任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

第一章 驚き
第二十話 いつものように。

くまはちが、橋総合病院に着いて、須藤と話し込んでいる頃……。

「ほな、今日も公園! …って、元気やなぁ」

お出掛け準備を終えた理子と光一、そして、美玖。少し遅れて、真子と ぺんこうが、玄関へとやって来る。

「子供達の元気には、付いていけん…」

連日、元気に遊びまくる光一と美玖。
前日は、庭で くまはちと鬼ごっこやら、かくれんぼやら、アスレチック(くまはちの体を使って)やら、色々と体を動かしていたはずなのに、この日も、子供達は、爛々と輝く眼差しで、走り回るつもりらしい。

「今夜も、良く眠りそうや」

真子が言う通り、思いっきり体を動かした夜は、熟睡するらしく、朝まで起きない。熟睡することで、体力を回復しているのか、次の日も元気に体を動かすことが出来る子供達。

「良いことです」

体力馬鹿教師である ぺんこうが、嬉しそうに言った。

「ほな、行くで〜!」
「はーい!!」

理子に促され、元気に返事をする子供達だった。



公園には、他の家族も遊びに来ていた。小学校にも一緒に登校し、学校でも遊ぶ仲なのか、子供達は子供達で仲良く遊び、遊具は譲り合いをして、小さな子には、手を貸したり、危なっかしい所を助けたりしていた。その子供達の様子を、付き添いの大人達が、優しく見守りながら、会話を弾ませている。

ぺんこうは、大人達の輪に交じらず、少し離れた所にあるベンチに腰を掛け、子供達や真子と理子を、さり気なく、見守っていた。


公園の側を、車椅子に座る沢森と車椅子を押す都村が、公園の様子を気にしながら、通り過ぎていった。

 いつもの時間の散歩…か…。

ぺんこうは、フェンス越しに、二人の様子を見つめていた。

 沢森さん、少しずつ、元気になっているかなぁ。

通り過ぎた時に見えた、沢森の顔色を、ぺんこうは確認していた。
気に掛けてしまうのは、亡き母のこともあり、病人の介護の知識を持っていることもあるらしい。

ぺんこうは、時刻を確認する。
公園に来てから、一時間が過ぎようとしていた。

子供達も大人達も、暑さの中で過ごしているが、健康管理には充分注意している。水分補給、時にはおやつ、そして、日陰で休憩。それでも、子供達は、はしゃぎまくっていた。



沢森と都村が、戻ってきた。

「さわもりおじさん!! こんにちは!」

美玖が二人の姿に気付き、フェンス越しに声を掛けた。

「美玖ちゃん。こんにちは」

都村が返事をする。

「きょうは、はやかったね」
「いつもと同じコースでしたよ。…もしかしたら、
 楽しい時間を過ごしてるから、時が経つのを
 早く感じたかもしれないね」
「そうなの? パパ」

側に居る ぺんこうに、美玖が尋ねる。

「二時間も遊んでるよ」
「ほんとだ!!」

公園の時計で時間を読む美玖は、本当に二時間経っていた事に驚いたらしい。

「もっとあそんでいい?」
「う〜ん……。真子も理子ちゃんも話し込んでるし、
 ちゃんと休憩も取ってたし…。あと三十分だけだよ」
「やった〜! ねぇ、さわもりおじさんもいっしょに、あそぼ!」
「どうされますか?」

都村が、沢森に尋ねると、沢森は、コクッと頷いた。

「では、そちらに行きますね」
「やった〜!!」

喜びながら、美玖は、公園の入り口へと駆けていった。都村は、公園の入り口へと向かっていく。ぺんこうは、美玖を追いかけるように、入り口へと歩いて行った。
車椅子が、公園の入り口に差し掛かった時、美玖は車椅子の肘置きにある沢森の手を手の甲から優しく握りしめた。

