任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

第一章 驚き
第十八話 狂気

お昼ご飯を食べた後、お昼寝タイムとなった真子達。それぞれの部屋で眠っていた。
ぺんこうは、自分の部屋で、栄三からもらった珈琲豆を使ったコーヒーを飲みながら読書中。
子供達と戯れて、少し納まったご様子で…。

ぺんこうとは反対に、納まらないのが、AYビルにある、とある事務室で……。


「組長に、相談とは…。内容によっては、無理だな。
 須藤さん。どうして、こいつを通したんですか?
 …それよりも、一人で、ここに?」
「二人は地下で待ってる」
「…誰や通したんわ…」

くまはちのこめかみが、ピクッとつり上がった。

「納めろ、くまはち」

須藤が慌てたように、声を掛けた。

「納まるわけないやろが」
「猪熊」

須藤は、くまはちの行動を抑えるかのように、名前を呼ぶ。
それは、組を納める親分さながらのオーラで、

『本家の五代目のボディーガード如きが、俺を差し置いて、動くつもりなのか?』

という威厳が現れていた。
まぁ、それが、元々備わっていた須藤の本性だが…。

「無理ですね…」

くまはちは、須藤が威厳を出しても関係ない。態度を全く変えること無く、接していた。

「…そう言うと思ったわ…くまはちやもんな」

もちろん、須藤も、くまはちの返事は予想している。

「誉めても何も出んが……っ!!!」
「だから、やめろって」

くまはちの腕を抑えながら、須藤が言った。
くまはちは、新竜次に拳を差し出していたが、それは、新竜次の体に当たる直前で停められていた。

「こいつの話を聞いたれや。…それからで…ええやろ」

くまはちは、須藤に目線を向ける。そして、フッと笑みを浮かべ、

「かしこまりました」

そう言って、拳を引っ込めた。



ソファに座る新竜次の前に、くまはちは腰を下ろし、新竜次の話に耳を傾けていた。

山の別荘での事件以来、新竜次とロイ、ビューの三人は、黒崎の隠れ家で身を隠すように過ごしていた。黒崎が仕事で留守にする日もあるが、外出することはせず、隠れ家の庭で日光を浴びる程度に外には出ていた。

ある日、夢を見た。

竜次が目の前に現れ、自分に何かを話している。その声は聞こえないが、途轍もない恐怖を感じ、その場から逃げるように走り出すが、行く先々で竜次に追いつかれ………。

「最後は、捕まり、そして…自分が竜次に吸い込まれるかのように
 消えて無くなってしまう…。そこで目が覚める。……その時に
 必ずあるのが、左腕が青白く光っていること……」
「左腕が?」
「…左腕は、竜次のもの。そこから驚異的な再生能力で
 俺の体は出来た物だから…」
「そうだったな……で、相談とは?」
「もしかしたら、この左腕が、竜次を呼び寄せるかもしれない。
 そう考えると、このまま、黒崎の所に居ては、黒崎が危険だ。
 それに、ロイとビューにも…」
「……無理だな」

冷たく言い放つ くまはちに、須藤は大きく息を吐いた。

「くまはち、まだ、何も…」
「口にしなくても、解る。…黒崎の方が、医学的には
 上だぞ。それに、そっち方面に詳しいはずだが?
 黒崎には、相談したんだろ?」
「いいや、まだ…」
「話してみろ。その方が、対策も出来るだろうし、
 もしかしたら、黒崎は調べているかもしれないぞ」

そう言いながら、くまはちは黒崎に連絡を取り、新竜次の事を伝えていた。

「代わる」

くまはちは、電話を新竜次へ渡す。

『こるるらぁ。外出禁止だと言ってるだろが』
「すみません。しかし…」
『確かに、お前の心配していることは起こり得る。だがな、
 これ以上、真子ちゃん側に迷惑を掛けるんじゃない』
「すみません……」
『記憶を失っていても、竜次は俺の弟だ。直接的にも
 間接的にも、対応できるから、俺のことは心配するな。
 さっさと戻ってこい』
「はい。直ぐに戻ります」
『猪熊に代われ』

新竜次は、くまはちに電話を返す。

『すまんな。こればかりは、橋院長も無理だろ』
「そうだと思います」
『まぁ、真子ちゃんの赤い光の瞬間移動のような事は無いから
 心配はしなくても大丈夫だが、竜次のことだ。気を付けろ』
「向かうところ敵無しのあなたが、何を言うのかと思えば…」
『リックを刺客に使う程だぞ。互角だったけどな』
「ところで、竜次の情報が途絶えたのですが…」
『東京での行動の後、行方を掴めなくなったんでな、
 今、思い当たるところを探しているところだ。
 何かあれば、須藤の方に連絡する』
「よろしくお願いします。では」

