任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

序章 喜び
第七話 その瞬間。

阿山組本部・真子の部屋。
真子と美玖は、朝食を終えた後、部屋でくつろいでいた。
ドアがノックされた。

「はい」
『白井です』
「あっ! すぐに行くよ」

真子は忘れていたらしい。
白井の声を聞いた途端、ドアに歩み寄り、廊下に出た。美玖も一緒に付いてくる。

「おはようございます」
「おはよう」
「おはよぉござぁまっ!」

白井と真子に続いて、美玖も元気よく挨拶をした。

「おはよう、美玖ちゃん」

白井は笑顔で応える。すでに、帰省する恰好をしていた。

「荷物ですが…」
「こっち」

そう言って、真子は隣の部屋のドアを開け、ドアの直ぐ側に置いてある段ボール箱三つを指さした。

「大阪に向かった際、持って行かなかったんですか?」

あまりの多さに驚く白井。

「帰ってくる時があったんだもん。それに、まさかの出来事で
 ここに荷物があるなんてこと、すっかり忘れていたし…」
「すみません……」

まさちんが亡くなった…と言われていた頃、一時だが、真子は、亡くなったまさちんを追いかけていこうとした事もある。その話も、組員から聞いていた白井は、真子の事を思い、思わず謝ってしまった。

「もう大丈夫だって。まさちんは生きているんだからぁ」
「はい。では、こちらを………って、真子さん…」

段ボール箱を持ち上げようとした白井は、何かに気付く。

「ん?」
「………お歳暮って………」

段ボール箱には、でかでかと『お歳暮』と書いてあった。

「なんとなく、お歳暮っという感じやんかぁ」
「………そ、そうですね…。でも、年が明けてから…に
 なる可能性もございますが…」
「いいの、いいの、気にしないぃ。……って、大丈夫???」
「これくらいは、平気ですよ」

白井は、段ボール箱三つを軽々と持ち上げた。

「では、真子様、本年は、色々とありがとうございました。
 来年も、宜しくお願い申し上げます」
「私の方こそ、色々とありがとう。来年は、もっと厳しくなると思うけど
 頑張って下さい」
「はっ。あの方にも、伝えておきます。美玖ちゃんの事もね!」

美玖に笑顔を向けた白井。

「はい! きをつけてください、しらいさん」
「ありがとう。では、失礼します」

白井は、真子と美玖に見送られて、去っていった。
暫くして、一台の車が、阿山組本部を出て行った。

「さてと。美玖」
「はい!」
「芯が戻ってきたら、出掛けるぞぉ」
「パパは、ジョギング!!」

ぺんこうは、朝の日課となっているのか、ジョギングに出掛けていた。
それは、周りの様子を伺う為でもあり、散歩する先を調べることも兼ねていることは、真子と美玖には内緒だった。


ぺんこうが帰ってくるまで、真子と美玖は、厨房でお弁当を作っていた。
寒空の下のピクニック。
ただ単に、時間が余っていることもあり……。
本来なら、本部に戻ると同時に、本部での仕事を予定にしていた。
しかし……。

「組長っ!! 折角の帰省に、仕事は駄目です!」

と、山中に強く強く言われてしまった。
山中が強く言うには訳がある。
真子が事細かく指示を出すことがあり、それには、付いていけない本部の者達。
本来なら、そこまで細かくすべきなのだが…。



「では、行ってきます!!」
「行ってらっしゃいませっ!」

真子とぺんこう、そして、美玖が、組員や若い衆に見送られて、散歩に出掛けていく。

「親子だなぁ」
「親子ですね…」

真子達の後ろ姿を見つめながら、組員達は呟いた。



真子達は、本部を出て、右に向かって歩いていった。本部の横にある高級料亭・笹川の前を通ることになる。真子は、ちらりと料亭の方を見た。

「もうすぐだよね…予約の時間」
「そうですね。…大丈夫ですよ」
「うん……」

真子達が過ぎて、暫くすると、一組の夫婦がやって来た。
笹川の暖簾をくぐっていく……。



高級料亭・笹川の一室。
先程の夫婦は、この一室に通された。喜栄がお茶を出し、部屋を出て行く。
少し緊張した面持ちで座る二人は、ゆっくりとお茶を飲む。
ドアがノックされた。

