任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

復活の予兆 第三話
天地山ホテル支配人の……

自然が美しい天地山。
夏になり、緑豊かになった天地山。
その天地山にある高級ホテルこそ、『天地山ホテル』。
冬とは違い、夏の暑さを避けるため、ここで過ごしたがる常連客しか居ないのだが、この日、一人の男が尋ねてきた。



原田の部屋。
原田が書類の整頓を終え、一息付こうと背伸びをした時だった。

「……よっ!」

と明るい声で挨拶をする…真北。

「………よっ! …じゃありません。どうして、毎回……というより、
 私が居なかったら、どうするんですか?」
「居るのは解ってた」
「ったく………。……今回は、途中下車…という感じじゃありませんね…」
「…例の男だよ」
「こちらに足を運ぶ度に、同じ事を仰らないでください」
「言いたくもなるわ…。あれから、真子ちゃんが、どれだけ…」
「どこで情報をキャッチするのか解りませんが、すごく心配
 なさってましたよ。その度に、引き留めるのが大変だとか…」
「それなら、あんな行動を取らずに……」

あいつまで、命の危機にさらされただろが…。

「そちらの怒りなら、直接、ぶつけてください」
「…解ったような口を利くなっ」

真北の蹴りが、原田の頭上を見えない速さで通り過ぎた………。

「実は、その事で、連絡しようと思っていたところだったんです」
「あん? やっと居場所を教えてくれる気になったのか?
 折角渡した招待状も使わず仕舞いで、結局、あの冬だけ…」
「あまり思わしくないようでした」
「でした? まさぁ〜っ。きさまぁ…」
「私の腕を必要とすることが、二度ほど…」
「そんなに悪いのか?」
「食事を受け付けない状態が続いていたので、栄養剤の点滴と
 治療を少々…」
「違反…」
「橋の許可あり」
「…あんにゃろぉ……」

拳を震わせる真北だった。

「…で、俺に連絡とは?」
「桂守さんのお話では、先の見込みは、もう……」




原田運転の車の助手席で、真北は深刻な表情をしていた。
原田は、黙々と運転を続ける。
街並みから田畑の景色に変わっていく。そして、所々に家がある景色になり、山道へと入っていく。
その道は突然行き止まりになった。原田は車から降り、木々が生い茂る所に手を入れた。すると、行き止まりになっていた部分に道が現れた。

「まさ…ここは…」
「あの世界で生きる者しか、通ること出来ません」
「…だから、俺が一人で行くと言うと反対したのか」
「えぇ。それに、この先にある場所も……。だから、真北さん」
「皆まで言うな」
「ありがとうございます」
「それに……その場所には、誰も居ないんだろ?」
「私の父の代で、途絶えました。なので、桂守さんも、あの日に
 久しぶりに足を踏み入れたそうです」
「荒れていたんじゃないのか?」
「ここは、荒れることはございませんよ」

そう言って、原田は現れた道へと進んでいった。
車が入った途端、開いた場所は再び行き止まりの状態になった。
その様子を、真北はバックミラーで見つめていた。

「帰りは…」
「近づくと開けますよ」
「……凄いところだな…。誰か居るのか?」
「企業秘密です」
「そりゃそっか」

車は、森の中を走っていく。
すると、目の前が突然明るくなり、広大な高原が目に飛び込んできた。
青々と生い茂る高原は、今まで見たことがない程素晴らしく、真北は、その景色に飲み込まれそうな思いを抱いていた。

「凄いところだな…。こんな場所が、あったとは……」

いつの間にか、身を乗り出していた真北は、

「お前が幼い頃に住んでいた場所なのか?」
「私が住んでいた場所は、左折せずに、真っ直ぐ進んだ所ですよ」
「この場所のことは…」
「父からは話だけでしたので、私の住んでいた場所で
 待ち合わせをして、桂守さんに連れられて…」
「…辛くなかったのか?」

