任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

復活の予兆 第一話
天地山ホテル支配人の……

自然が美しい天地山。
この冬は、久しぶりのドカ雪で、一面真っ白銀世界。
その天地山にある高級ホテルこそ、『天地山ホテル』。
この冬も、常連客で賑わい、従業員も笑顔で応対している。その笑顔が、常連客の心も和ませていた。
その様子を、このホテルの支配人が、眺めている。
常連客に声を掛けられ、優しく応え、丁寧に挨拶をする。

……が………、
支配人は、ソワソワしていた。いつになく、浮ついた心で落ち着かない。
いつも以上にホテルのチェックを欠かさない。

「支配人、またチェックしてる…」

従業員が、思わず呟いた。その声は、支配人に聞こえていたのか、振り返った。

「あっ、いや……つい…」

と応えながら、時計で時刻を確認する。

「大丈夫ですよ。いつもよりも輝いてます。それに、まだですよ」
「そうですね。それより、部屋の方は…」
「準備出来ております」
「…列車…」
「遅れてません」
「…………」
「………支配人……。…大丈夫ですか?」

思わず心配そうに声を掛ける従業員に、支配人は、

「三年ぶりなんですから…。それに、今回は、いつもと違って…」
「心得てます」
「……俺が……心配なんだって…」
「……支配人。いつも通りで」
「…そうですね。すみません」

支配人は、苦笑い。
再び、時刻を確認する。
送迎バスが到着する時間が迫っていた。

「バスも遅れずに走っていますよ」
「そうですね」

送迎バス到着予定の電光掲示板には、『遅れ無し』と表示されている。
自動ドアが開いた。
支配人は思わず、目をやった。しかし、待ち人では無かったのか、少し寂しげな表情に変わった。
その自動ドアから入ってきたのは、車椅子に座る男性と、その車椅子を押す男性の二人だった。
初めての客。まさは、受付に予約客リストを確認させる。

『守山 慶人』と『守山 春造』の兄弟。備考欄には、春造は車椅子と書かれていた。
従業員が守山兄弟に声を掛け、チェックインの案内をする。慶人がチェックインをしている間、春造は窓の外を眺めていた。

「本日は頂上の方は吹雪いておりますが、明日にでも
 どうでしょうか? ご案内致しますよ?」

支配人が声を掛けた。しかし、春造は何の反応も見せず、ただ、窓の外を眺めているだけだった。

「お心遣い、ありがとうございます」

声を掛けてきたのは、慶人だった。
雪山に来るにしては、不釣り合いな紳士的な服装を身に付けた慶人は、春造の車椅子に手を置き、そっと押し始めた。

「申し遅れました。当ホテルの支配人、原田と申します。
 本日は御予約、ありがとうございます」

支配人・原田は、深々と頭を下げた。

「一週間ほど、お世話になります」
「何か御座いましたら、御連絡くださいませ。お部屋までご案内を」
「はい。守山様、こちらでございます」
「よろしく」

守山兄弟は、従業員と共にエレベータホールへと向かっていった。
原田は丁寧に見送った。
三人の姿がエレベータへと消えたと同時に、再び時刻を確認する。

もうすぐ……だよな……。

ふと笑みが浮かんだことに気付いた原田は、気を引き締めた。

「支配人、少しよろしいですか?」

エレベータホールへ戻ってきた守山兄弟を案内した従業員が声を掛けてきた。

「どうしました?」
「守山様は、お部屋の方で満喫されるそうです。お食事のご案内と
 温泉、そして、頂上へのご案内を説明しておきました」
「ありがとう。春造様のお体の具合は?」
「御自身で車椅子へ移動することが可能だそうです。ただ、
 車椅子を動かすまでの力は無いということです」
「そうでしたか。それでしたら、電動車椅子の用意も必要ですね。
 天地山病院の方へ連絡お願いします」
「かしこまりました」

従業員に指示をした後、原田は、またまた時刻を確認する。
その時、自動ドアが開いた。
少し賑やかな団体客が入ってきた。
その中に……。

お嬢様……。

原田の表情が、とろけた。

「支配人、支配人!」
「ん?」
「顔っ!」
「あっ…………」

直ぐに顔を引き締める原田。
団体客の中に居た女子高生の一人が、受付で働く牧野かおりと話し込んでいた。
更に気を引き締めた原田は、受付へと歩み寄り、

「これこれ、おしゃべりは駄目ですよ」

優しく声を掛けた。その声に振り返った女子高生が、原田に素敵な笑顔を見せた。

「ようこそ、いらっしゃいませ。当ホテルの支配人、原田でございます。
 御予約ありがとうございました。ごゆっくりとおくつろぎ下さいませ。
 宮田がお部屋までご案内致します」

