任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

第一章 驚き
第十九話 日頃見せない姿

真子の家の庭。
くまはちと美玖、そして、光一が鬼ごっこをしていた。
くまはちの口元は、少し青ずんでいるが、敢えて詳しいことは語らず、須藤と殴り合いした結果だと、真子には伝えていた。



三日前の事件については、真北側の手が回り、真子が知る前に、報道機関から情報を削除させていた。現場に居た一般市民には、
『テレビ番組の撮影だったが、過激すぎたことで、放送はされない』
と伝え、納得させていた。

真子に知られると、栄三の状態(狂気のことも含む)を話さなければならない為、くまはちは、絶対に、真子には言わなかった。



鬼ごっこと言っても、くまはちが、美玖と光一を追いかけて、捕まえる、というのを繰り返すだけだが…。

「懐かしいわ〜」

木陰に置いた椅子に腰を掛けて、子供達を眺めている真子が言った。

「くまはちは遊びや言う割に、色々と鍛えさせるもんなぁ。
 初めて真子と手合わせしたときの動きには、驚いた」

真子と一緒に椅子に腰を掛け、子供達を見つめている ぺんこうが、懐かしそうに話していた。

この日、理子は、むかいんの店を手伝いに行っていた。
二人が仕事で、真子が休暇の時は、真子とくまはちが、子供達と一緒に過ごしているのは、昔っから。この日は、夏休みの為、ぺんこうも一緒に過ごしていた。

くまはちは、美玖と光一を同時に捕まえ、抱きかかえる。

「つかまったぁ〜ん!!」

美玖と光一は、同時に言った。

「では、次、行きますよぉ」
「はいっ! こんどこそ、つかまらないもん!」

光一が意気込む。

「にげるもん!!」

美玖も負けじと、意気込んだ。
美玖と光一は、地面に下ろされると同時に、それぞれ別の場所に向かって猛ダッシュ!
くまはちは、光一を追いかけるように見せかけて、美玖の方へと駆けていく。
美玖は、うまい具合に くまはちから逃げ、光一が逃げた方へと駆けていった。すると今度は、光一が、先程、美玖が逃げた方へと駆けだした。くまはちの股の下をくぐり抜ける光一。

「光ちゃん、上手い!」

真子が思わず声を挙げた。

「みくも〜!」

光一の真似をしようと、美玖が くまはちに向かって駆けていく…が、今は、鬼ごっこ。
もちろん……。

「捕まえたっ!」

くまはちは、駆けてくる美玖を抱きかかえた。

「あ〜ん! くまはちゃ〜のしたを、くぐりたいぃ!」
「仕方ありませんねぇ〜」

くまはちは、美玖を地面に下ろす。その途端、美玖は、くまはちの股の下をくぐる。いつの間にか、鬼ごっこから、股くぐりの遊びへと変わっていた。
美玖は、くまはちの右腕に、そして、光一は左腕に捕まり、ぶら下がる。くまはちは、交互に上げたり下げたりして、子供達を楽しませていた。

「あれ、楽しそう〜。芯、やって〜」
「………多分、お逢いした頃でも、無理だったかも」
「そっか…。芯は、出来るん?」
「三年前なら、出来たかもしれへん。今は、二人とも
 大きくなったから、無理やなぁ」
「くまはちは、平気だね…」
「……まぁ、くまはちですからねぇ〜」
「そだね」

真子と ぺんこうが語り合っている間も、交互に上げたり下げたりするものだから、子供達は、更にはしゃいでいた。





夏空の下、ここぞとばかりに大きな顔を太陽の方に向け、凛々しく立っている向日葵が咲き乱れる橋総合病院。患者達は木陰にある椅子に掛け、向日葵を眺めたり、日向で元気に駆け回る子供達を見つめたり。
あまりもはしゃぐ子供達に、

「日向は、あかんで〜!」

と、子供達に声を掛ける看護師の姿もあった。
そんな賑やかな庭とは違い、ちょっぴり険悪なムードが漂うのは、橋の事務室。
橋はカルテをまとめていた。

「そろそろパソコンに変えたらどうや?」

側に座る男が、橋に話しかけるが、橋は、何も応えない。

「データやったら、すぐに取り出せるで」

それでも橋は応えない。

「場所も取らんし」

やっぱり橋は応えない。

「今は小さなやつに、大容量のデータを保管できるで」

橋は、カルテのまとめを終えて、ペンを置いた。

「…そうやなぁ。直ぐに探せそうやし、場所も取らん。
 だがな……目に入れとかんと、解らんやつがおるやろ。
 …俺の目の前に」

そう言って、橋は目の前に居る真北を睨み上げた。

「ったく…。プロテクターがあるから大丈夫やいうて、
 脅して退院許可取らんでもええんやけどなぁ。
 ここじゃ、居心地悪いんかなぁ」
「俺は、居心地ええけどなぁ……すまん…」
「……小島栄三の本来の姿…ってことか…」

今度は、真北が応えない。

「健の方が、すごかったな」

真北は、口を一文字にギュッと結んでいる。
応える気がない様子。

「やっぱし、お笑いの世界に居た方が
 良かったんちゃうか」

真北は、膨れっ面になった。

「栄三の暴走を停める為に、その世界に戻ったってとこか」
「そうやな」

真北は応えた。

「もっと、気を付けてあげろよ」

橋が標準語で話し始めた。

「お前を含め、真子ちゃんにとって、大切な人達だろ?
 それを守るために、お前も無茶してるんだろうが」

長年、真北たちの行動を見守り続ける橋だからこそ、言える言葉に、真北は、

「まぁ…な…」

いつになく、消極的な雰囲気で応えた。

「いつになったら、本気になる?」

真北が未だに本来の姿を、誰にも見せていないことは、橋は解っている。
これまで、幾度となく、命の危険に及ぶほどの状況があった。だが、真北は、本来の姿を見せてこなかった。最愛の弟の危機の時でさえ、見せていない。

