任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

序章 喜び
第十四話 天地山へ向かう。

朝。
阿山組本部の門をくぐる、前髪が立った男の姿に、誰もが一礼し、挨拶を交わす。

「おはよう」

静かに挨拶をした、くまはちは、玄関に向かって歩いて行く。そこへ、一台の車が入ってきた。

「白井」
「猪熊さん!! よかった…真子さん、まだ…ですよね」

運転席から声を掛けるのは、故郷から再びやって来た白井だった。

「当たり前だ。まだ、朝の七時」
「そろそろ起きて、出発なさるかと思ったのですが…」
「それは、昔の話。今では、一日掛けなくても到着するほど
 早くなったんや。…で、まさかと思うが…」
「私の故郷からのお土産を渡したくて、急いで戻ってきました」
「俺は別に構わんが、ぺんこうにだけは知られるな」
「そう言われました」

にっこり微笑んで、白井は駐車場へと車を走らせた。


両手いっぱいにお土産を持った白井が玄関へと戻ってきた。

「出発時刻は九時らしい。恐らく、そろそろ起きて、
 朝食準備に取りかかってるだろうな」
「そうですか。いつ、お渡しすれば、よろしいでしょうか」
「中身は?」
「雪国にピッタリのものです」
「ほな、朝食後だな」
「かしこまりました」

出発前の雰囲気と、なんとなく違うと感じた、くまはちは、

「……白井、お前……何をした?」
「あっ、いや……その……」

真子達の部屋に向かいながら、白井は故郷での事を、くまはちに全て話し始めた。
ここの荷物を渡したこと、様子を真子に報告する為に、行動を観ていたこと、それを怒られたこと。更には、真子達への土産を一緒に買いに行ったことなど。

「そりゃ、怒られるわな」

くまはちが言った。

「で、どうやった?」

本来の目的を、くまはちは、尋ねた。

「姿は見かけませんでした。怪しげなオーラも感じませんでした。
 その辺りは、須藤組長が手を回しているようですね」
「あのお節介め…」
「それに、回復は90%だと思われます」
「かなり戻ったということか…」
「はい」
「………暫くは、須藤さんに任せるか……」

真子の庭の前を通りかかった。少し離れたところにある食堂からは、賑やかな声が聞こえてくる。

「俺は山中さんと話ししてくるから、白井の土産を
 渡しとけよ」
「はい」

白井は食堂へと入っていった。



「しらいさぁぁん、おはよござます」
「おはよございます」

美玖と光一が、白井の姿を見た途端、同時に挨拶をする。真子が振り返り、

「白井さん、あけましておめでとうございます。
 故郷は、どうでしたか?」
「変わらずです。そして、これは、お土産です」
「えっ!? ありがとうぅ」
「美玖ちゃんと光一君のお二人に…です」
「…………だと思った」

真子は、ちょっぴりふくれっ面になる。

「はい」
「ありがとぉ」

輝かんばかりの笑顔で、二人は白井からの土産を受け取った。

「天地山で使って下さいね」
「はい!」

美玖と光一は、誰からの土産なのか、解っていた。

「ママ、ごめんね」
「まこママ、ごめんね」
「いいよぉ。私は、白井さんの元気な姿を見て、安心してるから。
 それが、お土産だもん」

そう言って、真子が微笑むものだから、白井は硬直してしまった。

やられたな…こりゃ。

食堂にいる者達は、言いたい言葉をグッとこらえた。




本部玄関前では、真子達を見送るために、組員達が集まっていた。

「だからぁ、もう。三日後には戻ってくるのにぃ」

真子が呟いた。

「ほな、行ってきまぁす!!」
「いってらっしゃいませ」

組員達に見送られ、真子家族と理子家族、真北、くまはち、そしてキルが乗った車が三台、阿山組本部を出て行った。

「私は必要ありませんよぉ…」

くまはちと真北と同じ車に乗り込むことになったキルが、口にした。

「途中、何があるか、わからんやろが」

真北が言うと、渋々承知したように、キルが頷く。

「ところで、キルは、雪山…大丈夫なんか? 初めてやろ」

真北が尋ねた。

「私は、全世界を回ってましたので、雪国や山頂にも
 慣れてますよ。もちろん、海の中や砂漠も。それに
 ジャングルも…ですね」
「あらゆる場所に足を運んでたんだなぁ」
「えぇ、まぁ…」
「…なぁ、キル」

