任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

序章 喜び
第十三話 そして、朝が来る。

真子と美玖、倉田、榎木の四人は、大学構内にある自販機の場所へとやって来た。
そこには、飲み物の種類が、たっぷりとあった。美玖は、初めて目にするのか、ワクワクした表情に変わっていく。それに気づいた真子が、美玖に飲み物の説明をし始める。そこへ、榎木が近づき、真子に言った。

「人数分は、持てませんよ。だから、付いてきたんです。
 お盆も無いし、熱いですからっ!!」
「いいの、いいの。…それで、倉田さん、芯の好物って、これですか?」
「その通り! 言わなくても解るか…」
「当たり前ですよぉ。好みですもん」
「さっすが、真子さん。山本の事、何でも知ってる…」
「でも、大学生の頃の、学内のことは、知らないんですよぉ。翔さんに、
 たっぷりと聞いてるんですけど、どうしても、教えてくれないことが…」
「それって、恋愛関連じゃないかなぁ」

倉田が、昔を思い出すような感じで言った。

「そうそう! ほら、よく飲み会に行ってたんでしょぉ。その事ぉ」
「話してもいいけど、美玖ちゃんの前で?」
「榎木さんが相手してくれるんやろぉ」
「えぇ。でも、そのお話を聞いて、真子さん、冷静に居られるんですか?」

遠慮を知らないのか、榎木は真子に言う。

「大丈夫。芯は私に弱いもん」

自信たっぷりに応える真子を見て、倉田と榎木は、大笑い。

「みくも、きくぅ」

何の話なのかは、理解していないが、美玖も、その話を聞きたいらしい。
その場が、更に笑いに包まれた。


その雰囲気とは全く正反対に、緊迫したオーラが漂い始めたのは……。


ぺんこうは、鋭い眼差しで、南守視(なるみ)と緑川を見ていた。
その眼差しに参る二人は、静かに語り始めた。

「私は、とある方の命令で、こちらに来ました。大学に通うのは
 身を隠すためでもあります」

南守視の言葉に、ぺんこうは大きく息を吐いた。

「緑川も、そうなのか?」
「私は、別の方からのご命令です。ですが、本部の厨房での
 仕事は、本来のものです。そして、大学に通うのは、勉学の為です」
「榎木も、そうなのか?」
「榎木は違います。ただ単に、五代目に憧れて来た若者ですよ」
「憧れて…って……」

ぺんこうは、呆れてしまう。

「今回は偶然ですよ」

南守視が付け加えた。

「偶然にも程があるやろが。…ったくぅ〜。真北さんも絡んでるんか?」
「少々……」
「はぁぁぁぁぁ…………」

長く大きくため息を吐いた、ぺんこうだった。

「…で、今朝の事は?」
「あっ、いや、あれは、私じゃありません!!」
「知っとるわっ。今朝の情報くらい、あるやろが」
「ございます!! ですが、これは、言えません」
「新たな敵か、そうじゃないのか、どっちだ」

緑川の言葉を全く聞かずに、ぺんこうは尋ねていた。

「新たな敵。それだけしか申せません」

静かに応える、南守視の口調。
それは、まるで、彼の方のようだった。それだけで、ぺんこうは判った。
南守視が誰の命令で、阿山組に来たのかが……。

「……判った。だが……組長だけには、知られるなよ」
「御意」

ぺんこうが話を急に切り替えたのは、真子達が戻ってきたからだった。
真子が笑顔で、ぺんこうたちに手を振った。ぺんこうは、笑顔で応える。

「倉田ぁ、何も言ってないやろなぁ」

ぺんこうが居ない場所での、真子の言動は解る。だからこそ、ぺんこうが言うのだが、それは、内緒になっている。

「言うわけないだろが。あの日の眼差しだけは、二度と御免だ」

真子が、大学生のぺんこうを尋ねて一人でやってきたという、あの日。
まだ小学生だった真子に優しく声を掛けた倉田。その後、ぺんこうが真子に気付いて、一緒に帰宅する時に向けた眼差し。それはそれは、その場に集まった学生達が凍り付くほどのものであり、そして、次の日に起こった出来事で、向けた眼差しは、それ以上のものだった為……。

