任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第四十七話 熱い思いに…。

真子の病室。
ぺんこうは、真子の講義のためにやって来た。そして、講義を始めようとした時、真子の表情が急に暗くになった事に気が付いた。

「…組長…胸に秘めるのは、良くないですよ?
 常に申しているでしょう? 私には、相談してくださいと…」

ぺんこうは、真子の頭を優しく撫でる。

「…あのね…その……」

真子は、言いにくそうな感じで、ぺんこうを見つめる。

「何でしょうか?」

ぺんこうは、真子の座るベッドの側に、真子を見上げる形で座り込み、優しい眼差しで見つめた。
真子は、息を飲んで、勇気を振り絞るように語り始めた。

「…お母さんに…話しかけてみようと…思うんだ…」
「…夢の中に居る…ちさとさんに…ですか?」

真子は、小さく頷いた。

「逃げないように、追いかけて…そして、聞きたいこと…
 ちゃんと尋ねようと…思うんだ…。そうなると…もしかしたら、
 夢の世界を彷徨うかもしれない…。居心地が良くなって…
 帰ってこないかもしれない…。…ぺんこう、どうしたら、いい?」

真子は、本当に悩んでいた。
以前から、よく見る母・ちさとの夢。
話しかけるが、振り返ってくれない。
振り返っても、すぐに去ってしまう…。
ちさとは、なぜ、真子を守るような行動を取ったのか。
自分を守るために…命を落とした…。
その真相をちさと自身の口から、聞きたい真子の悩みは、どんどん深みにはまっていたのだった。

「組長が、ちさとさんにきちんと応えていただきたのでしたら、
 仕方のないことです。長い間、彷徨ってしまうことになっても
 それは、仕方のないこと…」

ぺんこうの声は切ない。

「しかし、これだけは、忘れないで下さい…」

急に力強く言うぺんこう。

「組長を大切に思っているのは、ちさとさんだけでなく、私や、
 まさちん、くまはち、むかいん、そして、真北さん…。
 組長の周りに居る者全てが、思っていることですから。
 居心地が良くても、必ず…戻ってきてください…」

ぺんこうは、何かを覚悟したような口調で語っている。
真子は、不思議に思いながらも、ぺんこうの言葉に耳を傾けていた。

「納得いくまで、とことん追求する…それが、阿山真子ですから。
 私の知っている…。ですから…必ず…」

そう言ったぺんこうの眼差しは、少し寂しそうに見えた。しかし、その中にも、何か強いものが含まれているのが解る。
真子は、結論に達したのか、唇を一文字にして、ゆっくり目を瞑った。
そして、次に目を開いたとき、それは、真子独特の微笑みに変わっていた。

「うん。…必ず…戻ってくるから。ぺんこう。ありがとう。
 …ぺんこうに相談したら、気持ちが落ち着くね。
 やっぱり、ぺんこうは、その道が一番だね」

真子の言葉に、ぺんこうは、微笑んだ。

「この四月からは、また、クラスを受け持つん?」
「えぇ。プラス、学年主任ですよ…」
「そんな困った言い方をしても、本当は、嬉しいんやろぉ?」
「組長には、ばればれですね」
「頑張ってよぉ」
「任せて下さい!」

真子とぺんこうは、微笑み合っていた。

「あっ、そだ。真北さんとくまはち、帰ってくるって」
「もう帰ってくるんですか。もっと向こうに居てもよかったのに」
「ぺんこうぅ〜」
「恐らく、真北さん、組長を観た途端、疲れも吹っ飛ぶでしょうね」
「逢わないもん」
「まだ、怒ってるんですか?」

真子は、力強く頷いた。
ぺんこうは、真北の表情を思い浮かべたのか、密かに笑っていた。





国際空港に国際便の飛行機が到着した。
真北とくまはちが、搭乗口から姿を現した。

「う〜ん!! やっと帰ってきたぁ」

真北は、嬉しそうな表情をして、背伸びをする。

「真北さん、組長に逢おうと思ってませんか?」
「あったりまえや。久しぶりの娘の顔。楽しみやぁ」

真北の声は弾んでいる。

「…お言葉ですが…。組長の怒り、解けてませんよ…」
「あっ……」

くまはちの言う通りだった。
真子は、水木の自宅に泊まったあの日から、真北の一言に怒り、真北と一切、口を利こうとしなかったのだった。
くまはちが気を利かせて、真北に電話を代わろうとしても、大声で嫌がった。
その声は、受話器から漏れて、真北に聞こえていたが……。

