任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

序章 喜び
第九話 帰省とは、名ばかり。

小島家〜 朝五時少し前。
美穂が目を覚ました。
時計を見る。

「まだ、こんな時間なのになぁ、もう」

美穂はガウンを羽織って、階下に降りていった。

「栄三、あんたにしては、早お………」

今朝の食事担当は、栄三と決まっていた為、栄三が居るとばかり、キッチンに降りてきた途端、美穂は声を掛けた。予定より早い時間に朝食の香りが漂っていたものだから、思わず……。

「って、栄三、あんた、何してんの?」

ダイニングテーブルに栄三が座り、キッチンの方を見つめていた。

「おっはよぉ、お袋。早起きやなぁ」
「そういうあんたこそ、早起きやな。……って、なんで、キルさんが
 朝食作ってんの?」
「知らん。香りで目を覚ましたら、こうなってた。俺の出番なし」
「……料理も出来るんだ」
「橋院長は、料理もこなす人ですから」
「何も、そこまで…って、まさか」
「そう。その、ま・さ・か!」

栄三は、そう言って微笑んでいた。

真子の為。

キルが新しいことを身に付ける理由は、ただ、一つ。
命を狙っていた敵であるはずの自分の命を守ってくれた。
自分にとっては、真子は命の恩人でもある。
今まで、人の命を奪うことだけを考えて生きてきた自分に、新たな世界をくれた。
だからこそ、その世界で、精一杯生きていきたい。そう考えての事。

「キルさん、そこまでしなくても…」
「すみません。みなさん、お疲れだと思いまして…。
 栄三さんは、先程、帰宅されましたし、健さんは、一晩中
 調べ物をしておられましたし、隆栄さんは別件で、
 美穂さんは、遅くまでお仕事されてましたから」

小島家に初めて来たというのに、すでに小島家の人間の行動を把握していた。

「それと、美穂さん」
「はい?」
「あとは、温めるだけですので、お願いしてよろしいですか?」
「ま、まぁ、いいけど…」
「では、私は病院へ行きます」

そう言って、出掛ける準備を始めるキル。

「って、ちょっと、キルさん」
「はい」
「出勤時間まで二時間あるけど…」
「早めに出勤したいと思いまして」
「早出手当てないよ?」
「手当て??????」
「あっ…」

栄三は何かを思い出す。

「お袋」
「ん?」
「キルは、無収入」
「えっ? って、今回、派遣させるからって、その分、払ったけど…」
「……橋先生…何を考えてるんだろ…」
「結構な額…払ったけどなぁ……」
「では、私は、これで」

そう言って、キッチンから出て行った。

「あっ、キルさん! 岸さん呼ぶから!!」
『脚はあります!』

玄関からキルの声が聞こえ、直ぐに気配が消えた。

「ありゃ、走っていったな…」

栄三が、呟いた。


その通り。
キルは、走って道病院へ向かっていた。時々、屋根を飛び越える。その方が、キルにとっては楽な行動でもあった。


「で、栄三」
「あん?」
「…目が覚めたって……あんたなぁ」

栄三の言葉とキルの言葉に違いがあることに、美穂は気付いていた。

「ええやろが。久しぶりに逢ったんやから」
「……って、栄三…………」

相変わらず、栄三は……と思った美穂。その昔、年末年始は、取っ替え引っ替え、女性と過ごしていた頃があった。ほんの数日前に耳にした言葉を、即、実行するとは…と呆れそうになったのだが、

「飲み明かしただけや」

美穂が思った事と違っていた。栄三はリビングを出て行った。

「ったく」

ちょっぴり膨れっ面になりながら、キルが調理したものを見る美穂。

「あらま、ほんとに美味しそう」

美穂の表情が、凄く和んだ瞬間だった。




キルは、道病院に向かって走っていた。人の気配を感じると、直ぐに屋根へと飛び上がる。まるで、自分の姿を他人に見せないかのような、そんな動きだった。

「!!!」

屋根を飛び越えた時、ある人物が視野に入ってきた。キルは、その人物に向かって、向きを変えた。



ジョギングをしていた男は、背後で何かの気配に気付き、身構えた。
目の前に、一人の男が現れ、足を止めた。

「猪熊。こんな時間にジョギングか?」

まだ、夜は明けてない。

「自分の足で、それも、屋根を飛び越えるような通勤路は
 やめとけっ、キル」

早朝のジョギングをしていたのは、くまはちだった。くまはちのジョギングコースには、道病院へ通じる道も含まれる。それは、昔の癖であり、小島家の人間をガードする為でもある。そのくまはちの前に、キルがやって来た。

