任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第四十九話 お帰りなさい、組長!

真子が通う大学。
この日、卒業式を迎えていた。理子たちは、張り切って卒業式に出席していた。しかし、理子の表情には、どこか寂しさが漂っていた。
一緒にこの日を迎えるはずだった真子が、未だに眠り続けている為、出席できないということで、理子独特の明るさが、欠けていた……。



ぺんこうが、車で大学へやって来た。
既に式を終え、わいわいとにぎわう大学構内。
そこをくぐるように駐車場へ入り、車を停めて降りてきた。学生達が構内のあちこちで、楽しく写真を撮り合っている中を少し気にしながら、ぺんこうは、学生課へ向かっていく。

「失礼します。寝屋里高校の山本です」
「お待ちしておりました。こちらですよ、山本先生」
「お手数お掛けします」
「何をおっしゃいますやら。本当なら、阿山さんに直接渡したいのですけどね…。
 優等賞もありますから。全てこちらにお入れ致しました」

学生課の人が、ぺんこうに紙袋を手渡した。

「ありがとうございました。色々とご迷惑ばかりお掛けして、
 本当に恐縮ですが…。無事に…卒業でき、嬉しく思います。
 本当に、お世話になりました」

ぺんこうは、深々と頭を下げて、真子の荷物を受け取った。

「津田教授からのお手紙も入ってますから」
「津田さんにも、たくさんお世話になったそうで…」
「あの教授がすごく気になさる学生さんなんて、ほんとに
 滅多にいませんからね。やはり、阿山さんは特別なんですね」
「いいえ、ごく普通の学生ですよ。ただ…人一倍頑張り屋なだけですよ」

ぺんこうは、素敵な笑顔で、学生課の人に言った。学生課の人は、ぺんこうの一言に恐れ入ったような表情をして、学生課を出ていくぺんこうを見送った。



ぺんこうは、何気なく学生達に紛れて、卒業の雰囲気を味わっていた。
ふと、目をやった所で、他の学生よりもはしゃぎまくる学生が三人…。

「ったく、四年経っても変わらんなぁ…」

ぺんこうは、嬉しそうに微笑み、その学生に近づいていった。

「おめでとう!」
「あっ、先生! 来てたんですか!!」

その学生は、理子、あいはー、にっしんの三人だった。
ぺんこうは、手に持っている筒を理子に見せた。

「まぁね」
「そっか。先生が替わりに…」

今までの明るい表情の理子は、一変する。

「何、暗くなってんねん。野崎らしないなぁ」
「真子と一緒に…迎えたかったもん…」
「組長も、野崎にそう言ってもらって喜んでいるでしょう。
 野崎、あいはーさん、にっしんさん。この四年間、本当に
 ありがとうございました。組長に代わり、お礼を…」

ぺんこうは、深々と頭を下げていた。

「先生…、何、改まってるんよぉ。緊張するやんかぁ。
 折角の嬉しい日を、緊張させんといてやぁ」

理子は、ぺんこうの肩を軽く叩く。

「そうですよ、先生」

あいはーは、真子に似たような笑みを浮かべて、言った。

「真子にも楽しんでもらうために、カメラマンお願いします」

にっしんが、手に持っているカメラをぺんこうに手渡した。

「って、これ、野崎のカメラちゃうん?」

ぺんこうは、手にしたカメラに覚えがあったのか、理子に尋ねた。

「当たり前やん。うち、写真撮るん好きやもん」
「そうやなぁ。高校ん時も教室で撮りまくってたもんなぁ」
「大学でもやでぇ」

にっしんが、横からチャチャを入れた。

「そうやろなぁ。アルバム何冊になった?」
「一ヶ月に二冊ずつ増えるから…、百冊近いかも…」
「部屋に入らへんやろ」
「うん。だから、お兄ちゃんの部屋に置いてる」
「守くんの怒った顔が浮かぶでぇ〜」
「そんなん言わんと、写真撮ってやぁ、はよぉ!!」
「わかったって…ったくぅ」

