任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

復活の予兆 第二話
天地山ホテル支配人の……

自然が美しい天地山。
この冬は、久しぶりのドカ雪で、一面真っ白銀世界。
その天地山にある高級ホテルこそ、『天地山ホテル』。
この冬も、常連客で賑わい、従業員も笑顔で応対している。その笑顔が、常連客の心も和ませていた。
その様子を、このホテルの支配人・原田が、眺めていると、気になるところが……。


この日もロビーにやって来た守山兄弟は、ゲレンデが見える場所に留まり、硝子越しに、ゲレンデの外を眺めていた。

「おはようございます、守山様。今日は天気も良いですし、  ゲレンデに行きませんか?」

支配人・原田が声を掛けた。

「おはようございます。昨日は素敵な時間をありがとうございました。
 しかし、本日もこちらで、くつろぐそうです」
「かしこまりました」
「昨夜のお嬢さんは、ゲレンデに?」
「ご友人と楽しまれておられます……あれ?」

原田がゲレンデに目をやると、そこには、『真北ちさと』の兄と女子生徒の姿があるだけで…。
急いで、何かを確認しようと腰に手をやったが、

しまった…今回は持たせてない…。

「恐らく頂上で満喫なさっているでしょう」
「お一人で…ですか?」
「いいえ、………教師と一緒でしょう」

短い言葉の間に、ゲレンデの客全員を確認し、そこに居ない人物を把握していた。

「そうですか」
「あの…何か?」

原田は、少し警戒した。

「昨日のお礼を…と思いまして。こちらでお会いした時にでも
 申すことに致します」
「私からも伝えておきます。では、ごゆっくり、おくつろぎくださいませ」

そう言って、原田は受付へと歩いていった。

「どうだ?」

春造が慶人に尋ねると、

「他に5…ですね」

慶人が静かに応えた。

「散らばってるのか?」
「えぇ。しかし、常に見張っているようです」
「抜かりないんだな…」

いつでも…。

「どういたしましょうか?」
「……俺達の出る幕じゃない」
「御意」

慶人は、春造の車椅子を押し、玄関から外へ出て行った。そして、前日と同じように広場で時間を潰し、部屋へと戻っていく。

「寝る…」

部屋に戻った春造は、そう呟いて自分でベッドに移動し、布団に潜ってしまう。

「御無理なさるから…」

慶人が呟くと、

『動くなよ…』

布団の中から春造のドスの利いた声が聞こえてきた。

「解っております。……しかし、気になりますから…」

慶人は、春造の寝息を確認した後、そっと窓を開け、ベランダへと出て行った。目の前に広がるゲレンデを見つめ、集中する。
そして………。


春造は体を起こし、ベランダに目をやった。
そこに居るはずの男の姿は、無かった。

手を出すなと…言ったのにな…。

フゥッと息を吐き、布団に潜り、深い眠りに就いた。



外の騒がしさに目を覚ました春造は、辺りの気配を探る。

何が起こっている?

素早く車椅子に移動する。そして、ドアに向かって進んでいき、ドアを開けようと手を伸ばした。
廊下に出ると、賑やかさが更に増していた。
楽しんでいる賑やかさではない。
何かが起こっている賑やかさ。その中に、何かの気配を感じる。

まさか…。

そう思い、車椅子を動かすと、停められた。

「!!!」
「部屋で待機です」
「うるせぇっ!!」

春造は体を捻り、後ろに立つ慶人の胸ぐらを掴み上げた。

「何を…してた? そして、どうなった!!」
「六人目と七人目に、間に合いませんでした。申し訳御座いません」
「無事なんだろうな…」
「お二人とも姿が消えてしまいました。恐らく…」
「……だから…俺は…」

春造のあまりの剣幕に、慶人のオーラが変化し、

「御自分の立場をお忘れですかっ!」

春造に怒鳴りつけた。

「…忘れていない。今回も…そのつもりで、来ただけだ。
 だが…まさかのことが…」
「それでも、手は出せませんよ。それに、それがあなたの
 思いだったのではございませんか?」

