任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

第一章 驚き
第十五話 手料理。

真っ青な空が広がる晴れた日。
緑川運転の車が、一軒の家の前に停まった。時刻は、午前八時五十五分。予定の時間より五分早い為、少しばかり時間を潰していた。

 今日も良い天気だなぁ。

ハンドルにもたれ掛かり、空を見上げる。本当に晴れ渡る空だった。

午前八時五十九分。
緑川は周りの安全を確認した後、車を降り、一軒家の門の前に立った。

『向井』という表札を確認し呼び鈴を押す。

『はーい』
「緑川です。お迎えに参りました」

すぐに玄関のドアが開き、理子と光一、そして、光也と美凉が出てきた。四人とも、出掛ける準備は万端である。

「おはようございます」

緑川は深々と頭を下げる。理子達も、釣られたように頭を下げ、

「おはようございます! 今日はよろしくお願いします」
「おねがいします!」

しっかりと挨拶をした。

「私共もお世話になります」

光也が恐縮そうに言うと、

「いえいえ、こちらこそ、よろしくお願いします。
 真子さんは、ぺんこう先生と美玖ちゃんと徒歩で
 公園まで行くそうです」
「ほな、公園に直行やね」
「はい。お昼は、おやっさんが用意するそうです」
「楽しみや〜」
「どうぞ」

緑川は、美凉と光一、理子を後部座席へ招き、優しくドアを閉めた。光也は自分で助手席のドアを開けて乗り込む。そして、緑川は運転席に回り、周りの安全を確認してから乗り込んだ。エンジンを掛け、理子達がシートベルトをしているのを確認してから、自分もシートベルトを締め、

「では、出発しまぁす!」

そう言って、サイドブレーキを下ろし、ウインカーを出して、アクセルを踏んだ。

「安全運転やね〜、緑川さん」
「そうですか? みなさん同じだと思うのですが、
 運転、荒い人、居られました???」
「先生も真北のおっちゃんも、くまはちさんも安全運転やけど、
 そこまで、きっちり安全確認してへんで」
「その方達は、目だけを動かして、確認してるはずですよ。
 私のように、首を動かす運転手は、教習所の癖が
 抜けてないだけかもしれませんね」
「なるほどぉ。涼は免許持ってへんし、取ろうとも
 思わなかったって言うてたわ」
「むかいんさんは真子さんの料理の事ばかり考えてたから
 運転手になろうとは思わなかったみたいですね。
 おやっさんが奨めたけど、当時は、ぺんこう先生が
 免許取ったから、いいや〜って思ったそうですね」
「緑川さんは?」
「私は、おやっさんと買い出しの時に必要だと思ったので、
 料亭に来て、修行がてら、教習所に通いました」
「……あれ? 確か、大学に通ってませんでした?」
「更に腕を上げたいのと、私もお店を持ちたいので、
 無理言って、通わせてもらってます」
「めっさ忙しそうやな」

理子の言葉には、深い意味が含まれている。

「まだまだ余裕があります!」

ニッコリ微笑んで、緑川が応えた。

「……ところで、真子は、ちゃんと起きたん?」
「美玖ちゃんに起こされたそうですよ」
「美玖ちゃん、張り切ってたもんなぁ」
「ぼくも!!」

光一が元気よく声を挙げると、車内に笑いが起こっていた。

理子達が公園に向かう道を走っている頃、真子達は、公園の近くを歩いていた。

「ずいぶん変わったよね〜。あの建物無かった」
「この辺りは、ほとんど建て替えたみたいですよ。
 住民も変わってますね」
「若夫婦が多そう」
「これじゃぁ、真子が、道に迷うよなぁ」
「もぉ〜。あの後、ちゃぁんと覚えたでしょ〜」
「建物を目印にしてたから、この辺りだと迷うんちゃう?」

ぺんこうの言葉で、真子は立ち止まり、辺りを見渡した。

「…迷いそうや…」
「……真子……ほんとに、建物しか覚えてなかったんですね…」
「ええやんか〜。私が歩いてても、ちゃぁんと手を引いて
 行き先まで連れてってくれたの、芯やろ〜」
「はい〜」

ぺんこうは、にっこり微笑んで、真子と手を繋ぎ、美玖を抱きかかえた。

「美玖、この方が遠くも見えるやろ?」

美玖の目線は、ぺんこうよりも少し高くなっていた。
いつもは見上げる真子を見下ろし、美玖は嬉しそうに微笑んだ。

「うん! もうすぐこうえん!」

公園にある木々が、住宅の向こうに見えていた。



「ついた〜!!」

公園に着いた途端、ぺんこうは美玖を地面に下ろした。
公園は、夏の暑さを感じさせない程、涼しげで、誰もが木陰でくつろいでいる。そこには、みんなの笑顔が夏の眩しさ以上に輝いていた。

「やっぱり、人が多かったね」

真子は、ちょっぴり警戒する。

「大丈夫ですよ」

優しく微笑んだ ぺんこうは、遠慮がちになってしまった真子の手とワクワクしている美玖の手を握りしめ、公園へ入っていった。そして、チラッと目が合った人に軽く会釈した。

 ったく、これじゃぁ、キャラクターランドの二の舞や…。

真子は気付いていないが、ぺんこうは気が付いていた。
一度、顔を見た人間は忘れない。
それは、身についた性だが、キャラクターランド最終日のあの日。土産物屋の辺りに居た人物全ての顔は覚えており、その時に見た顔が、かなりの数、公園の中にあった。

『真子さん到着です』

公園の入り口近くで、音楽を聴きながら俯き加減で立っていた男が呟いたのを、ぺんこうは聞き逃さなかった。真子に気付かれないよう、その男に目線を送り、ギッと睨み付け、

 引き取ってくれへんか?

