任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第四十三話 遠くに居ても、届く思い

水木邸。
桜は、帰宅してくつろぐ水木と飲んでいた。

「組長には、ばればれか…」
「そや。真子ちゃんから伝言」
「やばいことか?」

水木は、何かを覚悟したのか、伏し目がちになる。

「AYAMAの仕事よろしくぅ〜って」
「はぁ?? なんで、わしが?」
「くまはっちゃんの代わりや言うてたで」
「そっか。今、くまはちは、真北さんと海外やねんな」
「駿河ちゃんを紹介したん、あんたやろぉ」
「そやけどなぁ。今は、こっちが手ぇ離せないんやで。あと七件や」
「四国、行くんか?」
「そこは、やめとく。青野が、出てきよるからな」

水木は、グラスにウイスキーを注ぐ。

「それでも七件なんか…。ほんま無茶せんといてや」

水木は、桜の心配そうな表情に、優しく微笑んでいた。

「それで、まさちんは、部屋の前か?」
「うちの言うこと聞いてくれへんねん。うちが、戻るまでや言うてね」
「ほな、はよ戻れや」
「そやな。真子ちゃん待ってるもんね。それにしても、真子ちゃん、
 かわいいなぁ。ほんで、まさちんって、まだまだ子供やね」
「やる時は、やる二人やで。あの時の組長の華麗な姿、
 …桜、お前より、綺麗やったで」
「ほんまかぁ? うち、一緒に戦こうたいなぁ」
「あほ」

水木が、呆れた表情をした途端、

「組長と一緒に、風呂入ったんやって? 嫌がってたんちゃうか?」

何か思いだしたように言った。

「喜んどったで。なんで、そんなこと言うん?」
「噂だとな、組長、肌を人に曝したがらないらしいんだよ」
「そやろな。体の傷…気になるんやろな。うっすらとやけど、残ってたわ」

桜は少し寂しそうな顔をして言った。

「まじまじと見てたんか?」
「一緒に体洗った仲や」
「…それと、お前の体見て、何も言わなかったんか?」
「綺麗や言うてくれたで」
「そうか…。…それにしても、不思議やな」
「女同士だからね。真子ちゃんには、一番必要な時間やわ。ほな!」

そう言って、桜は、寝室へ向かって行った。

「…やくざ嫌い…か…。見慣れてるんかな…」

水木は、グラスにウイスキーを注いだ。



寝室前には、まさちんが、先程の事を恥じているのか、桜の姿を見た途端、目線を外した。

「あとは、ええで。若いもんに部屋用意させたから。くつろいでんか」
「ありがとうございます。では、宜しくお願いいたします。
 それと、組長…朝は滅茶苦茶弱いですので…」
「ええよぉ、ゆっくりしぃやぁ。ほな、お休みぃ」
「お休みなさいませ」

一礼するまさちんに手を振って、寝室へ入っていく桜。

「真子ちゃん、お待たせぇ〜って、もう寝てたんか…。
 ふふふ…ほんま、見えへんな…巨大組織を束ねる五代目には。
 かわいい寝顔やぁ」

桜はそう言って、真子の頬に軽くキスをした。



水木は、グラス片手に、何かを考えていた。
そして、ハッと気が付いた。

「あかん…言うの忘れとった…桜…手ぇ出すなよぉ!!!
 相手は組長やぁ!!! 怒られるのは俺やでぇ!!!」

水木の雄叫びが聞こえたのか、寝室のベッドで真子の寝顔を見続けている桜は、微笑んでいた。

「手ぇ出すかいなぁ。…まさちんの気持ちも解るわぁ。
 寝てても、オーラを発してるんやなぁ。これじゃぁ、誰も
 手を出せへんわなぁ」

桜は、ベッドサイドの電気を消し、真子の隣で嬉しそうに眠り始めた。
桜の悪い手癖。誰彼構わず手を付ける……。男であれ、女であれ……???