低い声で、真北が呼んだ。

「はい」

静かに応えるキルは、拳をグッと握りしめた。

「絶対に……やりあうなよ。美玖ちゃんと光ちゃんと遊んでおけよ」
「はぁ…まぁ…そうですね。…ですが、私は、天地山病院にも
 足を運びたいのですが、それは、支配人にお願いすべきですか?」
「それは、橋からか?」
「えぇ」
「それやったら、橋から連絡行っとるから、大丈夫や」
「そうでしたか」
「ほんと、真面目な奴やなぁ、キルは」
「誰もが真面目だと思いますよ」
「そうやなぁ。…違うのは、栄三だけやな」

真北の言葉に、キルは大笑い。
噂になってる栄三は、健と一緒に大阪への帰路についていた。




大阪のとある駅の近くにある喫茶店。
少し離れた所にある百貨店は、初売りセールの準備をしていた。
オープン前にも関わらず、福袋を求めて、客達が並んでいた。その様子を喫茶店の中から二人の店員が見つめていた。

「どうやろ…」
「今日は手荷物多い客が来るよなぁ」
「そうやな。…まぁ、オープン時刻に到着かなぁ」

喫茶店のドアが開き、客が入ってきた。

「おめでとぉぉ。健ちゃん、まだぁ?」

女性客だった。どうやら、目当ては、健らしい

「三十分後には、帰宅しますよ」
「ほな、いつものん」
「かしこまりました」

カウンター席に腰を掛けた女性客に、店員の一人がお水を出す。もう一人がコーヒーセットの用意をし始めた。

「ほんと、板についてきたやん、たかさん」
「ありがとうございます」

コーヒーを煎れながら、『たかさん』と呼ばれた隆(たかし)が一礼する。

「初売りセールには、並ばないんですか?」

コーヒーセットのケーキを用意しながら、もう一人の店員が尋ねた。

「残り物には、なんとやらやん。そっち狙い」
「まさかと思いますが、健さんとですか?」
「その約束やもん。あずまさんも行く?」
「いいえ、お二人の間には、入ることできませんから」

『あずま』と呼ばれたもう一人の店員・東守(とうる)が、遠慮がちに応えた。その時、何かに気付いたような表情に変わった。

「一体いつ…?? 健さんは、昨日予定変更……」

東守が、思い出したように口にする。

「予定変更したって連絡あってん。だからやぁ」
「そうでしたか。ところで、お友達とは予定無かったんですか?」
「予定してた友達は、親戚まわりやもん」
「そうですね。この時期は、そういう行事も御座いましたね」

隆が言った。

「ほんと、たかさんって、面白いぃ」
「お待たせ致しました」

東守がコーヒーセットを運んできた。

「たかさんって、この世界に生きてる感じ、せぇへんよなぁ。
 いただきまぁす」

女性客の言葉を耳にした隆は、微笑むだけだった。
その背中を汗が一筋、流れていた。

ばれたら、栄三さんに……。

そう思った矢先、カウンターにあるモニターが、二人の姿を写した。
暫くすると、奥の部屋に人の気配があった。

「たっだいまぁ」

そう言って、店の方に顔を出したのは、健だった。

「お帰りぃ!! 待ってたでぇ、健ちゃん」
「やっぱし、来てたぁ。もうすぐ開店時間やけど、
 行く?」
「その前に!」

女性客は、立ち上がり、姿勢を正した。

「健ちゃん。あけましておめでとう! 今年も、よろしく!」
「こちらこそ、よろしく!」

健は、おしりをフリフリし、

「ほな、行こかぁ」

そう言って、女性客と一緒に、店を出て行った。

「行ってきまぁす!!」
「行ってらっしゃいませ」

東守と隆が見送った。すると…。

「隆、てめぇ…」

ドスの利いた声が、奥の部屋から聞こえてきた。

「すみません!! それについては…」
「……他に、何かあるんか、こるぅぅらぁ」

栄三が顔を出した。

「ほ、ほか?!」

隆は、先程の女性客とのやりとりを言われたと思ったらしい。しかし、栄三が帰宅する前の事。知られるはずがないと考えた隆は、

「いいえ、なにも」

と応えたが、

「ったく、あれほど、余計なことを話すなと
 言っとるのに、お前はぁ」
「お聞きしてたんですかっ!!」
「聞かんでも、解るわっ!」
「申し訳御座いませんっ!!!!!!」

