任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

第一章 驚き
第十六話 こい。

笑心寺。
朝日が射し込む午前六時。
まだ人気も無く、鳥たちが飛び交い、木々が風に揺れている。
一人の男が、墓前へとやって来た。

 ったく…あれ程、言ったのになぁ。

目の前の墓は、綺麗に拭き上げられ、供花も豪華に飾られていた。

阿山家の墓前に、真北が立っていた。
一番乗りで来たと思ったが、真北よりも先に、笹崎が来ていた様子。
そっと笑みを浮かべ、線香を立てる。
そして手を合わせ、何かを語っているのか、暫く動かなかった。

フッと顔を上げたものの、まだ、語り足りなかったのか、ジッと墓を見つめていた。

「お前に言っても、しゃぁないか…。でもな、今回ばかりは、
 俺に無茶させろ。そして、あの約束……果たすときが……」

目を瞑り、暫く佇む。
意を決したのか、グッと拳を握りしめ、目を開けた。
口元を釣り上げ、

「さぁてと。自分の墓参りに行くで〜」

在りし日の慶造に言われた言葉は、まだ、覚えている。

慶造と共に過ごす日々の中、誰にも内緒で行動していた時期があった。自分の行動の一つ、最愛の弟である芯を影から見守っていたこと。その行動の先で見つけられてしまった芯の行き先。
それこそが、真北家の墓であり、当時、亡くなったと言われていた真北春樹と父、母の墓参り。

『自分の墓参りしてたとはなぁ』

芯が真子の家庭教師をし始めた頃に、慶造に言われた言葉だった。

真北は、ゆっくりと歩き、読経を終えた住職と少しばかり話した後、真北家の墓がある場所へと向かっていった。




真北家の墓。
真北は墓を磨き、手入れをし、花を添えて、そして、線香を立てる。
手を合わせ、亡き父と母に語りかけていた。

「後ほど、芯も真子ちゃんと美玖ちゃんと一緒に
 来ますから、成長した三人を堪能してください」

墓参りを済ませた後、近くの展望台へとやって来た。そして、街の様子を眺め始める。

風が吹いた。

真北は背後に気配を感じ、

「今日は午後からなんやけどなぁ」

ちょっぴり怒った口調で、誰かに話しかけた。

「申し訳御座いません。新たな情報が入りましたので、
 早めにお伝えした方がいいと思いまして…」
「ったく…お盆やねんから、こういう日くらいは休んで、
 ちゃんとご先祖に挨拶しろって。なぁ、あずま〜」
「同感です」

そう言って、真北に深々と頭を下げる東守だった。

「てか、早すぎませんか?」
「ええやないか。俺にとっては、いつもの時間や。
 ……こっちは、大丈夫なんやけど、まさか、
 笑心寺から、追ってきたんか?」
「笑心寺を後にした様子でしたので、こちらに」
「俺の行動まで把握しとんのか…嫌なやっちゃなぁ」
「そうじゃないと動けませんので」
「…で?」
「はっ…」

東守は、新たな情報を、小声で真北に伝える。
真北の眉間にしわが寄った後、口を尖らせた。

「わかった。後は俺がやっとくから、いつものように
 頼んだぞ」
「御意」
「予定は知っとるよな?」
「栄三さんにお聞きしております」
「ほな、ええわ。ありがと」

真北の言葉を聞いて東守は一礼し、スゥッと姿を消した。
風が去っていった。

「真子ちゃんが起きる時間に間に合うかなぁ」

グッと背伸びをして、真北はその場を後にした。




再び、笑心寺。
晴天に恵まれたものの、心地よい風が吹く中、真子達は、無事、墓参りを終え、真北と真子は住職と話し込んでいた。
ぺんこうは美玖を抱きかかえ、山中に何かを告げる。

「喧嘩だけは、絶対にするなよ、ぺんこう」
「それは、あの人次第ですね」
「ったく…。…美玖ちゃん、二人のこと、頼むよ」
「うん。まきたんとパパが、けんかしないように
 ちゃんと、みはっとく!」
「……あのね……」

怒りを目一杯抑えているのか、ぺんこうのこめかみが、ピクピクとしていた。

「お前ら兄弟は、いつなったら、納まるんや?」
「分かれたままですから、無理ですね」
「頑固やなぁ、兄弟揃って」
「山中さぁん…」
「…ほら、真子さんが呼んでるぞ。行くぞ」
「はい。……ったく……」
「パパ、おこらないのっ」
「反省しまぁす」
「素直やな」
「ほっとけ」

そんな会話をしながら、ぺんこうたちは、真子と合流し、住職に深々とお礼をしてから、笑心寺の駐車場へとやって来る。

「芯」
「なんですか」

真北に呼ばれると、思わず強い言い方になる。

「俺は朝に済ませてるから、これから、別行動な」
「そうでしたか。親子水入らずの時間が増えて、
 嬉しいことです」
「……山中ぁ〜。何言ったんや?」
「いつものことですよ」
「ほっとけ」

その言い方は、ぺんこうにそっくり。
やっぱり似たもの兄弟である。

「どちらへ?」
「仕事」
「今日は、必要ありませんからね」

ちらりと目線を移した先の木の陰に、東守と西守の姿があった。

「指示はしてない。昨日の報告と書類整理や」
「帰りは明日の朝ですか?」
「早かったらな〜。じゃぁね〜真子ちゃん。気を付けてくださいね。
 美玖ちゃん、後で、お話してね〜」
「はい! まきたん、まかせてね! いってらっしゃぁい」
「行ってきます〜」