そして、ぺんこうは、にぎやかな三人を写真に撮っていた。



理子達は、ちゃっかりとぺんこうの車に乗っていた。
賑やかに話す理子達の会話を、ぺんこうは、笑顔で聞いていた。
誰かさんに伝えようと、その会話を頭に叩き込む。


あいはーとにっしんは、途中で降り、理子と二人っきりになった。

「真子の様子はどうなん?」
「気持ちよさそうに眠ってますよ」
「ったく、いつまでも、尾を引いてるんやからぁ」
「仕方ありませんね。組長がいつも気にしていたことですから」
「そだね…。真子、楽しんでるかなぁ」
「楽しんでいただかないと、お薦めした意味がありませんよ」

ぺんこうは、微笑んでいた。
そして、車は、自宅最寄り駅前の商店街で停まった。

「ほな、先生、写真、直ぐにできるから。後で持って行くで。
 ちゃぁんと真子に渡してや!」
「おぅ、待ってるで」

理子は、ぺんこうに手を振って、写真屋に入っていく。ぺんこうは、車を発車させた。





橋総合病院・真子愛用の病室。
窓が開いているため、風が吹き込み、カーテンがそよそよと揺れていた。
ぺんこうが病室へ入ってきた。
そっと窓を閉め、カーテンを端に寄せた。

「…組長、卒業、おめでとうございます」

ぺんこうは、真子の枕元に卒業証書と優秀賞の賞状と記念品を置いた。

「それと、理子ちゃんからですよ」

ポケットから、一枚の写真を取りだし、卒業証書の上に置く。
それは、理子とあいはー、そして、にっしんの三人の、にこやかな表情を撮った写真。
それぞれが、真子に似たような笑顔で写っていた。
ぺんこうは、真子の横に腰を掛け、頭をそっと撫でた。その眼差しは、すごく柔らかく、すごく優しかった。

ぺんこうは、真子を見つめながら、思い出に浸っていた。すると、まさちんが、病室へやって来た。

「来てたんか」
「あぁ」

ぺんこうは、真子の左横に移動する。

「これかぁ、卒業証書と優等賞の賞状。すごいな、組長は。
 …これから、どうするんだろうな…」

まさちんは、真子の右横に座った。

「理子ちゃん達、元気に卒業したんか…。素敵な笑顔して…。
 組長の笑顔に…似てるな…これ」

写真を見つめながら、まさちんが嬉しそうに語り出した。

「そうだろ? 俺がカメラマン」
「…腕がいいんか?」

ぺんこうは、フッと笑った。

「まさちんまでも、おかしいな。お前がそんなこと言うなんてなぁ」
「前言撤回。俺は、おかしない! …それより、こないだのお礼、いつしよか?」
「丁寧にせんで、ええからな」

まさちんとぺんこうは、睨み合う。そして、ふと、何かを思ったのか、二人は、同時に側に眠る真子を見つめた。

「いつもなら…なぁ。ぺんこう、ここで、組長が…」
「そうだよな…」

二人は、寂しそうな目で、真子を見つめた。それは、優しい眼差しに変わる。

「…組長、一体、どんな夢を見ているんだろうな…」

まさちんが呟くように言った。

「理子ちゃんから聞いたんだよ。母への思い…あの事件以来
 更に強くなったってさ…。俺も、組長から聞いた。
 そして、夢の中で、母に尋ねたいってね…。だから…
 …恐らく、組長の母…ちさとさんの夢だろう…」
「母の夢?」

まさちんは思い当たる事があった。

「あの事件以来、組長が時々、寝言で言うんだよ…。お母さんって…」
「以前から、組長の心に残ることなんだろうな。いつになったら
 癒えるんだろうな…。目覚めたときに…癒えていたらいいな」