くまはちは、電話を切り、そして、新竜次を見つめた。違和感があるのか、左腕をずっと、さすっている。

「大丈夫か?」

心配げに、くまはちは声を掛けた。

「なんとかな。…では、帰る。ありがとな」
「危険な中、来たのに、何の役にも立たなかったがな」
「……俺……。消えるのかな…」

その声は震えていた。
新竜次は、自分の身のことを知ってから、真子に手を出そうとした時の勢いを感じないほど、心身ともに弱り切っていた。

「先のことは分からん。もし、消えることがあるのなら、
 それくらいの覚悟はしておけ」

冷たくあたる くまはちだったが、その言葉は、力強く感じる。

「俺は、お前じゃないし、そういう体でもないから、
 どれだけ恐怖を抱いているのかは、想像でしか無理だ。
 だがな、折角、与えられた命だけは、粗末にしたくない。
 自分のことを大切に思ってくれる人が居るなら、尚更だ。
 お前だって、居るだろが」

くまはちの言葉に、新竜次は、何かを感じたのか、顔を上げた。

「そいつらの為にも、最後まで足掻いて、可能ならば、
 取って代わってやろうという意気込みは、忘れないぞ」
「取って…代わる……」
「一部は本物だ。それくらい可能じゃないのか?
 …まぁ、それは、お前の意志が強ければ…の話だがな」
「俺の…意志?」
「…そんなに気弱じゃ、消えるのも時間の問題だな。
 俺としては、敵が増えてる状態では、身が持たないんでな、
 どっちかに転がって欲しいものだが」

そう言って、くまはちは、立ち上がり、新竜次に帰るよう、促した。

「須藤さん、お送りお任せしますよ。私は仕事が残ってますので」
「あぁ。帰るぞ」
「…失礼した…」

肩の力を落としたまま、須藤に連れられて、新竜次は出て行った。
くまはちは、グッと拳を握りしめ、

ガンッ!!!!

壁を殴った。



くまはちの事務所から出てきた須藤と新竜次は、何も話さず、エレベータホールへと向かって歩いていた。その途中、聞こえてきた鈍い音で、何が起こったのか把握する。

「松本に、くまはちの事務所の壁の修理、頼んでおけ」
「はっ」

須藤は、エレベータ係の組員に声を掛け、到着したエレベータに乗り込んだ。

下降するエレベータの中でも、沈黙が続く。そして、地下駐車場へと到着した。
車で待機していたロイとビューが顔を出す。新竜次の姿に気付き、車から降りて、迎えた。

「黒崎から、もう来るなと言われてるからな。
 …まぁ、俺としても、猪熊と同じ思いだな。
 四度目は、無い」
「申し訳御座いませんでした…」

ロイとビューの頬には、殴られた跡が付いていた。



三人の乗った車が地下駐車場へと入ってきた様子が須藤組組事務所の監視モニターに映り、須藤は、直ぐに地下駐車場へ降りていった。車から降りてきたロイとビューに気付くや否や、間髪入れずに二人に拳を見舞っていた。
その様子を後部座席で見ていた新竜次が慌てて降りて、須藤の二発目の拳を停めた。

「やめてくれ」
「じゃかましい。三度目の来訪、何の用や?」
「真子さんに、相談したい」
「なんやとぉ〜っ!!  ……!! おい…それは…」

須藤の腕を掴んでいる新竜次の左手。それは、震えていた。

「この事で…相談したい。特殊能力を持つ真子さんに」
「五代目は、持っていたが、詳しく無い。それに、
 お前の状態については、なんの資料も無いんだが?」
「それでも、何か、知りたい…」

須藤は、新竜次の腕を振り解き、服を整えながら、冷静に話しかける。

「五代目は、暫く不在だ。凄腕のボディーガードが居るが、
 それでは、不満か?」
「お願いできるか? 真子さんに連絡できるなら…」
「……ボディーガードに伝えるだけでも、ましやろ?」
「……解った。お願いする」
「二人は、ここで待機だ。猪熊の怒りの方が、強いからな」
「はっ。新竜次様を、お願いします」