美玖に見送られた弾みで、明るい表情のまま、真北は車に乗り、嬉しそうに手を振って、去っていった。

「………滝谷さんたち、大丈夫かな…」

真北の去り方が、あまりにも滑稽だった為、真子は、真北の張り切りっぷりを想像する。

「昨日の仕返しかもな…」
「……昼またぎそうやね」
「お気の毒に……」

ぺんこうと山中の言葉が重なった。
真北の張り切りっぷりは、任務の者達にも影響する。
いつも以上の量で、いつも以上に仕事をこなし、周りを巻き込むのだろう。

「では、私は戻ります、帰りは夕方ですか?」
「夕飯も頂く予定なので、夜になります」
「かしこまりました。お気を付けて」
「行ってきまぁす!」
「いってきます!」

ぺんこうの車に真子達が乗り、笑心寺を後にした。真子達を見送った山中は、実家に帰っている北野の代わりに側に居る、川原に静かに尋ねる。

「……昨日の連中の結果は?」
「真北さんと猪熊家で抑えましたので、動きは止まりました」
「それのまとめってことか…。ほんと、気の毒だな、滝谷さんが」
「えぇ」

真子の帰省を知った連中が、動きを見せたのは、真子達が公園を後にしてから三十分後。予想していた真北と猪熊家で、その連中を抑え込んだ。その数は、予想を遙かに超えるものだった。真北とくまはちは、半ば喧嘩腰で二人は言い合いながら、連中を抑え込んだものだから、その勢いで、連中が恐れをなして、逃げるほど。
しかし、逃げる連中を追いかけてまで、抑え込んでいた。

「暫くは、動きなしだろうな。……もう一つの方は?」
「情報通り、黒崎竜次でした。しかし、記憶は戻っていません」
「確定なんだな」
「はい。我々の姿を見ても反応なしでした」
「スーツの男は?」
「我々のことは知らない様子でした」
「向こうで知り合って、墓から出たときに、一緒に居たのかも
 知れないな。…それなら、ずっと、向こうで暮らせばいいものを…」

山中は、眉間にしわを寄せながら、車に乗り込む。

「戻ります」
「あぁ」

山中達が去った後、一台の車がやって来た。
その車から降りてきたのは、黒崎竜次だった。

記憶を失っているはずなのに、昔のように笑心寺へ足を運び、とある墓で手を合わす。その仕草は、慣れた感じだった。

そのお墓こそ、『阿山家』……。





再び、真北家の墓の前。
綺麗に整っている墓を見て、真北が先に来ていたことを確信する。

「…もしかしたら、笑心寺にも、行ってたかもしれへん」

真子が呟く。

「二度も??? そんなに慶造さんに言いたいことが…???」

真北が二度も、阿山家の墓に訪れていたかもしれないと思った途端、ぺんこうは、突拍子も無い声で、そう言った。

「何も驚くこと無いやんか」
「まぁ、そうやけど…」
「美玖、おじいちゃんとおばあちゃんにご挨拶するよ」
「はい! おじいちゃん、おばあちゃん、おはようございます!」
「おっと!! 手を合わせて、声を出さずに、心の中で
 ご挨拶だよぉ」

いつものように、元気よく丁寧に挨拶をした美玖に、真子は慌てて声を掛ける。

「あっ!! そうだった」

教えてもらったことを思い出したのか、美玖は、手を合わせ、そして、目を瞑り頭を下げる。心の中で何かを語っているのだろう。だけど、口が動いていた。
ぺんこうと真子も同じように手を合わせ、そして、ご挨拶。
お墓が笑った気がした。



真子と美玖、そして、ぺんこうは、展望台から街の様子を眺めていた。
木々が揺れ、優しく風が吹く。

「気持ちいいね〜」
「きもちいい〜〜」
「夏なのに、涼しいね〜」
「すずしい〜〜」
「お腹空いたね〜」
「おなかすいた〜」
「真子……美玖……」
「なぁに?」
「なぁに〜?」
「…おもろすぎ」

真子の言葉を美玖が真似るものだから、ぺんこうは笑いそうになっていた。

「芯もやる?」
「しません」
「ほんと、真面目なんだから〜」
「それが私ですよ」
「ほんま真面目やなぁ〜先生」
「ほっとけ…って、むかいんっ!!」
「来ちゃったっ!」

いつにない雰囲気で、かわいらしい言い方をしたのは、来る予定の無いはずの男・むかいんだった。

ぺんこうは、理子に声を掛けられた事に気付き、振り向きざまに、いつものような答え方をしたのだが、そこには、むかいんの姿があった。
そりゃ〜驚く。

「あれ? むかいん、今年は無理って…」
「やはり、お盆は、ちゃんとご挨拶しないと…ということで、
 臨時休業にしました」
「いつ来た??」

驚きすぎて、心臓がバクバクしている ぺんこうが尋ねる。

「夕べ。キャンセル待ちで取れたし、帰りも一緒な」
「……誰や、手を回したんわ…」

想像は付く。
…ということは、帰りは大所帯になりそうな予感…。
この時期、席は取りにくいはずなのに…と思う、ぺんこうだった。



涼しい風が吹く。


真子と理子、そして、美凉はベンチに腰を掛け、女性だけで話に花を咲かせている。その近くでは、ぺんこうとむかいん、そして、光也の三人で美玖と光一と一緒に遊んでいた。

「結局は、真子の心配するんやもんなぁ。嫉妬するで。
 何も言わんかったけど、顔見たら分かるやん」
「やっぱり、そうなんや…。大丈夫やのになぁ」
「そう言いながらも、理子ちゃんと光一君のことが
 一番心配なのよ。涼はさみしがり屋だもんね〜」
「そっか。家は一人や」