橋の質問に、真北は、ただ、微笑むだけだった。

「その日が来ないことを祈るよ」

そう言って、橋は、書き上げたカルテをファイルに挟み、棚へしまい込む。

「……あれ? ファイルの数、減ってへんか?」

棚を見ると、そこに納まってるはずのファイルの数が、いつも見ていた数の四分の一に減っていた。

「いつでも取り出せるように、データにしたから
 棚もスカスカや」
「目に入らんけど、解っとる」

先程、橋に言われた言葉を真似て、真北は嫌みったらしく応えながら、椅子に掛けていた上着を羽織り、服を整える。

「…真子ちゃんには?」
「芯だけでええ。ほなな、ありがと」

デスクの上に置いてある痛み止めと書いた袋を手に取り、真北は、橋の事務室を出て行った。

「無茶すんなよ。栄三にも言っとけ」
『はいよ〜』

ドア越しに、真北の返事が聞こえていた。
橋は、大きく息を吐き、受話器を取り、短縮ボタンを押す。電話に出た相手に、優しく、真北の怪我を伝えていた。


橋の電話の相手は、ぺんこうだった。固定電話が鳴り、庭からリビングへと急いで戻り、そして、応対していた。
ぺんこうは、受話器を置いて、呆れたように項垂れた。

 真子に伝えにくいなぁ…もぉ〜。

チラッと庭を見ると、真子は、子供達と一緒にはしゃいでいた。
くまはちの右腕には美玖、左腕には光一、そして、なぜか、真子は、背中にしがみついている。

「くまはち〜、倒れろ〜!」
「まだまだ大丈夫です」
「くまはちゃ〜、つおい!!」
「もちあげて!!」

美玖に促され、くまはちは、右腕を上げる。
美玖は、ぶら下がった感じになるが、くまはちの手は、ちゃんと美玖の体を掴んでいた。

ぺんこうが、庭へと出てきた。

「橋先生、なんて?」

呼び出し音で相手を区別するように設定されている為、誰からの電話なのかは、すぐに判る。

「いつものことでした」

その言葉だけで解る。
真北が無茶して、橋の世話になって、それを真子には ばれないよう、『仕事』と称して、帰ってこないだろうということは。

「今夜も帰ってこないな、これは…」
「橋先生の事務所を出て行ったので、帰宅しますよ」

ちょっぴり嫌なのか、言い方が刺々しい。

「まきたん、おけがなの?」

美玖が心配そうに尋ねてくる。
どうやら、長年、同じやり取りが続いているらしく、美玖は、そのやり取りだけで、気が付くようになっていた。

「けいじのおしごと、けがばっかりだね」

光一が心配そうに言った。

「こんやは、ゆっくりさせてあげようね、こうちゃん」
「うん。おさけも かくさないと!」
「ねぇ、くまはちゃ〜。おさけ、かくしとこ」

何か閃いた感じで、美玖が言ったものの、

「私と芯パパで、今夜こそ飲みたいんだけどなぁ」

なぜか、くまはちが懇願するかのように応えていた。

「こんやも だめ!」

美玖と光一の声が揃う。それには、くまはちは観念したように、

「かしこまりました…」

丁寧に返事をした。

「真子……」

ぺんこうは、真子にお願いしようかと思ったものの、

「ん?」

真子は、ぺんこうの言いたい事が分かっている為、ちょっぴり怒りの表情で、ぺんこうに振り返る。
その表情だけで解る。

今夜も、禁酒!

「……かしこまりました…」

思わず、くまはちの口調を真似てしまう、ぺんこうだった。



三日前の夜に飲んでいた二人。
くまはちは、次の日に影響しないように調整しながら飲んでいたが、ぺんこうは、休みが続くこともあり、次の日の事を考えずに飲んでいた。
くまはちが帰宅し、夕食を囲んだ時も、ぺんこうは、口数が多く、『食事時は静かにする』と言っていた本人が、たくさん話すものだから、真子は心配し、アルコールを暫く禁止するように(五代目の威厳を出して)命令したのが、未だに尾を引いていた。


