任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

第一章 驚き
第十一話 動かざること、これ、約束。

緑が映える自然が美しい天地山。
真夏の陽射しをものともせず、避暑地としても有名になりつつある、天地山近辺。人の賑わいも増え、冬季だけでなく、夏季も忙しくなっていた。

天地山ホテルも、その一つだが、ここは、特別なお客様だけを迎えるだけあって、他の地域とは違い、ゆったりとした時間が流れていた。

天地山ホテルの支配人が、ロビーへと降りてきた。

「出掛けますので、暫くは、任せますよ」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」

ホテルを出て行く支配人を従業員は見送る。

「……って、支配人、また、フライングしてますよ」
「仕方ない。お迎えは、真子さんたちだもん」
「いつも以上に、早いんちゃう?」
「ほんとだ。こりゃ〜、駅長が嘆くよなぁ」
「それも、いつものことやけど〜」

客が入ってきた。

「いらっしゃいませ。お疲れ様でした」
「この夏も、ゆっくりさせてもらうよ。…っと、もしかして、来られるのかな?
 そこで、支配人と逢ったけど、顔が緩んでたからね」
「駅まで迎えに行きました」
「ご家族で?」
「母と子の二組ですね」
「こりゃまた、支配人は、休暇だな」
「そうならないよう、真子様に伝えておきます」
「伝えなくても、真子さんなら、言いそうだけどね。それもまた、
 ここの楽しみでもあるから、私としても、嬉しいですよ」

そう言って、客はルームキーを受け取り、慣れた感じでエレベータホールへ向かい、エレベータに乗り込んだ。

 顔が緩んだままって…支配人〜〜。

いつものことだが、支配人が、落ち着きを無くし、『天地山ホテル支配人』としての立場を忘れてしまいがちなことがある。
それは……。




天地山ホテル支配人が、天地山最寄り駅へとやって来た。
時計を見る。

「……支配人……到着まで、まだ、1時間と12分ありますよ。
 いつも以上にフライングです…。そして、定刻通りです」

支配人の姿に気付いた、駅長が、支配人に近づきながら、そう伝えた。

「分かってる」
「こちらへどうぞ」

駅長室へと支配人を招き入れる…という光景も、いつもの光景だった。



駅長は、支配人へお茶を差し出す。

「ありがと」
「真子さんが怒るのも無理ありませんよ」
「鎮まったものが動き出す力は、鎮まる前以上のものだからな。
 それを抑えるには、仕方ないことだけど、今は…なぁ」
「兄貴が動けば、それこそ……っと、失礼しました」
「でもまぁ、今回ばかりは、俺も動く予定だよ」
「それなら、私共も、協力致しますよ」

駅長の言葉に、支配人は、動きを止め、そして、駅長を睨み付けた。

「睨んでも無理ですよ。私共の性ですから」
「…それなら、その言葉で俺が睨むのも、性だな」

そう言って、フッと笑みを浮かべる支配人だった。
電車が到着した。

「真子さんの到着まで、ゆっくり休んでください」

駅長は帽子を被り、服を整え、駅長室を出て行った。

「こっちの方が、性に合ってるくせになぁ、ったく」

支配人になる前に生きていた世界の頃から知っている駅長の身の上。今でこそ、天地山最寄り駅の駅長として生きている男だが、駅長になる前は、とある世界で生きていた。

 夢…だったもんなぁ、秀一の。

駅長が差し出したお茶を飲み干し、時間を確認する。真子が乗る電車が到着するまで、あと58分。支配人は、ソファに身を沈め、少し目を瞑った。



駅長は、一仕事終えて、駅長室に戻ってきた。

「やっぱりお疲れじゃありませんか…ったく」

呆れたように呟いて、駅長はロッカーから膝掛けを取り出し、支配人の体に、そっと掛けた。その仕草に気付かないほど、熟睡しているらしい。

「ここ二ヶ月、支配人としての仕事だけでなく、真子様の世界の事を
 調べているのは、知ってますよ。…真子様が心配なことは分かります。
 だけど、その真子様が心配してしまうことだけは、しないでくださいね。
 まさ兄貴。ご自分のお体の事も、考えてください」

 十五分前には起こさなきゃ、俺が怒られるなぁ。

時計を確認する駅長は、デスクに座り、事務仕事を始めた。



「兄貴、起きてください。二十分前ですよ」
「……ん……。……??? ……!!!!」

声を掛けられ、ちょっぴり寝ぼけた感じで目を開けた支配人は、目の前に飛び込んできた駅長の顔を見て、自分が寝入っていた事に驚いたらしい。慌てて飛び起きた。

「すまん…寝入ってしまった…」
「無茶しすぎですよ。この際、支配人としての仕事も休んで
 真子様と一緒に、ゆっくり過ごして……あっ、言わなくても
 真子様が来られる時は、ゆっくりなさって……!!!」
「五月蠅い」
「起きがけの動きじゃないですよっ!!」
「ほっとけ」

