任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

序章 喜び
第六話 更に、もう一つの帰省は…

まだまだ続く、忘年会。
真子達が歌い終えた姿を、カメラに納めようと素早く動きながらシャッターを押し続ける男・健。

「健〜、撮りすぎ!」

そう言って、真子が膨れっ面になった。
その表情も見逃さない男=健は、シャッターを押していた。

「それなら、次は、健の番!」

真子が健にマイクを渡した。すると、組員達からも

「健ちゃん、歌え!!」

促す声が聞こえてきた。

「いや、俺は……その…」

マイクを持って壇上に立つのは、昔を思い出してしまうから、どうしても遠慮してしまう。

「もう、いいんちゃうん?」

健の昔の姿は観たことないものの、昔、何をしていたのか知ってる為、真子は、優しく言った。
それでも、健は躊躇っていた。

「けんちゃんと、うたいたい!」

美玖と光一が、声を揃えて言った途端、

「ようし、ほな、あれを歌おう!」

健は、ノリノリ……。

「じゃぁ、その間は、うちが撮ったるわ」

写真を撮るのが趣味(?)なのは、健だけでなく、理子もだった。
健からデジカメを預かり、子供達と一緒に歌い出した健の姿を、目一杯、撮影しまくる。いつの間にか、真子も壇上に上がっていた。四人で楽しく歌う姿を撮影する理子。
なんだか、不思議な光景になっていた。



「……あれ……五個目のメモリーやな…」

ぺんこうが呟いた。
忘年会をみんなと同じように楽しんでいるかに見えた、ぺんこうだったが、どうやら、健の行動をずっと見つめていたらしい。健が写真を撮りまくっているのも、メモリーを交換していた回数も、確認していた。

「後で没収だな…」

再び呟いたぺんこうは、グラスに手を伸ばす。

「芯」

真北が呼ぶ。

「……なんですか…」

冷たく返事をする、ぺんこう。

「飲み過ぎや。明日、散歩するんやろ?」
「あなたも、一緒に…でしょう?」
「折角の親子水入らずの場に、俺は必要か?」
「親子三人のつもりですけど、参加するのでは? それとも、
 周りを固めるとか?」
「あかんか?」
「おや? 今日のことで、特別休暇を頂いたのではありませんか?」
「それでも、他にすることがあるんだが、悪いか?」
「いいえ、その方が、嬉しいですねぇ」

