任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

序章 喜び
第二話 (やっと) ただいま !!

車の中に、妙な声が響く。

ミギャ……。

「へんなのぉ」
「他に、どんな声があるのかなぁ」

ニャァアアッ!

先程の鳴き声を可笑しいと言ったことに腹を立てた感じの鳴き声だった。

「きゃははは!!!」

真子と美玖は、猫のぬいぐるみで楽しんでいた。
車が赤信号で停まる。前を走る竹野運転の車では、後部座席に座る光一が手を振ってきた。

「美玖ちゃん、光ちゃんが手を振ってるで」

真北が言うと、美玖は席の間から顔を出し、前の車で手を振る光一に気が付いた。

「こうちゃぁん」

美玖も手を振る。

「動くよ」

真北の言葉で、美玖は姿勢を正す。そして、車は動き出した。

「こうちゃんとは、どこでおわかれ?」
「実家の隣にある、料亭の前かな。夜には逢えるから
 車の中で手を振ろうね」
「はい!」

元気に返事をする美玖だった。
運転する真北は、後部座席で楽しく話している母娘の会話を耳にしながら、顔が綻んでいた。ぺんこうは、真子と美玖を見つめながら、ある事が気になっている様子。

「なぁ、くまはち」

助手席のくまはちに声を掛ける。

「なんや?」
「本部に着いたら、道場か?」
「そのつもりやけど、あかんか?」
「おじさんの仕事やろ?」
「俺が戻った時は、いつも交代しとるけど、今回は、ぺんこうにも
 頼むと言ってたが、あかんのか? 久しぶりに大暴れできるのに?」
「その間は、どうするんや?」
「小島のおじさんと親父が代わるかもなぁ」

くまはちの言葉に首を傾げる、ぺんこうは、

「お二人は、苦手じゃなかったっけ?」
「真子ちゃんの世話を時々してたから、大丈夫や」

真北が口を挟む。

「そうですか」

真北に対しては、どうしても、やっぱり、いつものように、冷たく返事をしてしまう、ぺんこう。
ぺんこうが気にしているのは、美玖のことだった。
真子は恐らく、くつろぎの庭で桜の木に語りかけるかもしれない。そして、ゆっくりとしたいだろう。その間、美玖と一緒に過ごそうと思っていた、ぺんこうだったが、くまはちに誘われた『若い衆との稽古』に参加することになっている。
そうなると、真北さんに…と考えたものの、くまはちの言葉で、考えが変わった……しかし、何か引っかかることがある。

「それよりも、真北さんは、どうされるんですか?」

ぺんこうが尋ねた。

「俺は部屋でのんびりや」

やはり真北は、美玖と一緒にはしゃぐほど、体調は良くないらしい。
敢えて言わずに、ぺんこうは、ため息を付くだけだった。ふと、真子と美玖に目をやると、二人は、窓の外を流れる景色に夢中だった。

「ところで、例のことは、どう指示してる?」

ぺんこうが気にするもう一つのこと。
それは……。




阿山組本部では、先程とは違い、何やら慌ただしくなっていた。
組員や若い衆が、身支度を調え、最終チェックに入る。

「準備OKです」

組員が、北野(きたの。山中に仕える阿山組組員の一人)に伝える。

「気を引き締めろよ」
「はっ」

北野の言葉に組員達が気合いを入れる。

「それにしても、それ……」

北野は、組員達の姿を気にしていた。
今までとは、少し違う。それには理由があるものの……。




高級料亭・笹川。
この日も大勢の客で大忙しの料亭内。お客を見送り、予約客を丁重に迎え入れる。
そんな中、一人の男が部屋から出てきた。
グッと握りしめた拳が何かを物語っている。
男とすれ違う料理人や従業員は、歩みを停め、男に一礼する。
そして、男は厨房へと入っていった。

「ウイッス」

厨房で働く料理人達が男に挨拶をする。

「親父…」

そう言って、厨房の奥から顔を出した料理人が居た。

「あのな…」

男は、料理人に何かを告げた。


料亭の玄関で、客を見送った女将がやって来た。

「そろそろ到着かしら」

女将は時計を見ながら、呟いた。




二台の車が、角を曲がった。住宅街を走っていく。
先頭を走る車がウインカーを出してスピードを落とし、高級料亭・笹川の手前で停まった。その横に後ろを走っていた車が一旦停まる。

