任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

第一章 驚き
第二話 衝撃

AYビルにある、料理店「むかいんの店」。
この日もお客は途切れなかった。
注文を厨房に通し、料理人達が素早く調理を始める。そして、皿に盛り、

「五番テーブル、よろしく」

店員に声を掛ける。
厨房の隅では、この店の料理長・むかいんが、何やら真剣な表情で味見をしていた。

「どうですか?」

一人の料理人が、むかいんに声を掛ける。

「うーん。思っていたよりも……美味い」
「やったっ! では、次の新作は、これで、いきます」
「よろしく。それにしても、腕を上げたなぁ」

むかいんの表情が綻んだ。

「ありがとうございます! これで、真子さんも喜んで下さると思います」
「って、組長が目標なのかよぉ」
「はい。あの笑顔を、更に輝かせたくて、がんばりました!」

その言葉に、むかいんの表情は、更に綻ぶ。

その気持ちがわかるだけに。

「さてと。そろそろ準備に取りかかるとしますか」

むかいんの言葉に、厨房の料理人達は、

「はいっ!」

更に気合いが入った。

「二人分追加でよろしいですね、料理長」
「あぁ。量も少し多めによろしく」
「はい!」

むかいんが、まな板を取り出し、包丁を持って準備に入った時だった。

大音響と共に、ビルが振動した。

「えっ??」

誰もが動きを止める。そして、何かに集中するかのような眼差しに変わる。

「何の音?」

客達がざわめき始めた。
むかいんは、耳を澄ます。微かに聞こえるガラスが割れる音とプロペラ音。それと同時に感じる気配に、悪寒が走った。

突然、非常ベルが鳴り響く。

「誘導、そして、避難!」
「はいっ!!」

むかいんの声と共に、料理人達は火を消し、すぐに客の誘導を始めた。
むかいんは、厨房にあるモニターに目をやる。それは、店の外、店内を一目で確認できるような映像が映っていた。その画面の上に表示されている避難の文字、そして、

『三十八階』

それは、緊急事態が起こっている階を示す文字だった。
むかいんは上を見た。その仕草に気付いた料理人の一人が、

「どうされますか?」

そっと尋ねる。

「…俺は、最後に避難する」
「真子様は…ご無事でしょうか…」
「心配だが、俺が向かうと、怒られるからな」

フッと笑みを浮かべた、むかいんだった。

「お客様の誘導終わりました。チェックも終了です」

店長が、むかいんに告げた。

「わかった。ほな、行くで」

むかいんと料理人、そして、店長は、店内の電源を落とし、非常口へと向かっていった。

組長……どうか、ご無事で!!




三十八階・真子の事務室。

事務室の窓ガラスが粉々に散った。

「組長っ!」
「真子ちