任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

第一章 驚き
第十話 お土産の余波(なごり)

電車に揺られながら、車窓を流れていく景色を乗客達は、何ともなしに眺めていた。
陽射しが車内を照らすとすぐに、一人の男性が、日除けのブラインドをそっと下げた。

「眠っちゃったね」

子供の声に、男性は、そっと頷く。

「電車の揺れって、ほんまに、眠気誘うもんなぁ」
「ママは、だいじょうぶ?」
「いっぱい寝たから、大丈夫やで」
「まこママは?」
「この日の為に、無茶してたもんなぁ」

別の男性が、膝掛けを片手にやって来る。

「でも全て、くまはちさんが取っちゃったんでしょ?」

まこママと呼ばれた眠る女性の膝に、持ってきた膝掛けをそっと掛けながら、男性は話す。

「あれだけの宿題を短期間で片付けようとするからですよ」

ブラインドを下げた男性・西守隆(にしもりたかし:通称たかし。栄三の喫茶店で働く店員の一人)が、ちょっぴり呆れたように言いながら、通路を挟んだ席へ腰を掛けた。

「栄三さん、カンカンでしたもんね〜」

膝掛けを持ってきた男性・東守(とうる:通称あずま。栄三の喫茶店で働く店員の一人)が、笑いを堪えながら、たかしの反対側の席に座り、

「美玖ちゃんと光一くんは、眠くないの?」

通路側に座る美玖と光一に話しかけた。

「うん。たっぷりねた」

二人は同時に答えた。

「ママのおしごとのじゃましないように、まきたんといっしょに
 ねたよ」

真北さんを引き留める為とは、言えないよなぁ〜。

東守、西守、そして、理子は、言いたい言葉をグッと堪えて、子供達を優しく見つめていた。

「くまはちの……あほぉ……」

真子の寝言が微かに聞こえ、眠っているのに、真子の表情は、膨れっ面になった。

「相当怒ってますね……」

東守が呟く。

「…そりゃ〜、怒るよなぁ」

西守は、三日前の事を思い出しながら、呟き、そして、二人は同時に、

「はぁ〜〜〜〜」

大きく息を吐いた。


真子達は、子供達が夏休みに入ると同時に、夏の天地山へ向かって、電車に乗っていた。
本来なら同行するはずの無い二人が同行しているわけは……。




話は、子供達の参観日の頃に戻る………。



あの日、想像していた以上のお土産を目の当たりにした、真子とくまはちは、栄三、健を交えて、対策を練ることにした。
と同時に、キルは、健が持っていた情報より更に詳しい内容を(真子に伝えるには、あまりにも危険すぎる内容)、真北に伝えていた。

「真子ちゃんには?」
「健ちゃんが、いつもの状態で伝えております」
「…それでも、想像以上なんだろ?」
「はい。あまりにも、変化が激しいです。そこまで素早く
 動けるものなのでしょうか…」
「俺が抑えていたにも関わらず、竜次派は、根が深かったということか…」

伝えられた内容のほとんどが、竜次が生きていたことを知った途端、阿山組五代目組長に向けての何らかの行動を始めているというものだった。竜次とライの争いは、二人が同時に倒れた日で、終結したものだと、誰もが思っていただけに、火種が残っていたことに、真北は頭を抱えてしまう。

「そりゃ〜、お前らを狙うわな〜」

治療の後片付けを終えた橋が、怒りを抑えたように言った。

「次からは、自分でやるか? それとも、ここに通うか?」
「キルを貸してもらえればええけどな」
「それこそ、真子ちゃんが怒るやろが」
「キルのことを考えられないように、栄三がやるやろ」
「くまはちが止めるんちゃうか?」
「今回は、栄三の意見に賛成するやろ」
「健に尋ねへんか?」
「栄三が釘を刺す」
「それでも、健は、真子ちゃんに弱いやろが…」
「…そうやけど…」

橋と真北の素早いやり取りには、キルは、かなり慣れてきた。

「この際、全部伝える方が、よろしいかと思いますが…」

キルが言う。

「全部伝えて、真子様の判断にお任せすべきだと思います。
 もし、隠していることを知った場合、真子様の怒りは、相当なものに
 なりませんか? 真子様ご自身が、動こうとしませんか?」