『失礼します。前菜をお持ちしました』

むかいんが戸を開けて入ってきた。
部屋で待っていた夫婦を観て、むかいんは、驚いたような表情をする。

「えっ??? どうして、こちらに?」
「あれ? 向井料理長………」

その夫婦こそ、むかいんの店に、真北と一緒に何度か来ている客だった。

「お二人は、大阪にお住まいじゃなかったんですか?」
「大阪に知り合いが居るんですよ。訪れた時に、真北さんと
 一緒にお伺いしていたんです。私たちは、元々、この地方に
 住んでいるんですよ。いやぁ、びっくりしましたよぉ。まさか
 料理長がこちらに居られるとは…」
「私も、びっくりしました」

驚きながらも、むかいんは、前菜を並べていく。

「それでしたら、予定を変更してもよろしいですか?」
「変更?」
「えぇ。いつものように、心が和む料理を御用意させていただきます。
 今年一年の疲れが吹き飛ぶように、時には、楽しい思い出を振り返ったり
 嫌な事は、吹き飛ばせるような、料理です。本日、おやっさんから
 お聞きしている内容よりも、いつもの料理の方が、よろしいかと思いまして…」

むかいんは、二人に気遣う。
それもそのはず。
むかいんの店に来るときは、毎回、真北と一緒だった。真北が一緒ということは、真北の仕事絡みで何かがあったのだと、そう考えられるからだった。

「料理長にお任せしますよ」

主人が優しく応えた。

「ありがとうございます」
「それと…」
「はい?」
「懐かしい味を追加していただけませんか?」
「懐かしい味ですか…」
「えぇ。料理長にとって、懐かしい味で構いません」
「私にとって、懐かしい味ですか…。かしこまりました。
 では、次の料理に取りかかります。暫くお待ち下さいませ」

むかいんは、部屋を出て行った。
夫婦は、顔を見合わせる。
ちょっぴり不安げな表情だった。



むかいんが厨房に戻ってきた。
何やら考えているのか、周りの料理人達に声を掛けられても、答えようとはしなかった。

「おぉおおい、涼……。駄目だ、完全に入ったみたいだな」
「まぁ、仕方ないか。涼の思うようにさせてあげようや」
「そうだな」

むかいんは、次の料理に取りかかる。
それが、予定の物とは違っていることに、誰もが気が付いた。しかし、むかいんに任せている為、誰も口を出せずにいた。

懐かしい味……か…。

次の料理が出来上がった。

「パパ、これをもっていくの?」
「ん…? あっ、光一」

光一が来たことにも気付かないほど、真剣に何かを考え込んでいた。

「おてつだいだもん」
「涼、大丈夫?」

理子が心配げに声を掛けてきた。

「あ、あぁ。大丈夫やけど。俺が任されたお客さん、店に来ていた
 真北さんの知り合いだった」
「そうなん? えっ? あのご夫婦、大阪から、わざわざ?」
「いいや、こっちにお住まいだそうだ」
「ほな、大阪に、わざわざなん?」
「知り合いが居るらしいねん。で、予定変更。懐かしい味を追加された」
「懐かしい味? それなら、いつもの、あれは?」

理子が言うと、むかいんは、何かを思い出したような表情になった。

「そっか。それにしよう」

そう言って、むかいんは三つ目の料理に取りかかった。

「これ、持って行くで」

理子が声を掛けると、

「よろしく」

むかいんが、短く応えた。

「いってきます!」

理子と光一が、むかいんの料理を持って、厨房を出て行った。

あれなら、いけるかも!