真北は、原田の心の思いを気にして、静かに尋ねた。

「別れ、そして、出逢いのあった場所。…私にとっては、
 色んな思い出のある場所なので、辛くありませんよ」
「そっか……」
「お心遣い、ありがとうございます」

原田の言葉に、真北はフッと笑みを浮かべた。

「あの小屋です」

二人の目の前に、丸太で出来た小屋が現れた。その小屋の入り口に、桂守が立って、二人を見つめていた。二人に気付き、深々と頭を下げる桂守。
真北は車が停まった途端、素早く降りて、桂守にゆっくりと歩み寄った。

「このような場所までご足労頂きまして…」

桂守が丁寧に挨拶をする。

「許せない男は、小屋の中ですか?」
「えぇ。まだ、眠ってます」
「調子…悪いのか?」
「かなり…」

消え入るような声で応える桂守。それだけで解る。
本当に、悪いのだと。

「入って、よろしいですか?」
「どうぞ」

桂守は、真北を招き入れた。

「……………」
「……………流石…真北さんのオーラは、違いますね…」
「どういうことですか…?」
「目の前の姿の通りです」
「………桂守さん……俺、とうとう、逝ったのか? 死人が、そこに…」

眠っているはずの男が目を開けて、睨みを利かせている。

「あぁ、そうだ。死人扱いされた男が、死人扱いされている男に
 会いに来ただけだが……嫌か?」

真北が言うと、

「…嫌に決まってるだろが」

そう言いながら体を起こそうとするが、思うように動かない様子。

「慶造さん、無理ですよ」

桂守が近づき手を添えようとしたが、その手を払われた。

一人で大丈夫だ。

目が語っていた。

「無茶するなって」

真北が近づき手を差し出す。

「うるせぇ…」

抵抗も空しく、桂守と真北の二人に支えられて、慶造は体を起こされた。

「何しに来た…俺のことは…」
「まさに聞いてたんでな」
「……真子には…」
「言ってない」
「そうか……」

静かに言って、慶造はため息を付く。

「話があってな…」

抑揚のない声で、真北が言うと、慶造は自らの力で車椅子に移動した。
それには、桂守も驚く。
もう、自分で動く力は無いと、判断していたからだった。

「暫く、二人になる」
「はっ」

慶造は自分で車椅子を動かして、外へと出ていった。

「真北ぁ、外」
「あぁ」

慶造の促されて、真北も外へと出て行く。



「!!! 慶造さん!」

外で待機していた原田が驚くように声を張り上げた。

「原田ぁ〜、こんな男、連れてくるな。余生は静かに…と
 思ってるのになぁ〜っ」
「申し訳御座いません」
「…まぁ、直接言いたいことは、山ほどあるんでな」
「それは、俺にもあるんだが…」

真北の言葉で、慶造は苦笑い。

「何か御座いましたら、すぐに」

慶造の体調を心配して、原田が言った。

「あぁ」

慶造と真北は、少し離れた場所にあるベンチへ向かっていった。




ベンチに腰を掛けた慶造と真北は、何話すことなく、ただ、目の前に広がる自然豊かな高原を眺めているだけだった。
風が吹く。
高原の草が、優しく揺れた。

「無事…なのか?」

慶造が静かに尋ねた。

「今頃、本部で楽しんでるよ」
「そうじゃなくて、弟…」
「慶造が気にすることじゃないだろが」
「真子を守って、命の危機に…」
「それは…あいつの思いでもあるから、気にしないさ」

真北は背もたれに、思いっきりもたれ掛かった。

「嘘付くな。…俺を恨んだんじゃねぇのか?」
「それは、俺の思いを踏みにじって、あいつを連れて来た時だけだ。
 あの事は、お前を恨んでないし、責めもしない」
「…竜次も未だに狙っていたとはな…」
「だから、あの時……俺に頼んだのか?」