キルの頭の中にある、『阿山真子』という人物の情報には、真子の側に長年居る者達が知り得ないような詳しい内容のものも入っている。
齢十四で、阿山組五代目組長となり、幾度となく危険な状況に陥っても尚、真子は、周りの者を守ってきた。巨大組織を束ねる者。そして、あの不思議な光の能力を持っていた者……。

「キルの言う通りやな……!!!」

真北の携帯電話が、胸元で震えた。真北は、手に取り、画面を確認する。

「栄三と健が、負けたな…。そして、くまはちと栄三が
 やり合っとるそうや…」

それは、真子からの連絡だった。

怒るで。止めへんで。

短い文章の中に含まれる意味を、真北は理解する。

きちんと話し合います。
その前に、参観日ですよ。

真北の返信は、柔らかかった。



真子は、それを受け取り、そして、目の前で喧嘩腰にやり合う栄三とくまはち、その二人を止めようとして、何度も弾き飛ばされている健を見つめた。

「真北さんは、なんと?」

くまはちの胸ぐらを掴み上げながら、栄三が尋ねてくる。

「きちんと話し合うそうです」

真子の言葉に、三人は同時に振り返る。

「よろしいんですか?」

三人の言葉が重なった。

「その前に、参観日あるからね」
「その後…と考えてるんだけど、それまでに、納められるところは
 納めて、様子を見るつもり」

真子の眉間にしわが寄る。

「組長?」
「竜次とライのことについては、頼れないけど、これらの動きについては、
 いつもの通りにするよ。無茶しない程度で、知られない行動を」
「かしこまりました」

真子は、いつの間にか、五代目としてのオーラを醸し出していた。それに応えるように、栄三、くまはち、そして、健は、素早く行動に移していた……。




子供達の参観日は、大所帯になるかと思われていたが、栄三と健は、参加せず、あの宿題への対策準備を進行中。子供達の勇姿は、理子のカメラに納められていた。




参観日が終わって五日後。
AYビル。
幹部会が開かれていた…が、やはり、いつもの通り、険悪なムードが漂っていた。
須藤と水木、そして、藤と川原が言い合う中、谷川は書類を整頓し、未解決の内容を真子と話し合っていた。くまはちが、須藤と水木に近づき、そっと手を差し出す。言い合いながらも、二人は、くまはちへ未解決の書類を同時に手渡し、

「あとは、やる」

そう伝えて、再び言い合いを始めた。

「程々にしてくださいね」

そっと呟き、藤と川原の前に立ち、くまはちは手を差し出した。

「全部解決済みや」

二人は同時に言った。

「…何を揉めてるんですか…」

呆れたように、くまはちが尋ねると、

「解決方法の見解の違いや。ほっとけ」
「それなら、別の場所でお願いしますね」

くまはちの言葉に、二人は、

「チッ」

舌打ちをし、大きく息を吐いて、お互い背を向けるように座り直し、静かになった。

「水木さん、全部未解決は困るんですが…」

水木から手渡された未解決書類に目を通すことなく、くまはちは、静かに言った。

「しゃぁないやろ。渡した資料で解決しとったやないか。
 その後のことなんか、知らんわ」
「それがちゃうっつーねん。お前は資料に書いとるのに
 実行せんのかっつーことや」

須藤の怒りが増していた。

「変化が早すぎる。新たな何かが加わった可能性あり。
 国内には、それらしき者は見当たらない。海外の可能性。
 それは、二週間前のお話ですよね。変化が早いのなら、
 たった一日で、状況も変わると推測できます。もちろん、
 変わらないかもしれません。それでも、『変化なし』と
 記載可能ですよね」

少し離れた場所で谷川と話をしていたはずの真子が、淡々と語り出した。真子が語り出したことに驚いたのか、須藤、水木、そして、藤と川原が一斉に、真子の方へ振り向いた。
真子は、微笑んでいた。
水木は、真子の側に立つ谷川へ、そぉっと目線を移した。

谷川が、ゆっくり首を横に振る。

その仕草だけで悟る水木は、目の前に居る、くまはちの手から、自分が提出した未解決の書類の束を奪い取り、その書類に何かを書き足していく。
書き足す速さに誰もが目を奪われる。

