任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第四十八話 静かな者の大きな怒り

真子を抱きかかえたまさちんが、橋総合病院の玄関をくぐってきた。そして、廊下を歩き、真子の愛用の病室へ入っていった。

「…真北さん…、橋先生……」

まさちんは、そう呟くだけで、何も言わず、真子をベッドに寝かしつけた。

「お疲れさまでした…ごゆっくり…お休み下さい…」

橋は、まさちんを押し退けるような形で、真子に歩み寄り、真子を診察する。

「真子ちゃん? …真子ちゃん!!」

橋の呼びかけに応える素振りを見せない真子。
完全に意識は何処かへ行ってしまった様子。

「まさちん…いい加減に…しろよぉ〜」

橋は、無表情になってしまったまさちんの胸ぐらを掴み上げた。

「真子ちゃんの体調の事に一番詳しいのは、お前だろ?
 なのに、なぜ、まさちん。真子ちゃんに…無茶をさせたんだ…」

まさちんを掴む橋の手は、震えていた。必死に怒りを抑えているのが解る程…。

「…そうです…。俺…は、一番…組長の事を理解しています…。
 …だから、だから…。組長の気持ちも…痛いほど解ってます…。
 組長の気持ちを……尊重して……」
「…それでも、止めるのが、お前の仕事だろ?見てみろ!!
 …真子ちゃんの意識は……意識は…戻らなくなったんだぞ……」

ドア付近に立っていた真北が、ゆっくりと真子の側に歩み寄って来る。そして、呆然と立ちつくし、真子を見つめていた。

「………真子ちゃん…。…何も…そこまでして……」

試験を受けに行かなくても…。

真北の頬を一筋の涙が伝って、床に落ちた。
橋は、まさちんから勢い良く手を離す。その勢いは、凄かったのか、まさちんは、壁にぶつかってしまった。



連日、深い眠りについた真子の側に、項垂れて座る真北。
そこへ、ぺんこうが、入ってきた。
橋から、真子と真北の状態を聞いたぺんこうは、真北の後ろにそっと立つ。

「…なんだよ…」

真北は、ぶっきらぼうにぺんこうに言った。

「組長…言ってました…。お母さんと楽しい時間を過ごして来ると…。
 あの日以来、ちさとさんの夢を見て、組長は悩んでました…。
 声を掛けても、振り返ってくれない…だけど、この頃、振り返って
 くれる…笑顔を向けてくれる…ってね。だから、私は、組長に
 ちさとさん、照れてるんじゃないかって…久しぶりに娘に声を
 掛けられて戸惑っているんじゃないか…って」
「芯…お前…」

真北は、ぺんこうの言葉に驚いていた。ぺんこうは、そんな真北に力強い眼差しを向けた。

「ですから、組長を待ってあげてください。体力の回復が遅れて
 いるのは、何も能力のせいだけではないでしょうから。
 心のモヤを取ってしまわないと、体にも負担が掛かりますからね」

ぺんこうの眼差しは、真子を見つめる時のような、優しい眼差しに変わった。

「だから、あなたがここで、そのように項垂れていても、
 仕方ありませんよ。組長は、そんなあなたを望んでいないんだから。
 いつものように、組長の心の支えになってあげてください。
 …あなたは、そのように…」
「…お前に何がわかる? 俺の何が…わかると言うんだ…」

真北は、ぺんこうをギッと睨んだ。

「俺が、どれだけ周りを気にしているか…。身内に危険が
 及ばないように…気を配っているのか…。お前に解るか?」
「充分、解っていますよ。あの時だって…」

ぺんこうは、遠い昔を思い出しているような表情になる。

「真子ちゃんにも…危険が及ばないように…どれだけ…。だけどな、
 俺がいくら頑張っても、真子ちゃんは、危険な目に遭ってしまう。
 …なんでだろうな…。この世界で生きているから…だからか?」