その言葉に、春造は何も言えなくなる。

「…解ってる…だけど、……その危機に何もできないなんて…」

グッと握りしめる拳が、今の春造の心境を語っていた。

「心強い者達が、常に付いているではありませんか。だからこそ、
 あなたは、その意志で、そして、私たちに願ったのではありませんか?」
「その通りだ。だが…」
「…これ以上、そのオーラを出すと、気付かれてしまいますよ」
「まさか…」
「やはり、駆け付けましたよ。いつになく、早い行動です」
「変わってないな…」
「えぇ。…戻りますよ」
「…あぁ…」

慶人は車椅子を押し、部屋へと戻っていった。



ベランダからゲレンデを見つめる春造。数時間前まで賑やかだったゲレンデは、静けさが漂っていた。
ふと、目をやると、一人の少女がリフトに乗って、どこかへ向かっていくのが解った。

「頼んで良いか?」
「はっ」

短く返事をした慶人は、春造の側に立った途端、姿を消した。

「益々若返ってないか…あの人は…」

フッと笑みを浮かべた春造は、部屋へと戻っていった。
そして、一人で部屋を出て、廊下を進んでいく。
ホテル客として不釣り合いな男達が行き交う中、春造はロビーへとやって来た。行き交う男達は、刑事達。その中をゆっくりと歩く一人の刑事が居た。他の刑事とは雰囲気が違う。それもそのはず。管轄外での仕事の為、手を出せないで居るらしい。ゲレンデが見える場所にあるソファに腰を掛けたその刑事は、懐から何かを取り出し、それを見つめていた。
フゥッと溜め息を付いたのが解るほど、肩の力が抜けた様子。
その様子を春造が少し離れた柱の影から見つめていた。




リフトに乗った少女は、頂上へと向かっていった。
そして、とある場所へとやって来る。


目の前に広大な自然があった。
少女は、それを暫く眺め、そして、自分の両手を見つめた。
その手は震えていた。
その震えを誤魔化すかのように拳を握りしめる。

どうしても……抑えられない…。

少女は、何かの気配を感じ、振り返り、そして、戦闘態勢に入った。

「取り除くために、交えましょうか?」
「……守山慶人さん…」

慶人は、その少女=真子に近づいていく。
それも、雪の上に足跡を付けずに……。
その行動だけで解る。
今の真子と一戦を交える思いだということが……。

「でも……」

真子が握りしめる拳は、仄かに赤く光っていた。

「いつ…そして……?」

はっきりと言葉を発しなかったが、真子には、慶人が言いたいことが解る。

「三年前の事件から。むかいんが瀕死の状態になって、その時に。
 それからは、こうして、私の意志と共に現れて、そして…」
「今日は抑えられないんですね?」
「怪我が原因だから、仕方がない。…まだ、落ち着かないし…」

そう語る真子の手からは、いつの間にか赤い光が消えていた。

「やっぱり、凄いですね、守山さん」

一安心したのか、真子は微笑んだ。

「もしかして、気付かれちゃったのかな…」
「ホテルの雰囲気が、尋常でなかったんですよ。それで
 御心配なさって………。……もしかして、昨夜……」
「声も聞こえる能力…健在だもん」
「そうでしたか…」

やられた! というような表情になる慶人だった。


いつの間にか、真子と慶人は隣同士に並んで、景色を眺めていた。

「敢えて聞かない。でも…信じられないな…」

真子が、そっと言った。

「私が頼まれた事ですから。でも、後遺症は…」
「歩けないのは、本当なんですね」
「えぇ。脊椎を傷つけられて、修復不可能でした。それと、
 その時の後遺症で、体調も思わしくありません」
「それなのに、どうして、ここに…」
「私の情報網は、健在ですよ。それに、遠出は無理ですので…」
「……余計に心配掛けちゃったかな……」

寂しげに言う真子に、慶人は微笑んでいた。

「その覚悟もしているそうですから。…思う存分…」
「どこまで出来るか解らない。…意志を継いだけど、難しい。
 でも……私は決めたから」

真子は慶人を見上げた。
その眼差しは、凛としていて、輝いている。そして、揺るがないものだった。

「昨夜の言葉、忘れないでね」
「心に刻んでます」
「もし、可能なら…毎年、来て欲しいな。私も、この時期は、
 毎年、絶対に来るから。元気な姿…見て欲しいし…確認したいから」
「突然、観なくなっても、哀しまないでください。あの方は既に…」
「涙は、もう流さないもん。大丈夫。私には、残してくれたものが
 たくさんあるから。それを大切にしたい…大切にするから…」
「安心しました」