ロイとビューは、深々と頭を下げ、須藤と新竜次を見送った……。



それから、二十分も経っていない。だけど、新竜次は、どことなく安心したような表情をしていた。

「竜次様…」
「大丈夫だ。黒崎の方が詳しいらしい。そして、もう、
 勝手に外出するなと、叱られたよ」

その表情は、兄に怒られた弟のような雰囲気を醸し出していた。
須藤は、新竜次の表情をじっくりと観察していた。

 偽りじゃないな。
 可愛いところもあるんだなぁ…。
 って、俺、何を考えてるねん…。

須藤は、怒りの表情に替え、ロイとビューを睨み付けた。

「…で、お前ら、二度目の時とは、偉い違うやないか。
 何があったんや」
「それは……!!!」

地下駐車場に、タイヤが軋む音が響き渡った。須藤達は、猛スピードで迫ってくる車に気付き、警戒する。車は、須藤達の前に急停止した。後部座席のドアが開き、そこから降りてきたのは…。

「黒崎竜次…」

竜次だった。

「…おまたせ……」

そう言って、竜次は新竜次に向かって右手を差し出した。
須藤は、咄嗟に、竜次の右手をはねのける。竜次の目線が、須藤に移った。

「………てめぇは、あの時の男だな。こいつの仲間か?」
「客だ。客へのもてなしは、大切だろ? そんなことも
 知らないのか?」
「もて…なし……?」
「…で、お前は誰だ? そして、ここは、オフィスビルなんだが、
 どこに御用かな?」

竜次は記憶を失っていることは、須藤も知っている。だからこそ、初めて逢う相手として、話しかけていた。

「俺の用事は、こいつだけだ」

冷たく抑揚の無い声で言いながら、竜次は、羽織っているコートを払いのけ、その瞬間、手に銃を持ち、間髪入れず、須藤に向けて引き金を引いていた。

「!!!!」

一発の銃声が、地下駐車場に響き渡った………。





真子の家。
午後も曇り空だが、夏は暑い。
真子の家の庭では、美玖と光一が小さなプールで水遊び。目一杯はしゃいでいた。子供達を見守りながら、真子と理子は、昔話に花を咲かせていた。

「真子、泳げるようになった?」
「もう無理やなぁ。泳ぐ機会が無い」
「泳げなかったとは、知らんかったわ。高校の時は、
 入れなかったのは、しゃぁなかったけど、それまで
 授業でやったことなかったん?」
「あったけど、禁止やった」
「ほんまか…。どこまで、過保護やねん、おっちゃん…」
「あっ、でも、お風呂では潜って遊んでたで」
「……それで、危険やと判断したんかもしれへんな」

何かに気付いた理子が、呟くように言った時だった。

「その通りですね」
「うおっ!! びっくりした〜。先生、居ったんや」
「今、顔を出したところです。楽しそうやなぁ」
「しんパパも はいる?」
「パパも あそぼ〜!」
「私が入ると、狭くなるので、遠慮しまぁす」
「……せんせぇ…」

ぺんこうの子供達への応え方が滑稽だったのか、理子は必死で笑いを堪えていた。

「で、で…それで」

笑いを堪えながら話すものだから、声が震えている。
気を取り直して…。

「それで、先生」
「ん? …あ、あぁ。確かに、潜り方は…ね…」
「体育教師やのに?」
「兄さんの教え方ですけどね…危険なのは」
「…どんな教え方してたん、おっちゃん……」

真子は、幼い頃に真北から教わった方法を、理子に説明した。

「…どこが危険なん。普通やんか…。てか、真子の実家の
 お風呂、どんだけ広いねん。ここも広いの驚いたけど、
 ここ以上なん?」
「二倍ほどですね…」

ぺんこうが代わりに応えた。

「…ひっろっ……」

驚いて、言葉が出ない理子だった。


ぺんこうは、如雨露を使って、シャワーのようにして、子供達に水を掛けていた。嬉しそうにはしゃぐ子供達。

「光一も美玖ちゃんも、泳げるもんなぁ」
「桃華さん、教えることに関してはプロだもんなぁ」
「ほんまやで。任せて安心やったもん」
「15メートル泳ぐこと出来たんやっけ」
「うんうん」
「街のプール、行きたかったんかなぁ」

子供達のはしゃぎっぷりを見て、真子が言った。

「大勢の所は苦手ちゃうかな。真子が一番苦手やん」
「まぁ、そうだけど…」

真子は、子供達を見つめながら、

 行きたいのかなぁ。

と、考えていた。

「そろそろ終わりやで〜!」
「はーい!!」
「……って、先生……」

子供達と同じように、返事をした ぺんこうだった。



真子達が楽しい時間を過ごしている頃……。



橋総合病院にある、とある病室。
くまはちの姿があった。
ベッドの側に立ち、そこで治療を終えて眠る須藤を見つめていた。

「…で?」

病室のドア付近には、真北と栄三が立っていた。

「私が駆けつけた時は、既に、車は無く、竜次の姿も
 ありませんでした」
「はぁああ……。ほんまに、呼び寄せるとはなぁ…」
「申し訳御座いませんでした」
「須藤から連絡もろてるから、気にするな。
 栄三、どうや?」
「消息不明」

