任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

序章 喜び
第四話 もう一つの、ただいま。

真子たちが、本部で大騒ぎ(?!)の頃、もう一つの帰省は……。


高級料亭・笹川に一台の車が入ってきた。
厨房で働く料理人達は、車の音を耳にする。

「戻られたようですよ、達也さん」

料理人の一人が言った。

「そのようだな」

そう言って、達也(笹崎達也・ささざきたつや。高級料亭・笹川の二代目主人)が仕事の手を止め、

「あと、よろしく」

厨房を出て行った。
その足で、達也は玄関へと向かう。そこには、すでに、女将の喜栄(笹崎喜栄・ささざきよしえ。高級料亭・笹川の初代女将。達也の母)が、誰かを迎える準備をしていた。

「お袋、あとは、俺が」
「いいのよ、私も楽しみにしてたんだからぁ」
「…親父は?」
「改めて言わなくても、解ってるでしょう?」

喜栄の言葉に、達也は微笑んだ。
そして、待ち人がやって来た。
竹野が、誰かを連れて料亭の暖簾をくぐってきた。むかいん、理子、そして、光一の三人だった。

「こんにちは」

理子と光一が元気に挨拶をした。

「むかい、こういちです」

光一が自己紹介をすると、

「女将の喜栄です。待ってたのよぉ、光ちゃん、理子さん」
「達也です。初めまして。…涼」

達也が、むかいんを呼ぶ。

「はい」
「どうする? 先に挨拶に行くか?」
「そうですね。それが、筋ですから」

ちょっぴり緊張した面持ちで、むかいんが言った。

「お帰り、涼ちゃん」
「ただいま、帰りました」

女将には、照れたように言う、むかいん。

「ほんまやわぁ。真子と先生が言った通り。別人や」

そんなむかいんを見て、理子は竹野に、こっそりと言う。

「……で、竹野さん」
「はい」
「笹崎さんって、本当に、恐いんですか?」
「無表情なだけです」
「それを恐いって言うんだけどなぁ」
「優しい方ですよ」

女性と子供に対してですけどね。

竹野は、そう言いたかったが、なぜか、それ以上、言えなかった。

「女将さん。お世話になります」
「おせわになります!」

理子と一緒に、光一も丁寧に挨拶をする。

「我が家と思って、くつろいでね。それにしても、しっかりと
 挨拶が出来るなんて、…真北さんの教育も入ってるでしょ?」
「それもあるみたいですが、真子と美玖ちゃんと一緒に居ることが
 多いから、周りの影響も強いと思いますよ」
「一緒にいる…ということは、まさか…」

奥の部屋へ向かいながら、理子と喜栄は話し始めた。

「真子は凄く嫌がったんだけど、私も涼の店で働いてるし、
 真子も組の仕事があるから、預けるところが無かったんですよ。
 そうなると、どちらかが、時々二人一緒に世話をすることになって
 接客業と組関連で、挨拶に関しては、子供らしさが無くなって…」
「真北さんが、反対しなかったんだ」
「反対したけど、先生がね…」
「うわぁ、兄弟喧嘩……」

喜栄が苦笑い。

「女将さん、御存知なんですか?」
「真北さんと芯くん?」
「し、し、芯くん?!??!?!」

理子が驚くのは当たり前。今まで、ぺんこうのことを『芯くん』と呼ぶ者は居なかっただけに……。

「あっ、そっか。今は立派な教師だったっけ。私よりも、うちの主人が
 そう呼んでいたから、ついつい〜」
「女将さん、それだけは気をつけるようにと、真北さんからも
 言われたじゃありませんか!」

竹野が焦ったように言った。

「理子さんは、真子ちゃんと一緒に、山本先生の生徒さん
 だったのよね?」
「はい」
「学校では、どうだった? やっぱり、真子ちゃんばかりを…」
「真子の姿を、追いかけてばかりでしたよ。二人の関係を
 知ってからは、その光景を楽しみにしてました。
 もしかして、その頃から、真北さん……」
「その頃は、あまり来なかったのよ。忙しかったと思う。
 でもね、真子ちゃんが大学を卒業してからは、月一ですよ」
「涼が作った弁当を持って…ですよね?」
「その通り」