慶人の優しい言葉が、真子の心に響く。

「あの方も、安心なさいますよ」
「うん」

真子の表情に笑顔が戻った。

「それよりも、どうして、その名前を?」

真子は優しく尋ねた。

「『真北ちさと』さんと同じく、偽名が必要ですから」
「そっか……なんだか、不思議だな…」
「気になっていたんですが、野崎さんという少女は……」

真子と慶人は、昨夜のクリスマスパーティーの事を語り始めた。


その頃……。



刑事の様子をいつまでも見つめている春造は、車椅子を動かそうと手をやった。

「申し訳御座いません。もう暫く部屋の方で待機して
 いただけませんでしょうか…」

春造に声を掛けてきたのは、原田だった。
春造は、原田に目をやった。

「どうやら、強盗犯が忍び込んでいたらしく、捜索と逮捕という
 非常に危険極まりない状態になってしまいまして…。お客様には
 大変ご迷惑をお掛けすることになりまして、本当に……」

原田は春造を見つめ、そう語りながら、車椅子を押し、エレベータホールへと向かっていく。

「あの男は、一人で解決しますので、御心配いりませんよ。
 それに、知られては、まずいのでは?」
「…気付いていたのか?」

春造が静かに尋ねる。

「いいえ。昨夜、お嬢様からお聞きしました。それで気になり、
 気配を探っていた所、懐かしい気を感じました」
「悪かった」
「その方は、まさかと思いますが…」
「気になるから、仕方ないだろ?」

エレベータが到着し、原田と春造は乗り込んだ。

「知られては、まずいのでは?」
「既に聞いたのなら、心配することはないさ。…それに…」
「それに…?」
「昨夜、握手した時に、言われたよ…」
「任せて下さい…。そして、『慶人』さんには、宜しくお願いします…ですね?」
「その通りだが…原田ぁ〜」
「私も読唇可能ですよ?」
「身に付いた、何とやらだな…」
「……それよりも、どうして、こちらに?」
「その事よりも、驚くことがあるだろうが…。そっちの質問は無しか?」
「驚きすぎて、質問する余裕すら御座いませんよ」
「そりゃぁ、そうだろうな。『慶人』が得意とする技だし…」
「それだけは、絶対に許されないことですよ? 『慶人』さんは、何故…」
「新たな世界の為。それが、俺の望んだ事だからさ」

そう言った春造は、原田を見上げた。
その笑みで解る。
覚悟を決めての行動だということが……。

「ったく…あなたという方は…」

エレベータが到着した。原田はゆっくりと車椅子を押し、守山の部屋へと向かっていく。

「暫くとは、いつまでですか?」

『春造』が原田に尋ねると、

「お嬢様が戻るまでですね」
「いつになるか解らんだろが」
「その辺りは、ぺんこうに任せておけば、大丈夫です。あなたも
 昨夜、ご覧になったでしょう?」
「すっかり、教師だな。…担任をしているということは、
 裏で手を回したんだな。奴なら、やり兼ねん」
「それは、大阪に向かった時に決めたようですよ」

原田は、部屋のキーロックをマスターキーで外し、春造を部屋へと招き入れた。

「…すっかり、支配人だな」
「十年以上経ちましたよ」
「そうだった。それに、板に付かないと、俺が心配だ」
「体調は、どうですか?」

自然と出てしまう癖がある原田は、春造をベッドに寝かしつけて、診察を始めた。

「体調は優れないようですね」

少し心配げに原田が言うと、

「自分で動かすほど、力は戻ってないんだよ…いや、もう、無理だ」

『春造』は、静かに応える。

「それ程、あの時…」
「あいつの銃弾が、そういうものだったらしい。…だから……」

春造の呟きは、原田に聞こえていた。

「どちらにせよ、そうなるんですね…」
「あぁ」

寂しげに言った春造は、ベランダに目をやった。
そこには、慶人の姿があった。

「……健在ですか…」
「益々若返って、困ってる」
「困らないでください」

そう言いながら、ベランダから入ってくる慶人は、

「体調が優れないとか?」

心配そうに、原田に尋ねた。

「つい…癖で…」
「身に付いたものは、お互い、納まりませんね」
「えぇ」
「思わず目にしましたよぉ、支配人の行動」
「あっ、その…それは、言わないで下さい!!」

慌てる原田に、

「まさ……てめぇ〜。あれ程、戻るなと言っていただろがっ!!」
「…って、真北さんと同じ事を仰らないでくださいっ!!!」
「ったく……」
「…忘れないでくださいね。私はお嬢様のためなら…」
「忘れていない。それに、お前の思いは、理解してる」
「それなら…」