どうやら、口が過ぎた駅長の体全体に、支配人の拳が炸裂した様子。

「健在なんですから……もぉ〜」
「これでも、なまってる」

そう言いながら、支配人は、身支度を調えた。

「……秀一」
「はい」
「お前達の力は必要無い。だから、今の仕事に専念しとけよ」
「まさ兄貴…」
「俺が言わなくても、状況判断は出来てるだろ?」
「小島家と、水木組の情報網、そして、キルたちの動きと
 須藤組、それ以上に、くまはちさんが動いていますから、
 私たちの出番が無いのは、解ってますよ。ですが、
 まさ兄貴が動くときは、我々も動きます。…そのつもりで、
 兄貴も行動してください」
「秀一……。解ったよ。お前らが動かないように、俺も
 気を付けることにする」
「…決して、無茶だけは、しないでください」
「あぁ……ありがとな……」

そう言って、支配人は、温かな眼差しを秀一と呼ばれた駅長に向け、そっと頭を撫でた。

「………俺、もう、立派な大人ですよ…」

秀一が、照れたように言った。

「たまには、いいんじゃないか?」

支配人は笑みを浮かべ、秀一も、微笑んだ。
時刻を確認した秀一は、キリッと表情を変え、

「定刻通りに、到着予定です。…あれ? そう言えば、今回は、
 どなたが、ガードされてるんですか? 確か、くまはちさんは
 いつも以上に動いて、真子様が止めても頑として
 休暇を取らないと言い切って、怒りを受けたはずだから、
 ご一緒されないはずですよね……もしかして、
 理子さんたち四人だけで………」

秀一の顔色が少し青くなる。

「栄三の喫茶店で働くバイトの二人が、一緒らしい」
「へ??? 一般市民…が??」
「……栄三の喫茶店のバイトで気付けよ……」
「小島家の地下の人間…って、他に居ましたっけ?」
「室長の里の人間が、八名ほど、かり出されて、そのうちの二人」
「もしかして、真子様ご指名で、里帰り……とか…?」
「その通り」

一安心したのか、秀一の顔色が戻ってくる。そして、ふと、何かを思い出し、

「改札通りますか?」

思わず尋ねてしまった。

「お嬢様と一緒だから、通るだろ?」
「…通りますね…。それにしても、なぜ、その二人が…」
「栄三と健ちゃんに変装してたのに、ばれて、怒られたらしいよ」
「…通らないと、更に怒られますね……」
「まぁな…」

二人の会話にあったように、真子達に同行しているあずまとたかしの心境まで察してしまう程、支配人と駅長は、『まさ兄貴』と『秀一』と呼び合ってた時代では、小島家とその縁のある者達のことまで、調べ上げていた様子。
その時代とは……。





電車が近づいている放送が駅構内に流れ、その電車に乗る予定の乗客たちは、ホームへ続く階段を上がっていった。その電車から降りる予定の乗客を迎えに来ている者達は、改札の外で、目印の旗や札、用紙を広げて、待機しはじめる。そして、駅長が姿を現し、乗客を迎える準備を始めた。そんな光景の中、支配人は、ホームに続く階段が一番良く見える位置に立つ。
人々の顔を眺める支配人。
たくさんの笑顔が、そこにあった。
安心したように目をそっと瞑り、笑みを浮かべる支配人。その瞼の裏には、何かが見えていたのだろう。ギュッと瞼に力を入れたのが分かった。

電車が到着した。
逸る心をグッと抑え、支配人は、階段を見つめ、耳を凝らしていた。

『天地山へレッツゴー!』
『ゴー!!!』

子供の元気な声は、改札口で待っている支配人の耳に届く。
支配人は、思わず、笑みを浮かべていた。

 ご無事の到着、なによりです。

そう思った時だった。

「まさしゃぁ〜〜ん!!」

二人の子供が、まさの姿に気付き、大きな声で呼び、そして、改札を出て、一目散に駆けてきた。

「ようこそ、光ちゃん、美玖ちゃん。こんにちは」

まさは一礼し、光一と美玖を抱きかかえた。

「こんにちは!」

元気に挨拶をする光一と美玖。

「お疲れではありませんか?」
「ぼくは、げんきだよ!」
「つかれてるのは、ママ〜」
「真子さん、お疲れなんですね」
「うん。おしごと、いそがしかったの。きょうのために、
 いっぱいがんばったんだって」
「そうでしたか。それは、ゆっくりしていただかないと」
「でんしゃで、ねてたよ」
「ちゃんと、起きた?」
「まだ、ねむそうだった」
「………そのようですね……」

美玖との会話で、まさは、目線を真子に移した。
久しぶりに会う駅長と笑顔で話しているものの、その目は、まだ、眠そうな感じを醸し出している。それに気付いている駅長は、

「支配人がお待ちですよ」

早く、まさのところへ行くようにと、促していた。

「ほんとだ。早く行かないと、拗ねる…」
「はい。お願いします!」
「では、失礼します。今日もありがとうございました」
「ご利用、ありがとうございます」

駅長は、深々と頭を下げ、真子達を見送った。
真子達は、改札を通り、そして、まさのところまでやって来る。

「真子さん、理子さん、ようこそ、天地山へ。お疲れ様でした。
 そして、その…初めまして。天地山ホテルの支配人です。
 お二人とも、ありがとうございました。この後、どちらへ?」
「里帰りしますので、私共は、ここまでです」

たかしが応える。

「ホテルまで、ご同行願いたいのですが……」

そう言った、まさの眼差しは、何かを語っている。

 優雅から、もらったんだろ?