「みくちゃん、またねぇ」
「こうちゃん、またね!!」

それぞれの車から美玖と光一が手を振り合った。
光一が乗った車は、高級料亭の駐車場へと入っていった。
美玖が乗る車が動く。そして……。


門が開いた。
一台の車が屋敷へと入っていく。
その屋敷こそ………。



車が玄関前に停まると、玄関から組員達が姿を現した。そして、素早く整列する。
助手席と後部座席のドアが同時に開き、くまはちとぺんこうが降りてきた。

「……お前ら……」

ぺんこうが、組員達の姿を見て、項垂れる。

くまはち、これは、どういうことだよっ。

隣に立つ、くまはちに呟いた。

知るかっ。

くまはちが短く応える。
その時、後部座席から美玖が降り、そして、真子が降りてきた。
組員達の姿勢が更に正しくなる。

「お帰りなさいませっ!!!」

組員達が一斉に声を挙げ、一礼した。

「ただいま」

真子が明るく応えると、組員達の表情が綻んだ。

「みくです」

美玖が深々と頭を下げると、

「お待ちしておりましたっ」

と、組員達が声を揃えて応えた。
その仕草に驚く…かに思えた美玖だが、

「ねぇ、ママ。みんな、なふだつけてるよ?」
「ほんとだ。…どうしたの、それ…」

北野が呆れ、ぺんこうが項垂れ、くまはちが知るかっ…と応えたのは、組員達が、それぞれ左の胸元に名札を付けていたからだった。手のひらサイズの縦長の白い布に、黒い文字で、名前が書かれている。それも…。

「名前です。美玖ちゃんと光一くんは、ひらがなを読めると聞いたので、
 こうして、ひらがなで書いた名札を付けておれば、名前を呼びやすいかと
 純一さんの意見です」
「なるほど。これなら、覚えやすい! ありがとう、みなさん」
「ありがとうございます」

美玖が深々と頭を下げる。その仕草を見て、組員達も思わず頭を下げてしまった。

あれ?

真子のことを良く知ってる、くまはちとぺんこうは、首を傾げた。
昔っから、このような出迎えは嫌っていた。今回も、このような出迎えは嫌がるだろうと思ったが、真子は美玖と一緒に、組員一人一人と話し始めたのだった。
組員達は、もちろん極道。まだ、組員扱いされない若い衆(組に入り立ての者)も、それぞれ、恐い面、雰囲気ではあるものの、真子と美玖を前にすると、とても優しいお兄さんという雰囲気に変化する。美玖の目線に合わせて姿勢を低くして、美玖に優しく語りかける。

「美玖の…ためか」

ぺんこうが言った。

「誰もが会いたがっていたんだろな」

くまはちは、微笑んでいた。
ふと、何かを思い出したのか、くまはちは車の中を覗き込んだ。
真北がハンドルに蹲っていた。

「真北さん?」

体調が悪化したのかと思い、くまはちが運転席に回ろうとしたが、

「ほっとけって」

冷たく、ぺんこうが言う。

「いや、しかし…」
「この状況を見て、笑いを堪えてるだけや」
「はぁ?」
「真北さんじゃなくても、笑うって…」

ぺんこうも笑いを堪えていた様子。
ぺんこうが言ったものの、やはり心配なのか、くまはちは運転席に周り、ドアを開けた。
真北の体が震えている。

「真北さん、大丈夫ですか?」
「くっくっく……あ、あはは…くまはち。大丈夫や。あかん…
 話しかけるな、笑いが抑えられんやろが」
「ったく……それでしたら、車を置いてきたらどうですか」
「そうする。荷物頼んだで」
「はい」