丁寧に頭を下げ、そして、顔を上げると、そこには、待っていた笑顔があった。

「…なんだか、すっかり別人扱いだね。まささん」
「当たり前ですよ」

ニッコリと微笑んで応えた原田だった。
そして、女子高生とその仲間たちの荷物を運んでエレベータホールへと向かっていった。


「…支配人が荷物を運んでる…」
「そりゃぁ、相手が真子ちゃんだもん」

従業員が話すように、原田が待っていた客とは、真子達だった。


この日、女子高生となった真子が、クラスメイトと共に、天地山へとスキーを満喫しにやって来た。しかし、真子は、自分の正体をクラスメイトには内緒にしている。高校には偽名『真北ちさと』と名乗って通っていた。
それは、真子の立場・阿山組五代目組長を隠すためでもあり、周りに迷惑を掛けない為でもあった。



到着した途端、スキーを楽しむ真子達を見送った原田は、仕事に戻る。
いつになく、寂しいが、心は満たされていた。
真子が天地山で楽しむ時は、例え仕事が忙しくても、真子の側から離れなかった原田。それは、真子の心を和ませ、笑顔を増やすためでもあった。しかし、今年は違う。
常に側に居たいが、真子を別人として扱わなければならない。何よりも、真子が同年代の者達と楽しむことは、実に初めてであるがため、その時間を大切にしてあげたい。

いつになく、『寂しい』。

窓の外を観ると、真子はクラスメイトと目一杯楽しんでいる。笑顔が輝いている。
年相応に見える。

いつになく、寂しいが、『心が満たされていた』。


エレベータから客が降りてきた。
守山兄弟だった。
原田は素早く駆け寄り、声を掛ける。

「守山様。よろしければ、電動車椅子を御利用なさいませんか?」
「お心遣い、ありがとうございます。でも…一人にはさせられませんので、
 常に私が側に居ますので、大丈夫です」

慶人が優しく応え、

「それより、温泉に浸かりたいのですが、貸し切りは可能ですか?」

尋ねてきた。

「今の時間なら、大丈夫ですよ。そろそろ準備中に切り替わる時間です。
 ご案内いたします」
「あぁ、よろしく」

原田は二人を温泉へと案内する。
方向変換をしたにもかかわらず、車椅子に座る春造は、窓の外を見つめていた。
そこには、真子たちが楽しむ姿が見えている。
春造の口元が、スゥッとつり上がった。




温泉から上がった守山兄弟がエレベータホールで待っている時だった。
真子達がゲレンデから戻ってきた。賑やかに話ながら、エレベータホールへと向かってくる真子達に、守山兄弟が気付いた。車椅子に座る春造が、一人で車椅子を動かし始めた。そして、真子達の横をすり抜けるように、去っていく。突然の行動に、慶人が驚き、春造を追いかけていった。
二人の不思議な行動に、真子達は気付いていた。エレベータに乗った真子達は、先程の二人の事を話し始めた。

「…車椅子でもスキーを楽しめるんかな? なんか恐そうやわ」

真子のクラスメイトが、ふと言った。

「スキーじゃなくて、温泉か頂上かもしれないよ」
「頂上って、行くのは難しいんちゃうん?」
「大丈夫。ちゃぁんと移動手段はあるもん」

真子が自慢げに話していた。

「でも、真北さんは、スキーで行くんやろ?」
「その通り! どっちでも楽しめるよぉ」

賑やかなエレベータ内。一緒に居る真子のクラスの担任と真子の兄は、その会話に耳を傾けていた。



天地山ホテルの玄関の自動ドアが開き、春造が飛び出してきた。車椅子の為、スロープの方へ方向変換したが、上手く操作が出来ず、倒れてしまう。

「!!! まだ、無理だと申したでしょう?」

倒れる寸前、慶人が春造を支えていた。
春造は、慶人を睨み付ける。その眼差しに恐れることなく、慶人は春造を車椅子に座らせ、服を整えた。
その手を払う春造は、再び自分で車椅子を動かし、スロープを降りていった。その後ろを静かに付いていく慶人。二人は、少し離れた場所にある広場へと向かっていった。

