任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

序章 喜び
第十一話 いやはや、驚きです。

笑心寺。
心から笑える日が来るように。…そういう願いが込められた寺。自然豊かで、ここに来る誰もが、心を和ませていた。悩んだ時も、ここに来るだけで、心が澄む。悩みも解決してしまう。御近所さんには、とても有難いお寺である……笑心寺。


年が明けた。
門松を飾る家を所々見かける。その前を高級車が通り過ぎた。
笑心寺の駐車場に高級車が停まる。
朝早い時間であるにもかかわらず、駐車場は、既に一杯になっていた。高級車から降りてきたのは、真子、ぺんこう、美玖、そして、真北の四人だった。少し離れた所では、山中達、阿山組組員が待機していた。真子は美玖と手を繋いで、笑心寺の本堂へと向かっていった。



綺麗に磨かれた阿山家墓前で、真子と美玖、そして、ぺんこうと真北の四人が手を合わせていた。美玖が、真子を見上げた。しかし、真子が未だ手を合わせているものだから、慌てたように、再び手を合わせる。
真子は、一体、何を語っているのだろう。
かなり長い間、手を合わせていた。

「さてと。住職も元気だったし、これからどうする?」

ぺんこうに、真子は声を掛けた。

「ここで解散するから、個人個人、好きに過ごすと思うよ。
 ……で、真北さんは、どうするん? やっぱり、仕事?」

真子が矢継ぎ早に話す。

「そうですね。ちょっと行くところがあるので、私はこれで。
 ぺんこう、行くんだろ?」
「えぇ。あなたは、既に行かれたんでしょうね」
「いや、まだや」
「珍しい……」

呟くぺんこうに、真子は微笑んだ。

「山中さんに伝えてくる。美玖、行こう」
「はい!」

真子と美玖は、少し離れたところで待機していた山中に駆け寄っていった。
真子が山中と話している間、ぺんこうと真北は、気まずい雰囲気を醸し出していた。

「新年早々、何をなさるつもりですか?」
「もう一つの帰省の様子をな」
「あ、あぁ…そうでしたか…」

ぺんこうは、何か勘違いをしていたらしい。
いつものように、内緒で……。

「ほら、真子ちゃん、呼んでるぞ」

真北が促すと、ぺんこうは、真子の方に目をやった。美玖が手招きしていた。

「では」

短く言って、ぺんこうは、真子と美玖の方へと歩き出す。真子は、真北に手を振って、家族揃って去っていった。真子を見送った山中が、真北に近づいてきた。

「誰も付いてませんが、よろしんですか?」
「ぺんこうに頼んでる。それに、新年早々、狙う輩は、おらんやろ。
 それよりも、山中、今日も頼んだよ」
「毎年恒例行事ですが、今年は増えましたね。組長の帰省について
 一体、どこから情報を入手するのか…。誰もが、組長に挨拶を…
 という内容なのでね…困ったもんですよ」
「そうやな。…逢えないこと解っていても、口にするんだな…」

真北は軽く息を吐いた。

「では、私共は、本部へ戻ります。真北さんも、無理はしないでください」
「心得とる。ほなな」

真北は、山中に後ろ手をあげて去っていった。

「長年付き合ってますが、未だに、あいつの考えだけは
 掴めませんね。……慶造さんは、どうだったんですか?」

山中は、阿山家の墓に語りかけていた。




真北が車に乗って走り出した頃、真子と美玖、そして、ぺんこうの三人は、もう一つの寺に向かっていた。

「芯も月命日には行ってたんやろ?」
「えぇ。いっつも真北さんには遅れますけどね」
「真北さんって、一体、いつ…出掛けてるんだろう。
 いまだに、行動を把握できないなぁ。…えいぞうさんや
 健は、把握してそうだけどなぁ」
「二人は別行動ですから、判らないと思いますよ」
「ほんと、不思議な人だなぁ」

