任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

序章 喜び
第一話 ただいま……?

世間では、年末で忙しくなる時期でもある、12月29日。
もちろん、帰省ラッシュも始まる時期でもあり…。

新幹線の中。
二組の親子連れが、向かい合って座っていた。母親が子供に話しかけ、窓の外を指さした。

「もうすぐだよぉ」

その声と同時に、窓の外には………。

「すごぉい!! すごぉい!! たかい! あたまがしろいぃ〜っ!!」

二人の子供が、はしゃぐ。

「しぃっ…」
「ごめんなさい」

父親に言われて、子供達は小さな声に変わった。


大阪から東京まで向かう新幹線。その途中、新幹線の窓からは、天気が良ければ、日本一高い山=富士山を拝める。冬には、頭に雪をかぶり、白い姿を見せてくれる。そして、裾野まで、長く美しく。見る者の心を、和ませてくれる。


「あー! かくれちゃった」

暫く走ると、景色は変わった。

「まこママ」

男の子が自分の向かいに座る一人の母親を呼んだ。

「なぁに?」
「てんちやまも、すごいの?」
「天地山は、雪国にあるから、一面真っ白だよ」
「まっしろぉ!!」

もう一人の子供=女の子が、嬉しそうに言った。

「まさしゃんに、あうのは、おしょぉがつ!」
「そのまえに、きせい!!」

二人の子供は小さな声で、はしゃいでいた。

「……で、大丈夫?」

新幹線が東京に近づくにつれ、表情が強ばっていく一人の父親。

「多分…大丈夫です」

そっと応える声が、ちょっぴり震えていた。

「なぁ、本部って、うちらは、無理やろ」

表情の強ばりが少し和らいだ父親の隣に座る母親が、もう一人の母親に尋ねると、

「大丈夫やけど…やっぱり、避けた方がええと思う」
「結構、慣れたけどなぁ〜、やくざには」
「大阪とは違うで」
「若い組員は、みんな同じに思えるけどなぁ」
「……慣れない方が、ええと思うけど……」
「親分は、誰?」
「……私……」
「ほな、大丈夫やんか。うち、見てみたいわ」
「あまり奨めない…」
「組員じゃなくて、真子が育った場所」
「……古い屋敷やと思うんやけど…、そうやろ、芯」
「私にふらないでください」