ぺんこうは、アルコールを飲み干した。

「だからこそ、アルコールは、控えておけ」

真北の言葉には、深い意味が含まれていた。
真子を守る人間が、ぺんこうしか居ない…ということだった。

「親子の散歩に、介入するような輩は居ませんよ」

なぜか、自信たっぷりに、ぺんこうが言い切った。

「……あの人のことは、あてにするな」
「してませんよ。普通の親子に、必要ありません…ということですよ」

どうやら、真子と美玖、そして、ぺんこうの三人の姿は、一般市民にしか見えない…ということを強調したかったらしい。

「そうやな。普通の親子にしか見えないわな…」

そう言うと、真北は、お猪口に酒を注いだ。

「あなたこそ、アルコールを控えておかないと…」
「これくらいは、序の口や」
「歳…考えてくださいね」

ぺんこうが言った途端、真北の鋭い眼差しが、ぺんこうに突き刺さる。
ぺんこうも負けじと、鋭い眼差しを、真北に向けた。

「………ここでは、止めてくださいね……」

怒りを抑えたように、静かに言ったのは、むかいんだった。

「するわけないだろっ」

声を揃えて、ぺんこうと真北が言った。

「ほんま、仲ええんやから…」

むかいんの声とは別の声が聞こえてきた。

「真子、お帰りぃ」
「真子ちゃん、お帰りぃ」

ぺんこうと真北のやり取りに気付いていたのか、歌い終えて席に戻ってきた真子が、二人に言った。

「いつまでも、仲良しなら、一緒に歌ったらぁ?」

からかうように真子が言うと、

「遠慮します」

二人は声を揃えて応えた…途端、お互い睨み合う。

「なんか、誰かさんを彷彿させるような感じやわ…」

そう言って、真子は席に座った。
壇上には、白井がマイクを片手に立っていた。どうやら、歌うらしい。
前奏が流れてきた。
すると突然、静けさが漂った。
そんなことは気にせずに、白井は歌い出す。
組員や若い衆が、気まずそうな表情で、真子の方をちらりと見始めた。真子は、白井を見つめて、手拍子をしている。

なぜ…。
どうして?

どこからともなく、ざわめき始めた。
白井が歌い終わった。一礼する白井に、真子が嬉しそうに拍手を送っていた。ちらりと真子を見た白井は、微笑んでいた。そして、自分の席に着く。
その途端……。

「白井、お前…その曲は唄うなと言っただろがっ」
「今は落ち着いたと言ってもな、組長が思い出されたら…」
「何も、こんな時に歌わなくてもなぁ…」
「いくら、お前が、まさちんさんに憧れて、ここに来たと言っても、
 組長の前では、それは、禁物だろっ!! 忘れたんかっ!」

何故か白井を責め始めた。

「えっ、でも……」
「組長、気になさってるかもしれないだろ。謝って来いっ!!」

組員が白井を促し、背中を押した。

「すみません…」

渋々立ち上がり、真子の方に向かっていく白井。その後ろ姿を見つめながら、組員達は、

「白井……殴られるんちゃうか…」
「ぺんこう先生も、真北さんも、お酒…かなり入ってるで…」
「修羅場になったら……」
「俺たち………」

道場での事が脳裏に過ぎる。

「…………無理や…止められない……」

恐る恐る、真子達の方に目をやる組員や若い衆。白井が、真子の前に正座し、何かを話し始めていた。




「……真子さん、すみませんでした…」

白井が言った。

「ん? どうしたの?」
「唄…」
「……気にするわけないやん。…でも、みんなは知らないからなぁ。
 まさちんのこと」
「えぇ。こちらに慣れるまでは、苦労しました。…みなさんの中では
 この世を去ったことになっているので、そのように振る舞うことに…」
「まぁ、色々と深いことがあるから、あまり公にできないからなぁ。
 …もしかして、みんなに言われた?」
「はい…」

白井の姿を見つめる組員達の眼差しに、真子は気付いていた。そして、白井の言葉から推測できたこと…それは……。

「でもね…」

真子が静かに口を開く。

「はい」
「まさちんの方が、上手いよぉ。帰ったら、一緒に楽しんだら?」
「あっ、いや、その……それは、恐れ多いですから……」
「白井さんの唄は、どっちかってぇと、歌い手に近いんだね」
「まさちんさんの好きなものも、必死に調べましたから。…と言っても
 私のあこがれの方の話をしていたら、みなさんが教えて下さいました。
 それで、こちらで、その歌手のCDを聴きまくって…」
「それで、歌手に近い歌い方だったんだ。…びっくりしたよぉ。
 ありがと、白井さん」
「いいえ、私の方こそ、申し訳御座いませんでした」
「気にしない気にしない! 本人は、生きてるんだからね」

真子は白井に微笑んだ。
白井を心配していた組員達は、真子の笑顔を観て、ホッと胸をなで下ろす。白井が席に戻ってくると、組員達は安心したように、白井に声を掛けていた。

生きてる…って言ったら、どうなるんだろう…。

白井には、秘密にしていることがある。
いや、秘密にしておかなければならないことがある。
それは、白井が憧れる男=『まさちん』と呼ばれる男の事であり、どうやら、公に出来ないほどの事がある様子。真子の言葉にもあったように、阿山組本部の組員や若い衆には、その『まさちん』という男は、「死んだ」ことになっている。