真北が静かに尋ねたが、慶造は何も応えなかった。

「まぁ、今となっては、どうでも良いことだが…でもな…」

真北は慶造に目をやった。

「ん?」

慶造も真北に振り返る。

「落ち着いたとは…言えないんだよ」
「…解ってる。だが、今更、俺が出ても足を引っ張るだけだ」
「死人が…粋がるな」
「そういうお前こそ、粋がってただろが」
「死人だからこそ、出来たこともあったからな…。
 でも、お前は無理だろ?」
「だから、こうして、ここで見ていたんだよ」
「動くことが出来たら、見てるだけじゃなかったんだろ?」
「俺だからなぁ」

そう言って、慶造は、クッと笑った。

「あの人も……ウズウズしてただろうなぁ」

慶造の目線は、小屋の前で待機している桂守に向けられた。

「真子ちゃんが五代目になった頃に、姿を消したからなぁ。
 小島さんだって、気にしてたそうや」
「何も言わずに、姿を消していたんだな…知らんかった」
「仮死状態にする秘薬の話は、まさから聞いたんだが、
 あの日、どうやって抜け出した? 火葬場では、ちゃんと
 入れられたはずだが…」
「入れられた後、そのまま別の場所に移動されたそうだ」
「桂守さん一人でか?」
「いいや。…感じないだろ?」
「……まさか…」
「そこかしこに、居るんだよ。末裔が」

慶造の言葉で、真北は何かに集中する。
しかし、何も感じないらしい。

「入り口にも居たということか…」
「あぁ。…まさも、知ってるさ…」
「それで、企業秘密…か…。…俺の知らない世界は、
 まだまだあるということか」
「そゆこと」

そう言って、慶造は前屈みになり、肘を膝に付け、遠くを見つめた。

「でもさ……傷は重かった…」
「………もし、俺が、あの行動を成功させていたら、
 慶造だけでなく、竜次も…」
「さぁな。どちらにせよ、同じ状態だっただろうな…」
「先は…」
「あと数日」
「……慶造…」
「ん?」
「そういうことを、平気で言うなよ……」

真北の声は震えていた。

「…待ってるのは、死…だぞ?」
「あぁ」
「慶造っ!」

突然立ち上がった真北は、慶造の胸ぐらを掴み上げた。
全く抵抗する素振りを見せない慶造は、真北を見つめる。
真北の頬を、一筋の涙が流れて、地面に落ちた。

「あほが……。もっと他に方法があっただろ?」
「これ以上、誰も傷つけたくなかった。そして、哀しませることも
 もう……俺は耐えられなかっただけだ。…俺は……お前が
 思っている程、強くないんだよ」
「だから、俺が居るんだろが! ちさとさんに頼まれて、そして、
 …笹崎さんにも……」
「真北の負担を少しでも減らしたかったんだよ…。お前ばかり
 辛い思いをして、なのに、いっつも、自分のことよりも、
 俺や真子のことばかり考えて……」

慶造は真北の手に自分の手を添えた。
慶造の手からは、ぬくもりを感じない。
真北は、驚きの表情を見せ、慶造から手を放した。

「…け…い……ぞう……お前…」
「リスクはあるそうだ。どう足掻いても、寿命なんだよ」
「……なぜ……なぜ、そんなリスクを冒して…その行動を…」
「俺の本来の思いだよ。……修司も隆栄も…そして、
 笹崎さんには、言わなかった…俺の思いだ」
「お前達の思いは、聞いていた。だけど、それは…」

慶造、修司、隆栄、そして、本来なら笹崎も一緒に、この世を去ること。
しかし、その行動は、とある思いが実現に向かっていると判断してから……。

「あぁ。…でも…俺だろ? 三人を道連れになんて出来ない。
 笹崎さんには、早々に離れてもらったのに、修司も隆栄も
 いつまでも俺にしがみついて……あの体で…」
「猪熊さん、小島さんを引き離して、それで、この行動を?」
「まぁな。そういうことが出来ないか、 桂守さんに相談したら
 ……秘薬のことを教えてくれた。あの二人を引き離すことが
 無理だったから、俺はお前に殺せと頼んだんだよ」