と、口を動かした。
その男は、首を横に振り、耳を指さした。

 無理です!! 真北さんに言ってくださいっ!

耳を指さしただけで、男が言いたい事が解った ぺんこうは、目で語る。

 隙見て、連絡するからな…。

「ねぇ、パパ。ふんすいにいきたい」
「緑川さんの車は、向こうに到着?」
「……噴水から向こうには行ってないから、分からん。
 でも、料亭までは、理子達も徒歩やろ? 車では、
 人数的に無理やし」
「ほな、そこかな」

来た道を振り返ると同時に、公園の入り口の前に一台の車が停まり、理子達が降りてきた。

「真子〜!」
「みくちゃ〜ん!!」
「おはようございます」

理子、光一、そして、向井ご夫妻と緑川の声が、同時に発せられた。


『理子さん御一行も到着です。警護開始します』
「了解」

真北は、マイク付きイヤフォンで、連絡を取っていた。
ここは、特殊任務の本部。
真北は、この日から謹慎が解け、仕事に復帰していた。なので、真子が公園に行く日の朝。公園での警護に召集をかけ、買って出た任務の者達に一般市民を装って、速攻で向かわせた……が、その人数は、かなり多かったらしく、真北は、その五分の一に減らすことにした。それでも、人数は多かったらしい。

真北の内ポケットで、携帯が震えた。
そっと手に取り、画面を確認する。

 邪魔です。

ぺんこうからのショートメッセージだった。

「……芯にばれてるやないか…誰や…」
『すみません、私です。顔を覚えられてるようで、
 任務の者全員を睨み付けてます…』

公園の入り口で、一番最初に睨まれた男が、静かに伝えてきた。

「……ランドの連中は、あかんかったか…」

真北は項垂れた。

『あっ、でも、みなさん、諦めてませんね。
 もちろん、私もです。真子さんの今の姿を
 楽しみにしてましたから』
「ありがとな」

真北の顔が綻んだ。

「……で、どうや?」
『今の所、何も感じません。朝の行動と、恐らく
 山中と小島家と猪熊家で、この地域を抑えてますね』
「ったく、あいつらは…」
「真北さん、新情報入りました」

同じ部屋で、情報収集していた任務の一人が、真北にパソコンの画面を見せる。

「ほぉ。朝の連中の情報が入ったんだろうな。
 これだと、午後からになるな。真子ちゃんには
 逢えないままだなぁ〜。行動が遅いな」

そう言いながら、真北は、ぺんこうに返信する。
その手つきは、慣れたものだった。

「芯くんは、なんと?」
「ん? あ、あぁ、真子ちゃんが、話しかけて、
 親子連れと楽しんでるってさ」
「私も行きたかったなぁ〜」

情報収集している他の者が、嘆いていた。

「正月に、顔を知られたんやろが。無理や」
「まさか、八造くんに知られていたとはなぁ〜。
 本当に、猪熊家は、どこまで詳しいんですか…」
「お前のオーラやろ。何度言っても、それだけは
 納まりきらんもんなぁ〜」
「私の本能ですから、仕方ありませんね。だけど、
 真子さんもお元気そうで安心しましたよ」
「いつもありがとな。真子ちゃんが無事なのも、
 みんなのお陰やし」
「仕事ですからね〜」

『仕事』と言いながらも、仕事には含まれていない行動もしていることは、真北は知っている。
それは、ぺんこうやくまはちがトレーニングとして走っている時や真子が徒歩で移動中などに、トレーニング中と称して、真子達が通る道や街を走り回って辺りを見回っている行動。

何度もすれ違うものだから、くまはちは警戒し、気付かれないように後を付けたことがある。
その時に知った、その男の素性。
正月にすれ違った際、くまはちが ぺんこうに伝えていた。

ぺんこうが、阿山組と関わるようになってから、トレーニング中にすれ違って、軽く挨拶する程度の顔見知りになっている。だからこそ、この日、トレーニングと称して、公園に行こうとしていたが、真北に停められていた。