その眼差しの意味を悟るたかしだが、グッと堪え、

「里の者が、待ちくたびれていると思いますので、
 急ぎたいのですが………」

と言いながら、まさを見つめ、目で応える。

 すでに、健ちゃんへ渡りました〜。

「はぁ……しゃぁない。お嬢様に聞く」
「……すみません……」

たかしは、小声で謝った。
そんな二人のやり取りに気付いているのかいないのか、真子は、たかしとあずまに声を掛けてきた。

「たかしさんとあずまさんは、このまま里へ戻りますか?」
「はい。急な事で、里の者も大慌てだと思いますが、
 まぁ、近況も兼ねて、直ぐに向かいます」

先程、まさとやり取りをしていた雰囲気とは変わり、たかしは、一般市民としてのオーラを出しながら、真子に応えていた。その変わり様を観て、まさは、呆れたような表情をしていた。

 まぁ、美玖ちゃんと光一くんの前では、怒られるもんなぁ。

「真子さん達を見送ってから、私たちは出発しますよ」

あずまが言うと、

 走るのか……。

まさだけでなく、二人の身の上を知っている真子も、思ったらしい。

「気を付けてくださいね。ここまでありがとうございました」

真子と理子がお礼を兼ねて、二人に頭を下げると、美玖と光一も同じように頭を下げた。

「ありがとうございました」
「美玖ちゃん、光一君、目一杯、楽しんできてね。
 帰りの電車で、お話聞かせてくださいね」
「うん! あずまん、やくそく!!」

光一が小指を差し出した。

「みくもぉ〜」

美玖も同じように小指を差し出すと、あずまは、左手の小指を光一の小指に、右手の小指は美玖の小指に絡め、

「約束!」

元気よく言った。

「……東守の性格、こんなんだったっけ…?」

どうやら、あずまとたかしを昔から知っているらしい、まさは、驚いていた。

「一番、小島家に染まってしまいましたよ…」

呆れたように、たかしが言った。

「喫茶店の客の影響もあるんやろなぁ。ええんちゃうか?」
「それより、支配人」
「ん?」
「大阪弁に染まりすぎですよ。気を付けないと、橋院長と
 一日二度のやり取り、ばれますよ…」
「……引き締める。ありがとな」

そう言うと、まさの表情が引き締まった。

「真子さん、理子さん、行きますよ」

まさは、駐車場まで真子達と歩き、そして、車に迎え入れた。

「またね〜!」

車の窓から、あずまとたかしに手を振って、真子達は、天地山最寄り駅を後にした。

「日暮れ前には、着くやろ」

時間を確認しながら、たかしが言うと、

「そうやな。あっ、土産は?」

久しぶりに里へ帰ることを喜んでいる、あずまが思い出したように口にし、駅の売店に目をやった。

「とっくに買ってる」
「……いつの間に…」
「五代目が駅長と話し込んでる間に」

たかしの手には、お土産の袋が三つあった。

「…素早いなぁ」
「ほな、いこか〜」

手にしたお土産の袋を風呂敷に包み、小脇に抱えるたかし。

「支配人の車を追い越しそうやな!」

そう言うやいなや、二人の姿は、その場所から消えた。



美玖と光一の学校での話を聞きながら、車の運転をするまさは、信号待ちの時、ふと感じる気配でバックミラーに目をやった。
その目は、小脇に風呂敷を抱える男と、その男と同じように、駆け抜ける二人の姿を捉えていた。
フッと笑みを浮かべるまさに、たかしとあずまは一礼し、そのまま、まさの車を追い越して去っていく。

「……ほんとに走って行くんや……」

真子が呟いた。

「その方が、慣れてますからね」

まさは、アクセルを踏みながら応える。

「やっぱり、電車で移動って、二人には酷やったかなぁ。
 じっとしてへんかったもんなぁ」
「って、真子。あずまさんとたかしさんの身の上は聞いてるから
 分かるけど、大阪からここまでの距離を走るって、いくらなんでも…」
「電車には追いつきませんが、五日ほどは休まずに走るのが
 基本ですよ、あの人達は」

まさが、やんわりと理子に言った。

「忍者とちゃうねんから…。ほんま、理解できんわ」
「ねぇ、ねぇ、ママ、なんのおはなし?」

光一が興味津々に尋ねてくるが、あずまとたかしの素性について、子供には、まだ理解しがたい内容のため、

「天地山に伝わる物語ですよ」

子供達に解りやすいようにと、まさが言った。

「ききたい〜!!」

美玖と光一は声を揃え、期待した眼差しをまさに向けてきた。

「ホテルに着いてから、後ほど語りますよ」
「やった〜!!」

喜ぶ美玖と光一を見た真子は、ルームミラーに映るまさと目が合う。

 お嬢様にも語りましたよ〜。

まさの目が、そう言っていた。

 あぁ〜、あの話か…。

遠い昔に聞いた記憶がある真子は、優しく微笑んでいた。


そして、車は、天地山ホテルへと到着した。




真子達が、ホテルの部屋に荷物を置き、天地山でくつろぎ始めた頃、あずまとたかしは、山道を走っていた。
その道は突然行き止まりになる。あずまは慣れた感じで木々が生い茂るところに手を入れた。
目の前に道が現れる。
二人は、ゆっくりとその道へと進んでいった。暫く森の中を歩くと、目の前に広大な高原が現れた。
青々と草が生い茂る高原。あずまは、ゆっくりと見渡し、そして、

