任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

序章 喜び
第十二話 昔懐かし場所に。

夜が明けた。
ムクッと起きたのは、美玖だった。
隣で眠る真子を、ジッと見つめ、真子がまだ目を覚まさないことを知ると、少し寂しげな顔をする。
時計を見た。
短い針は、まだ「6」に届いていない。
ゆっくりとベッドから下り、美玖は部屋を出て行った。
外は、まだ、薄暗い。だけど、廊下には灯りが点いていた。

ここに来て、色々と散歩したため、どこに何があるのか解っている。
部屋を出た美玖は、真子のくつろぎの庭に添うようにある廊下を歩いていく。
曲がり角に来た。
右に曲がると食堂がある。そこは既に人の気配がしていた。


食堂では、朝食の準備に追われていた。新年二日目。大切な人と過ごすために帰省した者達も、早々に帰ってくる。もちろん、この本部で過ごした者もいる。
美玖は、食堂の方を見つめていたが、別の方向へと歩き出した。
玄関の近くに来た。
既に、下足番や若い衆が掃除を始めていた。美玖は若い衆たちに気付いたが、仕事中だと判断し、声を掛けずに、そっと会釈をするだけで、玄関を横目に通り過ぎていった。

「ん?」

下足番の一人が、視野に何かが横切ったことに気付き、その方向を見た。
幼子の後ろ足がスゥッと消えたことに気付き、

「美玖ちゃん???」

素早く廊下にやって来たが、既に美玖の姿は無かった。

「なぁ、美玖ちゃん、起きたみたいだよ」
「えっ? 早起きだな。で、どこに?」
「多分、隣だと思う。ぺんこう先生は、まだ戻ってないよな」
「あぁ。六時だと言ってたけど、もしかしたら…」
「だろうなぁ……八造さんと鉢合わせたら、遅くなるって
 予想もしてたし…」
「組長……」
「………お前、起こせるんか? …話は聞いてただろが」
「栄三さんでさえ、手に負えなかったって…でも、今は違うだろ?」
「組長が起きる時間は八時だから」

そう話しているうち、何かに気付く下足番と若い衆。

「あぁぁあぁっ!! 一緒に居てないと!」
「追いかけろっ!」

美玖が一人で屋敷の中を歩いていたら、声を掛けて一緒に居ること。
山中に強く言われていた。
屋敷内では安全。
しかし、何かの拍子で、真子のことが知られてしまうのは、困る。
まだ、幼い美玖には、真子の本来の立場は説明できないし、理解も難しいだろう。そして、真子の実家である、この場所=阿山組組本部であることは、知られては困ることもある。

美玖が向かった方へ、若い衆が走っていく。
しかし、すでに……。



美玖は、玄関を通り過ぎ、廊下を右に曲がった。そこには、隣の料亭に通じている廊下があった。先日、ここを通って隣の料亭へ行った。だから、美玖は迷わずに、廊下を歩き出した。


廊下の先で常に待機している料亭の従業員・月谷(つきや・本部との渡り廊下の見張り人)は、この日の準備に取りかかり始めた。
いつもより、10分早い。
いつもなら、六時から準備を始めるのだが、この日は、なぜか、いつもより早くに目が覚めた。
服を整え、辺りを見渡した時だった。

「み、美玖ちゃん?!?」
「おはよぉございます」
「……一人?」
「はい! ママ、ねてます。パパは、ジョグイングです」
「早起きだね。まだ料亭は準備も始まってないし、この時間は、
 朝一の買い物だから、厨房もまだ、動いてないんだけど…」
「そなの?」
「六時にならないと、みんな動き出さないよ?」
「つきやんさんは、うごいてるよ?」
「あっ、いや、…早くに目が覚めてしまってね」
「おしごと、ねっしん」
「ありがとぉ。美玖ちゃんは、どうして、こっちに来たの? 
 真子さんの実家の方が、色々と楽しいことがあるのに」
「うんとね……みんなに、ごあいさつしたい」
「みんな…って、料亭の?」