「ほぉ〜。『変化なし』やないな…。そりゃ〜『未解決』やないと
 お前が危ないわなぁ〜。……水木ぃ、組長の言葉から察すること
 できへんか?」

須藤の言葉で、書く手を止める水木は、そっと顔を上げた。

「全てご存じですよ、水木さん」

くまはちの笑顔が、そこにあった。

「しゃぁないですやん。俺っとこ、ほとんどが、あぁなんですからっ!!」

痛いことが嫌な水木だが、それは、自分自身に対してのこと。相手が痛がることには、関しない。
真子から常に言われている事とは正反対の行動にでてしまうのは、持って生まれた性というもの。

それも、愛しい人を守るため。

「そういうところは、本当に……変わりませんね、水木さん」

その愛しい人が、輝かんばかりの笑顔で言うものだから、水木は、もう、

「…………ど…努力します」

と、濁すような言い方しかできなかった。
長年言われていること

『力でねじ伏せない』
『相手の立場も尊重すること』

拳一つで解決してきた人生を、今更、治すことなど無理なのだが、それが、未だに、尾を引いてしまい、苦労することは、水木自身、困っていることでもある。

「一週間で、解決するように、お願いします。今日は、これまで」

真子の言葉で、須藤達は立ち上がり、一礼する。

「くまはち、あとはお願いするよ」
「はっ」

真子が会議室を出て行った。

「…くまはち、ええんか? 組長、自分で調べるで」
「そこは抜かりなく」

怪しげに笑みを浮かべる、くまはちに、須藤は呆れたように息を吐き、

「真北さんの方は、どうやねん」

そっと尋ねた。

「実行しない限り、動けないそうです」
「…そりゃ、しゃぁないな。…ほな……、真北さんは、どうや?」
「動いてますよ」
「ったく、あの人こそ、見張っとかな、危険やないけ」
「予想していた通り、未解決でしたので、そちらに向かってま…」

くまはちが言い終わる前に、須藤は会議室を出て行った。
会議室から少し離れたところにある須藤組組事務所が、慌ただしくなるのに、時間は掛からなかった。

「水木さん、それらは栄三とキルで行いましたので、
 次を進めてください。藤さんと川原さんは、今まで通り、
 穏便に事を進めてください。谷川さんには申し訳ありませんが、
 水木組のフォローをお願いします」
「それは、せんでええ。俺んとこで、できる」

水木が言う。

「その周りを…ということで、先程、組長と話しましたんで、
 水木さんは、気にせず、どうぞ」

どうやら、水木が思う『フォロー』の意味が違っていたらしい。

穏便に終わらせなかった者の後片付け…と思っていた水木だが、真子、そして、くまはちが言う『フォロー』は、穏便に終わらせることが出来なかった者に関わった周りの者への『フォロー』の事だった。その考えの違いが、未だに水木が治すことの出来ない行動に現れているらしい。

「水木さんには、難しいことですからねぇ〜」

くまはちが、再び笑顔で言うものだから、水木は思わず身構えた。

「しゃぁないやろが。それより、須藤をどうするねん。
 真北さんが動いてるんやったら…」
「…どちらも、負けず嫌いですからね…」

呆れたように、くまはちは言った。





真子の眉間にしわがより、

「暫くは、私共で行いますので、組長は動かないでください」

その言葉で、真子は、膨れっ面になった。

「暫く…とは、いつまで?」

静かに真子が尋ねる。

「そうですね……秋までかかりそうですね」

真子は大きく息を吐いた。

「それに、夏休みもございますから、思う存分、母として
 お過ごしください」

再び膨れっ面になる真子に、栄三は笑顔を絶やさない。

「……それ…えいぞうさんの仕事とちゃうやん」
「そうですね」
「それなのに、やるん?」
「まぁ、これでも、私は、阿山組五代目のボディーガードですから」
「だから、えいぞうさんの仕事ちゃうやん。ボディーガードの意味、
 間違ってへん? 本来なら、側に居らんとあかんやん」
「くまはちが居ますので」
「そうやって、影から守るん、反対してるんやけどなぁ。
 もう何年になる?」
「さぁ、数えたことは、ございませんね…」
「……いつになったら、自分の好きなこと、やるんよ…もう…」
「好きなことは、思う存分やってますが……」