「くまはち、なんとかしろ」

急に焦ったように、真北が言うと、

「真北さぁん。橋先生にご相談ください」

くまはちは、何か閃いたように応えた。

「…そっか。そうやな。そうしよ。ほな、早速橋総合病院!!」
「解りました」

何故か、妙に明るい真北と裏腹に、くまはちは、不安なままの帰国だった。
結局、くまはちが知りたかった事は、解らずじまい。
くまはちにとって、悔しいこと。

『何か解ったら、すぐに連絡するよ』

黒崎の言葉を信じて帰国したくまはち。
真北は、空港関係者の事務所に立ち寄り、何かを受け取る。
それは、車のキー。
真北の仕事柄、従業員用の駐車場に車を停めさせてもらうことは、可能だった。

「長いこと悪かったね」
「ちゃぁんと洗っておきましたから」
「ありがとうございました」

くまはちが、深々と頭を下げた。くまはちも、顔見知りなのか、笑顔を交わしていた。
そして、くまはち運転の車は、橋総合病院へ向かって走っていった。
くまはちは、悔しさが満面、真北は、うれしさが満面、顔に浮かんでいる。
しかしそれは、真子に逢った途端、逆転するのだった…。




真北は、拗ねたように項垂れていた。

「くっくっく…」
「…笑い事と違うぞ…」
「笑わずにはいられへんやろ。おもろすぎや」

ここは、橋の事務室。
橋は、真北が黒崎から頂いた真子の能力に関する資料を橋に渡し、情報交換をした後の出来事。
真北とくまはちが帰国して、病室に尋ねてきたのに、案の定、真子は真北に見向きもせず、くまはちにだけ、優しく話しかけていたのだった。それを橋も観ていた。
あまりにも滑稽な真北の表情に、橋は、笑いを堪えきれずに…。

「それにしても、真子ちゃんの体力、回復せぇへんな…」

橋は話を切り替える。

「文献にもないことらしいよ。黒崎も言ってた」
「体力ないのに、気力だけはあるから、講義に出るって
 年末まで、大変やったんやで。ぺんこうが、冬休みに
 入った途端、講義してたけどな。しっかし、ぺんこうって、
 不思議な奴やなぁ。どんな資格持ってるんや?」
「俺にもわからん」
「うそこけ! お前の力が裏で働いてるんやろがぁ」

真北は、橋の言葉にただ、微笑んでいるだけだった。

トントン。

「失礼します」

橋の事務室へ入ってきた、まさちん。その表情は、いつになく真剣…。

「どうした?」

橋は、まさちんの真剣な表情を気にしたのか、まさちんが言葉を発する前に尋ねていた。

「組長のことなんですけど…」
「逃げ出したんか?」
「それに近いようなものなんですけど…」

真北は、座り直す。

「組長、ここのところ、病室内に閉じこもってばかりですので、
 たまには、外に連れ出した方が、気分的にも良くなるかと
 思いまして…橋先生に相談を…と思いまして…」
「あかんな…」
「どうしてですか?」
「外出するってことはやな、体力の消耗に繋がるんやで。
 今は無理させない方がええんやからな」
「しかし…」
「病院の庭だけにしとけ」

まさちんを睨み上げる、橋。

「組長が嫌がってます」

それに負けじと、まさちんも睨んでくる。
橋とまさちんの睨み合い。その二人の間に割って入ってきたのは、真北だった。

「…週に一度くらいは、許可してあげてくれよ」
「お前なぁ、そうやって、真子ちゃんを甘やかすから、
 いっつも無茶するんやで」
「橋…お前らしくない意見やな。こんな時は、外の空気を思いっきり
 浴びさせろって、言うやろ? …どうしたんだよ」
「真北…お前のことを思って、言ってるんだぞ」
「…ありがとな。組長も、もう、自分で考えていい年頃だよ。
 だから、俺からも頼むよ」
「真北らしくない言葉や。向こうで何が遭ったんや?」