「……おいおい、写真まで一緒に撮るなよぉ…」

ぺんこうから送られてきた添付画像を開けると、そこには、真子達が公園に居る大勢の人達と楽しんでいる姿が写っていた。

『すみません……ばれましたぁ〜』
「あほがぁ……」

イヤフォン越しに聞こえてきた声で、公園での様子が判る真北は、再び項垂れた。




「やっぱりな〜。観たことあると思った」

真子は、ベンチに腰を掛け、周りに居る人達と話し込んでいた。

「まさか、あの一瞬で覚えられるとは思わなかったですよ」

キャラクターランドを出る寸前、真子はお土産屋の周りに居た人達を一人一人見つめ、一礼していた。その一瞬で、顔を覚えていたらしい。

「でも、私たちは、この地域に住んでいる者ですよ」
「そうなんですか?」
「えぇ」
「もしかして、任務絡みですか?」
「任務に就く前から住んでるんですよ」
「そういう人達が集まるのかなぁ」
「真北のおっちゃんって、ほんま、得体の知れへん人やわ」

真子に説明を受けたのか、理子も公園の人達が、真北の任務絡みの人だと判った途端、話に加わっていた。その輪には、向井夫妻も入っている。

「…だけど、特殊任務って、そんなに簡単に就けないですよね。
 もともと、そちら方面を希望してたんですか?」
「そうですね…地域を守りたい…って気持ちがありました。
 それは、真子さんのお父さんの時代のころでしたよ」
「父の時代の経緯を、知ってるだけに……」

ちょっぴり困った表情になる真子だったが、

「それでも、たくさんの人が救われたんだから。
 私たちも、その救われた者なんだけどなぁ」

美凉が明るく言うものだから、真子に笑顔が戻っていた。

「必要無い世界…。それが、私の目指すものだから。
 もっと頑張らないと…」

そう言って、真子は、噴水の周りではしゃぐ子供達と、その子供達に釣られるように走り回っている任務の人達を見つめた。

「目指す思いは、我々も一緒です。本来なら必要の無い
 特殊任務という組織。真北さんと慶造さん、そして、
 ちさとさんの思いですから」

真子の言葉に触発されたのか、真子を守るように立っていた任務の者が言った。

「そっか…。だから、おっちゃん、無茶するねんな」
「それは、任務に就く前からだな」

少し年配の男性が言うと、笑いが起こった。どうやら、この男性は、真北が刑事になりたての頃を知っているらしい。

「滝谷は、今でも苦労してるからなぁ」
「ほんと、申し訳ありませんっ!!!」

思わず、真子は謝った。

「そんな真北さんに説教するって、理子さんは、
 怖い物知らずですね…」
「怖い物知らずというより、見ていて腹立たしいだけやねん。
 長年、よぉ似たこと繰り返すんやもん。だから、怒る
 タイミングも、解ってきただけやで」
「そのタイミングが解ってても、私たちは怒れませんよ」

真北とのやり取りを思い出したのか、ちょっぴり顔色が青くなる。

「真子の世界もそうやけど、そっちの世界も上下関係
 大変そうやなぁ。…って、どこの世界も一緒か」
「理子さんも真北さんも、相手を思っての行動ですから、
 私たちは、安心できますし、すぐに対応も出来るんですよ」
「朝に言われて、これの五倍も居ったとは…減らして正解や。
 これの五倍やったら、身動き取られへんかったわ」
「すみません。どうしても、真子さん達を見守りたくて
 連絡を受けなかった者も、集まってしまいまして…」

恐縮そうに言う任務の者に、

「それやのに、真子にばれたら、大目玉ちゃうん?」

理子が、とどめを刺した。

「すでに真北さんに伝わってるみたいですね…。
 さっきから、すんごい怒りの声が聞こえてきます」

イヤフォンを外しても、真北の声が、ちょっぴり漏れて聞こえてくる。どうやら、一人一人に何かを言っている様子。真北に直接言われた者は、動きが止まり、何かを伝えた後、再び元の動きへと戻っていた。

「私が留める」

そう言って、真子は、隣に立つ任務の女性から、マイク付きイヤフォンを借りた。女性は、操作の仕方を真子に教え、真子は直ぐに、行動に移す。

「楽しんでるんやから、邪魔せんといてや」
『ま、ま、ま、真子ちゃんっ!!!!!!
 貸したん、誰やぁっ!!!!!!!』

目茶苦茶慌てたような真北の声は、公園に居る任務の者達全員のイヤフォンに届いたらしく、誰もが動きを止め、大爆笑。

『てめぇぇるるぁららぁ〜。全員撤収せぇ』
「無理でぇす」
「お断りします」
「途中で放棄できません」
「嫌ですっ!」
「聞く耳ありませぇ〜ん」

真北のイヤフォンに向けて、その場に居る者達が全員、指示には従えない言葉を発していた。もちろん、それらは、全部、真北の耳に届いている。

「みなさん、ちゃんと仕事してますから、大丈夫ですよ。
 真北さん。ありがとう」

真子の優しい声が、真北に届く。

『真子ちゃん……。…かしこまりました。全員、
 時間まで職務を全うしてください』

真子の言葉に優しく応える真北だった。

「だそうです」

真子は、マイク付きイヤフォンを女性に返す。

「真子さんが一番強かったんですね」
「おっちゃん、真子には一番弱いもん」
「真北さんの今の表情、なんとなく、想像できますね」

美凉が言うと、

「今頃、泣いてるんちゃう?」

理子が安心したような表情で、そう言った。



理子が言ったように、真北は、イヤフォンを外し、目頭を抑え、流れ出そうな涙を止めていた。

「鬼の目にも涙…やな」
「……ほっとけ」

真北の仕事復帰の様子を見に来た滝谷は、公園に居る任務の者達と、真子とのやり取りを一部始終見ていた。真子が語りかけた言葉に真北は、いつにない表情を現した。
その表情を見てしまった滝谷。
ついつい言いたくなったものの、真北のことは何でも知っている為、呟くように言ったのだが、真北には聞こえていた。