真子(阿山真子/あやままこ。この物語の主人公)と呼ばれた母親の隣に座っていた父親が、そっと応えた。

「私も久しぶりなんだから、緊張する……」

真子が呟くように言うと、

「実家に帰るのに、緊張するって、…なんだかなぁ」

もう一人の母親が呆れたように言った。

「理子こそ、どうなんよぉ」

もう一人の母親=理子(向井理子/むかいりこ・旧姓は野崎。真子と同級生で、親友でもある)に、話を切り替えるように尋ねる真子。

「うちは、どこでも大丈夫やけど、……涼が……」

理子は、涼(向井涼/むかいりょう。通称:むかいん。理子の夫。大阪のAYビル内にある料理店の料理長)に振り返る。涼は、いつの間にやら、二人の子供と話していた。

「少しは解れたら、ええんやけどなぁ」

ちょっぴり心配そうに真子が呟く。

「真北のおっちゃんと、くまはちさんは、先に行ったんやろ?」

帰省するのは、他にも居る様子。この時期、大勢での予約は難しい為、グループに分かれて帰省していた。

「その後すぐに、キルさんと、えいぞうさんが一緒だったけど、
 無事に着いたんかなぁ」

真子は、何かを心配していた。

「無事に着いたと連絡ありましたよ」

真子の夫が応える。

「それなら、それぞれ、予定通りかなぁ」
「先の二人は、解りませんよ」

冷たく言い放った真子の夫。

「ったくぅ。どうして、いっつも、そう冷たいんよぉ、芯は」
「解ってることを尋ねないでください」
「ほんと、頑固……」

真子が口にした途端、芯(山本芯/やまもとしん。通称:ぺんこう。真子の夫。大阪にある寝屋里高校の体育教師として働いている)は膨れっ面になった。

「ねぇ、パパ」

真子の子供が芯を呼ぶ。

「ん?」
「こうちゃんと、いっしょじゃないの?」
「光ちゃんは、ママの実家の隣にある、おうちにお泊まりだよ」
「…みくも」

真子の子供=美玖(みく)が、寂しそうに言うと、

「大丈夫。夜はいつものように、別々だけど、家と同じように
 廊下で繋がってるから、いつでも一緒に遊べるよ」

真子が笑顔で応えた。

「こうちゃんも、ママのじっかに、くるの?」
「来ることできるよ」

真子の言葉で、美玖の表情が明るくなった。

「こうちゃん、どっちであそぶ?」

どうやら、どっちの家で遊ぶのかを心配していたらしい。

「うんとね…」

光ちゃんと呼ばれる理子の子供=光一(こういち)が、考え込む仕草をすると、

「美玖、光ちゃん」
「はい!」

呼ばれると、元気よく返事をする二人。

「涼パパと理子ママが泊まるおうちは、お客さんが来るお店だから、
 遊ぶことは出来ないよ。だから、私の実家で遊ぼうね。
 鯉が泳ぐ池がある庭なら、目一杯、走り回れるぞぉ〜」
「くまはちゃぁのにわ?」
「違うよ。私の庭」

真子がニッコリ微笑んで言うと、子供達も笑顔が輝いた。

「…なんやぁ。真子、結構、くつろいでたんや」
「そうですよ。組長のくつろぎの庭もあって、そこには、大きな桜の木が
 ありますし、池の鯉は、えいぞうのプレゼントですからねぇ」

懐かしむように話し出す、芯。

「私の知らない、真子が、そこにもあったんやね、先生」
「まぁなぁ。料亭の方には、理子ちゃんが知らん むかいんが居るし」

むかいんは、美玖と光一、そして、真子の四人で楽しそうに語り合っていた。

「それも楽しみにしてんねん。真子の原点やろ」
「えぇ。むかいんと私の原点でもあります」

真子達を見つめながら、ぺんこうが言った。

「ほんま、真子の事…好きやなぁ、先生」
「ほっとけ」

理子に言われて思わず、口にしたぺんこうだった。


新幹線内に、駅に到着するメロディーが流れ始めた。



「もうすぐやな」

東京駅のホームでは、大阪から来る新幹線を待っている男達が居た。
なんとなく刑事っぽい雰囲気の男と、前髪が立った背の高い二枚目顔の男、そして、スーツを身に付け、ビシッと姿勢を正している男の三人。

「本当に、大丈夫でしょうか…」

スーツの男が心配そうに言うと、

「どう見ても、二組の親子連れしか見えん」

刑事っぽい男が応えた。

「それに、組長が望んだことですから」

二枚目顔の男が言うと、スーツの男は、

「それでも私は心配ですよ」

そう言った。

「いつまでも、心配なさるんですから、笹崎さんは」

刑事っぽい男が呆れたような嬉しいような感じで言う。

「それが、おやっさんの思いですから」

スーツの男は、負けじと応えた。

「来ましたよ」

新幹線が来る方向を見つめながら、二枚目顔の男が言うと、

「……おい、まだだろが、くまはち」
「見えますが…」
「…益々…厄介な男に成長してませんか、八造君は…」
「そうなんだよなぁ。良いのか悪いのか」
「真北さん、竹野さんまで、どうして、私を…」

八造(猪熊八造/いのくまはちぞう。通称:くまはち。猪熊家の八男)と呼ばれた二枚目の男が言おうとした時だった。

「来たぞぉ」

真北(真北春樹/まきたはるき。真子の育ての親)が言うと同時に、男達が待っていた新幹線が、東京駅に近づいてきた。



新幹線の中では、東京駅が近づいてきた為、乗客達は降りる準備を始めていた。真子達二組の親子も降りる準備を始めた。真子が美玖にコートを着せようとしたが、

「あったかいから、いい」

美玖が拒んだ。

「でも、外は寒いよ」

真子の言葉で、美玖はコートを着た。
新幹線のスピードが落ち、車内にアナウンスが流れる。

「忘れ物無いね?」

理子が言うと、

「はいっ!」

光一と美玖が元気よく返事をした。
新幹線が駅に入っていく。



新幹線が到着し、乗客が降りてきた。
ホームで待っていた三人は、乗客に目を凝らす。真北は、窓から見える乗客の姿を見つめ、その中に待ち人達の姿に気付いた。
小さな女の子が母親と手を繋ぎ、他の乗客の歩みに合わせてゆっくりと歩いている。時々、母親に話しかけているのか、見上げていた。
真北の表情が和らぐ。