初めて逢ったとは思えないほど、意気投合している理子と喜栄。二人の話は、留まることを知らないようで……。

「光ちゃんのこと、忘れてそうだね」

竹野と手を繋いで歩いている光一は、ちょっぴり寂しそうだった。

「たけのさんと、おはなしする」

状況把握も子供とは思えないほど、出来るらしい。光一は、竹野に色々と話し始めた。…ところが、そんな二組とは違い、凄く静かな二人が先頭を歩いていた。
歩みが停まる。
目の前には、ドアがあった。達也が慣れた手つきでノックする。

「親父、涼」

短く告げてドアを開けた。
部屋の中央には、テーブルがあった。そこに、ドアの方に背を向けて、一人の男が座っていた。

「失礼します」

涼に続き、理子、そして、光一が入っていく。背を向ける男に向かって、ドアの側に正座をして姿勢を正す三人。

「ただいま、戻りました」

そう言って涼は、深々と頭を下げた。理子と光一も頭を下げる。しかし、男は振り向きもせず、ただ、ジッと座っているだけだった。背にいる三人の様子を伺うように、少し、顔を動かした。

「涼」

そして、静かに、むかいんを呼ぶ。

「はっ」
「言うことは、それだけか?」

男が続けて言った。

「おやっさんに、何も告げず、大阪へ向かった事、
 申し訳御座いませんでした。その後、何の連絡もせず、
 今に至ります。…真子様に今の生活をおやっさんに
 直接報告するように言われました。大阪では、自分の店を持ち
 おやっさんの教えを基に、後輩を育てております。そして、
 お客様の笑顔を増やすことが出来ました。さらには、
 所帯を持ち、今日は、ここへ連れて参りました」

むかいんは、顔を上げ、男の背中を見つめた。肩越しに、男の表情が解った。

「妻の理子と、息子の光一です」

理子と光一が顔を上げた。すると、男が振り返り、姿勢を正した。

「笹崎です。今日は、不良息子の帰宅に付き合っていただき
 申し訳ない」

笹崎(ささざき。高級料亭・笹川の初代主人。喜栄の夫で、達也の父。喜栄の話にあったように、真北とぺんこうの二人とは親しいらしい)は、理子に頭を下げた。

「いいえ、その…」

笹崎の雰囲気に、再び頭を下げてしまう理子と、理子につられて頭を下げる光一。そんな二人を見て、笹崎は、スッと笑みを浮かべた。しかし、直ぐに涼を睨み付ける。

「本当に今まで連絡もよこさず、過ごしたもんだな。
 それで、俺に報告するということは…」
「おやっさんに自慢できる腕は、こちらに」

力強く応えた涼。
笹崎の口元が、少しつり上がった。

「それなら、早速、見せてもらおうか。達也」
「はい」
「残り物、涼に教えろ」
「はい」

達也が短く返事をする。

「涼」
「はっ」
「その残り物で、俺たちの夕食を用意しろ。知っての通り、
 今夜は忘年会だからな…言わなくても解るよな?」
「心得ております。では、早速。達也さん、お願いします」

そう言って、達也と一緒に、むかいんは部屋を出て行った。
喜栄が、いつの間にかお茶の用意をしていた。理子と光一、そして、笹崎にお茶を差し出した。

「理子さん、びっくりした?」

喜栄が声を掛ける。

「お話に聞いていましたが、それ以上で、驚きました。
 涼が、笹崎さんは、凄く厳しい方だと申してました。私は
 料理人の世界の事は、詳しくありません。だけど、今、
 肌で感じたところです」
「涼ちゃんだって、お店では厳しいんでしょう?」
「厳しい面もあります。でも、笑顔は絶やさないです」
「このひともですよ。ただ……」

喜栄が、ちらりと笹崎を見る。

「本当に連絡を待ってたんですよ、涼ちゃんの」
「…うるさいっ」

喜栄の言葉に笹崎は照れたのか、湯飲みに手を伸ばし、一口飲んだ。

「まこママ!」

光一が、上を見ながら指を差す。
そこには、たくさんの写真が飾ってあった。それぞれは古ぼけた感じだが、手入れはしっかりとされてある。

「ほんとだ、真子ママの写真だね。…あれ? でも古いですよね」

理子は光一を抱きかかえて、写真に近づいていった。

「真子……じゃないみたいなんですけど…」
「それは、ちさとちゃんと、幼い真子ちゃんの写真」

理子は写真を凝視する。

「言われてみると、小さい子供が真子に似てる…。…もしかして…」
「真子ちゃん親子」
「この格好いい男性が、真子のお父さん?」
「その通り。それでね、こっちが、真北さんと山本先生」
「…写真が物語ってる!! 真北のおっちゃん一家だ!
 真北のおっちゃん、若いぃ〜!! 学生の頃なんだ。
 こんな時もあったんだ!!」