水木の雄叫びで、別室のまさちんに緊張が走ったのは、言うまでもない……。





真北は、電話を掛けていた。相手は、もちろん……。

『水木さん家にお泊まりですよ』

相手は、出勤前のぺんこうだった。

「まだ、帰らないのか? 無事なのか?」
『…あのね…。桜姐さんが、安心してええからと何度もおっしゃって
 下さったんですから。あなたは、そんなに心配することありませんよ』
「時期が時期だろ、水木組はぁ」
『まさちんも一緒ですから』
「…そこが危ないんや。事が起こったら、率先して暴れるのは誰や?」
『…まさちんですね…。…って、私、出勤時間ですから。切りますよ』
「メモ残しておけ。帰ってきたら、ここに電話するようにって」
『嫌です』

ガチャ。ツーツーツー…。

「…ぺんこうのやろぉ〜……」

真北は、持っていた受話器を睨み付け、投げつけるように受話器を置き、そして、ふくれっ面になっていた。

「声…聞きたいだけやのにな…。かといって、水木んとこに
 電話してもなぁ〜」

真北は、困ったような顔をして、頭をかいていた。


『組長、帰宅したら、すぐに、ここへ電話してください。
 (真北さんが、嘆いてましたよ。)  ぺんこう』

ぺんこうは、伝言板にそのように書いて、出勤した。




真子は、まだ眠っていた。それ以上に眠りこけているのは、なんと、まさちんだった。昨日のアルコールが残っているようで……。

「ふにぃ〜?!???」

真子が起きた。

「真子ちゃん、起きた?」
「桜姐さん…。すみません…寝起き悪くて……」

真子は、照れたように頭を掻いていた。そんな真子に、桜は歩み寄って、ベッドに腰を掛け、真子に抱きつき、頬にキスをした。

「おはよぉ〜。寝顔たぁっぷり堪能させてもぉたでぇ。
 やっぱし、娘が欲しいわぁ。毎日ここで、寝ぇへんかぁ?」
「う〜ん……そうしたいのは、やまやまだけど…。真北さんが寂しがるしぃ、
 ぺんこうもそうだと思うから…時々ってことで」
「そうやわなぁ、残念やけど、しゃぁないかぁ。…朝ご飯、出来てるで」
「…それより、まさちんは? また、部屋の前で…」
「別室で、眠りこけとった」
「ほんとですか?」

真子は、驚いたように声を発した。


真子は、別室のドアをそっと開けた。まさちんは、真子の気配に気付かないほど、眠りこけていた。真子は、そっとまさちんに近づいていく。
まさちんの寝息が、聞こえていた。
真子は、何か企んだような顔をして、まさちんにいたずらを仕掛けた。
素早く、まさちんの枕を取り、それを顔の上にかぶせた。

「…!!!!!!」

まさちんは、突然の事に、反射的な行動を取ってしまった。
枕を抑える誰かの腕をグッと掴み、それが、右腕だと解った途端、もう一つの手で、相手の喉目掛けて、手を伸ばした……。

「組長!!!!」

視界の中に飛び込んだ相手は、真子だった。喉目掛けて伸ばした手は、その寸前で留まっていた。慌てて起き上がるまさちんは、立ちくらみ…。真子の腕を掴んだまま、しゃがみ込んでしまった。

「ま、まさちん?!???」
「す、すみま…せん……頭……いてぇ〜…」
「…二日酔いやで…ったくぅ。びっくりしたやんかぁ」
「すみません……ご心配を……」
「朝ご飯、どうする? まだ、寝とく?」

真子は、すごく心配した表情でまさちんの顔を覗き込んでいた。まさちんは、ちらっと真子に目線を移す。そして、頭痛をガマンしている表情で、真子に言った。

「お言葉に…甘えさせていただいても、よろしいですか?」

真子は、まさちんに優しく微笑んだ。そして、まさちんに掴まれている腕を返して、まさちんの腕を掴み、強引にベッドに寝かしつけた。

「すみません…」
「ゆっくりしときや。だけど、あんまし桜姐さんに迷惑掛けられないから、
 午前中には、帰るからね」
「はい」

真子は、まさちんに布団をそっと掛けて、部屋を出ていった。
まさちんは、真子が出ていくのを確認してから、眠りについた。


「やっぱし、二日酔いなんかぁ」
「まさちん、お酒に弱いのに、あの雰囲気に負けたんやろなぁ。
 ったくぅ、もっと考えないとぉ。すみません、桜姐さん」

真子は、ふてくされたように桜に話していた。そんな真子の表情には、親の優しさが滲み出ている。その表情に、桜は、なぜか、魅了されていた。

「なんやかんやと言いながらも、ちゃんと五代目の顔をしてるんやね」
「へっ?!」
「…気にせんといてや。ほな、朝ご飯、食べよか」
「はぁい。ほんと、たっぷりとお世話になってますぅ」