真子を守ること。それが、栄三の好きなことでもある。

「そうやって、笑顔で誤魔化すのん、ほんまに、怒るで…?」
「それは、困りますね…」

沈黙が訪れる。

「ほな、こうしよか」

真子が急に、明るく言った。

「夏休みは、みんな一緒に、お出掛け!」
「!!!!! 組長!!! それは、狙ってくださいって言ってるようなものです!!」

栄三は、いつになく、慌てたように声を挙げた。それには、真子は驚いた。

「…組長命令です」

真剣な眼差しで真子が告げる。…が、そこは、栄三。

「組長。私は、阿山組の中で、唯一、組長命令に背く男ですよ。
 その命令は、無意味です」
「こう言えば良いと教えてくれたのは、誰だっけ」
「私ですが、それは、私以外に効力があります」
「駄目です」
「……組長……」

栄三の目が、少し潤んだ。

「泣き落としも駄目。………だって……」

真子は、小さく呟き、そして、膨れっ面になる。


みんなにも休んで欲しいのにぃ……。



子供達の参観日前後から、水面下で動き始めた出来事…真子たちが生きる、やくざの世界で、再び、火種が現れた。
それに酸素を与えたのは、この世を去ったはずの、黒崎竜次だった。

命の大切さを訴え続ける阿山組の中心的人物であった男が、黒崎組との対立、更には、真子が持つ特殊能力を狙っていた組織とは、『命を奪う』ことで、終止符を打ち、その男も自ら、命を絶ったあの日。壮絶な争いを耳にした男達は、阿山組五代目の思いを受け入れたはずだった………が、それから何年も経ち、死んだと言われた黒崎竜次とライの姿を目にした途端、受け入れた『はず』の者達が、手の平を返したかのように、阿山真子を狙う計画を立て始めていた。

この世界を再び、真っ赤に染める。
天下を取る!

阿山組とは直接関わりを持たない組や、長年敵対していた組、常に敵意を抱いていたものの、長年、その思いを隠し続けていた組が、水面下で手を結び始め、黒崎竜次と接触を図ろうと画策している情報が、なぜか、阿山組の情報網へ流れてきた。
だからこその、真子の行動、そして、真北の行動だったが、それは、休むこと無く、今も続いているため、真子が心配し、栄三に提案した。

暫く、様子見るために、行動中止!

流石の栄三も、真子の言葉に従いたいが、水面下での動きは、目まぐるしく変化し、黒崎竜次と接触を図った組が、尽く姿を消していることが気がかりな為、

それはできません。

即答したのが、事の発端………。



「組長の気持ちは、嬉しいですが、動きが速いため、
 休むことはできませんね」
「それが、向こうの思うつぼだというのに…」
「こちらを休ませないように常に変化させ、体力を削る作戦。
 もちろん、それも承知で、私共は動いてます」
「……動いてるのは、えいぞうさんだけじゃないよね」
「えぇ、まぁ……そうですね…小島家の地下の者も動いてますが…」
「えいぞうさんと健よりも、動いてるよね?」
「はい。そうなりますね…」
「……父の時代で、それ、廃止したはずなのに?」
「あっ………ご存じでしたね……すみません……」

真子の言葉に、栄三は項垂れる。

「あっ、でも、あの人達は、動いてないと死ぬ〜言うてます」
「どこかの芸人さんじゃないでしょうがっ!!」
「すみません…」
「もしかして、あずまさんとたかしさんも? 喫茶店以外の仕事を
 やってるんじゃ…ないでしょうねぇ……えいぞうさぁ〜ん?」
「…うっ……」

言葉に詰まる栄三だった。


真子には、栄三の喫茶店でバイトとして働く二人の男のことは、自分達の代わりだと伝えていた。
栄三と健は、組のために調べたり動いたりすることがあり、その際、喫茶店を休みにすると、喫茶店近くにある高校の教師の目に留まり、真子に筒抜けになってしまう。その為に、バイトの二人には、『喫茶店のマスター』と『その店員さん』に変装させて、『栄三』と『健』は、喫茶店で仕事してまぁ〜す! と装う必要があった。
ある日、喫茶店にやってきた真子に、二人の変装がばれ、こっぴどく怒られた(怒られたのは、なぜか、あずまととおる)為、仕方なしに、