二人の様子を、原田が見つめていた。

まさかな……。




夕方近く、真子は天地山の頂上に来ていた。側には担任である山本芯=ぺんこうも居る。
二人は、景色を眺めながら色々と話していた。

「まさちん、大丈夫かなぁ」

真子が言った。

「ほんと、安東は、まさちんの事が好きだもんなぁ。
 学校に居る時は、ずっと尋ねてくるんでしょう?」
「うん。嬉しいやら、嬉しくないやら…なんか複雑だなぁ」
「まぁ、あいつは、組長の事しか頭にありませんから」

嫌な事だけどな。

という言葉は声に出さず、ぺんこうは、真子に目をやった。
何か悩んだ表情をしている。

「心配ですか?」
「…う…ん……。……さっき、エレベータに乗るときに居た二人…」
「…あのお二人ですか? …何も感じませんでしたが…」
「そっちじゃなくて…。……騒がしかったのかなぁと思って…」
「そう言えば、逃げるように何処かへ…」
「悪いことしちゃったかな…」

真子は、少し哀しげな表情をしていた。

「くつろぎに来てるのに、騒がしくしてご迷惑をお掛けしたのかも…」
「次、お会いになった時にでも、声を掛けてみてはどうですか?
 こちらに居る限り、何度かお会いする事もあると思いますよ」
「うん…」
「それに、危険は感じませんでしたよ」
「…うん…」

ぺんこうが優しく言ったものの、真子は煮え切らない感じだった。

ったく…。

ぺんこうは、真子の頭をそっと撫でた。

「今夜はクリスマスパーティですよ。まさからスピーチを
 頼まれてるのではありませんか?」
「!!! そうだった…。まささん、どうして、そう張り切るんだろう。
 今年は真北ちさとで来てるのにぃ」
「まさにとっては、阿山真子ですから仕方在りませんよ。
 スピーチ、頑張って下さいね」
「ばれないかな…みんなに…」
「その辺りも、まさに任せておけば、安心ですよ」
「そうだよね…まささんに、任せておく」

ぺんこうは、時刻を確認する。

「そろそろ戻りましょうか。衣装合わせの時間もございますし」
「はぁい。…ぺんこうも、張り切るの?」
「今回は教師ですので、それに合わせてもらいますよ」
「楽しみにしてる」

真子の笑顔が輝いた。
沸き立つ思いをグッと堪えて、ぺんこうは歩き出す。

「待ってよぉ」

真子は追いかけて行った。



天地山ホテルの自動ドアが開き、守山兄弟が入ってきた。従業員に案内され、エレベータホールへと向かっていく。

「本日午後六時より、パーティー会場の方で、クリスマスパーティーが
 始まりますので、お時間が御座いましたら、どうぞ、ご参加下さいませ」
「ありがとうございます」

エレベータが到着し、守山兄弟は静かに乗り込んだ。
上昇するエレベータの中、慶人が春造に声を掛ける。

「参加いたしますか?」

春造は、そっと頷くだけだった。




午後六時。
天地山ホテルのパーティー会場では、毎年恒例・クリスマスパーティーが開催されていた。
真子達も、豪華な衣装に着替えて参加していた。
会場の中央には、大きなツリーがそびえ立ち、色とりどりに飾り付けられている。その周りには、テーブルが置かれ、その上には豪華な料理が、これまた、ツリーに負けないくらい、色とりどり。それらを囲むように、パーティードレスに身を包んだ女性達や紳士的な服装の男性達が大勢集まっていた。各々が挨拶をし、話し込んでいた。
会場のドアが開き、守山兄弟が入ってきた。会場の隅の方に移動し、会場内を眺めていた。

「何か取ってきます」

慶人が声を掛け、近くにある料理を皿に盛り、持ってくる。
春造は料理を口に運びながら、会場内にいる人々を一人一人確認するように見つめていた。その中の一人の女性と二人の紳士に目が留まる。
口元が、そっとつり上がった。



「皆様、本年も当ホテルと御利用下さいまして、ありがとうございます。
 本年もこうして、クリスマスパーティーを開催でき、嬉しく思います。
 さて、今年は、真子お嬢様が来られました。皆様とも、久しぶりに
 お会いするとのことで、御挨拶するとのことです…」