原田と春造の会話が途切れた。
二人は、何かを思い出し、そして、

「様子は、どうだった!?」
「お嬢様のご様子は??」

『慶人』に同時に尋ねていた。




真子が本部に戻る日。
原田は真子を見送りに玄関まで出ていた。少し離れた場所にある広場に、この日も守山兄弟の姿があった。春造が、真子の姿を見つめている。
あの日、心配していた事は、すっかり納まった様子。
原田と話す真子の笑顔が、そう語っていた。
だが、落ち着いたわけではない。
真子を見つめる春造の眼差しは、とても複雑な思いが含まれていた。



「組長、広場に例の二人が…」
「…まさちん」
「はい」
「もしかして、あのお二人を疑ってた?」
「えぇ」

真子がフゥッとため息を吐く。

「大丈夫なのに」

そう言って、真子が膨れっ面になる。

「まささん」
「はい」

真子は、まさに、そっと何かを告げた。

「かしこまりました」

原田が優しく応えると、真子は微笑んだ。
二人の会話が解らないのか、まさちんは、きょとんとしていた。



真子が乗った車が去っていく。
原田は、いつまでも見送っていた。そして、広場に振り返り、一礼して、ホテルへと入っていった。





温泉から戻ってきた守山兄弟は、ロビーの近くを通って、エレベータホールへと向かっていく。
この日は大晦日。
ロビーでは、新年に向けての準備で、少し慌ただしかった。
原田のチェックも厳しいようで、準備をする者達の表情は、とても険しかった。
原田が守山兄弟に気付き、素早く歩み寄った。

「………」
「…露骨に嫌な顔をしないでください。仕事ですから」

原田の姿を観た途端、『春造』が嫌な表情をしていた。

「俺よりも、大切な客がたくさん居るだろが」
「あなたも大切なお客様ですから。温泉はどうでしたか?」
「いつも申し訳御座いません。貸し切りにしていただいて」

『慶人』が優しく応える。

「いつでも仰ってくださいませ。明日こそ、頂上へ行きませんか?」
「………しつこい。この体には雪山は酷だと、
 お前なら解ってるだろが」
「それなら、どうして、この地方に?」

エレベータが到着する。

「しゃぁないやろが……って、なんで、お前まで乗り込むっ!
 仕事は?」
「あとは、みんなに任せるだけですよ」

どうやら、原田まで一緒にエレベータに乗ったらしい。

「チッ…」
「あの場所なら、誰にも知られずに過ごせますから」

『慶人』がやんわりと応えた。

「それもそうですね…。それなら、頂上にも行くこと…可能でしょう?」
「ったく。そこまでしつこく言うなら、明日、案内しろ。…だがな…
 俺の体のことを忘れるなよ」
「心得ております」

エレベータが到着した。

「それでは、ごゆっくり」

原田は二人を見送り、そのままエレベータに乗ったまま、ドアを閉めた。

「ったく…」

おせっかいが…。

『慶人』は、『春造』の気持ちが解っていた。思わず笑いそうになったが、グッと我慢した。




年が明けた。
ホテルのロビーは、正月の雰囲気が漂っていた。常連客は、クリスマスパーティだけでなく、この正月の雰囲気も楽しみにしていた。
原田は、出逢う客一人一人に丁寧に挨拶をし、少し立ち話をする。
スキーを楽しみに出掛ける客を笑顔で見送る。
従業員とも笑顔で話し、何か気付くとすぐに手直しをしていた。
送迎バスの到着時刻を確認し、この日に訪れる客の確認も怠らない。
頂上の天候の確認もする。
そして…。