「そろそろお昼ご飯の用意してくる〜」

そう言って、真子は、くまはちから離れ、リビングへと入っていった。

「みく、おてつだいするぅ!」
「こういちも、おてつだいしたい!」
「じゃぁ、うがいして、手を洗って、お手伝いしよう!」

くまはちが、乗り気である。子供達は、くまはちの手を引いて、リビングに向かっていく。

「ぺんこうは、どうする?」
「できたら呼んで〜」

ぺんこうは、グッと背伸びをして、椅子に寝転んだ。

「寝入るなよ〜」

そっと呟いて、くまはちは、子供達が向かった洗面所へと急いで行った。


真子達が、楽しくお昼ご飯を作っている頃……。




栄三の喫茶店の奥にある部屋。
栄三は、ベッドに横たわって、たいくつそうにしていた。

「できたで〜」

そう言いながら、喫茶店に通じるドアを開けて、お盆の上に料理を乗せて、入ってきたのは、真北だった。

「ありがとうございます」

テーブルにお盆を置き、栄三が起き上がるのを手助けする真北に、お礼を言う栄三。

「橋んとこ、おってもよかってんで」
「起きるのが大変なだけで、あとは動けますし、
 ここに居た方が、指示しやすいですからね」

テーブルに着く栄三だが、無理しているのが分かる。
言葉にいつものいい加減さが無い。

「まだ、あかんか?」

真北は、お盆からテーブルに料理を並べ、栄三の向かい側に座った。

「怪我が無ければ、戻りやすいのですが、
 怪我があるので、徐々にしか戻せません」

真北への受け答えが、真面目そのもの。
いつになく、余裕が無い状態の栄三だった。

「いただきます。……懐かしいですね、この香り。
 本部で、昔、たまぁに食しましたよ」
「こないだ帰省したときに、ふるまった」
「組長、喜んでいたのではありませんか?」
「真子ちゃんより、芯の方が喜んでた」
「ぺんこうも、たまに食してましたし……あっ、もしかして、
 任務に就く前からですか?」
「それもある。…実はな、これ、俺のお袋の得意料理や」
「春奈さんの??」
「あぁ。笹崎さんに献立を教わろうとしたら、
 これを教えてくれてな、その時、初めて知ったよ。
 笹崎さんも…」
「笹崎さん、真北家で食してたんですか?」
「そのようや。……って、栄三、なんで、詳しいねん」

真北家のこと、そして、笹崎が真北家に出入りしていたことなど、そんなに詳しく話したことも無いし、この場でも話していないというのに、栄三との会話が成立していた。

それは、小島家には、細かな情報が備わっていることを現している。

「ほんま、お前の頭の中は、どうなってるねん」

その細かな情報を全て、記憶している栄三だった。

「そうじゃなきゃ、動けませんからね」
「だからこそ、常にいい加減な雰囲気なんやろが」

怪我に気を付けながら、料理を口に運んで、ゆっくりと食している栄三の動きが止まる。そして、真北に、目線を移した。

「真北春樹の判断力も、驚異的ですね」
「それなのに…なぁ〜。今回は、無理でした〜か…。
 真子ちゃんには回さず、自分で全部背負い込むからやで。
 反省しとけよ」
「した後です。……って、組長には、くまはちから?」

恐る恐る尋ねる栄三に、真北は悪戯っ子のように笑みを浮かべた。

「……言ってたら、真子ちゃんが来ることくらい、
 予想できるやろが。……まだ、あかんな、ほんまに」

その時、パソコンの画面が点き、健の似顔絵が現れ、点滅…というか、ウインクし始めた。
真北が慣れた感じで、パソコンを操作する。そして、健の似顔絵をクリックした。

画面に、細かな文字が、次々と現れる。
真北は、それを全て目に通し、

「意外と早かったな」

呟いた。

「あずまとたかしが、俺の代わりに動くから、
 いつも以上の速さで、収集できますからね…」
「見るか?」
「食後のデザートにします」
「続けさせるんか?」
「今日は、引き上げるように伝えてください」
「はいな〜」

真北は、健に返信し、再びテーブルに着き、食事を始めた。



後片付けをし、シンクを綺麗に拭き上げた真北は、喫茶店のキッチンの電気を消し、部屋へ入っていった。

「橋んとこ居っても良かってんで。気ぃ使うな」

栄三は食後の眠気にも誘われて、ベッドで熟睡していた。
側にあるタオルケットを、栄三に、そっと掛けながら、真北は呟いた。



橋総合病院の病室で指示を出すことは可能だった。しかし、場所は病院。情報を収集するだけでなく、時には、相手に手を出してることもある男達が、病院を出入りすることに、抵抗があった栄三。ほんの数日前に発してしまった、本来の自分のオーラは、怪我のために納めることが出来ず、ピリピリとした状態が続く。

橋に対しても、鋭い口調で話してしまう。もしかしたら、不意に、橋を傷つけてしまうかも知れないという思いから、その勢いのまま、橋から強引に退院許可を奪い取っていた。
以前も肋骨を骨折した。その時に体に付けていたプロテクターは、動くこともできるようにと改良されており、それも口実にしていた。



喫茶店とは別にある出入り口のドアが開いて、健が帰宅した。

「お帰り。お疲れ」
「兄貴は?」
「悪化はしてへん」
「色々とありがとうございました。一人で大丈夫って
 言われたけど、心配してたんです…」

いつになく、暗い表情の健。真北は健の心境を悟っていた。

「健も、まだあかんか?」

真北に言われ、健は、そっと頷いた。

 ったく〜。

健の頭を優しく撫でる真北だった。

「食後の眠気に負けただけや。心配すんな」
「納まってへんのやろ?」
「まぁ、そうやな。…だから、早めに終わらせたんか?」
「その通りや……」
「あとは、俺がやるから、栄三の側に居ったれよ。
 食事は、明日の朝の分まで作って保管しとるから、
 温めるだけでええで。ほなな」

未だに気分が落ち込んだままの健の頭を、元気づけるかのように、コツンと軽く叩いて、真北は出て行った。健は、真北が出て行ったドアに向かって、深々と頭を下げ、そして、栄三が眠るベッドに近づいた。
自分が近づいても、熟睡している栄三を見て、心配げな表情になる健。
栄三の手を、そっと握りしめた。