真子は、無邪気に微笑んでいた。

「…娘、欲しいぃ〜!!!」

そう言って、真子に抱きつく桜。
桜の口癖になってしまったようだ…。





朝。
真北とくまはちが泊まるホテル。
くまはちは、約束通り、ロビーへ降りてきた。時刻は、六時五十分。
約束の時間十分前に待ち合わせの場所へ来る。
これは、くまはちの中の鉄則だった。
相手は、七時ちょうどにやって来た。その相手の後ろには、アルファーが、眠い目をこすりながら、付いてきている。

「(アルファー、大丈夫なんか?)」

アルファーは、くまはちに大丈夫だとアピールした。

「(親分が、出先に向かっている。俺達も向かう)」
「(何をする予定だ?)」

くまはちは、迎えに来た男とアルファーと一緒に車へ乗り込んだ。

「(取り引きだ)」
「(…薬関係か?)」
「(いいや、違う。昨日、あれから、黒崎が来て、あんたにやばいことは、
  させるなと言われた。やばいことをさせるということは、日本の阿山組を
  敵にまわすことになるとも言っていた)」
「(そんなことは、ないさ。それは、黒崎さんのお得意とする言い回しだ)」

そう言ったくまはちの目は、これから起こる何かを楽しみにしているのか、怪しい光を発していた。



くまはちは、アルファーと使いの男に続いて、ホテルの一室へ入っていった。そこには、例の男とその男に仕える強面の男達がたくさん、そして、男の向かいには、別の男が座り、その男の後ろには、強面の男達が、立っていた。

「(遅くなりました)」
「(ん? おぉ、待ってたよ。話は、終わったんだ。ちょうど、お前の
  力を借りる時間だったよ)」

例の男が、くまはちに鋭い目つきで話しかけた。

「(俺の力ですか?)」

くまはちの言葉に、例の男は、目の前の男に目をやった。くまはちもつられるように、その男を見た。その男は、突然入ってきたくまはちをまじまじと見つめている。そして、驚いた表情をして、立ち上がった。

「お前…その声、その姿…そして、その立ち上がっている前髪…ま、ま、まさか…
 阿山組の猪熊?!」
「…これはこれは、お久しぶりです。まさか、こんな所でお逢いするとは
 思いませんでしたよ。あれから、十年は経ちますねぇ。その後、
 お姿を拝見しないと思ったら、ここで、活躍していたんですか。
 伊達山会会長の龍山親分」

くまはちの口元がにやりとつり上がった。

「(猪熊、知ってるのか?)」
「(えぇ。十年ほど前に何度かお逢いしてますよ。それから暫くして
  ぷっつりと消息が絶えましたから、どうしたのかと思って心配して
  ましたよ。まさか、こちらで、活躍中とは)」
「(お前には、こいつは、信頼できるかということを教えて
  もらいたいんだよ。どうだ? 何度か逢ってるけど、
  未だに、よく解らない男でな…)」
「(お言葉ですが、情報交換ですか? …俺の情報とでは、
  かなり差がありますよ)」

くまはちは、不気味に微笑んだ。

「猪熊、お前、ここで何をしてる!! もし、阿山真子の命令なら
 こっちも容赦しないぞ。それに、こっちでも、俺らの仕事に
 やっかいなことを持ち込むな!!」

龍山が、声を荒立てて、くまはちに言った。その龍山の勢いで、後ろに控えていた組員達の雰囲気が一変する。

「やっかい事ぉ〜? ということは、厄介な事を持ち込むつもりなのか?
 …それよりも、…五代目に手ぇ出すつもりなのか…ぁ?」

くまはちは、龍山達を威嚇し、ゆっくりとサングラスに手を掛ける。

「ひぃ!!! 外すな猪熊!!!争う気はない!」

くまはちは、龍山の言うとおり、サングラスを外す手を止めた。

「(猪熊、どうした? 情報は?)」

例の男が、ゆっくりと振り返りながら、尋ねてくる。

「(詳しくは言えないが、日本だと、やられて当たり前の男だ)」

くまはちは、顎で、龍山を指すような感じで、冷たく言い放った。くまはちの雰囲気から、龍山という男を理解したのか、例の男は、椅子にふんぞり返り、脚を組んだ。

「(取り引きは、中止だ)」
「(待て! こいつの言うことを信じるのか? 日本では、
  そうだとしても、こっちでは、こっちのやり方を学んでいる。
  それで、この十年を過ごしてきたんだ。それに、今更
  中止とは、そちらとしても、痛いはずですよ)」
「(…今は、他を当たっている)」
「(な、何ぃ〜?!)」