真北の問いかけに、栄三は短く応えるだけだった。
栄三のオーラは、戦闘状態のままだった。
それもそのはず。
真北と一緒に行動中で、敵と戦闘中の時に、須藤からの一報……。




とあるビルの隙間…。
栄三が一人の男を抑え込み、健が蹴りを加えた。

「健、やりすぎや。気ぃ失ったやないけ」
「どう見ても、情報持ってへんで、こいつ」
「それでもなぁ〜って、もぉ〜あの人もぉ〜っ!!!
 あぁ、もう、苛つくっ!!」
「兄貴、カルシウム摂ってや〜」
「うっさいわっ」

そう言いながら、抑えていた男を健に託し、栄三は、真北の所へと駆けていく。
真北は、栄三が近づいてくることに気付きながら、自分を囲む男達に攻撃する。何人かは、真北に攻撃を仕掛けたが、いとも簡単に避けられ、代わりに真北からの拳と蹴りをお見舞いされ、その場に崩れ落ちた。

「やりすぎですって」
「ええやろが。こいつら情報持ってへんし」
「健と同じ事、言わんといてください」
「…栄三、鈍ってへんか?」
「あのねぇ〜〜っ…抑えて行動せぇと言ったのは、
 あなたじゃありませんかっ!!」
「それは、情報を持ってそうな奴らに対してや。
 …って、そういう栄三も、手加減しとらんやないか」
「情報、持ってそうにないからですやん」
「ほら、三人とも同じ意見や」
「あぁ〜もぉ〜腹立つわ〜」
「ちゃんとカルシウム摂っておけ」
「摂ってますっ!!」
「健、次、どこや?」
「……行かんでも、来ましたよぉ」

真北のオーラが、がらりと変化した。
ビルの隙間から出てきた所へ、新たな敵の姿があった。敵は真北の姿を見た途端、容赦なく、引き金を引いてきた。
そんな弾丸に恐れる真北ではない。いとも簡単に避けている。
その時だった。

懐の携帯電話が震える。

 誰だよっ!

敵の一人に蹴りを見舞いながら、携帯電話に出る。

「なんや、須藤。今、取り込み中やっ!」

蹴りを見舞った男が地面に倒れた瞬間に踏みつけ、新たに向かってきた二人に蹴りと携帯電話を持っていない手で拳を見舞い、二人の男を気絶させる。

『竜次…が、ビル地下駐車場で……ぶっ放しました』

力を振り絞った感じの話し方に、疑問を持つ。

「健、須藤の行き先探れ!」

敵の攻撃を避けながら、健に指示を出す真北。

『追いかけてくるのを振り切れないっ』
「どこに向かってる?」

真北が尋ねた時だった。

「ここ通ります」

健が須藤の携帯電話から発せられる電波を受信し、真北に伝えた。

『新竜次が組長に相談しに来て……くまはちが対応。
 見送りに降りた時に…』

須藤は、途切れ途切れに、真北へ状況を報告する。
真北は、電話で応対しながら、最後の敵を拳一つで気絶させ、顔を上げる。
猛スピードで駆けてくる二台の車を視界が捕らえた。

「新竜次と竜次です」

栄三が双眼鏡で二台の車に乗る人物を確認する。

「須藤、任せろ」

そう言った途端、真北は電話を懐にしまいこみ、再び手を出した時は、手に銃を持っていた。もう片方の手で、腰の辺りから銃を取り出す。二つの銃口は、二台目の車に向けられていた。一台目が過ぎた瞬間、真北は引き金を引く。

真北が放った銃弾は、二台目の車の前輪をパンクさせた。スピードが落ちた車の後輪にも一発、撃ち込んでいた。

二台目の車は、追いかけるのを諦めたのか、その場に停車した。
それを確認した真北は、右手の銃を懐にしまいこみ、その手で携帯電話を握りしめる。

「そのまま、橋んとこ向かえ。処理しとく」
『すんません…』

真北の目線は、車から降りてきた竜次を見つめていた。
その竜次は、銃弾の方向に気付いているのか、真北達が居る方を見つめてくる。竜次の右手には、ライフルが握りしめられていた。

真北は、再び両手に銃を持ち、竜次の方へ銃口を向けていた。
竜次も、ライフルの銃口を真北に向けている。
竜次の口元がつり上がるのが分かった。

その時だった。

「真北さんっ!!」

栄三と健が叫ぶと同時に、真北たちが先程まで格闘していたビルの隙間の地面が弾け始めた。
上を見ると、ビルの上には、ヘリが音も無く浮いていた。そのヘリから銃弾が降り注いでくる。

