任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

序章 喜び
第五話 楽しい、ひととき

午後六時。
真子がようやく目を覚ます。

「……あれ?」

側で寝ているはずの美玖の姿がない。真子は体を起こし、部屋を出て行った。
隣の部屋から声が聞こえる。
そこは、かつて、ぺんこうが使っていた部屋だった。ぺんこうが本部を出てから真子が五代目を継ぐまでは、とある男が使っていた。

「これでよし」

ぺんこうは、段ボール箱にテープを貼り付けた。

「パパ、これは?」

部屋にある飾り物を指さした。

「それは、パパのん」
「ママからのプレゼントなの?」
「ここにあったんだなぁ。無くしたと思ってた」

ぺんこうは、嬉しそうに、その飾り物を手に取った。

「まさちんが、見つけたんだよ」
「おっ、眠り姫の登場だぁ」
「ママ、おはよぉ」

真子が入ってきた。

「こんなに残ってたん?」
「部屋の中の物、ほとんどでしたね」
「あら、ほんとだ。すごく片付いてる…」

部屋は殺風景で、部屋の中央には、段ボール箱が三つ、置いてあった。

「あいつの荷物は、ほとんど、ここにあったんちゃうかなぁ」
「それにしても、みんな……綺麗にしてくれてるね」
「えぇ。掃除が行き届いてますよ。…って、見つけたって、これ…」
「部屋の掃除をしてるときに、本棚の後ろから見つけたって。
 ずっと飾ってたみたいだよ。私からのプレゼントだと気付いたみたい」
「そういうとこは、鋭いんだからなぁ、まさちんは」

二人が話す、まさちんとは、その昔、阿山組五代目の側近であり、ボディーガードをしていた組員・地島政樹(ちじままさき)こと北島政樹(きたじままさき)。
真子が五代目を継ぐ前、阿山組と敵対していた組が、慶造の命を狙って真子のお世話係として、地島政樹と偽名を使い阿山組に送り込ませた。チャンスが訪れたものの、真子の思いから、慶造を狙う事ができず、結局、阿山組の組員として過ごすことになった。
その後は、真子を命を懸けて守ろうと翻弄し、時には兄妹のようにじゃれ合い、遂に………。


……ある出来事をきっかけに、まさちんは、この世を去ったことになっている。
ところが……。


「ましゃちんしゃんは、こないの?」

美玖が真子に尋ねた。

「まさちんは、来ないよ? 来て欲しかった?」
「だって、おうた、うまいんでしょ?」
「上手だよぉ。でもね、まさちんは、遠いところに住んでるし、まさちんも
 お母さんと過ごしてるから。それに…」
「おやさいのおせわ!」
「そう。畑が心配だから、遠出は無理だもんねぇ」
「ママより、おやさいがすき!」
「…………美玖。それは、誰から?」

真子が尋ねると、美玖は、ぺんこうを指さした。

「……しぃぃいい〜ん〜っ」
「その通りやろが」
「それは、色々と事情があるからでしょ!!!」
「それでも、そっちのけで、来ても良さそうやないかぁ」
「来ても、ええん?」

真子は、ちょっぴり意地悪そうに尋ねた。
少し、沈黙が漂った後、

「それは……困る」

ぺんこうが静かに応えた。

「それに、今、姿を現すと、ここの奴らに説明するのが大変や」
「ま、まぁ、その通りやけど……。…で、荷物は、どうすん?
 みんな、まさちんの事情を知らんやんか」
「白井に頼めばええやろ」
「そっか。ほな、白井さんに頼んでおく」
「って、真子ぉ〜」