「!!!」

栄三が健の手を握り返してきた。
手を握りしめたのが、大切な弟であることは、眠っていても分かる栄三。もちろん、傷を悪化させた事、そして、未だに眠らない本能に対して健が心配している事も、分かっている。
健の手を握りしめる栄三の手から、伝わるもの。

心配すんなって。

いつもの栄三の雰囲気だった。
健は、栄三の手を握りしめたまま、自分の額に手を当て、

 兄ちゃん、もっと休んでてや…。

優しさ溢れる雰囲気をまといながら、心で語っていた。




車で移動中の真北は、車の速度と併走する二人の男に気付き、人気の無い場所で、車を停めた。
車が停まると同時に、後部座席のドアが左右とも開き、二人の男が乗り込んできた。

「あとは、二人でやる予定やったんか?」

その二人は、東守と西守だった。

「他の連中と合流予定です」
「なるほどな…」

そう言って、二人がドアを閉めると同時に、アクセルを踏み込む真北に、西守が今後の予定を伝えていた。

「真北さんも怪我をしたとお聞きしましたけど、
 帰宅する程度ですか?」
「まぁ、そんなとこ」
「それなら、暫く、真子さんと八造くんを引き留めて
 いただけると嬉しいのですが、難しいですか?」
「真子ちゃんなら、芯の休みに合わせてるから、
 ビルには行かんやろうけど、くまはちは無理やな。
 須藤の分もあるからなぁ」
「…ビルでのことは…」
「須藤のことは、知らんはずや。栄三のこともや。
 俺の怪我は、橋が芯に伝えたらしいから、
 すでに知れてもうたけどな」
「大丈夫ですか…?」

真北の怪我に関しては、真子よりも、ぺんこうが一番心配し、心配の度が過ぎて、怒りへと変貌することは、誰もが知っていることで…。

「いつものことや」

まぁ、ぺんこうから怒りをぶつけられることは、真北にとって、嬉しいことでもあるので、敢えて、それ以上は、何も言わない、何も尋ねない…ということは、暗黙の……。

「三つ目の交差点を右にお願いします」

東守が、窓の外を流れる景色の上の方を見つめながら言った。
東守の目線の先には、一人の男が屋根の上を走り、指を三本立てて、とある方向に指を差していた。

「なるほどね」

真北が呟くと、屋根の上の男は、指さす方向へと駆けていき、同じような速さの塊が、三つ、続いて駆けていった。

「…数、多ないか?」
「欠けてる戦力の補充ですが…」

東守が言った『欠けている戦力』。真北は、その意味を考えながら、ウインカーを右に出し、右折した。暫く走ると、先程、指をさしていた男が立って、真北に気付き、一礼し、背後のビルに入るよう案内した。真北は、案内されるがまま、ビルの中へと車を進め、もう一人の男に案内された場所に車を停めた。

「………欠けた戦力…ね…」

真子には内緒で動いていた者達で、今は動けない人物が四人。
怪我人の須藤、くまはちは休暇中、栄三も怪我人、そして、自分自身も怪我人…。
その分の補充と言うことらしい。

「栄三さんからの指示です」

車から降りた真北に、そう言ったのは、先程、指を差していた男だった。

「申し遅れました、私…」
「乾(いぬい)だろ。知ってる。で、栄三からとは?
 暫く、眠ってるはずなんだけどなぁ」
「眠る前に、指示出てました。真北さんの小細工も
 お気づきでしたよ」

乾と呼ばれた男は、淡々と語り出す。



昼食後、薬を飲んだ栄三は、真北に促され、ベッドに横になった。

「後は、やっとくから、何も考えずに寝とけ」

そう言って、真北は食後の片付けをしに、喫茶店側のドアから部屋を出て行った。
どうやら、その時に、連絡していた様子。

 真北さんに一服盛られたから、暫く無理や。
 あの様子やと、真北さん混じるつもりやから…。

「無理させん程度に、こきつかえ…と仰せつかってます」

栄三からの言葉を、乾は伝える。

「ったく、いつもの栄三やんけ」

栄三の言葉尻が、いつもの栄三だったことに気付き、真北は愚痴った。

「で?」

少し遅れて姿を見せた、先程の屋根の上を通り過ぎた三つの塊。それは、乾と同じようなオーラをまとっていた。

「巽(たつみ)に、北登(ほくと)、南瀬(なんせ)の三人も
 居るんやったら、俺、要らんやん」

初めて顔を合わせるはずなのに、真北の口からは、男達の名前がすらすらと出てくる。

「………真北さん、どうして、ご存じなんですか?」

驚いたように、西守が尋ねた。

「一度、顔を見たことがあるからなぁ」

そう言って、真北は、ニヤリと微笑んだ。
あの日、まさに連れられて、桂守の里に行った真北。
その時に、里の者達の顔を見ていたらしい。しかし、名前までは知らないはずだが……。

「ほんま、曲者やわ、俺ら以上に」
「ほっとけ。…で、策は?」
「はっ」

乾は、一礼し、今後の行動を伝えていた。



真北は、ちょっぴり膨れっ面のまま、車を運転していた。
助手席には、東守、後部座席には巽と北登が座っている。

「…なんで、俺が運転してんねん」
「真北さんの車ですから…」
「……足、あるやろが」
「方向が、同じですから……」
「東守の下で動くなら、それでええやろが」
「真北さんを守る役でもありますので、離れません」
「俺、帰りたいのになぁ」
「ほんとは、帰る気無かったのに?」