「あるくの、だいじょうぶ?」

沢森に声を掛ける美玖。しかし、沢森は何も応えず、公園で遊ぶ子供達の方に目線を移していた。

「椅子から椅子への移動で、少しだけ
 歩くことが出来るまで、回復してますよ」

都村が美玖に優しく応えると、

「ベンチに、すわって、おはなししよ!」

先程まで、ぺんこうが座っていたベンチまで車椅子を押し、都村と美玖に手を添えられながら、椅子からベンチへと移動する沢森は、美玖を見つめ、そっと微笑んだ。

「あのね、みくね、おぼんに、おじいちゃんとおばあちゃんに
 ごあいさつしてきたの!」

美玖は、沢森の隣に座り、沢森に語り始めた。
ぺんこうと都村は、車椅子の側に立ち、沢森の容態について、話し始めていた。

「そうでしたか。顔色も良くなっているので、
 体力も付き始めたんだろうと、思っていたところです」

ぺんこうは、優しい表情で、都村に言った。

「向井さんから教わった料理も、効果があるようで、
 感情も出るようになりました。最近は、あのように、
 笑顔を良く見せてくださります」
「リハビリの方は?」
「支えながら、少し歩く程度までで、手を離すと
 ふらついてしまいます」
「感覚の方が、まだなんでしょうね…」
「以前なら力無く前屈みになっていましたが、
 こちらに来てからは、徐々にですが、体力も
 筋力も付き始めております。山本さんの助言が
 一番効果がありました。ありがとうございます。
 それに、私の負担も軽減されましたので、
 体を痛めることも、減りました」
「腰は、もう大丈夫ですか?」
「えぇ。私も、沢森が休んでいる間に、体を動かすように
 してからは、筋力も付きました!」

都村が嬉しそうに言うものだから、ぺんこうは、ちょっぴり照れていた。

いつの間にか、沢森の周りに、子供達が集まり、色々と話しかけていた。
あまりに騒がしいものだから、大人達が、ついつい、

「こら。騒ぎすぎっ!」

注意してしまう。

「え〜〜! おじちゃん、うれしそうなのに、ええやんか!」

沢森の表情は、とても和らいでおり、子供たちは、それにいち早く気付いていた。

「お話しするのは、少しずつにしてあげてください」

都村が、そっと声を掛けると、沢森の表情が曇った。

「……申し訳御座いませんでした…。お話、たくさん、
 お願いします」

ちょっぴり寂しげに都村が言うものだから、その場に居る者達は、思わず笑ってしまった。

「ね、ね、つむらさん、さわもりおじさんは、ゲームしたことあるん?」

男の子が興味津々に尋ねる。

「家には、ゲームは無いですね…」
「こどものときに、してたん?」
「どうでしょうか…。私は、病気になってからお会いしたので、
 昔のことは、何も知らないんですよ…」
「ほな、こんど、ゲームしよ! …あっ、コントローラー、
 もつことできるのかな…」
「まだ、物を持つのは難しいですね」
「あくしゅは、できるよ!」

美玖が、沢森の手を握る。すると、美玖の手を、ゆっくりではあるが、沢森が握りしめる。

「でも、ギュッってしてないね…」
「……握りしめるところ…初めてみましたよ…」

沢森の様子を見て、都村は感動したのか、目を潤ませていた。

「子供達に、パワーを貰ったのかもしれませんね…。
 この街に来て、良かった……本当に、良かった……」

涙を流す都村を見て、

「つむらさん、ないちゃった〜」
「さわもりさんがあるいたら、つむらさん、たおれちゃうかも!」
「うれしなき!!」

子供達は、からかうかのように、はしゃいでいた。

 おや?

そんな子供達と都村を見て、沢森が笑っていることに、ぺんこうだけが、気が付いていた。

「そろそろ帰る時間やで〜」

理子が子供達に声を掛ける。
時刻はお昼時に近づいていた。

「ほな、またね〜! さわもりおじさん、またね!」

理子に促されて、他の家族達は公園を去って行く。フェンス越しに、手を振る子供達に、沢森が手を振っていた。

「つむらおじさん。くるまいす、おしていい?」

光一が、都村に尋ねる。

「一人では難しいですよ。私が一緒に押しましょう」
「いいの?」
「ええ。お二人の後ろから、私が補助します」
「やった〜!」

都村に手を添えられ、沢森は車椅子へと移動した。

「おすよ〜!」
「お願いします」

光一が右側、美玖が左側の手すりを持ち、その後ろから、都村が補助しながら、三人で車椅子を押し始めた。ゆっくりと進み始める車椅子。その様子を少し離れたところで見守っている真子と理子、そして、ぺんこうも、一緒に歩き始め、公園を出て行った。
公園から歩いて二分ほどの所にある、沢森邸。ほんの少しの間だったが、車椅子を押せたことに、美玖と光一は、満足していた。