真北の表情が暗くなった。そして、真北自身も遠い昔を思い出したような眼差しをして、

「真子ちゃんの心にいつまでも残るちさとさんの姿…そして、
 理子ちゃんのお母さんに言われた言葉…それが、真子ちゃんの
 心を閉じこめていることくらい、俺にも解っているよ」

静かに続けた。

「それでも、真子ちゃんは、俺達やお前、そして、まさちん、くまはち
 むかいん…えいぞうや健たちの心が和むようにと…笑顔で過ごして
 きたんだよ…。そこに、能力のことが加わって…」

言葉が詰まる真北。ふっと息を吐き、

「真子ちゃんがいくら強い子でも、俺は心配だよ…。
 このまま、目を覚まさないのではないか…ってね」

真北は、真子の頭を優しく撫でていた。

「あの事件がなかったら…俺が、阿山組の前で、怪我を負わなかったら…
 ちさとさんが、銃弾に倒れなかったのなら…俺は、何も心配せずに
 真子ちゃんと普通の暮らしを送っていたのにな…」
「そうならなかったのは、ちさとさんが、あなたと私を引き合わせる
 為に仕組んだ…私は、今でも、そう思ってますよ。組長から
 一度聞いた事があります。ちさとさんが、あなたの悩みを
 解決させてあげたいと…それは、ちさとさん自身が、自分のせいだと
 そう言っていたようですよ」

ぺんこうは、真子を見つめた。

「あなたを巻き込まなければ、このような暮らしを
 送っていなかった…とね…。そのちさとさんの意志は、
 組長に受け継がれてしまったようですけどね」
「…そんなことをしても…戻れないのにな…」

真北は、軽く笑った。

「私は、あの頃に戻ろうとは思ってませんから。今、こうして、
 組長と楽しい日々を送っていることが、好きですから。
 組長のおかげで今がある。…決して、あなたのおかげでは
 ありませんから」

ぺんこうは、無表情で真北に言い切った。真北は、哀しい目でぺんこうを見つめる。

「大学から連絡があったんですよ。後期の試験も見事にオール優だったと。
 そして、卒業式はどうするのか…って。出席は出来ないから、その日、
 証書だけ受け取りに行きますとお応えしましたけど…よろしかったですか?」

真北は頷いた。

「あぁ。ぺんこうに、頼むよ。大学に行き慣れてるだろ?」
「はい。では、当日、仕事も休みですから」
「そうか…」

不思議な沈黙が流れた。
真北が立ち上がり、

「まさちんにも、声を掛けてやってくれ。あいつも相当きてるだろうからな」

ぺんこうに言った。

「先程、連絡したら、仕事に没頭することで、気を紛らわせてる感じでしたよ」
「親が親なら、子も子だな」
「そうですね」
「真子ちゃんの…組長の事は、橋に任せてある。目を覚ませば、
 直ぐに連絡するようにも言ってあるから、付きっきりにならなくても
 いいからな。…ま、どうせ、くまはちが、外で見張ってるだろうけどな」
「…居ませんでしたよ」
「はぁ?」
「AYAMAに居るんじゃありませんか?」
「ったく、どいつもこいつも…。組長が目覚めても
 安心できるようにという魂胆やな…。ええのか、わるいのか…」
「それも、組長の命令でしょうね」
「誰に似たんだか…」

ぺんこうは、そう言った真北を指さしていた。真北は、そのぺんこうの指を払う。

「あいつらが、そう動いてるんだったら、俺もこうしちゃ
 いられないな。がむしゃらに仕事するかぁ」
「無茶しないでくださいね」
「わかってるよ」

真北は、にやりと笑って真子の病室を出ていった。
ドアが閉まった途端、ぺんこうは、ため息を付く。

「憎まれ役は、山中さんの方が得意ですね…。はふぅ〜」

ぺんこうは、優しい眼差しで真子を見つめた。

「思う存分、楽しんで下さいね、組長」

ぺんこうの声が聞こえているのか、いないのか、真子は、少し微笑んでいた。




AYビル。
まさちんは、真剣な眼差しで、電話をしていた。

「…わかった…。俺が動いた方がええか?…じゃぁ、頼んだよ。
 それと、その後の篠本の動きは? 水面下で…ね…。う〜ん。
 それは、昔っからだから、ほっとくか。…あぁ、会議ね。
 来月かな。もちろん、言われてるけどな…。大丈夫や。
 安心しろぉ。…あぁ。ありがとな、健」

