任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

序章 喜び
第八話 復活第一弾・喜び

自然が多い公園で昼食を終えた真子達は、後片づけをして、荷物を手に持った。

「忘れ物、無いね?」
「はい!」
「では、散歩!」

そう言って、張り切って歩き出すのは、真子と美玖だった。

「真子ぉ、美玖ぅ、食後の休憩はぁ?」

少しだれた感じで、ぺんこうが言うと、

「噂の噴水に行くの!」
「ふんすい、いくの!」
「はぁい」

お弁当を食べているときに、目の前を通り過ぎた親子連れが、噴水の事を楽しく語っていた。耳を澄ますと、水の音が聞こえてくる。楽しい雰囲気の噴水なのかなぁと、真子と美玖が話していた。
そして……。


噴水の前に到着した真子達は、絶句。
噴水の水の出方が、とてもユニーク。見ていて和む感じだった。
そして、その側にある銅像。いや、銅像というか、ちゃんと色が塗られているから、人形というべきか。銅像の上に色が塗られたような感じだった。その顔を良く見ると……。

「ママ……」
「うん。ママだ…」

どうやら、真子…いや、真子の母・ちさとに似ているらしい。いや、似ているというか、そのものだった。

「………後で、山中さんに聞く…………」

少しドスが利いた感じで、真子が言った。

「聞かなくても、山中さんの心の現れだと思うけどな…」

ぺんこうが優しく言う。
真子の家庭教師として住み込んでいた頃、慶造から聞いたことがあった。

勝司の奴こそ、真子の為に命を投げ出し兼ねん。
真子には、ちさとの面影があるからな…。


山中の家系は、ちさとの実家に仕える家系だった。
しかし、山中は、父とは離れて過ごしていた為、ちさとの実家のことは、話で聞いただけだった。

この自然公園がある場所。
ここで起こった事件の後、そして、阿山組四代目と親しくなったことで、山中の父が亡くなったこと、更には、一緒に暮らしていた山中の母がこの世を去り、孤独となった時、山中は阿山組へとやって来た。
父が大切にしていた人を求めて…。
だが、その人こそ、四代目の妻として、過ごしていた………。

父の意志を継ぎ、ちさとを守り、その子供を守ると決意した。
その時に抱いた思いがある。
その思いは、誰にも知られないように、心の奥底に隠していた。


「ママのママ…ちさとおばあちゃんの、おかおなの?」
「そうだよ」
「さっきのママとおんなのこが、こころなごむって」
「そうだね。…見ていて……落ち着くね…ここ」
「水の音も優しいからな…」

まるで、小川のせせらぎ。
噴水なのに、そう聞こえてくるのは、なぜなのか。

「ねぇ、芯」
「ん?」
「明日も……来たいな…」
「明日は無理や。忙しいやろ。ここの話をしたら、三人で来るだろ。
 むかいんだって、この地域は詳しいんだし」
「でも、記憶が…」
「そっか…。ここでの記憶も一部は失われていたよな…」
「どうなってるんだろう。…気になるよ…」
「大丈夫。みんなが付いてるから」
「うん」

ぺんこうは、不安げな表情の真子をそっと抱き寄せ、優しく頭を撫でた。

真子達が話している、その人物、むかいんは………。




むかいんは、本部に続く渡り廊下を、ずかずかと歩いていく。
その速さは尋常ではない。
料亭の従業員が慌てて呼び止めても、全く反応しない。
本部に着いた。

「むかいんさん!! 組長は、まだ散歩ちゅ………むかいんさん?!」

見張りの組員が、むかいんの姿に気付いて、声を掛けたが、振り向かない。

「むかいんさん…?! ……!!!」

組員は何かに驚き、慌てて頭を下げた。


昼食の時間を終えて、料亭に戻ろうとしていた料理担当の組員が、むかいんに気付き、

「おい、涼。仕事中だろが」

そう言ったものの、むかいんは、その組員の横を勢い良く過ぎていくだけだった。

「涼?!」

そのむかいんを追いかけるように、笹崎が現れた。

「おやっさん、涼に何が…」
「恐れていたことが、起こっただけだ」
「まさか、記憶……。それなら、喜ばしいことでは…」
「涼の性格を考えてみろ」

短く言って、笹崎は、むかいんを追いかけていった。


むかいんが向かった先。それは、慶造が使っていた部屋だった。
慶造が、この世をさって、二十年は経つ。なのに、今でも、現役の頃のままの雰囲気で残されていた。片付ける前に、真子が大阪へ向かった。本部を任された山中自身、慶造に対しての敬意がある。片付けることができず、いつまでも手入れをしていた。
誰も、片付けようともしなかった慶造の部屋。
そこへ、むかいんがやって来た。
慶造がいつも座っていた場所に目をやる、むかいん。その目から、涙が溢れ出す。