いつもは賑やかな大阪の家。しかし、真子と理子、光一と美玖の一番賑やかな四人は居ない。ぺんこうと真北、くまはちのやり取りを止める事には疲れはしないが、そのうち二人が姿を見せなくなり、ぺんこうと二人っきりで過ごす日々。ところが、そのぺんこうが里帰りすると、たった一人で過ごすことになった。
急にさみしさが押し寄せた。
そして、新幹線のチケットを取って、昨夜のうちに、実家へ帰っていた。

「嬉しそうな顔でしょ?」

美凉の言葉に、真子と理子は、むかいんに振り返る。
確かに、いつも以上に笑顔が輝いていた。

「さてと、そろそろお昼にしましょうか」
「お世話になります」
「うふふふ。涼には、料理させないからね〜」

何故か張り切る美凉だった。

「みんな、そろそろ帰るよ〜」

理子の声に、

「は〜い!」

子供達は元気よく返事をした。

「………芯……」
「あっ……」
「……おもろ〜」

子供達に釣られるかのように、ぺんこう、むかいん、そして、光也もかわいらしく返事をしていた……。




向井家。
むかいんは、席に座り、目の前に並ぶ料理を見つめていた。

「母さん、張り切りすぎです」
「たくさん料理するの、滅多にないんだもん。いいでしょ〜」
「夜は私が…」
「駄目〜。休暇でしょ?」
「休暇でも、それは、仕事であって、料理は休暇じゃありませんっ!」
「じっと座ってなさい」

母の威厳に負ける むかいん。

「座ってます…」
「よろしいっ」

思わずガッツポーズをする美凉だった。


「いただきます!」
「たっくさん食べてね〜」

美凉の料理は、むかいんに負けない程、輝いていた。

「おいしぃ〜〜」

真子と美玖が、声を揃えて言った。


昼食の後、お腹が膨れた子供達は昼寝を始めた。その横で、真子と理子も一緒に眠ってしまう。美凉が、真子達が寝冷えしないようにと、タオルケットをそっと掛け、部屋の電気を消して、静かに出て行った。
キッチンでは、ぺんこうとむかいんが後片付けをしていた。

「おやつどうしますか?」

むかいんが、美凉に尋ねる。

「昨日、買ってきたんだけど……作るつもり?」

買ってきたおやつを見て、むかいんは、

「休暇しまぁす」

素直に応えた。



ぺんこうとむかいんは、向井家の縁側に腰を掛け、庭を見つめて話し込んでいた。

「それならしゃぁないな。仕事にならんわなぁ」

むかいんに、AYビルでの須藤達の動きを聞いて、ぺんこうが呆れたように声を挙げた。

「くまはちが居らんようになったら、栄三たちが動くやん。
 ほんと毎日、ピリピリしとったんやで」
「ほぼ恐怖感やろな」
「そうやねん。そっちのピリピリや。いつも以上やったから
 耐えられへんようになって、臨時休業にすることにした途端、
 栄三と健が、ぺんこうと一緒に帰省した聞いてやな。
 …てか、この時期に、なんでチケット取れるねん…」

いつも以上に語る むかいん。余程、一人が寂しかったのだろう。

「それは、俺も思った。俺は空いてたところを予約したのに、
 どこで知れたんやろか……。……ん?? もしかして…」
「そうや。栄三に頼んだ」

お盆の時期には取りにくい新幹線のチケット。急遽変更して帰省する むかいんが、チケットを取れたのは、どうやら、栄三の力があったようで…。

「それで、帰りも取れた…というか、いつも通り、周りを警戒して
 余分に予約してるとこに入っただけやろが…俺もやけど」
「この時期、取りにくいのに、びっくりやわ」
「そこは、小島家の人間やし、兄さんも絡んでる」

真子達が東京へ移動するとき、そして、天地山へ行くときのチケットは、時期にもよるが、一車両貸し切りにする時もあれば、真子の席の前後は必ず三つ分、余分にチケットを取るか、もしくは、真北の立場で販売中止にしていた。

そこまで警戒しなくても、改札、ホーム、そして、新幹線の出入り口で、人物を確認しているのだが…。

「…で、東守さんの姿があったけど、危険なんか?」
「兄さんと くまはちで抑えたはずやけど、変化が早いから
 新たな情報があったかもしれへん」
「そっか」
「竜次の記憶は戻ってなかったし…」
「……こっちに居るんか…?」
「あぁ。公園と、多分、笑心寺に行ったはずや」