原田が真子を壇上に招き、マイクを渡した。
真子は照れながらも、マイクを手に、挨拶を始める。
春造の眼差しは、壇上で笑顔を見せる真子に向けられていた。
手にしたフォークをグッと握りしめ、後ろに立つ慶人に何かを告げた。

「御意」

静かに応えた慶人は、会場にいる人々を見つめるだけだった。
春造が見つめる真子が壇上から降り、会場の一人一人に近づき、笑顔で挨拶をする。真子の後ろには、二人の紳士が常に付いていた。

「ここには、二名ですね。支配人が対処すると思います」
「…あぁ…」

春造は別の所に目をやった。
そこには、『真北ちさと』のクラスメイトの姿がある。どうやら、真子の姿をこっそりと見つめ、何かを話している。教師が、一人の女生徒と話していた。ふと、人の気配を感じ、目線を移すと、そこに、『真北ちさと』のクラスメイトが立っていた。

「こんばんは」

優しく挨拶をしてきたのは、徳田という男子生徒。
春造が軽く会釈をし、慶人が挨拶を返した。

「こんばんは」
「…その……。昼間は、すみませんでした」
「昼?」

徳田の発した言葉の意味が解らず、聞き返す慶人。

「…俺達が騒がしくしていたから、…申し訳御座いませんでした」
「どういう…ことですか?」
「エレベータを待っていたのに、俺達が騒いでいたから、その…」

言いにくそうな徳田だった。しかし、慶人が言いたいことを察し、

「忘れ物を思い出したので、引き返しただけですよ。
 もしかして、今まで気にしてましたか?」
「あの後、色々と話してて、それで…」
「お気を使わせてしまいましたね。…ありがとうございます。
 騒がしいとは思いませんでしたよ。凄く楽しそうだと…。
 こちらには、初めてですか?」
「えぇ。俺達大阪から来たんですよ。…その…高校生が、こんな豪華な
 スキー場で楽しむのは、本当は贅沢だと思ったんやけど…クラスの
 真北って、女生徒が誘ってくれてん」
「真北?」
「毎年来てるらしくって、あっ、今はお兄さんとナイトスキーを楽しんどるんやけど、
 学校のスキー講習が凄く安くて、毎年申込者が殺到するんやて。それで、
 俺達も申し込んだんやけど、定員に達してて、残念がってたんや」
「学生さんたちでも楽しめるように、お安いんですね」
「そうやねん。それでな、残念がってる俺達に、真北が急に言ったんや。
 天地山のスキー場なら、申し込めるけど…って。よくよく聞いたら、
 真北のお父さん関係で、毎年来てたんやって……って、俺、何を話してるんやろ」

ただ、謝りに来ただけなのに、徳田は、天地山スキー場へ来た経緯を、嬉しそうに語り始めていた。その話に耳を傾ける守山兄弟。春造は耳を傾けながら、料理に目をやっていた。慶人が徳田の話に合わせている。

「そうでしたか。その…真北さんのお父さんは、どのような関係ですか?」
「親父さん、刑事やねん。その関係で、ここの支配人と親しいらしいねん。
 会場の人達を観て気付いたんやけど、真北の親父さんって、相当な
 地位の人やと思うで……って、ほんま、俺…何話してんやろ…」
「他のみなさんは、料理を楽しんでおられるようですね」
「すんごい美味しいんやもん。でも、おれ…お二人を見かけたから、
 気になってて…」
「ありがとうございます」
「何か、料理、持ってきましょうか?」
「いいえ、お気遣いなさらずに。私が取りに行きますので」
「そっか。…うわ…近づいてきた…」

徳田が何かを見て、そう発した。思わず目線を合わせた慶人。
そこには、真子と二人の紳士の姿があった。

「ほな、俺……戻るわ。楽しんでくださいね!」
「えぇ。ありがとう」

徳田は、深く頭を下げてから、クラスメイトの所へと駆けていく。そして、何かを告げたのか、クラスメイトが振り返り、守山兄弟に軽く会釈した。
慶人も頭を下げる。

「どういう事なのでしょうか…」
「知らん…」

春造は、ボソッと呟いた。
直ぐ近くに真子の姿があった。春造は料理を膝の上に置き、車椅子を動かした。

「!!! だから、勝手に……」

春造と慶人がツリーの下にやってきた。そこには、教師と女生徒が、真子を見つめながら何かを話している姿があった。
教師が振り返る。

「こんばんは」

挨拶をしてきた。

「こんばんは」

慶人が挨拶を返す。

「昼間は、うちの生徒が騒ぎまして、申し訳御座いませんでした」

教師が、深々と頭を下げた。

「いや、先程も、徳田くんがお話をしてきましたよ。騒がしいのが
 嫌で去ったのでは無いのですが…」
「それでも、あのような場所で騒ぐのは…。教育が行き足らず、
 本当に申し訳御座いませんでした」
「お気を使わせて申し訳御座いません」