まさちんは、受話器を置いた後、ため息をついて、両手を頭に乗せ、背もたれにもたれかかった。

「あっ、川原と藤の末端の件、忘れてた。しゃぁないな、二人に
 直接聞くとするかぁ」

まさちんは、時計を見た。

「そろそろ集まったかなぁ」

この後、幹部会が開かれる予定。
まさちんは、会議に使用する書類を手に取り、事務室を出ていった。



幹部会。
この日、川原と藤は、欠席していた。

「まさちん、気をつけろよ。あいつら、始まったで」

会議が始まった途端、真っ先に口を開いた。

「始まったって?」

まさちんは、須藤の言いたいことが解らなかった。

「末端が、暴れとるん知っとるやろ」
「あぁ。以前、夜に見かけた」
「その火の粉が、あいつらに降りかかったみたいやな」
「っつーことは…」
「争い始めたぞ。どっちが先に手を出した…てな、しょーもないことで
 始まってるで」
「お互いが、納得いくまで、やってもいいけど、周りに迷惑は
 絶対に掛けないように…って、二人は、無理かなぁ」

まさちんは、頭を掻いて困っていた。

「無理やな」

須藤と水木、そして、谷川と松本が、声を揃えて言った。

「組長、まだ、あかんねんやろ?」

水木が、心配げに尋ねる。

「あぁ」
「…やっぱし、組長の力は偉大やってんな…」

しみじみという水木。
実は、水木の方も、まだまだ、厄介な事が、続いているのだった。

「篠本なんやけどな、真北さんが抑えたんやけど、やっぱし水面下で
 何か企んでいるようや。その裏に、…さつまが、絡んでるみたいや」
「さつま…か…。組長も気にしていたんだけどな」

まさちんは、口を尖らせて、手に持つペンをくるくると回し始めた。

「まさか、今になって、さつまが、力を蓄えようとしているなんて
 考えもせんかったわ。…どうする? あいつなら、周りの迷惑
 全く考えずに、行動開始するで」

須藤が、言った。

「あんまり、暴れたくないんだけどなぁ」

まさちんが、呆れたような声でそれに応えた。

「…表沙汰になる前に、手を打っとこか…」

水木が、何かを企んだような表情で、みんなを見渡した。

「久しぶりに…暴れるか…」

まさちんの言葉に、一同が、頷いた。
そして…。



まさちんと須藤が、組となって、篠本の組事務所へ脚を運んだ。
一方、くまはちと水木は、さつまの組事務所へ向かっていた。
初めはにこやかに話している二人だったが、少しでも話がこじれると、容赦ない鉄拳を相手に振る舞っていた。
もちろん、この方法は、真子の意に反することだが…。
真子の目が光らない所では、常にこのような行動を取っているのか、誰もが慣れた手つきで、事を成していた。
それに不服なのは、やはり、松本だった。

「組長に知れたら、怒られるのは、お前らやで」

松本は、会議で発言した。

「大丈夫や。これは、真北さん容認だからな」
「…二言目には、真北さんが出るんやな。ほんまに、真北さんの力が
 必要なんか? …ほんまに、そうすることが、組長の為なんか?
 俺は、間違っているように思えて、しゃぁないんやけどな」
「…真北さんの頭の中には、組長しかないからな」