ぺんこうは、左にウインカーを上げ、ハンドルを切る。そして、駐車場に車を停めた。
真子が車から降り、辺りを見渡した。

「変わってないね、ここも」

遠い昔、ぺんこうと一緒に来たことがある場所。
ぺんこうが、その頃の生活を亡き父と母に伝える為に、ドライブがてら、真子を連れてきた事があった。その時に証されたこともある。


真子達は、奥へと進んでいく。本堂の横を通り過ぎ、墓が並ぶ場所へとやって来た。
真北家墓前へやって来た、ぺんこう。真新しいタオルを水に濡らし、墓を優しく拭き上げる。花を添え、線香を立てた。

「パパとまきたんの、パパとママ?」
「そうだよ。ここで静かに、そして、のんびりと過ごしてる」
「はじめまして。みくです」

美玖はお墓に向かって、自己紹介をした。
くすっと、墓が笑った気がした。



お墓の場所から少し離れた所に、展望台があった。そこには、広大な景色が広がっていた。

「この場所も変わってないぃ。だけど、見える景色は変わったなぁ」
「ビルが増えましたからね。でも、ここで感じるものは、変わってませんよ」
「そうだね」

真子が微笑んだ。
周りには、真子達だけでなく、墓参りに来た家族達も、この景色を眺めていた。美玖は、広大な景色に魅了されたのか、暫くの間、じっと眺めていた。

「ママぁ」
「ん?」

美玖が真子に振り返り、そして、

「こんど、こうちゃんといっしょに、きたいぃ」
「こんど、みくちゃんといっしょに、きたい」
「?!?!????」

他の子供と美玖の声が重なった。

「はい?! えぇぇっ!!!!!!」

お互いの母親の声も重なった。

「なんで、真子が、おるん?」
「なんで、理子が、おるねん!!」

景色を眺めていた他の家族のうち、一家族は、むかいんと理子、そして、光一の三人だった。そこへ、

「涼、理子ちゃん、光ちゃん、お待たせぇ」

そう言ってやっていたのは、むかいんの母・美涼。

「ま、ま、真子しゃんっ!!」

真子達が居るとは予想も出来なかった美涼は、真子の姿を見て、驚き、変な呼び方となってしまった。
その場に笑いが起こったのは、いうまでもない……。



景色を眺めながら、真子と理子、そして、美涼の女性陣が、楽しく語っていた。少し離れた所では、美玖と光一と一緒に、むかいんとぺんこう、そして、光也がはしゃいでいる。

「そうやったんや。まさか、同じ場所やとは、思わんわな」

理子が驚いたように言った。

「ぺんこう、気付かんかったんかなぁ」
「涼が避けてたから、誰も知らなかったかも」

美涼が言うと、真子は眉間にしわを寄せ、何かを考え始めた。

「真子?」
「……いいや、全てを知ってる人が、一人居るんだけどなぁ…。
 真北さん、知ってたかもしれへん」
「毎月訪ねてきたのは、それも兼ねてたのね、知らなかったわぁ」
「やっぱり……」

どうやら、真北は、月命日の墓参りをした後、向井家に立ち寄っていたらしい。
一体、どこに、時間の余裕があるのだろうか…。真子達は、ふと思った。

「今日もお伺いしたのでは?」
「いいえ、まだですね」
「………ということは、先に別の所に……」

真子は膨れっ面になった。

「まこママぁ」

光一が真子に駆け寄ってきた。

「なぁに、光ちゃん」
「おひるごはん、いっしょがいい」
「もしかして、向井家に招待してくれるの?」

真子の笑顔に、光一は大きく頷いた。

「…よろしいんですか? 向井さん」

ちょっぴり恐縮そうに真子が尋ねると、

「ええ。その方が楽しいですから」

美涼が笑顔で応えた。

「では、お世話になります。……あっ、もしかして、笹川の
 おせち料理?!」
「そうやで。あの日、涼が作った」
「えぇっ!! あの後、そんなに余裕があったん?」
「ちゃうちゃう。勢い余っただけやって」
「りぃこぉぉ〜っ。それは、言うなっと、あれほどっ〜〜っ!!」