美玖は大きく頷いた。

「じっかのみんな、もうはたらいてたから、おじゃましたら
 あかんから、こっちに、さきに、きた!」

月谷は、いつの間にか美玖と話し込んでいた。
そこへ、やって来たのは、笹崎だった。

「あっ、ささおじさん!」
「!!!! おはようございます!!!!」
「おはようございます、ささおじさん」
「おはよう。…美玖ちゃん、早起きだね」

笹崎の言葉に、美玖は大きく頷き、

「みんなに、ごあいさつにきたの!」

元気よく応えた。




ぺんこうと、くまはちが、横に並んでジョギングしていた。
何も話さず、ただ、走る二人。
小島家の近くを走っている時だった。
小島家の庭から何かが、上がった。
ぺんこうと、くまはちは、その何かに気付き、目線を移した。
何かは、屋根を伝って、何処かへと向かっていく。

「くまはち」
「安心しろ」

短い会話だが、二人の間では充分な長さだった。
再び、静かに走り始める二人は、曲がり角を右に曲がった。
街灯は、まだ付いている。陽が昇っていないことが解るほど、うっすらと暗い街の中を走っているのは、二人だけでなく、他にも体を鍛える者が走っていた。すれ違う時に、軽く会釈をする。どうやら、顔見知りらしい。

「あの人も、長いよな」

ぺんこうが言うと、

「気付いてないんか?」

驚いたように、くまはちが応えた。

「まさかと思うけど、真北さんの関係者か?」
「その通りや。ぺんこうの側に、長いこと居ったやろ」
「それでか。あの安心しきった表情は」
「気付いてなかったんか?」
「特に殺気は感じないし、普通の人やと思ってたから、
 気に留めてなかった」
「まだまだ…甘いな、ぺんこうは」

くまはちが言った途端、ぺんこうの眼差しが鋭くなった。

「!!! 完治はしとらんけど、動きは鈍ってへんで」

眼差しが鋭くなると同時に、くまはちの頭上を、ぺんこうの回し蹴りが、目にも止まらぬ速さで過ぎていった。

「ちっ」

まさか避けられるとは思いもしなかったらしい。ぺんこうは、ジョギングの足を速めた。

「今日一日、どないするんや」

ぺんこうを追いかけるように、くまはちも足を速め、この日の予定を尋ねた。

「商店街は休みだろうし、馴染みの店も休みやし、予定は立ててへん。
 帰ってから真子に聞くつもりや。…まぁ、まだ寝てるだろうけどなぁ」

真子の寝顔を思い出しているのか、ぺんこうの表情が、綻んだ。

「ほな、うちに来るか?」
「これ以上、一家団欒を邪魔したくないし、邪魔されたくないな」

ぺんこうが、ふぅっと息を吐く。

「…飲み過ぎやで」

くまはちが、呟くように言った。

「ほっとけ」

どうやら、ぺんこうは、明け方近くまで、一人で飲んでいたらしい。

「酒豪。酒好き。益々酷くなってへんか?」
「ええんや。俺の体やし」
「油断するなよ。いくら、例の症状が治まったからといっても、
 再発の恐れはあるんやろが。健康第一。酒は控えろ」

くまはちの言葉を、ただ、聞き入っているだけの、ぺんこうは、ちらりと、屋根の上を見た。
何かが、屋根の上を走っていた。それを目で追う、ぺんこうだった。

「くまはち」

ぺんこうは、呟くように、くまはちを呼んだ。くまはちも、屋根の上を走っていった何かに気付いていたらしい。ぺんこうが呼ぶ前に、すでにオーラが変わっていた。
くまはちが、勢い良く駆け出した。
ぺんこうも同じように駆け出す。

「ぺんこうは来るな」

くまはちの言葉に耳を傾けるはずがない。

「くまはち一人では、無理やろが」
「相手は、あの動きをする奴だぞ。ぺんこうには、無理だっ」
「狙いは、組長だろ! 向かった方向は本部だっ」
「解ってる」

力強く、くまはちは応えた。

「解ってないっ!」

二人は、勢い良く走りながら言い争っていた。
そんな二人を追い越すように、風が通りすぎていった。

「風?!」

通り過ぎた風は、二人が追いかけている何かが向かった方へと方向を変えた。
鈍い音が、微かに聞こえた。

「!?」

ぺんこうと、くまはちは、微かに聞こえた音の方に向かっていく。
曲がり角を曲がった。
そこは、人気のない空き地だった。灯りもない暗がりで、何かが動いている。時々、火花が散っていた。
二つの人影が、争っている。そのうちの一つが差し出した拳が、もう一つの体に突き刺さった途端、それは、倒れた。
くまはちは目を凝らす。