「光一君、美玖ちゃん、ありがとう。では気を付けてね」
「うん。さわもりおじさん、またね!」

子供達に声を掛けられて嬉しかったのか、沢森は微笑んでいた。
そして、そっと手を振り、子供達を見送る。

「今日はありがとうございました」

都村は、真子たちに一礼する。

「お礼は私たちの方ですよ。沢森さん、お疲れでは…」

真子が恐縮そうに話しかけると、沢森は、首を横に振り、何かを言おうとしているのか、口を動かしていた。

「また、お相手してください」

笑顔で真子が応えた。

「真子さん、沢森は、何か…?」
「あっ、その……。楽しかった。お話、また聞かせて欲しいって
 その………なので…」
「真子……」

真子が、沢森の口の動きを読んだのではなく、心の声を聞いたことに、ぺんこうだけが気が付いた。

「では、これで」

真子は、沢森と都村に一礼し、ぺんこうに何かを言われながら、自宅へと向かって歩き出す。真子達が自宅へ入っていく様子を見届ける都村だった。



公園の入り口に、一台の車が停まり、二人の男が降りてきた。
一人の男は、コートを羽織り、片袖をポケットに入れている。もう一人の男は、スーツを着て、公園の方を見つめていた。コートを羽織った男にスーツの男が声を掛けるが、コートの男は首を横に振り、公園から、住宅街の方を見渡し始めた。

「どうですか?」

スーツの男がコートの男に声を掛けるが、コートの男は首を横に振る。
それを見て、スーツの男は、少し寂しげな表情になり、

「今日は、もう戻りましょう」

何かを諦めた様に言った。

「あぁ、そうだな。……すまんな…」

そう言って、コートの男は、車に乗り込んだ。



「買い物行ってくる〜!」

真子が、財布片手に自宅から出てきた。

「私も一緒に行きますっ!!」

そう言って、真子を追いかけて出てきたのは、ぺんこうだった。
そして、二人は公園の方へ向かって歩き出した。
沢森邸の前を通り掛かる。

「順調に回復してるみたいだね」

真子が沢森の体を気遣って、ぺんこうと話していた。

「芯って、ほんと、オールマイティーやん」
「母のこともあって、独学ですよ」
「…真北さんのこともあったからやろ〜」
「まぁ、……そうですね……」

本当のことを言われ、ぺんこうは、言葉を濁すように応える。
真子と ぺんこうが公園の側を歩いている時だった。
一台の車が、二人の横を通り過ぎ、真子の自宅前の道を通り、そのまま去っていった。

真子と話ながら歩いている ぺんこうは、横を通り過ぎた車を警戒していた。

 …まさか、ここにも来るとはな……。

去っていった車に乗っていた人物の正体に気付いている ぺんこうは、眉間にしわを寄せていた。

「芯、どうしたん?」
「夜ご飯の分も買うつもりですか?」
「くまはち…帰ってくるかな…」
「兄さんと一緒に、帰ってきそうですね…」
「やっぱり、真北さんを引き留めに行ったんや…」
「…食材、多くなりませんか?」
「……なるね……」
「車で行きますか?」
「……そうしよか…」

二人は自宅へと引き返す。そして、ぺんこうの車に乗り、駅前の商店街へと向かっていった。


その様子を、都村は、沢森邸の窓から見つめていた。
公園の前に停まった車、その車に乗っていた人物の行動、そして、真子と ぺんこうが自宅から公園へ向かう様子と、車とすれ違ったときの様子。ぺんこうの車で、駅へと向かっていった様子の全てを見つめていた。