「俺、そんなにきつかったか?」
「それは、それは、もう………」

先程まで、緊迫したオーラが漂っていたが、真子達が戻ってきたことで、和んだ雰囲気へと変わっていた。
飲物を飲みながら、更に盛り上がる、ぺんこうと倉田の話。真子達の笑い声は絶えることがなかった。

南守視と緑川が、何かに警戒したようなオーラを放ちはじめる。

「おいっ」

短い、ぺんこうの言葉に、そのオーラを解き放つ二人。

「しかし…」
「…大丈夫や。俺が頼んでる」

そう言って、ぺんこうが目線を移した先に、一人の男の姿があった。
その男は、軽く会釈をした後、直ぐに姿を消した。
南守視と緑川が感じたオーラが消えた。
その途端、二人は『学生』へと変化する。

「ねぇ、芯」
「はい」
「そろそろ戻らないと、明日の準備もあるし、みなさんの時間も…」
「そうやな。ほな、倉田。今日はありがとな」
「こちらこそ。滅多に逢えないだけに、榎木君から聞いたときは、
 嬉しかったよ。たまには、こっちにも顔を出してくれよな、山本」
「あぁ、こっちに来たときは、予定に入れとくよ。美玖ぅ、楽しんだかぁ?」
「はい! たのしかったです。くらたおじさん、ありがとぉ」
「お、おじさん…………」

美玖に『おじさん』と呼ばれて、小さなショックを受ける倉田だった。

「お話に出てた商店街、緑川さん、案内してくれるん?」
「そうですね。ぺんこう先生、時間、よろしいですか?」
「あぁ。商店街に寄る時間はある」
「では、これから、行きますよぉ。美玖ちゃん、何がいい?」
「えっとね…」

緑川と一緒に歩き出した美玖。

「今日は、色々と楽しいお話、ありがとうございました」
「こちらこそ、本当に、ありがとう。山本の今の姿を知って、安心した」
「では、失礼します」
「気をつけて」

真子は倉田に丁寧に挨拶をして、美玖達を追いかけていく。

「……山本」
「ん?」
「お前も無茶するなよ」
「ありがとな。ほな、また」

ぺんこうと南守視、榎木は少し遅れて、真子達を追いかけていく。
そんな六人の姿を見送る倉田は、本当に安心したのか、表情が綻んでいた。

「榎木たちから聞いても、この目で観ないと、信じられないもんな。
 ほんと……その世界で生きているような感じだったもんなぁ、あの頃は」

フッと笑みを浮かべて、倉田は校舎へと戻っていった。




「こちらですよぉ」

緑川が美玖と一緒に、大学の近くにあり、駅に近い商店街へとやって来た。ぺんこうのマンションとは反対側にある商店街。だけど、ぺんこうは良く、足を運んでいた。

「ほぉ〜変わってへんなぁ、ここも」

またまた懐かしむように、ぺんこうが言った。

「真子さんは、初めてですか?」

緑川が尋ねる。

「あの日の帰りに寄っただけかなぁ〜、ねぇ、芯」
「そうやなぁ。おっ、美玖、ここがなぁ…」

懐かしさのあまり、はしゃぎまくっている、ぺんこうだった。それにつられて、美玖も楽しくはしゃいでいた。

「あららぁ、これじゃぁ、美玖、帰りは寝るなぁ…」

にっこり微笑んで真子が言うものだから、一緒に歩いていた緑川まで、笑顔が輝いていた。


正月休みを取っている店が大半だったが、営業中の店では、ぺんこうの事を覚えているのか、声を掛けてきて、少しばかり話し込んだところもあった。
商店街の時計が午後四時を指していた。

「そろそろ帰るか…。美玖も眠ってしまったし」

ぺんこうに抱っこされ、美玖は眠っていた。緑川が素早く膝掛けを美玖の体に掛ける。

「すまんな。直接、駐車場に行くよ」
「かしこまりました」
「真子、帰るよぉ」
「芯、堪能したぁ?」

ちょっぴりからかうような感じで、真子が言ったものだから、ぺんこうは、膨れっ面になる。
その表情が、一変した。

だめだ…。

父親と本来の姿。その両方を醸し出している、ぺんこうは、何か途轍もない程のオーラを感じ取っていた。それは、ぺんこうだけでなく、南守視、緑川、榎木の三人も感じ取っていた。誰もが、構えた時だった。