くまはちは、真子達の荷物を車から降ろし、トランクを閉めた。車は駐車場へと動き出す。

「ほい、ぺんこう」

くまはちは、ぺんこうの荷物だけ渡した。

「サンキュ。で、どうする?」
「準備しとくわ」

二人も玄関へと向かって歩いていく。


玄関では、靴を脱いで上がる美玖と真子の姿があった。そして、そこには……。

「山中さんは、名札なしですか?」

真子を出迎えるように山中が立っていた。真子に声を掛けられて、

「必要ありませんよ。お帰りなさいませ」
「ただいま」

二人は笑顔で挨拶をした。

「はじめまして、みくです」
「山中です。ようこそ」

美玖に対する山中の姿に、真子は思わず笑ってしまった。

「本当に、苦手なんですね、山中さん」
「あっ、いや、……その…」

「それは言わないであげてくださいね、真子様」

そう言って姿を現したのは、小島隆栄と猪熊修司だった。
この二人は、真子の父・慶造のボディーガード。小島隆栄は、真子の言葉に少し出てきた栄三の父で、猪熊修司は、くまはちの父である。その二人は、引退し、この世界から離れたはずなのだが、極道の世界で翻弄する真子を守る栄三とくまはちの役に立とうと、真子には内緒で動いていた。
ところが、その行動は、真子に知れてしまい、真子の怒りを買ってしまった。組員達が驚く程の拳を蹴りで、二人を静止しようとしたが、頑固な二人は、どうしても動きたいと訴えた。
そこで、真子が提案したのは……『若い衆の育成』だった。
憧れて入ってくる輩の精魂を鍛え直す。
真子の本来の目的は、そうだった。
しかし、今や世界の裏組織から狙われている真子を守る為、密かに鍛えている。

「小島のおじさん、猪熊おじさん! どうされたんですか!」
「真子様が帰省すると聞けば、飛んで帰ってきますよ」

思わず口にした隆栄。

「……やっぱり、海外に……」

真子が膨れっ面になった。

「あっ、その…」
「私たちにとって、ここは、実家ですからね。帰ってくるという
 言葉が一番当てはまりますよ」

焦る隆栄とは違い、修司は冷静だった。

「えいぞうしゃんと……くまはっちゃ?」

隆栄と修司を見た美玖が、首を傾げながら言うと、

「えいぞうさんのお父さんと、くまはちのお父さんだよ」

真子が紹介した。

「はじめまして、みくです」

美玖は、またまた頭を下げて、挨拶をした。もちろん、それに釣られるように隆栄と修司も頭を下げる。しかし、修司だけは、直ぐに頭を上げて、真子と美玖から少し距離を取った。
くまはちとぺんこうがやって来たからだった。
くまはちと修司は、お互い、睨み合う。
その雰囲気は、思わず、その場を凍らせる程のもの。

「ほな、八っちゃん、すぐに頼むで」

凍り付いた雰囲気も何のその。隆栄が一言、言葉を発した途端、その場が和んだ。

「もしかして、小島のおじさん、くまはちに稽古を頼んでたん?」
「そうやでぇ。だって、俺たち、美玖ちゃんと遊びたいもぉん」
「小島、俺たちって、俺が含まれてるんか?」

思わず修司が言った。

「当たり前やん」
「あのなぁ」
「ということは、芯も?」

そう言って、ぺんこうに振り返ると、ぺんこうの表情は、やる気満々。思わず真子は苦笑い。

「二人が稽古を付けると、残るのが二人なのになぁ」
「ねぇ、こじまおじさん」
「ん? なんだい、美玖ちゃん」
「いけのこいのにわ、どこですか?」
「奥にあるよ、観に行く?」
「はい! おねがいします」
「その前に、着替えてからね」
「このふくがいい」
「汚れちゃうぞぉ」

真子が言うと、美玖は少し考える。

「よごれると、まきたんにおこられるから、きがえる」
「この服は、まきたんから?」

隆栄が尋ねると、美玖は大きく頷いた。

「みくとこうちゃんのおようふくはね、まきたんがかうの!」
「……昔のままなんですね、真北さんは………」

と隆栄が言うと同時に、空を切る音が聞こえた。

「私は部屋に居ますから、夕食まで、ゆっくりしてくださいね」

そう言って、真北は去っていった。

「おっかねぇなぁ、ったく。ほんまに健在なんやから」

隆栄たちと話している時、真北がやって来た。そして、隆栄の言葉を耳にした途端、誰にも見えない速さで、隆栄の頭に真北の蹴りが向かった。寸でで避けた隆栄だった。




真子の部屋に入っていく、真子と美玖。その隣にある部屋には、ぺんこうが入っていった。

「ママのおへや?」
「そうだよ。ここで、過ごしていたんだよぉ」
「おっきなねこぉ」

本棚に納められている猫の置物に気付いた美玖が、猫に近づいていく。

「その猫は電話だよ」
「でんわ?」
「もう使えないかもしれないなぁ。これが受話器」

猫の手を取ると、それは受話器だった。

「おとがきこえてる」

ツーという音が聞こえていた。

「あっ! このねこでんわが、パパとのでんわの?」
「その通り! ここにね、芯が電話を掛けてくれてたんだよぉ」
「あいのでんわ!」
「…って、美玖、その言葉は…」
「えいぞうしゃん!」
「もぉ、えいぞうさんは、本当に……って、その昔、私にも言ってたっけ」