東守が言うと同時に、鈍い音が車内にひびきわたった。

「……まじか…」
「……東守さんが受けるなんて……」
「……すんません…」

腹部を抑え、ちょっぴり怯えた表情で、真北の方を見ている東守。どうやら、口が過ぎたらしく、真北の怒りを買ってしまったらしい。
狭い車内。真北の拳を避けるほど、広くは無く、ましてや真北は運転中。まさか、拳が腹部に突き刺さるとは思いもしなかった東守。

「油断するからや」

冷たく言って、真北はアクセルを踏んだ。




「どうや、健」
「兄貴の予想通りや。あずまん、受けたで」
「ふふっふ……いててて…」
「もぉ、笑うからや」
「笑わずに居れんわ……いててて」

真北が東守たちと合流し、二手に分かれた頃、栄三は目を覚まして直ぐに、健に、東守達の動きを追跡するよう指示していた。もちろん、音も拾えるように、イヤフォンで会話を聞いていた。
真北の体調と行動から推測し、ちょっぴり口が多い東守だと、真北の怒りを買いそうな予感はしていたらしい。イヤフォン越しに聞こえてきた鈍い音にも気づき、予感的中したことに、思わず笑いがこみ上げた栄三。自分の怪我を忘れてしまうほど、大爆笑していたらしい。

「たかしの方は、到着か?」
「到着後に、ばらけてる」
「単独で行ける範囲やな」

栄三が、マイク付きイヤフォン越しに指示を出す。
その眼差しは、とても鋭く、本来の栄三の姿でもある。しかし、その表情の中には、いつもふざけた感じの栄三が時々見えていることに、健は安心していた。

その健は、真北が運転する車の後部座席に座る巽と会話をしていた。

「真北さんは、夕飯に間に合うように、解放や」

栄三が健に指示を出し、健は巽に伝える。すると、健はいきなり笑い出す。

「どうした、健」
「あかん。巽には無理みたいや。真北さん、朝までコース」
「組長に怒られる」
「帰宅しても怒られるんやったら、帰宅せん…って、
 直接、真北さんからやねんけど…」
「あほか! 貸せ、健」

健からイヤフォンを受け取った栄三は、直ぐに、通信する。

「真北さん、これ以上は、私共に任せてください」
『あほは、お前や。俺の方も必要やろが』
「範囲広がったのは存じてますので、真北さんは
 きちんとお休み取って備えてください」
『ちゃんと休んだ』
「ここでは、休んでませんよ?」
『痛みは無い』
「それは、痛み止めの効果ですっ!!」
『怪我人のお前に、言われたくないなぁ』
「その怪我人の私が言うんですから、ちゃんと……」
『もう話すな。休め。……って、文字で攻撃すなっ!』

栄三は、声を張り上げてしまったことで、胸に痛みを感じ、速攻で、携帯電話の方に切り替え、ショートメッセージを大量に送っていた。


真北は、いつの間にか、運転を東守と代わり、助手席に座っていた。そして、巽と健のやり取りに気付き、巽からイヤフォンを取り上げ、栄三とやり取りしていた。
栄三の声から、無理をしてることに気付き、栄三の代わりを買って出ようとしたところに、懐の携帯電話が震え、直ぐに画面を確認したところ、

(メッセージ) あぁほんまに、俺の言うこと聞かんなぁ。
(メッセージ) 痛み止め飲まなあかんのに、動くんですか?
(メッセージ) 組長に言いますよ〜。
(メッセージ) あっ、ぺんこうの方がええかなぁ〜

栄三からの大量のショートメッセージが届いたことに気付き、

「文字で攻撃すなっ!」

真北の言葉が合図となったのか、真北はそのままマイク付きイヤフォンで話し、栄三は携帯電話のメッセージで受け答えを始めた。

(メッセージ) 今から、言っちゃおう〜
「…って、あのなぁ」
(メッセージ) でも私のことは内緒ですからね。
「……知らんわ」
(メッセージ) 無茶せんといてください。
「お前の代わりやから、気にするな」
(メッセージ) 私とは違う指示になりませんか?
(メッセージ) 真北さんの方とは違う指示ですよ?
「…って、あのなぁ〜」

法に沿うか沿わないかのことで、栄三の方だと、ちと、大変な状態になってしまう恐れがある。

(メッセージ) なので、無理ちゃいますか?
「結果が、お前の思う物と違っても、文句言うなよ」
(メッセージ) たどり着くのは同じなのに?
「工程が違うだけや。そこは、許せ」
(メッセージ) やる気ですやん。
「当たり前や」
(メッセージ) ほな、任せます
「ありがとな〜。巽に返すで」

イヤフォンを巽に渡し、真北は東守に何かを話し始めた。
どうやら、真北なりの作戦らしく、東守は真北の言葉を逃さないようにと、一言一句、頭に叩き込みながら、運転していた。