真北は、何も言わなかった。

「はぁ〜…わかった。検討しとく。でも、今すぐっていうのはあかんからな。
 もう少し様子を見て、少しでも回復する兆しがあったらのことやからな」
「ありがとうございます!」

まさちんは、深々と頭を下げていた。

「まさちん、俺が居なかった間、組関係はどうなってるんや?」

真北が尋ねる。

「平和そのものです。まぁ、川原と藤の末端のいざこざが納まってない
 くらいですね。それと、兵庫の篠本会が、水木の動きを気にして、
 接待を…という話しになっているんですが…。組長の体調も
 知っているようで、見舞いにとの話しも出てます」
「なるほどな…。鬼の居ぬ間っつーことか…。参ったな…」

真北は、立ち上がり、ポケットに手を突っ込んで口を尖らせる。

「真北、鬼って?」
「ん? …俺。組長は、接待を嫌がってるし、組関係の者の見舞いも
 嫌だからな…。みんなに心配掛けるっつーてな」
「そういや、水木達って、来ないな」
「自分の見舞いに来るなら、その時間に、何かしろ…ってね」
「真子ちゃんらしい」
「今までな、そういう話があったら、俺が出てたんやけどな…。今回は、
 おらんかったやろ。その間に、組長を丸め込もうという魂胆だ。
 まだ、子供扱いしてるようでなぁ。組長の本来の姿を知らないだけなんだ。
 反対に丸め込まれるのは、向こうなのにな。そういう話を持ってくる
 輩は、組長のことを知らないだけなんだよな」

困ったような、嬉しいような表情をしている真北は、再び口を尖らせた。

「ただの甘やかされた跡継ぎ…ってことか」
「まぁな。で、まさちん、どう伝えてある?」
「組長にですか?」

真北は、頷いた。

「そのまま伝えました。この件に関しては、私に任すとの応えです。
 見舞いのこともお断りしました。接待もです。しかし、向こうは
 しつこいくらいに…」
「俺が、出るか」
「真北さん」
「篠本とも、もう少し話し合わないと…と思ってるからな」
「組長に、お伝えします」
「ん? 俺から言うよ」
「だって、真北さん…」
「…あぁ……。そうだった…目も合わせてもらえないんだった…」

真北は肩の力を落とした。その姿は、あまりにも滑稽だったのか、橋は、大爆笑。

「橋ぃ〜、笑いすぎや!!」

二人の間に入れないまさちんは、ポケッとしていた。



真子の病室。
真子は、そっぽを向いていた。
側には、真北が、困ったような表情で立っていた。

「じゃぁ、真北さんにお願いする」

真子は、短く返事をした。
真北は、先程、橋の事務室でまさちんと話していた篠本との事を真子に伝えていた。
真北は、話していた間、真子は、ずっと、そっぽを向いたまま。
しかし…。
真北は、真子の頭を両手で挟み、自分の方へ顔を向けさせた。

「…やっぱり、笑ってる…」
「ばれた?」
「何となく解りましたよ」

真北は、真子の頭から両手を放した。

「ちぇっ。真北さんの困った顔をもっと見たかったのになぁ」

真子はふくれっ面になる。

「これ以上、見せたくありませんから。…それで…篠本との事ですけど…」
「何を求めているのか、全く解らないから、困ってるんだよぉ。
 水木さんの行動を気にしての、意見だと思うんだけど…」

真子は、眉間にしわを寄せ、口を尖らせていた。
その表情は、真北にそっくり。
病室内のドアの前に立ち、二人の様子を見ていたまさちんは、二人の間にある不思議なオーラに、嫉妬を覚えていた。

「まさちん、真北さんにお願いしても、いい? それとも、
 まさちんが、したい?」
「組長、駄目ですよ。まさちんが、すれば、血を見ます。
 ですから、ここは、穏便に…」

真子は、真北に疑いの眼を向ける。

「…その目は?」
「真北さんの方が、怖いかも…」
「…言えてます…」

シュッ…ガン!!