龍山は、いきなり、懐から銃を取りだし、それを男に向けた。
龍山が動いたと同時に、組員達も銃を構えた。
もちろん、男の後ろに控える強面者たちも銃を構えている。

「(俺の言った通りだろ?)」

くまはちは、サングラスを外しながら、男に語りかけた。

「(そうだな…)」

例の男は、緊迫した中でも、顔色一つ変えずに、くまはちに応えた。そして、ゆっくりと立ち上がる。

「(やめておけ。どっちにしても、龍山、あんたの不利だ)」

そう言った男は、上着を脱いだ。

「!!!!!!」

龍山は、男の体を見た途端、やる気を殺がれたのか、ドカッと腰を下ろし、銃を懐にしまい込んだ。そして、静かに口を開く。

「猪熊。阿山組は、手を組んだのか?」
「いいや」

くまはちは、短く応えて、サングラスを掛けた。

「(あんた、いつも、そうなのか?)」

くまはちが問いかけた男の体には、ダイナマイトがいくつも巻き付けられていた。

「(誰でも、命は、惜しいものだ)」

そう言って、男は、上着を羽織り、くまはちをちらっと見た。

「(猪熊…怖くないのか?)」

男は、ダイナマイトを見ても怯まないくまはちに少し恐怖を感じたのか、静かに言った。

「(…怖いものは、一つしかありませんよ)」
「(なんだ?)」
「(私の親分ですよ)」

くまはちは、微笑んでいた。

「(ほほぅ)」

そのくまはちの微笑みに応えるように、微笑む男。
その時だった。
くまはちが、突然、男を守るように、抱え込み、床に伏せた。

「(猪熊?!)」

男は、突然の姿勢に驚き、くまはちに目線を移したが、すでに、くまはちの姿は消えていた。と同時に、たくさんのうめき声が聞こえ、何かが倒れる音が次々と聞こえてきた。

「龍山!!!」
「ぐわぁ! うぐっ…うごっ……あがっ……」

例の男は、音のする方を見つめた。そこには、くまはちの後ろ姿が見えるだけだった。その猪熊の肩越しに、血だらけの龍山の顔が見え、その姿は、猪熊の腕を伝うように、倒れていく。
辺りを見渡すと、龍山の後ろに控えていた男達も床に寝転がっていた。

「ふぅ〜」

息を整え、服を整えて、男に振り返るくまはち。いつの間にか、サングラスを外していた。

「(何が、あった?)」
「(…何も…。…で、俺の仕事は、終わりですか?)」
「(ん?…あ、あぁ。次も頼むぞ)」
「(まだ、あるんですか?)」

そう言いながら、くまはちは、サングラスを掛けた。

「(これと同じことが、あと三件だ)」
「…ったく…」

くまはちは、呆れたように言って、ため息を付いた。


そして、残りの三件は、何事もなく、無事に取り引きを済ませ、くまはちは、ホテルへ帰ってきた。

「(猪熊、明日も、朝七時だ)」
「(わかりました。失礼)」

そう言って、ホテルの玄関を入っていくくまはち。例の男は、くまはちの後ろ姿を見つめながら、まだ、車の中に居るアルファーに呟いた。

「(…龍山の時、何が起こった?)」
「(私には、理解できませんでした。ただ、奴らが、親分に銃を
  向けて、発砲しようとしていたのは、わかりました。
  わかったのと同時に、猪熊が、奴らを…。銃弾よりも早く…。
  一瞬の出来事でした…)」
「(ふっ……だから、言ったんだ。あいつが本気を出すと、
  組織壊滅だと…。恐ろしい奴だな。俺には、何が起こったのか
  全く解らなかったんだけどな…。俺も落ちぶれたかな…)」
「(それは、ありませんよ)」
「(あいつを、組織に引き込むか…)」
「(敵なし…ですね)」