いつものように応えた真北の声は、震えていた。




真子達が楽しい一時を過ごしている公園の近くを、二人の男が歩いていた。
一人は帽子を目深に被り、真夏なのに、コートを羽織り、片袖は、ポケットに入っている。もう一人は、スーツをビシッと着こなしていた。

「賑やかですね」

スーツの男が公園を見つめながら言った。

「帰省時期だからだろ」

帽子の男が短く応えながら、公園の周りを見渡し、

「で、どこなんだ?」

静かに言葉を発した。

「こちらですね」

スーツの男に言われ、帽子の男は、公園とは反対側の方を見た。

「あの建物か?」
「はい。でも、近々取り壊される予定だそうです」
「そうか」

短く応え、帽子の男は、公園とは反対にある、取り壊されると言われた建物の方へ歩いて行く。






「今日はありがとうございました。
 みなさんも、ゆっくりお休みください」

真子は、公園に居る任務の人達へ挨拶をする。

「楽しい時間をありがとうございました!!」

真子達と遊んでいた任務の者達も、真子達へ挨拶をした。

「お気を付けて!」

任務の者達に見送られながら、真子達は、公園の入り口へと歩いてきた。

「たのしかったね、ママ」
「はしゃぎすぎて、お腹空いたよ〜」
「真子がはしゃぎすぎるって、珍しいやん」
「ええやんか〜。発散発散!」

真子は笑顔で応えていた。




真北にお礼の言葉を伝えた後〜。
真子は、噴水の周りではしゃぐ美玖達のところへいき、一緒にはしゃぎまくっていた。もちろん、理子も加わり、子供達以上に、はしゃぎまくってしまう。

「いつまでも、子供やなぁ」

その輪から離れ、光也と美凉達が座るベンチに、ぺんこうがやって来た。

「芯くんも、はしゃぐんですね…」

驚いたように話しかけたのは、年配の任務の男。
もちろん、ぺんこうの事は、ぺんこうが幼い頃から知っている。

「はしゃいでいないと、怒りが収まりませんよ。
 ほんとに、あの人の言うことを聞かないでください」

ぺんこうも、この年配の任務の男のことは、幼い頃から知っているものだから、ついつい親しげに受け答えをしてしまう。

「芯くんって、真面目な印象だったから、
 はしゃぐイメージ、無かったなぁ」
「私も成長しますよ。まぁ、変わったと言われると、
 反論できませんね。今の生徒達と過ごしていたら、
 自然と身についたものですよ」
「そうでしたか」
「それに、兄さんも、この場に居たら、同じように
 はしゃいでいますよ」
「子供達に合わせるのは、真北の特技ですからね」
「だからこそ、真子が懐いたんですから」
「そうですね」

ぺんこうと任務の男は、真子を見つめ、心を和ませていた。



真子達は、公園を出て行く。そして、帰路に着いた。真子が公園を出た途端、任務の者達は、解散命令が出たのか、すぐに、公園を出て、去っていった。


先程、公園とは反対側へと歩いていた二人の男が、公園の方へ戻ってくると、真子達が公園から出てくるところに出くわした。真子達は、二人の男に気付いていないのか、そのまま、帰路を歩いて行った。

「……あの女……どこかで……」

帽子を被った男が、顔を上げた。その目は、真子の姿を追っていた。
真子達に続き、公園からたくさんの人が出てくる。

「…どうされました?」
「ん? 昼時が近づいてるなぁと思ってな」

公園にある時計が目に留まったのか、時刻を確認した。

「食欲出ましたか?」
「……俺は、まだだな」
「それでも、何か口に入れてくださいね」
「あぁ。お前と同じものでいい」
「かしこまりました」

そんな会話をしながら、公園へ入っていく二人の男。
公園の入り口で、音楽を聴いていた任務の男は、公園の様子をチェックし終え、一歩踏み出した時、二人の男とすれ違う。

「では、私の好きな物でよろしいですか、竜次様」

スーツの男の言葉が、耳に入った。

 えっ?!