イヤフォンを受け取った巽は、健とやり取りを再開する。
栄三は……。

「もぉ〜知らんわ〜」

呆れたように呟いて、目を瞑っていた。



そして、陽が暮れ……。
理子が帰宅し、真子達の夕食が終わり、後片付けを終えた頃〜。



「あのひと、夜目も利くねんなぁ」

真北の暗がりでの行動を見て、東守が呟いた。

「あの動き…霧原さんも驚いてたやつ!」

夜目も利く南瀬が、海外での真北の行動を霧原から耳にしていたのを思い出し、嬉しそうに言った。

「怪我人じゃなかったっけ??」

真北が怪我人だということを思い出したように西守が言う。

「まだ本気じゃなさそうやけど…」

真北の動きから感じたオーラは、まだ、本気ではなさそうで、ちょっぴり複雑な気持ちを抱きながら、北登が指さしながら言う。

「本気になったら、誰も停められへんちゃうん?」

東守が隆栄から聞いたことを思いだし、焦ったように言った。

「それ以上の狂気が要るって聞いたけど、
 誰が、出す?」

巽が言うと、

「俺らが出したら、益々、酷くなりそうだよ?」

乾が真面目に応えた。

「それもそうやなぁ」

東守が頭を掻きながら、どうしようかと悩んでいると、

「…あっ………」

真北が振り返ったことに全員が気付き、思わず声を挙げた。

「終わったぞぉ」

誰かを思い出させるような口調で、東守たちに言う真北は、服を整えながら、どこかへ連絡を入れていた。



栄三の指示の下、二手に分かれて行動していた西守達が、一段落付けた後、東守のところへとやって来る。そこは、まさに、敵と格闘中のところだった。西守、乾、南瀬の姿に気付いた東守は、加勢するように指示を出そうとした瞬間。
敵が一斉に、真北へと向かってしまった。

 しまった!!

そう思った時は、遅かった。
真北が、唯一光っていた灯りを銃弾で狙い、灯りを消した。
辺りが暗くなった途端、真北は間髪入れずに一人一人を倒していった。

本来なら、真北ではなく、自分達がするべき行動だったが、東守たちは、真北のオーラに思わず動きを停めてしまった。
真北を停めたいが、今動けば、自分達にも攻撃仕掛けてきそうな雰囲気に、動けずに居た。
どうしようかと、真北の動きを見ながら話している ほんの数秒で、真北は敵を全員倒してしまった。



どこかと連絡を終えた真北は、東守達に近づきながら、

「一応、東守に聞いた連中は、全部仕留めて、あとは、
 俺の方に任せたけど、次は、どうする?」

時刻は午後九時。
真北が帰宅するには丁度良い時間だが、今日は朝まで帰る気が無い…というか、帰る訳にはいかない。

「栄三の指示待ちなんか?」

真北は東守に尋ねた。

「栄三さん、寝てます」
「……あっ、すまん。夕飯にも仕込んでた……」

真北の言葉に、一同、ずっこけた。
真北が用意した食事は、栄三用と健用の二つ。それぞれ、この日の夕飯と次の日の朝食。そして、ゆっくりと休めるように、夕食の栄三用には、睡眠薬をちょっぴり仕込んでいた。

「ま、俺が任されたことやし、朝までコースで、
 聞いた分、全部クリアーしよか〜」

やる気満々の真北に、少しばかり恐れる東守達。
どんな指示が出るのやら……。


「栄三さんより丁寧で的確で、動きやすい〜」
「だけど、人使い荒い〜」
「お前ら、真北さんに聞かれたら、どやされるで」

日付が変わる頃、更に別の場所で、夜襲を掛けようとしていた敵の動きを停めた真北たち。最後の敵を倒しながら、北登と南瀬が言った言葉を西守が停めるかのように言った。
……が、西守の言葉は遅かったらしい。

「真北さん、俺、敵じゃないぃ〜うぐっ…きっつぅ〜」

南瀬の腹部に、真北の蹴りが入った。

「一言多すぎや。東守に似るな」
「兄貴的な存在やし、しゃぁないんちゃうかなぁ」

西守が、真北に言うと、真北は項垂れる。

「……栄三の影響やな、すまんな…」
「ほんと、小島家に一番染まってしもたもんなぁ、東守」
「……ん??? 南瀬が一緒に過ごしてたのは、
 東守がこっちに来る前やろ?」
「そうですね」
「……ほな、東守の影響というより、元々の性格やな」
「………そうなりますね……」

西守の言葉に、真北は大きく息を吐いた。

「怪我、大丈夫ですか?」

真北の溜息は、痛みを抑えようとしているものに感じ、西守が声を掛ける。

「大丈夫や。それよりも、まだ、動けるか?」
「我々は、三日ほど大丈夫ですよ」
「そうやったな。ほな、あとは任せてええか?」
「えぇ。真北さんは、処理ですね?」
「嫌やけどな〜原田が五月蠅いねん」

この三時間ほど、真北の携帯電話に、原田からの連絡が引っ切りなしに入っていた。

「そちら側が追いつけないほど、動くからですよ」
「栄三の代わりやのになぁ」
「丁寧すぎです」
「栄三は、大雑把やもんなぁ」
「それを健ちゃんが、綺麗にまとめるんですよね〜」
「あぁ。ほんま、あの兄弟、落差ありすぎや」
「真北さんもですよ………っっ……すみません…」

真北の裏拳が、西守の腹部に決まっていた。

「ったく、栄三に要らん知恵つけてもらったんやろ。
 そんなことせんでも、自分のことくらい、自分で
 制御できるわ。栄三に言っとけ」

真北を停めるには、真子のことか ぺんこうのことを口にすれば大丈夫。
…と、栄三に教わったらしい。

「お見通しでしたか……」
「まぁな」

そう言って、真北はニヤリと笑った。

「足は、ほんまに要らんのか?」

真北は、この後、署の方に戻る予定。西守たちの移動手段を気にするものの、足で移動する者達には、車は必要ないかも…と、気になる真北は、解っているものの、取り敢えず、尋ねてみた。