『私たちの代わりとして、こうして、変装させてます』

と、ばらしてしまった過去がある。


「させてません。私がマスターとして居る時は、健が居ない時だけ、
 どちらかにお店に出て貰ってます。健が居る時は、休暇です!!!」

なぜか、力説する栄三に、真子は、怪しげな笑みを浮かべ、

「……私が居ると、更に厄介だよね」

静かに言った。

「えっ、いや、厄介では…」

なぜか、焦ったように答える栄三。

「行動が、制限されてしまうよね」

真子の言葉は続いていた。

「くまはちが本来の仕事に入りますね」

真子に釣られるように、栄三が応える。

「…くまはちの力も必要だよね」

真子の口調が少し変わった。

「組長の許可があれば、頼りたいですね」

それに合わせるように、栄三が応えると……。

「それほど、深刻なんだよね」

ちょっぴり心配げに、真子が言った。

「ご理解いただき、恐縮です」

栄三は、思わず頭を下げる。

「…くまはちが居れば、えいぞうさんも、更に動きやすいって
 ことだよね?」
「休めますね……すみません、動きます」

真子に睨まれ、即座に謝る栄三だった。

「じゃぁ、決まり」
「ありがとうございます」
「夏休み始まると同時に、天地山に行って、身を隠す!」
「そうして頂けると、更に動きや………って、組長!! それは、
 危険度増してます!!」
「……それは、えいぞうさんにとってじゃないん? ったく…。
 仲良くなったと思ったのに、まだ、拒むんやから…」
「しゃぁないですやん。…って、そちらは、解決済みですが、
 道中、お二人だけというのは…」

母娘水入らずで過ごすことは奨めたい。だけど、夏休みに、二人だけで天地山へ行くというのは……。

そう考える栄三だったが、栄三の気持ちを察している真子は、矢継ぎ早に、

「理子も一緒」

と口にした。…が……、

「……四人だけというのは、却下です。むかいんもぺんこうも
 仕事でしょう?」

道中、もしものことがある為、女性二人と子供二人の四人というのは、避けたい。しかし、側で守る者が居ない…。だからと言って、真北を同行させるのは、栄三側の戦力が減ってしまう。

「仕方ありません。私の方から、支配人に迎えに来るよう
 連絡を……」
「同行するのは、たかしさんとあずまさんなんだけど」

二人の名前を聞いた途端、栄三の眉間にしわがよる。

「二人は、本来、組長との接近は許されてませんよ」
「二人にも休暇」
「駄目です。それは、小島家として、許されることではありません」
「二人の里帰り」
「………組長……まさか、二人の身の上をご存じなのですか…?」
「お話してたら、解るやん」
「あちゃぁ〜〜〜〜。……俺が怒られますよ…組長がご存じであることを…」
「怒られとき」
「……そうします…」

いつになく、素直な栄三に、真子は笑顔を見せた。

「里帰りの許可、お願いします」
「はぁ〜〜もう……私の負けです。許可します」
「ありがと」
「その代わり。組長」
「私の怒りに触れない程度、そして、真北さんの方の手を
 煩わせないように。……真北さんには、無茶させないように。
 お願いします」
「御意」

真子の言葉に、栄三は、深々と頭を下げた。

「えいぞうさんも、無茶しないでね」
「心得ております」

ったく……。嘘つき。

諦めたように、真子は心で呟いた。

真子のためなら、無茶をする。
それが、小島栄三の本来の姿であることは、真子は幼い頃から知っていた。




真子達が乗る電車に、駅に近づくアナウンスが流れる。
ふと、真子が目を覚ました。

「ママ、まだだよ?」

美玖が声を掛ける。

「そうだね。この駅に着いたら、次の次だもんね。これでも、
 早くなった方だよ。美玖が生まれる前は、一日かかってたもん」
「そうなの?」
「だからかなぁ。この電車に乗ると、ついつい眠くなるのは…」