写真を見て、驚く理子は、更に古い写真に気が付いた。
それは、たくさんの人が写っている。それも、子供がたくさん…。

「くまはちさん……にしては、なんとなく違うような…。
 この人が、真子のお父さんで、この人がお母さんでしょ、
 そうすると、この、くまはちさんに似た人は、猪熊のおじさんだ!」
「正解!」
「えっ? 猪熊さん???」

写真の中で、凛々しい表情の男の子を指さして、理子が言った。

「この凛々しい表情の男の子は、剛一さんですか?」
「逢ったことあるの?」
「涼の店に、社員の方と来られます」
「そっか、剛一君、末っ子が心配で、ビルに事務所を構えたっけ」
「喜栄」
「あっ、しまった」

話しすぎたことを悪びれていないのか、喜栄は微笑んでいた。

「笹崎さんの事、涼から聞いてます。笹崎さんが居たからこそ、
 今があるんですよね。…感謝…してます」
「理子ちゃん」
「ありがとうございます」

理子は深々と頭を下げた。

「涼のやつ、どこまで話してる…」
「真子のお父さんから聞いたことを全て…」
「………慶造さんは、本当に誰にでも話していたんだな……」

困ったような照れたような表情で、笹崎は写真を見つめた。



高級料亭・笹川の初代主人である笹崎は、その昔、阿山組三代目(真子の祖父)の頃、そして、慶造が四代目を継いで暫くの間、阿山組系笹崎組の組長であった。いわば、元極道。
先程、笹川の二代目主人と自己紹介した達也と女将の喜栄は、笹崎が極道の頃、身の危険から離婚をし、別々に暮らしていた。しかし、達也は、笹崎を心配し、幼い頃から知っていた慶造を守る為、慶造が通う学校の医務室で働いていた。
慶造が四代目を継いだ頃、事件が起きた。

極道の中でも『仏の笹崎』と恐れられていた程の腕を持つことが、災いした。
笹崎が慶造を守るために起こした行動が、敵対する組の者の怒りに触れ、その怒りの矛先が、達也に向けられた。
銃弾に倒れた達也。
その直後に、慶造の命令が下る。

自分の好きな道を歩んでください。

料理を作ることが好きな笹崎は、その世界で生きると決め、笹崎組を解散。笹崎に付いていくと言った組員たちが、料亭で働いている。理子達を迎えに行った竹野も、その一人だった。

いつまでも、見守っていきますよ、慶造さん。

慶造と別の世界で生きていくと決めた日、そして、慶造と別れた日、それから今。
笹崎の決意は、続いていた。



笹崎は、写真を見ながら話し込む理子と喜栄を見つめながら、お茶を飲み干した。
まさか、このような日が訪れるとは、予想だにしなかった。

真子の幸せを願うばかりだ。

慶造の言葉を思い出す笹崎。
その目に、うっすらと涙が浮かんでいた。

「ほんまに、兄弟が多いんやなぁ。くまはちさんは八男だったっけ」

写真の中に猪熊家のものを見つけたのか、喜栄が一人一人を紹介していた。

「理子ちゃん、光一君、ゆっくり休んでください」

そう言いながら、笹崎は腰を上げ、服を整えた。

「あら、早いわねぇ。出来上がった頃でも良さそうなのに」

ちょっぴりからかうように喜栄が言うと、笹崎は、

「最初から視るのが、試験だろが」

そう言って、部屋を出て行った。

「試験?」

理子が、笹崎の言葉に気が付いた。

「そう。卒業試験」
「えっ? でも、涼は店を持つ程だから…」
「それは、真子ちゃんからのプレゼントでしょう? それに、
 真子ちゃんが大阪に住む事になったから、付いていったのよ。
 まだ、あの人からの言葉は、もらってなかったのよねぇ…」
「そうだったんですか…」
「…それに、あの人こそ、あの頃は、抜け殻状態だったから…」
「あっ…」