「真北さん、顔…」

竹野(たけの。高級料亭・笹川の料理人の一人)が、呟いた。
八造が、「シィッ…」と口に指を当てていた。



「よいしょ!」

そう言って、新幹線からホームへと足を運んだ美玖は、

「まきたん!」

真北の姿に直ぐに気付き、真子から手を離して駆けていく。

「美玖ちゃん、お疲れさまぁ」

そう言いながら、真北は美玖を抱きかかえた。

「ぼくも!!」

光一も真北に駆け寄っていく。

「光ちゃん、お疲れさまぁ」

真北は、光一も抱きかかえた。
二人の子供は抱きかかえられたことで、目線が高くなり、

「くまはっちゃぁ〜、おひさしぶり〜」

真北の肩越しに見えた、くまはちに手を振った。

「新幹線、楽しかった?」

くまはちが言うと、美玖と光一は輝かんばかりの笑顔を見せて、大きく頷いた。

「あのね、あのね、ふじさーが、きれいだった」
「ふじさー、たかかった!!」

美玖と光一は、新幹線から観た富士山の事をくまはちに語り始めた。その時、くまはちの隣に立っていた竹野に気付く。

「光ちゃん、美玖ちゃん、初めまして。私は竹野と申します」
「……竹野さんが迎えに来るとは思いませんでしたよ……」

二家族の中で一番最後に新幹線から降りてきた、むかいんが、驚いたように口にした。

「おやっさんが行けと、うるさくてね」
「ねぇ、たけのさんは、りょうてーのパパのせんぱい?」

光一が尋ねた。

「先輩に…なるのかなぁ…」

竹野は考え込み、

「一緒に修行を積んだ仲…ですけどね」

思いついたように応えた。

「で、これからは、どうなるんですか?」

真北の腕から美玖を取り上げるかのように手を伸ばした、ぺんこうが冷たく尋ねた。

「むかいん一家は竹野さんの車で、料亭直行」

光一を地面に下ろしながら、真北が素っ気なく応えた。

「夕飯は、料亭」

そう言いながら、真子と芯の荷物を手に、真北は歩き出した。

「……くまはち」

真子が、くまはちを呼ぶ。

「はい」
「やっぱり、無茶してたやろ…」

静かに尋ねる真子に、くまはちは苦笑いをし、理子とむかいんの荷物を手に取った。

「………真北のおっちゃん、怒ってるん?」

理子が真子に尋ねた。

「なんで?」
「こういう場合は、絶対、真子に声を掛けるやん」
「…私が怒ってる…なんだけどなぁ」

真北の背中に向けて、真子が応えた。その声は、真北の耳には届いている。真北の表情は見えなかったが、

「反省してるんちゃうん?」

その背中が語っていたのか、理子には、真北の表情が解ったらしい。


理子が思った通り、真子の言葉で、真北の表情は、青ざめていた。

「ほな、いこかぁ」
「はいっ!」

真子の言葉に、子供達は元気よく返事をした。そして、真北に続いてホームを降りていった。




とある大きな屋敷では、ちょっぴり慌ただしい気配が……。
屋敷の玄関から、一人の男が出てきた。そのまま、門へと駆けていき、門番の男に声を掛けた。門番は、門を開け、外を確認する。
門柱には………。

『阿山組本部』


阿山組。
今や海外にも有名となってしまった、巨大組織・阿山組…世間一般には、極道=やくざと言われる組織であり、真子こそ、『阿山組五代目組長・阿山真子』である。
阿山組五代目は、跡を継いだ途端、極道には欠かせない銃器類の禁止を行い、命の大切さを訴え始めた。
命張ってなんぼの世界で生きてきた者にとっては、その言葉は単なる「甘ちゃん」の言葉としか捉えなかった。
しかし、阿山組五代目組長・阿山真子は、その世界で長く生きていた者でさえ、一目を置くほどのオーラを放ち、真子の言葉を嫌っていた者達に、心が和むほどの笑顔を見せ、次々と考えを変えさせてしまった。

更には、命を張って守るなと、組員達に強く訴えた。

幼い頃、自分を守って命を落とした母の事もあり、目の前で消えていく命を目の当たりにしたことがあるからこそ、誰よりも、命の大切さを知っている。だからこそ、組員達に、『組長命令』として、訴えたのだった。

普通の暮らしがしたい。

真子が育った環境は、この阿山組本部である。命を大切にしないやくざが嫌いで、一時、笑顔を無くしていた。
やくざが嫌いなのに、なぜ、跡目を継いだのか。
誰もが不思議に思っていたが、その理由も解った。