公園を出るときにすれ違った二人の男のうち一人が竜次だったことに、ぺんこうは、気付いていた。

「記憶は戻ってへんのに?」
「一緒に居た男が、記憶を戻そうとしてるんやろなぁ」
「厄介やな」

そう言って、二人は、空を見上げた。
話している内容とは全く違い、清々しい青空が広がっていた。




「休憩行ってきます」
「んー」

任務の一人が、真北に声を掛けて、部屋を出て行った。

「真北さん、休憩してください」
「んー」
「……真北さん……??」
「ん〜?」

素っ気ない返事をしながら、声を掛けてきた男に目だけを向ける。

「睨まないでください」
「…睨んでへん」
「…だから、休憩を…」
「さっき取った」
「椅子にもたれかかって、背伸びしただけでしょうがっ!!」
「それで充分や。俺がやっとくから、お前も休憩してこぉい」
「私は、休憩してきました」
「だから、俺がやっとくって」
「あの、その……これ以上は……」
「ん???」

真北の周りには、書類が山積みになっていた。
それらは全て、真北が、この二時間でまとめあげたもの。内容は、昨日の午後に納めた出来事だった。それが、なぜ、山積みになっているのかは、不思議なのだが…。
事務処理が苦手で大嫌いな真北が、短時間で書類の山を作ってしまうほど、かなりの出来事だったらしい。真北が仕上げた書類の内容をチェックし、その後の対応を考えるのが、他の男達の仕事なのだが、やってもやっても追いつかず、書類は溜まる一方で……。

真北の仕事っぷりに、根を上げそうになった男が、そっと部屋を抜け出して、滝谷に真北の仕事っぷりを告げていた。
滝谷は、今、手が離せない状態で、真北を阻止することができない。

どうやら、滝谷が行うべき仕事まで、真北が仕上げているらしい。
よく観察すると、真北が積み上げる書類は、三つに分かれていた。
どれも同じ高さなのだが、書かれている文字の細かさが違う。
細かいもの、更に細かく書かれているもの、そして、大雑把に書かれているもの。
なぜ、三つに分けているのかは理解し難いが、そのうちの更に細かく書かれているものが、滝谷が行うべき仕事内容らしい。

「こっちは、滝谷の判子だけでええから。時間があったら
 目を通すだけでええって、伝えておいてくれ」

と、真北が発したことで、判明した。

「真北さん、こちらの細かいものは…」
「それは、一応、目を通すだけのやつや」
「……これは…」

大雑把に書かれている書類の山を指さすと、

「それは、俺の始末書と、くまはちの分」
「…………一番細かく書くべきものじゃありませんか……」

真北に尋ねた男は項垂れた。

「ええって。いつものことやろが」
「くまはちさんに頼みます〜」
「……細かくなるやないけ…」
「それが、当たり前ですっ!!」

思わず声を荒げる男だった。
真北は耳を塞いでいた。

 細かく書けるわけないやろが〜。

またしても、謹慎を言い渡されるような行動をしてしまったらしい。
言いたいことをグッと堪える真北だった。




真北は休憩室で、お茶を飲んでいた。
胸元で震える携帯を手に取り、確認する。
理子からのメッセージだった。

 癒してや〜。

という内容と一緒に、真子の寝顔と、真子と美玖の寝顔の写真が送られてきた。
真北は、写真を保存し、真子と美玖の寝顔の写真を待ち受け画面に設定する。そして、見つめながら、お茶をすすり、にんまりと笑みを浮かべていた。

 芯に怒られるかなぁ。
 ま、ええか。

理子にお礼のメッセージを送り、携帯を懐になおしてから、休憩室を出て行った。

「真北ぁ……」

休憩室から出てきた真北に声を掛けたのは、滝谷だった。

「おっ、どうした。今日は忙しすぎるんちゃうんか?」
「……俺の分までまとめるな」
「勢い余っただけや。で、目、通したんか?」
「通したが、……許可は出来んな」
「予想はしてた」
「暫くは、大人しくして欲しいんだが、無理か?」

滝谷の言葉に、真北は考え込む。
その間、滝谷は、真北の表情を観察していた。

 また、何か企んでるな…ったく…。

滝谷は軽く短い息を吐く。

「別の方向からは、無理なのか?」

そっと提案する滝谷に目線を向ける真北は、口元を釣り上げる。

「やってみる価値はある」
「そうか……それなら、その結果次第だ」
「ありがとさん」

軽い口調でお礼を言う真北は、またまた思い出す。

目の前の滝谷は、同期とは言え、今は上司……。

「ありがとうございます。その方向で検討致します」

言い直し、深々と頭を下げた。

「いつ始める?」
「大阪に戻ってからですね」
「そうか……それなら、こっちは、任せろ。
 暫くは、動けないように仕向けておく」

そう言って、滝谷は歩き出す。

「よろしくお願いします」

滝谷の後ろ姿に、深々と頭を下げる真北だった。
時刻を確認する。
真子達が昼寝から目覚め、遊ぶ時間。

 確か、むかいんも帰省したんだっけ。
 賑やかやろなぁ。……帰りも。

栄三から連絡があった。
帰宅時は、かなり賑やかになることも予想される。今から、考えるだけでも、

 疲れるなぁ〜。

フゥ〜っと息を吐き、真北は職場へと戻っていく。
デスクの上にあった山積みの書類は、無くなっていた。
真北が休憩に行っていた短時間の間に、滝谷は全てに目を通したらしい。