 ちっ…。

真北は、銃弾から身を守るように、ヘリから見えない位置に身を隠す。
ヘリは、ビルから道路へと抜け、竜次が乗っていた車の上へと降り立った。
竜次と運転手は、すぐにヘリへ乗り込み、去っていく。

「栄三、健。怪我…無いか?」
「ありません。…が、追いますか?」
「一応な」
「健」
「はいな〜」

栄三に言われ、健は発信器を探り始める。

「…シールドかけられてます。無理です」
「ちっ…。上手くいったと思ったのになぁ」

ヘリが、ビルから道路へと移動する瞬間を狙って、栄三はヘリに向かって発信器を撃ち込んでいた。上手い具合にヘリの胴体に当たったのを、栄三達は確認していた。

「ヘリが向かった先は、予想できますが………っと、
 竜次の研究施設ですね…」

途中まで、ヘリからの発信器を受信していたらしく、自分達が居る場所から移動した方向を確認し、途切れたところから先は、地図を移動させて向かったと思われる場所を割り出していた。

「真北さん、今朝確認しに行きましたよね…」

健が小さな声で言った。

「あぁ。何も無かったんだがな…」

口を尖らせ、真北は辺りを見渡した。
突然の銃撃とヘリの動きに驚いた人達が、辺りに集まってきていた。

「取り敢えず、去るぞ」
「はい」

見物人に紛れ込むかのように、真北と栄三、そして健は、その場を後にした。


そして、今……。


橋総合病院にある病室に居る。
健は廊下で、須藤組のみなみと情報収集中。
真北は、くまはちから状況を聞き、今に至る。

「…居らんか」
「そのようです」
「引き上げてもらってくれ」
「かしこまりました」

栄三は、通信先に居る者へ、戻ってくるように指示を出す。

「…で、壁を壊す程なのに、この有様かよ」
「怒りが増してしまい…」
「カルシウム、摂っておけ」
「摂ってます」

その時、須藤が目を覚ました。

「須藤さん!!」

くまはちの声に反応し、みなみが病室へ入ってきた。

「おやっさんっ!!!」
「…うるせぇ…声荒げるな…院長に怒られるやろが」
「そんだけ話せたら、大丈夫やな」

真北が声を掛ける。

「御心配お掛け致しました。…あいつらは?」
「橋が帰るように促した。んで、無事に隠れ家に到着や」
「ありがとう…ございます」
「…で、地下駐車場から、どうやって逃げたんや?
 その傷やと、竜次は三発放ったやろが」
「その通りです…。俺が、三人を逃がしたからですね」

須藤は、真北に話し続ける。

 って、真北さん、わざわざ おやっさんに聞かんでも、
 地下駐車場の防犯カメラの映像、見せましたやん…。

側に居る みなみは、言いたいことをグッと堪えていた。

みなみが言いたいことの通り、橋総合病院に到着後、須藤が手術中に、健に言って、ビルの地下駐車場での出来事を、防犯カメラの映像で確認していた。




須藤に放たれた銃弾は、須藤の腹部を貫通していた。
それだけで倒れる須藤ではない。
竜次が二発目を放とうと、引き金を引いた瞬間、

「さっさと行けっ!」

新竜次達に言い放ち、竜次の腕を抱え込み、動きを停めた。

「須藤っ!」
「ロイ、連れて行け! 逃げろっ」

須藤の言葉に触発されて、ロイは新竜次を車に引っ張り込み、自分も乗った。と同時に、ビューはアクセルを踏み込んだ。
去っていく車を竜次は目で追いながら、須藤の傷口に膝蹴りをし続け、自分を抑え込む力が弱ったと感じた瞬間、須藤から腕を抜き、三発目を発砲した。

三発目の銃弾は、須藤の背中から前へ抜けた。
竜次は、須藤が倒れ込んだのを確認し、車に乗り込み、地下駐車場を出て行った新竜次が乗った車を追っていく。…が、新竜次の車が再び地下駐車場へと戻ってきた。そして、須藤の側に急停止する。