驚いて振り返るが、すでに、二人の男の姿は、そこには無かった。
任務の男は、懐から小型のパソコンを取り出し、何かを確認するかのように、画面を操作し始めた。それは、公園の入り口辺りを映し出している防犯カメラの映像だった。高画質の為、人々の顔まで認識できるものであり、少し前の画面を遡って、先程すれ違った男達の姿を見つける。そして、その顔と姿を観察するように画面に見入った。

スーツの男の顔は、はっきり映っているが、記憶に無い顔だった。しかし、帽子の男の顔は、帽子で隠れて確認できない。コートの袖がポケットに入っている事に気付いた。袖には何も通っていないのが判るほど、膨らみが無い。それは、腕が袖を通って無いからだと、悟った。

真子達が公園を出て行く姿が映った。二人の男達は、公園の反対側から出てくる。そして、帽子の男が、真子達が去っていた方を見つめるかのように顔を上げた。

「!!!! 黒崎竜次っ!!!!」

帽子を被った男の顔を確認した任務の男は、マイク付きイヤフォンに手を当て、真北を呼び出した。

『なんや?』
「黒崎竜次です。こちらに移動しているようです」
『…なんだと? 今、どこや?』
「公園の入り口です。その防犯カメラの映像で
 確認できます」
『接触したのか?』
「いいえ。それはございませんが、噴水の方へ
 向かったと思われます」
『…確認した。………直ぐに、そこを去れ。
 公園の反対側は、黒崎の家があったところやからな。
 帰省しただけやろ。接触してないなら、今はいい』
「しかし、記憶は戻ってないとお聞きしておりますが…」
『一緒に居る男が、記憶を取り戻すために、そこに
 連れてきた可能性もある。だが、詳細が判るまで動くな』
「かしこまりました。すぐに本部に戻ります」

そう言って、任務の男は、二人の男が向かったであろう方向を見つめ、辺りの様子を伺い、二人の姿が無いことを確認した後、駆け出した。



真北は、防犯カメラの映像を確認していた。二人の男は、公園の入り口で任務の男とすれ違った後、とある場所で立ち止まっていた。そこは、公園の入り口からは見えない位置であり、任務の男は公園の外で連絡を取っていた為、気付いていなかった。
帽子を被った男=竜次が立ち止まり、何かを見つめている姿は、公園内の防犯カメラに映っていた。
その場所こそ、沢村邸があった場所だった。

 竜次……記憶が戻ったのか?
 それなら、真子ちゃんに気付くよな。
 ……それより、もう一人の男は、誰だ…?

真北は目を懲らして竜次の隣に立つスーツの男を見つめていた。 スーツの男は、竜次に何かを話しかける。竜次は首を横に振り、スーツの男と一緒に歩き出した。そして、公園の反対側の出口から、出て行った。

「真北、追うなら、許可するぞ」
「今はいい。これ以上、探ると、勘付かれる」

 スーツの男、防犯カメラに気付いていたよな…。

竜次が歩き出した時、画面越しだが、スーツの男と目が合った真北。その眼差しに、何かを感じたのか、真北は眉間にしわを寄せていた。

「……明日は、笑心寺の予定だが、周りは無しか?」

滝谷は、深く考える真北を引き戻すかのように声を掛けた。

「真子ちゃんの希望だからな。そこは、いつも通りに
 なっているから、しなくていい……しないでください」

急に口調を変える真北は、話しかけてきたのが、自分の上司の滝谷だということを思いだしたらしい。

「分かった。ほら、これ。言われた内容より更に広げているから、
 暫くは、こっちに来なくていいぞ」

滝谷は、分厚い資料を真北に手渡した。
内容を確認するかのように、真北は資料に目を通す。

「ありがとうございます。予測以上の範囲ですね…」
「今の阿山組の動きと小島家の動き、そして、地山一家の
 情報網の動きから考えられることだからな」
「そうですね」
「……あと、報告書、記載漏れしてないか?」
「くまはちの情報も加わっておりますので、全てですね」

資料を読み終えたのか、真北はサインをし、確認済みの箱へ入れた。

「阿山組組本部の池……二回りほど広げたらしいが、
 その報告は無しか?」

少し低い声で滝谷が尋ねる。
その言葉には、とある深い意味が含まれていた。

「鯉が増えて、それぞれが大きく育ってしまって、
 あまりにも泳ぎにくそうにしていたからと、猪熊さんが
 池を広げただけですね」
「それだけなら、松本がわざわざ大阪から来なくても
 良かったんじゃないのか? 一応、本部内の改装の
 連絡は来ていたんだが…」

滝谷は、鋭い眼差しで真北を睨み付けた。

「そういや、暫くの間、松本の姿を見ませんでしたね」
「真北には、連絡無かったのか?」
「本部については、山中に任せてますし、私が関与する
 場所でもありませんから」
「はぁ〜〜。それなら、いい。記載漏れなしだ」
「ありがとうございます」
「…いいか、真北。哀しませるようなことだけは、
 決してするんじゃないぞ」

滝谷は、阿山組組本部の改装についての詳細に気付いてた。松本が、それとなく、滝谷へ直接伝えていた。しかし、真北からの報告は無い。

もしかしたら、真北も指示をしたのかもしれない。

真子の世界の状況を把握しているからこそ、真北は仕事仲間を巻き込まない為に、敢えて、単独で行動することがある。それが、その一つであることも理解していた。
滝谷は、真北がその事を隠していることも判っている。だからこそ、周りの者に悟られないよう、別の言葉で、真北に伝えていた。