理子は思い出した。
真子が大阪に来ることになった要因。それは、真子が五代目を継ぎ、命の危険が予想されたから。跡目を継ぐということは、真子の父が命を落としている。

おやっさんは、慶造さんの育ての親だったから…。

「涼から、そのことも、少しだけ聞きました。笹崎さんにとって、
 真子のお父さんは、凄く大切な人だったって」
「慶造くんの言葉には、絶対に従ってたわねぇ。なのに、達也は
 嫉妬もせずに、自分から慶造君の護衛に回るほどだったし」
「素敵な方だったんですね、真子のお父さん」

理子は、慶造が四代目を継いだ時に撮影した写真を見つめながら言った。

「慶造くん第一だからこそ、いつまでも見守ってるの」
「私…、自慢できますよ。真子の親友って」
「ん?」
「こうして、素敵な人達と出逢えたし。真子と出逢わなかったら…なんて
 想像できないくらい、今が楽しいんです」
「あの人も、安心してるわよ」
「安心ですか?」

敵対する組が大人しくなったとはいえ、海外からの刺客が絶えてない。
なのに、安心って…。

理子は、首を傾げた。

「こうして、腹を割って話せる親友が居ることを」
「わ、私ですか?!」
「真子ちゃんの事を知っても、気にすることなく、親友だから」
「私だけじゃありませんよ。クラスメイトも真子の事を知っても
 変わらなかった」
「だから、安心なの」
「そうですね」

理子と喜栄は微笑みあう。

「……あのぉ、女将さん」
「なぁに?」
「笹崎さんと女将さんって、真子のお父さんよりも年上ですよね。
 達也さんも………」
「ん? なんのことかしら?」

喜栄は、何かを誤魔化すかのように、満面の笑みを浮かべていた。
その笑顔は、ちょっぴり…………恐い……。




笹川の厨房では、むかいんが調理を始めていた。
その傍らでは、笹崎が、むかいんの動きを見逃さないようにと、しっかりと見つめて立っている。その眼差しに恐れることなく、むかいんは、たった一人で、料亭の従業員分の食事を仕上げていく。それも、直ぐに口に運ぶことが出来、尚かつ、力が付くような料理。

こいつ……いつの間に…。

笹崎は、むかいんの動きを細かく観察していた。




「パパのごはん〜」

光一が、くんくんと鼻を動かしながら言った。

「あら、光ちゃん、すごいね。涼ちゃん、独特だもんねぇ」
「もしかして、こういうところも、昔っからですか?」

喜栄の言葉で、理子が何かに気が付いた。

「そうねぇ。初めて、あの人の前で作った時から、独特だったわねぇ」
「それなら、きっと…あのことも…」
「でも、香りだけでは、難しいでしょう? …作り手では、特に…」
「そうですね…」
「涼ちゃん、更に上達してるみたいねぇ。あの人、文句言えないな」
「あの…もしかして…」
「あの人、叱ることが好きだから…素直じゃないのよねぇ、昔っから」

そう言った喜栄の表情は、まるで恋する乙女。理子の方が、思わず照れてしまった。
部屋の外から声が聞こえてきた。喜栄が戸を開けると、竹野が立っていた。

「理子さん、お荷物は奥の部屋に置いておきました。
 忘年会まで時間が御座いますが、どうされますか?」
「女将さん、何かお手伝い出来ることありますか?」
「ありますか?」

理子の言葉を真似て、光一も言う。

「そうねぇ。厨房は邪魔できないし、接客でもしますか?」
「よろしいんですか?」
「そっか、怒られるか…」

理子の返事と重なるように、一人の男の声がした。

「!! まきたぁん!」
「おう、光ちゃん、くつろいでるかぁ?」
「うん! パパは、ちゅぼぉ」

真北だった。
光一は真北の姿を見た途端、またまた駆け寄った。その勢いをしっかりと受け止めて抱きかかえた真北は、周りを気にせず、光一と話し込んでしまう。

「笹崎さんの試験中だよなぁ。厨房に顔を出そうと思ったけど…。
 ほな、光ちゃん、暫く、遊ぼうか? 楽しいところ知ってるぞぉ」
「ママといっしょに、おてつだいするねん!」
「そっか…そろそろお客さんが増える時間だもんなぁ」
「ちょっとぉ、真北のおっちゃぁん」
「真北さんも、相変わらずですね」