コートの男とスーツの男が乗った車が、一組の男女とすれ違う。

「……あの女……」

コートの男が呟くように言った。

「女性?? 興味がおありですか? 竜次様」

ルームミラー越しに、後部座席に座るコートの男=竜次に声を掛けながら、スーツの男は、ウインカーを左に上げ、大通りへと出て行った。

「……いいや…特に…」

そう応えて、竜次は目を瞑った。

「そうですか…。では、帰宅します」
「……それよりも……昼飯は、どうする?」
「食欲、出ましたか?」
「……いいや、俺じゃなくて、お前の食事だ」
「お腹は空いてないのですが…」
「それでも、人は、食べないと駄目なんだろ?」
「そうでした…。では、私の好きな物で、よろしいですか?」
「あぁ。俺も、そうする」
「では、帰宅途中で、寄り道いたしまぁす!」

スーツの男は、ちょっぴり嬉しそうに声を張り上げ、笑顔を見せた。
その笑顔を見て、竜次も釣られるように笑みを浮かべる。

 笑顔…戻ったかな?

ルームミラー越しに見た、竜次の笑顔に、スーツの男は喜びを感じていた。
車は、とある店の駐車場へと入っていく……。





橋総合病院・須藤の病室。
…病室の主(?)である須藤は、布団を引っ被って、寝たふりをしていた。
病室の隅にあるソファには、みなみ、くまはち、そして、真北が雁首揃えて座っていた。

険悪なムードである……。

「何度も申しますが、それは、真北さん側の仕事では
 ございませんし、内容も、そちら側が行うことじゃ…」

くまはちが、やんわりと真北に言った。

「だから、こっち側には伝えてない。俺の単独行動や」

真北が、怒りを抑えたように、くまはちに応える。

「それだと、栄三と同じ行動になりませんか?」

くまはちが、困った表情をする。

「栄三の代わりや」

『文句あんのか?』と言いたげな表情で、真北が言った。

「それにしては、そちら側の動きに近いのですが…」
「しゃぁないやろ。栄三の代わりや言うても、
 そこまで、栄三と同じ動きは、俺には無理やったし」
「……って、既に行ったんですか…?」

恐る恐る、くまはちが尋ねると、真北は、

「昨日な」

あっさりと応えた。

「はぁあぁああああ………」

くまはちが、大きく溜息を付いた。

「…無傷で何よりです」
「心配は、そこかよっ」
「真北さんだけでなく、トリオズも…です」

トリオズとは、東守、北登、南瀬の三人と、西守、乾、巽の三人をそれぞれトリオと呼び、その二つを合わせて呼ぶときの呼称である。現在は、東守の下に、北登、南瀬が付き、西守の下には、乾と巽が付いて、それぞれが動いている。

「これ以上、怪我したら、それこそ、厄介やろが」

 芯が。

厄介な人物のことは、敢えて口にしない真北だった。

「えぇ、そうですね」

 ぺんこうの怒りは、こりごりです。

本音を敢えて言わずに、くまはちは頷く。

「……で、今後は、どうする予定や、みなみ」

真北が、側で話を聞いているだけの みなみに声を掛けた。

「おやっさんは、ふてくされておりますし…」

お盆前の くまはちが残した仕事の山を片付け、お盆休みも少しだけ取ったが、結局、ゆっくりと体を休めることが出来ないまま、お盆休み明けに起こった出来事での怪我もあり、この際、ゆっくりと療養したい須藤だが、なぜか、今回の状況の話し合いを、須藤の病室で行っている真北と くまはちの険悪なムードに、須藤は、みなみが言うように、本当に、ふてくされてしまい、布団を引っ被って寝たふりをしていた。

まぁ、話は、ずっと聞いているのだが、話に加わるほどの気力は、もう、残っていない。

「……そのまま、寝入ったみたいやな」

真北が言うと、みなみは、須藤に近づいた。
小さいが、寝息が聞こえてくる。

「そのようです…」

みなみは、静かに言った。
真北は、くまはちと みなみに合図を送り、三人は病室を出て行く。

「…で、どうなんや?」

廊下に出た三人は、話を続けた。

「先日、竜次が行った襲撃は、それぞれの組に情報を
 流しておきました。そろそろ、その結果が上がりそうです」
「トリオズの動きもあるから、そっちの方は納まりそうやな」