「えぇ。『足』がありますので」

自分達の足で移動します、と敢えて強調するかのように、西守は応えた。

「ほな、俺は行くで。栄三も目ぇ覚ましてるやろし」
「明け方までの指示出てます」
「出して、また寝たんか…。まぁ、ええか」
「真北さんは、朝帰りですか?」
「昼にする」
「……くまはちさんの引き留め……」
「朝から須藤っとこ行くやろ。そっちで停めとく」
「夜中に動きませんか?」
「一応、芯に頼んでる」
「……えっ????? 真子さんに怒られてるのに??」
「その辺りは、芯の得意とするとこや」

そう言って、真北は、西守だけでなく、東守たちにも何かを告げ、そして、自分の車に乗って去っていった。

「健ちゃん、大丈夫なんですか??」

西守は、健に連絡を取る。

『大丈夫や。くまはちなら、ぺんこうと飲んでる』

健は、真子の家のリビングを盗聴中。

『明け方まで、ぺんこうが愚痴るみたいや』
「それなら、真北さんの言う通りになりそうですね」
『くまはちが動くと、組長に知られるから、
 それもあると思う。明朝、橋総合病院に行くそうや』
「……ばれてません? 盗聴…」
『それは分からんけど、なんやろ…ぺんこうが、
 見事に、こっちの希望通りに誘導してくれてる』
「そうですか……」

 って、ぺんこうさん、こっちの動きに気付いてるなぁ、これ…。

西守が思った通り、ぺんこうは、家に仕掛けられている盗聴器の事には気付いており、それを利用して、盗聴先のやり取りを聴くことができるように仕込んでいた。

その噂の、リビングの二人は……。

「あぁ、もう、解ったから、そろそろ寝ろって、ぺんこう」
(メモ) そっちにまで手ぇ回せん。

くまはちは、ぺんこうの愚痴を聞きながら、筆談で、ぺんこうと会話していた。

「怪我がばれないようにって、更に悪化させそうな
 行動しまくって、どうするねんって…心配やないか」
(メモ) ほな、あとは、地下の連中に任せるんか?

ぺんこうも、飲みながら、くまはちに愚痴っているが、筆談で、くまはちに、あっちの世界の状況を聞いていた。

「ぺんこう、それ、十八回目やで…」
(メモ) その方が、動きやすい。
「何度も言うてやるわ〜。くまはち、付き合え〜」
(メモ) ライと竜次の方は?
「俺、寝たいねんけどなぁ」
(メモ) ライの方は、まだ動きが無い。
(メモ) 竜次の方は、黒崎に任せてる。
「くまはち〜、寝るな!」
(メモ) 大丈夫なんか? 黒崎だぞ。
「ぺんこう、寝ろ。もう、終わりや」
(メモ) 取り敢えず、だ。

くまはちのメモを読み、ぺんこうは、溜息を吐いた。

「朝まで付き合え」

そう言って、ぺんこうは、再び愚痴り始めた。

(メモ) 動かないから、勘弁してくれ。

どうやら、ぺんこうが自分が動かないようにと引き留めていることに、くまはちは気付いていたらしい。

(メモ) 動かへんな?

ぺんこうは、念を押すようにメモに書く。

(メモ) 明日、須藤さんとこ行くだけにする。
(メモ) 動くなよ。組長に気付かれる。

ぺんこうのメモを読んで、くまはちは、頷いた。

「そろそろ寝ないと、組長に怒られるで、ぺんこう」

メモでのやり取りを終え、普通に会話を始める二人。

「もう少し付き合え」
「明日に響く」
「そんなに飲んでへんやろ、くまはちは〜」
「響かんようにしとるだけや。そういう ぺんこうは、
 明日に影響しそうやな。また、怒られるで」
「ええねんって。その方が……引き留められるやろ?」

そう言って、ぺんこうは、ニヤリと笑みを浮かべる。

「ここ数ヶ月のことがあるやろ。お前が休みの間は、
 ゆっくりと親子で過ごしとけ」
「ありがとな。…だけど、無茶はするなよ」
「時と場合によるけどな」

二人は同時に、アルコールを飲む。
禁止されたはずなのに……。

「…で、栄三の容態は?」
「家で指示できる程度みたいや」
「それにしても、あの中で、よぉ無事やったな」
「そうやな」

竜次のヘリからの銃撃は、ビルの近くにあった防犯カメラに映っていた。その映像は、一時だが、ニュースで流れていた。

「…あんな攻撃なんて、今までせんかったよな」

新たにアルコールを注ぎながら、ぺんこうが言った。

「天地山で、まさに向かって攻撃してたぞ」
「あぁ、あの時か…。…それなら、いつからや?
 あのような攻撃に転じたのは…」

ぺんこうは、考え込む。

「……あの後か!!」

二人は同時に声を発した。

あの後とは……。



ぺんこうは、キッチンで洗い物をし、綺麗に片付ける。キッチンからリビングへ。電気を消し、二階へと上がっていった。真子の部屋をそっと覗き、真子と美玖の寝顔を堪能した後、そっと部屋を出て、向かいの くまはちの部屋の様子を伺った。

くまはちは、既に眠っている。

ぺんこうは、自分の部屋へ入り、その勢いのまま、ベッドに寝転んだ。
仰向けになり、天井を見つめる。

竜次の性格が変わった時期。
それは、あの後…。

不治の病で余命幾ばくも無いからと、最期は好きな女性と過ごしたいという思いから、真子を連れ去り、真子の目の前で息を引き取った。
……はずだった。
それから数年後、竜次は再び、真子の前に姿を現した。
その後の竜次の行動は、目を覆いたくなるような物が多かった。