ぺんこうが呼び止めるものの、真子は、部屋を出て行った。


真子が廊下を歩いていると、向かいから、一人の男が足取り軽く歩いてくる姿があった。その男は、真子の姿に気付いた途端、

「くみちょぉぉぉっ!! 遅くなりました!」

元気な声で、真子に声を掛け、おしりをフリフリフリフリ……。

「遅かったね、健」
「はいなぁ〜〜」

と返事をしながら、向きを変えて、おしりをフリフリ〜。真子は、声を挙げて、笑い出す。

「どちらに?」
「白井さんの部屋。まさちんの荷物を頼もうと思ってね」
「それなら、呼んできましょうか?」
「いいよぉ、自分で行く」
「駄目ですよ。山中さんから言われてるでしょぉ〜」
「それでも、この用事は、私がお願いすることだからさぁ」
「でも、若い衆は、知らないんでしょう? まさちんが生きていること」
「そうだけど、白井さんに言わないと」
「だから、私が…」

真子と健は、そういう会話をしながら、白井の部屋に向かって歩いていたものだから、すぐに部屋に到着してしまう。上手い具合に、白井が部屋から出てきた。

「真子さん! あっ、健さん、お疲れ様です」

白井は、深々と頭を下げた。

「お疲れさん。組長がお話あるってさ」
「あの方の荷物のことですね」
「……なんで、解るん?」
「先程、栄三さんからお聞きしました」
「そういや、兄貴は?」
「美玖と池の庭で遊んだあとは、知らないなぁ」
「栄三さんなら、私たち一人一人に注意事項を伝えております」
「忘年会のこと?」
「それもありますけど……」

白井は口を噤んだ。

「それで、その……荷物は、ぺんこうさんが御用意されたとか…」
「まぁ、その方が、荷物の区別が付くもん。段ボール箱三つ分だった」
「かしこまりました。明日、一緒に持って帰り、お渡ししておきます」
「持って帰るって、…まさか、車で?」
「はい。親分の命令で、道中、寄り道も兼ねております」
「気をつけて帰ってね」
「ありがとうございます。荷物は、明日、出発前に運びますので」
「うん。よろしく」

そんな話をしている時だった。えいぞうが姿を見せた。

「健、遅い」
「しゃぁないやろぉ。色々と厄介……」

健の口を慌てて塞ぐ、えいぞう。

「………えいぞうさぁん」
「はいぃ」
「何か、隠してなぁい?」

真子は、素敵な笑顔を、えいぞうに見せた。
その笑顔には、えいぞうは弱い。思わず、真子に隠していることを言いそうになるが……。

「真子、時間」

ぺんこうが、美玖と一緒に、やって来た。

「けんしゃぁ〜ん!!」
「おぉっ、美玖ちゃん、こんばんはぁ〜ん」
「こんばんは〜。けんしゃんも、いっぱげーするの?」
「いっぱげ???????? ……あぁ、一発芸。するよぉ。楽しみにしててねぇ」
「はい!」
「じゃぁ、先に行くからね」
「先にって、く……真子さん」

美玖の前では、真子のことは『組長』と呼ばないように言われている。その為、言い直すえいぞうだった。

「笹崎さんへの挨拶」
「そうでした。心待ちにしておられますから。ぺんこうのことも」

えいぞうは、ぺんこうに目をやった。
ちょっぴり緊張した表情をしているが、

「俺も、ちゃぁんと伝えないとな」

しっかりと応えていた。

「ほな、お先ぃ。白井さん、明日、宜しくお願いします」
「心得ました」

白井は、真子に深々と頭を下げ、美玖には、優しく手を振った。美玖は手を振り返して、真子達と隣の料亭に通じる渡り廊下へ向かっていく。

「白井、頼むで」

えいぞうが言った。

「……と、快く引き受けたのは、よろしいんですが、実は、その…
 俺、もう来るなと言われてるんですが……」
「それは、お前がしつこく向かったからやろが」
「いや、その……俺のあこがれの人だと知ったら、そりゃぁ」
「まぁ、俺は気にしてへんけどな」