深々と頭を下げた隆だった。



喫茶店に客が増えてきた。どの客も、『福袋』とでかでかと書かれている袋をたくさん持っている。そして、話題と言えば、福袋に入っている商品や年末年始のこと。それらを耳にしながら、栄三と隆、そして、東守が、接客していた。


客が途切れた頃、カウンターで、隆と栄三が話し始めた。

「どうでしたか?」

隆が静かに尋ねる。

「更に忙しくなったで。どないする?」
「今日と明日は、客足が途切れにくそうですから、
 動くのは、三日後と考えておりますが…」
「そうやな。天地山に居る間は、動かないだろうからな」
「誤算でした」

隆が突然、発した。

「俺もや。…組長も仰ってた。あの方法が良いと思ったが、
 あのような思いで行動を起こす者が、まだ居るかもしれないと」
「そうですね」
「隆たちも、そうなのか?」
「私どもですか?」
「同じような境遇やろ」
「そうですね。ですが、生きていることは、存じてましたから」
「…そっか」

栄三は、カップを綺麗に拭き上げて、棚にしまいこんだ。

「栄三さんは、どうお考えですか?」
「そうやな…」

窓の外に目をやって、栄三は口元を釣り上げた。

「まずは、あいつからやな」

栄三の目線の先に、隆も目をやった。

「そうですね」

今にも笑い出しそうな隆。

「兄貴ぃ、たっだいまぁ!!!」

姿が見えない程の福袋や紙袋を持った健が、帰宅する。
隆は、堪えきれずに大笑い。
そのすぐ後に、健と一緒に買い物へ行った女性客も、両手いっぱいに紙袋を持って入ってきた。

「健ちゃん、買いすぎぃ」
「ええやんかぁ。兄貴と隆と、あずまの分も
 買ったんやからぁ」
「俺らのは、ええっつーねん」
「そんなん、言わんといてぇやぁ」

そう言って、健は床に荷物を置いて、開封し始めた。
そこへ新たな客が入ってくる。

「いらっしゃいませ」
「マスター、おめっとさぁん。いつものん、よろしくぅ」
「おめでとうございます。本年も、宜しくお願いします」

笑顔で客を迎え、

「ほら、健。奥に持っていけ」
「はぁーい」
「あっ、健ちゃん。交換会せぇへん?」
「ええでぇ」

いつの間にか店内は、福袋の品評会&交換会へと、変わっていった。

「毎年恒例やな…」

栄三が呟いた。

「おぉぉ、これ、真子ちゃんにピッタリちゃうかぁ」

客の間でも、真子のことは有名だった。

「今月のメニュー、楽しみにしてるで」

喫茶店のメニューは、毎月、真子の写真集のような感じになっている。だからこそ、客の間にも、真子のことは有名で…。

「いつもありがとうございます!」
「真子ちゃん、実家? それとも、天地山?」
「実家から天地山ですよ。夕方前には、天地山に
 到着と思います」
「健ちゃんは、行かんかったんや」
「そりゃぁ、みなさんに、お逢いしたいですからね」