ぺんこうの眼差しは、すごくやわらかく、あたたかかい。
ぺんこうは、続けた。

「ゆっくりと楽しい時を過ごしてくるように…俺、言ったんだよ…。
 だけど、組長が戻ってくる所は、ここだからと…約束もした」
「そうですか…組長…。夢の世界で、ちさとさんと…。
 ゆっくりと楽しんでくださいね。だけど、必ず、
 戻ってきてください…。待ってますから…」

まさちんは、真子の手を取り、祈るように俯いた。
ぺんこうは、サイドテーブルの上の写真立てを見つめていた。理子達が写ったその写真。ぺんこうは、その写真を見て、何か思いついたようだった。



次の日。
再び、ぺんこうが真子の病室にやって来た。
そして、懐から、何かを取り出し、理子たちの写真立ての横にそっと置く。

「組長、今頃、何をなさっているんですか? 帰ってくるのが、
 嫌になっておられるのでは、ありませんか?」

感極まったのか、ぺんこうは、言葉が詰まった。

「…だけど、私たちは、信じてます。必ず、必ず帰ってくることを。
 …そちらの世界より、こちらの世界の方が、楽しいですよ、組長」

ぺんこうが持ってきた写真は、真子の部屋にそっと置かれている、ちさとの写真。
真子を見つめるぺんこうの眼差しは、本当に心が温まる程、優しいものだった…。

写真のちさとも、真子を見守るように微笑んでいた。






橋総合病院の庭。
今年も見事に桜が咲いていた。
入院患者や見舞いに来た人たちが、桜を見上げて、心を和ませていた。
そんな雰囲気を真子愛用の病室の窓から、ぺんこうが眺めていた。同じように病室にいるまさちんは、真子の世話を終え、窓際のぺんこうに、ふと目をやった。

「何してんねん」

まさちんが、言った。

「ん…桜…綺麗やなぁと思ってなぁ」

いつになく、力無い言い方をするぺんこう。

「お前なぁ。もうすぐ新学期やろ。そんな腑抜けになってて
 ええんかぁ?」

そう言いながら、まさちんは、窓際に脚を運んだ。

「たまには…ええやろ…」

ぺんこうが応える。
呆れながらも、まさちんは、ボケッとしているぺんこうの横から窓の外を眺めた。

「ほんま、見事やなぁ。桜」
「あぁ。…でも、本部の桜には、負けるやろな。
 …久しぶりに…観てみたいなぁ」

ぺんこうは、窓枠に寄りかかるような姿勢をして、庭を見下ろす。

「そういや、暫く観てないな」
「俺もだよ。教職に就いてから、長いこと本部に顔を出してないからなぁ」
「…組長、この時期避けてるからな」
「あぁ。桜の木の下で、ちさとさんと楽しい日々を過ごしていたらしいから、
 桜を観ると、思い出すんだろうな」

ぺんこうは、眠る真子に目をやった。

「…ぺんこう」
「ん?」
「庭に降りようか」

まさちんの突然の言葉に驚くぺんこう。

そして……。



まさちんとぺんこうは、二人並んで、橋総合病院の素晴らしい庭をのんびりと歩いていた。
桜並木の側に立ち、見事にピンクに染まった桜を見上げる。

「…新学期、準備できてるんか?」

まさちんが静かに尋ねた。

「あぁ。明後日、入学式や…。楽しみやな。今年はどんな生徒が
 入ってくるのか…。優しい子、真面目な子、ちょっと悪い子…。
 色々な生徒に逢うのを楽しみにしているよ」
「ほんま、お前は、教師やな」
「当たり前や。…組長が俺の生徒になると決まった時は、緊張したよ。
 家庭教師してた頃とは、環境が違っていたしな…。五代目…。
 きちんと分けて接することできるか、心配だったよ。…まぁ、時々
 混じっていたけどな」