「あっ、落とし物したかも、しれへん」

真子が言葉を発した。

「ごめん、芯。みんな、先に商店街を出て、帰ってて。
 すぐに追いかけるから!!」

そう言って、真子は踵を返して走り出した。

「組長っ! …あっ……」

ぺんこうは、真子を追いかけようとしたが、自分が抱きかかえている美玖に気付く。

どうすれば…。

思わず迷う、ぺんこう。
真子が自分たちを引き離すような行動に出たことは、深く考えなくても解ることだった。だが、今は、何も知らない美玖が居る。いつもなら、躊躇わずに真子を追いかけるのだが、この時ばかりは、出来なかった。
真子が言ったように、この場を離れることが賢明である。

守りたい一人が腕の中に。

同じように守りたい者が、自分たちを守るような行動に出てしまった。
唇を噛みしめ、考え込むが、そんな猶予はない。

くそっ…。

そう思った時だった。

「私が」

小さく言って、真子を追いかけるように南守視が駆け出した。
真子が駆け出してから、ほんの10秒。真子の姿は、まだ見えている。
ぺんこうは、南守視の本来の姿を知った。
任せても安心だとは思うが…。

「ぺんこう先生、この場から去りますよ」
「あ、あぁ…」
「南守視になら、任せられます。本来の仕事ですから。
 私と榎木は、ぺんこう先生と美玖ちゃんを守る役ですよ」
「まさかと思うが…」
「その通りです」

ったく、ほんまに、お節介やな、兄貴はっ

真子達が出掛ける先に、待機させておく行動。
現状を把握しにくいからこそ、一人一人の側に付け、周りにも待機させるのは、真北が得意とする行動だった。
ぺんこうは、真子が走っていく後ろ姿をちらりと観て、早足で商店街を出て行った。



ぺんこうたちが去っていくのを背で感じた真子は、所々途切れるアーケードの部分から見える、自分と同じ速さで屋根の上を走る人物に目をやった。先程、歩き回ったときにチェックしていた空き地。全く人気が無いことにも気付いていた。そこを目指して足を速める真子。そして、その空き地に向かって、角を曲がる。

しまった!

真子を追いかけていた南守視は、真子の姿が角を曲がった事に気付き、足を速めた。

真子様、足が速いって、本当だったんですね…。

ほんの10秒遅れて駆け出したのに、中々、真子に追いつかなかい南守視。ここで本来の姿を見せては、商店街に居る一般市民にも影響してしまう。だからこそ、制御して走っていた。




真子は、空き地の中央で足を止めた。
そして、辺りを警戒する。
背後で風を感じ、真子は素早く避けて、後ろ手で何かを掴んだ。

「(ちっ……)」
「(あまい…)」

相手は、外人らしい。
屋根の上を走っていた時は、逆光で判らなかったが、この時、初めて相手の姿を把握した。
真子は、敵の腕を掴んでいた。差し出されたナイフは、真子の体には届かなかった。

「(……例の約束は、反古か?)」

真子が静かに尋ねると、相手は首を傾げた。

「(約束? 俺は知らんな…)」
「(……新たな敵ってことか?)」
「(あぁ、そういうことか。俺は、組織を抜けた者だ。…個人的に
  阿山真子…あんたに、お礼をしたいのでねっ!!)」

敵は、真子に掴まれている腕を振り払い、もう片方の腕を真子に勢い良く差し出した。

ガキッーーー!!!

金属同士が激しくぶつかり合う音が、辺りに響く。

「(!!!!!!!)」
「(これ以上は、あんた……自分の命の灯火を消すことになるが…)」

南守視が、左腕に装着している刃物で敵のナイフを受け止めていた。そして、南守視の右腕にも装着されている刃物が、敵の首筋に当てられていた。
南守視が右腕を引けば、敵は首を斬り付けられる状態。
敵は、生唾を飲み込んだ。

「どうされますか、真子様」
「…………あのねぇ……」

呆れたように言った真子は、ふぅぅ…と息を吐いた途端、南守視の襟首を掴み、敵から引き離すように、勢い良く引っ張った。

「って、ま、真子様っ!!」
「もう。素性を聞く前に倒して、どうするのっ!」
「?!?!?!」

真子の言動に、きょとんとしたのは、南守視だけでなく、敵もだった。
すでに命を落としてしまう状態だったにも関わらず、真子の言動で命拾いをした敵。本来の目的を忘れてしまうほど、呆気にとられた様子。気を取り直して、殺気のオーラを醸し出した。