まさちんが、ふてくされたような表情で松本に言った。松本は、これ以上言っても仕方がないというような諦めた表情をして、立ち上がる。

「五代目は、そんなことを…望んでおられないんだよ」

松本は、静かに言って、会議室を出ていった。会議室に居た幹部達は、松本の言葉が胸に刺さったのか、何も言えなかった。

「しゃぁないやろ…俺らは、こうでしか、生きて来れなかったんやから…」

須藤が、呟いた。

「松本の言葉も一理あるけどな…。話し合いで済まないことも
 あるんやからな…。どれも、あいつらが、先に手を出したしなぁ」

水木は、項垂れていた。

「松本に言われなくても…解ってるよ…それくらい…」

まさちんが、言った。そして、机の上に広げられた書類をまとめた。その時、何かを思いだしたのか、口を開け、そして、矢継ぎ早に言った。

「川原と藤の件はどうなったんや? 末端から火の粉かぶって、
 お互いが争い始めたんやったっけ。…それも手を打たな…」
「それは、川原が恐れていたことになったよ」

水木は、何か知っているような口調で、言いながら、笑っていた。

「ま、まさか…また…?」

疑問系の言い方をするまさちん。それは、当たっていた……。




「……」

川原は、顔を腫らして、一点を見つめていた。

「………」

藤は、口元から血を流して、震えていた。
それぞれの組員達は、地面に寝転んでいる。

「だ…だから、俺は嫌やったんや…!!!」

川原が叫んだ。

「知るか!んなこと!」

藤も叫んでいた。

「…お前ら、叫ぶ元気あるんやったら、もう一発、見舞うで…」
「もぉええって! やめてくれや、えいぞう!」
「俺も川原も、仲良うするから!!」
「…信じられないな…」

そう言って、川原と藤を交互に殴る蹴るするえいぞう。そのすぐ側には、健がしゃがみ込んで、自分のパソコンに何かを打ち込んでいた。

「健、助けてくれ!!」

川原が、健の側に倒れ込んだ時に、哀願した。しかし、健は、冷たい目線を送る。

「争いじゃなくて、話し合いしろよ…」
「健、お前…そう言うけどな…、俺らは、昔っから…」

健は、川原の胸ぐらを掴みあげた。

「組長がな…、気にしていたんだよ…。お前らのことを…な。
 なのに、組長が、眠った途端、おっぱじめるとは…なぁ…。
 兄貴だけやなく、俺も、プレゼントしたいんやけどな…。
 俺…平和主義やし…」
「…悪かった…だから…組長に言わんといてや…。えいぞうより、
 怖いんやからな…組長はぁ…」
「うごっ……」

藤が、えいぞうに腹部を蹴り上げられ、気を失った。

「もぉ…やや…」

川原は、頭を抱えて、力無く座り込んでしまう。
えいぞうと健は、川原と藤を冷たい眼差しで見下ろしていた……。



「えいぞうの鉄拳喰らったんか…あの二人…。あぁあ〜!」

まさちんは、やってられない!というような諦めた表情で、机を叩き、首を横に振った。

「まだ、お前やくまはちの鉄拳より、ましやろ」

水木が、笑いながら言った。

「さぁ、それは、どうなのか解らないけどね。しかし、ほんとに…
 組長が、知ったらそれこそ…」
「そんなことより、本部で密かに行われていることの方が、
 組長に知られないようにせんと、あかんやろ? で、その後どうなんや?」

須藤が真剣な眼差しで、まさちんに尋ねる。

「山中さんが、新たに仕入れていたそうです。そして、本部にある
 例の部屋…。組長が五代目を襲名した直後に閉鎖したのですが、
 ほとんど毎日のように、その閉鎖解除の解読に専念している
 らしいんですよ。しかし、一向に…」
「解読ならず…か。一体、組長は、どんな風に閉鎖したんや?
 まさちん、見てたんやろ? 一緒におったんちゃうんか?」
「居ましたよ。ですが、一瞬の出来事だったので、解らずじまい。
 以前、本部に帰った時に、聞かれたんですけどね、暗号の事。
 でも、さっぱり…」
「何も、その部屋にこだわること無いんちゃうん?」

