろに応えてしまう。

「……組長が大きくなるにつれ、その思いも強く…なってますよ。
 …ですけど、何かが…俺の中の何かが…、
 その思いを断ち切ってしまいます。…姐さんも御存知でしょう。
 俺のこと、そして、組長の額の弾痕…」
「…知っとるよ」
「…俺の心には、まだ、罪悪感が残っているんですよ…。
 組長の命を…狙った…。それを無いことにできれば、どれだけ楽か…。
 でも、それは、できません…事実なんですから…。
 組長が、なんと言おうと…事実なんです……。だから俺は…」
「まさちん、ごめん。そんなつもりやなかったんやけど…」

桜が謝ったのは、まさちんの頬に伝う涙を見たからだった。そんなまさちんの頭を優しく包み込むように抱きしめる桜。

「すんません…俺、泣き上戸なんです…酒に…弱くて……。
 組長に対する…色々な思い…。組長の笑顔を見るだけで、
 組長の側にいることで、今の自分を保てるんです…だから…俺……」
「…あんたら、見てたら、こっちの心が痛いわ…。堪忍な」
「すんません……弱い男で……」

桜の腕の中で、泣きくれるまさちん…。
桜は、この時やっと、真子とまさちんの不思議な絆に気が付いた。



(2006.3.22 第三部 第四十二話 UP)



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※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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