「ん〜〜!!! たっだいま〜!」

目一杯背伸びをしながら、声を張り上げた。すると、どこからともなく、一人の男が出てきて、

「東守、西守、……クビか?」

心配げな表情で声を掛けてきた。

「ちゃうちゃう。連絡しとったやろ。休暇や。そういう北守(きたもり)こそ、
 ここでくすぶってるんか?」

あずまが言った。

「………東守……性格変わってないか???」

北守と呼ばれた男は、少し驚いたように尋ねてきた。

「一番、小島家に染まってしまったみたいでな」

呆れたように、たかしが応える。

「まぁ、予想できたことだよな」

別の男声が聞こえてきた。

「軸守(しんぎもり)さん!!」
「里帰りだろ? 頭領から連絡あった」

風とともに姿を現したのは、この里を守る中心的な人物・軸守(しんぎもり)という男だった。


広大な高原のこの場所こそ、桂守一族が、ひっそりと暮らしている場所だった。
桂守を筆頭に、この里を守る軸守、北守だけでなく、西守、東守、そして、南守視は、この里の出身。他にも、この里に暮らしている男達が居るが、姿を見せることは少ない。

「優雅からの情報は、栄三ちゃんと健ちゃんが振り分けた。
 結果を五代目に伝えるそうだ」

軸守が慣れた感じで報告する。

「健ちゃんから連絡もらったけど、いけるんかな。
 頭領は、動かへんのやろ?」
「今は、裏の組織の連中…キルとクールが居るなら、大丈夫やろ」
「そうですね…。で!!! お土産!」

そう言って、たかしは、小脇に抱えていた風呂敷を北守に手渡した。

「って、これ、天地山最寄り駅限定じゃん!!」

凄く嬉しそうに声を挙げる北守。その様子を見て、軸守が呆れたように項垂れてしまった。

「昨日も喰ってただろがぁ〜」
「いいだろ〜俺の活力! ありがとな〜」

北守は、すぐに包装紙を破り、箱を開け、一つを頬張っていた。

「はやっ…」
「でも、これより、大阪のたこ焼きの方が良かったなぁ。
 あの後、頭領に言われて、食べに行った〜」
「そんな余裕があったんかい。あの時、撃ち込まれたんちゃうん?」
「撃ち込まれたけど無事だったのわかるやろ!
 頭領を迎えにAYビル屋上に着陸しのにぃ〜」
「俺知らん」
「あれ? 西守、居なかったっけ?」
「東守とバイト中や」
「そっか。ごちそうさまでした〜」

そんな話をしながら、一箱分食べ終わった北守だった。





新竜次がAYビル襲撃の際に、屋上へ舞い降りた桂守が乗っていたヘリコプター。
それは、この里の人間・北守が操縦していたのだった。時代の先端を行くことが趣味の北守ならではの行動だった。

あの日の前日、AYビルを訪れる黒崎とリックを狙っている情報をいち早くキャッチし、ヘリコプターで大阪に向かった。
大阪の上空に近づいた時、目的地であるAYビルの屋上に停滞するヘリを見つけ、向かおうとしたものの、

「街の中では駄目だ」

桂守の指示の下、気付かれないよう、ヘリの高度を上げ、AYビルの真上へと向かう。その途中で、ビルの窓が爆破され、真子が連れ去られるのを目の当たりにした桂守。

「急げっ、飛び降りるっ!!」

スピードを上げたヘリの扉を開けた途端、

「って、この高さは無茶ですよ!! 頭領っ!!!」

操縦する北守の制止を振り切って、桂守はヘリから飛び降り、新竜次の乗るヘリのプロペラを上手い具合に避け、真子をつるすロープを切った。

「!!! ………本当に、あの人は、人間の動きじゃないんだからぁ〜って、
 俺も言えたもんじゃないか。でも、あれは俺には、無理だよなぁ」

桂守は、落下していく真子を上手い具合に受け止め、AYビルの屋上へ、そっと寝かしつけ、屋上に居る男達を一瞬のうちに斬り倒していた。
新竜次の乗ったヘリが、AYビルから逃げるように動き出す。

「追いかけます」

北守は、桂守に連絡を入れ、逃げるヘリを追っていった。

空を逃げる新竜次のヘリを追いかけていたが、突然、新竜次のヘリが旋回し、北守が操縦するヘリへ向かってきた。途端、搭載していた銃をぶっ放してきた。

「おいおいおいおい!! それに搭載する武器かよぉっ!」

と言いながらも、応戦する北守だったが、新竜次のヘリの武器が、地上へ向きを変えた。

 これ以上、追ってくるなら、街に撃ち込むぞ。

そう訴えるかのような動きに、北守は桂守に連絡を入れる。

「頭領、街を狙う素振りで脅しかけてますが、どうしますか?」
『戻れ』
「御意」

北守は、操縦桿を動かし、新竜次のヘリから遠ざかる。その途端、新竜次のヘリは、去っていった。

「去りました。被害は出てません」
『こっちは、真北さんと院長が到着』
「……えっ? 真北さん、上ったんですか? 展望用しか
 動いてないはずですよ」
『青ざめてる』