 ほんま、あの人には、適わんわ。

安心したような表情をして、デスクに着き、続きの仕事を始める真北だった。

「まだ、あったんですか…」
「んー」
「程々にしてください」
「無理や〜」

任務の男達の呼びかけに、素っ気ない返事をしていたが、停める言葉に対しては、はっきりと応える真北に、男達は、

 仕事増えてるぅ……。

冷や汗を掻いていた。

男達の憂いを他所に、真北は、いつにない雰囲気で、書類の山を、再び作り始めていた……。




夕暮れ時。
一人の男が、シャワーで汗を流し、さっぱりした表情で身なりを整えていた。
前髪が立った男こそ、くまはちだった。
ここは、猪熊家。
この日は、朝から猪熊家の墓参りを済ませ、その途中で見つけた『仕事』をきっちりと片付け、帰宅後、シャワーでさっぱりしていた。

キッチンへ行き、冷蔵庫から缶ビール取り出し、その場で飲み干した。

「一気飲みは体に毒だぞ〜」

リビングでのんびり過ごしている修司が、くまはちに声を掛けた。

「これくらいは大丈夫ですよ」
「夕食前に飲むなって。三好が泣く」
「……あっ…」
『ただいま戻りました〜』

玄関から声がして、三好がキッチンへと入ってきた。
くまはちは手に持っている空き缶を素早く握りしめて、小さくした。

「食事前に飲まないでください」
「お気づきでしたか…すみません」
「まぁ、仕事上がりですから、飲みたくなりますよね」

優しく語りかけながら、三好は夕食の準備に取りかかる。
くまはちは、自然と手伝いをし始めた。
慣れた手つきで料理をする くまはちを見ながら、修司は、夕刊に手を伸ばした。

「八造、帰りはどうするんや?」
「組長と一緒に帰りますよ」
「大所帯になってるんだろ?」
「むかいんも帰省してますから、賑やかですね」
「一段落してるんか?」
「真北さんが勢い余って、全部まとめ上げたみたいですよ」
「お前がやったら、細かくなるもんな」
「修司さんもですよ」

親子の会話に間髪入れず三好が応える。

「あれは、慶造と真北さんを困らせる手段や。
 そうでもしておかな、二人が暴れるだろが」
「そうやって引き留める方法は、八造くんにも
 受け継がれたんでしょう?」
「私は、親父の仕事内容は知りませんよ」
「持って生まれた、なんとやら…ですね…」
「そうなのでしょうか……」
「…八造…考え込むな」

三好に言われ、何やら深刻に考え込み始めた くまはちに、修司はついつい、口を出してしまう。
もう心配することは無いと解っていても、息子のことは心配である。

「今年は、兄さんたちは、ばらけて帰省ですか?」
「それぞれ休めないらしい。まぁ、静かなお盆だけど、
 賑やかな夏だな」

修司は新聞を読み終え、綺麗にたたんでからテーブルの隅に置いた。

「剛一兄さんは? ビルでは見掛けませんでしたよ」
「それなら、海外だろ。海外だとお盆は関係ないからなぁ」
「またお一人での出張ですか…」
「そうなんだろうな」

キッチンへやって来る修司は、食器を並べ始める。

「私がやりますから、親父は座っててください。
 組長に伝えますよ」

食器を並べ始めた途端、傷が痛み出したのか、テーブルに手を突いて、動きが止まった修司に気付き、くまはちは直ぐに手を添えた。

「脅すなよぉ…ったくぅ」

くまはちに支えられながら、椅子に座る修司は、項垂れる。

「痛み止め飲みますか?」
「大丈夫や。そこまで痛くない。心配するな」

ちょっぴり冷たく当たる修司だった。

テーブルに、たくさんの料理が並んでいく。

「三好〜、作りすぎ」
「足りないと思いまして…」

三好は、くまはちに目をやった。

「丁度いいくらいです。ありがとうございます」
「どうぞ」
「いただきます」

くまはちと修司、そして、三好の三人での夕食。
いつもは兄弟家族総出になって賑やかな猪熊家の食事だが、この日は、三人…それも、あまり話をしない親子が居る為、静かだった。


食後、くまはちは、二階にある自分が使っていた部屋で、アルコールを飲みながら、のんびりと過ごしていた。いつもなら、連絡が入り、そのやり取りで忙しいはずだが、実家に帰っている間は、連絡しないようにと、真子が周りに伝えているものだから、全くもって、本当に、連絡は入っていない。

前日の動きに関しては、仕方ないとはいえ、その後は真北に仕事を取られ、本当に暇になっていた。
ここんとこ、動きすぎていたのもあり、真子からのお願いでもあるからこそ、実家で、のんびりと過ごしている くまはち。真子のボディーガードとして生きると決めてから、大怪我以外、のんびりと過ごすことは少なかった。


真子のことを考え、真子の笑顔が消えないように先のことを考えて行動する。

あの日、初めて見た真子の笑顔に魅了され、側で見たいと思った事は、誰にも気付かれていない。
あの日、倒したいと思った相手が居たことは、誰も知らない。

くまはちが心に秘めた想いは、くまはちの心の奥底に眠らせている。
気を張らないと、その想いが溢れだし、夢に見る………。


ベッドで眠るくまはちの体に、タオルケットをそっと掛ける修司は、部屋のエアコンを快適温度に操作し、最愛の息子の寝顔を眺めていた。

「ったく、俺以上に無茶してるんだろが。五代目に
 心配掛けるなと、あれ程言ってあるのになぁ」

修司が、くまはちの頭をそっと撫でても、くまはちは目を覚まさない。
誰にも知られていない傷がある。
その傷を治す為に、深い眠りに就いていた。
それは、くまはちが身につけた物。
青い光の影響でもあった。