ウインクをして、応える健を観て、客達は大喜び。その一方で、栄三は、呆れ顔をする。

「たくさん、撮影されたんですね、健さん」
「その通りや」

その声に、嬉しさを感じた隆は、微笑んでいた。

「!!! 栄三さんっ!!」
「うるせっ」

栄三の蹴りが、隆の足下で炸裂していた。

「美玖ちゃんと光ちゃん。初めてだから、はしゃいでそうですね」
「ぺんこうが黙ってへんやろうけどなぁ」
「今回ばかりは、無理かもしれませんよ」

隆の言葉通り、天地山に向かう一行は、賑やかだった。




天地山最寄り駅を通る列車に乗り換える為、ホームに降り立った真子一行。そこは、すでに、雪が降り積もっていた。

「ここで積もってるなんて、今年はドカ雪ちゃうん?」

真子が言った。

「ママぁ、ゆきっ! ゆきっ!!」

美玖と光一は、積もる雪を観て、大はしゃぎ。

「ねぇ、ママ。てんちやまは、もっとあるの?」
「そうだよぉ。これくらいは、積もってるかも」

真子が示した高さは、美玖と光一の背丈を優に超えていた。
二人は、見上げる。

「……うもれるぅ……」
「大丈夫。上に乗ることもできるよ」
「ほんと?」
「ちゃんと、まささんが、踏み固めてるから」
「たのしみぃぃ!」

更にはしゃぐ二人だった。

「列車着いたでぇ」

理子の言葉と同時に、列車がホームへと入ってきた。

「更に長い時間乗るからね」
「だいじょぉぶぅ!!」
「だいじょぉぶ!」

元気よく返事をした美玖と光一だった。
そして、真子一行は列車に乗り、一路、天地山へと向かっていった。


窓の外を流れる景色は、ずっとずっと、真っ白な雪景色だった。
美玖と光一は、雪景色を、ずっと眺めていた。
真子と理子も、子供達と一緒に、窓の外を眺めている。
そんな親子を優しく見つめるのは、ぺんこうとむかいんだった。
真北とくまはち、そして、キルは、珍しく、くつろいでいた。

「くまはちぃ、連絡は?」

真北が静かに尋ねると、

「先程、駅でしましたよ。列車は遅れることないようですので、
 時間通り、マイクロバスで迎えに来るそうですよ」
「まさの運転か?」
「西川の運転ですね」
「まさの考えが、ありありと解るで…」
「えぇ」
「……もしかして、私でしょうか…」

真北とくまはちのやりとりを耳にしていたキルが、恐る恐る尋ねる。

「それは、どぉやろ」

からかうように、真北が応えた。
キルが気にする事。それは、キルが元殺し屋だったことを、天地山ホテルの支配人・まさが、よく思っていないと耳にしているからだった。
天地山までは、まだ遠いものの、キルは身を引き締めた。

攻められても仕方がない。

そう覚悟を決めて出発したものの、気が気でない様子。

「ちゃうちゃう。…まぁ、着いたら解る」

くまはちが言うと、キルは少しだけ、ホッとした表情をした。

「橋からも連絡入ってると思うけど、キル」
「はい」
「行くんだろ? まさは忙しいから時間制限があるで」
「それも、橋院長から聞いております。一応、天地山病院までの
 道のりは頭に入っておりますので、足で行くことも可能ですが、
 ……難しいのでしょうか?」
「難しいやろなぁ」
「そうですか…」
「まぁ、天地山のことは、まさに任せとけばええから。ほら、
 美玖ちゃんと光一君が呼んでる」

真北の言われて目線を移すと、美玖と光一が、手招きしていた。

「はい、なんでしょうか?」

優しい表情で返事をしながら、キルは美玖と光一の席へと移動した。

「真北さんは、いつもの行動ですか?」

くまはちが、尋ねた。

「そうやな」
「でも、今年は、ご子息が…」
「そうやな」

素っ気ない返事をする真北が気になったのか、くまはちは、真北が見つめる先に目をやった。
子供達とはしゃぐ真子の笑顔が、輝いていた。それを見つめ、心を和ませている様子だった。

「真子ちゃん…泣かなければ、ええんやけど…」
「伝えてませんから、恐らく…」
「あぁ…そうやな…」

その声は、とても、柔らかかった。





ドカ雪で、辺り一面真っ白に覆われた街では、雪かきで追われる人々。雪は止んでいるものの、いつ、また、ドカ雪が降ってくるか解らないだけに、急いで、雪かきをしていた。その街から少し離れた所には、入場制限のゲートがあり、そのゲートの先には、大きな建物が見えていた。
その建物こそ、この地域で有名な天地山ホテルだった。