「(キル。……お前、仕事は?)」
「(朝の運動の途中で、見つけたから、追いかけてきただけだ)」

倒れた人物を縛り上げながら、そう応えたのは、道病院で仕事中のキルだった。

「(そういう仕事は、あの人達に任せておけば、いいんだよ)」
「(無理ですよ。尋常でない動きをする者でも、こいつらには
  太刀打ちできないですね)」

キルが言った途端、屋根の上から三つ、人影が下りてきた。

「…見下されたものですな」

静かに口を開いたのは、桂守だった。

「本部に向かった者の始末を終えたところなのになぁ」

小島家から飛び上がった何かは、桂守だった。その桂守は、本部に向けられた刺客を追いかけていき、始末をしている時に、新たな動きを察知して、引き返して来たらしい。

「それにしても、お二人で対応するつもりだったんですか?」

少し怒った口調で、くまはちとぺんこうに、桂守が言う。

「そうですね。このような輩は、大阪では日常茶飯事でしたから」
「こちらでは、私共に任せて欲しいですね。…おい」
「御意」

桂守の言葉に素早く動く他の二人。キルが縛り上げた人物を肩に抱えて、素早く姿を消した。

「(……素早い動きだな)」

キルが呟くように言った。

「(あなたこそ……)」

桂守が応えると同時に、異様なオーラが二人から発せられる。

「…あの二人は、見たことがない顔ですね。…まさかと思いますが…」

静かに尋ねる、くまはちに、桂守はただ、微笑むだけだった。
その微笑みだけで、察するくまはちは、フッと軽く息を吐いて、キルを睨み付けた。

「本部に向かったのは、あれよりも格下ですよ。…それにしても、
 どうして、奴らがここに……。その情報が、無いだけに…」
「真子さんが到着する前の日に、大量に刺客が入国しました。
 こちらに足を向けた刺客は、把握しているだけで、50。
 そのうち、あなた方が倒したのが37です。その日から今までに、
 合計48。残りの2の行方が未だに掴めてません」

桂守が淡々と伝える内容に、キルだけでなく、くまはち、そして、ぺんこうの表情が曇った。

「どういうことだ…。やつらは、すでに諦めたんじゃないのか?」

ぺんこうが、怒りを抑えながら口にした。
グッと握りしめた拳が、今のぺんこうの心を現していた。

「全国に……」
「その可能性は高いです」

ぺんこうの言葉を遮るように、桂守が応える。

「……組長の思いは、いつになったら、叶うんだよ……」

振り絞るような声で、ぺんこうが言った。
その言葉に、そこに居る誰もが拳を握りしめる。
真子の思いを痛感してるだけに……。

「取り敢えず、こちらに関しては、私共に任せてください。
 喜隆先生は、道病院へ。…情報は明日、こちらを出発する前に
 お渡しします。天地山にも向かっている可能性があります」
「だけど、手を出すと、怒る男が居るから、絶対に動くなよ」

桂守の言葉に付け加える、くまはち。

「存じております。しかし、私なりに、調べておきますから。
 では、失礼します」

キルは一礼して、桂守に鋭い眼差しを向けてから、直ぐに姿を消した。

「……敵視されてますね…私」

キルが去っていった方を見つめながら、桂守が呟いた。なぜ、敵視されているのかが、理解できない桂守。ちょっぴり不安げな表情を見せていた。

「ぺんこう先生は、何もしないでくださいね。あなたの立場だけを
 しっかりと守ってください」

桂守の言葉に、ぺんこうは納得したような表情を見せる。しかし、

「…解ってますよ。だが、これからのことに関しては、俺も、
 大切な妻を守る夫として、動きます。…だから、くまはち。
 一人で動こうとするな。俺を頼れ」
「ぺんこうの立場は、それだけじゃないだろが。だからこその
 俺たちの行動だろ。…こないだ、懇々と説明したよな」
「あぁ、聞いた。その後に考えた答えだ。もう、俺に説明するな。
 今でこそ、阿山真子の夫だが、俺の心は、あの日から決まってる。
 ……くまはち、お前が妬くほどの心だがな……」