えいぞうが言うと、白井は、一安心したのか、表情が綻んだ。
そこへ、部屋から若い衆が顔を出した。

「白井さん、順番決めるらしいですよぉ…!!! 健さん!!!!」
「おいっす!!! 順番?」
「一発芸の順番です。今回、司会は純一さんなので、1番は決まってます。
 その後が、もめてまして……。健さんは、どうされますか?」
「俺は、こっちぃ」

カメラのシャッターを押す仕草をする健。

「まさか…」
「一応、たっぷりと…予定してるけどぉ」
「楽しみにしてます!! えいぞうさんは?」
「俺は、遠慮しとく。騒ぐのは苦手やからさぁ」
「それでしたら、えいぞうさんに、お願いしてよろしいですか?」
「順番決めるん?」
「はい。その方が、もめないですし…」
「ほな、そうしよか」
「お願いします!!」

えいぞうたちは、若い衆の部屋へと入っていった。
えいぞうが部屋に入った途端、若い衆たちの挨拶の声が聞こえ、拍手が起こった。
一体、何が起こってる???




高級料亭・笹川への渡り廊下から、真子とぺんこう、そして、美玖の三人が姿を現した。従業員が気付き、一礼する。

「真子様! お帰りなさいませ」
「ただいま。ちょっと時間まで早いんだけど、こちらでゆっくりしたいなぁと思って、
 来てみましたぁ。…むかいんの試験、終わった?」
「終わったようです。明日のことを任されて、今は、奥の部屋でゆっくりされてます」
「そっか。…その………笹崎さんは、部屋ですか?」
「ご案内致します」
「いいよぉ。芯が知ってるから」
「そうでした…でも、もしかしたら、厨房に顔を出してるかもしれないですね…」
「そういや、時間が…」

人の足音が聞こえた。誰もが振り返る。

「真子ちゃん!」
「女将さん!! その節は、本当にお世話になりました! お礼が遅くなりましたが
 あの時は、ありがとうございます。そして…」
「美玖ちゃんね?」
「はい。はじめまして、みくです」
「喜栄です。芯くん、あの人が、待ってるけど、一緒に居た方がいい?」
「いいえ、大丈夫です」
「今日は厨房に入るなと、達也に言われてるから、暇をもてあましてるわよぉ」
「それでしたら、今から、お伺いします」

真子は、ぺんこうと美玖と一緒に、笹崎の部屋へ向かっていった。
部屋の前で、立ち止まる。
そして、ノックをした。

『はい』

部屋から、笹崎の声がする。

「真子です。失礼します」

真子が戸を開けると、笹崎は姿勢を正して、深々と頭を下げて、真子達を迎えた。

「お帰りなさいませ」

その仕草に真子は、

「あっ、その……笹崎さん!! それは、その……私は…」

声を掛けてしまう。
笹崎は、顔を上げなかった。
実は……。



真北からもらった写真を飾った後、笹崎は、再び、お茶を煎れて、のんびりと時間を過ごしていた。すると、いつもとは違う気配を感じた。
その昔、感じたことのある気配。
それは……。

来た…。

思わず姿勢を正す笹崎。
心拍が高くなったことが解った。
足音が近づいてくる。それと同時に、込み上げてくるものがあった。
それをグッと堪えた時、ドアがノックされた。

「はい」
『真子です…』

その声を聞いた途端、堪えたものが、溢れ出す……………。



笹崎は、暫く顔を上げなかった。真子達が、笹崎の前に座っても、顔を上げない。
畳に付いた手の甲に、一滴、何かが落ちた。

笹崎さん……。

その一滴を見ただけで、笹崎が顔を上げない理由を理解する真子は、ぺんこうに振り返り、笑みを交わす。

「お茶、煎れますよ」

ぺんこうが声を掛け、ポットに手を伸ばした時だった。笹崎は、素早く涙を拭いて、顔を上げた。

「いや、それは、私が」
「気になさらずに」

そう言って、ぺんこうは、慣れた手つきでお茶を煎れ始める。

「はじめまして、みくです」

美玖が挨拶をすると、

「笹崎です。ようこそ、美玖ちゃん」

柔らかい声で、笹崎が応えた。
その表情は、先程、むかいんや従業員に見せていたものとは、うって変わって、とても優しい表情だった。それが、美玖の笑顔で更に和らぎ、真子と目が合った途端、笑顔に変わった。