桂守の言葉に、北守は思わず笑い出す。

『屋上まで来てくれるか。対処する』
「かしこまりました〜」

北守は、AYビルに向かって、ヘリを飛ばし、屋上へ着陸した。




「…で、いつまでだ?」

軸守が尋ねる。

「真子様が滞在する予定の一週間」
「その間に、片付けろってことか…」
「そうですね。……新情報…えっと、こっちを任されました」

あずまが健からのメールを軸守に見せる。

「…………健ちゃん…人使い荒いな……」

軸守は呟いた。

「しょうがねぇなぁ。出るぞ」

静かに言った軸守の言葉に反応し、姿を見せなかった男達が、姿を見せた。そして、軸守は、それぞれに指示を出し始める。

「東守と西守は、動くな」
「御意」

そして、男達の姿は、風とともに、消えた。

里には、優しい風が吹き、草をなびかせていた。





天地山ホテルのレストランでは、真子達とまさが食事中。

「料理長、また腕を上げたね…」

真子が嬉しそうに言った。

「むかいんの料理で口が肥えてる人達を相手にするので、
 一週間ほど、試食会が続きましたよ」
「涼は涼、料理長は料理長やん。うち、料理長の味も好きやで〜」

理子も嬉しそうに言って、料理をたいらげる。

「パパのあじとちがうけど、しぜんがおいしいよ」

光一が笑顔で言うと美玖も釣られるように笑って、大きく頷いていた。

「天地山の自然を食べてる感じや」

理子が光一の言葉に付け加える。

「新たな表現ですね! 嬉しいことです!!」

真子達の会話が気になったのか、料理長自ら姿を現し、深々と頭を下げた。

「この夏の新メニューと思ってるのですが、名前をまだ
 付けてないんですよ。もしよろしければ、光一君と美玖ちゃんに
 名前を付けて欲しいのですが…」
「いいの?」

光一と美玖が尋ねる。

「是非」

爛々と輝く眼差しに変わる光一と美玖は、すぐに、名前を考えたのか、二人は同時に声を発した。

「てんちやま いただき!」
「てんちやま いただき?? どういう経緯でしょうか…」
「えっとね、てんちやまをたべるから!」
「こうちゃんが、しぜんがおいしいっていったでしょ、
 りこママも、しぜんをたべてるかんじ!っていったもん。
 だから、いただきます!! ということなの」
「ほほぉ、なるほど! では、その名前、いただきます!!」

そう言って、料理長は手にした札に名前を書いた。

『てんちやま いただき』

そして、新メニューの場所に、札を掲げ、満足そうに眺める。

「料理長……」

あまりの素早さに、まさと真子は、目が点になっていた。光一と美玖は、自分達が付けた名前が掲げられたことに大喜び。

「そうだ! こうちゃん、にっきにかこ!!」
「うん!」
「一日目の日記、ページまたぎそうやなぁ」
「二ページで納まらんのとちゃうか…」

理子と真子は、料理長と一緒にはしゃぐ光一と美玖を見つめながら話していた。

「真子さん、理子さん、この後、どうしますか?」
「そうやなぁ。真子は、支配人とお話するん?」
「まぁ…そうなるかな…」
「ほな、うちは、温泉上がったら、二人と一緒に寝るで。
 真子は眠たくないんやろ? たぁっぷり寝てたやん」
「一応、眠気は治まったけど…」
「……疲れておられるなら、明日にしますよ」
「早めがええねんけどなぁ」

真子は、まさを見つめ、

 ここに居る間に、えいぞうさんと健が、終わらせそうで…。

言いたいことを目で訴える。

 二人に任せておけば、よろしいかと思いますが…。

まさも、目で応えた。

「まささんの情報も、知っておきたいだけやねん…」
「ご存じでしたか…」
「まぁね」

ちょっぴり得意げな表情を見せる真子だった。


温泉を堪能し、湯川と少しだけ遊んだ光一と美玖は、疲れたのか、この日の夜は、いつもより一時間早く、眠りに就いた。理子は、真子とこの日のことを話していた。
理子があくびをする。

「ほな、うちも寝る〜。真子、程々にしとかな、怒られるで」
「うん。取り敢えず……説教やわ」
「うわ〜、支配人可哀想や〜」
「ええねん」

真子は膨れっ面。

「ほな、おやすみ〜」
「おやすみ!」

理子が布団に潜るのを確認し、真子は部屋の電気を消してから、まさの部屋へと向かっていく。
ノックをし、

「真子です」
『どうぞ』

まさの言葉を聞いてから、部屋へと入っていった。
まさは、深々と頭を下げていた。
真子が言いたいことを察しているらしい。

「……解ってるのにぃ…」
「申し訳御座いません。三日前、とある人物を駅で見掛けたので、
 問いただしたら、今回の情報を耳にしましたので、つい、癖で…。
 予想を遙かに超える速さで、変化していると…」

まさは恐縮そうに真子に言う。

「うん…。ここ二ヶ月、納まるどころか、増える一方で、
 健でも、水木さんでも追いつかないんだって」
「だからって、桂守を通して、優雅から情報を得なくても…」

そう言う、まさは、ちょっぴり怒っている。

「優雅さんも言ってた。もらったこれの情報も、明日には
 かなり変化してるかもしれないって」

真子は、優雅からもらった封筒を、まさに手渡した。まさは、すぐにパソコンへ取り入れ、内容を確認する。

「……真北さんには、渡せない情報ですね……」
「そうなの??」

驚いたように、真子がパソコン画面を覗き込む。

「……えいぞうさんと健、キルさん、須藤さんとくまはちで納めそうや…。
 結果しか、こっちに回ってこないかもしれへん」
「そうですね。あっ、でも、この情報は、お嬢様だけですよ」