原田と『慶人』は、『春造』が腰を掛ける雪上も移動できる特種な車椅子を押しながら、頂上の特別な場所へとやって来た。
『春造』は、目の前に広がる何年かぶりに観る景色に、心を奪われた。
暫くの間、言葉を発することなく、ただ、眺めていた。

「…もう、観ることは無いと思っていただけに…」

やっと口を開いて発した言葉。
それだけで解る。
『春造』の覚悟は、形容しがたい程のものだったことが。
原田は、何も言えず、『春造』と同じように見慣れた景色を眺めていた。

「お嬢様は、忘年会を楽しんだそうですよ」
「毎年のように、一発芸があったんだろ」
「今年は若い衆の唄もあったそうですね」
「いつもは見せない顔を見ることが出来る時間だからな…」

『春造』が、しみじみと言うと、

「おや? 嫌いだったのでは?」

『慶人』がからかうように言った。

「あの場で笑ってられないだろが。常に眉間にしわを寄せてだな、
 みんなの酒を受け取らんと、あかんやろ。…楽しみが半減してたよ」

そう言った『春造』は、フッと笑みを浮かべ、

「でも、真子は…楽しんでるんだな」
「誰もが、お嬢様の笑顔を楽しみにされてるんですよ」
「真子だからこそ、みんなが楽しめるんだろうな……」

『春造』は、原田に目をやり、

「これで良かったんだと、…やっと確信した…」

安心したかのように、そっと言った。

「えぇ。あの世界に、新たな風が、吹いてます。
 あなたが望んでいた…新たな風が…」

優しく応える原田の言葉に、『春造』の心に最後まで残っていたものが、スゥッと消えた。
風が頬を撫でる。
冷たいはずなのに、凄く、すごく温かく感じていた。





『春造』の肩にコートを掛ける『慶人』。

「戻りますよ」

『慶人』が声を掛けると、『春造』は、自分で車椅子を動かした。そして、部屋を出て行く。『慶人』は、荷物を持ち、『春造』を追いかけていった。



エレベータが一階に到着し、守山兄弟が降りてきた。
受付でチェックアウトをし、『慶人』が丁寧に挨拶をする。そして、玄関から外へ出て行った。
駐車場に停めてある車に『春造』が乗り込む。『慶人』が車椅子をトランクに入れ、運転席に回った時だった。
天地山ホテルの自動ドアが開き、原田が出てきた。誰かを捜すように辺りを見渡した後、守山兄弟の姿に気付き、駆け寄ってきた。

「支配人、お世話になりました。とても有意義な時間を
 過ごせましたよ」

『慶人』が言うと、原田は、後部座席の窓をそっと叩く。
『春造』は、窓を開けた。

「これを…」

そう言って、原田は封筒を差し出した。

「なんだ?」
「招待状ですよ。次、来られる時に御利用下さい」
「また…来いってか?」
「お嬢様からのお誘いもございましたよ?」
「ふん…」

『春造』は、照れたように窓を閉める。

「慶人さん、お待ちしております」
「はい」

笑顔で応えた『慶人』は、運転席の乗り込み、エンジンを掛ける。
そして、ゆっくりとアクセルを踏み、原田に見送られて、天地山ホテルを後にした。

本当に、お待ちしておりますよ。
私だけでなく、お嬢様も。



『慶人』は、安全運転で、とある場所へと向かっていた。
後部座席の『春造』は、原田にもらった封筒をジッと見つめ、開けるか開けないか、悩んでいた。

「お開けになれば、どうですか? 招待状にしては、分厚くありませんか?」

『慶人』が言うと、

「そうなんだよ…まさかと思うが…」
「それは無いでしょう。もう、その世界とは、関係ありませんよ」
「原田も、それくらい解ってるよな」
「えぇ」

『春造』は、封筒を裏返し、再び見つめていた。

「私が開封しましょうか?」

『慶人』が、運転席から手を伸ばした。…が、その手を払われた。

「俺が開ける」

そう言って、『春造』は、開封した。

「???………!!!!」

中から出てきたのは、招待状ではなく……。
『春造』は、封筒に入っていたものを一枚一枚、目に納めるかのように、じっくりと見つめはじめる。

「楽しく……過ごしてるんだな…。笑顔が…語ってる」

『春造』の声は震えていた。

「……ふふっ…。ちさとに……似てきたよ……真子…」

封筒に入っていたのは、真子とクラスメイトが戯れる姿が映った写真。真子の笑顔が、とても輝いていた。

「ったく…この癖も治ってないんだな」
「もしかしたら、毎回、撮影していたのでは?」
「…真北に渡してるんじゃないだろうな…」
「健ちゃんのように、冊子にしてるかもしれませんよ」
「どいつもこいつも…」
「慶造さんもでしょう?」