この日を…待ってた。
慶造さん……私が味わってしまって、申し訳ございません。

笹崎は心で、慶造に語りかけていた。



いつの間にか、笹崎の膝の上に座っている美玖。真子と笹崎の昔話に耳を傾けていた。時々、ぺんこうも話に加わり、笑いが起こる。
真子は、ちらりと上を見た。
そこには、たくさんの写真が飾っている。その中に、真新しい写真を見つけ、思わず笑みを浮かべた。

帰省する話が出た日、みんな揃って写真を撮った。
今の幸せを、伝えたい為に用意した写真。その写真を見るだけで、幸せが伝わるだろうと、真子をはじめ、美玖、ぺんこう、そして、理子、光一、むかいんの六人は、普段の姿のまま、目一杯、幸せを伝える笑顔をカメラに向けた。

「ねぇ、ささおじさん」

美玖が呼ぶ『ささおじさん』。その昔、真子が幼い頃=慶造が健在の頃、真子も『ささおじさん』と呼んでいた。どうやら、幼子は、自然と呼んでしまうようで…。

「はい」
「ささおじさんは、パパとまきたんのおししょうさん?」
「師匠?」
「いろいろと、おしえてくれるひと」
「う〜ん、ちょっと違いますねぇ。私はお二人の成長を
 見守っていただけですよ」
「パパとまきたんが、みくのころから、しってるんでしょう?」
「そうですね…真北さんと芯くんのお父さんと過ごしていた時間が
 長かったけど、お二人が美玖ちゃんと同じ歳の頃は、離れてましたよ」
「そうなの?」
「真子さんが、美玖ちゃんと同じ歳の頃なら、知ってるよ?」
「ほんと?」
「はい」
「ママのこと、はなしてぇ」
「美玖ちゃんと同じで、こうして色々と楽しいお話してましたよ。
 ね、真子さん」
「……覚えてない……。でも、笹崎さんとの思い出は、ありますよ」

真子は微笑んだ。

「飛鳥さんとのやり取りも!」
「ま、真子さんっ!!」

真子の言葉に焦る笹崎だった。
話に出てきた飛鳥とは、笹崎が組長として生きていた頃の組員の一人であり、料亭を開く事になった際、料理人ではなく、極道の世界に残り、阿山組系飛鳥組の組長となり、今も健在である男のこと。
飛鳥は、慶造の考えに付いていけない時に、極道の世界から離れた笹崎から時々、助言をもらっていた。
真子の誕生日には、周りの者に負けないよう、年齢にそぐわないほどのプレゼントを用意し、笹崎から叱責される事が多かった。その時のことを真子は覚えているのか、美玖に話していた。その話に慌てる笹崎を見て、ぺんこうは、笑いを堪えるのが必死だった。

「真子さん、そろそろ時間ですね」
「そういや、なんとなく、騒がしくなってますね。笹崎さんは
 どうされますか?」
「私は影で支える立場ですから、達也に何を言われようとも
 指示は出しますよ」
「なんだか、達也兄ちゃんの怒りが、想像できますよぉ」

真子の言葉に、笹崎は、ちょっぴり参った表情をする。

「では、これで。…その……明日のこと…」

少し不安げに、真子が言った。

「任せてください」

笹崎が自信たっぷりに応え、真子の頭を優しく撫でる。

「お願いします」


真子達は、笹崎の部屋を出て行った。大広間に向かって歩いているとき、むかいんたちとばったり出逢う。

「みくちゃぁん」
「こうちゃぁん」

光一と美玖は、お互い呼び合い手を振り合う。

「めっさ、くつろいだやろぉ、真子」
「そういう理子こそぉ」
「…で、真子。忘年会の話、聞いたでぇ。一緒に、ええん? で、何するん?」

真子は、理子と光一に、何やら、こそこそと話し始めた。
四人の様子を見つめながら、ぺんこうとむかいんは、苦笑い。

「どうやってん」

ぺんこうが、むかいんに尋ねる。

「解らん。合格なんか、あかんかったのかは言わんかった」
「明日は、どうする? 近所を散歩する予定やけど」
「すまん。明日は、一組の客を任されたから、無理や」
「そうなんや。ほな、真子と三人で…」
「四人になるんちゃうんか?」