水木が、言った。

「私もそう思うんですけどね……。でも、場所がないそうですよ。
 今更、あのような大工事をすれば、真北さんにばれますからね。
 それを考えると、解除したほうが良いという結論に達したんでしょう」
「でも、わしらは、自分とこで、出来るから、大丈夫やで」

水木は、関西幹部の組事務所の事情を把握しているような感じで発言する。

「水木ぃ、わしらの『ら』って、俺のとこも入ってるんか?」
「そうやろ」
「俺のとこは、そんなもんないで。事務所は、ここに移ったからな」
「でも、前の場所は、今でも倉庫代わりやろ?」
「そうやけどな…」
「ほら、みてん。あるやろがぁ」
「あのな…」

そして、水木と須藤の火花が散り始める……。
それを見ていた谷川とまさちんは、同時に机へ肘を付いて、指で机をトントンと何度も軽く叩いて、苛々を表現していた。そんな二人に気が付かず、水木と須藤の言い合いは、どんどこエスカレートしていくのだった…。




真子は、気持ちよさそうに眠り続けていた。そんな真子を優しく見つめる外科医・橋。

「真子ちゃん、目が覚めたら驚くことばかりやでぇ」

橋先生、真北さんから、色々と聞いているご様子で…。




ぺんこうが、仕事を終え、自宅の最寄り駅の改札を出てきた。会社や学校帰りの人に混じって、商店街へ脚を運ぶ。夕食のおかずを買って、商店街を後にした。
空は、すっかり暗くなっていた。
公園を通りすぎ、そして、自宅へ到着。鍵を開けて、家へ入っていった。

「お帰りぃ」

ご飯をもぐもぐしながら、まさちんが言った。

「組長の様子は?」

ぺんこうは、ただいまと言うよりも先に、真子のことを尋ねた。

「まだ、眠ったままだよ。…だけどな、その寝顔が、すごく幼い感じがしてさぁ」

まさちんは、お茶を飲む。

「…夢、見てるんじゃないか?」

ぺんこうがご飯を準備をしながら、何気なく言った。

「夢?」
「ん? あぁ、なんとなくな、そう思ったんだよ。いただきます」

ぺんこうは、何か意味ありげに微笑んで、ご飯を食べ始めた。

「卒業式、いつや?」

まさちんは、食器を片づけながら、ぺんこうに尋ねた。

「組長の…か?」
「あぁ。確か、ぺんこう、お前が頼まれてるんやっけ?」
「流石に卒業式に出席するわけには、いかんやろ。証書を受け取りに
 行くだけやけどな。だから、何も、俺じゃなくてもええんやで」
「学校関係は、お前の方が向いてるやろ。俺やくまはちは、
 なんか、こう…苦手でなぁ」
「…ただ、取りに行くだけやのになぁ」
「それでも、…いややぁ。…ぺんこう、後、頼んでええか?」

まさちんは、台所を指差しながら言った。ぺんこうは、手を軽く挙げて、頷いた。

「組関係が、まだ、残ってるんや…ほななぁ」
「あぁ」

まさちんは、リビングを出ていった。ぺんこうは、静かにご飯を食べていた。



まさちんは、自分の部屋へ入っていく。そして、机の上に乱雑に置かれた書類を手に取り、一つ一つ確認し、何かを書き込んでいた。珍しく真剣な眼差しで組関係の仕事をこなしていった。



「……よし。ピカピカ」

ぺんこうは、食事後の後かたづけをし、台所をピカピカに磨き上げた。
少しでも汚れていたら、誰かさんが怒る…。

「さてと…」

ぺんこうは珈琲を煎れて、リビングへとやって来る。テレビを付け、ソファに腰を掛けた。手に持っていた珈琲を一口飲む。そして、新聞に目を通した。
真北が帰ってきた。リビングの灯りが気になったのか、顔を出してくる。