自分を大切に育ててくれた父と母が大切に守ってきた者達を、失いたくない。
その思いが一番強かった。
真子のその思いが組員達に伝わっていくには、かなりの時間を要した。
そして、今………。



阿山組本部の門前で、門柱に掛けられている看板を見上げながら、門番と組員は悩んでいた。

「どうする?」

門番は、この日のことを耳にしていた。
真子が帰ってくる。
今の生活=普通の暮らしをしていることを、大切な者たちに伝えたい思いもある。
『普通の暮らし』をしている自分自身を、その思いを守ってくれる組員達に伝えたい。『普通の暮らし』を伝える為に帰ってくる真子、そして、真子の夫と娘。それなのに、『極道』の世界では大切な看板を、ここに掛けているのは…ということで、門番と組員は悩んでいたのだった。

「外すか?」

組員が言うと、何かを思い出したように門番が言った。

「真北さんは、何か仰ってましたか?」
「言う訳ないだろが」
「そうですね…」
「山中さんに、尋ねるか……」

と言った時だった。

「少し遅れるそうだ」
「山中さん!!」

山中(山中勝司/やまなかかつじ。阿山組のナンバー2と言われ、本部での仕事を任されている)がやって来た。

「遅れるということは、やはり…」
「東京駅が珍しくて、散歩中。組長と真北さんが言い合い中。
 さらに、ぺんこうまで参加で、もめてるそうだ」

呆れたような、予想してた通りだと言わんばかりの表情で、山中が言うと、門番と組員は、笑い出した。

「あっ、そうでした。山中さん。看板は、外した方がよろしいですか?」

思い出したように組員が尋ねた。

「ん? どうしてだ?」

何を馬鹿げた事を言うんだ…という表情になる山中に、組員が自分の思いを語り始めた。

「それもそうだが……今まで外した事は無いな。外すことすら
 考えたことは無かったなぁ。組長の想いもあるんだが、
 今の立場は、普通の暮らしをしている母親ではあるが、
 五代目という立場でもある。俺としては、五代目を迎えるつもりだが…」
「母親として迎えたいですし…」
「…まぁ、その通りだが、どうしたもんだろ…」

山中まで、悩み始めた。
三人とも腕を組みながら、看板を見上げている時だった。
阿山組本部の隣にある高級料亭・笹川から、一人の客が出てきた。料亭の門のところで、料亭の女将と少し話した後、山中達の方へと歩き出した。その客は、山中達の姿を見て、

「山中さん、どうされたんですか?」

気さくに声を掛けてきた。

「富田さん」

客は、富田という男で、阿山組本部の近くに住んでいる者だった。もちろん、一般市民だが、殉職した息子が居て、阿山組とは深い仲でもある。なので、こうして、親しく声を掛けるのだった。

「そういや、真子ちゃんが、山本先生と娘の美玖ちゃんを連れて
 帰省するそうですね」
「って、富田さん、その話は……」

いきなりの富田の言葉に、山中は驚いたように声を挙げた。

「先程、料亭の女将さんから。涼ちゃんも家族を連れて
 帰省するって、女将さんたち皆さん、少し落ち着きを失っていましたよ。
 まぁ、女将さんは、涼ちゃんの事が主に…でしたけど、本来は」

富田が、そこまで話した途端、

「言わなくても、誰が言ったかは、解りますよ…」

山中が呆れたように言った。

「ええ、まぁ…真北さんからですけどね。嬉しそうな表情で
 駅まで迎えに行くと…」
「って、さっきですか?」
「昨日も…」

その言葉に、誰もが苦笑い。

「真北さんにとっては、娘同然ですから、仕方在りませんけどね」
「育ての親が、いつの間にか、先代と競い合う状態でしたからねぇ」

富田と山中が、思い出したように言った。
真北の溺愛ぶりは、組員だけでなく、近所の一般市民にまで有名だったようで……。だからこそ、東京駅のホームで、理子が真子に尋ねたのだが……。

「ところで、どうされました?」

富田が尋ねた。

「この看板ですよ」
「古くなりましたねぇ。なのに、綺麗に磨かれている。いつも見てますよ。
 そして、手を合わしてます。この看板こそ、あの事件を思い出させる
 ものですけど、今では、誇りに思ってますよ」
「富田さん…」

富田の息子が殉職した場所は、この阿山組本部前だった。
阿山組四代目が健在だった頃、巨大組織へとなりつつある阿山組を壊滅させる為に刑事達が動いた時期があった。あと一歩で壊滅…という時、阿山組と敵対していた組が、この阿山組に攻撃をしかけた。その時の攻撃に巻き込まれた刑事達が、一人を残して命を落とした。命を落とした刑事の中に、富田の息子が居た。
本来なら、気さくに声を掛け合う仲になるわけない過去があるのに、なぜ、こうして……。
それは、富田の言葉の中にあった。