修司は、くまはちの部屋のドアをそっと閉め、階下へ降りていく。
三好が片付けを終えたのか、帰り支度をしていた。

「今日もありがとさん」
「本当に大丈夫ですか? 親子喧嘩しないでくださいね」
「お互い怪我してるから、ジッとしとく」
「修司さんの言う『ジッと』は、普通の人間のジッとじゃありませんから、
 その言葉は、聞き入れません」

いつものように強く出る三好に、修司は、ただ、微笑むだけだった。

「剛一から聞いてたけど、五代目の能力の影響が強くなってそうだな」
「そうですね。ご自身で酷使してるのが影響してそうですね」
「俺に触れられても起きないから、心配だよ」

いつにない、修司の言葉に、三好は驚いていた。

「お伝えしておきますか?」

三好のこの言葉は、『五代目に八造の体のことを伝える』という意味である。
修司は、大きく息を吐いた。

「痛み止め、飲んで寝てください」

息を吐いたのは、痛みを我慢するためだったらしい。
三好は直ぐにコップに水を入れ、痛み止めと一緒に、修司へ手渡した。

「すまんな…」

そう言って修司は素直に受け取り、痛み止めを飲む。

「伝えると、八造が更にムキになるから、やめておけ」
「かしこまりました」

息を吐いたのには、二つの意味が含まれていた様子。
三好が尋ねてから、ほんの数秒だったが、結論を出していた。

「朝まで熟睡だろうな。…アルコールの影響もあるやろ」
「それなら、安心ですね」
「あぁ」
「では、今日は、これで失礼します」
「お疲れさん。気を付けて帰れよ〜」
「自宅は裏ですっ!!」
「分かっとる」

いつものやり取りをして、三好は猪熊家を後にした。
修司は玄関の鍵を閉め、リビングへ戻り、ソファに腰を掛けた。テーブルの上のメモに気付く。

『アルコールは傷に響きますので禁止です』

三好の文字で書かれてあった。

「ったく…言われなくても飲まないって。ほんといつまでも
 俺の心配するんだからなぁ〜三好はぁ」

そう言いながら、メモに返事を書く修司だった。

「………暇だなぁ」

息子とアルコールを飲みながら、語り合おうと思っていたが、お互い怪我人。
アルコールは傷に悪い。
その時だった。
携帯電話が鳴る。
修司は画面を確認し、電話に出た。

『暇かな〜思ったんやけどぉ〜』
「忙しいから、切るぞ」
『……ほんまに、暇なんか』
「ほっとけ」
『八っちゃんの怪我、どうや?』
「熟睡してる…って、小島ぁ、知ってたのかよ」
『西守から聞いただけや。五代目に怒ってもらおうかなぁ』
「……どういうことや? …まさか、八造のやつ…」

電話の相手・隆栄の言葉で、くまはちが何をやって怪我を負ったのか、判ってしまった。

「俺から、それとなく伝えとくから、言わんでええ」
『さよか〜』
「それだけか? 他に無いなら、切るぞ」
『新たな情報やけど、どうする? 怪我治るまで
 俺らでやろか?』
「頼んでいいのか?」
『…ええで。任せときぃ〜』

いつも通りの軽い口調に、修司は項垂れたものの、

「程々にしとけよ。怒られるん、栄三ちゃんだぞ」

隆栄がやることは大体予想できる修司は、いつも通りの口調で伝える。

『なんで、俺なんですかぁっ!!』

隆栄の側に栄三が居るのか、栄三の声が聞こえてきた。

「五代目には内緒やろが。ばれたときは、よろしくな」

隆栄の電話越しに、修司は栄三に話しかけた。

『いつものことやし、任せとき〜。おじさん、お大事にぃ』

隆栄と同じように、軽い口調で応える栄三だった。

 ったく、この親子は〜っ!!!

切れた電話を持つ手が、怒りで震える修司。しかし、その怒りを発散出来るところが無い。
修司は立ち上がり、グラスを手に取り、アルコールを置いている棚の扉に手を掛けた…が、

「みぃよぉぉしぃぃっっ!!!!」

扉には、鍵が掛かっていた。


「修司さんの行動は、お見通しですよ〜」

自宅に戻り、その日に残った仕事を片付けている三好の側には、小さな鍵が置いてあった。その鍵こそ、修司が開けようとした棚の鍵。
隆栄から連絡があれば恐らく、アルコールに手が伸びるだろうと予想していた三好。その通りのことが、修司の身に起こっていた。


修司は、手にしたグラスに水を入れ、一気に飲み干した後、戸締まりを確認し、リビングの灯りを消す。自分の部屋に入る前に、もう一度、くまはちの様子を伺った。
修司が部屋を覗き込んでも、くまはちは目を覚まさない。
優しい眼差しで最愛の息子を見つめ、そっとドアを閉めた後、自分の部屋に入り、ベッドに潜り込む。