栄三は、真子が幼い頃に、大人な世界のお話を子供にも解りやすいように説明していた。どうやら、美玖にも教えている様子。

「池の庭は、そこだよ」

窓から見える庭があった。その庭こそ、池がある庭だった。すでに、修司が待っている。

「いのくまおじさんだ。はやくいきたい! きがえる!」
「小島のおじさんが、廊下で待ってるから、一緒に行くこと」
「はい! ママは、ゆっくりしててね。つかれたでしょう?」

真子の体調を気遣う美玖だった。



真子と美玖が着替えている頃、くまはちとぺんこうは、道着に着替え、阿山組本部の奥にある道場に居た。そこには、玄関に居た組員や若い衆が集まっていた。二人に稽古を付けてもらいたい者達。その中には、阿山組系須藤組傘下の来生会の組員、白井という男も含まれていた。白井は、くまはちを見た途端、深々と頭を下げた。

「白井、元気だったか?」
「猪熊さん、ありがとうございます。みなさんに、色々と教わっております。
 真子様には感謝しております」
「あれが、例の男か?」

ぺんこうが、くまはちに尋ねた。

「憧れる男を間違っている奴だ」
「なんとなく、嫌な奴と同じ雰囲気を持ってるよな」
「私的な感情で相手するなよ。腕は未熟なんだからな」
「腕は…って、他は大丈夫なのか?」
「目の動きは、優れている。あいつの瞬時の動きを全部説明したらしい」
「鍛えたら、それこそ、厄介やろが」
「しゃぁないやろ。あいつからの紹介なんやから」
「ほんま、厄介なやつやな」

ぺんこうとくまはちの会話の中にある『あいつ』とは、一体、誰のことなのか…。

「では、始める。まずは、形を見せてくれ。その後に、それぞれに
 稽古を付ける」
「はっ。よろしくおねがいします」

道場に大きな声が響き渡った。




美玖と隆栄、そして、修司が庭に降りた。そして、庭に広がる大きな池に近づいていく。
鯉が跳ねた。

「わっ! すごい! たくさんいるぅ!」

池の中には、たくさんの大きな鯉が泳いでいた。美玖達に近づいてくる。

「えいぞうしゃんから、ママへのプレゼントのこいは、どれ?」
「そうですねぇ、最初の鯉は、今、向こうを泳いでいる鯉だよ。
 その次は……」
「手前の三匹。その後は、あれ、そして、あの辺りに居る鯉…」

隆栄に変わり、修司が応えていた。

「……って、猪熊ぁ、えらい詳しいやんけ」
「大きさで解るだけや」
「そりゃぁ、世話しとったらなぁ。庭の手入れだけでなく、
 鯉の世話にも長けてるとは、思わんかったで」
「大切な鯉やからなぁ」

修司の声が聞こえたのか、鯉が一斉に近づいてきた。

「えさの時間は、まだ先だぞ」

修司が言うと、鯉は、その言葉を理解したのか、すぅっと去っていった。

「言葉も教えてるとはなぁ」
「…あかんのか?」
「ぎょっ!」

隆栄が驚いた。



その頃、真子は、大きな桜の木がある庭、通称『真子のくつろぎの庭』に居た。一人で居たい時、誰にも心を悟られたくない時など、心を落ち着かせる為の庭。大きな桜の木は、真子の母・ちさとが、阿山組に来た頃に植えられたもの。それが、今では立派に育っていた。
この桜の木を見上げると、なんとなく、亡き母と語れるような感じがしていた。
だからこそ、真子は、桜の木の下に立ち、そっと見上げ、語りかけていた。

ただいま。
すごく遅くなりました。
無事…とは言えない日々もあるけど、こうして元気だよ。
私が母親になるとは、思いもしなかった。
今は……とても、幸せだよ。

真子は、桜の木に、そっと触れる。
まだ蕾すら付いていない木だが、とても温かく感じる。
幼い頃、父と寄り添って、桜吹雪の下でくつろいでいたこともある。
迷ったとき、この木の下で、相談したこともある。