慶造は、真北を見つめた。

「躊躇いやがって…」
「誰だって、躊躇うだろが……」

暫く沈黙が続き、

「そうだよな…」

静かに慶造は応えた。


風が草を優しく撫でる。


「筋書きが変わった。竜次が、真子まで狙っていたとは…」

慶造は、そっと息を吐く。

「俺が…躊躇ったから…」

真北が静かに言うと、

「俺の判断ミスだって。気にするな。だから、こうして、
 暫くの間、跡を継いだ真子の行動を見ていたんだよ。
 そうしたら、……答えが出た」

慶造は微笑んだ。

「真子が意志を引き継いで、新たな世界に向かっている。
 あの能力があっても、使うことなく……」
「……あぁそうだ。真子ちゃんは、絶対に使っていない」

真北は嘘を付く。
真子の能力が、真子自身に変化を与えてしまった事は、誰にも言っていない。
誰にも、知られてはならない為に…。

「地島にも…八造にも……」
「…安心しろ…って」

真北は優しく微笑み返し、姿勢を崩した。

「ここにいる人達は…慶造のガードか?」

慶造の胸ぐらを掴み上げた時に感じた気配。それは、真北に対する怒りと攻撃態勢。
先程まで全く感じなかった気配が、その瞬間だけ、変わっていた。

「あの人達は、怒りと攻撃態勢の気配も消すのになぁ。
 ほんと、真北は、そういう気配に対しては敏感だな」
「天性だろなぁ。…俺は磨いた気すらないんだが〜」
「大丈夫。あの人達は、桂守さんの命令しか聞かないからさ」
「それなら、桂守さんが小島家の地下に潜んで居た時は…」
「時々外に出ていたし、それに、桂守さんの腕になる人々だから、
 特に気にはしてないそうだ」
「どうやって、連絡を?」
「ここだけじゃないってことさ…」
「……恐ろしいな…。……もしかして、桂守さん同様…」
「いいや、ちゃんと年相応。桂守さんだけだって」
「それなら気にはしない……いや、気にするべきか…?」

真北は腕を組み、口を尖らせた。

「変わらんな、真北」
「まぁな…」

二人は、ゆったりとした姿勢になり、再び景色を眺め始めた。


草が優しく揺れ始めた……。


「優しい風だな…」

真北が呟く。

「あぁ。…天地山の頂上に引けを取らんくらいな。
 だから、予定より二年……長くなった。……要らん情報まで
 耳に入ったから……気が気でなかったさ…」
「いつもの真子ちゃんに戻ったから、安心しとけ」
「…これで、心置きなく、逝くこと出来るよ」
「まだまだ、始まったばかりだろが…」
「……それも……そっか」

沈黙が続く。

「何か…喰うか?」

慶造が、そっと呟く。

「材料あるなら、俺が作ってやるよ」
「…俺、喰えんけど…」
「消化しやすい料理は、容易いことだ。…これでも、お袋の
 看病で慣れたんだけどなぁ」
「昔の話だろが」
「若かりし頃に身に付いたものは、そう簡単に抜けないさ」

そう言って真北は立ち上がり、慶造に手を差しだした。

「久しぶりに…食べるか」

嬉しそうに返事をして、真北の手を掴む慶造だった。
真北に支えられながら車椅子に移動し、二人は、小屋へと戻っていった。



「昼食の材料、ございますか?」
「一応、取りそろえていますよ。…まさか、真北さんが…?」
「こいつにも食べさせないとね」
「消化器官も…」
「もう一度、言わんとあかんかな…」

二度も説明したくないのか、真北は苦虫を潰したような表情をしていた。
それには、慶造が笑いながら、

「慣れてるってさ」

そう言った。

慶造さん……。

数日の命だと思われた慶造。しかし、今、ここにいるのは、あの年の冬、天地山に行くと頑として譲らなかった雰囲気を醸し出している。
桂守と原田は、自分たちの診断は間違っているのでは…と疑い始めていた。