『only mako』と書かれたファイルをクリックするが、パスワード設定されているらしい。

「聞いてますか?」
「何も……あっ!」

電車でのやり取りを思い出したのか、真子は、とある文字を打つ。

『mugen』

しかし、ファイルは開かない。

『henka』

やはり開かない。

「これでも駄目なら、これかなぁ…」

『mukashinomama』

クリアーしたのか、ファイルが開いた。

「新たな方法ですね…ったく、優雅も時代に合わせてきたなぁ」

ちょっぴり口調が変わるまさだった。

開かれたファイルに書かれていた情報は、真子、そして、まさが知らない内容だった。もちろん、この情報は、東守に渡したチップには保存されていないため、栄三たちには伝わることはない。

「凄く細かいですね。私でも知らない内容ばかりです」
「まささんも知らないということは、優雅さん、かなり無茶したのかな」
「いつか、お嬢様が連絡すると考えて、影で調べてたかも
 しれませんね。これなんて、慶造さんの時代のお話ですよ」
「お父様、知ってたのかな…」

真子の父・慶造が現役の頃の内容が、そこに書かれていた。
もちろん、真子が生まれる前のことで、この情報を提供した優雅自身が、まだ、小島家の地下に居た頃の話だった。
阿山組と敵対していた組の情報が、事細かく書かれている。真子にとっては、驚く内容ばかりで、じっくりと読みふけっていた。

「桂守から、聞いていたかもしれませんよ。その時代、
 桂守は、慶造さんには、口伝てでの報告でしたからね」

まさが、真子を引き戻すかのように、話しかける。

「そうなの? 小島家の地下には、膨大な資料があるって
 聞いたことあるんだけど、それを利用してたんちゃうんや」
「たまに訪れていたかもしれませんね。あっ、でも、その地下は、
 確か、阿山組二代目の頃に一度、襲撃にあって、資料は全部失って、
 新たに集め直したはずですよ」
「……えっと、ひいおじいちゃんって……そんなに…?」

真子の質問に、まさは、苦笑いで応えるだけだった。

「地下にある膨大な資料の話は、耳にしたことありますよ。
 慶造さんの時代にコンピュータにまとめられて、その後、
 最新鋭のものに、移行して、いつでもどこでも、取り出せるように
 変わってますね……」

小島家の地下での状況が、スラスラと口から出てくるまさに、真子は怪訝そうな眼差しを向け、

「まぁさぁさぁ〜ん」

怒りを抑えたかのような、とても低い声で真子に呼ばれて、まさは、ハッとする。

 しまった……。

小島家の地下の者達が集めた情報について、『いつでもどこでも取り出せる』ことを知ってるのは、店長から聞いたこと。もちろん、まさ自身もその情報にアクセス可能であることは、実は、真北や真子には内緒だった。

「………えっと……健ちゃんに聞いたので、知ってるだけですぅ…」

まさは誤魔化した。

「ったく…健は、そうやって、まささんからの情報を
 もらうつもりやなぁ〜」

 ごめん、健ちゃん。

思わず心で謝る、まさだったが……。

「……なんで、謝るん? ……怪しい……」

疑いの眼差しを向ける真子の言葉に、まさは何かに気が付いた。

「お嬢様……もしかして……」
「戻ってます」

はきはきと応える真子に、まさは頭を抱えた。

「いつですか?」
「…冬…。天地山に来たときに、心の声が聞こえてて、
 気のせいだと思ったんだけど、…戻ってた…」
「真北さんはご存じなのですか?」
「うん。…橋先生の病院にライが来た時、ばれちゃった」

あまりにも明るく応える真子に、まさは驚いた。

「お嬢様……」
「もぉ〜! 真北さんにも言ったけど、自分で対処できる歳やで!
 心配せんでも、大丈夫なのにぃ」

真子は膨れっ面になる。

「それでも、無茶しないでくださいね」
「状況によるけどね…」

力強く言う真子に、まさは少し不安になっていた。

「……ねぇ、まささん」
「はい」
「…………これって………」

真子が指さすパソコンの画面。そこに書かれている情報は……。

「あちゃ〜〜〜……。お嬢様…」
「はい」
「目…瞑っていただけるとありがたいです…」
「ふ〜〜ん〜」

ちょっぴり焦ったようなまさに、真子は悪戯っ子のような眼差しを向ける。
どうやら、そこには、真子が知るはずもない、もちろん、真北にも内緒の、まさのこれまでの行動が、事細かく書かれていた。

「支配人と医学生の講師と医者の他にもあったんだぁ」
「……そうでないと、お嬢様にお話できませんので」

まさは、力強く言い切った。

「ったくぅ…。体のこともあるんだから、程々にしてよね…まささん」
「自分で対処できますので」

真子の言葉を借りて、優しく言うまさに、

「もぉ〜。わかりました。このことは、誰にも言いません」

真子は笑顔で言った。

「ありがとうございます。これに関しては私の方で
 対応致しますので、お嬢様は、何もなさらないでください。
 こちらに居るときは、ゆっくりおくつろぎくださいね」
「まささんもだよ」
「心得ております」