「ところで、むかいん。明日は時間できたの?」

真子が尋ねた。

「すみません。本来なら、理子と光一と一緒に、組長たちと
 散歩したかったのですが、おやっさんに、接客を頼まれました」
「早速、仕事なん?」
「えぇ。それも、おやっさんたちにとって、凄く大切なお客様のようです。
 そのような方を、私に任せると仰って…」
「ということは、卒業試験、合格したん?」
「えっ?」
「だって、大切なお客さんを任せるってことは、そうなんでしょう?」
「…………」

むかいんは、口を噤み、深く考え込んでしまう。

「って、むかいん…もしかして、卒業の言葉…」
「もらってないのですが…」
「そうなん…?」
「………はい……」

沈黙が続く。

「…客を任せる…と言う言葉が、卒業の言葉かも…。
 笹崎さんに、聞いてみる…」

腰を上げた真子を引き留める、むかいん。

「組長、待って下さいっ!!」
「だって…」
「もしかしたら、そのお客様とのやり取りが最終試験かも
 しれませんから……なので、明日…」
「そういうこともありなんだ。…やっぱり、厳しいなぁ、笹崎さん」
「なので、私、明日…頑張ります」
「うん。応援してるから。頑張ってね、むかいん。…いつもの通りだよ!」

真子が輝く笑顔で言うものだから、むかいんは、周りのことを忘れてしまったのか、思わず、真子を抱きしめ………そうになったところを、ぺんこうに阻止された。

「お前なぁ〜」
「あっ、いや、すまん…………我を忘れた…」

焦るむかいんだった。
そのやり取りを見ていた理子。

涼も、真子のこと好きやもんなぁ。
まぁ、涼の好きは、先生の好きとは、ちゃうしぃ。
度を超す…大切な人……やもんなぁ。
うち…妬くわぁ。

フッと笑みを浮かべる理子だった。



食事も進み、組員達の一発芸も楽しく、時間が過ぎていくのが惜しい程、楽しんでいる真子達。

「…今頃、くまはちは、どうしてるんやろ……」

ふと、真子が呟いた。

「明日には、猪熊家大集合だと思いますよ」

真北が応える。

「おじさんも安心するかなぁ」
「くまはちは、落ち着かないでしょうけどね…」

真子と真北が気にする、くまはち=猪熊家。



真子達が忘年会で楽しんでいる頃、猪熊家のリビングでは、くまはちの兄弟家族が揃い、真子達に負けず劣らず、賑やかだった。
話の中心は、久しぶりに帰省した、猪熊家八男のくまはち。
くまはちは、照れながらも、久しぶりに逢った兄弟や、すっかり大きくなった子供達と、色々と語り合っていた。