電車は駅のホームに入っていく。降りる客は通路に立ち、ホームには、乗る客が、電車を見つめていた。真子もホームの客を見つめている。

電車が到着し、客が乗り降りする。そして、電車は発車し、ホームを離れていった。

「真子さん??」

真子が立ち上がった。

「散歩」
「ご一緒します」
「みくもいく〜」
「駄目。トイレだもん」
「みくも〜」
「私も行きます」

あずまが立ち上がる。

「大丈夫。乗り降りの客に、怪しい雰囲気は無かったでしょ?」
「え、えぇまぁ」

無かったけど、一つだけ、嫌なもの感じたんだよなぁ。

そう考えている間に、真子と美玖は、席を離れていった。

「真子さんっ」

あずまが追いかけていく。その様子を見ていた理子は、たかしにそっと呟いた。

「大丈夫なんやろ。あずまさん、心配性やなぁ」
「栄三さんに、思いっきり怒られましたからね、俺以上に」
「それでも、真子に付きっきりだと、更に怒られへんか?」
「…うぅ…確かに、そうですね……連れ戻します」

たかしも追いかけようとしたが、踏みとどまった。あずまがしょぼくれた顔で戻ってくるのに気が付いた。

「あぁ〜〜……遅かった……」
「…おこられ…た…」

項垂れるあずまに、たかしと理子は大笑い。大人達のやり取りを理解できない光一は、きょとんしていた。


美玖がトイレに入っている間、真子は外で待っていた。そこへ、一人の男が近づいてくる。

「……本当に、生きてた」

真子が呟くと、男は顔を上げた。

「激しい人生だけどな。あれっきりだと、支配人に言ったはずだが?」
「まささんにとっては…でしょ?」
「ったく、どこで知った? …まぁ、想像は付くが、つくづく、
 あんたら親子は、人使いが荒いな」

そう言って、男は、真子に微笑んだ。

「私も、これっきりにしたいけどなぁ」

真子の雰囲気は、五代目を醸し出していた。

「俺から情報を得なくても、そっちは大丈夫だろが」
「それなら、連絡せぇへんで」
「…それもそっか」

男は、真子に封書を差し出す。

「昔と違って、軽くなったのに、量は無限だよな」
「……無限って、そんなに凄いん? この中身…」
「小島家以上に、細かいぞ」
「やっぱり、解き放って欲しくなかったなぁ。…まぁ、あいつは名前の通りに、
 生きるのが一番輝いてるって、言ってたっけなぁ、優雅さんのことは」
「室長、まだ言ってるんですか?」
「うん」
「ったく」

ちょっぴり照れたような表情を見せる男こそ、その昔、小島家の地下・桂守の下で働いていた優雅だった。

「表情、あるんだ…」
「そりゃ〜、私にも変化はありますよ」
「…安心した」

真子は、笑顔で言った。それは、真子独特の笑顔…すさんだ心を洗い流し、心が和むもの…。

「真子さんも変わりませんね」
「ふふん〜。変わったよ。だって、母親だもん」

トイレの鍵が開き、美玖が出てきた。

「それでも、昔のままですよ」

真子に優雅が話しかけたことに気づき、美玖は真子の手を引っ張り、男を睨み付けた。

「だれ?」

ちょっぴり警戒したような感じで、美玖が言うと、

「地元の方。天地山のこと話してたんだよ」
「まささんのおともだち?」
「まささん?? おじさんは、天地山の更に向こうにあるところに
 住んでてね、それで、この方が、これを見て、変わったなぁと
 呟いたのが気になってね…それで、昔のままと言ったんだよ」
「ママがちいさなころから、かわってないの?」
「そうかなぁ」

美玖に対して話しかける雰囲気は、地元のおじさんとしか思えないほどだった。その変わりようこそ、名前の通り、優雅な雰囲気で、真子は、優雅の今の生き様を感じ取る。美玖と笑顔で話す優雅に、真子は、心から安心したのか、優しい眼差しになっていた。
だけど、美玖は、なんとなく、警戒してる雰囲気…。

「どうしたの?」

真子が美玖に尋ねる。

「だって、しらないひとが、ママにおはなししてるから…」
「すまなかったね、驚かせてしまったか。大丈夫。
 お嬢さんのママに何かしたら、それこそ、大変だろうからね…っと、
 私は、これで失礼するよ。では、ごゆっくり」