慶人も深々と頭を下げる。

「こちらには、初めてですか?」

またしても、同じような質問を投げかける慶人に、春造は目で何かを語った。

「生徒の一人が、こちらの支配人と懇意にしてるらしくて、
 スキーに行きたがっている生徒達を誘ってくれたんですよ。
 でも、あいつらだけだと心配だったので、こうして、私も
 付いてきて、…つい、楽しんでしまってます」
「その生徒…真北さんは、お兄さんとナイトスキーを楽しんでるとか?」
「!!! もしかして…」

思わず警戒する教師だが、

「先程、徳田くんが、ここに来た経緯を語ってくれましてね…」
「そうでしたか…。すみません、あいつは、ほんと、よく喋る…」

困ったような表情の中に、少し喜びを感じた。

「優しい生徒さんですね」

慶人が言った。

「自慢の生徒たちですよ」

自信たっぷりに言う教師に、慶人は微笑んだ。

「先生ぃ〜、そう言って、何か企んでるやろぉ」
「こらっ、野崎っ!」
「真北さんに言ってやろぉ。いや、もしかしたら、聞こえてるかもぉ」
「ん?」
「こっち観てるもん」

そう言って、教師の側に居た女子生徒が、手を振っていた。

「こ、こら!! それは…」

何故か焦ったように女子生徒の手を引き下ろす教師。

「大丈夫やって。みんな、居らんもん」
「えっ?」

見渡すと、高校生風の人達は見当たらない。

「ホテルにあるゲームセンターに行くといってましたよ」

慶人が応えた。

「…ったく……あいつらはぁ〜」
「大丈夫ですよ。ここでジッと出来ない年頃でしょうし、それに、
 気に掛けて下さるほど、優しくて出来る生徒さんですから、
 他の方々には、迷惑を掛けませんよ」
「ありがとうございます。ったく…」

困ったような表情で、口を尖らせる教師だった。
その表情を見ていた春造が、笑みを浮かべ、何かを隠すように、顔を背けた。

「初めまして。阿山真子です。…えっと……山本先生と
 野崎理子さん」
「……何か違和感ある……」

真子に声を掛けられた理子は、思わず呟いた。

「改める必要ないやんかぁ、もぉ」
「それでも、ここでは、別人だもん………」

と言った真子は、口を噤み、何かを睨み上げた。
そこでは、何やらごそごそとする二人の男の姿が…。

「ここでは、駄目だと言ったでしょう? まささん…」
「はっ」

原田が短く返事をした途端、鈍い音が聞こえた。
腹部を抑える教師と、真子の側に居た紳士。

「ったく……」
「……ほんと、仲良いいやなぁ、先生とまさちんさん」
「仲良くありません」

声を揃える教師と紳士。
それには思わず笑い出してしまった春造だった。

「やっと笑った」

真子が言った。

「会場の隅で、ジッとなさってたので、気になってました。
 こちらには、初めてですよね、守山慶人さんと春造さん」
「え、ええ。最近、こちらの方面に越してきまして、この天地山に
 良い温泉があると耳にしたので、こうして、この時期ですが、
 来てみたんですよ」
「温泉、どうでしたか?」

原田が尋ねた。

「疲れも癒えましたよ」
「料理、どうですか?」

今度は真子が尋ねる。

「心も和みますよ」

やんわりと慶人が応えた。すると、真子の表情が更に綻んだ。

「良かったぁ。たくさんありますので、たくさんの種類を楽しんでくださいね。
 それと、頂上でも楽しんでください。支配人がご案内するそうです」
「いや、それは…」
「大丈夫ですよ。どんな方にでも楽しんで頂けるようになってますから」
「お嬢様、例の方がお見えですよ」

原田が、そっと真子に告げた。目線を移すと、そこには、周りに溶け込むような感じで歩いている紳士が居た。

「おじさん、今年も変装してるんだ…」
「毎年、違った姿ですよ。今年はお嬢様に会えることを楽しみにしていたそうで、
 ……いつも以上に張り切ってますよ…」
「気付かないふり?」
「えぇ」

そんな会話の後、真子は慶人に手を差しだした。

「滞在の間、楽しんでください」

慶人は、真子の手をそっと握る。

「ありがとうございます」

真子が力強く握りかえしてきた。

えっ?