ぺんこうは、目の前に舞い降りてきた桜の花びらを手の平で受け取った。そして、微笑む。

「組長のクラスメイトも、組長の正体を知ったのに、あんなにあっさりと
 受け入れるとは、…驚いたよ」

ぺんこうは、受け取った花びらを見つめる。

「…あいつら、時々、学校に遊びに来るよ」
「俺を追いかけ回してたあの子は?」
「安東か?」
「あぁ。既に社会人になってるんだろ?」
「そうやな。短大に進学やったからな。あの明るさで、頑張ってるやろな。
 徳田には、ほんと、俺自身が守られた気分だったよな…。あの時、
 俺に勇気をくれたから…」

ぺんこうが言った、あの時とは、真北ちさと=阿山真子だと打ち明けた時の事。
徳田が言った一言で、ぺんこうの心に引っかかっていた何かが吹っ切れた。

「はじめから、打ち明けててよかったんやで…か。あんなに気にして
 注意していたのにな…。組長の幼い頃の学校での話を聞いていたから
 色々と考えて、細心の注意を払って…なのに、あっさりとしてた…」
「あの年頃は、それだけ、大人に近いってことやな」
「あぁ。自分たちの知っているのは、高校生の真北ちさと。
 阿山組五代目組長・阿山真子は、知らない…そりゃそうやわな」

ぺんこうは、持っていた桜の花びらにフッと息を吹きかけて、手の平から飛ばした。
花びらは、ひらひらと地面に舞い降りた。

「…気合い…入れないとな」

ぺんこうが言った。

「組長…これから、どうするんやろな…」
「何も聞いてないんか?」
「高校進学、そして、大学進学の時と同じ。全く先を考えてないよ。
 何も聞いてない」
「なるように…なるさ…か。…やっぱり、俺、教え方、間違えたな…」
「お前だけ、ちゃうやろ」
「ん? …そうやな…。俺より先に、あの人やったな…」
「そう言うお前は、その『あの人』の影響を、もろに受けてるしな…」

ぺんこうは、まさちんの言葉にカチンときたのか、ギロッと睨む。

「何も、睨まなくてもええやろ。ほんまのことやしな!」
「そうやけど、あんまし、話したくないんや…そのことは」
「…お前自身も、引っかかることやな、それは」
「まだ、葛藤中」
「ま、がんばれよ」
「…あぁ。ありがとな…」

意外にも素直に礼を言うぺんこうだった。




庭に居る二人を見つめる目が四つ…。

「あの二人、仲ええんやろ」
「そうだな…」

それは、橋の事務室で、真子の病状を話している橋と真北だった。

「それにしても、見事だな、桜」
「ん? そらなぁ。その季節を味わってもらいたいしなぁ。
 少しでも、患者の心が和んで欲しいんや」
「でも、手入れやったら、くまはちの方が上やな」
「ほんま、くまはちって、凄いな…。何でも出来るんや…」
「いつの間にか、色々な事を身につけてるよ。あれは、性だろな。
 親父に負けたくない…っていう意志も働いて…」
「父を上回る五代目を守るには、そこまで必要や…っつーことやな」
「だな…」

真北は、ポケットに手を突っ込んで、口を尖らせる。

「何や、不満なんか?」

真北は、軽く頷いた。

「立派な五代目、しとるんやろ。お前が推す程…」
「それが…不満や…。これで、よかったのか…って。危険な世界に
 自ら飛び込んできた真子ちゃんを支えていく…それで、本当に
 良かったのか…ってね…」
「…ええねんって、それで。あいつら観てたら、わかるやろ」

橋は、桜の木の下で暢気にしている二人を見つめていた。真北も同じように見つめていたが、橋の言うことが、今一、解っていないような表情になる。

「ふっ…。ま、お前が解らんのやったら、何を言うてもあかんな。
 俺は、任侠の世界は、ようわからん。ただ、体を傷つけるという
 そういう存在やからな…。人を傷つける事が平気、自分を傷つける
 事が平気…そういう存在や。それを治すことが、俺の仕事やけどな」
「水木たちが、昔っから、世話になってるんやったな…」
「そうや。阿山組の事、かんなり悪く言われてたで、あいつらには」
「そうだろうな…あの抗争の時、かなりの怪我だったんだろ?」
「そうやで。俺、三日三晩、寝ずに治療やった。水木とその組員やろ、
 須藤と組員達、川原や藤…谷川…大阪のやくざほとんどやったぞ…。
 だから、俺、お前が阿山組に居るって聞いた時は、ほんまに、
 心配したで…」