「慶造さん。組長も……。どうして…どうして、俺のために…」

グッと握りしめた拳が白くなっていく。それ程、強く強く握りしめているのだろう。
何かを堪えているのかもしれない。

「……どうして、教えて下さらなかったんですかっ!!」

部屋のドアに、笹崎の気配を感じたのか、むかいんは怒鳴った。
ドアの所には、笹崎が立っていた。

「もし、教えていたら、涼は遠慮してしまうだろが」
「それでも……俺……。あのお二人は知っていたんですね。
 いや、知ってるのは当然ですよね。…あの日、初めて俺の店に来た
 あの日から、ずっと。…俺のことを心配して、真北さんが………
 連れてきたんですね……。おやっさんは、いつから…?」

むかいんは、何かを振り絞るかのように言った。

「お前を預かって、暫くしてからだ。お前のことを心配して
 例の店に現れた頃だよ。真北さんが、お二人を連れて、
 料亭に来た。…慶造さんを交えての食事だったよ」
「そういや、あの時…」

思い出した。
働き始めたレストランを怒り任せに辞め、その場に居合わせた慶造に連れられて、料亭・笹川へとやって来た。
働き先を変更したことは、両親に知らせなかった。いや、知らせることはできなかった。
極道の親分に拾われたということを……。

「……どこまで戻った?」
「恐らく、全部だと思います。あの店の前に現れた父と母…心配そうに
 店から出てきた姿、そして、心配して仕事に手が付かなかった俺を
 凄く心配してくれた真北さん、その時に…父と母に声を掛けた事、
 …俺が……初めて料理をした時の事、…料理人を目指した思いも。
 …なのに、俺、失っていたから……あの二人に……いや、両親に
 長い間、…いや、さっきも……凄く失礼なことを……」

むかいんは、その場に崩れ落ち、床に顔を伏せるようにして泣き出した。

「俺……どうしたら……」
「今の思いを伝えて……やれよ……」
「おやっさんっ!!!」

料理担当の組員の叫び声に、むかいんは顔を上げた。
笹崎を見ると、組員に支えられている。笹崎は、今にも倒れそうな雰囲気だった。

「無理なさるから…」
「…うるさい。久しぶりに運動したからだ」
「それこそ、お体に負担が掛かると、美穂先生が…」
「五月蠅い」
「おやっさん……」

心配そうに、むかいんが声を掛けた。

「歳を取っただけだ。お前を追いかける程の体力は無い」
「おやっさん……涼を追いかけてくるからですよ」
「ほっとけないだろが」

そう言いながら、姿勢を正す笹崎だった。

「…この部屋。あのままなんだよな」

笹崎が静かに語り出す。

「俺も、この部屋と同じでな、あの時のままだ。慶造さんに誓った。
 慶造さんが大切にしているものを見守っていくと。…その慶造さんに
 ちゃんと伝えないと駄目だろ? だからこそ、こうして、しっかりと…」

長々と話す笹崎は、少し息が上がっていた。

「おやっさん、それ以上は…」

心配して組員が声を掛けるが、笹崎は耳を傾けない。それどころか、威厳を利かせた眼差しを組員に見せた。
それこそ……『俺に意見するのか?』……その昔、組長と組員の関係だった。だからこその威厳。もちろん、組員は、それには逆らえない。今は、その世界から遠ざかったとはいえ、師匠と弟子の関係となって、現在に至るのだから……。