天地山ホテルは、今年もスキーや温泉を楽しむ人々で賑やか。従業員の笑顔も輝いている中、厳しい表情をして、辺りを警戒する男が居た。

「支配人、そろそろ時間ですよ」

声を掛けられ振り返った支配人と呼ばれた男・原田まさ。

「……引き締めてください…支配人」

ホテル内を警戒している割に、表情は緩んでいたらしい。

「ん? あ、あぁ…そうですね。では、そろそろ向かいますので、
 宜しくお願いしますね」
「かしこまりました。お気を付けて。……はしゃがないように
 気をつけてくださいね」
「解ってるっ!!」

そう言って、まさは送迎バスのあるバスターミナルへと向かっていった。
そこでは、天地山ホテルの駐車場を管理している西川という男が、送迎バスの点検をしていた。まさの姿に気付き、深々と頭を下げた。

「準備出来たのか?」
「万全です。列車は定刻通りとの連絡もありました」
「そうか。それなら、そろそろ出発しないとな」
「…支配人…早すぎますよっ……!!!」

西川が言い終わる前に、まさの蹴りが西川の頭上を横切った。

「だから、あれは、俺が悪いんじゃないって!!」
「あれ程、気をつけろと言っとるやろがっ!!」
「仕方ありませんよ!! 俺だって、止めましたよ!! だけど、
 湯川さんの方が早いんですから!」
「満のやろう、毎年毎年ぃ…」

まさは、大きく息を吐き、

「もういい。痛い目みろって。出発するぞ」
「だから…」
「いつものことだっ」

真子達を迎えに行く時は、毎回、予定の時間より三十分も早く最寄り駅へ到着する、まさ。
それは、心の現れでもあり、早く逢いたいという気持ちが強いのもあった。
まさを乗せたマイクロバスが、天地山ホテルを出て行った。ゲートをくぐり、街へと出る。街のあちこちでは、雪かきの様子が見えていた。
まさは、空を見上げる。
雪が降る様子は、今のところない。

暫くは降らないでくれよ…。

まさは、心で語って、目を瞑った。



天地山最寄り駅に、列車が到着した。一つの団体が列車から降りてきて、ホームを出て行く列車を見送っていた。
真子達だった。

「ママ、あれが、まささんのいる、てんちやま?」
「そうだよ。あの山のところまで行くからねぇ」
「まささんは、どこぉ?」

美玖がキョロキョロと目線を移していた。

「改札を出たところに居るはずだよぉ」
「いく!」

元気よく返事をして歩き出す美玖。

「天地山病院は、もう少し先の駅や」
「そうですね」

真北の言葉に、そっと応えたキル。

「キルぅ、やっぱり行くん?」

どうやら、列車の中の会話と、今の会話は、真子の耳に届いていたらしい。ちょっぴり焦ったような表情をしたものの、キルは、

「これも勉強ですから」

力強く応えた。

「………仕事好きっ…」

呟くように言って、真子は美玖と光一の所へ駆けていく。

「……仕事好きっ」

真北も真子を真似るように呟いた。



改札の外では、首を長くして待っている、まさの姿があった。駅員が改札に立つと、

「邪魔だろがっ」

まさが言った。

「支配人〜。仕方ないでしょうがぁっ!!」
「うるさいっ!」
「この日を待っていたのは、支配人だけじゃありませんよ。
 私たちも楽しみにしていたんですから」

駅員がちらりと目線を送った先には、駅で働く者達が、改札近くに集まり、とある一点を見つめていた。その場所こそ、ホームに通じる階段。もちろん、そこに現れるのは…。

小さな女の子と男の子の姿が見えた。階段を降りきって、階段の方に振り返る。

「ママぁ、はやくぅ」

女の子が手招きすると、そこに、母親達が姿を見せた。その途端、階段を見つめていた者達の表情が和らいだ。
母親が女の子と手を繋ぎ、改札の方を向いた。その表情が、笑顔に変わる。