理子と真子の会話は、少し離れた所にいた、むかいんの耳に届いていた。赤面しながら、理子に言う、むかいん。そんな雰囲気のむかいんを、遠い昔に見た記憶がある真子は、この時、本当に、安心したのだった。

むかいんの記憶は、完全に戻ったと、確信した……。



真子達が、向井家に徒歩で向かっていると、そこへ、新たな客がやって来た。

「真北さんっ!!!」

真子が一番驚いていた。

「こんなところで逢うとは、驚きやん。真北のおっちゃんも一緒にどう?」

理子が誘うと同時に、苦虫を潰したような表情に変わったのは、ぺんこう。

「いいや、挨拶だけにしとくわ。理子ちゃん、おおきに」

そう言って、真北は、光也と美涼と挨拶を交わし、少し話し込んでいた。

「先に戻りますよ」

やんわりと、むかいんが言葉を発して、ぺんこうの視界を遮るように、真北から引き離していった。

「真北さん、無理しなやぁ」

真子が、そっと言うと、真北の表情が綻んだ。そんな真北に、鋭い目線が突き刺さる。
ぺんこうが睨んでいた………。

「真北家のお墓も、あのお寺にあったんですね。そこで、ばったり
 真子ちゃん達と逢ったんですよ」
「それで、御一緒だったんですね。驚きましたよ」

真北達が話し込んでいる間に、真子達は、向井家へ到着。…と言っても、本当に直ぐそこだった。

「むかいん」

真子が呼ぶ。

「はい」
「どうだった?」

そう尋ねる真子の気持ちは解っていた。
とびっきりの笑顔を見せて、そして、

「ようこそ、我が家へ」

むかいんは、真子を迎え入れた。





猪熊家では、毎年恒例の写真撮影が行われていた。
今年は、クジで場所を決めた。くまはちの隣に座ることになったのは……。

「…なんで、俺やねん」
「知りませんよ。クジなんですから。私の隣を引かないでください」
「うるせぇ」
「剛一、八造、やめとけ」
「すみません…」

どうやら、くまはちの左隣は剛一で、右隣は修司だったらしい。くまはちの後ろは、奈々美と恵美だった。二人の笑顔は、それはそれは、めちゃくちゃ輝いている。

「隣じゃなかったけど、側で良かった。ね、おねぇちゃん」
「ほんとだね! 恵美」

声が弾んでいた。

「では、撮りますよぉ」

三男の修三が声を掛けると、誰もが服を整え、姿勢を正す。
そして、シャッターが下りた。


写真撮影が終わると、子供達は、手にしている携帯電話のカメラで、くまはちを撮影し始めた。その光景は、さながら有名人を囲む感じ。

「くまはちおじさん、次はツーショット!!」
「恵美ちゃん、それは、何度も撮ったじゃありませんか」

くまはちが言うと、

「ええやんかぁ。みんなに自慢したいねん。格好いいおじさんを!」
「だから、それは、困ります!!」
「大丈夫やって。みんな一般人!!」
「それでも………」

必死で断ろうとするが、相手は姪っ子。女性には弱い、くまはちは、困惑な表情へ…。

「これっきりですからね…」
「やった!」

くまはちの言葉に、恵美の笑顔は更に輝く。


「ほんまに弱いな、八造は」

その光景を見ていた修司と剛一は、思わず呟いた。

「それで、親父」
「ん?」
「例の話、本当なんですか?」
「あぁ。……どうする? それこそ、八造の逆鱗に触れるぞ。
 いいのか、剛一」

剛一は、暫く考え込み、フッと息を吐く。

「仕方ありませんよ。五代目にだけは、ばれないようにします。
 それこそ、本来の仕事なんですから」
「ったく…俺にも内緒で……。向こうで話を耳にしたときは、驚いたぞ」