男とアルファーは、にやりと笑っていた。
そんな風に言われているとは、知らないくまはちは、部屋の鍵を開け、中へ入っていった。

「ま、ま、真北さん?!」
「あん?」

なんと、真北は、ふてくされたような表情で、ベッドにあぐらをかいて座っていた。

「どうされたんですか?」

くまはちは、上着を脱ぎながら、真北に尋ねた。

「…組長に、口を利いてもらえなくなった…」
「何を申したんですか?」
「水木の自宅に宿泊したんだよ。そして、桜姐さんと、楽しく話して
 食事して、酒飲んで…」
「体調が優れないのに、アルコールですか?」
「あぁ。それを注意したら……」

『もう、真北さんとは、話さない!!』

「そう言って…電話を切られたぁぁぁ〜…」

真北は、肩の力を落とした。

「唯一の…楽しみなのに…」
「真北さん?????」

くまはちは、真北の言動に、驚くばかりだった。

真北さん、大丈夫なのかな……。

くまはちは、そう思った。





大学の後期の授業が始まった。
まさちんの車の後部座席で、嬉しそうな顔をして、まさちんの姿を見ている真子。

「ほんまに、ええの?」
「仕方ありませんよ」
「そんなふてくされたような言い方するんやったら、やめとき!」

まさちんは、真子の言葉にカチンときたのか、

「うわぁ、久しぶりの講義、すごく楽しみだなぁ」

まるっきり棒読みな言い方……。

「すんごく、気持ちが伝わる伝わる。じゃぁ、図書館も行こうっと」

意地悪そうに真子が言う。

「あっ、その、組長……」

まさちんは、何故か後悔した。



まさちんが、何故、講義の間も真子に付きっきりになろうとしているのか。
それは、この日、真子の体調は、あまり良くなかったからだった。少し、熱っぽい。万が一、倒れた時を考えての行動だった。
そして、車は、大学の駐車場へ入っていった。真子の後ろをついていくまさちん。

…案の定、まさちんは、つまらなそうな表情で、講義を受けていた。
机に肘を付いて、目線を落としていた。
その時だった。

??? …ノート???

まさちんの視界にノートが静かに移動してくる。

鉛筆……???

そのノートの上には、鉛筆が置かれた。
まさちんは、それを差し出す人物に目をやった。
真子だった。

「組長?」
「ごめん。あれ、写してて。やること思い出したうちに、しときたいから」
「…って、組長……」

真子は、鞄から別のファイルを取りだし、机の上に置いた。それは、阿山組のマークが入ったファイル。そして、中の書類に、何かを書き始めた。

組長、何度か行ってますね…。

「まさちん」
「あっ、はい」

まさちんの表情が、真剣になる。そして、黒板に書かれている文字を残らずノートに書き込んでいた。



「あれぇ、まさちんさんやん」

大学の休憩室で、少し怖い表情で座っているまさちんに声を掛けてきたのは、理子だった。

「理子ちゃん」

まさちんの表情は、優しいものに急に変わる。

「真子と一緒なん? …で、真子は?」
「あちらです」

まさちんが指をさしたところ。真子は、缶ジュースを二つ持って、こっちに向かってきていた。

「座っておけと言われまして…」
「一緒に講義出ていたんですね?」
「正解です」

理子の微笑みに優しく応えるまさちんだった。

ボカッ!

「いてっ。…組長、何をするんですかぁ」
「たった、あれだけの講義で、なんで疲れるかなぁ。もぉ。
 理子ぉ、どう思う?」
「まさちんさんだもん、しゃぁないんちゃう?」
「理子も思うんだぁ」

真子は、缶ジュースをまさちんに渡しながら理子と、楽しく話し込んでいた。まさちんは、真子から受け取ったジュースを理子に差し出したが、理子は、断る。
まさちんは、理子と話し込む真子を見守りながら、プルトップに指をかけた。

「あれ? 理子、講義なん?」
「レポートの提出やねん。大変やったで、ほんまに。真子は無いん?」
「無いで。まぁ、講義に出席するか、レポート出すかのどっちからしいんやけど、
 私は、出席する方が好きだからね」
「ほんま、勉強好きやなぁ、真子は。就職活動もあるし、大変や」
「やっぱり、あの会社受けるん?」
「そうやねん。自信あるから、ええねんけどね。真子は、やっぱり…」
「今の生活から、学生を取っただけやけどね」
「あんまし、無理しなや」