「(はぁあぁぁ……。目的は、私の命でしょう。組織を抜けたということは、
  私との約束は知らないってわけだ)」
「(約束?)」
「(私の命を狙うなら、五代目の時にしろ……そう約束して
  納得してるんだけどなぁ……。今、私は、五代目じゃない。
  ……ということは、約束を反故された……いや、知らなかった
  とはいえ、この行動は……あんた……万死に値するけど、
  ……どうする?)」

口調は、とても柔らかだったが、発している言葉は、あまりにも恐怖を感じるもの。いや、真子の発言で解る。
怒りを抑えているということが……。

しまった……。

真子の怒りに触れたことがないものだから、南守視は、真子の行動を理解できない。いや、それよりも、先程取った自分の言動で、真子の怒りを増幅させてしまったことだけは、理解した。
掛ける言葉が、見つからない。
そんな真子に恐れているのが解る、敵の雰囲気。
殺気のオーラが、徐々に薄れていた。

「(……なぜ、狙う? それも、組織を抜けて単独で、私を……。
  応えによっては………)」
「(あんたは………兄貴の命を奪ったっ! だからだっ!!)」

まるで、子供のような雰囲気で取り乱しながら、突然、敵が叫んだ。

「(兄貴?)」

真子は、敵の様子を観察するように、じっくりと見つめ始めた。
感じるオーラは、確かに、例の組織の者と同じ。だが、立ち居振る舞い、そして、攻撃の仕方、走り方。どれも観たことのあるものだったのか、真子が記憶を探りはじめた。眉間にしわが寄る。そして……。

「(キル………)」

真子が呟いた。
その呟きに、敵が反応した。

「(…そうだよ……あんたが、兄貴を……兄貴の命を奪ったっ!
  だから……俺は、あんたに仕返しをする為に……こうして、
  腕を磨いて、組織を抜けて、単独で……)」
「(ふっ…)」

真子が呆れたように息を吐いた途端、

「(馬鹿にするなぁぁっ!!!!!)」

叫びながら、敵が真子に向けてナイフを突き出したが、そのナイフは、敵の手を離れて、地面に突き刺さった。
真子の蹴りが、敵のナイフを弾いていた。

「キル、どうする? …居るんだろがっ」

真子は敵の胸ぐらを掴みながら、背後に感じる何かに向かって、静かに言った。

「トップシークレットですよ、真子様」
「だからって、躊躇うことないでしょぉ……」
「クールの姿じゃなかったら、真子様よりも先に動いてましたが…」
「…………それよりもぉ…………」

真子の声が急に低くなる。そして、俯き加減になっていた真子が、ゆっくりと顔を上げた。その眼差しは、怒りに満ちていた……。

ギョッ!!!!!!!




クールと呼ばれた敵の男。顔は涙でびしょびしょに濡れていた。どうやら、キル自身が事情を説明したらしい。所々に泣きじゃくりながらも、クールは、

「(良かった…嬉しい…)」

そう言っていた。
真子は、少し離れた場所に座り、頭を抱え込んでいた。側には南守視が立って、真子の様子を伺っていた。

「真子様、そろそろ戻らないと、ぺんこう先生が心配なさりますよ」

そっと声を掛けたものの、真子は反応しなかった。
その時、南守視は、真子の異変に気が付いた。

「…真子様……まさか…」
「……大丈夫……。ただ……ちょっと、考え込んでしまっただけ」

そう言って、真子は顔を上げた。

「そういう行動は、正しいとは限らないんだなと…思ってね…」
「そういう行動とは…キルを殺したように見せかけて…ということですか?」
「うん。…こうして、クールさんのような行動を起こす人が出るんだなと。
 …………難しいな…」