「で、看板がどうされたんですか?」
「組長が帰省する理由は、御存知ですか?」
「えぇ。今の生活を、みなさんに伝えたいということでしょう?
 私自身、楽しみですから。大阪で普通の暮らしも堪能してると
 時々姿を見せる真北さんに聞いてましたからねぇ」

嬉しそうに語る富田だった。

「その普通の暮らしに、これは必要なのかと言う話が出まして…」

山中の言葉に、富田は驚いた表情になった。

「確かに、その通りですけど、その普通の暮らしも堪能してる
 真子ちゃんが、帰省する理由は、御存知でしょう?」
「今の暮らしを伝えたい…」
「それだけじゃないでしょう?」
「えっ?」
「自分が育った場所、そして、大切にしてくれるみなさんを
 新しい家族に見せたいから、帰省するんじゃありませんか!
 この看板こそ、その証。真子ちゃん、門を通るたびに、
 この看板を見上げていましたよ」
「いや、それは…『この看板があるから、普通の暮らしが出来ない』
 という思いがあったからでは……」

山中が言うと同時に、富田が優しい眼差しで、看板を見上げ、

「優しい眼差しで見上げていたのに?」

疑問系で、山中に問いかけた。

「えっ?」
「お嬢様から五代目になっても、通る度に優しい眼差しで見上げてましたよ。
 恐らく、私の自宅から見えることに気付いて無かったのかもしれませんが、
 ここ…私の自宅の窓からは、しっかりと様子を伺えますからねぇ。だからこそ、
 真北さんが見張りのために、私の自宅を選んでいたんですよ」
「富田さんのお宅から、よく見えることは存じてましたよ。真北に見張られて
 いたことも、解ってましたから。だけど、組長が通る時って」
「車での送迎の時は、無理のようでしたが、一人で出掛けてた時に、
 見掛けてましたよ」
「そうだった…組長は、こっそりと出掛ける事が多かった……」

思い出したように山中が言った。

「もしかして、看板を外そうと悩んでましたか?」
「その通りですね…」
「外さない方が、良いと思いますよ、私は」
「えっ?」
「この看板を見上げていた真子ちゃんの思いまでは解りませんが
 これも、真子ちゃんにとっては欠かせない物じゃありませんか?」

富田は看板を見上げる。
その眼差しは、看板に語りかけているようにも思えた山中は、フッと笑みを浮かべて、

「そうですね。…普通の暮らしをしていても、私たち極道にとっては、
 阿山真子五代目は、誇りですから……」

山中も看板を見上げる。二人の話を聞いていた門番と組員も、同じように看板を見上げた。

「そろそろ、東京駅を出たところかな…」

富田が呟いた。

「まだかもしれませんね…」

山中が、ボソッと応える。

連絡してきた、くまはちが、怒りを抑えていたもんなぁ。


山中がボソッと応えたように、真子達は、東京駅で足止め状態…………。



美玖と光一が、むかいんと理子と手を繋いで、東京駅のあちこちを探索中。ずっと東京で暮らしている竹野の説明を聞きながら、美玖と光一は、爛々と輝く目を見せていた。

「凄く変わったなぁ」

涼が言う。

「キャラクターランドへの道順は変わらんな…」

理子が懐かしむように言った。

「……で、組長達は、終わったんかなぁ」

むかいんは心配そうに呟いた。

「まさか、ここで揉めるとは思わんかったで」
「俺もや」
「どないするん?」
「くまはちに任せる」
「ねぇ、パパぁ」

光一が呼ぶ。

「りょうパパぁ」

美玖も呼ぶ。

「なんだい?」
「あれみたいぃ」

美玖と光一が同時に言って、指を差した。
そこでは、年末セールで賑わっている店があった。しかし、子供達が興味を示すようなものではない。

「人が多くて危ないよ?」
「涼、その向こう」
「ん? …あぁ、あれかぁ。…竹野さん、あれは?」
「最近出来たみたいですね。もしかして、健在ですか?」
「えぇ。あいつも時々送ってきますよ。光一や美玖ちゃんにも」
「まこママは?」
「真子には内緒で買おう!」

理子が促して、光一と美玖の手を引いて、小走りで向かっていった。

「あっ、理子っ!」
「理子さんっ!」

むかいんと竹野が追いかけていく。
その頃、真子達は………。



「約束が違う」

真子が静かに言うと、

「仕方ありません」

力強く真北が応える。

「キルさんが今回、こっちに来たのは…」
「解ってます」
「それなら、どうして?」

真子の質問に、真北は、どう応えて良いのか解らず、眉間にしわを寄せてしまった。ちらりと、くまはちに目をやるが、八造は、そっと目を反らす。

くまはちぃ〜っ! お前がぁぁっ!!