その場から逃げるかのように、優雅は、美玖に言って、真子にそっと頭を下げて、真子達とは別の車両へと向かっていった。
真子は、美玖の頭をそっと撫でる。

「天地山の近くに住んでる方は、みんな良い人だから、大丈夫。
 美玖、ありがとう。…で、誰に頼まれたのかな?」
「パパとまきたんと、りょうパパと、えいぞうさん」
「ふ〜ん。みんな、美玖にお任せしたんだね〜」

 どうりで、駅で私の近くに立つ人達を睨んでたわけだ……。
 ったく、子供に何をさせてるんだか…。

道中、真子に近づく者がいたら、警戒すること。

どうやら、美玖は、そう言われたらしく、真子の側に立っただけで、その人を睨んでいたらしい。側に立つ人は、美玖の睨みには気付いていなかったが、常に、娘のことを気に掛けていた真子は、美玖の仕草が気になっていたらしい。

「美玖」
「はい」
「大丈夫なのになぁ」
「でも…」
「たかしさんとあずまさんが一緒なのに?」
「…みくも、まもりたいもん。だって、ママ……
 つかれてるでしょ? おしごと、いっぱいしてたもん」

ちょっぴり寂しげに言う美玖を、真子は抱き上げ、目線を合わせる。

「元気なんだけどなぁ。さっき寝てたのは、この電車に乗ると
 ほんとに、眠くなるだけなんだよ。小さな頃からの癖かなぁ。
 小さな頃の癖って、中々、抜けないみたい」
「ママ、おとななのに?」
「小さな時に身につけたものは、大人になっても、そのままなんだよ。
 だから、美玖。ママを守るようなことは、しなくていいよ。
 そうだなぁ。ママが怒られそうなことをしたときだけ、言ってね」
「いつも、まきたんやパパに、おこられてること?」
「うん」
「みくもおこっていいの?」
「二人が居ないときにね」
「…やだ。…ママのみかた、いなくなっちゃうから、しない」
「もぉ〜美玖〜嬉しいなぁ〜」

そう言って、真子は美玖に頬ずりする。

「戻ろうか。みんな心配してるね」
「あずまん、すねてたもんね」

真子が、あずまに言っていたことを思いだしたのか、美玖が笑った。

「そりゃ〜怒るよ。トイレの中まで付いてこようとしたんだもん」

そう言いながら、真子と美玖は、席のある方へ向かっていく。

二人の光景を見ていた優雅は、大切な何かを見守るかのような、眼差しをしていた。

 本当に変わってませんね、真子様。

ふっと笑みを浮かべながら、一車両分歩き、誰もいないデッキに立ち、外を眺めていた。

車両のドアが開き、乗客がデッキへやって来た。

!!!!!!!

「…ご健在ですか…」
「まぁな」

優雅の左手は、やって来た乗客の目を塞ぐような感じで、相手の顔を掴んでいた。
その乗客は、あずまだった。あずまの右腕は、優雅の左腕を掴んでいるが、優雅の方が、早かったらしい。

「何の用や?」

優雅は、あずまの顔を掴んだまま尋ねる。

「真子様に、何をお渡しに?」
「直接聞けばええやろ……って、無理やったんやな」

笑いを堪えながら言う優雅は、あずまの膨れっ面を見て、真子とのやり取りを悟っていた。

「小島家以上の情報やな」

あずまの顔から手を離しながら優雅は、笑みを浮かべる。

「室長に怒られます」
「怒られておけ。…てか、室長こそご存じやろが」
「そうじゃないから、真子様が連絡取ったんでしょう?」
「それもそっか。目まぐるしく変わるから、真子様に渡した情報も
 明日には変化してるかもな」
「あなたの手でも、大変なんですね」
「そうやな。予想以上や」

駅が近づいているアナウンスが流れてきた。

「東守、戻らんでもええんか?」
「ふてくされたふりして、追いかけてきたんで、大丈夫ですよ」
「子供達が心配するやろ…それより、手ぇ〜離せや」
「情報入手が先ですね。もう一つ持ってるのでは?
 もしものことを考えて、常に三つ、手元に残している…と、
 お聞きしておりますよ」