「お帰りなさい」
「おぅ、お疲れさん。まさちんは、上か?」
「えぇ。組長は、変わりなしだそうですよ」
「あぁ。寄ってきた」
「さよですか…」

ぺんこうは、呆れたような表情で真北に言った。

「明後日だったよな。卒業式」
「はい。式が終わる頃に伺う予定です」
「そうか…」

真北は、寂しげな表情をしていた。

「元気でしたら、理子ちゃん達と、楽しく迎えるはずでしたが…」

ぺんこうも、少し寂しげな表情をする。

「…って、俺らが落ち込んでても仕方ないな」

その場の雰囲気を変えるように、真北が言った。

「そうですね。しかし、卒業式に参加できなかったと…組長が
 嘆きそうですが…。その時の対処も考えておきますか」
「そうだな」

二人は、それぞれの真子に対する思いが過ぎったのか、微笑み合っていた。




真北が、二階へ上がってからしばらくして、大きな物音がした。

『仕方ないじゃありませんか!!』
『だからといって、お前らなぁ〜。俺の立場もあるやろが!』

ダダダダダダ!!

「ぺんこう! ヘルプ!!」

まさちんが、リビングへ駆け込んできた。
その後ろから、真北が何か怒鳴りながら、駆けてくるのがわかった。

「何や?」

ぺんこうは、真北が何故まさちんに怒っているのか解らないという表情をして、尋ねた。

「…例の件や…。兵庫の篠本! だから、ヘルプ!」
「知らん…」

冷たく言うぺんこう。そこへ、真北が、やって来た。
まさちんは、真北の姿を見た途端、リビング内を逃げ回る。そのまさちんを追いかける真北…。

「まぁさぁちぃぃぃん〜!!! きちんと説明せぇや!!」
「先程伝えた通りですって!」
「それだけやないやろ!」
「それだけです!! 他に何も手を出してませんって!」
「うそつくな! 篠本だけやなく、さつまも絡んでいたんやろ?
 そして、そいつらが入院しとるんは、どう説明すんねん!」
「知りませんって!」
「正直に言え!」
「掃除機…?」
「しょうじき!! ボケで誤魔化すな!!」

ソファの周りをぐるぐると逃げ回るまさちんと、まさちんを追いかける真北。
ソファでくつろいでいたぺんこうは、自分の周りを大きな男が走り回っていることが、鬱陶しくて仕方ない。
徐々に苛々が募っていくぺんこう。
こめかみの辺りがピクピクとつり上がり始めた…。
そんなぺんこうの変化に気付かない二人は、

「誰が後始末つけたと思っとるんや!」

と、まだまだ続いている…。

「いつもの通り、真北さんでしょう?」
「そうや!! 俺が抑えたにも関わらず、なんでお前らがぁ〜!」
「さつまが絡んでいたからですよ!」

その言葉に、真北はソファを乗り越えて、まさちんに直行し、胸ぐらを掴みあげ、壁に押しつけた。

「だからって、お前らなぁ〜」
「だからってお前らなぁ〜は、私の台詞ですよ…」

そう言ったのは、ぺんこうだった。

「!?!!」

壁際の二人は、ゆっくりと目線をソファに移した。
ぺんこうは、ソファに座ったまま俯いて、両手を握りしめていた。そして、リビングで暴れまくっている二人をギッと睨んでいた。

「ギョッ…」

まさちんと真北は、ぺんこうの眼差しに射られる。
それは、『暴れん坊』だった頃のもの…。
ぺんこうが暴れ回っていた頃の事を知らないまさちんは、驚いただけだったが、真北は知っているだけに、この後の展開が予想された。

「落ち着けよ、ぺんこう!!!」

真北の発する言葉より、ぺんこうの行動の方が早かった。

ドカッ…バン! ガチャン………!!!