むかいんは、とある一点を見つめながら言う。そこには、真北の姿があった。

「ちっ…」

思わず舌打ちをしてしまう、ぺんこうだった。

「みんな集まっとるで」
「ほな、向かいましょうか」

真子達は、大広間へと向かっていった。




高級料亭・笹川の奥にある大広間。ぞろぞろと男達が入っていき、席に着く。


そして、その時がやって来た。

誰もが姿勢を正して、入り口を見つめていた。
襖が開き、真子たちが入ってくる。

「すごぉ…。…真子、いっつも、こんなんやったん?」

大広間に幹部や組員、若い衆が勢揃い。姿勢を正して、何も言わず、ジッと座っている。
真子と付き合いが長く、むかいんの仕事を手伝っている時に、たまに、真子の仕事場=組の仕事を目にしていた理子。真子の周りに居る、恐い面をした男達とは親しく話すこともあるが、こうして、大勢の男達が、ずらりと並んでいる場面には、出くわしたことが無い。
思わず身を引き締める理子だったが、

「一応、私の立場を尊重してるだけだから」

そっと理子に応える真子は、上座に座った。
真子の右隣には、真北が座り、左隣には、美玖、そして、ぺんこうが座る。真北の右隣に、むかいん、光一、理子が腰を掛ける。
すると、司会進行役の純一が、壇上に立ち、マイクを持つ。

「真子さん、お帰りなさいませ。そして、美玖ちゃん、光一くん、ようこそ。
 これから、楽しい時間が始まります。目一杯、楽しんでくださいね」
「はいっ!」

純一の言葉に、美玖と光一は元気よく返事をした。
大広間に、笑い声が広がった。

「今夜の料理は、いつも以上に豪華になってます。もちろん、
 御主人の腕も加わっているそうです。そして……」


料理のことを耳にした途端、むかいんの表情が強ばった。

「……おやっさん……」
「真子ちゃんの為に、いつも以上に張り切ってるだけだ。
 気にするな」

真北が、むかいんに、そっと告げた。

「それでも、俺には……」
「むかいんが、ここに座ると聞いた途端、張り切っただけやで。
 それに、これは、笹崎さんの気持ち」
「おやっさんの気持ち?」
「あぁ。……詳しくは言わへん。食べたら解るやろ」
「……はぁ…」

煮え切らないむかいんだった。


「それでは、女将さん、お願いします」

純一の言葉と同時に、喜栄が手を叩く。すると、大広間に飲物が運ばれてきた。それぞれがグラスに注ぎ、そして、グラスを手に持つ。

「真子さんが元気に帰ってきたこと、そして、今年も一年、
 色々とありましたが、無事に元気に過ごせたこと。
 喜びと感謝の意を込めて…乾杯!」
「乾杯!!」

低い声が響き渡り、拍手が起こる。すぐに料理が運ばれてきた。
誰もが、目の前に並ぶ料理に目を奪われる。
口に運んだ途端、顔を綻ばせる。

やくざに見えない……。

「…なぁ、涼」
「ん?」

ちょっぴり緊張した感じで、むかいんが返事をする。

「こういう雰囲気、真子…嫌いなんちゃうん?」
「まぁ、そうだけど、でも、一発芸があるから、
 毎回楽しんでいるらしいよ」
「らしいって……。あっ、そっか。涼はいつも厨房だっけ」
「うん」