むかいんの腕が、リズミカルに動き出した。

本領発揮。

むかいんの姿を初めて見る者達は、思わず見とれてしまう。
無駄のない動き、流れるような動き。
見ているだけで、勉強にもなる。
前日、笹崎から聞いた者達は、仕事の手を止め、むかいんの動きを一つ残らず見逃さないようにと見つめていた。


理子と光一が、二つ目の料理を持って、やって来た。

「失礼します」

そう言って、理子と光一が入っていく。

「二つ目の料理をお持ちしました。お久しぶりです。お元気でしたか?」
「あら、理子さんまで。光ちゃんも」
「はい。涼の帰省ですので、一緒に。この時期、大阪を離れるのは
 珍しいことなんですよ」
「そうですよね。あら? 料理長、もう作ってくださったの?」
「えぇ。ご依頼の懐かしい味を考え中ですけどね」

理子が微笑んだ。

「いつもの通りにお願いしたいのですけど…無理かしら…」
「大丈夫ですよ」
「では、いただきます」

夫婦は箸を運ぶ。
一口、口にしただけで、表情が和らいだ。

「おいしい」
「それでは、どうぞ、ごゆっくり」

理子と光一は部屋を出て行った。
夫婦は、むかいんの料理で、心を和ませていった。


「そういや、 あのご夫婦のお名前、聞いたことなかったなぁ」

呟きながら理子は厨房に戻ってきた。

「どうだった?」

三つ目の料理の仕上げに入りながら、むかいんが尋ねると、

「いつもの通りやで。和んどった」

理子が優しく応えた。

「名前?」
「そう。お店の常連さんやけど、名前で呼んだこと無いなぁと
 思ってん。涼は知ってるん?」
「いいや。三つ目持っていた時、それとなく聞いといて」
「うん。……って、笹崎さんからは、聞いてないん?」
「大切な客…としか教わってないし、札にも書いてない」

むかいんが指をさした所には、予約客の名前と部屋、部屋の使用予定時間、そして、コースの名前が書かれている札が下がっていた。しかし、むかいんが担当している客の名前は、『VIP』とコース名しか書かれていなかった。

「尋ねたら、あかんのちゃうか…」

理子が、色々と考えた末、たどり着いた答え。
真北絡みは、個人的な事は証すことは、出来ない。
真北と笹崎は、昔なじみ。
それらをひっくるめると、本当に『シークレット』なんだろうと…。

「でも、それとなく、聞いとくで」

自信たっぷりに理子が言った。

「よろしく」
「ところで、懐かしい味、大丈夫なん?」
「ここには、あらゆる食材が揃ってるし、今日の夕食の分を
 買い込んできたから、大丈夫」
「ほな、夕飯は、隣?」
「まぁ、そうやなぁ」
「真子の許可は下りてないと思うけど…」
「強引に行く」
「…怒られても知らんでぇ」
「大丈夫……って、組長の予定を聞いてない!!! もしかして、
 仕事をしてるのでは…」
「親子で散歩しておられますよ」

厨房にやって来た竹野が言った。

「そうだった。…周りは?」
「ぺんこう先生が、朝のトレーニングの時に、チェック済み。
 ついでに、八造くんも加わったらしいよ」
「うわぁ〜、あの秋の二の舞ちゃうんか…」
「八造くんは、一家の食事の買い物に出掛けてるそうです」
「………って、竹野さん」
「はい」

むかいんに呼ばれて、得意満面に返事をする竹野。

「何も、そこまで…」
「癖…ですね」
「でも、夕飯の事は、聞いてないんですね?」
「聞いておきます」
「お願いします」
「ほな、持って行くでぇ、涼」

理子が会話に入るチャンスを伺っていたのか、話が切れた時に、空かさず声を掛けた。

「あっ、ごめん。よろしく」
「光一、行くよ」
「はい!」

元気よく返事をした光一と一緒に、理子は三つ目の料理を持って行く。

「涼」

竹野が呼んだ。

「はい」
「シークレットなのに、いいのか? おやっさんの怒りに触れる」
「そっか……それこそ、真北さんの許可が必要かもしれんな…」
「理子さんが、聞き出せないことを祈るよ」
「すみません……」