「まささん!」

そう言って、手を振った真子は、

「ほら、まささんが待ってるよ」

美玖に言った。

「わはぁ…」

美玖が、まさの姿に気付き、駆けだした。

「まさしゃぁぁ!!」

改札をすり抜け、その先にいる、まさに飛びつく美玖。まさは、美玖を受け止め抱き上げた。

「まさしゃんだぁ!!」
「初めまして、美玖ちゃん。お疲れ様ぁ」
「はじめましてぇ。みくです!」
「こういちです」

まさの足にしがみついたのは、光一だった。まさは、光一も抱き上げ、

「初めまして。原田まさです。光一くんも、お疲れ様ぁ」

自己紹介をした。

「あのね、あのね、これね、まさちんしゃんからなのぉ」

美玖と光一は、同時に話し出した。

「まさちんから?」
「おとろしだまだって」
「おとろし?!?」
「お年玉だそうや」

目の前に、真北が居た。

「あっ、どうも」
「まさぁ、あのなぁ………まぁええわ」

まさの眼差しに何かを感じたのか、言いかけたことをやめた真北。

「お年玉が、これですか? まさちん…変わりましたね」
「毎月送ってくるから、服が溢れとるわ」
「そうでしたか…………あれ? 真子ママは?」

子供の前では、真子の呼び方を変える、まさ。
まさの言葉に応えるように、美玖と光一、そして、真北は、同時に指をさした。
指した先は、改札。駅員と話し込んでいた。

「真子ちゃんにとっては、誰もが懐かしいんや。
 露骨に顔に出すなよ、まさ」

まさの眉間にしわが…。

「これが、俺の顔ですっ」

その声が駅員に聞こえたのか、はたまた、まさから醸し出される怒りのオーラに気付いたのか、駅員は、

「支配人が待ちくたびれてますよぉ」

まさの所へ早く行くようにと、真子を促した。

「あっ、そうですね。では、また!」
「目一杯、楽しんでくださね、真子さん、理子さん」
「ありがとぉ! まささぁん」

真子は、美玖達と負けず劣らず、子供のようにはしゃいで、まさに駆け寄っていった。

「こんにちはぁ!!」
「真子さん。………!!!」

まさは、美玖と光一を真北に託し、真子に歩み寄った。話したい言葉がたくさんあるが、声にならず、深々と頭を下げるだけだった。

「まささん、こちらが、キル。橋先生のお弟子さん」
「…橋からは、話を聞いてますよ。仕事好きだということも。
 初めまして。天地山ホテル支配人の、原田まさと申します」
「キルです」

一礼したキルだったが、ぎこちなかった。

「では、真子さん、ご案内致します。みなさん、こちらですよぉ」
「はいっ!」

真子一行の返事が、響き渡った。


真子達は、バスターミナルに留まっていたマイクロバスに乗り込み、駅員達が見送る中、天地山ホテルへと向かって出発する。みんなに手を振る真子の笑顔は輝いていた。



バスの中。
後部座席に座った男達の視線は、運転席の辺りに向けられていた。すごく、呆れたような眼差しを送っているのだが、そこに居る人物は、気付かないふりをして、二人の子供と二人の母親に色々と話をしていた。

「(猪熊)」

キルが、そっと呼んだ。

「ん?」
「(あれが、言ってたことか? 着いたら解る…)」

キルは、自分の国の言葉で話し始めた。

「そうや。まぁ、キルの第一印象も兼ねてるやろな」
「(何か、まずかったか?)」
「いいや。それより、そこまで、緊張するんか? 言葉っ」
「……あっ、すまん」

自分の国の言葉で話していたことにも気付かないほど、キルは、まさに逢うことに対して、気が気で無かったらしい。まさが、駅まで迎えに来ること。それは、単なる……

『真子に早く逢いたい』

という気持ちの現れだった。キルの雰囲気を肌で感じるのは、まさ自身の性分。マイクロバスの中での、まさの様子を伺っていたキルは、『天地山ホテル支配人・原田まさ』という男を理解した。