「涼、どうするんだ」

笹崎が力強く尋ね、

「戻って、きちんと伝えろ」

言い切った。

「おやっさん………」

むかいんは、暫く、その場に座り込んだまま、慶造がいつも座っていた場所を見つめていた。
まるで、そこに慶造が居るような感じで、見つめていた。

真子が、気にしてるからな…。

ふと、聞こえてきた慶造の声。目の前に、うっすらと、慶造の姿が見えた。
湯飲みに手を伸ばし、照れたように目を伏せている。
自分が作り出した幻影? それとも…。

慶造さん…。俺…。

「記憶が失われていても、あのように会いに来てくださったんだ。
 それは、なぜか、解るだろ?」

笹崎が言った。

「俺の下で働くとき、何と言った?」
「おやっさんから、卒業をもらうまで、両親に会わないと
 申しました。だからこそ、あの日、顔を合わせることが……」

そう言った途端、むかいんは何かに気付き、笹崎に振り向いた。

「おやっさん…」
「…春樹くんが、お店に連れて行ったのは、怪我のこともあったからだ。
 涼の怪我を聞いたら、親は心配するだろが」

もちろん、笹崎も心配した。

「俺たちは、五代目の特殊能力の事を知っていたから、その話を
 耳にした時、大丈夫だと確信した。だが、知らない者にとっては、
 目で観るまで、信じられないだろ?」
「えぇ…」
「だから、お連れしたんだ」
「あの涙は、俺の元気な姿を見たときの…」

あの日、真北さん絡みの夫婦だと思った。
自分の料理を口にして、落ち着いたのだと思った。

「…そうだったんだ…」
「その後、何度か顔を見せたのは、本当に、大阪に用事で
 出掛けた時だそうだ。春樹くんと一緒に食事に行っただけ」
「………料亭の方には?」
「地元だろが、お前の」
「そうでした」
「自宅も思い出したか?」
「いいえ、その……両親のことを思い出しただけで、まだ、
 自宅の場所までは…」
「どうする? ちゃんと打ち明けて、正月は実家で過ごすか?」
「おやっさん、もしかして…」

何かを言おうとした時だった。むかいんは、仕事を任された本当の意味を悟った。むかいんの表情を見て、笹崎は解った。

「昨日の残り物での様子を見た時だ」
「だから、お二人の料理を…。でも、もし、違っていたら?」
「それは無いと確信してる。駄目だったら、五代目が無理に
 連れてくると思うのか?」
「組長が?」
「いっつも年末年始は帰省しない。仕事仕事と口にして
 休もうとしない。五代目は、涼の気持ちが解っていても
 気にしていたそうだ」
「組長……」

むかいんは、感極まって、自分の顔を覆いながら、泣き出した。

「涼」
「ひゃぁい」

返事ができない。
思わず、吹き出すように笑う笹崎だった。

「笑わないで…下さい…」
「すまん。…ほら、早く行ってこい。今までの事を、ちゃんと
 話してこい。次の客が来る」

その言葉で、むかいんの表情が引き締まる。

「はい」

むかいんは、立ち上がる。

「おやっさん」
「ん?」
「ありがとうございましたっ」

むかいんは、笹崎に向かって、深々と頭を下げた。そして、慶造が座っていた場所に向かって、一礼する。
むかいんには、まだ見えていた。
慶造の幻影が。
幻影の慶造は、照れたようにお茶を飲み干し、『行けっ』と言わんばかりの眼差しを向けてきた。
フッと笑みを浮かべて、むかいんは、慶造の部屋を出て行った。
廊下には、達也も居た。

「達也さん…」
「戻ったんだな、涼」
「はい。ありがとうございます。直ぐに、伝えてきます」
「あぁ。みんな心配してたから、早く行け」
「はいっ」

輝く笑顔を見せて、走り去っていった。

「親父」

達也が笹崎に声を掛ける。
笹崎が、組員に何かを告げると、組員は一礼して、去っていく。

「達也、お前なぁ」
「私だって、その昔、ここに足を運んだことありますよ。
 それも、門をくぐって、堂々と」
「フッ。そうだったな」



達也は、慶造が通っていた学校の校医だった。それは、体の弱い慶造を見守るため。慶造の世話係でもあった父・笹崎のことを母に伝えるためでもある。だが、慶造が四代目となった時、自分に降り注いだ事件。
生死を彷徨った。
目を覚ました時、側に居たのは、一緒に暮らしていた喜栄ではなく、離れて暮らしていた笹崎だった。

達也は、その時に、決めたことがある。

もう、離れるものか!!