そして、竹野は厨房を出て行った。
むかいんは、四つ目の料理に取りかかる。


理子と光一が、夫婦の部屋に料理を運んできた。

「失礼します。次をお持ちしました」

理子が料理を並べ、光一がお茶を注ぎ足す。

「光ちゃん、ありがとう」
「ごゆっくり、おくくろぎください」

ちょっぴり言葉を間違ったが、そこはご愛敬。
夫婦の妻が、微笑んだ。
光一は、妻の顔を、じっと見つめる。

「パパ?」
「えっ?」
「パパに、みえた」
「パパというのは、料理長のこと?」

妻が尋ねると、光一は大きく頷いた。

「あの…失礼ですが、今まで、お二人のお名前をお聞きしたことが
 ないので……、その……今更なのですが、教えていただけませんか?」

理子の言葉に、夫婦は顔を見合わせ、ちょっぴり不安げな表情を見せた。

「あっ、いや、すみません。…その…お聞きしてはいけなかった…」
「……い……美涼(みすず)です。主人は、光也(みつや)です」

美涼と名乗った妻は、理子が言い終わる前に言った。

「すみません、名字を聞きそびれてしまいました」
「…向井です」

言いにくそうに、小さく名乗った美涼。

「えっ??????」

理子は驚いた。




真子達親子が、自然が多い公園に到着。

「……流石に、少ないなぁ」

ぺんこうが呟いた。
それもそのはず。
この日は、年末でも、かなり忙しい時期。一年の終わりで忙しく、新年の準備もあるため、誰もが家の中…なのだが、家のお手伝いをしない者達が、足を運んでいる可能性もある。
まばらな人々の中、真子達が公園に入ってきた。
空いているベンチに腰を掛ける。

なんだか、懐かしい感じがする…。

真子は、ベンチの側にある大きな木を見上げた。

「ここ、管轄らしいですよ」

ぺんこうが、そっと真子に言う。

「……知らんかった。でも、書類で見たことないのに」
「実は、ちさとさんの実家があったところだそうです」
「お母さんの実家?」
「えぇ。調理担当の組員が、そっと教えてくれました。
 道路を挟んだ向こうにも続いている公園。そこは…」
「黒崎さんの土地だった…」
「真子、知ってた?」
「……竜次に聞いたことがある。……あの日…」

真子は、そう言ったっきり、言葉を発しなくなった。

まずかったかな…。

ぺんこうは、真子の心を理解している。今は形が変わり、自然公園となった場所だが、元は、真子の母・ちさとの実家があった場所、そして、阿山組と敵対していた黒崎組があった場所。
黒崎組との因縁は、かなり昔から続いていた。
その因縁を断ち切ったのは、真子だった。しかし、それまで、色々な事があった。それは、想像を絶する程の事。

ぺんこうは、ちらりと真子を見た。
真子は、黒崎組があった方を見つめていた。そこは今、自然の多い公園。
そこを見つめながら、真子は何を思っているのか。
ぺんこうでも、まだ、真子の心を掴みきれない所があった。

「山中さん……黙ってるなんて、ずるいなぁ」

そう言って、真子は微笑んだ。

「本当に、お母さんのこと、いつまでも……」

フッと空を見上げた真子。そこには、冬とは思えないほどの、清々しい青空が広がっていた。

「おばあちゃんの、じっか?」

美玖が真子に尋ねた。

「そうみたい」
「どうして、こうえんなの?」
「私のお父様と結婚したから、ここに住まなくなって、
 大好きだった自然を一杯にしたかったのかなぁ」
「すてきだね!! おばあちゃん」
「うん」

美玖の笑顔に負けないくらい、真子も笑顔を見せていた。

ほんとに、大丈夫なんだな。
自然のお陰かな。

母と子の笑顔を観て、ぺんこうは、心を和ませていた。

「真子、美玖。少し散歩しよっか」
「はい!」

真子と美玖は、同じように元気よく返事をした。
ぺんこうは、真子の荷物を手に立ち上がり、歩き出す。美玖と真子は、ぺんこうを追って歩き出した。
季節は冬。寒いはずなのに、心は温かい。
自然が多い公園。季節毎に咲く花が植えられていた。