真子が帰省する事をどこで知ったのか、敵対する組、そして、真子を敵視している海外を中心に密かに動いている裏組織の者達が、真子を狙って潜んでいたらしい。真子が帰省する日までは情報を掴まなかったのか、敵は、真北とくまはちが到着する日から、身を潜めていた。

それに気付いた真北とくまはちが、こっそりと『掃除』していた。

その掃除の最中に、真北たちから少し遅れてやってきた、キルと栄三が二人の動きに気付き、キル一人が、あっという間に片付けたらしい。
その事は、真子には内緒だった。
しかし、なぜか、真子の耳に入っていた。

東京に着いた途端、真子は開口一番に、そのことを尋ねようと思ったが、子供達の行動に(真北の姿を見た途端、駆け寄った)、そのタイミングを逃してしまった。
理子が尋ねた時の応え「私が怒ってる」というのは、その行動に対しての事だった。

「キルさんは、今は医者なんだから…」
「組長、その事は、キルに直接伝えてください。私も真北さんも
 それだけは止めろと、強く言ったんですから」
「ったくぅ」

真子は膨れっ面になった。

「それで?」
「大丈夫です」
「解った。でも、今後は、私に直接話してね。健の話が無かったら
 私、何も知らずに…」
「申し訳御座いませんでした」

くまはち(実は、阿山組五代目組長のボディーガード)は深々と頭を下げた。

「くまはちは、悪くない」

ボソッと呟いたのは、少し離れた所に立っていた、ぺんこうだった。

「お前は口を挟むな」

真子と話している時とは全く違った雰囲気で、真北は、ぺんこうに言った。

「これ以上、真子に心配を掛けないでください」

ぺんこうが言うと、真北も負けじと口にする。

「それは、俺に対してのことか? それとも、キルに対してのことか?」
「改めて言うのは、飽きましたよっ!」

なぜか喧嘩腰になる真北とぺんこう。

「……お二人とも、いい加減にしてください」

今にも勃発!という瞬間、くまはちが止めに入った。
そんなやり取りを見て、真子が溜め息を吐く。

「真子ちゃん、やっぱり、無理をしてましたね?」
「真子、大丈夫か?」
「組長、大丈夫ですか?」

真北、ぺんこう、そして、くまはちが同時に口にした。

「もういい」

そう言って、真子は膨れっ面になった。

「そろそろ、車の方に……」

くまはちが、そっと真子に言った。真子は、真北をギッと睨んだ後、駐車場に向かって歩き出す。くまはちは、とある場所に目をやった。くまはちの目線の先に目をやると、一人の男が真北に一礼した。

「すまん、少し遅れる」

そう言って、真北は、一人の男に向かって歩き出した。くまはちは、真北に一礼して、真子を追いかけていく。



「なんだよ」

真北は、ぶっきらぼうに声を掛けた。

「すみません。もしかしたら、気まずいのでは…と思いまして…っ!!」
「ほっとけっ」

男に素早く蹴りを入れる真北だった。

「で? どうや?」

真北が尋ねると、男は、静かに何かを報告した。真北の眉間にしわが寄る。

「三箇日までには終わらせますので、真北刑事は、ゆっくりと
 休暇を………って、その眼差しには恐れませんよっ」

男の言葉に、真北の眼差しは鋭くなっていた。

「俺の仕事を取るな」
「そうでもしないと、真子さんの怒りが納まりませんよ!」
「ったく、そうやって、毎回遠回しの気遣いをするんだからなぁ、
 真子ちゃんは」
「真子さんだからですよ」
「…で、真子ちゃんへの情報は、やっぱり…」
「健さんです」
「ったく、あいつは、真子ちゃんには弱いからなぁ」
「真北さ……うごっ…」