「この部屋…」

達也も慶造の部屋に入ってきた。

「変わってないんですね」
「お前が来ていた頃よりは、変わってるだろが」
「感じるものは、変わってませんよ。…和みます」
「あぁ、そうだな」

二人は、慶造が座っていた場所に目をやった。
二人にも、慶造の幻影が見えていた。





むかいんは、両親が待つ部屋の前に立つ。
グッと拳を握りしめた。
そして、意を決して、戸をノックして、入っていった。
部屋では、光也と美涼が、戸に向かって座っていた。むかいんが入ってきた途端、立ち上がる。

「……お父さん……お母さん……俺……、俺っ!!」
「……涼っ!!」

美涼が、むかいんを抱きしめる。

「戻ったんだね…、記憶……。私たちを思い出したんだね…」
「はい……。今まで……今まで本当に……。ごめんなさいっ!
 ……ありがとう………、ありがとう!!」

むかいんは、美涼の肩に顔を埋めて、泣いていた。光也は二人を腕の中に包み込み、同じように涙を流していた。

「ママ」
「ん?」
「よかったね」

光一が、理子に、そっと言った。

「うん…うん!」

理子もまた、親子の姿を見て、涙を流していた。





自然が多い公園の噴水前で、真子達親子が、ゆっくりと時間を過ごしていた。

「ママぁ、しゃしんとろぉ」
「そうだね、撮ろうか。…芯、持ってる?」
「持ってるよ。ほら、撮るぞぉ」

ぺんこうがデジカメを構える。

「パパもいっしょ」
「三人?」
「うん。おばあちゃんのどーぞーといっしょに」
「それだと、カメラマンが居ないな…」

辺りを見渡すと、中学生くらいの女の子が、小学生くらいの子供達と一緒に遊んでいた。真子が、中学生くらいの女の子に声を掛けると、

「かまいませんよ」

丁寧に応対してきた。そして、ぺんこうのデジカメを預かり、写真を撮ってくれた。

「ありがとうございました」
「ありがと、ござました」

真子と美玖が丁寧にお礼を言うと、女の子は、深々と一礼して、ぺんこうにデジカメを返す。

「この公園、素敵でしょ?」

女の子が話しかけてきた。

「えぇ。凄く、心が和みました」

真子が応える。

「お休みの日は、もっと人が集まるから、ゆっくりできないんですよ。
 でも、今日は年末の忙しさもあるのと、帰省してる人も多いんでしょうね」
「そうだったんですか。でも、驚きましたよ」
「おねえさんは、こちらには、初めてですか?」
「え、えぇ…まぁ…」

真子は誤魔化す。

「私は、この近所に住んでいるので、通学路でもあるんです。
 毎日、心が癒されますよ」
「それで、笑顔が輝いているんですね」

真子が女の子に言った。

「ありがとうございます」

女の子は、深々と頭を下げて、お礼を言った。そして、顔を上げた時、噴水の向こうに目線が移る。

「あっ、すみません。待ち人が来ましたので、私は、これで」
「ありがとう」

女の子は、丁寧に挨拶をした後、駆け出した。そして、

「くまはちおじさん、遅いっ!!」

そう言った。

「はにゃ? くまはち、おじさん???????」

女の子の言葉に反応したのは、呼ばれた男だけでなく、真子とぺんこうもだった。噴水の横から顔を出してみると、噴水の向こうに、たくさん買い物袋を持った、くまはちと三好、小百合と和也の姿があった。くまはちは、先程の女の子と親しく話し始めた。