修司の言葉に、剛一は苦笑い。

「隠密行動だったんですけどね…。いつ、ばれたんだろう」
「とぼけるなっ。それに……俺のことは考えなくていい。この命は
 慶造の為にあるんだから。…慶造の愛娘を守ることも…」
「…親父……」

消え入るように呟いた修司。その言葉は、剛一の耳に届いていたらしい。

「…これからですよ」

剛一の声は、少し震えていた。



くまはちは、人気のない場所へとやって来た。そこで、携帯電話を見つめた。
連絡は入っていない。
その理由は判っていた。

組長…すんません…。

とあるボタンを押す。携帯の画面に現れたのは、裏情報のページ。健が真子には内緒で作成したページだった。そこには、真子には絶対に知られてはいけない情報が、たくさん記載されている。
フッと息を吐いた、くまはちは、画面を閉じた。
そっと空を見上げると、今にも雪が降りそうな曇り空だった。

これから………か……。

目を瞑るくまはち。
一体、何を考えているのだろう………。





道病院は、年が明けても大忙しだった。
年末年始は休診する病院が多い中、道病院だけは違っていた。24時間休み無し。休日も無し。いわば、ずっと開業中。だからこそ、患者は安心できるところもあった。
そんな道病院でも、患者が途切れる時がある。
その時こそ、休憩のチャンスだった。
だけど……。
誰もが休憩をしている間、キルだけは違っていた。カルテの整頓、片付け、次の準備…。

「喜隆先生、休憩も大切ですよ」
「私は既に終えました」
「えっ? ………そういえば、先程、1分ばかり座ってましたね…。
 ………それだけで、充分なんですか?」
「はい。そういう体ですから。いつもありがとうございます。…ところで
 美穂先生は、どちらですか?」
「事務所に居られるはずですよ」
「ありがとうございます」

そう言って、キルは、去っていく。
周りを見渡すと、綺麗に整頓され、何もかもが使い易いようにと置かれていた。

「…すごいな…」

看護師の一人が呟いた。



キルは、美穂の事務所に向かって歩いていた。

「おめっとさぁ〜ん」

廊下の向こうから、えいぞうが声を掛けてきた。

「おはようございます」

キルは丁寧に挨拶をする。

「おいおい、今日は元旦〜」
「あっ、そうでした。おめでとうございます。今年もよろしくおねがいします」

深々と頭を下げるキルだった。

「お袋んとこ?」
「はい」
「患者、止まったんやろ? 休憩しときぃや」
「しました」
「そっか。…ほんで、何や?」
「今日の予定を、まだお聞きしてませんので…」
「そっか。お袋、さっき出勤やったもんなぁ」

えいぞうは、美穂の運転手をしている様子。ちょっぴり眠そうな目をしていた。それに気付かないキルではない。

「まさか、えいぞうさん…徹夜ですか?」
「あかんか? 久しぶりに羽を伸ばせるからなぁ、こっちでは」
「それでしたら、私が…」
「……あのなぁ、キル。何度も言うけど…」
「こちらでは、医者として来てますが、そういう時間も作れます」

断言するキル。

「益々、厄介になっとるやんけ。…でもな、そっちちゃうから」
「えっ?」
「こっち…………!!」

そう言って小指を立てるえいぞうだった。しかし、その小指は、弾かれた。

「…っ!! お袋っ! 骨折するやないかっ!!」
「そんなに、やわな体ちゃうやろがっ。ったく…出発時刻に帰ってきて…。
 焦ったやないかっ!!」

美穂は怒っていた。

「いくら久しぶりに逢ったからと言って、こんな日に朝帰りは…」
「ええやんかぁ…」

悪びれた様子はない。美穂は呆れてしまった。

「もぉええわ。言うだけ疲れる。…喜隆先生、ごめんね〜」
「えっ?」
「ちょっと遅刻しちゃったぁ」
「そうだったんですか? 気付きませんでした」
「ほな、今日の予定やけど……」