「心得ております」

滝谷の思いに気付いている真北も、それに触れること無く、別の言葉で応対する。

 今以上に、動きそうだなぁ、真北は。
 今以上に動こうとしてるの、滝谷さんにばれてるな、これは…。

それぞれの心の声は、相手には聞こえていないが、ニッコリと笑顔を交わす二人に、その場に居る任務の者達は、冷や汗を掻いていた。

真北に再び(?)謹慎が言い渡される日は、近いと悟って………。





高級料亭・笹川。
真子達が、暖簾をくぐっていった。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ」
「女将さん、お世話になります!」
「楽しんできたから、お腹空いたでしょ、光ちゃん、美玖ちゃん」
「うん! ささおじさんのおりょうり、たくさんたべたいから」
「いっぱいあそんで、おなかすかしてきた!」

光一と美玖の声は、奥にある厨房にも聞こえていた。
そこでは、笹崎と達也が、すでに調理に取りかかっていた。

「こちらへどうぞ〜」

喜栄が、真子達を特別室へと案内する。
光也とぺんこうが向かい合わせに座り、光也の隣に光一、美凉、理子と席に着いた。ぺんこうの隣には、美玖が、光一と向かい合わせに座り、真子は美凉と理子の向かいに座った。

緑川が、飲み物を持ってくる。

「お飲み物お持ちしました〜」
「緑川さんの本来の姿だ」

理子が言うと、緑川は照れたような表情をする。

「今日は、配膳係です」
「笹崎さん、張り切ってそうですね」

真子は喜栄に話しかけた。

「あの人の生き甲斐ですからね、芯くん」
「私に振らないでください!!!」

ここにも、ぺんこうの昔のことを知ってる人達が居た。

食事は滞りなく進んでいく。
時には笑いが起こり、話が弾む。いつもなら、食事中の会話は怒る ぺんこうも、このときばかりは、一緒に語りながら、食していた。



真子達の部屋の前に、中の様子を伺うように、一人の男が立っていた。
俯き加減でポケットに手を突っ込み、口を尖らせ、フッと笑みを浮かべた真北だった。
人の気配を感じ、顔を上げると、喜栄が、そっと手招きしていた。
その手に招かれるように、真北は喜栄に付いていく。

「あの人がお待ちですよ」
「すみません」
「お昼は?」
「軽く済ませてきましたので、大丈夫です。ありがとうございます」

喜栄に招かれて、真北は、笹崎の部屋へと入っていく。そこには、笹崎が既に座って待っていた。

「失礼します」
「芯くんが居ると、どうしても喧嘩腰になると思いまして、
 ここに招いたのですが……」
「お気遣いありがとうございます。料理の方は…」

真北は照れたように微笑み、そっと尋ねる。

「デザートは、達也が張り切ってしまったので、
 私は、春樹君と同じように、暇になりました」
「私は、今日から復帰なのですが…」
「復帰した途端、あの警備は、やりすぎですよ。
 …いつも以上に、言い争いそうですね。
 こちらに招いて正解だったかな」
「恐縮です……」

思わず深々と頭を下げる真北だった。



真北は、差し出されたお茶を一口飲んだ。

「今日の仕事は終わりですか?」

笹崎が真北に、そっと尋ねると、

「滝谷さんから、帰れと命令されました」

少し沈んだ感じで応える真北。

「午前の間に、どれだけ動いたんですかっ」
「報告書が、五センチほどの束になりましたね」
「滝谷さんが怒りますね…」
「それ以上の束をもらいましたけどね」
「新たに申請ですか…」

その昔、その任務に関わったことがある笹崎だからこそ、詳しく語らなくても解る。もちろん、真北の言葉だけで、何を申請し、回答をもらったのかも、理解していた。

「……まさか、新調を許可するとは思いませんでした。
 あれ程、嫌っていた物じゃありませんか」
「あの頃と今では、状況が全く違います。慶造の時代よりも
 今の方が、深刻な状態ですし、海外からの刺客も
 多くなってます。真子ちゃんの生活だけは、脅かして
 欲しくないのが、本音ですからね」

真北は、お茶を飲み干した。
笹崎は、新たなお茶を煎れ、真北の湯飲みに注ぐ。
その所作は、衰えていない。
真北は、棚の上に目をやった。そこには、古ぼけた写真が、たくさん飾られている。その中の一つを凝視する。

 ん? どこかで……。

真北の目線の先が気になったのか、笹崎も棚の上を見た。

「明日、私も行きますよ」

笹崎が見つめる写真は、慶造が写っているものだった。

「料亭をお休みにしてるからといって、先に行って、
 周りの掃除は絶対に、なさらないでくださいね」
「ばれてましたか?」
「私…ですから」

何でもお見通しの真北に、笹崎は微笑みで応える。

「笹崎さん」
「はい」
「引き時は、いつなんでしょうね…」

笹崎は、ゆっくりと湯飲みに目線を移し、お茶を一口飲む。そして、そっと目を瞑り、

「まだ、先が見えないので、進むのみ…ですね」

静かに応えた。
笹崎の応えに、真北は何も応えず、一点を見つめたまま、ゆったりとお茶を飲む。その眼には、揺るぎない思いが見え隠れしていた。



廊下の先から、真子達の声が聞こえてきた。

「もう少し、ゆっくりするかと思ったけどなぁ」

真子の声には直ぐに反応する真北を見て、笹崎は笑いを堪えるように俯いた。

「春樹君は、もう少し、ここに居ますか?」
「そうですね。本部に戻れば、私がここに居ることにも
 気付くでしょうし、お言葉に甘えさせていただきます」
「内緒にしておきますよ。では」