まさは、画面を下へスクロールする。

「!!!」

最後の方には、優雅から真子へのメッセージが書かれていた。


『最後に。今回の件は、過去を知ることが鍵になるはずだ。
 一番詳しいのは、長年生きている室長なんだが、
 阿山真子よ、頑張って聞き出せることを祈る』






真子が部屋に戻り、寝静まっても、まさは起きていた。

 過去を知る……か…。

大きく息を吐き、背もたれにもたれかかる。
まさ自身も、桂守が歩んできた過去のことは知っている。
まだ、まさの父が現役の頃に聞かされていた。

傷付かない、死なない、そして、歳を取らない。

それが、まさか、真子やライが持つ特殊能力が関わっているとは、当時は結びつかなかった。
特殊能力の事を調べ始めた時に、桂守のことも、桂守が居た小島家の者から、それとなく教えてもらった。
そして、今回。
死んだはずの男達が、生き返っている。
まぁ、それは、身近な者で体験していたが、能力を受けた者だけでなく、能力を持っている者も、そうなる体質だったことに、まさは、思考が停止してしまった。

それでは、真子が天地山に来たときに、どう接して良いのか悩むことになる。連絡をしたくはないが、この際、一番詳しいと考えられる人物=橋に連絡を取り、知っていること、そして、予測していたことを全て聞き出していた。

竜次が二人。
ライは人間としての状態を回復中。
緑、シアン、そして、白の光。

真子達が持つ特殊能力については、未だ解明出来ていない為、過去の文献、そして、ライたちが調べ、実験した結果を参考に、持っている医学の知識も利用しながら、これからのことを予測するしかできないことに、まさは、少し苛立ちを見せていた。

直ぐに対応できるようにするしかないだろがっ。

橋の言葉に、まさは、落ち着きを取り戻す。そんな中、自分は既に足を洗った世界=真子が生きる世界の情報が飛び込んでくる。あまりの変化の速さに、まさは、力になることが出来れば…と、小島家以上に細かな情報を入手していた。

もちろん、それには、優雅への依頼も含まれている。

だからこそ、優雅は、真子だけに伝える情報を用意していた。
そして、優雅自身、気が付いたらしい。

過去を知ることが鍵。

それは、任侠の世界ではなく、ライと竜次、そして、特殊能力の影響を受けた者達の行く末のことを示している。

今回、まさは力になれないかもしれない。
だけど、自分が生きていたあの世界に対してなら、力になれるはずだ。
まさは、そっと目を瞑る。

それは、長い時間だった。

もう、戻らないと決めた。
だが、納まるまでなら……。

まさは、唇を噛みしめ、拳をグッと握りしめた。





真子たちは、天地山のゲレンデで、遊んでいた。
美玖と光一が、ソリに乗ってゲレンデを滑り降りてくる。その二人を守るように、真子と理子が一緒に駆け下りてきた。

「ママ、もっとぉ!!」
「ほな、上るで〜!」

美玖と光一は、自分のソリを持って、ゲレンデを駆け登る。そして、滑り降りる。……を何度も何度も繰り返して、楽しんでいた。
そんな四人を見つめる、まさ。
本来なら、一緒に遊びたかったが、この日は、支配人としての仕事が溜まっている為、いつも以上の速さで仕事をこなしていた。

「支配人、こちらもお願いします」
「………人使い荒いなぁ〜」
「仕方ありません」
「満こそ、仕事は?」
「支配人の補佐です」
「だったら、これと……これ、そして、これも、あと、これもだな」

山積みになっている書類の中から、次々と書類を取りだし、満に渡す。

「これは、支配人のサインが必要です。これと、これも。
 これと、これも……」

満は、手渡された書類を、まさへと返す。

「……満ぅ〜」
「お客様が少ない時期だからといって、支配人としての仕事を
 おろそかにしていたのは、どなたですかっ!」

いつになく、強く出た満に、まさは、驚いた。

「それに、真子様の世界のことは、京介に頼んでいるのに、
 それ以外のことを調べていたのは、どなたですかっ!!!」

満の声が震える。

「どれだけ……心配……してると……」
「み、み、満くぅ〜ん。どうしたのかな…?」
「もう…戻らないと……そう仰ったのは、兄貴ですよ。
 なのに、どうして…」
「満?」
「兄貴のオーラは、わかりますよ。だって、俺……」

満の目から、滝のように涙が流れ落ちた。

「もう……も…う、……グズッ……失いたくないです。
 別れたくないんです、俺……」

 満………お前…。



昨夜、酔って寝込んでいた満は、酔いが覚めるほどの気配に、飛び起きた。

 この気配……兄貴…? …まさかっ!!!