真北は、苦笑い。

「そやけど、今は、ホッとしとる。お前の考えも解ったしな」

橋は、微笑んでいた。
その微笑みには、橋の心が現れていた。
本当に、親友を心配し、安心したという表情だった。

「これからも、大変やろうけど、俺は、いつでもお前の支えに
 なるから…。いつでも甘えに来てええからな…」
「…ったく、俺は、いつまでもお前に頼ってばかりやな…」
「気にすんなよ」
「お前のその、揺るぎない心は、どこから来るんや?」
「自分に誇りを持ってるからだよ。自分のこの腕で、瀕死の重傷を負った
 人を助ける。…これも、真子ちゃんのおかげや。真子ちゃん自身、
 ほんとに危険な目に遭ってばかりやもんな。本来なら死んでも
 おかしない、怪我やったやろ、頭」
「あぁ、そうだよな…」
「俺自身、もっと腕を磨いて、死人でも生き返らせるつもりで、
 頑張ってるからな。真子ちゃんに逢ってからは、失敗なしや」

そう言って、橋は真北を見つめた。

「…もしも…の時は、俺に言えよ」
「あぁ。その時は、頼んだで」

二人は、見えない絆で強く結ばれている。
それは、誰でもない、二人が知っていること。
そして、その絆には、真子が関わっていることも、肌で感じていた。

「早く、解決せぇよ」
「…それは、難しいな…」

ここにも、一つの事を心配する者が居た。
根の深い厄介事。
それを心に秘めながらも、毎日を過ごす真北、そして、ぺんこう。
それは、真子が一番気にしていること。そして、ちさとが、いつも気にしていたこと。





桜吹雪が、舞う時期。
それは、突然、起こった。


まさちんは、この日も、花を花瓶に入れ、真子の病室に飾っていた。

「ったく、健の奴、これじゃぁ、花屋やないかぁ」

まさちんが、見渡す病室。そこは、本当に花屋かと見違えるほど、色んな花で埋め尽くされていた。健が毎日、毎日、届けさせている花。それは、真子の目が覚めたとき、驚くようにという魂胆。
そこへ、ぺんこうが、やって来た。

「うわぁ、また増えてるんやなぁ」
「毎日、大変やで、これは」
「少し、家に持って帰ろうか?」
「そう言ったら、健に怒られた」
「なんで、怒られるんや?」
「家にじゃなく、俺が、女に…と思ってるらしい」
「言えてるな」
「るせぇ!!! …って、お前、早いな…まだ、昼間…」
「今日は土曜日」
「クラブは?」
「今年は顧問なし」
「なるほどね…」

まさちんは、病室の窓を開けた。
風がそよそよと、病室のカーテンを揺らし始める。

「桜吹雪、見事やなぁ」

まさちんは、そのまま、庭を見下ろしていた。

「さっき、下を通ってきたけど、見事なピンクの絨毯やった。
 踏むのを躊躇ったで」

そう言いながら、ぺんこうが、窓に歩み寄ってくる。

「そういや、お前、水木んとこの桜姐さんと、何かあったんか?」
「はぁ?」

ぺんこうの突然の質問に、驚いた声を挙げるまさちん。

「何を突然」
「なんかな、噂やけど、桜姐さん、まさちんの話ばっかりしてるらしいで」
「って、お前が、何でそんな話ししてるんや? 組関係は、知らんやろ」
「だから、そんな俺のとこに、噂が来るくらい、すごいってことや。
 …確か、組長と、水木んとこに泊まった事あったよな。その時、
 何か、あったやろ…言うてみぃ〜?」