『真北さんも、真子さんには弱いでしょう?』と言い切る前に、再び、真北の蹴りが入った。

「まぁ、暫くは、真子ちゃんから離れないつもりだから、
 頼む予定だったさ。ほな、よろしくな」
「はっ」

真北は、一礼する男に後ろ手を振り、真子が向かった駐車場へと早足で歩き出した。



男が『真北刑事』と呼んだように、真北の立場は刑事である。階級としては、『警視正』であるが、真北自身が階級で呼ばれるのを嫌がっており、後輩には、『刑事』と呼ぶように強く言っていた。
そんな真北が、なぜ、極道の世界で生きる真子の育ての親なのか。

真北は若かりし頃、やくざ壊滅に乗り出したことがあった。その中に、阿山組も含まれており、阿山組が巨大化する前に壊滅させようと、躍起になっていた。
相手は極道。何が起こるか解らない。
たった一人で壊滅に乗り出そうと行動に移った時、真北を尊敬する刑事達が、手助けするかのように、真北に付いてきた。真北に付いてきた刑事の中に、富田の息子も含まれていた。

そして、あの日が来た。

阿山組本部に乗り込もうと、門に駆け寄る刑事達。その時、阿山組と敵対していた組が放った砲弾が、阿山組本部の外壁に命中。
崩れる外壁と門。
その瓦礫は、刑事達に降り注いだのだった。
この事件で、たった一人生き残った刑事が、真北だった。しかし、真北自身、重体に近い状態となり、病院まで搬送する時間を惜しんだ阿山組の者が、組内にある医務室で真北の治療に当たった。

この時の恩もあるのか、真北は、この事件の後、阿山組と懇意に付き合うことになる。

事件後、真北は、警視庁にある極秘任務=特殊任務と呼ばれる部署に就くことになった。
特殊任務の組織は、ある行動を主流にしていた。
極道のトップと手を組み、行動すること。
もちろん、極道を忌み嫌っていた真北は、反対した。
悩んでいた時、阿山組四代目の阿山慶造(真子の父)とその妻・ちさとと話し合いの席で、それぞれの思いを激しく語った。

生きている世界が違うだけで、目指すものは、同じだった。

真北は決意する。
そして、慶造と兄弟杯を交わした。

慶造と共に行動し、時には命の危険も省みず、無茶な行動に出る真北だった。

慶造亡き今、真子が慶造の意志を継ぎ、真北の手助けをしている。
手を組む相手が、自分が育てた真子になっても、真北の行動は、目を覆いたくなるほど、激しくなっていった。
その行動の先には、大切な者を守りたいという強い思いがあることは、真北を心配する者達は知っていた。
その心配する者達の中に、一般市民である、富田も含まれていた。





阿山組本部前。
山中が決意したのか、大きく頷いた。

「これは、外さない」
「そうですね。…おっと、長話をしてしまいました。それでは、私は
 これにて、失礼します」

富田が深々と頭を下げて、自宅に向かって歩き出す。

「ありがとうございました」

山中達も頭を下げ、門をくぐっていく。
門番が、門をくぐった時、右側を見た。

「枯れ葉が…」

そう言って、門から少し離れた場所にある小さな祠に駆け寄っていった。そして、枯れ葉を取り除き、そこにある供え物を整える。そっと手を合わせて定位置に戻る。
山中が、その祠を見つめていた。

「富田さんは、御存知のようだな」

そう呟く山中に、組員が頷いた。

「えぇ。真北さんが仰ったのでしょう」
「いいや、あの日、この門から出て行くときに気付いたんだろうな。
 そして、先代の思いと真北さんの行動、それらから思いついたのかもな」
「そうでしたか…」

その祠こそ、あの日、命を落とした刑事達を弔うように建てられたものだった。
敵の攻撃に耐えられず、瓦礫と化した門と塀。その瓦礫に埋もれた刑事達。

「山中さん」
「ん?」
「富田さんは、ご子息の亡骸を目の前にしたんですよね」
「そうだったな」
「瓦礫に埋もれたんでしょう? 識別なんて難しかったのでは?」
「他の刑事はな。でも、富田さんのご子息は、綺麗な姿だった。
 瓦礫の重みによる圧死」
「綺麗だった?」
「あぁ。先程の看板のお陰でな。あの看板がご子息の体を守った。
 しかし、瓦礫の多さ、そして、重みが、ご子息を……」
「そのご子息が守った刑事が…」
「…俺たち極道にとって、一番厄介な刑事…真北だ」