「あっ、くまはちゃぁ!!」

美玖の声に反応したのは…。

「美玖ちゃんっ!? ………く、く、く……真子さんっ!!」

めっさ驚いていた。



噴水が見える場所にあるベンチに腰を掛ける、くまはちとぺんこう。噴水の周りでは、真子と美玖が、小百合たちと遊んでいた。走り回る子供達を三好が優しく見守っている。

「こんなとこで会うとは、驚いた。…それにしても、くまはちぃ。
 お前は、何処にいても、買い物係か?」

ぺんこうが皮肉った。

「仕方ないだろが。家族の人数分を小百合姉さん一人に
 任せられないだろ?」
「他のお姉さんたちは?」
「正月準備。俺は買い物係。それだけだが」
「組長が、ゆっくりしろと言ったのになぁ」
「出来るわけねぇだろがっ」
「はいはい、お前は、くまはちだった」
「うるさいっ」
「なんで、ここに来た? 朝は道が違ってただろが。なんで言わん?」
「…くまはち、休暇だろが」
「まぁ、そうだけど…」
「だからだ。それに、妻を守るのは、俺の仕事」

ぺんこうの言葉に、くまはちは、思わず膨れっ面。

「猪熊さんは?」
「兄貴と行くところがあるらしい」
「三好さんが付いてなくて大丈夫なのか?」
「大丈夫なんだろ。…それよりも、むかいんは、どうなんだ?」
「解らん。そろそろ時間は終わっただろうけど、結果は知らん」
「そっか。……戻っていることを祈るよ」
「あぁ」

くまはちとぺんこうは、噴水の方を観た。

「なぁ。あの銅像」

ぺんこうが、口を開く。

「山中さんの案なんだろ? 真子は記憶にないと言ってたぞ」
「ちゃんと報告書に目を通してるはずなのだが…」
「くまはちは、読んだのか?」
「だから、組長に回して、許可印もらったぞ?」
「……いつ、回した?」
「記憶が戻った頃」
「………それなら、記憶に残ってないな」
「可能性が高いな……。俺、怒られるやないかぁ」
「怒られておけ。……ところで、あの女の子」
「恵美ちゃんは、武史兄貴の次女」
「しっかりしてるよな。中学生だろ?」
「普通だろ?」
「まぁ、普通だろうな、猪熊家にとっては。でも、最近の高校生でさえ、
 あのような態度は取らないぞ」
「それは、先生に対しての態度だろ。他人に対しては、あれが普通。
 それも、初めて逢う人に対しては、当たり前の行動だって。お前の
 生徒達も、ちゃんとしてるって」

くまはちの言葉に、ぺんこうは考え込む。

「…ぺんこうを何度も迎えに行って、会ってるんだけどなぁ」
「あいつらぁ、教師に対する態度…注意せな、あかんな…」
「程々にしとけよ」
「うるせぇっ」

くまはちは、時刻を確認する。

「そろそろ戻るか」
「あぁ、そうだな」

くまはちとぺんこうは同時に立ち上がり荷物を手に取った。そして、噴水の周りで戯れる真子達に声を掛けて、帰路に就く。いつの間にか、恵美と美玖が一緒に手を繋いで歩いていた。真子は小百合と和也と話し込んでいる。

「あれ? みちがちがう」

美玖が、朝来た道と違っている事に気付いた。

「この道の方が、車は通らないから安全なの」

恵美が優しく応える。
その道は、猪熊家の前に続いていた。

「ここが、くまはちの実家かぁ。そして、隣は三好さんのご自宅?」
「えぇ。寄っていきますか? 修司さんもご帰宅してますよ」
「あっ、いや、その…私が居ると、ゆっくりできないでしょぉ」
「そうですね…」
「では、私たちは、これで。ありがとうございました」

真子は、小百合達に挨拶をする。もちろん、真子を真似て、

「ありがと、ございました」

美玖も挨拶をした。

「お気を付けて」

小百合が言うと、なぜか、くまはちが真子を追いかけて行く。

「八造くん、忘れてる…」

小百合が呟くと同時に、真子が振り返り、くまはちに何かを言った。


「しかし、真子様…」

くまはちは、真子に何かを言われて、しどろもどろになっていく。

「休暇、忘れた? それに、私の自宅は、そこだから、大丈夫。
 芯も居るし、この道は……」

そう言った途端、真子は何かを思い出した。
その昔、勝手に飛び出した裏口の戸。その先に待ち受けていたのは、敵対する組の車だった。車から降りてきた男達から身を挺して守ってくれたのが、真北だった。真北の右手には、その傷跡が、今でも残っていた。