理子は、真子の腰辺りを見つめながら言った。真子の腰の辺りには、まさちんが、真子を支えるような感じで、手を回していたのだった。それに気が付き、真子の体調の事が解った理子。

「ありがとね」
「ほな、またなぁ!」
「…休憩ちゃうん?」
「まさちんさん見かけたから、来ただけぇ」

理子は、後ろ手に手を振りながら、休憩室を出ていった。

「ったくぅ」

そう言って、真子は、腰の辺りに回されているまさちんの手を叩く。

「無茶するからです。…足取りがふらついてましたから」
「…やっぱり、橋先生のとこ、行こうか」
「ですから、今朝、何度も申したでしょう…」

まさちんは、呆れたように、首を振りながら真子に言った。

「あれくらいは、大丈夫やと思ったんやもん…。それに、入院って
 言われそうやから…やだったの」

真子は、ふくれっ面になっていた。まさちんは、ジュースを飲み干し、缶を踏みつぶしてから、ゴミ箱へ入れた。そして、真子の荷物を持って、真子の肩に優しく手をさしのべ、休憩室を出ていった。




橋総合病院。
橋は、事務所で電話を掛けていた。

「あほぉ、お前は、気にしすぎなだけやって。そっちに居るんやったら、
 こっちの事は、気にするなよぉ。…ちゃうちゃう。熱っぽいだけやと
 言うとったで。真子ちゃん特有の知恵熱やろ。心配ない心配ない!
 それで、解ったんか? 能力のこと。……そうかぁ…ま、お前も
 無理しなや。ほななぁ」

受話器を置いた時だった。

トントン

「失礼します」

まさちんが、真子を抱きかかえて入ってきた。

「なんや、眠ったんかい」
「えぇ。でも、まだ、熱が下がらないので…」

まさちんは、橋に伝えながら、真子を診察台の上に寝転ばせた。橋は、素早く真子を診察する。

「昨日まで、過密スケジュールで、ビルの仕事に精を出してましたから…」
「…また、怖い夢…見てるんか?」
「そのようです…」

真子を見つめる二人は、真子の寝顔を見ながら、言った。
真子は、眉間にしわを寄せ、何かを堪えているような表情をしていた。

「眠ればいつも、怖い夢を見ているようです」
「あの日から、ずっとやな…。これは、わしでもどないしようもないで。
 悪いな、まさちん」
「組長自身の問題ですか……」

まさちんは、そっと真子の頭を撫で、そして、橋は、軽くため息をついた。

「真北から連絡あったで」
「…嘆かれたのでは?」
「その通りやぁ。…真子ちゃん、酷いこと言うてんてなぁ」
「えぇ、そうですよぉ。隣で聞いていた私も危うく〜」
「真子ちゃんの怒り…よっぽどか?」
「連絡を欲しがっていたみたいだからと、ぺんこうが伝えて、
 喜んで連絡を入れて、桜さんとの楽しい話をしたかったのに、
 真北さんの第一声が…」
「体調のこと…だった…」
「えぇ」
「そりゃぁ、真子ちゃんが怒るわなぁ。俺からも言っといたから」
「真北さんが心配するのも解るんですよねぇ…だから俺、
 組長に何も言えなかったんですよ」

まさちんが嘆く。

「…珍しいな、真北の肩を持つような考え…」
「組長の気持ちも解るので、複雑で…」
「そりゃぁ、そうやわなぁ。まぁ、あれだ。あいつは、あぁいう性格やし」
「組長の事しか考えてませんから」
「そうやな。その為の海外…か」
「えぇ」

橋は、大きく息を吐いた。

「真子ちゃん……無茶してへんよな…。あいつが心配するような
 無茶だけは、…絶対にするなよ」

橋は、真子の頭を優しく撫でた。
その手から、橋の心が伝わったのか、真子の表情が、少しだけ和らいだ。

真北の思い……伝われ……。



(2006.3.23 第三部 第四十三話 UP)



Next story (第三部 第四十四話)



組員サイド任侠物語〜「第三部 光の魔の手」 TOPへ

組員サイド任侠物語 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.