慣れた手つきで調理をし、慶造の為に消化しやすい料理を作り上げる真北。
その傍らでは、原田が自分たちの料理を作っていた。
テーブルに並んだ料理は、凄く豪華で、

「……あの材料で、このような豪華なものが…」

桂守は驚いていた。

「昔とった、なんとやらだ」
「昔、作ってましたから」

真北と原田が同時に言葉を発した。
真北は、その昔、母の看病と弟の世話、その後は、真子を育て上げることになったから、それこそ、料理も得意、消化器官の働きが弱かった母のために覚えた料理でもある。一方、原田は、一人暮らしもしていたが、その昔、世話になっていた親分の為に覚えたこともあり、先生にあたる医者にも教えてもらったこともある。

「………夜と明日の分は?」
「ちゃんと用意してる。…その後は知らん」

真北が言うと、

「ったく……」

呆れたように口にした慶造だった。
いつになく豪華な昼食が始まった。
なんとなく、最後の……???



昼食を終えた途端、慶造は

「寝る」

と短く言って、眠りに就いた。
とても心が和んだのか、いつもよりも穏やかな表情で眠っていた。
ソファに腰を下ろした真北に、桂守がお茶を出す。

「ありがとうございます」
「久しぶりですよ、慶造さんの穏やかな表情は」
「そうですか」
「あと三日もてば良い方だと思っていたのですが、この様子では、
 まだまだ…」
「いいや…診断は正しいですよ。どんな時でも俺の前に居る慶造は
 あの調子でしたから」
「……どこから、そのようなことが…」

桂守は、真北の言葉に疑問を持った。
元気な雰囲気にしか見えない慶造。しかし、あと数日で……。

「俺の勘。…俺の肌で感じるだけですよ」
「覚悟は出来ているのですが、やはり…」

桂守の言葉を耳にして、真北はベッドで穏やかな表情をして眠る慶造に目をやった。

「………覚悟できているはずなんですが、目にすると…。
 それに、一度、目にしていると、二度も観たくないですよ」

真北の目線は桂守に移った。

「その思いを、あなたは、何度もしてきたんですね。だからこそ、
 こういう時でさえ、落ち着いて居られる」
「えぇ。私は、何度も……。この手で奪ったものもありますが、
 このように、死期が迫っている人の側に居たのは、何度も…。
 でも、平気じゃありませんよ。…真北さんは、平気…」
「…そんな訳ないでしょう? 失いたくないから、無茶をしてまで
 失わないようにと、生きているんですから。…慶造と違って
 俺は、強くない。…大切な者を残して、影から見守るなんて
 ……心苦しいことですよ」

経験者の言葉。
それは、とても重く感じる。

「慶造さんも、そうですよ」
「だから、この選択…ですか…」
「私は反対しましたよ。でも、慶造さんの意志は…」
「……とてつもなく、頑固だもんなぁ、慶造は」

そう言って、真北はお茶を飲む。

「ところで、五代目の能力ですが、その後、どうですか?
 …能力は戻っている、そして、自分でコントロールしている。
 私は、そう考えているのですが…」
「確かに能力は戻っている。むかいんとぺんこうにも青い光を
 使ってしまった。だけど、赤い光は、出てきていない。
 どうしてだろうな……。…やっぱり、能力を無理矢理押し込めた
 事が、影響していたのかもしれないな…」
「もう、術は?」
「今は掛けてない。…でも、もし、その時が来たら、掛けるかもしれない」
「命に関わることだけは、避けてあげてください」

力強く桂守が言うと、

「解ってますよ」

自信たっぷりに、真北は応えた。

二人の会話は、眠っているはずの慶造の耳に届いていた。
真子の生活の中で一番心配なことは、特殊能力のこと。
慶造が真子のことを尋ねるときは必ず、その言葉もあった。
一日三度も………。