「今回、むかいんも一緒に帰ってきたんです。…もしかしたら、
 思い出すかもしれない……と、そう思ってます。私だけでなく
 真北さんや料亭の女将さんも、凄く心配していましたから。
 お父様を通じて、父親の存在でもある、笹崎さんも。
 今頃……料亭で、逢ってる頃だと思う。…そして、それは
 明日……」

真子は、料亭のある方向に目をやった。

「大丈夫かなぁ」

思わず呟いてしまった。

「御心配なら、そっと覗きに行ってみては、どうですか?」

その声に驚いたように、真子は振り返り、声が聞こえた方に顔を上げた。
屋根から、一人の男が、ひらりと舞い降りた。





阿山組本部に一台の車が入ってきた。
その車から降りてきたのは、一人の女性と二人の男だった。

「ここが…。凄いですね。忍び込む余地が見当たらない」

感心したように周りを見渡したのは、キルという男だった。髪の毛、目鼻立ち、そして、目。どれを見ても、外国風。

「ほんとに、身に付いてるのね、喜隆先生」
「あっ、すみません。真子様を守るためには、この癖は一番必要ですから」
「今回の目的を忘れないでね」
「はっ!!! すみませんでした」
「栄三ぅ〜、あんたはどうするん?」

玄関先で待機している組員に一通り説明をし終えた栄三に、女性が問いかける。

「俺は暫く、キルと一緒」

と言った時だった。
キルの表情が急に変わり、駆けていく。

「キルっ!!」

栄三が呼んだ時には、すでに姿が消えていた。

「お袋、先に行くで」
「えっ?! えっ!???」
「修羅場になる!」

と言いながら、栄三がキルを追いかけていった。

「ちょっとぉ〜もうっ!」

女性は膨れっ面になった。




真子のくつろぎの庭に、屋根からひらりと舞い降りた一人の男。

「駄目ですよ、誰にも告げずに侵入するのは…。桂守さん」

真子の目の前に、華麗に舞い降りた男・桂守。
その昔、阿山組四代目が健在の頃、影で動いていた男で、更に時代を遡ると、殺し屋として生きていたこともあった。そして、真子が持っていた特殊能力のことにも詳しく、体験者でもある。

「お帰りなさいませ」
「ただいま」

真子は、にっこりと微笑んだ。その微笑みに応えるように、桂守も微笑み、深々と頭を下げた。

「小島のおじさんは、猪熊のおじさんと一緒に、池の庭で
 美玖とはしゃいでるけど…もしかして…、おじさんたちは体調が…」
「至って健康です」
「そっか。桂守さんは、もう自由に過ごしていると、えいぞうさんが
 言ってたっけ。あの日、えいぞうさんのお見舞いに来られたんでしょう?」
「栄三ちゃんからですか?」
「そうです。病室に移った時にね、話してたんですよ」
「まぁ、自由の身…と言うのは過言ですけど、自分の好きなように
 動き回れるようにはなりました。これも、真子様のおかげですよ」
「私じゃなくて、お父様でしょぉ〜」
「その時よりも、『自由』ですから」

その言葉に何かの意味が含まれていた。

「それに…」

桂守は話を続ける。

「隆栄さんを見守る事は、今でも行ってますよ」
「だから近くに居たんですね」
「えぇ。…不穏なものを感じましたから…」
「……それだけじゃないんですね…」
「はい。実は………」