そう言って、笹崎は部屋を出て行き、真子達の所へと足を運ぶ。

「笹崎さん! 今日もご馳走様でした!」
「心和みましたか?」
「はいっ! 疲れも吹き飛びました」
「公園で、はしゃぎすぎですよ」
「どうして、ご存じなんですかぁ!!」
「あの輪の中に、従業員も居ましたからね」
「!!! そうでしたか…。お世話になりっぱなしですね…」

真子は照れたように言った。

「では、これで失礼します」
「またのお越しをお待ちしております」

笹崎は、深々と頭を下げ、真子達を見送る。そこへ、緑川が出掛ける準備をして近づいてきた。

「向井さんたちをよろしく」
「はい。…ご自宅までお送り致しますので、送迎場で
 お待ちください」
「は〜い! ほな、真子、またね〜! 美玖ちゃん、明日、待ってるね」
「りこママ、またあした! こうちゃん、またあしたね!」
「みくちゃん、またあした〜!」
「みつやおじちゃん、みすずおばさん、あしたもよろしくおねがいします」

美玖が丁寧に挨拶をした。
どうやら、阿山家のお墓参りの後、真北家のお墓参りをし、その後、向井家に遊びに行く約束をしているらしい。

「ちゃんとご挨拶して、楽しい夏休みのことも
 お話してあげてね、美玖ちゃん」

美凉が言うと、美玖は大きく頷いた。

「うん!」

笑顔も輝いた。

「では、真子さん。今夜も真北さんの手料理なのかな?」
「かもしれませんね…。楽しみにしとこぉっと。お気を付けて」
「ご馳走様でした。また、お伺い致しますね、笹崎さん」
「お待ちしております」

真子たちと笹崎、そして、喜栄に見送られ、理子達は、緑川運転の車に乗り、帰路に着いた。

「さてと。私と美玖は、実家に行くけど、芯は残る?」

何かに気付いているのか、真子は、ちょっぴり意地悪そうに口にする。

「そうしたいのは、山々ですが、私も戻りますよ。
 言いたいことは、たっぷりとありますが……。
 まぁ、こちらでは、暴れられませんので」

ぺんこうも気付いていたらしい。

「実家の方で、語り合ってください」

笹崎が、そっと言った。

「もう暫く、あの人をお願いします」
「お任せください」

笹崎の言葉を聞いて安心したのか、ぺんこうと真子は、美玖を連れて、本部に繋がる廊下に向かって歩いて行った。笹崎と喜栄が、真子達を丁寧に見送り、そして、喜栄は接客に戻り、笹崎は部屋へと戻ってきた。

真北は立ち上がり、写真を見つめていた。

「入学式の写真、まだでしたね。直ぐにお持ちします」
「子供の成長は、本当に早いですね。美玖ちゃんも
 光一君も、礼儀正しく、受け答えも大人顔負けですね」
「周りの影響ですね。子供の前では、名前を呼ぶよう
 あいつらには伝えてるから、守ってるけど、どうしても
 態度だけは、敬ってしまうから、お辞儀も仕草も
 ビシッとしてしまうようで、それを常に見てるから、
 子供達の挨拶も、同じなんですよね…」
「春樹君は家柄、そうだったかもしれませんが、
 慶造さんも真子さんも、あの年頃は、同じ感じでしたよ」
「………私の子供の頃まで覚えておられるのですか…?」
「まぁ………そうですね…」

またまた照れる真北だった。

「……ところで、笹崎さん」

真剣な眼差しで、笹崎を呼ぶ真北に、笹崎も真剣な眼差しを向けた。

「はい」
「夕飯の献立……何かありませんか?」

静かに尋ねてきた真北に、笹崎は……。



その日の夕方。
細かい文字がびっしりと書かれた用紙を側に置いて、厨房に立つ真北の姿があった。
その厨房には、笹崎推薦の料理人が二人、真北の助手をする形で側に居た。

「私共で行う予定でしたよ」
「しゃぁないやろ〜。美玖ちゃんに期待されたらさぁ」
「昨日は真北さんオリジナルですけど、これは、
 おやっさんのレシピになりませんか?」
「ええの、ええの! ほら、手伝え〜」
「かしこまりました」

切羽詰まっていたかに見えた真北だったが、笹崎から教わったレシピ。それを耳にした途端、心が和んでいた。

 芯、驚くやろな〜。

鼻歌交じりで調理する真北に、ちょっぴり驚く料理人達だった。



笹崎の部屋。
後は、息子の達也たちに任せ、この日の仕事を終えた笹崎は、自分の部屋へ戻ってきた。
お茶を煎れ、一口飲む。
ふと、真北とのやり取りを思い出す笹崎は、本部にある厨房の方に目をやった。