クッと口元をつり上げた、その表情こそ、血に飢えた豹そのものだった。
くまはちは、フッと息を吐いて、

「では、私はこれで。しっかりと休暇を満喫させていただきますよ」

桂守に優しく微笑んで、くまはちは、ジョギングへと戻っていった。

「ぺんこう先生も、こちらに居る間は、気に留めないように。では」

ぺんこうに一礼して、桂守は姿を消した。
一人になったぺんこうは、大きく息を吐き、呆れたような表情をして、空を見上げた。
白々とし始めた空。

この空のように、明るい兆しは、あるんだろうか…。

ぺんこうの思い、それは……。



くまはちと別れたぺんこうは、本部の門をくぐり、玄関へとやって来た。
そこには、下足番だけでなく、料亭の月谷の姿もあった。

「お帰りなさいませ」
「ただいま。ちょっと遅くなった。真子は、まだ寝てるんだろ?
 それよりも、月谷さん、どうされたんですか?」
「実は……」

月谷が語る事に、ぺんこうは驚きを隠せなかった。





真子は、草原が何処までも広がる場所に立っていた。
そよ風が、真子の頬を撫で、髪をなびかせた。

気持ちいい……。

そう思った真子は、大きく深呼吸をし、空を見上げた。
真っ青な空に、思わず右手を伸ばした。
すると、自分の右手が青く染まったような感じに見えた。

そういや、あの時も、こんな感じだったな……。
今では、もう、懐かしい感じがする。

フッと笑みを浮かべた真子は、左手に目をやった。

えっ?

その左手から、赤い光が発せられていた。
身震いをする真子は、微かに聞こえてきた声に、耳を澄ませた。

もうすぐ………

「…い、いやぁぁっ!!!!!!」






真子は、カバッと体を起こした。
そこは、ベッドの上。そして、懐かしい自分の部屋だった。
荒い息を整えようと、必死に息をする。それでも、体の震えは納まらなかった。

「!!!」

何かを思い出し、自分の左手を見る。

「いやぁっ!!」

微かに赤く光っていた左手に驚き、真子は、目を反らした。
それと同時に、部屋のドアが勢い良く開き、

「真子っ!!」

ぺんこうが飛び込んできた。

「どうした、真子!!」

ベッドの上で震えている真子に気付き、駆け寄った。

「ぺんこう……」

その声は震えていた。
ぺんこうは、思わず真子を抱きしめる。

「どうされたんですか、組長」

真子が口にした言葉で、何が起こったのか直ぐに解ったぺんこうは、口調を変える。

「ここは本部ですよ。大丈夫です。何もありませんから」

ぺんこうの胸で小さく頷いた真子。

「……ゆめ……で、………」

呟くように言う真子。その言葉は、ぺんこうに聞こえていた。
ぺんこうは、真子の左手を見た。
何もない。

「夢を見たから、そのまま、光ったように見えただけでしょう。
 何も御座いませんよ」

真子の左手をそっと握りしめる、ぺんこう。
真子は、ぺんこうの声と仕草で、徐々に落ち着いていく。

「……ごめん……」
「気になさらずに」

優しく言って、ぺんこうは、真子の頭をそっと撫でた。

「!! 美玖は?!」

ようやく自分を取り戻した真子は、側で寝ているはずの美玖が居ないことに、気が付いた。

「あ、あぁ……実は……」





ぺんこうと真子は、料亭への渡り廊下を歩いていった。月谷が二人に気付き、一礼する。

「おはようございます。美玖ちゃんは、おやっさんと朝ご飯中です」
「おはよう、月谷さん。すみませんでした、朝早くから…」

真子は恐縮そうに話し始めた。

「美玖の朝食は、さっき、本部の厨房で聞きました。先に
 朝食を済ませて来たんですよ。それで、そろそろ…」
「ご案内します」
「いいよぉ。芯が解ってるから。ささおじさんの部屋でしょ?」
「はい」
「いつも、ありがとう」

真子が微笑むと、月谷は深々と頭を下げた。
真子とぺんこうは、笹崎の部屋に向かって歩いていく。その途中、従業員とすれ違う二人は、軽く会釈をする。笹崎の部屋に近づくと、美玖の元気な声が聞こえてきた。その中に、喜栄も居ることが解る。
真子はノックをした。