猪熊家・長男の剛一。本来なら、真子のボディーガードとして生きるはずだった。しかし、その『仕事』は、八男の八造に奪われてしまった。それには、理由がある……。

「八造さん、お部屋の用意出来ましたよ」

剛一の妻・小百合がリビングで子供達と語り合う、くまはちに声を掛けた。

「!! って小百合姉さん、自分の用意くらいは…」
「気にしないでね。ほら、和也、そろそろ寝る時間じゃないかなぁ」

和也と呼ばれた男の子が立ち上がり、

「みんな、寝る時間だから、今日はここまで」

子供達のリーダー的存在なのか、みんなに声を掛けた。

「もうちょっとお話聞きたいぃ!」
「遊びたいぃ」
「明日もあるから、それまで、とっておこうな」

八造が言った。

「はい。おやすみなさい、八造おじさん」
「おやすみなさいぃ」
「お休み。良い夢を」

八造の言葉を聞いた子供達は、名残惜しそうな表情をしながらも、お休みの挨拶をして、リビングを出て行った。

「八造おじさん」
「ん?」

リビングのテーブルの上を片付けながら、八造は返事をする。和也も手伝い始めた。

「勉強で、解らないところがあるんだけど、教えてくれへん?」
「ええけど……兄貴は? 教えてくれるやろ」
「お父さん、忙しいもん」
「しゃぁないなぁ」

何のために、俺がこの仕事を奪ったぁ思ってんねんやろ…。

「益々張り切っちゃってねぇ〜。あのひと」
「小百合姉さん…」
「弟から頂いた物は、大切にしなきゃって」
「あ、兄貴っ……」

小百合の言葉に、思わず照れる、くまはちだった。

「大丈夫やで、八造おじさん。お父さんは、忙しくても
 ちゃぁんと守ってくれるもん。寂しくないし。それに……」
「それに?」
「むかいんさんの料理で和んでるし」

いや、今、むかいんは、関係ないと思うけどなぁ。

ちょっぴり困った表情をする、くまはち。

「特別料理のこと」
「ほへ?!」
「忙しいときは、呼んでくれるのよ。むかいんさんに
 特別料理を頼んでるの」
「家庭料理をモットーにしてる兄貴が? !!! まさか…」
「……それ以上、深く考えると…許さんぞ……八造」

突然、リビングに低く響く声が聞こえた。
剛一が、ドアの所に立っていた。

「兄貴っ! …っと、タンマっ! それは、あかんって、和也くんと
 小百合姉さんの前ではぁ!!」
「問答無用! それに、慣れとるっ!」

剛一の容赦ない蹴りが、くまはちに襲いかかる。

「流石、あの人を超える敏腕ボディーガードだわぁ。
 簡単に避けてるんだもん。益々、惚れちゃうわぁ」
「……お母さん……」

くまはちに蹴りを見舞う剛一を見て、小百合は頬を赤らめていた。
小百合の言葉は、いつの間にか、リビングで手合わせになってしまっている長男と八男にも聞こえていた。

「プッ……」

思わず吹き出してしまう、くまはち。

「わ、笑うなっ」

照れ隠しに蹴りを出す剛一。それは、くまはちの腹部に決まる。

「!!!!」
「って、あんたぁ〜っ!! 八造君は、怪我をしてるんでしょう!!」
「あっ、しまった……。八造っ」
「大丈夫です」

ちょっぴり苦しそうに応えながらも、姿勢を戻した、くまはちだった。

「それより、兄貴、高校一年生くらいは、大丈夫じゃありませんか!
 和也くんに、教えることは…」
「………八造」
「はい」
「和也の学校は、どこだ?」
「中高一貫の………あっ…」
「そういうことだ。俺でも難しい」
「それなら、私も無理ですよ」
「お前なら、大丈夫や。真子さんの勉強を見てたんやろが」
「組長は、独学です」
「それでも、大丈夫や。和也、教えてもらえ」
「はい」
「兄貴っ」
「八造おじさん、ここなんだけど…」

和也は参考書を手に、くまはちに近づく。

「あぁ、これは、この公式を使って…」

なんやかんやと難しいと言っておきながら、直ぐに応えることができる、くまはち。

「やっぱし、八造やと、簡単やな」
「とか言ってぇ、あんたも解ってるのにぃ」
「……いや、ほんとに、あれは、無理や。俺…理系ちゃうから」
「そうやった…。…あれ? 八造君って、大卒だったっけ?
 確か、十六で真子さんの側に付いたんだよね。…大学に行く
 時間なんてあったっけ…」
「中学中退やけど?」
「へ? それで、あれなの?」
「それこそ、独学」
「……厄介って意味が解る気がしてきた…」
「八造」
「はい」
「明日の予定は?」
「買い物です」
「ほんまに休暇やねんな」

と剛一が言った途端、くまはちは膨れっ面になった。

「1時間だけだからね、和也。その後は就寝時間。いいね?」
「はい」
「八造君も、ゆっくり休んでね」
「ありがとうございます」
「明日、たぁっぷりとお手伝いしてもらうからねぇ」
「お任せ下さい」
「……小百合」
「はい?」
「八造は怪我人と言ったのは、誰だっけ?」
「買い物くらいは大丈夫でしょぉ」
「それくらいは平気ですよ」