「この方が、速いですから」

キルは、笑顔で応えた。

「美穂さんお付きの岸さんに送ってもらうんじゃないんか?」

くまはちは、ジョギングを開始。それに付いていくように、キルも走り始めた。

「岸さんは、美穂さんの運転手ですので。私には脚があります」
「だから、それは、普通の人は、せぇへん。キル、こっちでの
 立場は忘れたんか?」
「医師として、過ごすこと」
「医師は、屋根を飛び越えてまで、出勤はせん」
「………。そうですね…」
「通勤は、ジョギングや徒歩、自転車などだ。普通に道を通って
 職場まで行くこと。それ以前に、屋根を飛び越えるなと、組長に
 言われただろがっ」
「そうでした…すみません。その…少しでも速い方が良いと思って…」

キルは笑って誤魔化した。
笑って誤魔化すことは覚えたらしい。

「仕事に対して早いのは喜ばしいことだが、向かう方を速くするのは、
 飛び越える方は使わないこと。解ったか?」

勤務時間より少し『早く』出勤することは、喜ばしいこと。その為の交通手段を少しでも『速い』物へ切り替えるのは良いが、キルの場合は、屋根を飛び越えることで……。
くまはちは、そう言いたかったものの、キルには解るのか、少し不安だったが、

「すみませんでした」

くまはちの言葉の意味を理解し、ちゃんと反省をしていた。

「猪熊は、こっちに来ても鍛えるんだな」
「癖だ。それに、体を動かしておかないと、いざというときに動けん」

くまはちの言葉に、キルはニヤリと口の端をつり上げた。

「それなら、私も癖ですね。では、急ぎますので」

言うが早いか、キルは真上に飛び上がり、屋根の上に立った。そして、くまはちに合図をして、道病院のある方向へ姿を消した。

「ったく…」

キルが去っていった方を見つめながら、くまはちは、呆れていた。少しスピードを上げて、くまはちは、走り出す。



キルは、道病院に到着した。直ぐに道病院の院長・道敬光(みち たかみつ)の部屋へと向かった。
ノックをすると、

『開いてるで』

道の声が聞こえた。

「失礼します」

キルが入っていくと、すでに、道は仕事を始めていた。

「遅い」
「申し訳御座いません」
「ここまでの道すがら、調べるのは禁止。それは、くまはちの仕事や」
「心得ました」
「……えらい、あっさりしとるな…どうした? 途中で、出逢ったか?」
「くまはちに出逢いました」
「癖やからな」

道は笑っていた。

「道院長」
「あん?」
「二日の午前まで、こちらに居てもよろしいですか? 移動の時間が
 もったいないです」
「俺は構わんが、橋に怒られるぞ」
「承知の上です」
「しゃぁないなぁ。高い分、働いてもらうで。どこまで大丈夫や?」

休み無しで動ける時間を尋ねる道だったが、

「今のところは、十日が限度です」

キルは、悩むことなく、あっさりと応えた。
道は、それ以上、言葉が出てこない。

「……俺でさえ、五日が限度だぞ…」

やっと出た言葉が、それだった。

「体が資本、休むことも大事ですが、それは、人それぞれです。
 自分自身の体の限界も解ってますので、その時は、申します」
「解った。………橋が嘆くのも……解った」

キルの体力、そして、そのキルの体力に対して、橋が嘆いていることの両方が解ったところで、

「では、今日の予定だが……」

その日の予定を伝え始めた。


キルが道病院で仕事の軌道が乗った頃、美穂は、栄三と一緒に阿山組本部へとやって来た。既に朝の準備をし始めた組員や若い衆と挨拶を交わし、本部の医務室へと向かっていった。ちょうど、ぺんこうが朝の稽古で掻いた汗を流して、さっぱりした表情で歩いているところと出くわす。