「真子です」

すると、喜栄が直ぐにドアを開けた。

「おはよぉ、真子ちゃん。芯くん」
「女将さん………」

思わず苦虫を潰したような表情をする、ぺんこうだった。

「ママぁ! パパ!」
「おはようございます、笹崎さん、女将さん。美玖、おはよ」
「おはようございます」
「おはよぉ」
「ふぅ…美玖っ。ご飯中」

ぺんこうの厳しい言葉が出た。

「はい」

ご飯中は静かに…が、ぺんこうの言葉。美玖は、直ぐに口を噤んだ。

「ここに居るときくらいは、いいじゃない」

喜栄が小さく言うと、ぺんこうは、微笑むだけだった。

「朝食は済ませてきたの?」
「はい。先に。そこで、美玖の事を聞きましたので。
 笹崎さん、ありがとうございます」

真子の言葉に、笹崎は微笑んだ。

「いいえ。お気になさらずに」

あら?

喜栄は、笹崎の表情を見て、なぜか笑いを堪えていた。
思わず咳払いをする笹崎だった。



「あのね、おおきなコイが、いたの。それでね、おにわの
 コイみたいに、くちを、パクパクするの」
「笹崎さん、もしかして、その鯉って…」
「ご実家の庭の池から溢れた鯉ですよ。本当に世話が
 良すぎて、増える一方だと言ってね…」
「猪熊のおじさん、何でもこなすんだもん」
「昔っからですね」
「それを、くまはちが継いだもんだから……ほんと…」
「慶造さんも嘆いてましたよ。手を抜くことを覚えようとしないって」

真子は腕を組んで、口を尖らせる。

「うーん。その通りだなぁ…」
「ねぇねぇ、ママぁ」
「ん?」
「きょう、おしごと?」
「仕事は、大阪に帰るまでお休みだよ? どうしたの?」
「きょうはね、パパの、こっちのおうちにいくの」
「そうだったんだ。…知らんかった…」

ちょっぴり膨れっ面になる真子だった。

「ママもいっしょにいくんでしょ?」
「行くよぉ。じゃぁ、そろそろ準備しないと駄目だね」
「うん! …でも、パパ、もどってないよ?」

美玖が言った途端、ぺんこうが戻ってきた。

「連絡したから、そろそろ出掛けようか、美玖ぅ……ん?」

何やら、ちくちくと痛い何かが突き刺さる。
ふと目線を移すと、そこには、真子の鋭い眼差しが……。

「あっ……」

ぺんこうは、何かを思い出したらしい。



ぺんこうの車が、阿山組本部を出て行った。
真子と美玖が後部座席で楽しそうに話している。

「あっ、ささおじさん! いってきまぁす!」

料亭の前を通った時、笹崎と喜栄が見送りに出ている姿に気付き、美玖と真子が手を振っていた。笹崎も軽く手を振る。喜栄は、そんな笹崎の姿を見て、とうとう、笑い出してしまった。

「笑うことないだろが」
「いいでしょぉ。そんなあんたの姿を、久しぶりに観たんだから。
 あれは……ちさとちゃんと真子ちゃんが遊びに来てた頃ですね…。
 ちょうど、今の二人と同じ…」

そう言って、喜栄は、笹崎を見た。
懐かしむような眼差しで空を見上げる笹崎の横顔が、そこにあった。

「そうだな。あの頃だって、こうして感じていたんだよ。幸せをな。
 ……だが、二の舞は……御免だ……」
「私もですよ。…でも、今は、あの時とは違うでしょう? 強い味方が
 かなり増えた。…それは、真子ちゃんの思いが、強いから……
 そして…」
「あぁ。まさか、あの男達まで、出てくるとはな…」

笹崎が目線を移した屋根の上には、一人の男の姿があった。笹崎と目が合った途端、笹崎の側に舞い降りた。そして、一礼し、笹崎に何かを告げた後、素早く姿を消した。

「あんた……」

喜栄は、不安げな表情を見せる。

「大丈夫だ。芯くんが、手配したらしいよ」
「……真子ちゃんに知られたら、それこそ…」
「…解ってる…」
「慶造くんよりも、恐いんだから、気をつけてよ、ほんとにっ」

膨れっ面になる喜栄だった。

「こういう事も考えて、慶造さんが、用意していたとは……。
 あの男が明かすまで、知らなかったよ」
「先のことを考えるように、育てたのは、誰よぉ」
「ちっ。知るかっ」