真子の声から寂しさを感じた。

「真子様。クールの身柄はどうしましょうか」

真子に振り返ったキルの頬には、季節外れの真っ赤な紅葉が付いていた。その顔を見て、真子と南守視は、グッと笑いを堪えたが、やっぱり……。

「はっはっは!!! あかん…キル…ごめん、いや、ほんと……」
「笑わないでくださいっ!!!!」
「しゃぁないやろぉ。キルが仕事を放棄したと思ったんやからぁ」
「ですから、何度も申しましたように、二日の午後三時には
 病院から本部に戻ると……」
「だったら、なんで、直接本部に向かってないんよぉ」
「真子様が、ぺんこうさんと美玖ちゃんとお出かけだと聞いたら、
 本来の仕事に就きますよ……」

ぷぅっと膨れっ面になるキルだった。

「(兄貴、俺なら、寝床ありますよ。…ただ……連絡先を…)」
「(駄目だ。この後、俺は真子様と一緒に行動する。でもな、
  組織を抜け出したとなると、狙われるだろが。それも、単独行動で
  真子様との約束を反古したと思われてな)」
「(そうですか…)」

考え込むクールに、真子が言葉を発した。

「南守視さん。一人増えても大丈夫ですか?」
「真子様のご命令ならば…しかし、奴の素性は…」
「桂守さんの弟子と笹おじさんの弟子、そして、山中さんが育てた男。
 その三人を目の前にして、何か出来るとは思えないんだけどなぁ〜」
「!!! 真子様!! どうして、我々の素性を!!!」
「すぐに解るよ。それに、南守視さんの武器。それって、桂守さんの
 ふるさとしかないでしょぉがぁ」
「あっ………」
「………すっとぼけは……南守視さんの本来の姿??」

ちょこっとだけ何かが抜けている様子の南守視。真子は、大笑いしてしまう。

「はっはっはっは!!! はぁ……ったくぅ。……本当に、どうしようかと思ったよぉ。
 さてと。そろそろ戻らないと、ぺんこうが危険だなぁ。…キル」
「はい」
「ぺんこうには内緒だから。キルは自分の足で本部に戻ってくること。
 その前に、ぺんこうに気付かれないように、クールさんを緑川さんに
 預けてね。…南守視さん、よろしいですか?」
「御意。師匠には、私から伝えておきます」
「お願いします」

クールに目をやると、何やら不安げな表情をしていた。キルが説明をすると、納得したのか、大きく頷いた。

「でも、真子様」

キルが呼ぶ。

「ん?」
「組織が、クールを追ってきたという事も考えられます」
「もしかして、今朝の状態は…」
「あれは、別でしたよ」

南守視とキルの声が重なった。

「ったくぅ……」

キルの行動に呆れる真子だったが、気を取り直して立ち上がる。

「じゃぁ、戻る。南守視さん、帰りましょうか」
「はい。…キルさん、クールさん。ぺんこう先生のマンションに
 三十分後、来て下さい。それまでに、伝えておきますから」
「あぁ」

短く返事をして、キルとクールは、姿を消した。



商店街を歩きながら、真子と南守視は会話を交わす。

「いつ、気付かれたんですか? 私たちは、何も申してませんが…」
「ぺんこうのオーラに対する雰囲気で。桂守さんたちは、独特のオーラを
 持ってるから。…もちろん、キルにも備わってるオーラ……殺し屋の
 独特のオーラ。…でも、南守視さんの正体を確信したのは、その
 腕の武器を観てからだった。それまで、確信できなかった」
「…気付かれにくいところを、師匠にかわれたんです。だから、こうして
 阿山組に潜り込めました」
「大学に通うのは、やはり…」
「私の夢です。教師になること……その事は、誰にも言わなかったのですが
 真北さんには、ばれてました。それで、素性を明かして、今があります」
「楽しい?」
「えっ?」
「今の暮らし。……普通の暮らし…」

真子は小さく言ったけど、その声は南守視には聞こえていた。

「えぇ。有難いです。…だけど…」
「だけど?」
「普通の暮らしが……ちょっと、解りづらいところが……」

南守視の言葉に、真子は、ずっこける。

「そっか……その世界で育ってたら、解りづらいわなぁ」

笑い出す真子に、南守視は顔を真っ赤にして照れてしまった。

「真子様ぁ……笑わないでくださいっ」
「ごめん〜」
「でも、緑川や榎木が教えてくれるんですよ。助かります」
「そっか。二人は一応、普通だっけ」
「えぇ」

何か変な会話に気付いたのか、二人とも笑い出してしまった。



商店街のアーケードを出ると、少し離れたところに、ぺんこうが車を停めて、待っていた。真子の姿に気付いた途端、車から降り、真子が近づくのを安心した表情で見つめていた。