美穂は、元旦早々行われる手術の話を始めた。
休みは無い道病院。少しでも治る可能性がある患者に対しても、最善を尽くすことを心掛けているからこそ、新年の一日目でも手術を入れる。

「ほな、助手、お願いする」
「かしこまりました」
「ほんま助かるわぁ」
「えっ? 助かる?!」

キルは、今耳にした手術の事を、頭の中で反芻していたのか、美穂の言葉を聞き返した。

「……いくら、橋院長からお許しが出てるからといっても、
 気が退けるのよねぇ…。無給無休で働いてもらうのは…」
「むきゅうムキュウ? …………???」

キルの眉間にしわが寄る。

「ぷっ…キル、なんて顔しとんねん。給料無し休み無しってことや」
「……あ、あぁ……なるほど…」
「あかん…お袋…」
「ほんまや…」
「根っからの…仕事人や…こりゃ…」

栄三は呆れたように首を振った。

「組長は無事に笑心寺に着いた。その後は、真北家の墓前で挨拶。
 それからは、ぺんこうにお任せ」

キルの心配の種を取り除くために、栄三は真子の予定を伝える。

「ありがとうございます」

突然の栄三の言葉に対して、何も悩むことなく返事をしたキル。
それだけで解る。キルの頭の中には、本来の仕事も含まれているということが。

「没頭できるやろ。ほな、俺は一休みぃ」

そう言って、栄三は美穂の事務室を出て行った。

「今、みなさん休憩に入ってます」
「そっか。急患が運ばれてきたんだっけ。その報告を聞きながら
 行こうか」
「はっ。患者は六十三歳の男性。酔って大暴れをしてしまい、
 周りを巻き込んでの大乱闘に発展。怪我人は………」

キルは事細かく伝えながら、美穂と一緒に事務所を出て行き、診療室へと向かっていった。


手術室。
キルは道院長と美穂の手さばきを見つめながら、しっかりと助手を務めていた。



キルが手術室で助手を頑張っている頃、栄三は自宅に戻ってきた。隆栄が玄関まで迎えに出る。

「おっかえりぃん」
「たっだいまぁん」
「早い帰りやな」
「あのなぁ、帰宅した途端、靴を脱ぐ時間も無しで送ってっただけや」
「知っとるわ。元気しとったんか?」
「休みなしらしいで」
「そっちは知っとる。こっち」

隆栄は小指を立てた。

「あ、あぁ…そっちね。元気やったで」

栄三は、キルのことを尋ねられたのかと思ったらしい。

「はよ休めや。ったく。一晩中かよ」
「まぁ…向こうじゃぁ、羽目を外しにくいからなぁ」
「よぉ言うわ。こっちより半分やろが」
「それでも少なくなったやろぉ」
「まぁなぁ…」

この二人、新年早々、何の話をしているのやら……。

「ほんで、準備は?」

栄三は階段の一段目に足を掛けて、隆栄に尋ねた。

「午後までかかる」
「ほな、それまで寝とく。健は?」
「寝てる」
「あいつも徹夜かよ」
「まぁ、お前とは違う、徹夜やけどなぁ。五代目は、向井家」

階段の中央まで登った栄三は、足を止めた。

「はい?! ぺんこうとドライブちゃうん?」
「真北家の墓参りで、向井家とばったりと逢ったそうや。それで」
「なんやかんやと、あの二家族は、一緒になるんやなぁ…不思議や」
「それで、栄三」
「ん?」
「お前も行くんか? 天地山」
「大勢は迷惑やろ」
「お前がそう言うと思って、頼んどいたから。現地に慣れた方がええやろ」
「ありがとさん。ほな、俺はあの二人と話し合うで」
「そうしてや」