そう返事をした表情は、ちょっぴり膨れっ面。
どうしても、何があっても、真子の為に料理をしたいらしい。

「理子も、組長と一緒にするんやろ?」
「楽しみにしとってやぁ、なぁ、光一」
「はい!」



食事もある程度進んだ時だった。
再び、純一が壇上に立った。

「それでは、毎年恒例の一発芸の時間がやって参りました。
 まずは、私から…」

そう言って、自ら準備を始める純一。

「待ってました!!」

どこからともなく、声がした。
純一が一番得意とする唄の披露。
前奏が流れ、純一が歌い出した。
美玖と話ながら食していた真子が、

「純一兄ちゃんの歌、すごいよぉ」

美玖に言う。そして、真子と美玖は舞台に目をやった。
真子の目線に気付きながらも、純一は、歌っていた。




阿山組本部の周りにある道路は、ひっそりとしていた。
とある住宅の屋根の上に、人影が舞い降りる。
少しばかり辺りの様子を伺った人影は、一瞬のうちに消えた。




高級料亭・笹川の大広間で、盛り上がっている頃、阿山組本部では…。


忘年会に参加できる若い衆は、毎回、クジで決められていた。外れた若い衆は、本部の見回りを行うことになっていた。宴会で騒ぐのが嫌いな若い衆は、自ら見回りに志願する。しかし、今年は違っていた。
あこがれの『阿山組五代目』が参加する忘年会。
誰もが参加したがった。
と言うことは……。
拍手の音が、聞こえてきた。

「あの大きさからいうと、純一さんかなぁ」
「もしかして、純一さん、一番に歌った?」
「時間的に、そうだな」

そう話ながら、庭の見回りをする若い衆、三人。別の場所にも、若い衆が三人体制で見回りをしていた。どうやら、その三人も、同じような会話をしている様子。目線が、大広間の方に向いていることで解る。

「いつもなら、別に気にならないけど、今年は違うよなぁ」
「五代目が楽しまれてるし、それに、唄われるとか」
「拝聴したいなぁ」
「……お前ら……」

若い衆の声とは違い、地を這うような低い声がした。
思わず身構える若い衆。
声が聞こえた方に、そっと振り返ると、そこには隆栄が立っていた。

「こ、小島さんっ!!!!」

姿勢を正す若い衆を観て、隆栄は、ため息を付いた。

「ったく、いくらなんでもなぁ〜。…立場、忘れとるやろ…。
 気を引き締めろっ!!」
「申し訳御座いませんっ!!!」

若い衆は深々と頭を下げた。

「……と、本来なら、叱りつけるところやけど、今年は特別や。
 お前らも楽しんでこい。俺と栄三で、見回りするしぃ」
「いや、しかし……」
「それに、周りは、抑えてるみたいやから、大丈夫やろ」
「……でも…」

隆栄の言葉で、思わず心が弾んだものの、立場上、それは許されることではない。
少し離れたところでは、えいぞうが、別の若い衆に何かを話している。その若い衆が、深々と頭を下げて、持ち場を離れていった。

「お前らも、行って来いや。山中の言葉でもあるし、何よりも
 五代目がお望みや」
「五代目が…?」
「美玖ちゃんが、みんなの顔と名前を覚えたから、姿が見えないことを
 凄く気にしてるらしいでぇ」

栄三が言った途端、隆栄の前にいた若い衆は、焦り始める。

「そういや、美玖ちゃんと約束してた…」

自己紹介をしたとき、忘年会の話が出て、その際、楽しませることを約束していた組員や若い衆。栄三の言葉を耳にした時に、それを思い出したらしい。

「楽しんでこいや。俺と親父が、おるから」

更に促すように栄三が言うと、

「お言葉に甘えさせていただきます!!」

若い衆三人は、声を揃えて言った。そして、深々と頭を下げて、去っていく。

「おーおぅ、栄三の言葉と俺の言葉、どうちゃうねん」

自分の言葉で動かなかった若い衆が、栄三の言葉で動いたことに、ちょっぴり寂しさを覚えた隆栄は、拗ねてしまった。

「立場でしょうがっ」

隆栄は、若い衆を育成する立場である為、若い衆は、隆栄に試されていると考えたらしい。

「…栄三は、参加せんでも、良かったんか?」
「俺は、性に合わんもん。そういう親父こそ…」
「猪熊が居らんもん」
「さよかぁ」
「健は?」
「大広間」
「ということは…」
「デジカメのメモリー、最高級のを五つ持っとった」