「俺が居るから、休暇な」

真北だった。

「ちっ…」

思わず、ぺんこうが舌打ちをする。

「まきたぁん!!!」

美玖が真北の姿に気付き、駆け寄っていく。いつもの如く美玖を抱きかかえ、頬にチュウ……。

「真北さん…」

真子の声が震えていた。

「ちょうど、角の前を通ったとき、姿を見たんでね」

嘘だった。
出先からの帰宅した時、桂守が伝えてきた。くまはちたちと自然公園で出逢って、一緒に帰路に就いたようだと。そうなると、何も考えなくても解る。あの道を通ることが。修司達は、敢えて、阿山組の前の道を通らないことにしていた。だからこそ、真子の気持ちに気付いた。
角の所で待ち、真子の姿が見えたと同時にゆっくりと歩き出す。
案の定、真子は思い出したらしい。

「帰りましょうか」

真北は、真子の頭をそっと撫でる。

「そうだね。ほな、くまはち、またねぇ」
「お気を付けて」
「って、すぐそこだろ」

ぺんこうが、呟くように言った。
見えない速さで、くまはちの蹴りが、ぺんこうの脛に……。
条件反射的に、ぺんこうは、くまはちの腹部に拳を…。



「あらら…あの二人は…」

二人のやり取りを見ていた三好が、呆れたように微笑んだ。
くまはちは、真子達の姿が見えなくなるまで見送って、自宅へと駆け戻ってきた。

「ねぇ、くまはちおじさん」

恵美が声を掛けてきた。

「真子さんと美玖ちゃんを御招待できないの?」
「今度、聞いておくよ」

優しく応えて、くまはちは、自宅に入っていった。

「三好さん、やっぱり、難しいの?」

恵美は、三好に尋ねてみた。

「真子さんが遠慮すると思うよ。でも、恵美ちゃんが話してみたら
 来て下さるかもしれないよ」
「俺が真子ねぇちゃんに、聞いたるで」

和也が言うと、

「和也」

小百合が制止した。その呼び方で解る。
剛一が怒るぞ…と言いたいことが…。

「さっ、夕飯の準備しよう!」

三好が、その場の雰囲気を変えるかのように言った。

「はい!」

元気よく返事をして、和也達は猪熊家へと入っていった。




真子達が、本部に帰宅した。
真子が廊下を歩いていると、向かいから、笹崎と達也が歩いてきた。

「笹崎さん、達也兄ちゃん、どうされたんですか? まさか、むかいん…」

絶対に、本部に足を運ばないはずの二人の姿を見たら、誰だって驚く。もちろん、真子も、この日のことを気にしていたからこそ、驚いていた。

「今頃、親子で和んでますよ」

笹崎が、心地よい声で応えた。

「ということは、むかいん…」
「記憶、戻りましたよ、真子さん」
「…!!!! ありがとうございました、笹崎さんっ!!」

感動のあまり、真子は、笹崎に飛びついた。

「真子さん…」

しっかりと真子を受け止める笹崎。
一体、どこに、そんな力があるのだろう。調理をすることは可能だが、長時間の体力は無い。買い物に出掛けて歩き回ることも、本当は容易くない体だった。
そんな笹崎が、未だに、この世を去ろうとしないのは……。
真子の涙をそっと拭き上げた笹崎は、真北をちらりと見た。
真北も、笹崎を見つめていた。
嫉妬ではなく……。

「真北さん、嫉妬しないでくださいね」

ぺんこうが言った。

「そういうお前こそな」

負けじと、真北が言う。
そして、二人は睨み合った。

「親父」
「あっ、すみません。思わず…」

達也に促されて、真子から距離を取った。自分の立場を忘れ、慶造の代わりになったつもりでいた。

「では、私たちはこれで。夕食は、涼が作るそうですよ」
「今夜からでも、親子で過ごしても良いのになぁ」
「恐らく、明日、実家に戻るでしょうね」
「そっか。美玖、寂しくなるけど、いい?」