桂守は、静かに真子に告げた。
真子の表情が、少し険しくなった。

「……!! 失礼します…」

何かに気付いたのか、桂守は姿を消した。それと同時に、足音が近づいてきた。
真子が振り返る。

「真子様っ!!!」
「キル?!」

キルが戦闘態勢に入った状態で、真子の前へと駆け付けたのだった。

「どうしたの、急に…それに、ここで、そのオーラは危険…」

キルは、真子を守る体勢に入る。

「不穏なものを感じたので…、大丈夫ですか? 何も御座いませんか?」
「あのね、キル……」
「はい」

返事をしながらも、警戒は解いていない。

「ここは、どこ?」
「阿山組本部です」
「私は?」
「阿山組五代目で、その…ここは、ご実家…」

キルの目線が、桂守が姿を隠した場所に向けられた。

「…誰だ? 出てきてもらうか…?」

キルの腕が微かに動き、何かを手に握りしめた。
桂守が、スッと姿を現した。

「不穏なオーラは、同じ…ということですか。…真子様、この方が…」
「橋総合病院の院長の弟子にあたる、喜隆(キル)さんです」

真子は、明るい声で桂守に言った。

「…ま、真子様?! …この男は……」
「以前、話したことあったでしょ。能力の話」
「はい。…まさか、この男が……」

キルのオーラが変化した。

「そして、えいぞうさんと深い関係がある方」

真子の言葉に、一瞬、その場が凍り付いた。

「真子様……それは…」
「五代目ぇ、その言い方だと、桂守さんと栄三の間に、何か不思議な
 世界があるように、勘違いしますよ」

そう言いながら、池の庭に居た隆栄が顔を出した。

「……組長、俺じゃなくて、親父なんですけどねぇ…」

隆栄と同じような口調で、池の庭とは反対側から姿を現したのは、えいぞうだった。

「えっ? えっ?! 私、何か変なこと、言った???」

少し慌てたように言う真子が、その場の雰囲気を和ませた。

「ちょっと、喜隆先生ぃ! 急に走り出したら……って、あらら?」

場違いな雰囲気でやって来たのは、道病院で働き、阿山組本部の医務室の担当者でもある、隆栄の妻・美穂だった。もっちろん、栄三と健の母親であるからして……。

「真子ちゃん、お帰り! 久しぶりに見る姿だわぁ。元気だったぁ?」

周りの様子に目も暮れず、真子に駆け寄り、しっかり抱きしめた。

「あ、あの、その、美穂先生ぃ〜」

美穂の行動に、たじたじになる真子。

「お袋ぉっ!」

と言いながら、栄三が真子から美穂を引き離す。

「何よ! 別にいいでしょ!!」
「あのなぁ〜」

今にも親子喧嘩が…というとき、今度は……、

「ママぁ、こいにえさいい?」

池の庭で、修司と一緒に鯉を見ていた美玖がやって来た。

「????」

真子一人だと思っていたのか、真子のくつろぎの庭に、たくさんの人が居るものだから、美玖は、ビックリした表情になる。

「ママ……」

そう言って、美玖は修司を見上げる。

「大丈夫だよ。みんな、真子ママのお友達ですよ」
「おともだち?」
「喜隆先生も居るよ?」

修司の言葉で、そこにキルも居ることに、初めて気付いたのか、

「キルぅ〜!」

心配げな表情から、笑顔に変わる美玖だった。


一通り、美玖への自己紹介が終わった。

「美玖、覚えた?」
「はい! みほせんせいと、かつらもりんさん」
「かつらもりさん」

真子が、ゆっくりと言うと、

「かつらもりさん」

ちゃんと言えた美玖だった。美玖は、桂守をジッと見つめる。

あ、あの……その…。

美玖に見つめられ、どうすることも出来ない桂守。
実は、美玖が池の庭から来た時、姿を消そうとしたのだが、真子に腕を掴まれて……。





回想〜

真子が美穂から解放された時、足音が聞こえた。そして、美玖が真子を呼ぶ。

「!!! …って、真子様、私は…」

素早く姿を消そうと、飛び上がろうとした途端、桂守よりも素早く手を伸ばした真子。しっかりと、桂守の腕を掴んでいた。
自分の立場上、ここで姿を見せるのは…と、姿を消したいものの、

「もう、無理。諦めてください」
「そうですよ、桂守さん」

真子の言葉に賛同するように、栄三が言った。
美玖が驚いた表情をしているため、修司が何かを言った途端、

キルぅ〜!

美玖は、キルに手を振った。そして、自己紹介が始まった……。


〜回想・終




「かつらもりさんは、えいぞうしゃんのおともだち?」
「お世話になっていますよ」
「俺の方が世話になってばっかりだけどなぁ」
「栄三っ!」

美穂が栄三の頭を叩く。

「お袋っ、それは駄目っ」

人を叩く場面は、子供に見せるものではない!と、栄三は言いたかったのだが、

「美玖ちゃんは、桂守さんに夢中だから、大丈夫だよぉ」
「……だからって、何も……」

美玖と桂守は、色々と話し込んでいた。

「あっ、すみません、美穂先生。途中ではありませんか?」

真子が何かに気付く。

「そうだった。喜隆先生、もう安心でしょう?」
「はい。すみませんでした」
「キルぅ、いっちゃうの? おしごと?」
「えぇ。早く、鯉にエサをあげてくださいね」
「あっ! ママ、えさぁ」