『慶人』…いや、『守山慶人』と名乗っていた桂守が、優しく言うと、

「うるせぇっ」

『守山春造』と名乗っていた慶造が、照れ隠しに怒鳴る。
その目には、涙が浮かんでいた。


あの日、阿山組本部から無くなったものは、慶造だけでなく、慶造がこっそりと隠していた冊子も無くなっていた。それは、誰にも気付かれていない。
冊子があったことは、誰も知らなかっただけに……。


とある場所に戻ってきた慶造と桂守。
慶造は慣れた感じでデスクに移動し、引き出しに入れている冊子を取り出し、原田から預かった封筒を挟み込んだ。

「今年のクリスマスも、行きますか?」

荷物を片付けながら、桂守が尋ねる。

「調子が続けばな…」

静かに言う慶造。
本当なら、天地山ホテルへ行くのも、無理だった。
しかし、慶造の思いが、その力を漲らせた。
心に突き刺さったままの、とある思い。
それは、もう、無くなっていた。


デスクの上に、一つの写真立てが飾られた。
そこに納められている写真は……。




一月三日。
この日も、原田は仕事中。
年末年始は、休む事無く働く原田。
そこへやって来るのは……。


原田の部屋。
デスクで書類整理をしている時だった。
ドアが開き……、

「相変わらず……」
「ったく、お前が手を出すから、いつも以上に大変だったろがぁ」

相変わらず、ノック、返事を聞いてから部屋に入る…という行動を省く真北。開口一番は、数日前の事件のこと。
原田自身も相手に手を下した事は、周りにばれていた。
しかし、それは、真北の立場で納めることができた。その事もあり、真北は、少しばかり怒っている。

「聞き飽きましたから。そして、大反省してます」

原田は、真北に言われる前に、そう言った。

「チッ…」
「……やたらと、私に当たらないでください。…仕事中です」
「いつものん、もらったら、すぐ帰る」
「あっ…………」
「……ん???」
「すみません。今年は失敗です」
「そりゃぁ、あんな事件があったら、撮影どころじゃねぇよなぁ」
「え、えぇ…まぁ…」

言えない。
とある人物に渡してしまったとは…。
ネガはあるけど、焼き増しするのは…。

焼き増しすれば、すぐに済むことだが、焼き増しする時間、真北が居ることになる。
それも、この部屋から…いや、自分の側から離れない可能性もある。
だから、そう言ったのだが、

「…ネガ……あるんだろ?」
「だから、その…しっ…」
「…まさちんとぺんこうから、しぃっかりと聞いてるんだが…」

しまった、見られていたか…。

「………こちらです…」

原田は、渋々ネガを差し出した。

「店長に頼めば直ぐだろ?」
「え、えぇ…まぁ…」
「それにしても、今回は、素敵な表情ばかり撮れたんだろうなぁ」

綻んだ表情でネガを光に透かして眺める真北は、ふと、デスクの上の用紙に目が留まった。

「ほんと、毎度のことながら、細かな情報を書いてるよなぁ」
「お客様の色々な事を覚えておくべきでしょう?」
「まぁ、そうやけどぉ………って、守山って、新たな客か?」
「えぇ」
「満足して帰ったのか?」
「えぇ。招待状も渡しておきましたよ。お嬢様ともお話しましたし」
「クリスマスパーティー……まさぁ…」
「はい」
「どうして、真子ちゃんにスピーチさせたんだよ……だから、あの事件…」

真北は何かに気付き、突然、オーラが変化した。

「スピーチしてる所をじっくりと見られて、それで、スキーを
 楽しんでいる時に、襲われたんだろが!」
「大反省してますと申したでしょう!!!」
「他にも五人。あいつらが見張っていたから良かったものの、
 あの二人に関しては、警戒なしだったのか?」
「朝から見かけなかったんです!!!」
「………夜が明ける前から、準備してたんか…あいつら……。
 はふぅぅうぅ………」