ぺんこうは、怪しい眼差しで、何か企むような言い方をした。

「何もない!」

まさちんは、力強く応えた。しかし、その言葉には、本当に何か隠しているような感じが含まれていた。

「ほほぉ〜?」

疑いの眼を向けるぺんこう。そんなぺんこうの胸ぐらを掴みあげるまさちん。
その腕を返して、まさちんの胸ぐらを掴みあげるぺんこう。
その腕を返して、ぺんこうの胸ぐらを……。
二人のやり合いが、始まった…。

「言うてみぃ」
「何もない!」
「言えよ!」
「言えない!」
「言え!!」

そんな言い合いが、永遠と続いていた……。

その時だった。

ピューーーーー!

「うわっ!」
「いきなりだな」

強風が、病室に吹き込んできた。
その強風にベッドサイドのテーブルに飾っている写真立てが風で倒れた。
慌てて窓を閉めるまさちん、そして、倒れた写真立てを立て直すぺんこう。
窓の外は、桜の花びらが風で舞い上がっていた。

「う、う〜ん……」

真子がうなった。

「組長?!」

まさちんとぺんこうは、慌てて駆け寄り、真子を覗き込む。その表情は、すっとぼけた表情だった。

「まさちん…ぺんこう…。変な顔ぉ〜」

真子が、目を覚ました。
そして、目の前のすっとぼけた表情の二人を観て、そう言って、笑っていた。
まさちんとぺんこうは、何も言わず、同時に、真子を力一杯抱きしめた。

「おかえりなさい、組長」

まさちんの声は震えていた。

「待ってましたよ、組長」

ぺんこうの声は力強かった。

「…ただいま」

真子は、二人の首にしがみつくように腕を回していた。
その仕草は、まるで、この世界から離れたくないような感じだった。

…自分の大好きな世界…。
自分が新たに築き上げた世界…。





真子は、ベッドに座り、手には写真立てを持っていた。その写真は、理子達が写っている卒業式の時の写真だった。そして、もう一つの写真立てを手にして、静かに語り始めた。

「夢…見ていたんだ…。お母さんの」

真子は、写真の中のちさとを見つめていた。

「…私は、お母さんが亡くなった、あの幼い頃に戻っていた。
 …公園でブランコに乗って、滑り台で遊んで……。いろいろと
 お母さんと遊んだ。…楽しかったぁ〜」

真子の表情が、幼くなっていた。
まさちんとぺんこうは、そんな真子を優しく見つめていた。
真子は続けた。

「これは夢でなく現実かもしれない…。組長として過ごしていた
 時間が実は、夢だった…。そう思えて仕方がなかった。
 そのうち、お父様が、やってきた。あんなに父親のふりを
 していたお父様が…。…三人で楽しい時間を過ごしていたんだ。
 周り一面、桜の色に染まっていた。とても綺麗だったぁ」

真子の口調でも解る。
本当に綺麗な場所だったのだろうと…。

「……そしたらね、突風で、桜吹雪となったの。その時だった。
 懐かしい声が聞こえた」

真子は、まさちんとぺんこうを見つめた。

「その声を聴いた途端、今の私に戻っていた。
 そしたら、お母さんが……。帰るようにって。
 私の…こんな私のことを一番心配しているみんなの
 ところに、戻りなさいって…」

真子は、遠い目をしている。
まさちんとぺんこうは、そんな真子を見つめ、なぜか言葉が出てこなかった。
すると、突然、真子は笑顔になった。

「まさちん、ぺんこう、これからもお世話になります。よろしくね」

真子は、深々と頭を下げていた。

「…組長…」

まさちんは、やっとのことで、声を出す。

「組長…それは、私たちの言葉です」

ぺんこうが、静かに言った。

「宜しくお願いします!」

まさちんとぺんこうは、力強く言って、頭を下げた。

「まさちん…ぺんこう……。…何を言い争っていたの?」
「えっ、いえ、その……」

まさちんは、戸惑っていた。

「男同士の話です」

ぺんこうは、微笑みながら、言った。

「ふ〜ん。ま、二人が仲良しなら、何も言わないけどね!」

真子独特の笑顔が現れる。

これが、本当の組長だ…。
やっと、戻ったっ!!!