「よっ、さっぱり男。今日の予定は?」
「……美穂先生、その言い方は、いい加減に止めて下さいっ」

本部に居た頃、しょっちゅう言われていたらしい。

「美玖と猪熊家に行きますよ」
「へっ?!????」
「その方が、安心ですし、恵美さん達から是非に…とお誘いが…」
「珍しいこともあるんだねぇ。修司君、絶対に嫌がりそうなのに」
「猪熊さんなら、こちらに来るそうですよ」
「………それで、隆ちゃん、遅くまで仕事してたんだ」

ちょっぴり膨れっ面で、美穂が言った。

「すみません。真子が張り切ってしまって…」
「あれ? でも、挨拶に来る親分に会うのは、勝司くんの仕事…」
「今は、すっかり顔が知れてしまったのと、帰省していることを
 どこで嗅ぎつけたのか、いつも以上の訪問だそうですよ」
「あれだけ暴れて、検問してたら、ばれるわなぁ」
「そうですね」

二人は苦笑い。

「それにしても、相変わらず、組の事情に詳しいなぁ、ぺんこう先生は」
「知っていないと、こちらも対処できませんからね」
「…で、噂の真子ちゃんは……」


真子と美玖は、まだ、眠っていた。
朝八時。そろそろ起きても良さそうなのだけれど……。

「二人のかわいいお姫様、そろそろお目覚めの時間ですよぉ」

優しい声を掛けて真子と美玖を起こす真北。

「…何時ぃ」
「朝の八時です。みなさん起きてますし、そろそろ朝ご飯が出来ますよ」
「理子と光ちゃんは?」
「既にリビングに居ますよ」
「起きるぅ。…美玖、朝だよぉ」

真子が声を掛けると、美玖はパチッと目を開けて、カバッと起き上がった。

「ママ、おはよぉ。まきたん、おはよぉ。…パパは?」
「美玖おはよう」
「美玖ちゃん、おはよう」

真北は、おはようのチュウをする。

「芯パパは、美穂先生と話してたよ」

美穂と話しているぺんこうの姿を見つけた途端、二人に知られないように忍び足で、真子の部屋へとやって来た真北。しかし、真北の行動は……、

「おはよう、美玖、真子。起きたかぁ。顔を洗ってこぉい」
「はぁい」

真子と美玖は、ゆっくりと部屋を出て行った。
気まずい雰囲気が漂い始めた真子の部屋。

「ふぅ。俺は、夕方まで出掛けるからな」

何かを誤魔化すかのように、真北が言った。

「俺よりも先に、二人を起こさないでくださいっ……」

静かに怒る、ぺんこうだった。

「ええやろが。いつものことやろ」
「それなら、忍び足で向かう必要がありますか?」
「真剣な話をしていそうだったから、邪魔したら、あかんと思っただけや」
「あのなぁ…」

ぺんこうが怒ろうとしたが、

「お前も、いい加減…俺に突っかかるのは止めたらどうや?」

やんわりと言って、真北は部屋を出て行った。

兄さん…??

真北の言動に違和感を覚えた、ぺんこうは、その場に立ちつくしてしまう。
廊下から、真北と話す真子と美玖の声が聞こえてきた。顔を洗い終えた二人と真北が、ばったりと出逢ったらしい。美玖が、この日の出掛ける先を真北に話す。真北は、優しく応対した後、出掛けていった。

『いってらっしゃぁい』

美玖の元気な声が部屋まで聞こえてきた。

「芯、どしたん?」

部屋に戻ってきた真子に声を掛けられるまで、ぺんこうは、立ちつくしていた。

「ん…あっ、すみません」
「真北さんのことは、いつものことやんか。大丈夫。今日は年末の
 挨拶だけなんやから」
「解ってますが、真子」
「はい?」

ぺんこうは、真子をギュッと抱きしめる。

「無茶するなよ。まだ安心は出来ないんだから…」
「解ってるって。……ありがと」

真子も、ぺんこうをギュッと抱きしめた。

「ラブラブやな…朝から」
「ラブラブぅ」

理子と光一、美玖の声に、我に返った真子と、ぺんこう。

「ええやんかぁ。…で、何やぁ?」
「ほんまに、でっかい猫やなぁ。これが噂の電話やろ?」
「うん。まだ繋がってるみたいやわ」
「ねこぉ!!」

光一が、猫電話を見て、はしゃぎ始める。

「ここも猫だらけやん。こんなソファ、初めて見たぁ」
「特注品。飛鳥さんからのプレゼントなんだ」
「飛鳥さん…あぁ、あの紳士的なおじさん!! こんな粋なプレゼントを
 する人なんだ。すごぉい」