慶人は真子を見た。
真子の口が、何かを言った。
手を放すと、今度は春造に手を差しだした。
躊躇いながらも、春造も真子の手を握りしめる。

温かい……。

「御自愛ください」
「ありがとう…」

真子の言葉に対して、呟くように言った春造は、真子に目をやった。
真子の笑顔が輝いていた。
言葉にならず、春造は、真子を見つめるだけだった。
真子の口が、何かを言い、唇を噛みしめる。一瞬、真子が震えた。

「では、失礼します」

そう言って、真子は、原田と一人の紳士の二人を連れて、別の場所へと去っていった。
その時、徳田達が戻ってきた。

「お前らぁ…」
「先生も楽しまへん? ゲーム凄いの揃ってるで。それに、ただ!」
「ただ?」
「ホテルの客は部屋番号を言えば、タダになるねん」
「先生は、ゲームよりもジムの方が興味ある」
「そのジムも観てきたけど、凄いマシン揃ってるで」
「そりゃぁ、まぁ………なぁ…」

思わず応えそうになった教師は、言葉を濁す。
数年前まで、真子と一緒にこのホテルに来ていたし、マシンも楽しんでいたし…。
しかし、それは言えない事。

「それは、明日にでも楽しむから、今日はここで」
「なぁ、さっき、阿山真子と話したんやろ?」
「御挨拶に来た」
「どうやった? 真北に似てたやろ?」

生徒の質問に、教師は、

「全然似てない。真北の方が、しっかりしてる」
「………先生……」

答えになっていない事に気付いた理子が、呟いた。

「この後、温泉入りたいぃ〜」
「大勢の人が入るから、騒ぐなよ」
「解ってる」
「ゲームしてたら、腹減った…」

そう言って、生徒達は、料理に手を伸ばした。

「ったく、服に合わせた行動せぇよぉ…」
「はぁい」

絶妙なやり取りを守山兄弟は、見つめていた。
春造が、慶人に目をやる。

部屋に戻る。

そう訴えていた。

「それでは、私たちは、これで」
「本当に、騒がしくて、申し訳御座いません」

教師が、またしても恐縮そうに言った。

「いえいえ、凄く輝かしくて、観ていて楽しいですよ。
 こちらこそ、本当にありがとうございました」

深々と頭を下げて、守山兄弟は会場の入り口に向かって行く。その間、春造の目線は、真子に向けられていた。そして、慶人は、ある人物を見つめていた。
その人物は、会場の雰囲気に馴染むことなく、ただ、部屋に隅に立ち、真子達の姿を見つめているだけだった。


真子が、ふと、顔を上げ、入り口近くに目をやった。
守山兄弟が、会場を出て行くところだった。

「組長、どうしました?」
「あっ、いや…何も…。……まささん…ちょっと…」

そう言って、真子は原田と二人、少し離れた場所へと向かっていく。

「お嬢様…もしかして…」
「気をつけろって……言われたけど……」
「実は、気になる客が数名…その中に、あの兄弟も…」
「あのお二人は、違う…だって………」

真子が、そっと呟いた言葉に、原田は硬直した。

そんなことは、あり得ない……。




エレベータから降りてきた守山兄弟は、何も話さず、部屋へと入っていった。
ソファに移動する春造は、天を仰いだ。
そこへ、そっとお茶を差し出す慶人。

「もしかしたら…」

慶人が言った。
春造は、慶人の話に耳を傾けながら、お茶をすする。

任せて下さい……か……。

春造は、湯飲みをグッと握りしめた。

………真子……。



次の日、その心配は的中した。



(2009.12.1 復活の予兆 第一話 改訂版2014.12.29 UP)



第二話



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※旧サイトでの連載期間:2009.12.1〜2010.1.31


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※この〜復活編・予兆〜は、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』の復活編が始まる前の物語です。
※任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を読まなければ、登場人物などが解りにくいです。
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以上を踏まえて、物語をお楽しみ下さいませ。


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