ぺんこうとまさちんは、それぞれ、心にそう思っていた。
二人は、お互い見つめ合い、微笑み合っていた。
そんな表情を見逃すはずのない真子。

「私が、眠っている間に、二人で何か遭ったでしょ? ほんとに。
 私が知らないうちに、二人の間に、何か芽生えてるぅ〜!!!」
「そんなことは、ありません!」

まさちんとぺんこうは、声を揃えて叫ぶ。
同時に叫んだことで、二人は、お互いにらみ合った。そして、胸ぐらを掴みあげ…。

「…もぉ〜…いい加減に、しなさぁぁぁい!!!!」

阿山トリオ…健在……。






真北は、久しぶりに事務処理に追われていた。
真北の机の周りは、書類やファイルの山、山、山…その中で埋もれるような感じで、書類に書き込んでいた。
真北のデスクの電話が鳴った。

「真北さぁん、電話鳴ってますよぉ」

少し離れた席で、同じように事務処理に追われている原が、真北に言った。

「…解ってる。原、出ろ!」

真北は、ぶっきらぼうに言った。

「ったく…電話が埋もれてるから、出れないんでしょぉ」
「うるさい!」
「はいはい…もしもしぃ〜」

原は、自分のデスクの電話の機能ボタンを押して、真北に掛かってきた電話に出た。
応対している原の表情が、ムッとしたものから、明るいものに変わり、声も、高らかになっていた。

「すぐ変わりますぅ」

原は、保留ボタンを押して、真北を見た。
真北は、苦手な事務処理をしていることで、苛々している……。

「真北さん」
「…なんや、俺はおらん言うとけ」
「…本当に伝えますよ。真子ちゃんからなのに」
「…!!!!!!」

ドッサァァァァ〜!!!

真北は、『真子』という言葉に、我を忘れてしまったのか、机の上の書類やファイルを払いのけた。そして、その下に埋もれていた電話を見つけ、点滅しているボタンを押して、受話器を取った。

「お電話代わりましたぁ〜」

真北の表情は、思いっきり緩んでいた。
電話の向こうでは、真子が、思いっきり話しているのか、真北は、ただ、頷いているだけだった。そんな真北の側では、原が、周りに散乱した書類やファイルを一つ一つ拾い上げ、机に戻していく。
ふと真北に目をやった原は、驚いた。
真北の目は、潤んでいる。

「そうですね。今日は、無理ですね。はい。…くっくっく…」

真北は、笑っていた。
どうやら、受話器の向こうには、真子だけでなく、まさちんとぺんこうも居る様子。長電話になっていることで、何やらもめ始めたようだった。

「組長、お話は、そちらに伺った時に、たっぷりとお聞きしますから、
 今日は、これで。…後ろの二人がうるさいですから。えぇ。…はい。
 …はっはっはっは…はいはい。ありがとうございます。組長も」

真北は、微笑みながら、受話器を置いた。そして、大きくため息を付いて、両手を頭の上に置きながら、椅子にもたれかかった。
その表情は、凄く安心した表情だった。

「おめでとうございます」

原が、真北の横に立っていた。

「ん? …あ、あぁ。ありがとな」
「思ったよりも、元気な声でしたね、真子ちゃん」
「眠り姫が目覚めた途端、大騒ぎやな」

真北は、嬉しそうに微笑みながら、原を見つめて言った。

「あの二人ですか」
「相変わらず…だよ」

真北は、真子に怒られているだろう二人の姿を想像しながら、原が拾い上げた書類やファイルを広げて、楽しそうに仕事を続けていた。
原は、そんな真北を優しい眼差しで見つめながら、自分の席に座り、仕事を続ける。