「真北さん、今日はどうされますか?」

キッチンの片付けを終えた原田が戻ってきて尋ねた。

「あいつの最期…看取ってやりたいんだが」

静かに、真北が応える。

「では、私は一度ホテルに戻りますよ」
「あぁ、すまん」

真北はお茶をすする。

「決して、迷惑を掛けないようにしてください。あの方々は
 一筋縄でいきませんから」
「そっちは、知らん。それに、俺が手を出すわけねぇだろがっ」

真北さんなら、挑みかねない……。

そう言いたい言葉を、グッと堪える原田だった。



原田の車が去っていく。
真北と桂守は静かに見送った。
車が見えなくなると同時に、真北は何かに集中した。

「…なるほど。何も感じない……」
「一応、周りにはかなりの数で待機してますよ」
「そうですか」
「私やあいつらにとって、真北さんと慶造さんは恩人ですからね」
「それは、慶造だけでしょう?」
「あなたの力添えがあったからこそ、今の私が居るんですから。
 地下に居た人間たちには、本当に…」
「無茶な事ばかりお願いしているというのに…恩人ですか?」
「えぇ」

桂守の返事と同じくらい、穏やかな風が、吹いた。



その夜、真北は、この小屋に泊まった。
真北と慶造は、何も話すことなく、食後のお茶を優雅に飲みながら、向き合って座っていた。いつもなら、桂守と二人っきりの慶造だが、この日は、真北と二人。
犬猿の仲…とも言われる立場であった頃も、何も話さず、ただ、お茶を飲みながら、縁側でのんびりとしていた。その頃の雰囲気を味わいながら、優雅にお茶を飲む二人。
湯飲みを置いた真北が、

「寝るか?」

そっと尋ねた。

「……お前はソファな」
「当たり前や。誰が一緒に寝るかよっ」
「……真北…」
「ん?」
「お前……そんな性格だったっけ?」
「……まぁ、長年一緒にいる奴らの影響は強いって」
「そうだよな」
「体調は、ええんか?」

真北の質問に、慶造は口元をそっと上げるだけだった。
それだけで解る。
かなり悪いのだということが。
だけど、慶造の性格は、例え動けない程の状態でも、周りには悟られないように振る舞う。それが解っている者だけが、慶造に声を掛け、そして、行動に移す。
真北は、慶造を車椅子に移動させ、寝室へ連れて行く。

「すまんな…」

ベッドに寝かしつけられながら、遠慮がちに慶造が言った。

「気にするなって」

優しく布団を掛ける真北は、ベッドの側にある棚に目をやった。

「……慶造ぅ〜……いつ持ち出した?」
「ん?」

真北の目線に合わせるように、振り向く慶造は、そこに置いているものに気付き、フッと笑う。

「一緒に入れたのは、勝司だろうな」
「そうだったのか。あの日以来、部屋で見かけなかったから、
 気になっていたんだが…。そりゃぁ、ここにあるわな」
「まぁな」

ちょっぴり照れたように慶造が言った。

「お休み」

直ぐに眠りに就く慶造だった。

「あぁ、お休み」

静かに言って、部屋の灯りを消し、そっとドアを閉めて出て行く真北。
部屋を出た途端、ドアにもたれ掛かり、天を仰いだ。
この先に待ち受けている事を考えるだけで、すごく、心が痛かった。




次の日も、慶造と真北は、草原にあるベンチに腰を掛け、のんびりと時を過ごしていた。

「なぁ、慶造」
「ん?」
「あれは、山中には酷だろ?」
「いいんだよ。それは、勝司の思いでもあるからさ」
「一人で居る時は、辛そうで、観てられん」
「仕方ないさ…」

風が頬を撫でる。

「修司……どうしてる?」
「気になるなら、連絡すれば?」

意地悪そうに、真北が言うと、慶造は舌打ちをした。

「ふふふ…。真子ちゃんの言葉で、お前を追うことを辞めて
 自分のための時間を過ごしてるよ。剛一くんも海外から
 戻ってきて、自分で事業を始めた」
「親子喧嘩が絶えないだろうな」
「あっ…その……剛一君は、大阪に…」
「ったく、兄馬鹿は、そこにも居たか…健在だな」
「……そこにも…って、他にも居るのか?」