 たまには、いいか…。

いつもより早めに床に就く修司だった。




小島家・リビング。
隆栄は電話を切った後、ソファにふんぞり返った。

「俺がやっときます。真北さんだけに伝えておきますよ」

ちょっぴりふてくされたように栄三が言った。

「……何、ふてくされてんねん」
「起こしてくださいよ…」
「……体力回復か?」
「こんなに寝たのは、大怪我して以来やわ」
「だったら、ふてくされるなよぉ」
「その間に、全部まとめ終わってるし、新たな情報まで
 連絡終わってるし…。俺の仕事ぉ〜」
「たまには、ええやろが」

静かに言う隆栄に、栄三は、

「じゃぁ、今回が、その『たまたま』ということで」

直ぐに切り替えて対応する。

「五代目は、明日も公園か?」

テーブルに置いたグラスに手を伸ばしながら、隆栄が尋ねた。

「明日は一日、家ですね。美玖ちゃんの絵日記かな」
「この夏は、描くことたくさんやろな」
「あっ、そうや。親父、増やしてええか?」
「ん??」
「美玖ちゃんにも、鯉、プレゼントしよかなぁと思って」
「あぁ、鯉か。大丈夫やろ。増えてもいいように
 大きめにしといたから。……って、はやっ!」

隆栄が許可の言葉を言い終わる前に、栄三は鯉の業者に連絡を入れていた。

「明日、本部〜」

嬉しそうに栄三が言うもんだから、隆栄は笑いを堪えてしまう。
お盆の時期にもかかわらず、鯉の業者は鯉を連れて来てくれるらしい。

「…てか、栄三」
「ん?」
「すでに目星付けとったんか?」
「一匹目の系統や。もしもの為に予約はしてる」
「ちゃんと区別付くんか?」
「そこは大丈夫やで。世話しとったら判るやろ?」
「まぁなぁ」

模様に特徴がある為、区別は付く。だからこそ、一匹目から順番に覚えていた。
いつになく鼻歌交じりの栄三を見て、隆栄は、ちょっぴり呆れたような表情をし、空になったグラスにアルコールを注ぎ、一口飲む。

「あら、珍しい。栄三、良いことでもあった?」

お風呂上がりの美穂がリビングへとやって来る。そして、鼻歌交じりの栄三に声を掛けていた。

「お上がり〜。お袋も明日は本部やろ。送るで」
「岸さんにお願いしてるで。…って、栄三は予定じゃないでしょ」

美穂は隆栄の隣に腰を掛け、隆栄のグラスに手を伸ばす。

「美穂ちゃぁん、これ、俺の〜」
「いいでしょ〜」

ラブラブな二人を気にも留めず、栄三は別のグラスに氷を入れ、アルコールを注ぎ、美穂の前に置いた。

「ありがと〜」
「美玖ちゃんに鯉をプレゼントするねん」
「とうとう、美玖ちゃんにまで手を……」
「せぇへんわっ! それこそ、真北さんに息の根止められるやんか」
「止められときっ」
「何度目や」

美穂と隆栄は同時に発した。

「数えきれんわ」
「……そんなにも……」

驚く夫婦を横目に、栄三は立ち上がり、

「確認してから寝るで。どうぞ、ラブラブで〜」

そう言って、リビングを出て行った。

「………美穂ちゃん」
「ん?」
「泳ぐ方の鯉な」
「………そっちか……」
「やっぱり勘違いしてたか…」
「栄三は、昔っから、年齢問わずだから、一瞬
 どうしようかと思ったんだけど…泳ぐ方ね…。
 ……って、増えて大丈夫なんか?」
「二匹くらいは大丈夫や」
「真子ちゃん、知らんのやろ? 池の所…」
「五代目にばれたとしても、鯉のために池を広げたから
 どうすることもできないだろうという、真北さんの考えや。
 今後のことに必要になるからなぁ。美穂ちゃん飲み過ぎ」

隆栄は、空になった美穂のグラスにアルコールを注ぐ。

「私は、もしもの為に、全力尽くすのみだもん。…隆ちゃん」

美穂は隆栄の肩に寄りかかる。

「ん?」
「五度目までだよ……それ以上は、もう……」

隆栄の胸に顔を埋め、美穂は、そっと呟いた。

 もう、動けなくなるからね…それだけは、嫌だよ。

「心配するなって。阿山との約束だろ?」

美穂の肩を抱き、隆栄は優しく応える。
美穂は小さく頷いた。



リビングでラブラブな雰囲気に、いつもながら耐えられなくなった栄三は、地下室へとやってくる。

「いつまでもラブラブですからね〜」

栄三が地下に来た理由が解っていたかのように、和輝が言う。

「自分の親ながら、見てて照れるわ。で、どうなんですか?」
「こちらです」

新たにまとめた情報を確認する栄三は、全て頭に叩き込み、和輝に指示を出す。

「かしこまりました。五代目親子は無事に帰宅です」
「結構、遅くまで遊んでたんですね。ぺんこうが居るのに、
 珍しいなぁ」

時刻は午後九時を過ぎたところ。

「ぺんこうさんが珍しく、羽目を外してたみたいです」
「ここ数ヶ月の思いが一気に…ってとこやな。ふぅ〜〜。
 これで、大阪に戻っても安心やな」
「お疲れ様でした」
「いつも以上に疲れたわ。ほんま、あの兄弟は厄介や」
「それを慶造さんは、抑えていたんですね…」
「組長も抑えてるけどね〜。あの二人は組長に弱いから」
「そういう栄三ちゃんもでしょ」
「強く言うときは、言いますよ?」
「それは、強く言うのではなく、言わせないようにしてるだけです」