「あそぶぅ!!」

美玖と光一が、同時にはしゃぐ。

「今日は、ホテルに到着したら、ゆっくりと体を休めてください」

まさが優しく語りかけると、少しふくれっ面になる美玖と光一。
二人の表情は、遠い昔に観たことがある、まさは、思わず微笑んだ。

「明日のために、旅の疲れを取ることも、大切ですよ」

まさの言葉に、美玖と光一は、眼差しが輝き、

「はい! きょうは、ゆっくりします」

元気よく応えた。

「今夜は、料理長自慢の料理ですからね」

なぜか、大きな声で力強く言い出した、まさ。その言葉は後部座席に居る、料理に五月蠅い男に訴えるかのようにも思える。

「楽しみにしててくださいね、美玖ちゃん、光一くん」
「はい!」

まさと、美玖、光一のやり取りを観ていた真子と理子は、思わず笑ってしまった。ちらりと後部座席に目をやると、項垂れる、むかいんの姿が、そこにあった。



「子供を使うとは……」

むかいんが呟く。

「これは、料理長の作戦だな…」

ぺんこうは、笑いを堪えながら呟いた。

「天地山に居る間は、休んで、美玖ちゃんと光ちゃんと一緒に
 遊べよ。ぺんこうもな」

真北が、念を押すように言うと、

「あなたこそ、休んでくださいっ」

年末年始の真北の行動を知り尽くし、体調を心配する、ぺんこう。

「俺は……」

そこまで言って、真北は、ぺんこうをちらりと見た。ぺんこうは、真北を見つめていた。その眼差しの奥に感じるもの、それに気付いた真北は、口元をそっと釣り上げ、にやりと笑い、

「………美玖ちゃんと光ちゃんと、目一杯遊ぶに決まってるだろ」

その言葉を聞いた途端、ぺんこうの眼差しが和らいだ。
それは、一瞬だったが、真北は見逃さなかった。

「ぜぇんぶ、えいぞうに任せとるし、こっちは、何もないし。
 暇になるのん、目に見えとるわ」

あまりにも砕けた言い方に、身を乗り出したのは、ぺんこうではなく、くまはちだった。

「えいぞうに、任せたんですかっ!!!」
「あかんか? それに、くまはちは休暇だろが」
「そ、そうですが、あれら全てをえいぞうに任せるのは…」
「先が見えてるから、先手打ってきたんやろが」
「……それで、徹夜ですか…」
「あぁ。だから、休むっ」

力強く言った真北に追い打ちを掛けるかのように、

「真北さんの場合は、体を休めることは、無理かと…」

キルが言う。

「……キル……お前なぁ…」
「美玖ちゃんと光一くんと一緒に遊ぶと、いつも以上に
 体力を使うと思いますが……私、間違ってますか?」

やはり、医者。言うことは、的を射ている。

「その通りやな…」

笑いを堪えながら、ぺんこうが言った。


そして、マイクロバスは、天地山ホテルへと到着した。
それと同時に、一つの人影が、天地山ホテルの隣にある小屋の屋根に舞い降りた……。




ちゃぷん…。

天地山ホテルにある温泉に、二組の家族がやって来た。その中に居る一人の母親・真子がふくれっ面になっていた。

「もぉ…。着いた途端に、動くことないやんかぁ」

真子が言った。

「夕飯には戻るって、言ってたやん。そんなに遠くないんやろ?」

もう一人の母親・理子が尋ねると、

「仕事好きは、戻らん。ねっ、芯」

力強く真子が応えた。

「…その通りですね。でもまぁ、このメンバーでのんびりするのも
 いいと思いますけどねぇ」

そう言ったものの、ぺんこうの表情も、ちょっぴりふくれっ面だった。


天地山ホテルに着いた途端、真子達親子は部屋に案内された。しかし、一緒に着いてきた、真北とくまはちは、とある場所へと向かっていく。キルは、支配人・まさに何かを話し、まさと一緒に駅に引き返し、その足で、一つ隣の駅にある、天地山病院へと向かっていった。
それぞれが、天地山では、ゆっくりすると、真子に豪語しておきながら、行動は違っていた。そのことで、真子の機嫌が悪くなる。だけど、真北達の行動は…。