「……すみません……」

真北は、まさちんの言葉を聞いた途端、目にも留まらぬ速さで、まさちんの顔の真横の壁を蹴っていた。もう少しで、まさちんの顔に蹴りが入るところだった。

「だから…言ったの…」

真北は、服を整え、真子に振り返った。

「大丈夫ですよ。私のモットーは、何事も穏便に…ですから」
「そうだったね。真北さん流の穏便に…だったね、昔っから」
「組長、何か、トゲがあるような感じなんですが…」
「気のせい、気のせい。…真北さん、帰国後すぐに…大丈夫?」
「組長の声を聞いて、笑顔を見たら、疲れなんて直ぐ吹っ飛びますよ」

素敵な笑顔を真子に向ける真北は、本当に、疲れは吹っ飛んでいた。

「まさちんは、いつもの通りにな」
「真北さん、くまはちは?」

真子が、思い出したように尋ねた。

「AYAMAに向かいましたよ」
「水木さんに頼んでるって言ったのに。やっぱし、好きなんだね、
 AYAMAの仕事」
「そのようですね。組長に感謝していると言ってましたから」
「??? なんで??」
「ふふふっ。それは、くまはちに聞いて下さい」

真北は、ただ、微笑んでいるだけだった。そして、病室を出ていった。

「ま、真北さん?! って、今すぐに行くなんて…。まさちん」
「善は急げって、ことでしょう。あっ、それと、橋先生に
 許可いただきましたよ。外出の」
「ほんと?」
「その条件として、今より少し体力が回復していることです」
「はぁい。やったね!」
「…喜んでいる場合じゃありませんよ…。本当の事知ったら、
 怒られるのは、組長なんですよ」

まさちんは、いつになく真剣な眼差しで真子に語りかけていた。

「わかってるよ…。だけど…どうしても…出席したいじゃない。
 最後の…学生生活…普通の暮らし…」

真子は、俯き加減に寂しそうな感じで言った。

「…組長、何を言ってるんですか。学生生活は終わっても、
 組長は、これからも、普通の暮らし、楽しめますよ!」

まさちんは、しゃがみ込んで、ベッドに座る真子を見上げる感じで、優しい眼差しを送っていた。

「そのために、くまはちが、AYAMAに精を出してるんですから」
「…みんなに…感謝しないとね。だから、私ももっと、しっかり
 しないと…。だから…頑張って……まさちん…?」

まさちんは、真子の手をそっと握りしめた。

「決して、御無理なさらないで下さい…」
「まさちん……」

まさちんは、真子の手を握りしめたまま、下を向いて、それ以上何も言わなかった。
真子は、そんなまさちんの心を読んでしまったのか、大きくため息を付いて、まさちんに掴まれていない手で、まさちんの頭をコツンと叩く。

「気にするなよぉ。もぉ」
「…すみません…。本当に、…いつも…すみません……」
「だから…体力回復に向けて…頑張るね。まさちん…よろしく」

真子の温かさが、まさちんの手に伝わってきた。

「…任せてください!」

まさちんは、サムズアップをして、真子に応えた。そして、お互い、何かを企む表情で、微笑み合った。






「ええか、無理させんようにな」

橋総合病院の駐車場に、橋、そして、真北の二人が、高級車の運転手に声を掛けていた。

「では、行って来ます」

運転手は、力強く応えた。

「帰りは、遅くなるよぉ〜!!」

助手席の女の子が、明るい声で、言った。
それは、真子とまさちん。
真子の体力に、少しだけ回復の兆しが見られたので、橋が、外出許可を出したのだった。
まさちんは、サイドブレーキを下ろし、車を発車させた。真子は、嬉しそうに見送る橋と真北に手を振っていた。
車が見えなくなった。

「大丈夫かなぁ」

真北が心配そうに呟く。

「…真子ちゃん、ここんとこ顔色が良かったし、大丈夫やろ。
 いつもの堤防のところで自然を眺めるって言っとったし。
 今日はそんなに、寒くないし」
「そうだけどな…。まさちんと二人だろ…。最近、
 二人は、何か隠し事をしているようだしなぁ」
「心配か?」