ニッコリ微笑んで応える、くまはちに、何故か頬を赤らめる小百合。
剛一、思わず、くまはちに拳をぶつけ、リビングを去っていった。

「………八造おじさん」
「ん?」
「お母さんを……くどいてる?」
「えっ?????…あっ……。そんなことは無いんだけどなぁ」

流石、二枚目。
いつものように振る舞っただけなのに、その表情は、女性にとっては……。

「……次は、どれ?」
「えっと、これ…」

くまはちは、和也に優しく教え始めた。



修司が、帰ってきた。
玄関には、くまはちが姿を現す。

「お帰りなさいませ」
「八造、くつろいでおけと言っただろが」
「体に付いた何とやらですよ。三好さん、お時間大丈夫なのですか?」

修司のコートを受け取りながら、尋ねる。

「すぐに帰りますよ」

三好が優しく応えた。

「いつもありがとうございます。それと、明日は、どうされますか?」
「八造くんは、小百合さんと買い物の予定でしょう?」
「えぇ。なので、ご用があれば、一緒に買っておきますが…」
「三好は、自分で用意すると言ってたぞ」

くまはちと三好の会話に、修司が入ってきた。

「それでしたら、三好さんも御一緒にどうですか?」
「そうですね、そういたしましょう」
「かしこまりました」
「三好、御苦労さん」

修司が言うと、

「お疲れ様でした。それでは、失礼します」

三好は素早く応える。

「八造くん、明日、よろしく」
「はい。お休みなさいませ」

くまはちと修司に見送られ、三好は帰っていった。

「あとはいい。部屋でゆっくりしとけ」

短く言って、修司は、くまはちからコートを受け取り、自分の部屋へ向かっていく。

「はい」

一礼して、くまはちは二階に用意された部屋へと向かっていく。すでに子供達は眠ったのか、二階は静かだった。
部屋に入った、くまはちは、部屋着に着替えて、くつろぎ始めた。
携帯電話を確認する。
これといって、連絡は入っていない様子。
それもそのはず。

何が遭っても、くまはちには連絡するな!

真子が強く言っていたから。
フゥッと息を吐き、ベッドに寝転んだ。
傷が少しだけ疼く。
誰にも悟られないようにと振る舞っていたものの、結局、周りには知られてしまった。

俺も、まだまだか…。

自分のことは、後でよい。
まず一番に考えるべきものは………。



「ったく、ほんまに、俺の育て方、間違ったんかなぁ」

リビングには、修司と剛一の姿があった。
テーブルの上には、アルコールが用意されている。
剛一が、グラスに氷を入れ、アルコールを注ぎ、修司に渡した。

「それなら、俺も同じなんですがねぇ」

自分の飲物を用意しながら、剛一が応える。

「剛一が八造の立場だったら、同じようになってるだろな。
 五代目が嘆くのも解る」
「慶造さんが親父に対して嘆いていたことと同じでしょうね」
「剛一」

修司が低い声で呼んだ。

「なんですか」
「八造の事は、真北さんにお願いしてるんだから、その分、
 小百合さんと和也くんに、回してあげろ。八造じゃなくても心配や。
 ……八造は、そんなつもりで、お前を倒したんじゃないんだぞ」
「解ってますよ」
「解ってない」
「俺のこと、そして、小百合の幸せを考えて、俺を倒したことくらい
 あの拳で、理解しましたから」
「ったく……剛一の育て方も、間違ったかなぁ」