忘年会に参加したのは、組員だけでなく、幹部達もだった。もちろん、理子にも挨拶をしに来ていた。その時に、顔を覚えた理子は、真子の周りにいる男達が、想像していた雰囲気とは正反対だったことに驚いていた。

『朝ご飯出来ましたよぉ』

むかいんの声が食堂の方から聞こえてきた。

「すぐ行くぅ」

真子達は、直ぐに部屋を出て行った。



いつもより少し賑やかな朝食風景。食後のデザートや飲物を口に運んだ頃には、午後九時半になっていた。




ぺんこうと美玖は、本部を出て左に曲がる。すぐの路地を入っていった。
その先にある屋敷こそ、猪熊家。
ちょうど、修司と三好が出てくる。

「いのくまおじさぁん、おはようございます」
「美玖ちゃん、おはようございます。今日は楽しんでくださいね」

修司が美玖の目線に合わせてしゃがみ込み、優しく声を掛けた。

「みよしおじさん、おはようございます」
「おはようございます。ぺんこう先生、真子さんは、すでに?」
「書類に目を通してましたよ」
「急ぎます。では、美玖ちゃん、目一杯はしゃいでいいからね」
「いいの?」

三好の言葉に、美玖は、ぺんこうを見て、尋ねた。

「猪熊家は、暴れても大丈夫なように建てられてますから…うごっ!」

修司の肘鉄が、三好の腹部に素早く突き刺さった。

「三好、行くぞ」
「はい。では、失礼します」

三好と修司は、阿山組本部に向かって歩き出す。

「暴れても大丈夫って、…知らなかったなぁ。それだけ……」
「兄弟喧嘩が激しかっただけだ」

くまはちが玄関に立って待っていた。

「くまはちゃぁ、おはよぉ!」
「美玖ちゃん、おはよう。ようこそ。みんな待ってるよ」
「おじゃまします」

美玖は丁寧に挨拶をして、猪熊家へと入っていった。すると、和也だけでなく、恵美や奈々美(ななみ。猪熊家次男・武史の長女)が玄関に姿を見せた。その後、次々と子供達が出てくることに、美玖は驚いていた。

「はじめまして、みくです」

それでも、挨拶は忘れない。

「美玖ちゃん、こっち」

そう言って、恵美が美玖の手を引いて、奥の部屋へと連れて行く。

「………俺、必要か?」

ぺんこうは、くまはちに尋ねる。

「居るとこないやろ」
「…まぁ…な。……そういうお前もやろ?」

という、ぺんこうの質問に、くまはちは、口元をつり上げるだけだった。

『美玖ちゃんのパパもぉ』

その声に、ぺんこうは首を傾げる。

「毎年恒例の双六や」
「すごろく???」
「全員参加の双六。たっぷりと時間が掛かるから、丁度ええんや」
「なんで、俺?」
「俺も参加や。ほら、ぺんこう」
「あ、あぁ…」

くまはちに促されて、ぺんこうは猪熊家のリビングへと向かっていった。そこでは、すでに、双六が始まっていた。かなり大きい双六が、床に広がっていた。それに合わせて、子供達もたくさん。それぞれの母も一緒だった。ぺんこうの姿を見て、一礼する母親達。ぺんこうも一礼し、美玖を見た。
美玖は、双六を楽しんでいた。

はやっ……。

馴染むのが早いのは、日頃過ごしている場所の影響もあるらしい。




阿山組本部・会議室。
山中の眉間にしわが寄っていた。そして、見つめる先には真子が座っている。
本来なら、会議室には、幹部達が集まるはずなのだが、真子の意向で幹部達は、それぞれの組や自宅で過ごすことになっていた。
会議室のドアがノックされ、修司と三好が入ってきた。