真北は、口を尖らせ、何かを考え始めた。
くまはちと みなみは、真北が言葉を発するのを待つ。

「……試したい事があるんでな、あとは俺の方でやっとく。
 みなみ、ありがとな。いつもの状態に戻れ」
「はっ」
「くまはちには、別件で頼みたいことがある」
「どちら側でしょうか…」
「そっちや」

真北の短い言葉で、頼まれ事に気付いたのか、くまはちは、ニヤリと口元を上げ、

「処理は、お願いしてもよろしいですか?」

真北に言う。

「範囲内なら、気にすることは無い」
「かしこまりました。例の男達には、去って頂くよう
 お伝え願えますか?」
「伝えとく」
「では」

深々と頭を下げて、くまはちは去っていった。

「……ほな、俺は、これで。須藤には、いつも通りと
 伝えといてくれ」
「お伝えします」

去っていく真北の後ろ姿に一礼し、みなみは須藤の病室へと入っていった。
須藤は、ベッドに腰を掛けていた。

「おやっさんっ!! まだ、起きるのは…」

素早く駆け寄り、須藤の体を支えるように、みなみは手を差し出した。

「竜見と虎石に、補助するように言っとけ。くまはち一人やと
 歯止め効かんやろが」
「二人なら、くまはちの車で待機してます」
「それならええか。……ったく。俺の仕事、取りやがって…」
「仕方ありません」
「益々、細かくなるやないか…」
「……そうでした……」
「まぁ、それが、くまはちやから、ええけど……みなみ」
「はい」
「覚悟しとけよ」
「それは、重々承知……」

長年、くまはちの仕事っぷりを見てきた者なら、敢えて言わなくても解ること。
仕事は増える一方だが、細かく丁寧に解りやすく仕上がる為、安心っちゃ〜安心だが、予想以上の細かさには、いつも驚かされている須藤達。
もう、自分達は必要じゃないのでは…と思ってしまうが、くまはちは、影で支え、表側が動きやすいように常に行動しているだけなので、やはり、自分達は必要である。


須藤と みなみが話している頃、竜見運転の車で、くまはちは、仕事先へと移動していた。
後部座席に座り、くまはちは、栄三と連絡を取っていた。そして、東守達、小島家の地下で働く者達への指示が、栄三から伝わり、東守達も、いつもの生活へと戻っていく。

真子達の世界での水面下の動きは、約四ヶ月で、終息を迎えることになった。
しかし、竜次とライの問題が残っている。




ライは、体を取り戻す為、橋総合病院にある一角で、深い眠りに就いている。
時々ではあるが、ライの容体を確認しに、リックが姿を見せていた。
未だに、ライの体は、再生していない。


竜次は、スーツの男が、竜次の記憶を取り戻そうとしているのか、あちこちで姿を見せていた。
それでも、竜次は、記憶を取り戻していない。だが、時々見せる行動は、周りの者達が、記憶を取り戻したと勘違いしてしまうほどのものだった。
阿山家の墓参りをする行動が、その一つである。
あの日、竜次は急に口にした。

「今から言う場所に、連れて行け」

スーツの男は、竜次に言われるがまま、車を運転し、到着した先が、笑心寺だった。スーツの男は、竜次が、なぜ笑心寺に来たがったのか不思議に思いながらも、竜次の行動を見守ることにし、車で待機していた。

竜次は、何かに動かされるかのように、笑心寺の階段を登り、阿山家の墓前へと足を運び、手を合わせ、去っていく。体が勝手に動いていたことを不思議に思いながら、車に戻ってきた。