「落とし物、見つかったのか、真子」
「うん。良かった。心配掛けてごめんねぇ。美玖は?」
「寝てる。急いで帰るぞぉ」
「はぁい。南守視さん、今日はありがとう御座いました」
「いえ、こちらこそ。楽しい時間をありがとうございました。また、何かあれば
 頼りにしてください」
「はい。お願いします」

真子は深々と頭を下げる。顔を上げ、笑顔で手を振って、車に乗り込んだ。
ぺんこうは、目で、南守視に尋ねる。
南守視は、そっと頷いた。
呆れたような表情に変わった、ぺんこうは、少し離れた屋根の上に居る二人の人物に睨みを利かせ、そして、運転席に座り、車を発車させた。
南守視は車が見えなくなるまで深々と、頭を下げていた。
顔を上げ、屋根の上に待機していた二人に合図する。
二人は、南守視の側に、舞い降りた。

「俺は今から桂守さんに伝えてくる。言ったように…二十五分後、
 マンションの前に来てくれ」
「解った」

キルの返事を聞いて、南守視は屋根に飛び上がる。そして、とある方向に向かって走り出した。

「(兄貴……)」
「(ん?)」
「(…兄貴が真子さんに負けた理由が、解った気がする)」
「(真子様は、俺たちが聞いていたよりも、強い方だよ。
  心身共にな…)」
「(あぁ。…あの状況で、説得するとは思わなかった)」
「(敵に対しても、優しい方だからな……)」
「(…俺……やっていけるのかな…)」

不安げに語るクールの頭を、キルは思いっきり撫で始めた。

「(単独で、そこまで鍛えたんなら、大丈夫や。ほんと、驚いたで)」
「(兄貴のオーラ…全く感じなかった…)」
「(そりゃぁなぁ。そうじゃなきゃ、真子様を影から、そっと守れない。
  ……どうしようか、迷った時に、気付かれただけだよ。…だからさ、
  真子様に任せておけばいい)」
「(……俺…敵視されないかが心配だよ…)」
「(大丈夫やろ。あの三人。仲良く見えるが、お互いをすごく
  警戒してるみたいだからなぁ。生きてきた世界が違うのも
  あるんだろうけど、それぞれの思いが強いだけに……厄介そうや)」
「(……………心配やぁ)」
「(真子様と俺が戻ってくるまでの保護だよ。心配ない)」
「(…うん……)」

予定の時刻まで二十分。
それまで、どこで時間を潰すべきか…と悩む二人だった。
先程までのオーラは、どこへやら……。





本部に戻る車の中で、ぺんこうは、後部座席の真子に、そっと声を掛けた。

「…一人で向かうのは、これっきりにしてください」
「……ごめんなさい………」

静かに謝る真子は、ルームミラーで運転席のぺんこうを見る。
ぺんこうは真子を見つめていた。
とても優しい眼差しで……。
真子にとって、心が和むものだった。

「ありがと……」

真子は、そっと微笑み、美玖を抱きしめる。


車は、阿山組本部の門をくぐっていった。



夕方五時半。
美玖が昼寝から目を覚ました頃、むかいん、理子、そして光一が、隣の料亭から渡り廊下を渡って、阿山組本部へとやって来た。


午後六時過ぎ。
真子は、理子達と賑やかに夕食タイムを過ごしていた。
昼間のことは、夢だったとも言わんばかりの表情で、楽しいひとときを過ごしていた。
時折、ぺんこうが真子の表情を気にかける。

「どうした、ぺんこう」

デザートを持ってきた、むかいんが、ぺんこうの眼差しに気づき、声をかけた。

「ん? あ、あぁ…何もない」

ぺんこうの前にデザートを置きながら、

「お前こそ、一人で抱え込むなよ」

そっと告げて、むかいんは、真子達にもデザートを持っていく。

「お待たせぇ」

「わぁ〜!!」

テーブルの上に並んだデザートは、雪国を思わせるようなものだった。

「りょうパパ、これ、てんちんやま??」

美玖が輝く眼差しでデザートを見つめていた。

「明日向かうからねぇ。こんな感じだよ」
「たのしみぃ! まさしゃんもたのしみぃ!!」

美玖と光一が嬉しそうにはしゃぎ出す。
真子は、優しい眼差しで二人の子供を見つめて、心を和ませていた。





午後十時。
むかいんの部屋で、光一と美玖が寄り添って眠り、少し離れたところでは、むかいんと理子が一緒に眠っていた。
真子は、自分の部屋で、山中がまとめた書類に目を通していた。この三日間に、挨拶に訪れた者達、その内容のすべてに目を通す。予想していたよりも多い人数に、真子自身、驚いていた。