「あほがぁ…さっさと逃げろ。追ってくる」
「(須藤、乗れっ)」

ロイが車から降り、須藤を抱きかかえ、後部座席に放り込み、自分も乗り込んだ。
その途端、竜次の車が再び、地下駐車場へとやって来る。

「(思った通りだ。ビュー、引き寄せてから行け)」
「(任せろ)」

竜次の車が、近づいてくる。そして、急停止した。…と同時に、ビューはアクセルを踏み込み、弾丸の如く、地下駐車場を飛び出していった。

「なぜ戻ってきた…」
「あのままじゃ、阿山真子に怒られる」

そう言いながらロイは、須藤の服を剥ぎ取り、傷口を確認し、応急処置を始める。

「ロイは医学の知識を持っている。そして、ビューは
 カーレーサーだった」

新竜次が二人の身の上を突然、語り出した。短い情報だったが、それだけで、この状況を納めることが出来ると確信した須藤は、手当はビューに任せながら、ルームミラーに目をやった。

「(追ってきます)」

ビューがバックミラーを確認しながら、言う。
須藤は、携帯電話を取りだし、

 確か、あの場所に居るはずや。

真北に連絡を入れた。

「ビュー、その道を右に曲がれ…。そして、二つ目を左に
 曲がったら、暫く直進しろ」

電話の相手が出た。

『なんや、須藤。今、取り込み中やっ!』

真北の声を聞いた途端、須藤は力を振り絞り、状況を伝える。
車は左に曲がった。

『須藤、任せろ』

その言葉と同時に、自分達を追ってくる竜次の車が離れ、そして、停まった。

 ……ほんま、銃の腕凄い人やな…。
 敵やなくて、良かったで…。

『そのまま、橋んとこ向かえ。処理しとく』
「すんません…」

須藤は電源を切り、姿勢を正す。
真北と話している、ほんの少しの時間で、ロイは応急処置を終えていた。

「ビュー、橋総合病院に向かってくれ」



須藤が乗った車は橋総合病院の救急搬送入り口へ停まる。
もちろん、そこには、

「真北から、連絡もろたけどなぁ……」

怒りの形相で橋が立っていた。須藤が居る後部座席のドアを開け、須藤の体を抱きかかえた。反対側のドアには、白衣を着たキルが立ち、窓越しにロイと会話をしていた。

「弾は貫通、腹部の一つは前から、もう一つは後ろから
 抜けてます。右肩は掠ってるだけだそうです」

キルがロイから聞いた容態を伝えた。

「応急処置、ばっちりやんけ。喜隆、そいつ医者か?」
「医学の知識を持ってるだけです。原田さんと同じですよ。
 (ありがとな、ロイ)」
「(キルが、医者とはなぁ〜)」
「(奪った分以上に救うだけだ)」
「(それも、阿山真子の影響か?)」
「(その通りや)」
「話に花咲かせてるのはええけど、お前ら、とっとと去れ。
 ここまで荒らされたら、真北を停められん」
「(ビュー、この道順なら、追ってこれない)」

キルは、メモ用紙に素早く何かを書き、ロイに手渡した。ロイは、ビューにメモを渡す。そこには、暗号が書かれていたが、ビューには解るらしい。

「(サンキュー、キル)」
「(急げ)」

ビューは、アクセルを踏み、橋総合病院を後にした。

「喜隆先生。頼んでええか?」
「はい」

車が去っていた方を心配げに見つめるキルは、医者としての自分を呼ぶ橋の声で、我に返る。そして、須藤を乗せたストレッチャーに付いていく。


手術室のランプが点灯した。



真北は、須藤の話に耳を傾けていた。その間に、栄三のオーラが納まりつつあった…ところに、ドアが開く。
栄三が身構え、ドアから入ってきた男の胸ぐらを掴み…。

「栄三っ!」

真北が引き留めるように、栄三の腕を掴んでいた。

「納めろ。…橋も…」
「あ??」

入ってきたのは橋だったが、医者とは思えない程の狂気なオーラを発しながら入ってきたものだから、戦闘オーラの栄三は、ドアが開くや否や、ガード体制に入り、攻撃を仕掛けるところだった。
それにいち早く気付いた真北が停めたものの、栄三は、橋の胸ぐらを掴んだまま睨み上げている。
今までに無い栄三のオーラに一瞬、橋は驚いたが、自分の胸ぐらを掴む栄三の腕を掴んでいる真北を、鬼の形相のように睨み付けている。

「…橋、納めないと、栄三が動くぞ」

栄三の腕を掴んでいる真北の腕は、かなりの力が入っているのか、震えていた。

「平気な顔するなっ!! あほんだらっ!」
「平気な顔しないでくださいっ!!!」

真北と栄三の声が重なった。
床に何かが滴り落ちる音がしていた。
真北の腕を伝って、血が滴りおちていた。

その時だった。

橋の胸ぐらと掴んでいた栄三の腕が、誰かに抱え込まれ、栄三はそのまま、床に寝転ばされた。

「…健……」
「橋先生、抑制っ!」
「はぁ?」
「俺、これ以上無理や。抑制無理やったら、鎮静剤っ!
 兄貴が暴走するっ! ……!!!」

健が叫ぶと同時に、栄三が自分を抑えつける健から逃れようと体を動かしていた。

「健、離れろっ!」

くまはちと真北が叫ぶと同時に、健は栄三から素早く離れ、距離を取った。栄三が体を起こし、ドア付近に立つ橋を睨み付けていた。しかし、背後に感じる途轍もないオーラに振り返る。
そこには、くまはちが立っていた。