そう言って、笹崎は、料亭へと戻っていった。

「あららぁ、照れちゃって…。でも、本当に……」

大丈夫なのかしら…。

喜栄は、真子達が向かった方向を、不安げに見つめていた。

「女将さん、すみません!」

従業員に呼ばれて我に返る喜栄は、

「はぁい、何かしらぁ?」

元気を取り戻し、料亭へ戻っていく。



月谷が、笹崎の姿を見て、何かを話しかけてきた。
静かに応える笹崎に、月谷は安堵の表情を見せた。

「お前は気にすることない。今の仕事に専念しておけ」
「御意」
「俺は部屋に居る」
「はっ」

笹崎は部屋に入っていった。そして、写真を見上げる。
その写真こそ、慶造が四代目を継いだ時の写真だった。

「一体、いつから、そのようなことを考えておられたんですか。
 ……私は、まだまだ、見守っていきますよ。…でも、こればかりは
 あなたが怒ろうとも、譲れませんから……」

笹崎自身、何かを用意していたらしい。
慶造の写真を見つめる眼差しの奥に、揺るぎない何かが光っていた。




ぺんこうの車が、マンションの前に停まった。

「ここ?」

美玖がはしゃぐように言った。

「その通り! 美玖、ここが、パパのマンションだよ。…って車は
 どうするの?」
「いつもの場所に置くけど、真子、まさかと思うけど…」
「本当に、売り払ってなかったんだ…」
「信じてなかったんか……」

項垂れる、ぺんこうだった。

「言ってただろぉ。俺が大阪に行ってからは、部屋の掃除してくれてたって」
「聞いてたよぉ。でも、その後、売り払ったんだと思ってた」
「…真子……」

もしかして、あの時の話を忘れてる?!

真子自身、知っていたはずのこと。なのに、今、その事を忘れてしまったような、いや、知らなかったような言葉を発していた。


車をマンションの駐車場に停め、真子達は、マンションの玄関へと向かっていく。管理人が、ぺんこうに気付き、部屋から出てきた。

「本当に来たぁ」
「管理人さん、お久しぶりです」

ぺんこうが丁寧に挨拶をすると、

「いつもお年賀、ありがとう。真子さんも美玖ちゃんも、
 元気そうで〜」

まるで逢ったことがあるような口振りに、真子と美玖は、驚いていた。

「おはようございますぅ」

というのが、精一杯……。

「恐らく、部屋で準備してると思うから、ほら、入って入って!」

管理人がエントランスの扉を開けた。

「ありがとうございます」
「ゆっくりしてってねぇ」

元気に見送る管理人に、会釈をして、真子達はエレベータのドアを閉めた。

「ねぇ、芯」
「ん?」
「管理人さんに、年賀状出してたんだね…」
「お世話になった人だからね。連絡はしないと」
「月命日の後に、顔は出さなかったんだ」
「真北さんは、出してるだろうけど、俺は時間が無くてね」
「そっか。…で、誰が部屋で準備してるん?」
「あっ、それは……」


ぺんこうの部屋がある階に到着した。
そして、部屋の前に立つと同時に、ドアが開く。

「お帰りなさいませ」
「あれ?!?!?」

部屋から出てきて真子達を迎えたのは、阿山組の組員・南守視(なるみ)、緑川(みどりかわ)、榎木(えのき)の三人だった。出迎えた三人を見て、真子は驚いたように声を挙げた。

「…真子、驚きすぎ」
「まさか、南守視さんと緑川さんと榎木さんが…居るとは…」
「もしかして、普通の人と思った?」

真子は頷いた。

「こんにちはぁ」

真子とぺんこうの話をよそに、美玖が挨拶をする。

「こんにちは、美玖ちゃん。待ってたよ」
「おじゃまします」

丁寧に挨拶をして、中へと入っていく。

「真子さんも、どうぞ。中は変わってませんよ」

素敵な笑顔で真子に言ったのは、南守視だった。

「お邪魔します」

と、真子も入っていく。

「ほんとだ、変わってないぃ。もう何年も経つのにぃ」

真子の嬉しそうな声を耳にして、ぺんこうは、思わず微笑んだ。

「美玖、こっちがね…」

まるで、自分の家のように、真子は美玖を連れて、部屋の中を案内し始めた。
3DKの部屋。書斎として使っていた部屋は…。

「わぁ…ほんが、いっぱい。パパのへやといっしょぉ」
「これらは、今でも凄く役に立ってますよ」

榎木が言った。

「まるで図書館やわ、いつ見ても」
「えぇ」
「…もしかして、隣の寝室に、三人一緒?」
「はい」
「狭いんちゃう?」
「でも、ぺんこう先生がお住まいの時も、男三人でしょう?」
「あっ、そういや、そうだった。でも、時々じゃなかったっけ?」
「そうですよ。私は、ある期間、真子の実家に居ましたからね」
「ママ、ベランダいくぅ」
「高いから、気をつけてよぉ」