高級料亭・笹川の厨房。
むかいんは、四つ目の料理を作り終えた。
三つ目の料理の空き皿が届く。

「あれ? 理子と光一は?」
「お客様と話が弾んでいるようです」

従業員が、そっと答える。

「ったく。まぁ、ええわ。これ、よろしく」
「はい」

四つ目の料理を手にした従業員は、すぐに厨房を出て行った。従業員を見届けた後、むかいんは、五つ目の料理=メイン料理に取りかかる。

懐かしい味……。

気合いを入れ直した、むかいんの手の動きは、本当に誰もが見とれる程、美しく、そして、リズミカルだった。
その様子を、笹崎が静かに見つめていた。



四つ目の料理の空き皿が届く。
またしても、先程の従業員が持ってきた。

「……まさか、まだ、話し込んでいるんじゃないだろうなぁ」
「…その…まさかです…」

むかいんの凄みに、思わず、たじろぐ従業員。

「涼、脅かすな」

他の料理人が声を掛けた。

「お客様は、心を和ませたくて、来て下さってるのに、
 関わりのない者が、話し込むのは良くない」

流石、むかいん。
先輩の料理人に対して、臆することなく、自分の意見をぶつけていた。

「ったく、相変わらずだな、涼は」
「俺自身、変わってませんよ」
「まぁ、そこが、お前の良いところだけどな。…確かに、
 涼の言う通りかもしれないが、お客様の方が、一緒に居て欲しいと
 頼まれた可能性もあるだろ。大阪の店の常連さんなら、尚更だろ」
「そうですが……。……俺が、持って行きます」
「待て、涼」

凄みを利かせた時の雰囲気そのままで、料理を手に持ったものだから、料理人が思わず引き留めた。

「大丈夫です。お客様の前では、怒りませんから」

そう言って、むかいんは厨房を出て行った。

「おいおいぃ、お前なぁ。順番があるだろがっ」

料理人の怒りは、従業員に向けられた。

「すみません。…でも、理子さんも光一くんも、お客様と
 和んでおられたので、何も言えなくて…」
「もしかしたら、名前……」
「…かもしれません…」
「涼…大丈夫かな…。記憶が戻る時は、危険だと聞いた事がある。
 もし、今、急に戻ったら…」
「おやっさんが、付いていきました…」
「………これは、俺たちが口を挟めないな」
「えぇ」

料理人と従業員は、むかいんが向かった方を見つめていた。



むかいんは、夫婦の部屋の前に来た。
笑い声が聞こえてくる。それも、光一だけでなく、理子の楽しそうな笑い声まで…。

ったく…。

むかいんは、ノックをして、戸を開けた。

「失礼します。メイン料理をお持ちしました。懐かしい味に
 仕上げました。どうぞ」

料理をテーブルに並べながら、理子と光一に目で合図する。
光一は、夫婦の妻・美涼の膝の上に座っていた。

「すみません、お客様。うちの息子が…」
「いいのよ、料理長。ねぇ、光ちゃん」
「はい!」
「料理長、懐かしい味の説明をお願いしてよろしいかしら?」

美涼が言った。

「はい。私自身、いつの間にか作っていた料理です。実は、
 ある事件から、私自身、過去の記憶を失ってまして…。
 理子に言われるまで、気付かなかったのですが、
 店で出すものでもなく、真子さんの為に作る料理でもなく、
 理子と光一の二人に作ろうと思った時の味です。
 私自身、口にすると、懐かしい物を感じました………」