「竜次様?」

車に戻ってきた竜次の目は、潤んでいた。頬には、涙の跡がある。
スーツの男に名前を呼ばれ、フッと我に返ったように、顔を上げた。

「……俺、どうして、ここに…?」
「ここには、何が?」
「分からない……。分からないが、ただ……
 哀しみを感じた…。そして、怒りも……」

そう言って、竜次は、グッと拳を握りしめ、その手をゆっくりと広げ、手の平を見つめた。

「……なにが…あるんだろうな……」

そう呟いて、竜次は、ゆっくりと目を瞑った。

「…戻りますよ」
「……あぁ。すまんな…そして…」

目を開け、運転席のスーツの男を見つめ、

「ありがとな」

優しく微笑みながら、竜次は言った。
スーツの男は、アクセルを踏み、笑心寺の駐車場を出て行った。


その後、竜次とスーツの男は、大阪で……。




栄三は、パソコンの前に座り、誰かと通信中。

「あかんか〜。しゃぁないな。こっちでもやってみる」
『では、私共は、一旦戻ります。栄三ちゃん、お大事にぃ』
「お疲れさん」

そう言って、栄三は通信を終了し、背伸びをする。

「いてて……」

突然、ドアが開き、

「兄貴っ!」

健が飛び込んできた。

「大丈夫や。背伸びしただけや」
「……もぉ〜〜っ。自分の怪我、忘れんといてやぁ」
「すまん」

栄三は、自分の怪我の事を忘れ、動こうとしてしまう。またしても、背伸びをしたことで、傷が痛み、声を出してしまった。小さな声だったが、店で働いている健の耳には聞こえたいたらしく、慌てて健が店に通じるドアから飛び込んできたのだった。

「あと二日は、ゆっくりしとってや。一応、納まったんやろ?」
「あっちはな。でも、本来の事は未解決のままや」
「それは、これからじっくりと……ちゃうん?」
「竜次の動きが読めん限り、のんびりできんやろ」
「新竜次を見張ってたら、ええんちゃうん?」
「それでも準備はしとかなな」

栄三は、ベッドに近づき、そして、腰を掛ける。

「……健」

店に戻ろうとしていた健を呼び止めた。

「ん?」
「店…閉めてても、ええんやで?」
「週一だけやと、常連さんが心配してるんやもん。
 あずまとたかしが居るから、大丈夫やで。だから…」
「二日は、のんびりするから、任せるで。ほな、おやすみ〜」

健が言おうとした事は解っている。だからこそ、健が言う前に、栄三は、いつもの口調で、健に言った。
その口調を耳にした健は、一安心したのか、笑みを浮かべ、

「ゆっくり寝てや〜」

栄三が布団に潜るのを確認して、健は店に戻っていった。

『栄三さん、大丈夫でした?』
『二日は動かんように、言うといた』
『本来なら、完治まで動かないで欲しいのですが…』
『じっとできへんの、知ってるやんか』
『そうですけど……。いらっしゃいませ〜』
『ありゃ、マスター、まだなん? 今回長いな〜』
『凝りすぎやねん。いつものんでええ?』
『よろしく〜』

たかしと健、そして、客のやり取りは、布団に潜った栄三の耳に聞こえていた。

週一で開けていたとはいえ、喫茶店を休みにしている日が多いことから、
『マスターは、珈琲豆を仕入れに出掛けている』
常連客には、そう伝えて、店を開ける日を通常運転にしてから、一週間が経った八月の下旬。
夏の終わりが近づく今日この頃。残暑厳しいこの夏。
約四ヶ月ほど動き回っていた男達も、やっといつもの時間を過ごせる日々となる。

須藤は退院し、AYビルの会議室で、水木とのやり取りも相変わらず。その二人のやり取りを、いつものように、うんざりした表情で見つめる、藤や川原、そして、谷川の三人。そんな中でも、いつものように、書類をまとめる くまはちの姿もある。
しかし、真子は、まだ、ビルには顔を出していない。

子供達の夏休みも、残り僅かになっていた。
宿題も済ませ、ちょっぴり時間が空いた美玖と光一は、この日も、目一杯遊んでいた。
真子と理子、そして、美玖と光一の四人に、ぺんこうと真北が加わり、公園へと遊びに出掛けていた。
いつも以上に、子供達と戯れる真北を見て、呆れたような表情をしながらも、ぺんこうも一緒になって、戯れてしまう。