全てを知っているかのような表情を浮かべ、自分を見つめるあずまに、優雅は大きく息を吐く。

「栄三ちゃんからか?」
「えぇ」
「しょうがねぇな〜。ちゃぁんと真子様にも伝えておけよ。
 怒られるのは、栄三ちゃんやねんから」

優雅は、真子に渡した封書と同じものをあずまに手渡した。

電車が駅のホームへと入っていく。そして、ゆっくりと停車し、ドアが開いた。
何事も無かったかのように、優雅はホームへと降り、ちょうど到着した反対側の電車へ乗る。あずまは、ホームへ降り、優雅の後ろ姿に深々と頭を下げ、そして、車両を二つ分移動し、再び電車へと乗り込んだ。封筒から取り出したメモリーチップを懐に入れていた小型のパソコンへ挿入し、データの確認後、送信ボタンを押す。直ぐに送信完了の画面に切り替わり、

データ消去しました。

というメッセージが現れ、小型のパソコンから出てきたメモリーチップには、中央に穴が空いていた。それを手に持っている別の小さな箱に入れる。

ドアが閉まり、電車はホームを離れていく。あずまは、小型パソコンを懐へ入れ、真子達が居る車両へ戻っていった。
………真子が、あずまを睨んでいた……。

「申し訳御座いませんでした。…反省してます」
「これ以上、えいぞうさんに無茶して欲しくないのになぁ」

全てを見通していたのか、真子は呟いた。




『受信しました』

「兄貴ぃ、予想通りや。届いたで〜」

喫茶店の奥にある部屋で、情報をまとめていた健が、喫茶店のマスター・栄三に伝えた。

『どうや?』

ドア越しに、栄三が尋ねる。

「そうやなぁ……」

パソコン画面を素早くスクロールしながら、健は、栄三に伝える。

「めっさ細かいし、予想以上に多いで」
『振り分けは?』
「5、3、1、1、かな」
『真北さんは?』
「無し」
『ほな、それでよろしく。すぐ閉めるわ』
「準備しとく」

健は、パソコンに表示されてるデータを素早く分け、資料にまとめる。
『3』の部分をキル宛に、『1』の部分は、須藤とくまはち宛にそれぞれ送信した。そして、『5』の部分を暫く見つめた後、健は出掛ける準備に取りかかる。栄三が、喫茶店を閉店にした後、奥の部屋へとやってきた。

「組長、どうするつもりやろ」

栄三に資料を手渡しながら、健が言った。栄三は、資料に目を通しながら、

「……この内容なら、結果だけでええやろ。組長が、天地山に居る間に
 終わらせるぞ。あずまに伝えとけ」
「ほ〜い」

健が、あずまに連絡をしている少しの時間で、栄三は準備に入る。

マスターとして働いている時の付けひげを取り、髪を結びなおす。シャツを脱ぎ、クローゼットに納めているサテンの真っ赤なシャツを手に取り、羽織る。ボタンを下から三つだけ留め、金のネックレスを身につけた。

「今日も、笑顔はOK! ほな、いこか〜」

栄三と健が、行動を開始……。




真子達が乗る電車が、天地山最寄り駅へ到着した。
天地山近辺に住む人が増えたのか、夏の時期でも、乗客の乗り降りがあった。その乗客の中に、真子達の姿もある。電車から降りた真子達は、緑が美しい天地山を眺め、大きく深呼吸をした。

「ほな、天地山へ行くで〜」
「お〜〜!!!」

たかしの掛け声とともに、美玖と光一も元気よく声を張り上げた。
その声は、改札口まで迎えに来ている、まさの耳に届いていたのか、まさは、優しい表情で、改札口に立っていた。



(2020.6.22 第一章 驚き 第十話 UP)



Next story (復活編 第一章 驚き・第十一話)



『復活編』・第一章TOPへ

復活編 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※この〜復活編は、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』の極編の後の物語です。
※任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を全シリーズを読破しなければ、登場人物、内容などが解りにくい状態です。
※取り敢えず、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を全てお読みになってから、アクセスお願いします。
※別に解らなくても良いよ、と思われるなら、どうぞ、アクセスしてくださいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。
以上を踏まえて、物語をお楽しみ下さいませ。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.