むかいんの話に、美涼と光也は耳を傾ける。
美涼の目に、うっすらと涙が浮かんだ。むかいんは、それに気付く。

しまった…触れてはならない所だったか…。

思わず話を止めた。

「おばあちゃん、どうしたの?」

光一が、美涼を見上げながら言った。
その言葉に、むかいんが反応する。

「光一…」
「いいのよ、料理長。光ちゃんからみたら、私は、おばあちゃんだから」
「うん」
「光一、降りなさい」

むかいんの言葉に従うかに思えた光一だが、美涼にしがみついてしまった。

「すみません…お客様…」
「では、いただこうかしら」

美涼は、その場の雰囲気を変えるかのように言って、料理を口に運んだ。

「これが…懐かしい味…ですか…」
「はい。…お口に…合いませんか?」
「凄く……合いますよ。だって……」

何かを言おうとして、美涼は口を噤んだ。そして、膝の上に居る光一を、ギュッと抱きしめる。

「あの…」

美涼の行動に疑問を抱いた、むかいんは、ちらりと理子に目をやった。

一体、何を話してたんだよ…。

むかいんの目は、そう語っていた。

「昔話に花を咲かせただけやん。涼の面白い話もしてたんやけど、
 あかんかった?」
「あまり深くお聞きするのは、真北さんに怒られるだろがっ」

思わず口にした、むかいん。

「大丈夫ですよ。真北さんは、怒りませんよ」
「本当に、申し訳御座いません!!」

むかいんは、深々と頭を下げた。

「理子、仕事は?」
「休憩」
「あのなぁ。……二人の分も追加しよか?」

理子に言いながら、むかいんは夫婦の顔を見る。
むかいんの懐かしい味の料理を口にする度、目に涙を浮かべていた。そして、表情は、今まで以上に優しく、まるで、遠く懐かしいものを思い出しているような、そんな感じだった。

「あの…申し訳ありませんが、二人も一緒に、食事をしても
 構いませんか? 昼食の時間が近づいてまして…」
「えぇ。その方が、私たちも和めますから」
「ありがとうございます。光一、何がいい?」

切り替えが早い、むかいん。美涼の言葉に甘えるかのように、光一に言った。

「これがいい」
「ったく…直ぐに作ってくるから。お利口さんにしてるんだぞ」
「はい」

元気よく返事をして、美涼の膝の上で姿勢を正した。

「理子も一緒でええか?」
「…うん…」

理子の返事を耳にして、むかいんは部屋を出て行った。
何か煮え切らない表情をする理子に、

「まだ…無理だと思う。それに突然言ったら、それこそ
 混乱するかもしれないから」
「……すみません。………でも、真子も教えてくれてもええのにぃ」

理子は思わず、膨れっ面になる。




お弁当を広げて、親子で楽しい時間を過ごしている真子達。

「ハックション…」

真子が、くしゃみをした。

「真子、大丈夫か?」
「…大丈夫。…もしかしたら、理子に、ばれたかもしれない」
「それなら、むかいんも…」
「う〜ん、それは、違うかも…。理子が、私の行動を怒ったかも…」
「今日のことを言わなかった……」

ぺんこうの言葉に、真子は、そっと頷いた。




むかいんは、懐かしい味の料理を作り、再び、持って行く。
戸を開けて、理子と光一の前に並べた。

「デザートは、どうされますか? いつものデザートを準備できますが、
 いつ頃、お持ちいたしましょうか?」
「理子さんと光ちゃんが食べ終わった頃で、構いませんよ」

涙を浮かべていた時とは違い、輝かんばかりの笑顔で、美涼が応える。

あれ?

むかいんは、美涼の笑顔に、何かを感じた。
なんとなく、観たことがある笑顔。
大阪の自分の店で見せていた笑顔とは違う。
まるで、自分を観ているような、そんな感覚があった。

そういえば、このお客様の顔を、ここまで良く観たこと、無かった。
理子が、名前を聞くと言ってたけど、聞いたんだろうか…。

むかいんは、ちらりと理子を観る。
理子は料理を食することに夢中だった。まるで、何かを口止めされているかのような、勢いのある食べっぷり。

「理子、何か…隠してるのか?」

むかいんの言葉に、理子は首を横に振る。

ったく…。

むかいんは、意を決して、気になることを尋ねる。

「あの…実は、お恥ずかしい話で、大変恐縮なのですが、
 お二人を存じ上げているものの、今までお名前をお聞きしたことが
 無かったのです。これを機に、お名前を、お聞きしたいのですが…、
 差し支えがなければ…」