嘆く修司に、剛一は微笑むだけだった。

「それで、いいんですよ。…ただ…」

剛一は、そこまで言って、アルコールを一口飲んだ。

「ただ?」
「八造も俺も、親父に一番似てること、お忘れなく」
「…ちっ……だからこそ、俺が言ってるんだ」

自分のことだから、凄く解る。
修司は、そう言いたかったが、敢えて、言葉にしなかった。
それでも、剛一には解っていた……。


阿山組を守る立場である猪熊家。
慶造を守っていたのは、修司だった。その慶造に子供が出来たら、その子供を守るのは、猪熊家の子供達の役目。それは、長男である剛一が受け継ぐ予定だった。だが、剛一は、役目に就く前に、大切な人が出来た。
それが、小百合だった。
恋愛とボディーガードを両立させるには、途轍もない力と技、頭脳が必要となる。
剛一は、そのつもりだった。
小百合も、剛一の立場を理解し、生涯を共にすると決めていた。
そんな二人のことを知ったのは、くまはちだった。
くまはちは、幼い頃に体験したこと、そして、その時に抱いた感情があった。

大切な者を失う哀しさ。

それを、大切な家族に、もう感じて欲しくはなかった。
その思いを拳に込めて、最終試験の時に、剛一に向けたのだった。


剛一は、腹部をさすっていた。
そこは、あの日、くまはちから拳を頂いた場所。

「八造……。これからも、無茶をするんでしょうね」

剛一が呟くように言った。

「五代目の言葉に従いながら、無茶するだろうな」
「でも今は…」
「あぁ。心強い男達が、増えたからな…」
「剛一は、逢ったこと、あるんか?」
「いいえ。でも、凄腕だということは、八造の眼差しで解りますよ」
「相変わらず、負けず嫌いだなぁ、八造は」
「今回の帰省にも付いてきてますよ、医者として」
「ほな、美穂ちゃんが、嘆いてないか?」
「それは、どうでしょうか…。でも……医者としての腕も良いと
 耳にしたことありますよ」
「殺し屋だった男……キル……か」

そのキルの話をしているのは、他にも居た。




阿山組本部・真子のくつろぎの庭が見える縁側。
そこに腰を掛けて、酒を酌み交わしているのは、ぺんこうと真北だった。
この二人こそ、何かを秘めている。
まぁ、誰もが知っている秘め事なのだが、その事については、敢えて触れないようにしていた。

「結局、キルは来なかったなぁ」

ぺんこうが呟いた。

「真子ちゃんの言葉に忠実だからなぁ。…美玖ちゃんと光ちゃんを
 説得するのが、大変だったろ?」

忘年会に参加する約束をしていたキルは、真子と美玖が夕方寝をしている間、美穂と一緒に病院へと向かっていったのだった。

「キルは仕事…。そう言ったら、直ぐに納得しましたよ」

そっと応えるぺんこう。

「…ほんまに、美穂さんに付いていたんか?」
「えっ? …まさかと思いますが……」

キルの本能を知っているからこそ、ぺんこうと真北は心配する。

「まっ、いくらキルでも、美穂さんからは、逃れられないだろうなぁ」

フッと笑って、真北は酒を飲み干す。

「あなたでさえ、逃れられないのでしたら、無理でしょうね」
「嫌味か?」
「誉めてるだけです」

そう言って、ぺんこうも酒を飲み干した。

「なぁ、芯」

真北が呼ぶ。

「はい」
「……健から、没収したのか?」
「あいつ…俺の目をすり抜けましたよ。なので、年内には…」
「そうだろうなぁ。…しゃぁない。今回は大目に見とこか」
「そうですね。その方が……」

あなたも、嬉しいでしょうから。

ぺんこうは、そう言いたかったが、グッと堪えた。
真北こそ、誰よりも真子のことを溺愛している男であるために…。
そっと見上げる夜空には、月がぽっかり浮いていた。






12月30日。
真子が帰省してから、まだ、一日も経っていないが、この日は、とても重要な事が待ち受けていた。
真子とぺんこう、美玖の三人が揃って朝食を取っている。
昨夜は忘年会で盛り上がり、誰もが、ちょっぴり二日酔い。
それでも、仕事は、ちゃぁんとこなす組員達。