栄三は二階の自分の部屋へ入っていった。隆栄は、リビングに戻り、何かを始めた。



それぞれの家族が、それぞれ過ごしている頃、とある場所では……。



どか雪が積もり、目にする景色は全部真っ白。
新年早々、大雪に見舞われている雪国。それでも雪国で暮らす人々は、平気である。街の中は、新年の賑わいを見せていた。商店街も賑やか、もちろん、スキー場も、雪が降っているにもかかわらず、スキーを楽しむ者達が居た。

自然豊かな雪国の中にある、天地山。

そこには、スキー場だけでなく、ホテルもある。

天地山ホテル・支配人室。

「こちらこそ、宜しくお願い申し上げます。…はい、そうですね。
 楽しみにしております。……あっ、それ以上は仰らないでください。
 えぇ、はい。では、失礼します」

新年の挨拶に大忙しの天地山ホテル支配人・原田まさ。
受話器を置いた後、必ず目線を移す場所がある。
デスクの一番上の引き出しにしまい込んでいる写真。その写真とは……。

「お嬢様が来られる日は、雪は止みますよ。楽しみにしてます」

支配人室のドアがノックされた。

「はい」

スゥッと引き出しを閉じた、まさは、ドアの方を見た。

「失礼します。昨日の報告書と明日の予定表をお持ちしました」

まさに書類とファイルを手渡す従業員。

「ありがとう。ゲレンデの状況は?」
「スキー可能です。視界も良好でした。しかし、頂上は禁止にしております」
「解った。ありがとう」
「明後日の準備は、そろそろ始めましょうか?」

従業員が静かに尋ねてきた。

「ん? あ、あぁ。それは、私が行いますので、気にしないように」
「かしこまりました。では、失礼します」

従業員は深々と頭を下げ、支配人室を去っていく。
まさは、すぐに書類に目を通す。

一日の報告書には、ゲレンデの様子、客の様子、お土産の売り上げなど、細かく記載されている。そして、明日の予定表には、明日訪れる客、帰宅する客の名前、ホテルのレストランでのメニューやイベントなど、それらのことを細かく書かれている書類だった。
もちろん、支配人である、まさには、頭に入っていることだが、従業員たちへの確認の為に、書類として残すことにしていた。これらを基に、それぞれ従業員が、お客様の為に動くよう、丁寧に指導しているため、心配することはない。
だが、相手は客。それも、許可した客しか天地山へ入ることは出来ないようにしているものの、何が起こるか解らないのが、実状だった。

書類に目を通し、ファイルに納めた頃、内線が鳴った。
点滅しているボタンには、『中腹喫茶店』と書かれていた。

「はい」
『おめでとうございます、支配人』
「おめでとう。…そっちは、駄目か?」
『ドカ雪で、視界ゼロです。頂上のみ禁止にしてましたが、中腹も
 禁止の方が賢明です』
「解った。今ゲレンデに居る客には、伝えてくれるか?」
『すでに伝えておきました』
「……こるぅるるらぁ、京介っ」
『はっ』
「報告逆やろがっ!!」
『……!! す、すんません、兄貴っ! しかし、突然だったのと、
 俺、外に出てましたんで……だから、その…』
「兄貴、言うなっ」