むかいんが言うと、夫婦の動きが停まった。

「重ね重ね、すみません!!!」

二人の行動を素早く察知し、むかいんは、直ぐに謝った。

「美涼さんと光也さん」

理子が応える。

「……理子…尋ねてたんだな…」
「うん。素敵なお名前でしょ?」
「そうですね。私は、向井涼と申します」
「存じてますよ、料理長」
「あっ、そうでした」

店に来た時に、既に名前を告げていたことを思い出した、むかいん。

「そういうところは、昔っから変わらないのね…」

思わず口にした美涼。それは、自然と出た言葉だった。

「涼って、しっかりしてるようで、うっかりしてるとこあるもん」

理子も言った。
美涼と理子は笑っていた。

「そんなに笑わなくても…」

思わず膨れっ面になる、むかいんだった。

「それでは、デザートの準備に入ります。理子、お茶」
「はいなぁ」

思わず、健と同じような返事をしてしまう理子だった。
むかいんは、空いた皿を重ねて、部屋を出て行った。

「……なぁ。口にするのは危険だろ」

光也が言った。

「えっ? 私、何か言ったかしら…」
「昔っから変わらない…って、涼に言った」
「…あっ。…すみません。気付かなかったわ…」
「うちも…」

どうやら、美涼と理子は親子として、楽しく話し込んでいたようで、いつの間にやら打ち解けていた様子。それだから、ついつい、むかいんに対して、昔のように息子と話している感じで話した美涼。そして理子も、いつものように話してしまったらしい。

「でも、涼…気付いてなかった…」
「そうだったね…」
「やっぱり、戻らないのかな……」

理子の表情が暗くなった。



むかいんが厨房に入ろうとした時だった。

「涼」

笹崎に呼び止められた。

「はい」
「…何をしてる?」
「申し訳御座いません。任されているとはいえ、勝手に
 コースを変更してしまいました」
「流れは変えてないのなら、怒りはしないが…」
「ありがとうございます」
「……顔馴染みだが、お客様だということを忘れるな」
「心得ております」
「最後まで、頼んだぞ」
「はっ。失礼します」

笹崎に深々と頭を下げ、むかいんは厨房へと入っていった。

戻らず…か…。

笹崎は、短く息を吐いて、厨房を離れていった。


厨房に入ると直ぐに、むかいんはデザートの用意を始めた。

みすずさんとみつやさんか…。

二人の名前から連想する心和むものを考え始めた。
二人の雰囲気、そして、穏やかな表情。
どこかしら、懐かしく感じる笑顔。
それらを思い浮かべながら、むかいんはデザートを作り始めた。
理子と光一が好きなものも飾り付ける。

「……っ!!」

突然、頭痛が起こった。思わず顔をしかめる、むかいん。

…無理が、たたったか…。

どうやら、帰省する為に、前の日まで、いつも以上に仕事をしていたらしい。それが、今になって、体調に現れた。あの事件から、軽い頭痛はあった。だが、その事を口にすると、凄く気にする人が居る。周りに居る男達に知られても、その人だけには、知られないようにと過ごしていた。
その後、それは納まっていた。

なのに、今になって…。

むかいんは、盛りつけの手を止め、目を瞑る。

「涼、どうした?」

他の料理人が、そっと声を掛けてきた。

「無理してるなら、少し休んでからにしろよ」
「ありがとうございます」

料理人に支えられながら、むかいんは、少し離れた所に腰を掛けた。

「後は、あれを盛りつけるだけか?」
「はい」
「その後、持って行くから、落ち着くまで休んでおけよ」
「持って行きますから…」
「真子さんに気付かれたら、大変だろが。夕食作るんだろ?」
「そうでした。…でも、少し痛むだけなので、大丈夫です。
 久しぶりの頭痛だったので…」

そう言って、むかいんは立ち上がった。料理人が最後の盛りつけをしたのを見て、むかいんは料理を持って行く。

「片付けるから、持って行ったら休んでおけよ」

むかいんの後ろ姿に声を掛ける料理人だった。



むかいんは、デザートを手に、部屋に向かって行く。
戸をノックして、

「失礼します。デザートをお持ちしました」

部屋に入っていった。
光一は、夫婦にすっかり懐いていた。

「光一、デザートだよ」
「はい! いただきます」

ちょこんと座ったのは、光也の膝の上。

「ったく…みつやさん、すみません」
「あのね、パパ」
「ん?」
「おじいちゃん、こういちとおなじだって」
「同じ?」
「ひかるっていう、かんじが いっしょだって」
「光る也(なり) と書いて、光也と言うんですよ。光一くんと同じだなぁと
 話していたんですよ」
「おばあちゃんは、パパとおなじだよ?」
「おなじ?」
「美しい涼しいと書いて、美涼です。すずの部分が料理長と同じですよ」
「そうだったんですか。美涼さんと光也さん。漢字はお聞きしなかったのですが、
 お二人の雰囲気から、デザートを作りました。お二人の穏やかな表情と
 美涼さんの笑顔が、どことなく懐かしいのと、光也さんの雰囲気が
 優しく感じたので、このように作りました」