真子が美玖に言うと、美玖は、大きく頷いた。
どうやら、むかいんの事を理解していたらしい。

「りょうパパのえがおが、ふえるなら、がまんするもん」
「ありがとね、美玖」
「へへへ」

ちょっぴり自慢げに笑う美玖だった。

「それでは、失礼します」

達也と笹崎は、料亭に続く渡り廊下へと姿を消した。

「じゃあ、着替えてから、お片付けだ」
「はい! へや、へや!!」

美玖と真子は、ちょっぴり小走りに、真子に部屋へと向かっていった。
その場に取り残された真北とぺんこう。少し気まずいオーラが漂い始める。

「……兄さん」
「ん?」
「あの道で、何が遭ったんですか?」
「あの道?」
「猪熊家から通じる、あの道ですよ。裏口の扉があるでしょう。
 そこから入ることも可能なのですよね?」
「ちさとさんを失った後、真子ちゃんが自分を責めて飛び出した場所だ。
 その後に、これだ」

真北が見せる右手の弾痕。

「少しずれていたら、真子ちゃんも危なかったんだよ」
「その話は、知らなかった…」
「言う必要ないだろが。それに、真子ちゃんの心に、まだ残ってる。
 震えていただろが」
「えぇ。気付いてましたよ。……やはり、ここは、組長にとって…」
「本来なら、俺は反対だったんだけどな。…真子ちゃんの
 肩の荷に残ってるものを少しでも減らしたいだろが」
「そうですね。むかいんのことも、その一つでしたから。でも、それは…」
「あぁ。……覚悟しとけよ。むかいんの性格から考えられるだろ…」

真北の言葉で、ぺんこうの表情が少し引きつった。


真北の言葉は的中した。


夕食の準備をする為に、早めに本部の方へやって来た、むかいんと理子、そして、光一。
むかいんは、真子の姿をみた途端、感極まって涙を浮かべ、

「組長、ひどいですよ!! でも、ありがとうございました!!!」

そう言って、真子をしっかりと抱きしめてしまった。真子も、むかいんをしっかりと抱きしめて、

「うん、うん! 良かった。本当に、よかった!!!」

二人の姿は、ぺんこうにとって、嫉妬の……。

「……うち、妬くで…」

ぺんこうよりも先に、理子が言った。

「あっ、ごめん、理子……でも、今回は、ええやろぉ」
「まぁ、ええけどなぁ。次は、あかん」
「ごめぇん」
「内緒事も、あかん」
「えっ?」
「涼のご両親の事。真子、知ってたんやろ?」
「…うん…」
「言ってくれてもええやんかぁ」
「私の事もあるから、記憶に関しては、慎重にって、
 橋先生が言ったんだもん。それに…」
「パパぁ、おなかすいた」

真子の言葉を遮るように、光一が言った。

「ごめん、直ぐに作るから」

食堂へと向かう真子達。むかいんは、すぐに調理に掛かる。その間、リビングにあるソファに腰を掛け、美玖と光一は、絵本を読み始める。

「………。なぁ、真子」
「ん?」
「なんで、絵本なんて、あるん?」
「わざわざ用意したと思ってるやろ?」

理子は頷く。

「これ、綺麗だけど、私のやで」
「えぇっ! 何年経ってるねんっ。めっさ手入れ良すぎやで」
「そりゃぁ、そういう所も厳しいみたいだし」
「なんか、イメージしてたのとちゃうわ」
「本部?」
「だって、真子、すんごい嫌そうな言い方やったやん。だから
 大阪に来て、ホッとしてるんやろ思ったんやけど、ちゃうん?」
「………周りが恐かっただけ」
「今でも?」

真子は首を横に振る。

「私の勘違い。みんな、私の為を思っての行動だったの。
 山中さんの思いも、今日、改めて知ったもん」
「その公園、うちも行きたい。明日行こっか!」
「理子、その公園なら、実家の通り道やから、通って帰るで」

真子達の会話は厨房にも聞こえていた。むかいんが、直ぐに応えてくる。

「真子は明日、どうするん?」
「恐らく、準備せなあかんと思うから、時間は取れないなぁ」
「ほな、二日まで逢えないんや」
「そうやな。でも、向井さんご夫婦と一緒に過ごせるんやし、
 お二人も喜んでおられると思うんやけど…」
「めっさ喜んどったで。あのな、あのな!」

理子は、むかいんの記憶が戻った後の事を、面白可笑しく話し始めた。それを止める人物は、厨房で大忙し。理子の話に照れながらも、調理の腕は停まらず、いつも以上に張り切っている。
ぺんこうは、二人の子供と一緒に絵本を読んでいた。