「なんか、子供が増えた感じや…」

喧嘩腰ながらも、子供達と遊ぶ真北と ぺんこうを見て、真子が呟いた。

「…で、真北のおっちゃん、また謹慎なん?」

理子が真子に、そっと尋ねると、真子は、小さく頷いた。

「何したん? …それで、先生、自棄になっとるんやな」

理子の言葉に、真子は軽く溜息を付いた。

「真子、大丈夫か?」
「何も、言いたくない…」

真子は膨れっ面になる。

「……あのやり取りは、真子がビルに泊まりっきりに
 なってたときに、しょっちゅうあったやり取りやで」
「……ほんま、みんなに迷惑掛けててんなぁって、
 反省しっぱなしです……」
「真子は悪くないんやけどなぁ」

ぺんこうと真北の言い合いを、美玖と光一が停めに入り、ぺんこうと真北は平謝り。そして、四人は仲良く滑り台へと向かっていく。

「明日から先生も仕事かぁ。夏休みも終わりやね」
「こんなにのんびりしたのは、初めてかもしれへん」
「真子は、いっつも忙しかったもんなぁ。でも、まぁ、
 みんなに任せとっても、大丈夫なんやろ?」
「くまはちが、いつも以上に張り切ってるもんなぁ」
「…なぁ、真子」
「ん?」
「もう、こっち一本にしたら、ええんちゃう?」

理子が、いつにない、真剣な眼差しで、真子に尋ねた。

「こっち……?」
「母親」

理子に言われ、真子は、美玖と光一の方に目をやる。
そこには、輝かんばかりの笑顔があった。
真子は、和かな眼差しになっていた。
しかし、理子の問いかけには、応えなかった。

「そろそろお昼ご飯〜」

真子が、美玖達に声を掛けると、美玖と光一は、滑り台から降り、真子に向かって駆けてきた。二人をしっかりと受け止め、抱きかかえる真子を見て、

 まだ、あかんのやろなぁ。

理子は、そう思った。
母親一筋で生きるには、真子の立場上、まだ難しいのだろう。今は落ち着いた雰囲気だが、誰もが、阿山組五代目の意志を受け入れたわけではない。そして、未だに先が見えない、真子が持つ特殊能力に関しての動きと、それに関わる者達の行動。

「一本で過ごせるように、動くのみです」

そう言って、真子は子供達を抱きかかえたまま、理子に笑顔で振り向いた。

「その時まで、うちも頑張るで!」

理子は、真子の腕から光一を受け取りながら、笑顔で真子に応えていた。

「……で、おっちゃんと先生は、まだ、言い合っとくん?」

昼ご飯と声を掛けた時、真北と ぺんこうは、言い合いをしていた。子供達が、真子の所へ駆けていくのを見届けながらも、滑り台のところで、その言い合いは続いていた。

「終わりが見えないので、中断です」

真北と ぺんこうは、声を揃えて言い切った。

「兄弟やな〜」

関心したように、理子が言う。

「お昼は、私が作ります」

理子の言葉が聞こえてなかったかのように、真北が言った。

「芯は、明日の準備があるやろ」
「時間を掛けなくても大丈夫です」
「長いこと休んで、なまってへんか?」
「張り切りすぎて、謹慎言われた人の言葉とは
 思えませんね」
「俺は謹慎やなくて、強制的な休暇や」
「あれ? 休暇は消化したはずですよね」
「それと、これとは、別や」
「いつまでですか?」
「明後日までや〜」
「そうでしたか。それなら、ゆっくりお休みください」
「ありがと〜」

と、なぜか、帰路に着きながらも、真北と ぺんこうの言い合いは続いていた…。
その二人の言い合いを背後に聞きながら、真子達は、昼ご飯のメニューを想像しながら歩いていた。
真子の気を紛らわせる為に……。

「真北さん」

自宅に着いた途端、真子が振り返り、真北を呼ぶ。

「は、はいっ」

急に呼ばれたものだから、真北の返事は、少し裏返った。

「やっぱり、あれがいい〜」
「あれ…とは?」
「お昼ご飯。実家で作ってくれたやつ!
 春奈さんのお得意料理!!」
「あっ! それ、私も食べたい!!」

本部で振る舞った真北の手料理の話は、真子から聞いていた理子。いつか食べたいと思ったものの、思い出深い物だと感じていた為、その料理を食するのは無理だろうなぁと、考えていた。
真子が言うものだから、これはチャンスだと、理子は、元気よく言ってしまった。