 今頃、芯くんも驚いてるだろうなぁ。
 あのレシピ、春奈さんの得意料理だし、
 春樹君も覚えてたみたいだったなぁ。

笹崎が思い出していた通り、真北の手料理を口にした ぺんこうは、顔を上げ、真北を見つめていた。
その眼差しは、幼い頃の雰囲気を醸し出している。
真北は、ぺんこうの目線に気付き、優しく微笑む。その途端、ぺんこうは、懐かしそうな表情に変わり、そして、大切そうに、静かに味わっていた。

「まきたん。おいしい!」
「ありがとうございます」

美玖の笑顔に、心が癒された真北は、デザートに取りかかっていた。
もちろん、そのデザートも、真北とぺんこうの亡き母・春奈の得意料理である。

「兄さん」
「ん?」
「クリームたっぷりやで」
「わかっとる」

ぺんこうと真北のやり取りに、何かを感じた真子は、

「なになに? 兄弟で何か企んでるやろ〜」

ぺんこうと真北に尋ねた。

「真子ちゃん、それは、秘密です」
「真子、それは、秘密やで」

真北と ぺんこうは、同時に応える。
真北は、緑色の器に盛ったデザートには、クリームをたっぷりと添えていた。

何やら嬉しそうな表情をする真北に気付いた真子は、それ以上、何も言わずに、

 笹崎さんに、感謝しなきゃね〜。

そっと微笑んだ。

「デザート、お待たせ致しました!」
「わ〜い! いただきまぁす!! あぁ! パパのん、
 クリームいっぱいだ!」
「芯特製ですよ。美玖ちゃんのは、美玖ちゃん特製です」

美玖のデザートには、美玖が大好きなフルーツがたくさん乗っていた。

「ありがとう、まきたん!」

美玖の嬉しそうな声に、その場に居る誰もが、心を和ませていた。




夜。
縁側に腰を掛け、アルコールを口にする真北の姿があった。
足音に気付き、空のお猪口にお酒を注ぐ。
真北の横に、ぺんこうが腰を掛けた。

「懐かしかったやろ?」

真北がお猪口を差し出しながら、ぺんこうに言った。

「えぇ。よく覚えてましたね」

ぺんこうは、真北が差し出したお猪口を受け取り、一気に飲み干す。

「笹崎さんが覚えてたよ。それを忠実に作っただけさ」

ぺんこうが飲み干したお猪口に再び酒を注ぎながら、真北が言った。

「笹崎さんが現役の頃に、よく自宅で食べてたんだってさ。
 お前が生まれる前、そして、俺が寝た後だったそうだ」
「そうでしたか」
「たぶん、慶造も食してたかもな」
「そういや、慶造さんのお世話係で、食事も用意していたと
 仰ってましたね」
「どこまで、知ってるんや」
「慶造さんに兄さんのことを教わってた時に話が出ただけです。
 それを、笹崎さんと話してたら、教えてくれたんですよ」

ぺんこうは、真北のお猪口に酒を注ぐ。

「ほんと、お前が知らないはずの俺の姿を全部
 教えてたんだなぁ、慶造はぁ〜。こりゃ、明日、説教や」

真北は笑っていた。

「真子にも話しましたよ。母の味と同じだって」
「真子ちゃん、気にしてたもんな」
「えぇ。兄さんが真子の食事を作ったときと
 同じ感じだったって言ってました」
「ありゃ、自然と出てたんか…」

照れたように言う真北に、ぺんこうは微笑んでいた。
二人は、夜空を見上げる。
周りの灯りは少ない為、星が輝いていた。

「天地山の方が、綺麗だよな」

真北が呟いた。

「ここは、いつ見ても、同じ感じですよ」
「そうだな」

真北は、お酒をお猪口に注ごうとしたが、徳利からは一滴、落ちるだけだった。

「……一人で何本空けてるんですか…」
「明日には残らん程度や」
「それなら安心ですが、これ以上は駄目ですよ」
「改めて言うな」
「きちんと言っておかないと、一番、羽目を外しそうですからね」
「ほんま、いつまでも、どこでも真面目やなぁ」
「それが、私です」

力強く言う ぺんこうに、真北は笑いそうになるが、グッと堪えた。

「では、寝ます。おやすみなさい」
「…って、朝まで語るんちゃうんかい」
「語りませんっ」

そう言って、ぺんこうは立ち上がり、真子の部屋のある方へと去っていった。

「料理の話、したかったのになぁ」

ちょっぴり寂しく感じた真北は、二個のお猪口と五本の徳利をお盆にのせて立ち上がり、縁側の窓を閉め、厨房へとやって来る。そして、後片付けをし、自分の部屋へと入っていった。

「あかん……飲み過ぎた…」

徳利五本分だけでなく、それ以上にアルコールを口にしていたらしい。

厨房には、空になった一升瓶が二本、置かれていた……。



(2020.8.16 第一章 驚き 第十五話 UP)



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