むかいんが差し出したデザートは、とてもシンプルだった。しかし、そこには、優しさと心和むものを感じる何かが現れていた。

「本当に、ありがとうございます、料理長」

光也が、そっと言った。

「懐かしい味、そして、私たちを現したデザート。これは、料理長だから
 出来ることですね。……嬉しい」

そう言って、涙ぐんだ美涼。流れ出した涙をそっと拭く、その仕草に、むかいんが何かを感じた。

あれ? どこかで……。

ふと過ぎった何かの景色。耳に響く言葉。

〜ママと同じ漢字だもん。似てるに決まってるだろぉ〜

光一の声。いや、少し違う。それは、自分の声だ。

ぐらりと何かが動いた。

「…っ!!!」

再び頭痛が襲ってきた。

なんだ、この違和感は…。今までに無かった。

頭の中で、何かが弾けた感覚が起こる。







突然、目の前に見えたのは、天井だった。
遠くで声がする。
それは、くまはちとまさちんの声。自分の名前を叫んでいる。
くまはちが、倒れた。
まさちんも倒れる。
硝煙の匂いが、漂う。
横を見た。
床に流れ広がる赤い物。それが、自分の頭から流れ出していることに気が付いた。

駄目だ。もう……。

そう思った時に、走馬燈のように思い出す記憶がある。

お父さん、お母さん……。





えっ? 父と……母…?

あの日、自分が頭を撃たれた時、意識が遠のく中、走馬燈のように駆けめぐった記憶に、つい今しがた見ていた顔があった。
むかいんは、自分の口に手を当てた。そして、あの日、怪我をした頭の部分に手を当てる。
傷跡は無いのは、当たり前だった。

真子が持っていた特殊能力。
それは、傷を治す青い光と凶暴な行動を起こす赤い光。
むかいんは、瀕死の状態の時に、青い光を受けた。
傷は消え、脈も戻った。その後意識も戻ったが、その時に失われたものがある。
それは、過去の記憶の一部だった。撃たれた場所が、その記憶を納めていた場所だったのだろうと、主治医・橋が言った。そのことを、真子が気にしていた。

むかいんが失った記憶。
それは、自分にとって大切な者の一つ……両親の記憶だった。

目の前に居る夫婦。
その夫婦が、あの日に駆けめぐった記憶の中にある。
失ったのは、両親の記憶だけでなく、撃たれた時の前の記憶もだった。
もちろん、撃たれた瞬間の記憶も…。
なのに、今、その時の記憶が蘇った。

失った記憶が蘇るとき、激しい頭痛が起こる。

主治医から聞いた言葉。
確か、組長の記憶が戻った時も、激しい頭痛が…。

まさか、そんな…。

むかいんは、二人を見つめた。

「涼??」
「パパ…?」

むかいんの変化に気付いた理子と光一が、むかいんを呼ぶ。
しかし、むかいんは、頭を抱えたまま、一点を見つめるだけだった。
むかいんの脳裏に、色々な場面が過ぎっていく。
父と過ごした日々、母と一緒に台所に立ち、初めて料理を作った日のこと、料理学校に行くと言った日のこと、父との喧嘩、そして………。
むかいんは、光也と美涼に目をやった。

まさか、この二人が………。

むかいんは、突然、立ち上がり、部屋を飛び出した。

『涼っ!!』

理子の呼ぶ声が聞こえたが、むかいんは、戸を閉めた途端、震え出す。

こんな大切な事を、失っていた!!!!

むかいんは、何処かへ向かって駆け出した。



(2010.5.31 序章 喜び 第七話 改訂版2014.12.29 UP)



序章 第八話



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