「材料、あるかなぁ」

そう応える真北は、作る気満々。

「それなら、私も手伝いますよ」

ぺんこうが言うと、先程まで言い合っていた雰囲気は、どこへやら。
真北は、ぺんこうに微笑み、

「しょぉがね〜なぁ〜。手伝えっ」

嬉しそうに言った。


そして、真北と ぺんこうがキッチンに立ち、料理をし始めた。
そんな二人が仕上げる昼ご飯を、真子達は、リビングで待っていた。

「ほんま、真子は、おっちゃんと先生の扱い、上手いわ〜」
「長年、見てきたからです」
「なんやかんやと、仲ええもんなぁ」
「理子も、守さんと仲いいやん。兄妹って、そうなんかなぁ」
「喧嘩しながらも、心配するもんや。……あっ…そういうことか」

真子と話しているうちに、理子は、何かに気が付いた。

「そういうことです」

理子が気付いた何かは、真子の想いだった。
母親だけでなく、五代目としてみんなを見守る真子が抱く想い。
それは……。



食後の眠気に誘われて、真子と美玖、そして、理子と光一は、それぞれの部屋で昼寝をしていた。
真北と ぺんこうは、後片付けをし、真北は、お茶、ぺんこうは、コーヒーを飲んで、リビングのソファで、くつろいでいた。

「いつも通りの休日やなぁ」

真北が言った。

「こういう日々が続けば、兄さんも暇になるのでは?」
「引退せん限り、暇にはならんやろなぁ」
「引退…しそうにないですね…」

ぺんこうは、コーヒーを味わうように飲んだ。

「…引退となったら、任務の方は、どうされるんですか?」
「芯…。誰の引退や? 俺自身かと思ってたけど…」
「あなたと組長の両方ですよ」
「両方……か…。まぁ、真子ちゃんは、引退せんやろな」
「……五代目を続けろと?」
「ちゃうちゃう。組を解散しても、みんなの面倒を見そうや、
 …そういうことや」
「確かに…。……解散……か…」

想像もしていなかったのか、深く考える感じで、ぺんこうが呟いた。

「慶造の思いでもあるからなぁ」

真北はお茶を飲み干した。そして、湯飲みを見つめながら、

「慶造の思いを、真子ちゃんが継いで、奮闘してるもんなぁ」

しみじみと言う。

「ほんと、難しいよな。別々の世界で生きているとはいえ、
 目指すものは、同じだからなぁ。俺も引退せんやろなぁ」
「達成しても、継続は難しいですからね…。その時の思いや
 意志が受け継がれていくのも、その人次第ですし」
「あぁ」

短く返事をして、真北は、ぺんこうを見た。

 俺の夢を受け継いで実現させて、
 継続しとるやつの言葉は、強いよなぁ。

「…なんですか?」

真北の目線が気になったのか、ぺんこうが尋ねる。

「実現してるやつが、居るよなぁ、と思ってな」
「そうですよね…。私も、もっと、頑張らないと…」

どうやら、真北が思っている人物とは別の人物を、ぺんこうは考えたらしい。
夢を実現させて、継続させている人物は、他にも居るだけに……。

「あんまり、無理はするなよ〜」
「あなたに言われたくないですね」

真北の優しさには、やっぱり、いつものように冷たく当たる、ぺんこうだった。




ぺんこうが出勤し、くまはちもビルの仕事へと向かった、次の日。
やはり、いつもの如く、急な呼び出しで、真北は出勤してしまった。
理子と光一は、理子の母と一緒に、出掛けることになった。

「いってらっしゃ〜い!」

真子と美玖は、理子と光一を見送り、家へと入っていった。
珍しく二人っきりになった、真子と美玖は、公園へと出掛けることにした。

いつもよりも長く、母親としてだけ過ごしていたことが、この日、危機を招くことになるとは、誰も、予想していなかった。



(2020.11.20 第一章 驚き 第二十話 UP)


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