くまはちが、頭を抱えてリビングのドア付近で力無く座り込んでしまった。

「真北さん…ぺんこうの怒りを御存知なんですから…
 結局後始末は、私じゃないですかぁ」

くまはちが、嘆く。

「す、すまん…気が付くの…遅かった…。俺も…手伝うから…」

真北は、恐縮そうな顔でくまはちに言った。
リビングは、荒れに荒れていた。
ソファーはひっくり返り、テーブルの脚が折れ、珈琲カップが散乱し、そして、まさちんは、床にグロッキー…。



真北とまさちんが暴れ回っていた頃にちょうど家に帰ってきた、むかいんとくまはち。
玄関のドアを開けた途端、大きな物音がリビングから聞こえてきた。慌てた二人はリビングのドアを開ける。
ぺんこうが、怒りの形相で、暴れまくっていた。
まさちんを殴る、ソファーを投げつける、テーブルを持ち上げた所に、むかいんがぺんこうを止めに入った。

「何や、放せよ!」
「お前、家の中で暴れるなんてなぁ〜」

ぺんこうと同じくらい凶暴な目つきでにらみ返すむかいんは、ぺんこうを羽交い締めして、リビングから連れ出し、二階へ上がっていった。



「まさちんは、どうするんですか」

くまはちは、リビングを片づけながら真北に尋ねた。

「そろそろ目覚めるよ…。まさちんにも悪いことしたな…」
「一体、何を話していたんですか?」
「くまはちも、関係しとるぞ…篠本や」
「あ……」

くまはちの手が停まった。

「俺に言えん事しでかしたんやろ…」

真北は大きく息を吐く。

「…どっちにしろ、俺に報告されるんやから、…お前らからは、
 詳しく聞いておきたいだけやねんけどな…。なんで、隠すんや?
 やばいことをしたんか?」
「いいえ、そこまでは、してません…」
「だったら、報告せぇや」

くまはちは、リビングの片づけをしながら、真北に篠本の件を報告していた。
その間、まさちんは、ソファに寝かされ、気を失ったままだった。

「…だからって、真北さん…追いかけ回すことないでしょう。
 ガキじゃあるまいし…」

くまはちが呆れたように言った。

「反省してる。ぺんこうだけでなく、むかいんにまで、あんな面
 させてしもたからな…」
「こいつらの溝を更に深めたことになりますよ。組長が目を
 覚ます前に、元に戻しておかないと…。まさちん、気が付いたら、
 絶対、ぺんこうとやり合おうとしますよ…」
「そうやろな…。くまはち…頼んでええか?」
「ご自分の後始末は、ご自分でどうぞ。私は、こいつらの
 火の粉…かぶりたくありませんから」
「あっ、川原と藤…あいつら、大怪我したらしいけど、何でや?」
「末端の組のいざこざ、御存知ですよね」
「あぁ。…さつまんとこから引き取った組の奴らが起こした、いざこざ
 やったよな」
「川原と藤こそが、末端の火の粉かぶって、争い始めたでしょ?」
「そこまでは、聞いた。それで?」
「二人を抑えに行ったのが、えいぞうと健の二人と言えば…。
 もう、お解りですね?」
「なるほどな…。また、あの二人が出たんか…。はふぅ〜」

真北は、ため息を付いて、ソファに腰掛けた。

「普段、静かな者が怒るような日々が続くんだな…。
 やはり、真子ちゃん…親の威厳で、納めていたんだな…」
「我々にはもったいないくらい素敵な五代目ですから。組長が安心して
 過ごしていただけるように、周りを整えておきたいのですが…。
 真北さんが、これでは…」
「だから、悪かったと言っとるやろがぁ〜!」
「ったく…」

くまはちは、割れたコップを手に取って、きちんと新聞紙に包み、ゴン箱に入れた。




「落ち着いたかぁ〜?」

ぺんこうの部屋。
ぺんこうは、ベッドの上に横たわっていた。ぺんこうの側に立ち、見下ろしているむかいんが、心配そうに尋ねてくる。

「…なんとか…な」
「ったく、お前が暴れてどうすんねん」
「そう言うお前の方が怖い目つき…やったで…」
「そ、そりゃぁ、なぁ…」

ぺんこうとむかいんは、お互い、昔を思い出しながら微笑み合っていた。そして、二人して暴れまくっていた頃の話で盛り上がっていった…。



(2006.3.28 第三部 第四十八話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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