真子と美玖は書斎を出て、リビングにあるベランダへと向かっていった。

「何も、ここまで保つ必要ないだろがっ」

ぺんこうが、ちょっぴり怒った口調で言う。

「仕方ありませんよ。ご命令ですから」

緑川が恐縮そうに応えると、

「いや、そこまで、強調は……」

言葉を濁す、ぺんこうだった。

『部屋をいじるな』

あの頃、ぺんこうが、大阪に向かう時に言った言葉。だからこそ、ぺんこうが使わなくなった今でも、調度品の配置や物は、綺麗に使われていた。

「飲物は、オレンジジュースと珈琲でよろしいですか?」

南守視が、冷蔵庫を開け、コーヒーメーカーを用意しながら、ぺんこうに尋ねる。

「それまで、まだ、使ってるんかよ…」

ぺんこうが学生の頃に愛用していたコーヒーメーカーだった。

「俺が煎れる」

珈琲に五月蠅い、ぺんこう。しかし、

「栄三さん直伝ですが、駄目ですか?」
「……それなら、任せる。ところで、この後は、どうするねん」
「一緒に行きますよ。今は、自由に出入り出来る状態じゃありませんから。
 ぺんこう先生の高校も、そうでしょう?」
「まぁな。でも、大学くらいは…」
「大学も、色々と事件を起こしてますから、慎重になってますよ。
 それよりも、驚いたんですけど…」
「ん?」
「ぺんこう先生って、倉田先生と同級生なんですね」
「倉田??? ……まさかと思うが、あの……倉田…??」
「私たちが通っていると耳にして、色々と話をしてきたんですよ。その…
 ぺんこう先生が、今、どうしてるのか…って……」
「まさかと思うが、あいつ……俺が、阿山組の組幹部にでもなったと
 言ったんちゃうやろなぁ」
「その通りです……」
「………ほんまに、あのままやなぁ……ったく」
「きちんと、説明しておきましたから。それと、今日は大学に居られますよ」
「俺が行くこと、言ってるんちゃうやろな」
「言いましたが……いけませんでした??」
「………あかん」

ぺんこうの鋭い眼差しが、南守視に突き刺さる……。

「す、す、すみませんっ!!!」

思わず謝る南守視だった。その姿を見て、ぺんこうは、何かに気が付いた。

「……お前、まさかと思うが……」

低い声で、ぺんこうが尋ねようとした時だった。

「パパぁ」

美玖がベランダから戻ってきた。

「ん、どした?」

ぺんこうのオーラが父親に戻る。

「パパのだいがくん、みえるよ」
「そりゃぁ、ここ高いもんなぁ。後で行くぞぉ」
「はい!」
「お飲み物用意しましたよぉ」

南守視が言うと、真子と榎木がベランダから戻ってきた。

「1月2日なのに、大学に人が居るみたいだよ」

真子が言った。

「そりゃぁ、こんな時期でも、やることがあるからなぁ」
「教育大学じゃなかったっけ?」
「今は、色々な学科が増えましたよ」

緑川が応える。

「そっか。時代は変化し続けるもんねぇ」
「えぇ」

なんとなく、大学生の会話とは思えない雰囲気に、ぺんこうは、笑みを浮かべていた。






「へぇ〜、緑川さんは、調理担当だったんだ。知らなかったなぁ」

ぺんこうが通っていた大学に向かう真子親子。付き添いというかガードを兼ねて、南守視、緑川、榎木の三人も一緒に歩いていた。

「私が来たのは、四年前ですから」
「そりゃぁ、初めましてやわ」
「えぇ」
「でも、データーには、目を通してたんだけどなぁ…見落としたかなぁ」
「データー?」
「うん。毎日ね、組関連。……そういや、それには本部のこと書いてないなぁ。
 まさか、山中さん、やばいことしてるんじゃ…」
「それは、大丈夫だと思います。山中さんこそ、我々の行動には目を光らせて
 とてもとても厳しく指導してくださいますから」
「そうだろうなぁ〜。でも、くまはちも、猪熊のおじさんや小島のおじさんは
 絡んでないから、大丈夫ちゃうん?」
「……あれ以上に、厳しかったんですか…」
「うん。飛鳥さんや川原さんの頃は、凄かったよぉ」
「…それって、先代の時代……。御存知だったんですか?」
「私が知ってたってこと、内緒だよぉ」
「はい」