「あかん…橋の仕事が増える…」

真北が呟くと同時に、栄三がくまはちに向かって攻撃を仕掛けたっ!!
栄三が差し出す拳を受け止めた くまはち。その勢いは想像を遙かに超えていたのか、滅多に動かない くまはちの表情が歪んでいた。
だが、先程発したオーラは、納まっていない。それ以上に、強烈なオーラをまとい始める。

 ちっ……仕方ないか…。

くまはちは、栄三に攻撃を仕掛けたが、それは、尽く避けられてしまう。

「兄貴ぃっ!! それ、くまはちや!!」

健の声に全く反応しない栄三に、その場に居る誰もが驚いていた。

「…やばいんちゃうか…」

須藤と みなみは、一度だけ体感している小島栄三の狂気。
だが、今、病室内で くまはちに攻撃をする栄三は、それ以上の狂気をまとっている。それを納めようと、くまはちまでが、攻撃のオーラに変化してしまった。
みなみは、須藤に手を差し伸べ、ベッドから降りるのを助け、支えながらドア付近まで移動した。

「橋、お前なぁ〜」

真北が橋に声を掛けた。

「お前なぁ〜は、俺の台詞や。真北、怪我しとるやろが。
 なんで、黙ってたんや。いつもの応急処置じゃ無理やろ。
 竜次のヘリからの銃弾、ニュースになっとるから
 見てたら、お前が無傷な訳ないやろが」
「…栄三の傷には気付かんかった俺の落ち度やな」
「……どないしよ〜真北さん」

健が弱気になる。

「みなみ、松本を呼んでおけ」

怪我人の須藤が、言う。

「くまはち、遠慮せんでええ」

真北が言うと、

「御意」

言うや否や、くまはちの動きが目に留まらぬほどの速さになり、栄三に攻撃を仕掛けていた。

「って、くまはち、やりすぎやぁ〜〜!!!」

健が、勢いよく、くまはちに駆けていく。
そして………。





「…橋の仕事、増えてもたな…すまん」

真北が恐縮そうに言った。

「ええって。キルが居る」

橋は諦めたように応える。

「やっぱし、健が一番怖いな…水木に聞いた通りや」

須藤が呟いた。

「で、真北」
「あん?」
「どうする?」
「…栄三が先やな」
「お前も一緒や」

橋と真北が呆れたような表情で見つめる先では、健が慌てたように二人の男を交互に見ていた。

「兄貴ぃ、戻った?? くまはち、すまんって!!」
「健……気にするな。でも顔はなぁ……」

くまはちと栄三のやり合いを停めに入った健は、栄三に差し出された くまはちの拳をはね除け、その弾みで、くまはちの顔面に強烈なパンチを見舞ってしまう。それと同時に くまはちに向けて差し出した栄三の拳を抱きかかえるように停め、栄三の体を壁に押しつけた。
その勢いは、誰もが想像出来ないほどの威力だったのか、栄三は背中を強打し、壁にはひびが入った。
その痛みで栄三は正気を取り戻す。

「…健…。…くまはちの顔には攻撃するなよ…」

一瞬で状況を把握したのか、栄三は、弱々しい声で健に話しかけた。

「兄貴ぃ……」
「…どうした? 何があった?」
「橋先生に、喧嘩売るとこやった…」
「……まじか……」

栄三は項垂れるが、そのまま、健にもたれかかるように気を失った。
健は栄三をしっかりと支える。

「健ちゃん、栄三さんを運んでください」

キルがストレッチャーを持って病室に入ってきた。健とくまはちは栄三をストレッチャーに乗せる。

「真北も来い」
「あ、あぁ…。くまはち、あと頼んだで」
「はっ」

くまはちは、一礼し、顔を上げた。口の端から流れる血を拭い、大きく息を吐いた。

「…くまはち、大丈夫か?」

須藤が声を掛けるが、くまはちは、小さく頷くだけだった。




栄三は、ヘリからの攻撃の時、銃弾から真北と健を守っていた。しかし、その銃弾が弾き飛ばしたビルの壁や地面のコンクリートの破片が、銃弾とともに、周りに散らばってしまう。破片の一部が、真北と健を守る栄三の体に当たっていた。