「遅れました……って、五代目、何をしてるんですか!」

思わず修司が声を挙げる。
真子が書類に目を通して、色々と細かくチェックを入れているのが、ペンの動きで解った。直ぐに歩み寄り、真子の前から書類を取り上げた。

「おじさん、返してください。まだ途中です」
「これは、山中の仕事ですよ。五代目は目を通すだけで結構です」
「駄目っ」

巧みに書類を取り返す真子だった。

「わっ!!」

真子の行動を予測してなかったのか、修司は声を挙げる。
そこへ、隆栄と岩沙(いわさ。隆栄の世話係)、栄三がやって来た。

「組長!」

栄三が、真子から書類を取り上げた。

「……えいぞうさぁん」
「はい」
「何も慌てて取り上げなくても、いいと思うけどなぁ。だって、その書類は
 全く関係ないもん」
「ほへ?! …あっ、ほんまや……」
「既に目を通した後やけどぉ」

嫌味がたっぷりと含まれた言い方と眼差しで、栄三は、山中の顔色が悪いことを把握する。

「そうでしたか……」
「だから、親分さんたちが来るんでしょ?」
「えぇ、まぁ」

もう誤魔化しが利かないと解り、栄三は諦めた。

「山中さんが応対するからこそ、こちらにお呼びしてるんですから、
 組長には、絶対に逢わせませんっ!」
「私に挨拶なんでしょう? 逢わないと失礼やんかっ」
「そう言って、狙っている可能性もあるんですから!」
「そういうことは、年末年始は禁止してるんでしょうがっ!!」
「禁止していても、そういう輩は関係なく狙ってきますっ!!!」
「それなら全部断れば、ええやんかっ!!!!」
「山中さんが応対するからこそ、承知したんです。組長は絶対に
 逢わないでくださいっ!!」
「私に挨拶なのに、なんで、あかんの!!!」
「狙ってる可能性が……」

真子と栄三は、何かに気付く。
どうやら、同じような内容を……。

「気ぃ付いたかぁ」

真子が目を通した書類をまとめながら、隆栄が言った。

「五代目。取り敢えず、山中と猪熊、私の三人で顔を合わせます。
 五代目は新年の準備で忙しいということをお伝えして、親分衆には
 帰ってもらいますよ。本来なら、幹部達も顔を合わせるべきですが
 五代目の意向で組の方に帰された事を伝えます」
「誰とも会っちゃぁ、あかんの?」
「あかんです」

隆栄の言葉が、変になる。

「なんでぇ?」
「五代目の体調は存じてますよ。私の目は誤魔化せませんから」

ニッコリと微笑んで隆栄が言うと、真子は、『参ったなぁ』という表情をした。

「だから、栄三の言葉ですよ」
「ったくぅ……」

真子は膨れっ面になった。
親分衆が挨拶したがっていることを耳にした時、断り切れなかったと解り、そして、時間を作ったのだった。真子の思いは、真子を守る男達には、ばれていた。

「でも、こんな時期に挨拶に来るんだから…」

渋々と真子が言うと、

「こういう時期に、五代目の思いを邪険にする輩こそ、疑うべきですよ。
 何を考えて、逢おうと口にするのか……それに、この情報と照らし合わせると
 考えなくても解りますよ」

隆栄は、別のファイルを真子の前に差し出した。

「小島っ、お前なぁ」

その内容こそ、真子には見せないように言われている情報。慌てる修司とは裏腹に、隆栄は、当たり前の如く、真子に見せていた。

「……五代目……ご指示を」

隆栄が静かに言うと、真子のオーラが変わった。
それこそ、五代目の貫禄。誰もが逆らえない程の、五代目としてのオーラが発せられていた。

「山中さん。これは、ここに居る者だけの話です」
「…真北にも、内緒ですか?」
「いつものことです。真北さんが絡むと厄介な事になりますから」
「ばれた時は?」
「ばれませんよ。猪熊のおじさんと、小島のおじさんが調べた事ですから」
「そうですか。かしこまりました」

修司と隆栄の行動は、時には、真北の耳に入らないようにしてある。
今回は、そうだった。
その真北の耳に情報を入れそうな人物は、外されている。
ぺんこうが、そうだった。
その世界から離れて生きているはずの、ぺんこうが、組の情報に詳しいのは、真子の為だけでなく、真子を守る為に、わざと真北に伝える時がある。真子の身が危険に晒されるような情報が真北の耳に入ると、それこそ、真北が自分の立場も利用し、時には、立場以上の行動を起こしてまで、阻止する。

それは、真子が五代目を継ぐ前からの行動だが、真北の立場が危うくなりそうな場合や、真北の身が危険に晒されるような場合は、こうして、関係者だけが集まり、話をすることがあった。