美玖も本来の目的を思い出した様子。

「猪熊おじさんに教えてもらってね」
「真子ママと一緒にあげたいそうですよ」

修司が優しく言う。

「ようし、行こう!」
「はい!」
「猪熊おじさん、よろしくおねがいします」
「おねがいします」

真子と同じように美玖も頭を下げる。

「では、池の庭に戻りますよ!!」

いつもの雰囲気とは違う修司に、その場の誰もが戸惑ってしまう。

「そこまで変わるか?」

隆栄が呟いた…途端に、修司の鋭い眼差しが突き刺さる。

「うおっ…」

修司の鋭い眼差しが突き刺さった場所に手を当てながら、隆栄は、目配せをした。

早く行け。

修司は、隆栄が何を考えているのか解っていた。だからこそ、美玖を抱きかかえ、真子と一緒に素早く、池の庭へと向かっていった。

「じゃぁ、喜隆先生、医務室へ行きますよ」
「お願いします。では、これで」

キルは、桂守に警戒をしながら、美穂と一緒に屋敷内にある医務室へと向かっていった。

「あれは、気を許してないな…」

隆栄が言うと、

「それが性ですからね」

桂守が応えた。

「いつになったら、抜けるのかなぁ」

栄三が困ったように呟く。

「真子様には伝えましたよ」
「……健から、ある程度伝わってるんだが、あれから更に?」
「こちらでは、真北さんと八造君の行動で納まりました」
「キルが手を出した時は…」
「新たな刺客でしたね。すみません、追いつきませんでした」
「それはもう、桂守さんの仕事じゃありませんよ」

栄三が真面目な顔で言った。

「真北さんは、部屋ですか?」
「休んでる」

隆栄が素早く応えると、桂守の目線が別の所に移動した。
そこには、真北の姿があった。指で、三人を呼んでいた。

「仕事…増えるやんかぁ…」

栄三は、項垂れながらも、隆栄と桂守の三人で、真北の所へと近づいていった。
そして、四人の姿は、真北の部屋へと消えていく………。




阿山組本部・医務室。
美穂は、キルに一通り説明した。

「そして、これが、真子ちゃんの病歴」

美穂は一冊のファイルをキルに手渡した。

「えっ?これだけですか?」
「外科関連は、ほとんど無かったのよ。…多かったのは、
 真北さんなんだけどね」

呆れたように言う美穂に、キルは思わず笑い出す。

「橋院長、嘆いてますよ」
「医者なら、誰もが嘆くでしょうね。ここに居る時と違って、
 今は、もっと激しいんじゃない?」
「その通りですね」
「だから、あの動きなの?」
「えっ?」
「真北さんの仕事を横取り…」
「あっ、いや、……橋院長の仕事を少しでも減らしたくて…」
「なのに、たまぁに、的外れちゃうんだ」
「……その時は、私の仕事になります…」

恐縮そうにキルが言った。
真北への危険を少しでも減らす為にと思い、真北以上の動きをして敵を封じ込めるものの、時々、真北への危険を更に増してしまうこともするらしい。
その時の治療は、喜隆先生が行うことになっていた。

「真子ちゃんの病歴は、例の能力も関係していたから、
 橋院長のところの病歴とは内容が違うはずよ」

キルは、表紙を開く。そして、次々とページをめくっていった。

「速読できるんだ」
「私が生きていた世界では、当たり前でしたから」
「噂には聞いていたけど、その組織は、本当に凄いわね。
 それは、当たり前かぁ。全世界を渡る組織だもんね」
「その組織が手を拱いてるんですから、阿山組…いや、この国の
 裏組織も凄いですよ。あの頃は、周りから崩そうとしていたのに
 今では、あの手この手を使って、狙い続けてる。…それを見てると
 なんだか、あほらしくなってきましたよ。なぜ、狙うのか…と」

と話している間に、読み終えるキルだった。

「ありがとうございました、美穂先生。真子様の体調の今後に
 役立ちます。今は無い症状がいくつか御座いました。それらも
 いくつかある不明の症状の要因かと思われます」
「橋院長でも、難しいの?」
「橋院長は外科専門ですから、難しいようです。それに、
 真子様の体は、普通の方と同じようには考えられませんから」
「そこが難しかったのよねぇ。でもね、当時は、経験者の話も
 役に立ちましたから」
「先程の方ですか?」
「真子ちゃんから聞いてた?」
「えぇ」
「それにしても、凄い反応だったわぁ」