まさの言葉に、受話器の向こうに居る京介と呼ばれた男が、滅茶苦茶慌てているのが解ったのか、まさは、思いっきり笑い出していた。

『すみません!! 支配人!!』
「もぉええ。いつものことやろが。ありがとな」

まさの優しい言葉に、京介は、ホッと胸をなで下ろした。

「戻ってくるか?」
『いいえ、この雪は、1時間ほどで、大人しくなりそうです。なので
 ここに居ます』
「解った。あとは宜しく」
『かりこましましたぁ』

内線を切るまさは、窓に歩み寄り、ブラインドを開けた。窓の外は、雪が降っている。見上げる頂上は、雪で見えなかった。

「さてと」

まさは時刻を確認し、服を整え、支配人室を出て行った。
廊下ですれ違う客と挨拶を交わし、軽く話をする。そして、ホテル内の様子を伺うように歩き出した。スキーを楽しむ客も居るが、ゲレンデの雪の状況を知って、ホテル内にある色々な施設で楽しもうと考える客も居る様子。いつになく、施設の方が賑やかだった。
二階のレストランフロアーを見回った後、一階に下りてきたまさ。その足で、温泉のある方へと向かっていった。
そこでは、風呂でさっぱりした表情の客とすれ違う。客の表情を見ただけで、解るまさ。

「湯川ぁ」
「支配人!! おめでとうございます」
「今日は、張り切ってるんだな」
「いつものことですよ。…ありがとうございました。お気を付けて」

お風呂上がりの客に挨拶をする温泉担当の湯川満(ゆかわみつる)。

「その……支配人、何か…問題でも?」
「いいや。いつものように、飲み明かしたのかと思ってな」
「今年はしませんよ!!」
「今年は…?」
「あっ………」

口にした言葉を慌てて訂正しようとしたが、既に遅し。
鈍い音が聞こえた。

「兄貴…それ、ひどっ……」
「……兄貴ぃ言うなっ!! ほんとに、お前ら、いつまでもぉっ!!」

と怒りが爆発する寸前、客が温泉から出てきた。

「ありがとうございましたぁ」

まさと湯川は、満面の笑顔で客に挨拶をする。

「湯川さん」
「はい」
「露天風呂の雪。予想以上に積もるのが早いみたいよ」
「そうですか。ありがとうございます。すぐに除雪します」

客の言葉を耳にして、直ぐに反応する湯川。

「今日の雪は、厄介そうやな」
「そのようですね。…では、支配人、失礼します」

湯川は直ぐに、除雪作業へ入る。

「気をつけろよ」
「はっ」

湯川を見送って、まさは再び歩き出す。
送迎バスが到着したのか、ロビーには、新たな客で溢れていた。まさの表情は更に引き締まる。そして…。

「いらっしゃいませ。ようこそ、天地山へ」

丁寧に客を迎え入れた。



天地山ホテル支配人・原田まさ。
今は支配人として生きている男だが、その昔…真子がまだ生まれる前から、生まれた頃まで、この天地山を仕切っていた極道・天地組で殺し屋として生きていた男だった。天地組の殺し屋・原田は、その世界では有名だった。
標的が乗っている走る車に、追いつくほどの速さで駆け抜ける。そして、ボンネットに乗り、フロントガラスを叩き割る。その後、手にしたナイフで、標的を狙い、仕事を終える。

しかし……。

原田は、標的を殺したと見せかけて、実は生かしていた。出血が酷くなる切り口で、敵を倒したように見せかけていたのだった。その行動は、天地組組長も知っていたが、原田を溺愛していたこともあり、そのことは、知らないフリをしていた時期もあった。

全国制覇をするには、阿山組を潰すべき。そう考えた天地組組長が、阿山家の血筋を絶つよう命令した。その狙いは、生まれて間もない真子の命。
しかし、原田は、何も知らない幼子の命を絶つことは、できなかった。
真子の命を絶ったことにし、誰にも知られないように育てろと言って、去っていった。
そんな原田の行動…いや、天地の行動は、阿山慶造の逆鱗に触れた。
『お礼』と称して、慶造は、天地組に向かい、ある作戦を実行した。
だが、慶造の怒りは納まらず、天地を目の前にした途端……。

天地は、瀕死の重傷を負う。
その時、天地組組長が、原田に命令を出す。

『約束…だろ?』

天地組組長は、原田と、ある約束を交わしていた。それは、万が一、命に関わることがあった場合は、原田の手で最期を…ということだった。
その時、原田は躊躇った。
だが、親分の命令は、絶対…。
殺し屋・原田の最期の仕事は、親同然に過ごしてきた親分の命を絶つことだった。