ぺんこうは、縁側に腰を掛け、真冬にも関わらず、戸を開けて、酒を飲んでいた。そこへ、一人の男がやって来た。

「俺の分はぁ?」
「ございませんよ」
「だと思った」

そう言って、片手に持っているお猪口を、ぺんこうに見せたのは真北だった。
ぺんこうは、何も言わずに、そのお猪口に、そっと酒を注いだ。真北は、ぺんこうの隣に腰を掛け、大きく息を吐いた。そして、一気に酒を飲み干した。

「きつっ! お前、度数なんぼや?」
「さぁ」

とぼけるぺんこうに、真北は、

「まぁ、ええわ」

そう答えた。

「明日は、誰が迎えに来るんですか?」

ぺんこうが尋ねる。

「専用マイクロバス貸し切りするやろ。人数的に無理や」
「そうですけどねぇ」
「まぁ、桂守さんは、いつもの通りだろうけど、キルは、違うよな」
「えぇ。美玖と光ちゃんが、一緒に行くと言ってますからね」
「それ以前に、真子ちゃんが、怒るやろ」
「そうですね」

そう応えた、ぺんこうの雰囲気が気になるのか、真北は眉間にしわを寄せた。

「……ぺんこう」
「なんですか」

素っ気なく返事をする。

「今日、何があった? まさか、お前…」
「……行く先々に手を回さないでくださいね。ったく」
「あぁ、そっちか。ええやろが」

真北は、思っていたこととは違う応えに、少し安心した。そして、お猪口に酒を注ぐ。
人の気配を感じ、二人は振り返る。そこには、キルと栄三が居た。

「えいぞう。お前は必要ないやろが。それに、キルは明朝に変更したやろ?」
「栄三さんのお供です」

キルが応えた。

「お供?? …えいぞうぅ〜っ」
「しゃぁないですやん。呼び出しやもん」

軽い口調で言って、栄三は、真子の部屋へと向かっていった。

「………キル、説明せぇよ」

真北の声が低くなる。そして、醸し出されるオーラが変化した。

「実は………」

キルが静かに語り出した頃、栄三は、真子の部屋のドアをノックした。

『どうぞ…』

真子の低い声が、ドア越しに聞こえてきた。少し気まずそうな表情をしながら、栄三は、そっとドアを開け、

「失礼しますぅ……」

と声を出した。

「!!!  って、組長! 投げないで下さいっ!!」

栄三は真子の部屋に入った途端、目の前にスリッパが飛んでくるのに気づき、良いタイミングで受け止めた。

「これ、どうするん?」

真子は、ふくれっ面。

「私の方で、対応しておきます」
「………明日は?」
「すみません。事態が悪化しそうなので、私は大阪に戻ります」
「健も?」
「えぇ。美玖ちゃんと光ちゃんには、私から説明しておきます」
「そうしてね……。彼女が呼んでるって、ちゃぁんと言ってねぇ」
「組長うぅぅぅ〜っ!! ちゃいますから!!」
「解ってるよぉ。でも、大丈夫?」

真子は、少し心配げな眼差しを向ける。

「えぇ。その辺りは、キルに伝えてますよ。それに、桂守さんも
 行くんでしょう?」
「うん。…でも、一緒に電車移動は…」
「苦手でしょうからねぇ」
「距離あるよぉ」
「平気でしょう」
「電車は速いやんかぁ」
「負けるでしょうけど、足でしょうねぇ」
「たまには、一緒に移動したいなぁ」
「キルとのオーラに、耐えられますか?」