「出来たでぇ」

むかいんの声と共に、テーブルに着く真子達だった。





道病院では、夜の診療を終えて、後片づけに入っていた。
急患を運ぶ救急車のサイレンも聞こえていた。

「…凄い弟子を育ててらっしゃるとは…。これは、益々
 道院長が、躍起になりますね、美穂先生」
「可能性はあるわねぇ。平野先生でさえ、未だに…」
「その代わりとして、喜隆先生なんですか?」
「それは、難しいと思う……って、喜隆先生は????」

看護師と話し込んでいた美穂は、キルの姿が見えないことに、やっとこさ気付いた。

「急患の知らせを聞いて、向かいました」

他の医師が告げた途端、

「もうっ! 仕事は終わりって言ったのにっ!!!」

キルを追いかけて事務室を出て行った。


急患の処置を、当直医と一緒に行っているキルを見つけた。

「喜隆先生、帰宅しますよ」

美穂が言った。

「すみません。一晩、道院長に付こうと思ってます」
「あのねぇ。今日一日で、どれだけの患者を診たと思ってるの!
 橋院長の所では、当たり前の行動でも、ここは違うの。ここの
 方針に従わないと、これ以上、勉強させない」
「それは困りますが、急患は…」
「他の医師で間に合ってます。ほら、行くよ」

キルの腕を掴み、強引に引っ張って処置室を出て行く美穂。その姿を見て、他の医師や看護師が、驚いていた。

「相変わらず、美穂先生は、恐いわ」
「でも、あの医師…喜隆先生の腕は、凄いよ…。橋院長の
 お弟子さんだっけ?」
「はい。橋院長が育てる医師は、本当に凄い腕の先生ばかりで
 負けたくないという競争心が、強くなりますよ」

急患の処置を素早く終えた医師が、看護師に指示を出しながら、片付け始めた。

「確か、二日までだったかな?」
「二日の午前までとお聞きしてます」
「それまで、どんな動きをするんだろう…」
「もう慣れた感じでしたね」
「……俺たちの仕事…取られかねないな…」

ちょっぴり不安げな表情を見せながら、次の患者の受け入れ体勢に入る医師達だった。




美穂とキルは、車の後部座席に座り、この日の仕事の話をしていた。
運転手の岸(きし。隆栄の世話係・岩沙の弟子。主に、美穂の運転手として働いている)は、二人の会話に耳を傾けながら、安全運転をしている。

「明日は、道院長についててね。私は本部だから」
「本部でしたら、私も」
「真子ちゃんから言われたこと、忘れた?」
「忘れてません。しかし、本来の私の立場は…」
「五代目でしたら、明日は準備で忙しいと思いますよ」

岸が言った。

「準備?」

キルは首を傾げる。

「正月準備です。毎年、全国の親分が挨拶に来られますので、
 年末年始は、一番忙しい時期なんですよ」
「そのような事は、真子様は一番嫌われるのではありませんか?」
「仕方ありません。それが、この世界の仕来りですから」
「その仕来りを変えたくて、真子様は翻弄されていたはずなのに」

キルは、少し寂しげな表情を見せた。

「でもまぁ、親分衆への対応は、山中さんが担当ですけどね」

岸が言った途端、何やら冷たい空気が車内に漂い始める。
キルから、怒りのオーラが発せられていた。

「…ご、ごめんなさいっ!!! 少し和ませようということで、
 栄三ちゃんから…………」

オーラだけで、相手を気圧するキル。

「ったく……岸さん。喜隆先生には冗談は通じませんよ」
「すみませんでした。反省してます。以後、致しません」

ハキハキと言う岸に、キルは微笑んでいた。

「栄三さんからなら、仕方ありません。あの方は、場を和ませる事が
 一番得意ですから。私のことを思っての言動ですよね、美穂先生」
「ま、まぁ…そうですね」

栄三に限って、そんなことは、しないよなぁ。
絶対、岸さんを驚かせたかっただけだと思う…。

美穂達が乗る車は、小島家の前に到着した。



(2010.6.22 序章 喜び 第八話 改訂版2014.12.29 UP)



序章 第九話



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