真北は、橋の怪しいまでの微笑みに何か、不気味さを感じていた。

「…おい、何を考えてる?」
「べぇつぅにぃ〜」

どこかで聞いたような言い方をした橋は、病院内に戻っていった。

「お、おい!! 考え事を教えろぉ〜っ!!!」

真北は、橋を追いかけて行く。

「教えろよぉ」
「…それより、どうなったんや? 兵庫のなんたらは」
「あぁ、あれか。さぁな」
「とぼけるな。どうせお前のことや。何かいちゃもんつけて、
 真子ちゃんに手出しできんようにしたんやろが」

真北は、あらぬ方向を見ていた。

「お前の昔っからの手口やな。色んな事にかけてなぁ」

橋は、何故か、嫌みったらしい言い方をして、真北を見つめていた。

「幼なじみも困ったもんやな…ほんまに…」

真北は、本当に困ったような表情で、頭をぽりぽり掻いていた。




とある大学の駐車場に高級車が一台停まった。
運転席の男の人が、助手席の女の人に何かを話しかけていた。
女の人は、軽く頷く。
運転席の男の人が、ドアを開けて、車から降りてきた。

「本当に、お一人で大丈夫ですか?」
「心配なら、一緒に行くよぉ、まさちぃん…」
「駄目です。歩くまでの体力はないでしょう…ったくぅ」
「わかったよぉ…。ったくぅ〜は、私の方だよ…ったく」
「では、学生課…ですよね?」
「うん。その玄関から、入って、直ぐに右に行くんだよ。
 そして、一つ目の曲がり角を左に曲がる。そのまま真っ直ぐ
 行ったら、学生課だから」
「解りました。行ってきます」

そう言って、車のドアを閉め、真子に教えられた通りの道を歩いて学生課に到着。ドキドキしながら、ドアを開けた。

「学生は、立ち入り禁止ですよ!!」
「…学生に…見えますか??」
「…見えませんね、まさちんさん」

学生課の人たちにも、まさちんのことは、有名だった。

「阿山さん、お元気ですか?」
「はい。…その、テストのことなんですけど…」
「やっぱりぃ。そう言うと思ってましたよ。昨年、寝屋里高校の
 山本先生にも、お伝えしたんですけど、その後、どうですか?」
「えぇ。きちんと、ぺん…や、山本先生に教わりました。…って、
 そんなんで、いいのですか?」
「はい。山本先生なら、安心してお任せできますから」
「出席日数が足りないと、テストには出席できないんですか?」
「…阿山さんの出席日数は、充分足りてますよ。後期のテストの
 日程は、これです」

学生課の人が、まさちんに一枚の用紙を渡した。

「あっ、確か、阿山さんの受けている講義は……」

学生課の人が、赤ペンを手に取り、赤丸をつけた。

「はい、まさちんさん。阿山さんに、あまり無理しないように伝えて下さいね」
「はぁ、ありがとうございます…。失礼しました」

まさちんは用紙を受け取り、二つに畳んで、学生課を出ていった。



「お待たせいたしました」

まさちんは、素早く車に乗り込む。

「どうだった?」
「大丈夫です。出席日数に問題ありませんでした。
 学生課の方も、あまり無理をしないようにと仰ってましたよ」
「知ってるんだ」
「そのようですね。そして、これが、日程表です。
 組長が受けておられる講義に、赤丸つけてもらいました」
「そこまでするか?」
「…お願いしてないんですけど…。勝手に…」

真子は笑っていた。

「試験期間の七日のうち、中の五日間に集中してます。
 六日目は、二つですけど…その…組長、体調の方は…」
「…大丈夫だよ」

真子は、微笑む。

「…では、堤防に行こうか」
「そうですね。行っておかないと、橋先生にばれますからね」
「ほな、出発ぅ!」
「はぁい!!」

組長の体調は、今日は優れているみたいだ…。

まさちんが、真子に向けた微笑みには、そのような気持ちが含まれていた。そして、車は、いつもの堤防へ向けて走っていった。




河川敷では、犬の散歩や、ウォーキングをしている人、クラブ活動での運動をしている人など、さまざまな姿が見られていた。
河川敷の土手に腰を掛けて、それらを眺めている真子は、久しぶりの外の空気に満足しているのか、清々しい表情をしていた。
真子の左横に座っているまさちんが、自分の上着を脱いで、真子の肩に優しく掛ける。