今回は、親分衆の挨拶を口実に、真子は、ぺんこうや美玖を遠ざけた。
だからこそ、本来の行動は、ぺんこう、そして、真北の耳には届いていない。
大阪に居る時、真子は、栄三と健の二人だけを側に置き、話を進めるのだが、今回は、大阪だけでなく、本部区域も危うい状態である為、山中だけに話すつもりだったが、なぜか、この世界から離れて、隠居生活を言い渡したはずの隆栄と修司も加わっていた。

「えいぞう、よろしく」
「はっ。本日、予定している組の行動ですが……」

真子が栄三を呼び捨てする時は決まっている。
五代目としての立場だということ、そして、本能が動いている時。今回は、五代目としての呼び方だった。栄三は、切り替えが速い。すぐに、五代目として接していた。

「以前より気になっていた行動だったけど、今回の行動は、恐らく
 私の行動を確かめる為の物だったと思ってる。そうじゃなきゃ、
 私が本部に到着した途端、連絡がひっきりなしに来るはずない。
 極秘での行動だった。…もしかしたら、私の行動を監視してる
 何者かが居るかもしれない」
「調べた限り、それはありませんでした」

栄三が応える。

「だとしたら、組内に?」
「そうですね……。特に怪しい素振りを見せる者は居ないのですが、
 気をつけるべきですね」

組員や若い衆の教育係でもある修司が言った。

「まぁ、そこまで影の行動が出来るようなら、今頃、別の場所で
 過ごしてるでしょうなぁ」

怪しげな意味を含ませながら、隆栄が言うと、真子は思わず笑い出す。

「相変わらずですね、小島のおじさんは」
「それが、私ですもぉん」

そういう真剣な内容の会議でも、軽い口調をする隆栄。すると決まって……

「…猪熊っ」
「うるせっ」

修司の肘鉄が隆栄の腹部に素早く入る。

「それで、五代目」

修司が呼ぶ。

「はい」
「…八造無しで大丈夫ですか? キルも別行動ですし…」

修司が心配そうに話し始める。

「八造の怪我は軽いですよ。これ以上、あいつに気を…」
「休めと言っても、絶対に休まないんで、今回は強引にですよ」
「申し訳御座いません。ですが、それが、あいつの…」

修司は何かを言おうとしたが、口を噤んだ。

「解ってます。だけど、いくら疲れ知らずだと言われても、私は納得しません。
 この件に関しては、くまはちを外します」
「五代目っ」
「そうでもしないと、くまはちが壊れるだろっ!」
「私は、そんなに柔に育てた覚えはありません。だからこそ…」
「おじさんの二の舞は御免ですから」
「ご、五代目……」
「あのような思いは、もう、誰にも味合わせたくない……だから、
 ご理解いただけませんか?」

柔らかな物腰での言い方だが、眼差しだけは鋭かった。
まるで、『否』と言わせない貫禄。そのような貫禄は、慶造以上だった。だからこそ、修司は、それ以上何も言えなくなり、唇を噛みしめるしか出来なくなった。

「おじさんの負けやでぇ」

栄三が言うと、修司は大きく息を吐いた。

「かしこまりました。ですが、五代目…」
「無理はしませんよ、おじさん。…いつも、ありがとう」

修司が言いたいことは解っている。
真子は修司が言う前に、そう言った。

「今日の予定は、先程の通りに致します。私は逢いません。
 ただ、明日の予定ですが、笑心寺の方は、どうなってますか?」

新年の挨拶として、阿山家の墓前に行くことは、毎年恒例の行事だった。真子を守る為に、強面の男達が周りを囲むことがあった。それは、一般市民だけでなく、真子自身も嫌な思いだった。それを解除したものの、狙う輩は狙ってくる。
仕方なく、周りを固めることにした真子。でも、今回は…。

「周りは固めません。今回は、特別です。それに、現住職も
 その辺りを考えてくださってます」
「そうでしたか。ありがとう…。やっぱりさぁ」

真子は背伸びをした。

「笑心寺を利用してるのは、私だけじゃないから、困ってたんだぁ」

そう言って、真子は一枚の書類に目をやった。

「ねぇ、栄三さん」
「はい」
「どうする?」

真子が栄三に尋ねると、栄三は、フッと息を吐いて、

「やっぱりパスです」
「解った。…でも、もう大丈夫なんやろ?」

栄三を観て、微笑む真子。

「まぁ、そうですね。親父は、あぁですから」

栄三は、隆栄に目をやった。
隆栄は、真子の目が逸れていたことで、本来の自分を発揮中だった。
目の前の書類をまとめ、小さなパソコンで何かを調べながら、その書類に書き込んでいる。
真子と栄三の目線にも気付かないほど、没頭していた。