真北さんに笑顔が戻った……。




橋総合病院。

真子は、ナースステーションで、電話をしていた。

「組長、目を覚ましたという事をお伝えするだけだとおっしゃったのに
 …長電話…」
「ええやんかぁ、まさちんはぁ」
「そうですよ。それも、眠り姫が目覚めた途端…」
「ぺんこうまでぇ〜」

真子は、ふくれっ面になっていた。

「病室に戻りますよ」

ぺんこうは、優しく声を掛け、真子に手を差し出した。
真子は、寝起き直後と体力の弱体から、まだ、体を起こすことしかできなかった。
病室から、ナースステーションまでは、ぺんこうに抱きかかえられて、来ていたので、病室へ戻るのも同じようにと、ぺんこうが真子を抱えようとしていたが…。

「帰りは、俺や」

ぺんこうの手を払いのけるように、まさちんが、真子に手を差し出した。

「お前は、疲れてるやろ。遠慮せぇや」

ぺんこうは、まさちんの手を払いのけ、真子に手を差し出した。

「あのなぁ〜」

そんなやり取りが、真子の目の前で繰り返されている。
看護婦が、そっと真子に近づき、耳元で言った。

「橋先生、手術終わったそうだから、直ぐに来るよ」
「じゃぁ、橋先生に、頼む。このまま、ほっとくわ」
「…いつまで、続くのかなぁ」
「私が止めるまでね」
「この二人のやり取り、いつ見ても、おもろいわぁ」

看護婦が、真子の側にしゃがみ込んで、笑っていた。

「時々なら、いいんですけどね」

真子が嘆く。
その言葉は、まさちんとぺんこうに聞こえていたのか、二人は同時に真子を睨み、そして、声を揃えて、

「組長ぅ〜!! 言い過ぎです!!」

言い切った。

「聞こえてた…?」
「すぐ側なんですから、聞こえますよ!!」

そう叫んだ途端、その二人の真後ろに、誰かが仁王立ちした。
異様な気配を感じた二人は、すぐに振り返り、そして、ゆっくりと見上げていく。
その男は、橋だった。
すんごい剣幕で二人を見下ろしていた。
そして……。

ガツン、ゴン!!



橋は、真子を抱きかかえて、病室のベッドに運んできた。そして、診察を始める。ドアの所には、まさちんとぺんこうが、頭に手を当てて、立っていた。
橋から、思いっきり強いゲンコツをもらった二人は、少しふくれっ面。

「…異常なしやな…」

橋は、不思議な顔をして、診察を終え、布団を掛ける。

「すっかり体力が戻ってるで…。一体、あの弱り方はなんやったんや…?」

橋は、真子の目を見た。

「…だからって、そんな目をしても、直ぐに許可は出せへんで。
 歩くのもやっとやろ? それに、急に体を動かして、再び…って
 ことになったら、今以上に、困るからなぁ〜。暫くは、
 病室から出たらあかんで。わかったかぁ〜お前らもやぁ」

立ちつくすまさちんとぺんこうは、ただ、細かく頷くだけだった。

「寝起き一番に、病室を抜け出すなんてなぁ〜」

橋の目つきは怖い…。

「二人を責めないで下さい…。橋先生…私が、頼んだの…。
 真北さんが、一番心配しているだろうから、真っ先に
 元気な声を聞かせてあげたかったの…。ごめんなさい…」
「あいつは、何て言ってた?」
「今日は、忙しいから、明日…」
「…なるほどな。ま、今日は、三人で、積もる話も山ほど
 あるやろうから、喧嘩せんように、仲良く話せよなぁ」
「はい」
「…おっと、忘れとった」

橋は、そう言って、真子を見つめた。

「ん? 何?」

真子は、きょとんとして、橋を見る。

「お帰り、待ってたで!」

橋は、素敵な笑顔を真子に向けた。それは、珍しかった。橋は、笑顔を見せないことで、有名な外科医。

「…ただいま!」

真子もとびっきりの笑顔で、橋に応えた。



(2006.3.29 第三部 第四十九話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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