栄三の質問に、真子は、暫し考え込む。
実家に戻ってきた日に、目の当たりにした対立。
見た目では解りにくかったものの、感じたものは、本当に、危険だった。

「……無理かも」

真子は、そう応えた。

「それなら、諦めてくださいね」
「そうするぅ。……それで、報告は?」

真子のオーラが、五代目に変化する………。

「今朝の件ですが…」

栄三が静かに報告を始めた。




真子の部屋のドアが開き、栄三が出てきた。
一礼した後、ドアを閉めると、

「美玖ちゃん」

廊下の先に、美玖が立っていた。

「えいぞうさん、ママ、おしごとおわったの?」
「……真子ママ、まさか…」
「おしごとだから、こうちゃんとねてた」
「目が覚めた?」

栄三が話しかけると、眠たそうな目をしながら、美玖は頷いた。

ったく…組長はぁ…。

呆れながらも、栄三は美玖を手招きし、そして、ドアをノックした。

『はいぃ』
「真子ママぁ、お仕事終わった??」

美玖の声色を真似て、栄三が言うものだから、真子は慌てて書類を片付け、そして、ドアを開けた。
そこには、栄三と美玖が立っていた。

「…えいぞうさん……あのね…」
「ママ、いっしょにねるぅ」

そう言って、美玖は、真子の足にしがみつく。

「理子ママには、ちゃんと言った?」

美玖は、コクッと頷く。

「お仕事終わったから、そろそろ寝ようかと思ったところだよぉ」

真子は美玖に優しく語りかけながら、抱きかかえ、栄三に背を向けると同時に、後ろ足で、栄三の臑を蹴った。

「って、ちょ…」
「おやすみぃ」
「えいぞぉさん、おやすみなちゃい」
「お休みぃ、美玖ちゃん、真子ママ」

真子と美玖が、ベッドに向かって歩いて行くのを見届けて、栄三は、ドアをそっと閉めた。そして、

「………きつぅ……」

真子に蹴られた臑をさすりながら、縁側に向かって歩いて行った。

「ぺんこう、部屋」

栄三が短く言うと、ぺんこうは、素早く立ち上がり、真子の部屋に向かっていった。
短い言葉だけで、通じ合う。

組長と美玖ちゃんが、一緒に寝てるから。
早く親子の時間にしろ。

短い言葉には、そういう意味が含まれていた。


ぺんこうが座っていた場所に、栄三は腰を下ろした。

「えいぞう。お前なぁ」

真北が低い声で言った。

「しゃぁないですやん」
「それじゃない。お前、知ってたんだろ? クールのこと」
「あ、あぁ…そっちですか。ありすぎて、どれか解らんかった」
「…他にも…あるんか、こるるるらぁ」

怒りを抑えたように、真北が言う。

「だから、健と対処しますやん。だから、真北さんも
 目一杯、羽を伸ばしきってくださいね」
「そうやって、俺から離れて、何を始めるつもりや…」
「いつものことですやん」
「俺が対応できる範囲でやれよ」
「それは、重々承知してます」
「それなら、何も言わん」
「ありがとございます」

栄三が真面目な口調で返事をする時は、危険なことを始める前触れでもある。
もちろん、そのことは、長年、この世界で行動を共にしている真北には、わかりきっていること。だからこそ、この後の真北の表情は決まっていた。
口を尖らせる。

「例の人たちに頼みますから」
「…だから、厄介なんや、あほ」
「すんませぇん」

真北は、栄三の口調に項垂れた。




ぺんこうが真子の部屋に入っていくと、真子と美玖は、すやすやと眠っていた。二人の寝顔を見つめて、そっと笑みを浮かべるぺんこうだった。

「今日もお疲れさん。真子、美玖」

ぺんこうは、二人の頬に口づけをして、布団をかけ直す。ふと目に飛び込んだ真子のデスクにある書類。手に取り、目を通す。

「えいぞうのやつ、無茶せんかったら、ええけどな…」

そう呟いて、部屋を出て行った。
自分の部屋に戻り、ベッドに腰を掛け、大きく息を吐いた後、そのまま仰向けに寝転んだ。

度、きつすぎた……。

ぺんこうには、やはり、アルコールの度数は強すぎたらしい。
そのアルコールを飲み続ける男は、縁側で一人腰を掛け、星空を見上げていた。
遠い昔を思い出すかのような表情で……。


そして、朝を迎えた。



(2011.2.20 序章 喜び 第十三話 改訂版2014.12.29 UP)



序章 第十四話



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