まさが決意した思い。その時に発したらしいオーラは、その昔、まさが『仕事』を決行する前の日に感じていたものに匹敵するものだった。もう感じることのない気配に、満は不安を覚えた。そして、部屋を飛び出し、支配人室のある方を見上げた。
その手には、携帯電話が握りしめられていた。自然と、とある番号を押し、夜中にも関わらず出た相手に、そっと告げる。

「京介、兄貴が戻った」
『…そうならないようにと、俺が動いているのにか?』
「恐らく、優雅からの情報が…」
『真子様、連絡を取っていたのか…。今は、どうだ?』
「…動いてない。でも、もしかしたら…」
『予想してた通りだな。じゃぁ、あれ、実行しとけ』
「わかった。…でも、俺…冷静に居られるかな……」
『頑張れ』



満の涙に、まさは、大きく息を吐く。

「あぁもう…。今は動かへんって。まだ、相手の状況も
 変化し続けとるやろが。それに、今は、お嬢様が
 居られるのに、俺が動かへんことくらい、わかるやろがぁ」
「わかって……いる……からこそ……グスン…です。
 それに、兄貴、関西弁……」
「しゃぁないやろぉ。橋と話してたん長いんやし、それに、
 暫く大阪に居ったやろがぁ〜」
「だからですよ!!!」

満に言われて、ハッとなるまさ。
まさが大阪で過ごしていた時期は、橋に医学を教わる傍ら、本来の『仕事』をしていた時期であり、東北育ちが関西弁に染まってしまうほど、大阪に馴染むしかなかった頃で……。

「悪かった」

静かに言って、まさは、目を瞑る。そして、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
吐き出す息とともに、まさが醸し出していたオーラが、穏やかな物へと変化する。

そっと目を開けた、まさ。それこそ、天地山ホテル支配人のオーラをまとっていた。

「お嬢様も気付いていたのかな……」

そう呟いた、まさは、窓の外を見つめた。
真子は、ゲレンデの中腹辺りから、まさが居る支配人室を見上げていた。その眼差しに感じるもの…。

 ったく。心配したんだからねっ。

ちょっぴり膨れっ面になっていることに気付いたまさは、真子に向かって。深々と頭をさげていた。



「真子ぉ、どうなん?」

ゲレンデを駆け上がってきた理子が、真子に声を掛けてきた。

「戻った」

安心したように、真子が応え、そして、微笑んだ。

「支配人の過去のことを聞いた時は、驚いたけど、
 うちにとっては、天地山ホテルの支配人やもん。
 あっ、ちゃうわ。真子を溺愛する支配人やったわ」
「もぉ〜理子ぉ〜」
「初めてここに来たときから、感じてたことやん。
 今思うと、支配人が真子を見る眼差しが、真北のおっちゃんと
 先生と、まさちんさん以上のものやったなぁって。
 ……うちは、関わらへんし、もうせぇへんって決めたけどな、
 支配人の思いも、くまはちさんの思いも、ぜぇんぶ、解るで。
 もちろん、真子の思いも」
「理子……」
「しかぁし! 今は、天地山に居るんやで。何もかも忘れて
 ゆっくりするんちゃうん? みんなにそう言うて、納得させたんやろぉ。
 言った本人が、うじうじしなや!」
「……そうやんな…。…でも、ほんと、……昨夜は驚いたもん…」
「…うちは、真子の声に驚いたんやで。光一と美玖ちゃんが
 起きなかったん、幸いやで」
「うん…」



どうやら、まさが決意した時のオーラに、真子も反応したようで…。



「まぁ。戻ったんやったら、もうええんちゃう?」

まさのオーラが支配人に戻ったなら、真子も気にせず、のんびりすること。
理子の言葉に、真子の笑顔が輝いた。真子は大きく息を吸い、

「まささぁ〜ん、頂上行っていい?」

まさに向かって、そう叫んだ。
まさは、支配人室にあるバルコニーに出て、

「私も向かいますので、リフトまでお戻りください」

そう応え、部屋に戻り、

「満。あとは頼んだで。夕方までや」

目茶苦茶嬉しそうに満に伝えて、支配人室を出て行った。

「って、支配人〜、まだ、関西弁ですよ!!」

すでに居ないまさに向かって、満が叫ぶ。

 戻ってよかった…。

安堵の息を吐いた満だが、デスクの上にある山積みの書類に目が留まる。手が勝手に受話器を握りしめ、短縮ボタンを押していた。

「京介……手伝え」
『えっ? まさか、兄貴…』
「仕事終える前に、行ってもた」
『………がんばれ〜ファイトっ!』

京介の言葉に項垂れる満だった。


その頃、まさは真子達とリフトの側で合流し、リフトを動かし、天地山の頂上へと向かっていった。




緑が眩しい天地山の頂上で、真子達は、大自然の壮大さに魅了されていた。

「夏も素敵だね…」

真子が、そっと呟いた。

「ありがとうございます」

感慨深く、まさが言い、そして、

 もしもの時は、動きます。

心の中で、真子に語りかけた。

「そうならないように、頑張る」
「ここでは、もう、何も考えずに、お過ごしください」
「そうしまぁす」

真子は笑顔で応え、大きく背伸びをした。

「きもちいいね〜」
「きもちいい〜!」

美玖と光一も、大自然の空気を目一杯吸い込むように、真子と同じように、背伸びをする。

「うちも〜!」

理子も背伸びをすると、もちろん、

「私も!」

まさも同じように背伸びをした。


 ひとまず、安心かな…。

少し遅れて頂上までやって来て、木の陰から、まさたちの様子を心配そうに伺っていた満が、フッと笑みを浮かべ、空を見上げた。

そこには、清々しいほど真っ青な空が、広がっていた。


(2020.8.8 第一章 驚き 第十一話 UP)



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