「予定を早く済ませて、ゆっくりするつもりですよ」

むかいんには、ばれていた。

「そうなん?」

むかいんの言葉で、何かに気付き、真子の表情に笑みが浮かんだ。

「いらっしゃいませぇ」

二組の親子を迎えたのは、温泉を任されている湯川満(ゆかわみつる)だった。

「旅の疲れをしっかりと取って、明日に備えてくださいね、
 美玖ちゃん、光一君」
「はい!」
「走り回らないように、気をつけてください。露天風呂には
 雪が積もって、更に滑りやすくなってるので、慎重に!」
「かしこまりましたぁ!」
「……って、湯川さん…なんか、違う……。まさかと思うけど、
 また?」

真子が尋ねると、湯川は苦笑い。

「女湯は、貸し切りになってますが、男湯の方には、他の
 お客様がおられます」
「いつもすまんな」

ぺんこうが、そっと呟いた。

「じゃぁ、真子ぉ、のぼせるなよぉ。美玖、ママを頼んだよぉ」
「はい! パパは、ゆっくりしてください」
「はぁい」

ぺんこうと美玖の絶妙なやり取りに、その場に笑いが起こった。


真子は湯に浸かると、深く考え込む癖がある。特に組関係で悩み事があると、それはひどくなる。
この年末年始の出来事に対して、もしかしたら…というぺんこうの思いでもあった。

ぺんこうは、昔からの癖で、体を鍛えることや勉強の為の時間を増やしたい為に、お風呂の時間は短時間。
まるで烏の行水だった。
だからこそ、こういう場所では、ゆっくりと浸かって欲しいのだが、それでも、すぐに上がってしまう。そのことを、旅の途中で真子から聞いた美玖が、念を押すように、ぺんこうに言った。

「ほななぁ」

男湯、女湯、それぞれに入っていった。


脱衣場から浴場へと入っていった、ぺんこうとむかいんは、すでに入っているという他の客を見て、すぐに洗い場へと移動した。
素早く体を洗った二人は、湯に浸かる。

「こんにちは」

ぺんこうは、他の客に挨拶をする。

「こんにちは」

静かに挨拶を返してきた他の客だった。

「あの人からですか?」

ぺんこうが、他の客に、やんわりと尋ねた。

「…何のことでしょうか?」

他の客が答えたが、

「そういう答えが返ることで、確信した。他に何人居る?」

少し威嚇したように、ぺんこうが尋ねると、他の客は、ふぅっと息を吐き、

「十一名。うち、私を含め四名が、こちらです」

素早く答えた。

「残りは、周りか…。このドカ雪の中、お気の毒に」

そう言って、ぺんこうは、他の客=真北が用意していた特殊任務に就く男にお湯を掛け、露天風呂へと向かっていった。

「ったく、ぺんこうはぁ。すみませんでした」

むかいんは、一礼して、ぺんこうを追いかけていく。

「噂以上ですよ…真北さん……」

真北に教わっていたものの、ぺんこうの威嚇、特に、真北自身や真子に関することには、相手が誰であろうとも恐れることなく、まるで、獣を射る豹のような、鋭い眼差しに、男はひるんでしまったらしい。


露天風呂に出ると、そこは、静かだった。先程まで止んでいた雪が降り始め、更に風情を醸し出していた。

「なぁ、ぺんこう」
「…癖…だな」

ボソッと呟いたぺんこうの言葉に、むかいんは、必死で笑いを堪えていた。

その昔、兄は死んだと聞かされていたのに、実は特殊任務に就いていたことを知った途端、ぺんこうは、兄だけでなく、兄の仕事仲間に対しても、冷たい態度を取ってしまう『癖』が付いてしまった。それは、今でも続いているようで…。
見た目では一般市民にしか見えない特殊任務の者達だが、何かを嗅ぎ取るのか、ぺんこうには、ばれてしまうらしい。

二人は、湯に浸かりながら、空を見上げる。
夕焼けが、空を染め始めていた。



(2011.8.14 序章 喜び 第十四話 改訂版2014.12.29 UP)



序章 第十五話



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