「少し肌寒くなってきましたから」
「…ありがとう。まさちんは、大丈夫なん?」
「寒さにも平気ですから」
「…弱点は、ここだけやね!」

真子は、まさちんの脇腹に手を入れ、こしょばした。

「うわっ! 駄目です!! やめてくださいぃ〜!!」

まさちんは、真子の手を掴みあげた。

「ふふふふ!」

真子は、笑っていた。

「ったくぅ、はしゃぎすぎですよ」
「いいんだもぉん。今日は体調がいいし。んー!!!」

真子は、背伸びをした。

「テスト…頑張るね。だから、まさちん。それまでは…」
「全て、任せてください!」
「うん。…帰ろっか!」
「はい」

まさちんは、立ち上がり、真子に手を差し出す。真子は、まさちんの手を掴んで、ゆっくりと立ち上がり、まさちんに微笑んだ。
まさちんは、優しさ溢れる笑顔で、真子に応えた。


帰路に就く車の中。
二人は、色々と楽しい話で盛り上がっていた。
橋総合病院に到着するまでの間、真子は、久しぶりに思いっきり笑っていた。
まさちんも、このまま、真子は回復すると思っていたのだった…。




「今日も元気だもん!」
「ったくぅ。真子ちゃんはぁ。ま、その方がわしも安心やけどな。
 今日は寒くなるから、あったかくして外出しぃな」
「はぁい。では、今日も、散歩へ、行ってきます!!」
「まさちん、気ぃつけや」
「わかっております!」

真子は、元気に病室を出ていった。そして、車に乗り込んだ。

「組長!」

まさちんは、真子の体力の事を知っていた。

「…最後の…テストだから…。今日が…最終日…でしょ?
 …まさちん…よろしく」
「…は、はい…」

まさちんは、戸惑っていた。
真子の体力は、連日のテストに出席し、限界に来ているのは、目に見えて解っている。それでも、真子の目は、それでもテストを受けると訴え続けていた。
そんな真子の目を見て、何も言えないまさちんは、意を決して車を発車させ、大学へ向かっていった。



橋が真子の病室で、真子が戻ってきたら直ぐにでも、ゆっくりとできるようにと、ベッドを整えていた。そして、何気なく、サイドテーブルに目をやった。

「…後期試験日程?」

橋は、用紙を手に取り、読み始めた。その用紙は、後期試験の日程が書かれており、この五日間の日付、そして、赤丸がしてある時間帯をじっくりと見つめた。

「ま、まさか…」

橋は、用紙を握りしめ、真子の病室を飛び出していった。

「この時間帯って……散歩だとぉ〜!!!」

橋は、病院の玄関まですごい勢いで歩いてきた。
駐車場に目をやったが、まさちんの車は既に、出た後。そこへ、うまい具合に(?)真北が病院へやって来た。

「よぉ、橋ぃ〜。組長は?」
「真北ぁっ!!!!」
「な、な、な!!!」

真北は、橋の自分の名前を呼ぶ声に恐怖を感じる。橋は、真北の胸ぐらを掴みあげた。

「だまされた!!!」
「はぁ?!」

橋は、真北の目の前に、後期試験日程の用紙を差し出した。
真北は、それを手に取った。その途端、ワナワナと手が震え始める。

「やられた…な……」

玄関先で、両手の拳を力強く握りしめ、真子の大学の方向を睨んでいた。



そのように、真北と橋にばれたとは、全く知らない真子とまさちん。
真子は、大学最後の試験を終え、まさちんと帰路に就いていた。
まさちんの運転する車の助手席では、真子は、深い眠りについていた…。

「組長……」

焦ったような、安心したような声で、まさちんは呟いた。



(2006.3.27 第三部 第四十七話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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