理子が呆れる一方、喜栄は感心していた。

「かわいいですからねぇ」
「ねぇ〜」

真北と光一は、首を傾げながら、かわいらしく言った。

「あかん…ほんまに、我を忘れてる……って、真北のおっちゃん、
 真子は???」
「美玖ちゃんと夕方寝……」
「だからって、何もこっちに来なくても…」
「仕事するなと上司命令でねぇ…」
「……って、真北のおっちゃんも役職、上の方やんか」
「俺を止める上司が多くて」
「真子を怒らせるからやで」

理子の言葉が、真北の心に突き刺さる。

「……理子ちゃん、すごい…」

喜栄が感心した。

「えっ?! 何か、私、言いましたか…?????」
「真北さんをここまで追い込むなんて………」
「慣れただけですよぉ」
「それでも、ここまで落ち込ませるなんて…」
「真子の事を口にすれば、いつも、こうなりますよ?」
「………理子ちゃんには、いっつも負ける……」

落ち込んだように真北が言った。
その時だった。
真北のオーラが、がらりと変わった。
それは、常に纏っている警戒するオーラとは正反対の、誰もが隙を突けるような、和やかなオーラだった。
真北は、光一を床に下ろし、服を整え、一礼した。

「喜栄、竹野、先に食べておけ」
「私は、これから理子ちゃんと接客するから、無理ですよ。
 竹野さん、どうぞ」
「はい。しかし、その……光一君は…」
「俺が一緒に居るから、気にするな」

真北が言った。
その時、喜栄は理子に、こっそりと合図を送る。理子は何かに気付いたのか、突然、口にした。

「大丈夫ですよ。光一も時々、涼のお店の手伝いをしてるから
 私よりも、お客様を和ませてますよ。喜栄さん、光一も一緒に
 よろしいですか?」
「これから予約のお客様は、子供が好きな方ばかりだから、
 喜ばしいことですよ」

真北の側に居る光一を、喜栄は抱きかかえる。

「小さな先生、宜しくお願いします」
「はい!」
「では、準備しましょうね。理子ちゃん、こっちですよ」
「はい。お願いします。では、笹崎さん、真北のおっちゃん、失礼します!」

明るい声で喜栄達と奥へと向かう理子だった。
その場に残された笹崎と真北。二人は何話すこともなく、笹崎の部屋へと入っていった。




喜栄に制服を着せてもらいながら、理子は笹崎と真北のことを話していた。
喜栄の合図…『二人だけにさせてあげて』…たったそれだけで、笹崎と真北の雰囲気を察した理子。

「流石、理子ちゃん。あのような場合も、上手いんだねぇ」
「女将さん」
「はい」
「涼の料理を口にして、厨房の方々は大丈夫なんですか?」
「料理の味が変わる…って心配してる?」
「はい。涼の店の料理人が言っていたことがあるんですよ。
 だから、凄く気になってまして…」
「その料理人、今は?」
「辞めました」
「そうでしょうね」
「えっ?」

理子は驚いたように声を挙げた。

「涼ちゃんは、心を和ませる料理を作ってるだけだから、
 他人が持ってる味を変えようとはしてないのよ。なのに
 味が変わってしまうというのは、その料理人は、腕が未熟で
 自分というものを解ってないのよねぇ」
「それで、涼が辞めるように言ったんだ」
「ここの料理人も、あの人から教わってるのが、そのことなの。
 だからね、大丈夫。涼ちゃんの料理で、疲れが飛んでる頃よ」

喜栄の言葉に、理子は微笑んだ。

「素敵な笑顔! お客さんも喜ぶわ〜。そして、こちらも!」
「ようこそ、おまちしておりましたぁ」

ちょっぴり大きめの制服を着た光一が、お客を迎える練習をしていた。

「よし! 光一くん、ばっちりです。その感じでお願いします」
「ありがとうございましゅ!」

…っと、語尾まで気合いが続かない様子。
そこは、ご愛敬。
そんなこんなで、喜栄と一緒に並び、接客を始めた理子と光一だった。

「おや、初めて見る顔ですね。そして、こちらは、かわいい…というか
 凛々しいですねぇ」
「ようこそ、おまちしておりましたぁ」

光一が丁寧に出迎える。

「お世話になりますよ」

客の笑顔が輝いていた。




笹崎の部屋では、不思議なオーラが漂っていた。
笹崎と真北は、部屋に入り、テーブルに着く。真北がお茶を煎れ、笹崎に差し出した。
二人はお茶をすする。
何も語らず、ただ、時を過ごしている二人。