「美玖、今日は、散歩しよっか」
「はい! こうちゃんと、りこママも?」
「涼パパが、笹崎さんにお仕事言われたから、光ちゃんと
 理子ママは、お手伝いするから、今日のお散歩は、芯と
 ママと美玖の三人だよ。…寂しい?」

真子の言葉に、美玖は首を横に振り、

「ひさしぶりだね、かぞくみんなでのおさんぽ!」

嬉しそうに言った。

「何処に行こうかなぁ。芯、お奨めは?」
「真子、いいのか? 近所…」
「ん? 大丈夫やけど、何かある?」
「いや、特に…」

ぺんこうは気にしていた。
近所を散歩。それは、あの場所も通ることになる。親子で楽しめる場所は、そこしか考えつかない。

……まだ五歳だった真子と、真子の母・ちさとが、公園で遊んだ後、帰路に就いた途中での出来事。
ちさとが、真子を守って銃弾に倒れた道……。

フゥッと息を吐いた、ぺんこう。

「…芯」
「ん?」
「二日酔いでしょ? 真北さんと遅くまで飲んでたでしょぉ?」

ちょっぴり意地悪そうに真子が言った。

「気付いてた?」
「真北さんが起きてこないんだもん」
「あの人なら、夜が明ける前に出掛けましたよ」
「えっ? そうだったんだ。……休みだと言ったのにぃ」

真子は膨れっ面になる。

「でも、真子」
「はい」
「散歩は短めに。外は寒いからねぇ」
「お昼頃を予定してるんだけどなぁ。その頃なら、暖かいでしょ?」
「まぁ、そうやなぁ」

そう話している時、料理担当の組員が、ぺんこうの側にやって来た。

「デザートをお持ちしてもよろしいですか?」
「軽めでよろしく」
「それと……」

組員は、ぺんこうに、そっと耳打ちをする。

「解った。そうするよ。ありがとう」
「直ぐに御用意いたします」

組員は厨房へと戻っていく。

「どしたん?」
「真子が大阪に居た間に、この辺りもかなり変わったようですよ。
 他にも、楽しめる場所が出来たそうです」
「美玖も楽しめるかなぁ」
「みく、いきたい!!」
「ほな、行こう!」
「わーい!!」

美玖が喜ぶ。その目の前に、デザートが運ばれてきた。

「いただきます!」

真子は、デザートを見つめながら、ふと暗い表情をした。その表情を見逃さない、ぺんこう。

「大丈夫ですよ。笹崎さんも付いてますから」

真子の心配事は、解る。
むかいんの事だった。

「戻るかな……」

小さく呟く真子だった。




高級料亭・笹川では、この日の予約客への準備が始まっていた。その傍らでは、正月用のおせち料理の準備も始まっていた。むかいんが、この日の予約客の一人を任されたのは、正月に向けての準備で、料理人の手が足りなくなるからだと、伝えられていた。だからこそ、この日も……。

「女将さん、宜しくお願いします」
「よろしくおねがいしましゅ」

理子と光一も接客のお手伝いをすることに。

「本来なら、真子ちゃんと散歩しても良かったのに」

喜栄が言うと、

「真子には、親子の時間を作ってもらいたいもん。それに、いつでも
 一緒に過ごせるから、今日も、お手伝いさせていただきます」
「そう言っていただくと、助かるわぁ〜」

喜栄は、凄く喜んでいた。

「その…女将さん」
「ん?」
「涼が任された大切なお客さんですけど、もしかして…」
「最終試験…って、あの人が言ってたけど…」
「もし、何か遭ったら…どうなりますか?」