歩いて十五分。ぺんこうが通っていた大学に到着した。
南守視が、警備員に話をすると、真子達はすんなりと中へと入れた。

「……はやっ」
「話、通ってたんやろ」

驚く真子とぺんこうだった。

「わぁ、変わってないぃ」

真子が嬉しそうな表情で、大学の門に通じる道を見渡していた。

「ここは、変わってへんなぁ」

ぺんこうも懐かしむように言うと、

「この道ですよね。お二人のラブラブシーンは…………。
 ……………すみません……」

何やら興味津々に、榎木が真子とぺんこうに尋ねたが、二人の鋭い眼差しに、思わず謝ってしまった。


門をくぐって大学構内へと入っていく。

「校舎が増えたくらいか」
「えぇ。奥の敷地に新校舎が建ったそうですよ。私たちは、旧校舎での
 講義を受けてます。新校舎の方では、新たな学科の学生用です」
「って、お前ら教師目指してるんか?」
「はい」

ぺんこうの質問に、元気よく応える三人だった。


ぺんこうが真子と美玖を連れて、案内する。もちろん、ぺんこう自身、懐かしんでいた。
そこへ、一人の男が現れる。

「高校の教師が、大学に何の用だよ……」

そう声を掛けてきたのは、先程から話題に上がっている、ぺんこうが大学生の頃の同級生・倉田だった。

「今でも変わらんなぁ〜、二人のラブラブは」
「…くぅらぁたぁ〜」
「おっと、そのオーラは現役っ!!」
「うるせぇっ!!」

ぺんこうと倉田のやり取りに、真子と美玖は、ちょっぴり驚いた表情を見せていた。

「お久しぶりです、真子さん。そうですねぇ、お会いしたのは、
 一人でこの大学に尋ねてきた時ですよ」
「えっ……」

真子は、必死で記憶を探る。そして……、

「あぁあっっ!! あの時の!! その節は、大変お世話になりました。
 不安で仕方ない状態だったのですが、その……凄く心が
 落ち着いたこと、覚えてます。……こちらで、お仕事ですか?」
「えぇ。この大学で教師をしてますよ」
「お休みの日にまで、お疲れ様です」

なんだか、不思議な挨拶に……。



ぺんこうと倉田、そして、南守視たちが話すことに、真子と美玖は、楽しそうに耳を傾けて聞いていた。時々、真子が話に加わり、何やら賑やかな雰囲気に。

「何か飲む?」

真子が言うと、

「あぁ、それでしたら、私が」

倉田が挙手する。

「山本は、いつものあれでいいだろ?」
「って、あれから何年経ってるねん。もう…」
「いや、その辺りは、変わってないぞ。真子さんはオレンジジュースですね」
「一緒に行きますよ。案内してください」
「みくも、いく!」
「私も行きますよぉ」

真子と美玖は、倉田と一緒に歩き出す。その三人を榎木が追いかけていった。

「………で、構内でも、危険…ってか?」

真子達が飲物コーナーへ向かったのを見届け、姿が見えなくなった途端、ぺんこうのオーラが変わった。

「えぇ。どこで情報が漏れているのか、まだ判りません」

南守視が応える。

「ここくらいは、安全だろが」
「いいえ。相手は……」

そう口にした時だった。南守視と緑川のオーラが変化する。

「ぺんこう先生…もしかして、我々の正体を…」
「あぁ。…俺が放ったオーラに対しての構え方でな。
 …………なぜ、阿山組に、そして、俺のマンションに住むのか、
 そして、大学に通ってる訳を話してもらえないかなぁ…」

ぺんこうの眼差しが、昔に戻っていた………。



(2010.10.24 序章 喜び 第十二話 改訂版2014.12.29 UP)



序章 第十三話



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