語らずとも通じる。
今の事と、これからのこと。

真北は、お茶を一口飲み、湯飲みをテーブルに置いた。その湯飲みを見つめながら、そっと口を開いた。

「むかいん…、どうですか?」
「何も言うことは、ありませんね」
「そうですか…」

真北は口を尖らせた。
真北が、この表情をするときは、決まっている。深く考える時だ。
長年、真北と付き合っていれば、すぐに解る表情。もちろん、笹崎も、自分が発した言葉に対して、真北が何かを考え込んだことに気付いていた。
フッと笑みを浮かべた笹崎は、

「春樹くん」
「はい……って、あの、その呼び方は…」
「!! すまない。つい…昔の癖が…」
「二人だけの時は、構いませんけどね…」

真北は微笑んだ。

「それなら…春樹くん、私の涼に対しての言葉は、
 もう教えることは無い…ということですよ」
「あっ、そちらでしたか…。まだまだなのかと…」
「涼が、五代目に付いていくと決めた時に、すでに
 私の手を離れたようなものですよ。それにしても、今回は
 よく決心をして、帰省したよなぁ、涼は」
「真子ちゃんと理子ちゃんに促されて、ようやくですよ。
 笹崎さんの心得が、身に付いているものだから、
 真子ちゃんからのプレゼントを大切にしてるだけですね」
「プレゼント…か…」

笹崎は、遠い昔を思い出したような表情に変わり、部屋に飾る写真を、ふと見上げた。

「私の、この人生……。慶造さんからのプレゼントですからね。
 だからこそ、大切にしていきたいんですよ」
「隠居しても、指導してしまうのは…」
「それは、私の性格ですよ」
「………そうでした…」

思わず下を向いた真北は、笑い出す。

「慶造が、時々嘆いていたのを思い出しましたよ」
「慶造さんこそ、いつまでも、私のことを気遣って…」
「それが、慶造ですから」

真北と笹崎は、古ぼけた写真を見上げ、そこに写る人物のことを、それぞれ思い出していた。



厨房では、むかいんが作った料理を食し終えた料理人達が、心和ませながら、むかいんと色々な話で盛り上がっていた。達也も一緒に話し込んでいる。そこへ、喜栄がやって来た。

「……昔話に花を咲かせたいのは解るけど、今は仕事中。
 お客さんも来てますよ」

喜栄の言葉に、料理人達は何かを思い出す。素早く持ち場へと戻っていった。

「すみません、女将さん。つい…」

むかいんが恐縮そうに頭を下げた。

「ったくぅ。仕事を忘れてしまうほど、和ませるとは、
 涼ちゃん、本当に腕を上げたわね〜」

むかいんは、両腕を挙げた。

「あっそうそう。理子ちゃんと光一くんに手伝ってもらってるから」
「やっぱり、そうでしたか…。組長が居ないから、どのように
 時間を潰すのかと考えていたんですよ」
「慣れたもんだわぁ。お客さん、すごく喜んでる」