親殺し。そう言われるかに思えたが、殺し屋・原田も、その時にこの世を去ったことになっていた。

それが、慶造と真北の作戦だった。




そして今…。
原田まさは、天地山ホテルの支配人として、生きている。
その原田を『兄貴』と呼んでしまう京介と湯川こそ、天地組に居た頃に原田の腕に惚れて、他の組員よりも慕っていた男達だった。更に、この天地山ホテルには、原田を慕う男達が、向こうの世界から足を洗って、働いている者が多い。
ゲレンデの監視員や駐車場係など……。

その天地山に、真子達がやって来ることになっている。




支配人室に戻ってきた、まさは、フゥッと息を吐き、デスクについた。
デスクの一番上の引き出しを開け、そして、そこに入れている写真を見つめる。

「お待ちしておりますよ、お嬢様」

温かな笑みを浮かべ、引き出しを、そっと閉めた。





夕刻。
真子達の乗った車が、阿山組本部に戻ってきた。
玄関前で停まった車から、真子と美玖が降りてくる。

「お帰りなさいませ」

下足番が真子と美玖を迎える。

「ただいまぁ」
「夕ご飯は七時です」
「ありがとう。それまで、部屋に居るからね」
「はい」

真子と美玖は靴を脱いで、部屋に向かって歩いていった。
少し遅れて、ぺんこうがやって来た。

「お帰りなさいませ」
「ただいま」

短く会話をして、ぺんこうも真子の部屋に向かって行く。


「ぱぱぁ」

着替えを終えた美玖が、廊下に出てきて、ぺんこうに駆け寄っていった。

「美玖、光ちゃんと一緒に食事しても良かったんだよ?」

美玖の表情は、ちょっぴり寂しげだった。
むかいん一家と一緒に楽しい時間を過ごしていた。夕刻が近づくにつれ、むかいんは、夕飯の献立を考え始めた。その時、美玖が何かに気付いたのか、帰ると言い出した。

本当は、光一たちと一緒に夕飯を食べたかったはずなのに。

毎日と言ってもよい程、美玖と光一は一緒に過ごしている。まるで、兄妹のように。一緒にいる時間が長いから、離れて過ごすのは、寂しいのだが、この時だけは違っていた。
美玖も家族だけで過ごすことの喜びを知っている。
やっと両親の記憶を取り戻した、むかいんと、むかいんの両親の気持ちを、幼いながらも理解していた。
恐らく、一緒に過ごしたいだろうと、美玖は考えたらしい。


帰路に向かう車の中で、美玖の表情は、寂しげだった。
光一たちとは、笑顔で別れたというのに、その差が、ぺんこうは気になっていた。もちろん、真子も気にしていた。


駆け寄ってきた美玖を抱きかかえ、ぺんこうは、美玖を見た。

「……さみしいけど、いいもん。みく、こうちゃんとは
 いつでもあえるもん。……てんちやまにも、いっしょに、
 いくもん。だから、だいじょうぶ」

そう言って、美玖は、ぺんこうに笑顔を見せた。

「だって、パパとママが、いっしょだもん」

ぺんこうに抱きつく美玖。

「そうだね。明後日には、一緒に遊べるからね。そして、一緒に
 天地山へ行くんだもんねぇ、美玖」
「うん!」

美玖の笑顔に釣られて、ぺんこうも、微笑んでいた。


しかし、ぺんこうは、不安だった。

いつでも逢うことが出来る………。

その言葉は、その場しのぎでしかないことを知っている。
真子が、あの世界で生きている限り、その言葉は………。


美玖を抱きしめる、ぺんこうの腕に、少し力が入った………。



(2010.8.30 序章 喜び 第十一話 改訂版2014.12.29 UP)



序章 第十二話



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※この〜復活編は、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』の極編の後の物語です。
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