珍しい……。

「そうだね」

真子の笑顔に、栄三は高鳴る鼓動を必死で抑えた。


真子が栄三に尋ねたこと。
それは、「一緒に天地山に行く?」ということだった。
新年を迎えた後、天地山に居る大切な人にも、今の自分を見せたい真子。もちろん、真子親子だけじゃなく、理子親子も一緒に行く。真子のボディーガードのくまはちも行くし、真北も行く。だけど、栄三だけは、その天地山に居る人物に対して、とある思いを抱いていたこともあり、なるべく、避けたいことでもあった。
だからこそ、真子が気を遣ったのだが…。

「俺自身が仲良しなのに、いつまでも、引きずるなって」

隆栄は、真子と栄三の会話を耳にしていたらしい。調べ物が終わった途端、栄三に言った。

「解ってるって。でも、俺、寒いの苦手やしぃ」
「さよかぁ。ところで、五代目」
「はい」
「どうやら、動きは留まってるようですよ」
「ほんまに? …まさか、真北さん…」
「真北は、本来の仕事関連で動いてますよ。桂守さんでもないですね」
「…なんでやろ……」

真子は、暫し考え込む。

「敵も…新年を静かに迎えるつもりかなぁ」

真子の結論だった。

「まっ、そうでしょうね。…敵が動かないなら、その間に…」
「させません」
「その方が…」

隆栄の言葉に、真子の眼差しが変わった。

「…逢う」

突然、真子が短く言った。

「えっ?!」
「ほへっ??」

意味が解らず、隆栄達は首を傾げた。
その時、山中が立ち上がり、

「私の仕事です。ここから出ないか、庭の方へどうぞ」
「やだ」
「駄目ですっ」

山中が威厳を見せた。それに負ける真子では無いが、

「命令」
「…それは、小島さんと猪熊さんにしてください。では、私はこれで。
 時間ですので。…栄三、任せたぞ」

そう言って、山中は会議室を出て行った。

「ちっ……お見通しかぁ」

真子は膨れっ面になった。

「組長……」
「ええやんかぁ。私の思いを解ってるのに、どうしても動こうと
 するんやもん。それやったら、私も、動いてええやろぉ、えいぞうぅ」
「かしこまりました。今回は、私共の負けです」

隆栄が静かに言った。

「今回は? じゃぁ、これからは…」
「私共は、もう復活してますよ。だからこそ、動けるんです」

本来なら、慶造がこの世を去った時点で、隠居となるべきなのだが、この二人は、真子のことは息子達に任せ、影ながら支える方を選んで、実行していた。それに気付かない真子じゃない。もちろん、気にしていた。

本当なら、ゆっくりと過ごして欲しいのに。

真子の思いは解ってる。だからこそ、恩を返したい。
何やら矛盾しているようなのだが、この二人。慶造と同じで、頑固……。

「……程々にしてくださいね。お父様以上に哀しむ方が
 居られますから」

真子は、ちらりと栄三を見た。
栄三は、真子が見つめていた一枚の書類を読んでいた。まるで、真子達の会話を聞いていないふりをして…。

「ありがとうございます」

隆栄は静かに言った。

「組長」
「ん?」
「これって……」
「悩むでしょぉ……どうしよっか…」

真子と栄三が気にする書類とは、一体……。





田畑が広がる場所。そこに通じる一本道を、一台の車が走っていた。
元気に育つ冬野菜の畑の側を、その車が通り、とある一軒家の前で停まった。
車から降りてきたのは、白井だった。
白井は、誰かを探しているのか、畑を見渡した。しかし、畑には人の気配が無い。
一軒家の呼び鈴を押す。
表札には、『北島』と書かれていた。