嬉しそうに喜栄が言うと、むかいんは照れたように、目を反らした。

「ありがとうございます。御用意できてます」

そう言うと、むかいんの表情は、料理人に戻った。

「では、私も頂こうかしら。実は、理子ちゃんに追い出されちゃって…」

喜栄が言い終わる前に、むかいんは厨房を出て行った。

「…はやっ…」

料理人達は呟いた。



むかいんは、玄関先へとやってきた。理子と光一が客を見送っているところだった。

「おっ! 涼くん!!!!!!」

長年の常連客だったようで、むかいんの姿を観た途端、思わず口にした。

「パパぁ」
「パパぁ?????????」

客は驚いた。


「そっか、涼くんの息子さんだったのかぁ」
「はい!」

光一は、元気よく返事をした。

「そりゃぁ、俺にも孫が出来るわな」
「お孫さん…居られるんですか?」
「先月生まれたばかりでねぇ」
「おめでとうございます」

むかいんは笑顔で言った。

「大阪に行った時は、お店に寄らせてもらうよ」
「お待ちしております」

客は少しばかり立ち話をした後、料亭を後にした。

「理子」
「ん?」
「ここでは仕事するなぁって、言うたやろぉ。おやっさんは?」
「真北のおっちゃんが来たから」
「そっか」
「真北さんとも長い付き合いやったんやね。不思議だなぁ」
「ターニングポイントの日になぁ、色々とあったもんなぁ」
「先程のお客さんは?」
「真子さんの専属料理人になってからも、ここで働いていたから、
 その時に、おやっさんから奨められてね」
「ふ〜ん。うちと光一のことを、新しい従業員だと、ずっと思ってたみたい」
「そうみたいやな。光一が俺をパパと呼んで、驚いとったもんなぁ」

むかいんに抱っこされている光一は、いつの間にか眠っていた。

「あと1時間くらいで起きるかなぁ」
「真子と美玖ちゃんが来たら、起きるやろ。ったく、光一まで
 真子のことが好きだもんなぁ」
「光一までって、他に誰や」
「言わへんでぇ」

ラブラブやなぁ……。

少し離れたところで仕事をしている従業員が居ることに、むかいんと理子は気付いていないらしい。
従業員が深々と頭を下げた。
玄関先に、笹崎と真北がやって来た。

「涼」
「はいっ」

二人のオーラは、すぐに解る。むかいんは、素早く切り替えた。

「明日、大切なお客様が来られる。任せる」

笹崎の突然の言葉だが、

「かしこまりました」

直ぐに応える。

「だから、今夜は、目一杯楽しんでおけ」
「ありがとうございます」
「それまで、部屋でゆっくりしろ。部屋は…」
「案内します」

良いタイミングで竹野がやって来た。

「では、失礼します」
「失礼します」

ニッコリと微笑んで理子は、むかいんと一緒に、奥へと向かっていった。
すごく柔らかい眼差しで、むかいんの家族を見つめる笹崎を見て、真北も微笑んだ。

「では、私は戻ります。明日は、宜しくお願いします」
「あぁ」

真北は、本部へ通じる渡り廊下へと向かっていった。

「こういうときくらいは、ゆっくりされれば、よろしいのに…」

渡り廊下の監視をしている従業員が、呟くように言った。

「じっとしてられないだけだ」

流石、地獄耳の真北。従業員の呟きは聞こえていた様子。

「すみません!!」

真北の後ろ姿に深々と頭を下げた従業員だった。

「今夜は、いつも以上に気を引き締めておけ」
「御意」

笹崎は、自分の部屋へと戻っていく。
部屋に入った笹崎は、テーブルの上にある写真に目をやった。
真北が置いていった写真。
そこには、真子の家族と理子の家族が写っている姿があった。
この日の為に用意した写真。
笑顔が輝いている。
その表情を見ているだけで、心が和む笹崎だった。




奥の部屋へ通された理子とむかいんは、用意された布団に、光一を寝かせて、くつろぎ始めた。

「それにしても、凄いなぁ。笹崎さん、あんなに大切に写真を
 飾ってるとは、驚いた」
「慶造さんが幼い頃の写真、観た?」
「うん。…用意した写真…真北のおっちゃん、渡してくれたんかなぁ」
「渡してると思うで。恐らく今頃……」


笹崎は、テーブルの上で何かをしている。


「写真、飾ってるんちゃうかなぁ」



むかいんが言ったように、笹崎は、先程、真北からもらった写真を写真立てに入れ、他の写真と同じように、飾っていた。

「よしっ」

笹崎は、嬉しそうな眼差しをしていた。
飾った写真の横には、慶造の写真、真北の写真が置いてある。
写真が飾ってある場所を観るだけで、そこに、歴史を感じた。



(2010.4.18 序章 喜び 第四話 改訂版2014.12.29 UP)



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※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
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※この〜復活編は、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』の極編の後の物語です。
※任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を全シリーズを読破しなければ、登場人物、内容などが解りにくい状態です。
※取り敢えず、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を全てお読みになってから、アクセスお願いします。
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