「肋骨の骨折は、古傷やな。破片も突き刺さってたし、
 ……健が停めた時の打撲も…だな……」

橋は、栄三の怪我の具合を伝えるが、最後の一言だけは、呟くように言っていた。
ベッドで眠る栄三の側に、健が項垂れて座っている。

「…俺も気付かへんかった…兄貴ぃ…」

栄三の怪我には、真北も健も気付いていなかった。




須藤の病室での真北と栄三のやり取りを廊下で聞いていた健は、栄三が戦闘オーラを解いていないことに疑問を抱いていた。
須藤が目を覚ましたとき、一緒に情報収集していた みなみが病室へ入った為、一人で情報収集しながら、須藤の話に耳を傾けていた時、橋がやって来た。

「健…」

怒りを抑えているのが解るほど、橋が低い声で呼びかけてきた。

「…はいぃ…」
「ニュースで観たけどな…。ヘリからの銃弾に
 襲われたんやってなぁ、お前ら」
「あっ…そ、そうだったかなぁ〜はっはっはは…」

誤魔化そうと思ったが、既に遅し。
健の返事の仕方が、橋の怒りに火を付けてしまった。
髪が逆立ちそうな程、橋は怒りを露わにし、須藤の病室のドアを勢いよく開けた!!!!
それと同時に、栄三が橋の胸ぐらを掴む。

「えっ? 兄貴…??」

栄三の腕を掴む真北の腕から血が、滴り落ちている。それだけではない。栄三の腕からも血が滴り落ちていた。

「平気な顔をしないでくださいっ!!」

真北に放った栄三の言葉で、健は栄三の体調に気付いた。
栄三の眼には、狂気が見えていた。

 あかんっ!!!

そう思うよりも先に、体が動き……。




健は、顔を上げ、眠る栄三を見つめた。

「いつやろ…怪我したん。…そういや、あの場所を
 離れる時から、兄貴、言葉数が減ってたよな…」
「今思えば、そうやな。戦闘状態でも、栄三は、
 よぉ喋ってたよな」
「真北さんは、あの時ちゃうん?」

ビルの影に隠れる直前、真北は、栄三と健を引き寄せるように手を差し出していた。その時に、いくつかの破片が、腕に当たっていた。

「自分で治療出来る状態やったんや…。
 まさか、傷口開くとは思わんかった」
「あほ…」

橋は項垂れながら、真北の頭を叩いていた。

「…で、大丈夫なんか?」
「暫くは安静やな。…で、どうする?」
「…指示くらいは、ええやろ……?」

栄三は目を覚ました途端、声を発した。

「肋骨折れてるんやけど……なんで、普通に話せるねん」

そう言いながら、橋は、診察を行っている。

「折れてても、話せるねんけど…」
「兄貴ぃ〜ごめん!! ほんま、ごめんっ!!」
「健〜泣くなって。大丈夫やで、折れてるけど」
「だから、俺がっ…グズッ……」
「…停めてくれたんやろ?」

健は頷いた。
泣きじゃくる健を見て、栄三は手を伸ばし、健の頭を優しく撫でる。

「ありがとな」

優しさ溢れる兄の表情を見せる栄三を見て、

「どこぞの誰かも、大昔に見せてた顔や〜」

どこぞの誰かを、チラッと見て、橋は呟いた。

「うっさいわ」

ちょっぴり照れる真北だった。

「納まったんか?」

真剣な眼差しで、橋は栄三に尋ねる。

「…まだですね…」

少し冷たい言い方をする栄三に、真北は大きく息を吐いた。

「しょぉ〜がねぇなぁ〜。栄三」
「はい」
「指示は許す。ただし、側には健を置いておけ。
 俺は、あずまとたかしと行動する。どこに居る?」
「健、あれからどれくらい経ってる?」
「三時間半。もうすぐ夕飯の時間や」
「そんなに寝てたか…」

我を失い、怪我を悪化させ、術後、三時間は過ぎていた。
それは、橋が、ちょっとばかり小細工をしていたからであり、まぁ、栄三にはばれているが…。

「それなら、すでに、くまはちと須藤さんとこで
 話し合いも終わってるんちゃうかな…」

と栄三が言い終わる前に、真北の姿が、栄三の病室から消えていた。
ドアが虚しく、開いたまま、揺れていた。

「……栄三……」

呆れた感じで呼んだ橋の言いたいことが解る栄三は、いつも見せる『いい加減さ』を醸し出していた。



(2020.10.1 第一章 驚き 第十八話 UP)


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