『はい』
「お届け物です」

応対に出た家主に伝える白井。しかし…。

『なんで、ここに居る?』

ドスの利いた声が返ってきた。

「お歳暮です」

白井は再び言った。すると、インターホンが切れ、鍵が開く音がし、家主が出てきた。
白井は、深々と頭を下げる。

「今年一年、お世話になりました」

そんな白井を冷たく見下ろすのは…。

「もう来るなと、言ったよな? それに、白井…本部から逃げてきたのか?」

少し呆れたような口調で話しかける家主。

「真子様から、お歳暮を預かってきましたので、お届けに…」
「組長から?」
「はい。まさちんさんにお歳暮……」

家主こそ、阿山組本部で少し話題になった、白井が憧れる男・まさちんだった。
白井は、まさちんが玄関のドアを開けている間、お歳暮の箱を三つ、玄関に運び入れた。

「お歳暮って……なんで、こんなに?」

驚くのは、当たり前。それも、持ってきたのが、本部で修行中の白井という男。

「真子様から、帰省を頂きまして…」
「帰省? どうして、組長が? …あっ。今年か…帰省予定は」
「はい」

まさちんも真子が帰省することを知っていたらしい。

「それで、本部にある、まさちんさんの部屋を片付けておりまして、
 まさちんさんの荷物が残っていたので…」

まさちんは、再度、段ボール箱三つを眺めた。

「そっか。そんなに残してたっけ…。片付ける事、出来なかったもんなぁ。
 それで、これ?」
「真子様から、お聞きしておられないのですか?」
「聞いてなかったなぁ。それに、忘れてた」
「確かにお届けしました」

白井は、またまた深々と頭を下げる。

「では、失礼します。良いお年を!」
「何も出さずに、悪いな…。ありがとう」

まさちんの言葉を聞いて、白井は、凄く嬉しそうな表情になった。そして、車に乗ろうとしたが、

「あっ! 真子様も、美玖ちゃんも、元気に帰省してます。
 まさちんさんに、よろしくと、仰ってました!!」

力強く言って、車に乗って去っていった。

「ったく……。俺、強く言いすぎたか…」

白井の車が見えなくなるまで見送り、まさちんは、玄関の鍵を閉めた。
段ボール箱を見つめる、まさちん。箱の上の文字に気付き、

「プッ…お歳暮って、組長、間違ってますよ…」

真子の文字を愛しむように撫で、段ボール箱を自分の部屋へ運び入れる、まさちんだった。

組長、ありがとうございます。
無事の帰省、ホッとしました。
ところで、むかいんの記憶は、どうなりましたか?

部屋の壁に飾っている真子の写真。それは、ウェディングドレスを着ている姿だった。ちょっぴり大きめのサイズのパネルに納まっていた。まさちんは、その写真を見つめ、離れた真子に何かを話していた。




阿山組本部。
本部に訪ねてきた親分と少しばかり会話をする山中。やはり、真子の事が話に出ているのか、時々、眉間にしわを寄せていた。
当の真子は、くつろぎの庭で、のんびりとしていた。
近くには修司が待機している。
隆栄と栄三は、会議室にまだ残っていた。
先程、真子が気にしていた一枚の書類を見つめながら、二人にしては、とても珍しく、深刻な表情をしている。

「親父、頼めるか?」

栄三が静かに言った。

「向こうには、清水が居るんだろ? 一応、主治医だし、それに
 護衛も兼ねてるだろが。白井だって、そのつもりで帰省したんだろ」

どうやら、白井が帰省したのは、正月の帰省ではなく、一人の男を守ることが、本当の理由らしい。それは、真子や一人の男には内緒だった。だからこそ、白井は、阿山組組員や若い衆以上に、体を鍛えていた。

「解ってるけど、それでも、心配や。…組長が考え込むくらいやし」

いつにない栄三の深刻な言葉に、流石の隆栄も、

「そうやな。必要ないとは思うけど、…解った。和輝に行かせる」

例の男の部下である人物の名を挙げた。

「ありがと、親父」
「……でもさぁ……。まさちんこそ、復活しとるんやろが…」
「まぁ、そうやけど、一応、一般市民になったんやし…」

一枚の書類に書かれていた内容。
それは、まさちんの身にも、危機が迫っているというものだった。この世界から離れて暮らしているはずなのに、なぜ、狙われるのか…。


真子は、目を瞑り、何かを考えていた。

暇や……。

ふぅっと息を吐く、真子だった。



(2010.7.4 序章 喜び 第九話 改訂版2014.12.29 UP)



序章 第十話



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