玄関先でのことを思い出して、美穂が言った。

「あっ、いや、すみませんでした。真子様が無事に到着と聞いて
 一安心したところに、感じたことのないものを感じましたから」
「桂守さんは、常に、あのオーラなのよ」
「美穂先生は、慣れてらっしゃるんですか?」
「小島家に嫁ぐまで知らなかったわよぉ。嫁いでからは、
 ずっと、家の地下に居たけど、危険は感じなかったし、
 私の前では、普通の人だったから」
「でも、同業者には、容赦ない方ですね?」
「そうみたい。…喜隆先生は、違うのね」
「その辺りの変化も、組織で必要でしたから」
「やっぱり、大物だわ…」

美穂は感心していた。

「さてと。これで一応、説明は終わったけど、これからの予定は?」
「今夜は、忘年会に参加で、暫くは、道病院での仕事です。
 天地山に行く予定ですから、三箇日までですね」
「本当に、休まなくても大丈夫なの?」
「えぇ。充分、休みを頂いてますよ。大丈夫です」
「じゃぁ、その予定で。私は、ここで待機しておくから、
 真子ちゃんの所へ行ってらっしゃぁい」
「はい。ありがとうございました」

キルは深々と頭を下げ、医務室を出て行った。
美穂は、先程のファイルを開く。

「これをほんの一瞬で読み終えて、頭に叩き込むなんて…」

ファイルには、すごく細かな文字が並んでいる書類が挟まれていた。両面に印刷され、かなりの枚数。読むだけでも、文字が小さいので苦労しそうだが、

「序の口…って感じだな…」

美穂は呟いた。



キルが医務室を出ると、そこには栄三が立っていた。

「済んだかぁ」
「はい。これから、池の庭…というところに行きたいのですが、
 声が聞こえる方で、合ってますか?」
「俺も行くから」
「お願いします」
「で、どうやった?」
「真子様の病歴は、記憶しましたので、大阪に戻ったときに
 橋院長に伝えておきます」
「それにしても、すごいな、キルは。良く気ぃついたな」
「成長しても、過去のことは残るはずですし、今の治療にも
 役に立つと思っただけですよ」
「なるほどなぁ」

そう言いながら、池の庭へとやって来たキルと栄三。

「キルぅ〜、こいがいっぱいだよ!!」

美玖がキルを誘う。

「…生き血とか言うなよ、鯉は…」
「栄三さんからのプレゼントでしょう?」
「その通りや」

キルは庭に降りた。

「……ほんと、凄い鯉ばかりですね…。美玖ちゃん、エサは?」
「もうあげた。すごいよぉ、こうして、おおきなくちで
 パクッってたべるの!!」
「おぉ、本当に、大きな口だぁ」

キルは美玖と同じ目線にしゃがみ込み、池の中を見つめていた。そして、美玖と楽しく語り合う。

「組長は、動かないでくださいね」

栄三が真子に、そっと言った。

「だからって、任せっぱなしは…」
「真北さん側で処理するそうですよ」
「それで、駅に居たんだね」
「あらら、御存知でしたか」
「気付いてたけど、知らん顔してた。…で、桂守さんの話は…」

真子が深刻な表情で、栄三を見た。

「可能性があるだけで、まだ、確認してませんね」
「対策は?」
「すでに。ご心配なく」
「解った。でも、何かあったときは…」
「それ以上、言わないでください。それが、私の生き甲斐ですから」
「……いつも、ありがと、えいぞうさん」

真子が小さく言うと、栄三は、素敵な笑顔を見せていた。その笑顔のまま、

「ところで、例の二人は、まだ、道場ですか?」

真子に言うと、真子は何かを思い出したように、突然、

「そうだった……キルさぁん!!」

キルを呼んだ。
一体、何が……。



(2010.3.7 序章 喜び 第二話 改訂版2014.12.29 UP)



序章 第三話



『復活編』・序章TOPへ

復活編 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※この〜復活編は、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』の極編の後の物語です。
※任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を全シリーズを読破しなければ、登場人物、内容などが解りにくい状態です。
※取り敢えず、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を全てお読みになってから、アクセスお願いします。
※別に解らなくても良いよ、と思われるなら、どうぞ、アクセスしてくださいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。
以上を踏まえて、物語をお楽しみ下さいませ。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.