苦虫を潰したような表情で、山中が言った。

「山中さんは、本当に、真北さんのことが、嫌いなんですね」
「あの兄弟が、先代が守ってきた阿山組を掻き乱してるんでな、
 そのことがあるから、大嫌いだな」

その時、山中の携帯電話がかわいい音を立てて鳴り出した。
山中の雰囲気とは正反対の着メロ。着メロに凝り出した事があった真子が、以前、本部に帰ってきた時に、こっそりと替えていた。それに気付いたのは、くまはちから連絡をもらった時だった。

「その着メロ、いつ耳にしても、不思議ですよ」

組員は、真子が替えたことを知らなかった。

「五月蠅いっ! もしもし……」

少し応対した後、山中が笑い出す。そして、

「やっと、東京駅を出たそうだ」

笑いを堪えながら、山中が言った。

「準備、最終確認」
「はっ」

山中の言葉と同時に、組員の動きが素早くなった。
ゆっくりと玄関へと歩いていく山中が応対した相手は、くまはちだった。



くまはちは、携帯電話のスイッチを切り、懐に入れた。
そして、真子、真北、くまはち、ぺんこうの四人が駐車場へとやって来た。そこでは、既に、むかいんと理子、光一と美玖、竹野が待っていた。

「まこママぁ」
「ママぁ」

真子の姿を見た途端、光一と美玖が、真子に駆け寄って、手を出した。
その手には、手のひらサイズのかわいい猫のぬいぐるみがあった。

「これ、どうしたの?」

真子が尋ねると、

「こうちゃんと、みつけたの!」
「見つけた?」
「猫グッズ専門の店が、駅の中にあったんですよ」

むかいんが言った。

「ママ、これね、ここをおすとね…」

美玖が猫のぬいぐるみの背中を押すと、

『ニャァア』

と鳴いた。

「なきごえ、たくさんあるの。おもしろいでしょ?」
「うん。面白いぃ。ありがとぉ、美玖、光ちゃん」

真子がニッコリと微笑むと、美玖と光一の笑顔が更に輝いた。

「やっと笑った」

ボソッと呟く真北だった。その言葉は、真北だけでなく、むかいん、そして、理子も言いたかった様子。
猫グッズの店に入って、色々と見ている時、むかいんと理子は、思っていた。

何年かぶりに帰省するのに、膨れっ面のままでは
誰もが心配するよなぁ。

と。その事は、誰も言わなかったのに、子供達は自然と感じていた様子。

「きげん…なおった?」

美玖が、真子にそっと言った。

「うん。治った。ありがと。心配掛けて御免ね」

ギュッと美玖を抱きしめる真子は、光一の頭を優しく撫でた。

「光ちゃんとは、ここでお別れだね」
「うん。でも、よるごはん、いっしょだもん」
「恐らく、たくさんのお兄さんやおじさんが居ると思うよ。いつもより
 早い忘年会だから、楽しいぞぉ!」
「おはなししても、いいの?」

美玖が尋ねた。
食事の時は、静かに。…というのが、真子達の食卓風景。それは、真北の教育でもあった。なので、食事の時は、話は最小限に留めることにしていた。

「唄を歌ったり、面白いことをしてくれると思うんだけど……、
 くまはち、どうなん?」
「そうですね、恐らく、みんなが、いつも以上に張り切ってるかと…」
「そうだと思った。だからね、楽しみにしててね」
「まこママ、うたうの?」
「う〜ん、…そうだ! 美玖と光ちゃんと理子ママの四人で歌おうっか!」

真子の言葉に、子供達は嬉しそうに、

「はい!」

と返事をした。なぜか、子供達に釣られるかのように、理子も返事をしていた。

「賑やかになりそうやな…」

真北がフッと笑みを浮かべる。

「では、そろそろ、出発しますよ!」

くまはちが言うと、真子達は、二台の車に分かれて乗り込んだ。
真北運転の車には、真子の家族三人が後ろの席に座り、くまはちが助手席に座った。竹野の運転する車には、理子の家族三人が乗り込む。隣同士に並んだ車の窓からは、お互いの姿が見えていた。
美玖と光一は、手を振り合う。
そして、車は動き出した。

いざ、向かうは、帰省先。
そこで待っているものは、一体………。



とある部屋で電話の受話器を置いた男が居た。
男は、受話器を置いた後、顔を上げる。
男の目線の先には、古ぼけた写真が、たくさん飾ってあった。優しい笑みを浮かべた男は、グッと拳を握りしめ、部屋を出て行った。
部屋のドアが、静かに閉まる……。



(2010.2.22 序章 喜び 第一話 改訂版2014.12.29 UP)



序章 第二話



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