理子は心配顔で尋ねる。

「大丈夫よ。いつものようにすれば、いいだけだから」
「それなら、少し安心です。では、部屋のチェックしてきます」
「最初のお客様は午前十時ですので、そちらから先にお願いします」
「かしこまりました!」
「かしこまりゃぁた!」

理子の真似をして、光一も元気よく返事をした。
そして、理子と光一は、慣れた感じに、各部屋のチェックを始めた。その様子を伺っている喜栄は、

「昨日の今日で、どうして、こんなに出来るんだろ…。凄いわぁ」

感心していた。
一台の車が、駐車場へと入ってきた。その車からは、笹崎とむかいんが降りてきた。むかいんは、トランクから荷物を手に取り、厨房へと入ってきた。

「お疲れ……って、涼、どれだけ買ってんだよ!」
「あっ、すまん…つい、いつもの癖が…」
「癖って、まさかと思うが、真子さんの分も?」
「心配でな…」
「その心配は要らんと言っただろが。あいつらは慣れてるんだから」
「解ってるけど、やっぱり、俺の腕は…」

そう言いながら、買い出した食料を片付けていく、むかいん。

「それより、今日は、本当に悪いな。こっちでは、ゆっくりと
 して欲しいのになぁ」
「気になさらないでください。恐らく、ジッと出来なかっただろうし…。
 それにしても……おせち料理の宅配なんて、いつ始めたんですか…」
「五年前から。今はネット社会だろ。遠くから来たお客様が、どうしても、
 忘れられない味だからと言ってだな、それが、どんどんふくれあがって
 宅配することになってだな…。まぁ、味の質も関わるから、遠くまでは
 難しいけどな」
「そうでしたか。出来る限り、お手伝いさせていただきます」
「よろしく」

むかいんは、この日の予約客と料理の確認をする。そして、材料を用意し、下ごしらえから始めた。誰も指示をしなくても、直ぐに行動する、むかいん。流れるような作業に、思わず見とれてしまう料理人達だった。

「涼ちゃん」

喜栄が厨房へ顔を出す。

「はい」
「理子ちゃんと光ちゃんは、今日も接客の方をお願いしてるから、
 心配しなくてもいいからね」
「ありがとうございます。何か遭ったときは、叱ってください」
「叱るとこ、探しとくぅ」

そう言って、喜栄は去っていった。

「涼、本当に、いいのか?」
「ん?」
「女将さん、本気だぞ」
「ちょっとのことでは、へこたれないって」

むかいんは、包丁をくるりと回して、食材を切り始めた。
その音は、とても軽快。耳に入ってくるだけで、心も弾む、そんな音だった。




時が過ぎ、一番目の予約客が来た。
丁重に迎え、案内する。その後、団体客がやって来た。笹川で、忘年会をするらしい。入ってくるなり、賑やかになる団体客。直ぐに、奥の間へと案内した。


新たな客が来た。一組の夫婦だった。
少し緊張した面持ちで、暖簾をくぐってくる。

「お待ちしておりました」

喜栄が丁寧に挨拶をし、

「こちらです」

予約部屋へと通す。

「ようこそ、お越し下さいました。本日は…」

喜栄が説明をしている間、厨房に従業員が向かう。

「涼、お客様」
「はいっ。すぐに!」

元気よく返事をした、むかいん。
その声は、なぜか、厨房中に緊張感を漂わせた。

誰もが、むかいんを見つめる。

むかいんは、いつものように、準備を始めていた。
前菜が出来上がり、むかいんが手に、厨房を出て行った。

始まった……。

固唾を飲み込む料理人達。
知らぬは、むかいん本人だけ。
この日の、この行動は、むかいんの為に用意されたもの。
そうとは知らず、むかいんは、一組の夫婦が待っている部屋へと、前菜を持ってやって来た。
ノックをする。

「失礼します。前菜をお持ちしました」

戸を開け、むかいんが部屋へ入っていった。



(2010.5.15 序章 喜び 第六話 改訂版2014.12.29 UP)



序章 第七話



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