長く溜め息を吐いた真北だった。

「まぁ、今後、同じようなことの無いようにしてくれよ…」
「強化してます」
「…そういや、他の五人だが……。…まさ…」
「はい」
「手…出してないよな?」
「はい」
「じゃぁ、誰が…………いや、どこかで見たことのある状態…」

真北が口を尖らせた。
その表情をする時は決まっている。
深く深く考え込む時だった。
その後の言動は、誰もが恐れてしまうこともある。
原田は身構えた。
真北の目線が、デスクの上の用紙に向けられた。

「この客……初めて見る名前だよな」
「はぁ…まぁ……」
「まさか…新たな刺客…」
「それは、御座いません」
「…素性は解ってるのか?」
「ご兄弟で、弟の方は体が悪く、歩くことが出来ないという…」
「それは、偽りで、本当は、真子ちゃんを狙って…」

偽りだし、お嬢様を狙うというより、見たいためで…。

原田は、返す言葉を考えていた。

「……そうなんだな……だから、こうして、細かく…」

真北のオーラが、更に変化した。そして、真北の鋭い眼差しが、原田に向けられた。

「……てめぇ……。普通に帰してるんじゃねぇよ…。
 今回は、狙う前に事件が起こったから、行動に出なかっただけで
 ……招待状で、次、狙いに来るんじゃねぇのか…? まさぁ…」
「……はぁ……もぉ…。どうして、そうお客様を疑うんですか!」
「今回の事件から学んだことだっ!」
「守山兄弟が、お嬢様を狙うことは、ございません」
「どうして言い切れる?」
「………お嬢様を大切に想う方々です。…五代目となったお嬢様を
 とても心配なさって、…御自分の取った行動が正しかったのか、
 やはり、間違っていたのではないのか?…そのように悩んでいて…。
 だけど、お嬢様の笑顔を観て…クラスメイトと楽しむ姿を見て、
 本部での忘年会…若い衆の一発芸を楽しんだことを知って、
 これで良かったんだと…そう仰って……」

いつになく、深刻に話す原田の言葉に、真北は首を傾げた。

「…まさ……お前………それは…」
「解っていても手が出せない。守りたくても守れない。
 自分が決めたことだから…だから…」
「……あの時…感じたもの…。そして、あの五人の状態…。
 五人の状態は解る……あの人は、どこかで暮らしているのは
 解っているから……。…でも、あの時に感じた気配……。
 それは…あり得ないことだ……」

真北は、自分の手を見つめた。

「あの日……この手で握りしめた…あいつの手は冷たくて…。
 心臓も…停まった。…葬儀…火葬もした。……だから…そんなこと…」
「私が幼い頃、一度だけ耳にしたことがあります。仮死状態にする
 秘薬があると。私は、あの世界に飛び込むことを許されて
 いなかったので、教わることは出来なかったのですが…」
「桂守一族なら……それも、長年生きている者なら…」
「慶造さんに頼まれたそうです。私たち…お嬢様の周りに居る
 者達が頼まれたように、慶造さんの桂守さんへの願いは…」
「自分を亡き者にして、新たな世界を築くこと…」

静かに言った真北は、グッと拳を握りしめ、原田のデスクに拳を振り下ろした。

「後を俺達に任せて、…大切な娘を危険な世界に引き込んで…。
 慶造……あいつは………っ!!」

許さんっ!!!!!

真北の怒りは、爆発寸前………。



(2009.12.16 復活の予兆 第二話 改訂版2014.12.29 UP)



第三話



任侠ファンタジー(?)小説・復活編 復活の予兆 TOP

任侠ファンタジー(?)小説・復活編 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイトでの連載期間:2009.12.1〜2010.1.31


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※この〜復活編・予兆〜は、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』の復活編が始まる前の物語です。
※任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を読まなければ、登場人物などが解りにくいです。
※取り敢えず、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を全てお読みになってから、アクセスお願いします。
※別に解らなくても良いよ、と思われるなら、どうぞ、アクセスしてくださいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。
以上を踏まえて、物語をお楽しみ下さいませ。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.