健の、もう一つの姿は……。

「そりゃぁ、若い衆の眼差しも変わるわなぁ」

阿山組本部では、こっそりと活動している会がある。その会の会長を務めるのは、健であり…。

「真北さんにばれたら、厄介やろが」

隆栄が言うと、

「真北さん公認」

栄三が応え、思わずカクッとなる隆栄だった。
そんな二人の所へ舞い降りる一人の男……。

「どうでした?」

舞い降りた男=桂守だった。

「周りは、真北さん関連で固めてるようですね。あちらこちらの
 曲がり角で検問してるので、入る余地はありませんでした」
「でも、屋根の上は、余地だらけということか…」

桂守は、屋根の上を飛び越えて行動するのが得意であり、時代錯誤しそうだが、その姿こそ、本当に『忍者』と言われても過言でない程、素早く、目に留まらない。

「いやぁ、ははは」

桂守が簡単に阿山組に入り込めるということは、屋根の上=上からの侵入は簡単であるということ。

「まぁ、それは、桂守さんだから出来ることですね」

栄三の言葉に、桂守は微笑むだけだった。

「では」

桂守の姿が消えた。

「周り固めてるなら、仕事ないんちゃうん?」

栄三の口調は軽かったものの、醸し出すオーラと眼差しは、違っていた。
本来の栄三の姿。
阿山組五代目のボディーガードで、一番厄介な男、小島栄三。
真子の側よりも、影で密かに行動をすることが得意になってしまった…というより、栄三自身が、真子の側で守ることを遠慮しているところもあるのだが、それには、色々と訳があり…。

「栄三」
「あん?」
「明日は、どうするねん」
「組長は、恐らく、美玖ちゃんとぺんこうの三人……いや、プラス
 一人で、散歩すると思う。むかいんは、例のあれだから、理子ちゃんと
 光ちゃんも一緒に居るらしいし、俺の役目は、お袋の病院で
 ちょっぴり厄介かもしれない、キルの側に居ることなんだけどなぁ」

どうやら、年末年始の予定は、決まっているらしい。

「美穂ちゃんは、必要ないって言ってたけど、それでも?」

美穂が夕方、本部を後にする時に…『喜隆先生の事は、任せなさい!』…と、隆栄に告げていた。

「そうなん?」

栄三の返事が、少し弾む。

「久しぶりに、楽しんでも、ええんちゃうか?」

楽しむ…それは、かなり昔の栄三の年末年始の行動のことを言っていた。

「あの日以来、全員とケリ付けたから、無理やで」
「たまぁに、俺が声を掛けられるんやけど…栄三ちゃん、元気ぃ?って」
「……なんやそれ…」

…と話している時だった。
大広間の方向から、途轍もなく大きな拍手が聞こえてきた。

「もしかして、組長と美玖ちゃんと理子ちゃんと光ちゃんで…」

栄三の眼差しが、凄く柔らかい物へと変化した。

「そうかもな」

フッと笑みを零す隆栄だった。



栄三と隆栄が話していた通り、大広間では、真子達が唄を歌い終え、大拍手を受けて、照れたように笑っている姿があった。その側に、素早く動く男の姿があった。男は、デジカメを真子達に向けて、シャッターを押し続けていた。



(2010.4.30 序章 喜び 第五話 改訂版2014.12.29 UP)



序章 第六話



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※この〜復活編は、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』の極編の後の物語です。
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