慶造は真北を見つめ、

「目の前に」

短く言って、思いっきり笑い出した。

「けぇいぃぞぉうぅ〜〜っ」
「ほんとの事だろがっ。あの力で裏から手を回して
 真子の担任になるくらいだもんなぁ〜」
「うっ……それについては、反論できん…」

項垂れる真北だった。

「三好が付いてるから、安心しろ。…まぁ、体の方は
 昔の動きは難しいけどな。…それは、仕方ないだろ」
「押し足りんかったか…」
「あほ…。そういう問題じゃないだろが」
「そうだよな…」
「小島さんは、聞かなくても解るだろ?」
「二人っきりでラブラブが増してるんだろ」
「そゆこと」
「大阪は、どうなってる?」
「真子ちゃんが高校生の間は、まさちんが代行として動いている。
 もちろん、八造くんの動きも更に増してるけどな。須藤たちも
 大人しくなったし、新たな事業も考えてるらしいよ」
「学業との両立は、大変だろが」
「その辺りは、まさちんとくまはちが、まとめてるから、大丈夫」
「そっか」
「あっ…」

真北が何かを思い出したような表情をする。

「なんだ?」
「………慶造…お前なぁ〜、橋に俺のことをどう告げたんだよ」
「土産渡しただろがっ。それで察したと思ったが、違ったか?」
「まさと親しい仲だったとは、知らんかったし…」
「気付くだろが」
「連絡も取らなかったのに、気付くわけないだろぉ」
「……そっか。…ということは、原田が間に立ったのか?」
「真子ちゃんの怪我だよ。あの日…真子ちゃんも撃たれただろ」
「そうだったな…だから、真北は真子を強く……推したんだっけ」
「慶造の言葉もあったから…それに、真子ちゃん自身が強く望んだ」
「そっか…」

静かに言った慶造は、遠い誰かに思いを伝えているのか、眼差しが優しくなった。

「……笹崎さんは…」

慶造が、静かに言う。

「引退した」
「えっ? でも、料亭は…」
「達也さんが二代目として、頑張ってるよ。…今でも全国に
 立派な料理人を送り出している。…心強いよ」
「真北…毎月立ち寄ってるだろ?」
「色々と聞いてもらいたい事もあるし、語って欲しい事もある」
「いつになったら、親離れするんだよ…ったく」
「……まぁ、その中にある情報が、俺の知りたい情報に繋がりそうだし」
「まだ、判ってないのか? 親父さんが行っていたこと」
「あぁ。親父が闘蛇組から何を奪って、俺に託したのか…それは
 さぁっぱり判らん」
「そのことで無茶はするなよ」
「解ってらぁ〜」

真北は思いっきり背もたれにもたれかかり、空を見つめた。

「素敵な青空だなぁ…」

真北が呟く。

「だから、心も落ち着くんだよ」

慶造も空を見上げていた。

「なぁ、真北」
「あん?」
「これからも、真子のこと、よろしく頼むよ」
「あぁ…………!!!!!!! 慶造っ!!!」

真北が突然、叫んだ。

「慶造さんっ!」

少し離れた小屋の前で待機していた桂守が、素早く駆けてくる。それと同時に、二人の影が現れた。

「無理しやがってっ!」

慶造が突然苦しそうに前のめりになっていた。それに気付いた真北は、慶造の体を素早く支えた。桂守と影に隠れていた二人の男が側に駆け寄ってくる。

「大丈夫だ…」

そう応える慶造だが、苦しそうな息をしていた。

「戻りますよ」

桂守が優しく声を掛けると、慶造は、そっと頷いた。
軽々と慶造の体を抱きかかえた桂守は、側に駆け寄ってきた二人の男に声を掛けた。

「支配人を呼んでくれ」
「御意」

そう応えた途端、姿を消す二人。

「駆けていくんかよ…」

思わず呟く真北だった。

「…あほ…そんな訳…ないやろが」

笑いながら慶造が言う。

「慶造……お前…」

真北は、それ以上、言葉にならなかった。



(2010.1.10 復活の予兆 第三話 改訂版2014.12.29 UP)



第四話



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※旧サイトでの連載期間:2009.12.1〜2010.1.31


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
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※この〜復活編・予兆〜は、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』の復活編が始まる前の物語です。
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