思わず強く言ってしまう和輝に、栄三は驚きながらも、微笑んでいた。

「それでいいんです」

優しく言う栄三だった。





阿山家・池のある庭。

「わはぁ〜〜っ!!!」

声にならない声を挙げる美玖。その眼差しは輝いていた。その隣には、同じように声にならない声を挙げ、輝く眼差しで容器の中に居る鯉を見つめる光一の姿もある。

「えいぞうしゃん、いいの?? これ、みくの??」
「はい。私からのプレゼントです」
「こういちの?? これ、こういちのなの??」
「そちらは、光一くんに、プレゼントです」
「ありがとぉ〜〜、えいぞうしゃぁん!!」

美玖と光一は声を揃えて、栄三にお礼を言った。

「どうします? ご自分で池に放ちますか?」
「いけに はいったら、わからなくなるかもしれない」

ちょっぴり心配げに言う美玖に、

「大丈夫。真子さんの鯉とは模様がかなり違ってるから
 池の中でも、すぐに判ると思うよ」

栄三の言葉に、美玖と光一は、自分の鯉と池の中の鯉を見比べる。

「それなら、先に、絵日記に描けばいいんちゃう?」

真子が言った。

「うん!! こうちゃん、そうしよ」
「ママ、えにっき〜」
「ほ〜い、ここにあるよ〜」

光一にせがまれて、理子は縁側に置いている鞄の中から絵日記とクレヨンを取り出し、光一に渡した。美玖は、縁側に置いていた絵日記とクレヨンを手に取り、二人は、それぞれ自分の鯉の絵を描き始める。

「真子さんの時も思いましたけど、絵…上手いですね…」

鯉の業者のおじさんも、池の庭に居た。

「急なお話なのに、ありがとうございます」
「それにしても、大きくなりましたね〜。母ですか」
「母です」
「池も大きくなって、鯉たちも、楽しそうで良かった良かった」
「大きく育って、長生きしてます」
「猪熊さんは庭木だけでなく、鯉まで詳しいですからね〜。
 この子達を見てたら分かりますよ。育て方がいいね〜。
 長年、鯉を育ててますが、猪熊さんの腕でしょう。
 教わりたいくらいですよ」

業者のおじさんは、池の中の鯉を、一匹一匹、じっくりと観察している。そして、一匹ずつ、真子に説明し始めた。

真子が最初にもらった鯉は、あれで、その次は、これ。その後……という感じで、話し込むものだから、真子と理子は、おじさんの話に聴き入っていた。その間、美玖と光一が描く鯉が、今にも飛び跳ねそうな感じに仕上がっていく。栄三とぺんこう、そして、むかいんの三人は、子供達の描く姿を見守っていた、

「栄三、停めんでええんか?」

ぺんこうが、そっと呟く。

「ええねん。あの人、説明し出したら停まらんから」
「……で、今回、どれくらいしてん? 三桁行ったやろ」

むかいんが、尋ねた。

「いつも通りや、気にするな」
「気になるから、言うてんねん。真子さんの最初の鯉も
 そうやったんやろ?」
「まぁなぁ…おっ! 珍しい。終わった…」

真子と理子に鯉の説明を話し終えたのか、業者のおじさんが子供達のところへとやって来た。

「描けた?」
「うん! これっ!」

絵日記から今にも飛び出しそうな雰囲気の絵が、そこに描かれていた。

「今にも泳ぎそうだね!」

業者のおじさんは、感心する。そして、ふと何かを思い出したのか、

「鯉の名前は?」

と尋ねた。
しかし、子供達は、既に名前を付けていたらしく、即答する。

「みくのこいで、みぃちゃん」
「じゃぁ、ここに名前書こう」
「そっか!」

美玖は、描いた鯉の横に、鯉の名前を書いた。
光一も思い出したように、鯉の名前を書く。

「光一君は、こうちゃんなんだ」
「うん! こいちゃんだと、こういちのこいって、わかんないもん」
「これなら、光一君の鯉って分かるね!」
「うん!」
「ようし! 記念撮影しよか。その絵と鯉と一緒に」

理子がカメラ片手に、声を掛ける。

「ママ、おじさんもいっしょがいい」
「おぉ、嬉しいね〜ありがと〜」
「はい、ポーズ!」

カシャ!



鯉が、池に放たれた。
少しの間、狭いところに居たからか、池に入った途端、鯉は優雅に泳ぎ始めた。他の鯉と挨拶をしているのか、時々、顔を近づける。

「なかよしだね」

光一が、業者のおじさんに言った。

「育った場所が同じだから、覚えていたのかもしれないね〜」
「おひさしぶりぶり〜って、ごあいさつしてるのかな」
「鯉だけどね」

美玖と光一、そして、鯉業者のおじさんが三人並んで池を見つめていた。
真子達も、優雅に泳ぐ鯉を眺めて、心を和ませていた。



(2020.8.26 第一章 驚き 第十六話 UP)



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