人を使い、相手を傷つける。
時には、自らの手で相手に攻撃をする。
そして、最期は……。

ぺんこうは、あの日のことを思い出したのか、ギュッと目を瞑り、何かから逃れるかのように、布団を引っ被った。

 落ち着け……落ち着け……。

そう自分に言い聞かせ、ぺんこうは、息を整える。
湧き出しそうな怒りを、拳を握りしめることで押し込めた。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

いつの間にか、眠っていた……。



明け方。
朝日が昇り始めた頃、くまはちは、いつものコースを走っていた。
そのくまはちに追いつくかのような勢いで走ってくる男が居た。その男は、くまはちに追いつき、併走し始める。

「二日酔いには、きつないか?」

くまはちと併走し始めたのは、ぺんこうだった。心配げに、くまはちは、ぺんこうに声を掛けた。

「大丈夫や。今回は、二日酔いになってへん。なんでやろ」
「知らん」

ニヤリと笑いながら言う くまはちに気づき、ぺんこうは項垂れた。

「仕込むな」

ぺんこうは走りながら、蹴りを繰り出した。

「やめとけって」

きちんと受け止める くまはちだった。

「……今回も、同じ状態なんやろか…」

突然、ぺんこうが語り出す。

「記憶を失ってるが、近い状態やな。まぁ、それは、
 新竜次の方も考えられる」

くまはちは、自分の考えを述べた。

「屋上からの襲撃と、組長の拉致は過激だが、
 いずれも、黒崎を狙っての行動だろ?」
「だが、二度目の時からだ。竜次が来たのは」
「屋上の時のヘリは?」
「竜次が二度襲ってきたときの物と同じだった」
「新竜次がヘリを隠した先に、竜次が来た
 可能性があるな…」
「恐らくな」

二人は、走るペースを上げる。

「瞬間移動は出来ないと、黒崎からの情報だ」
「黒崎は、この状況を予測していたんだろ?」
「そのような言葉を言ってたなぁ、あの時」
「…ということは、組長の特殊能力について、
 詳しいのでは?」
「まぁ、青い光の能力を医療の世界で使おうと
 研究し始めたのは、黒崎が最初だったはずだ。
 だから、幼い組長を狙って、確かめようと…あの日…」
「慶造さんから、その話は聞いてる。兄さんが調べようと
 資料を集め始めたのが、きっかけなんだろ?」
「あぁ。ちさとさんが持ってると思ったらしいな」
「ちさとさんの実家と親しい仲じゃなかったか?
 黒崎家の向かいに、実家があったんだろ?」
「あぁ」

ぺんこうの言葉に返事をした くまはちは、突然、足を止めた。
急に足を止めた くまはちに気づき、ぺんこうも足を止め、振り返る。

「どうした?」
「……おかしないか?」
「何が?」
「慶造さんが、ちさとさんと知り合う前から、
 黒崎家と沢村家が親しい付き合いなのに、
 なぜ、その時、青い光のことに気付いてないんだ?」

くまはちは、考え込む。

「……あれは、突然、現れるんだろ? 確か、組長も
 天地山で、怪我したウサギに放ったのが初めてで、
 傷が治るのも早かったと、兄さんが言うてた」

その昔、真北から聞いた話を思い出す ぺんこうは、話し続ける。

「もし、ちさとさんが持っているならば、幼い頃から、
 そのような兆候があっても、良さそうだろ。
 なぜ、そこに気付いてないんだ?」
「黒崎よりも、竜次と過ごす時間が多かったかもしれない。
 当時、黒崎は跡目教育も兼ねて、阿山組への攻撃を
 計画していたから、その研究は、していなかったかもな」
「当時って、くまはち、お前…」
「阿山家を守る猪熊家が昔から持ってる情報や」
「なるほどな」

そう言って、ぺんこうは、くまはちを促し、再び走り始める。

「兄さんから連絡あったんか?」
「無いな。でも、署に留まってるのは、判ってる」
「やり過ぎたか…。再び謹慎か?」

嫌な表情になる ぺんこうを見て、くまはちは、笑いを堪えた。

「そうならんように、しとく」
「だから、手伝うなって。帰ってくるやろが」
「昼には帰らんと、組長が怒るだろ?」
「俺の方が、先に怒るわっ」
「それもそっか」

遂に笑い出す、くまはちだった。

「須藤さんの様子見に行くから、その時に、聞いとくで」

落ち着いた声で、くまはちが言う。

「頼む。…あと、それとなぁく、悪化させといて」
「どっちや?」
「…兄さん」
「………無理やな」
「…………だよな…」

そして、二人は自宅に着いた。

軽く体を解しながら、自宅の門を開け、家に入っていく二人を、三軒隣の向かいにある沢森家の窓から、都村が見つめていた。



(2020.10.11 第一章 驚き 第十九話 UP)


Next story (復活編 第一章 驚き・第二十話)



『復活編』・第一章TOPへ

復活編 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※この〜復活編は、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』の極編の後の物語です。
※任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を全シリーズを読破しなければ、登場人物、内容などが解りにくい状態です。
※取り敢えず、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を全てお読みになってから、アクセスお願いします。
※別に解らなくても良いよ、と思われるなら、どうぞ、アクセスしてくださいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。
以上を踏まえて、物語をお楽しみ下さいませ。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.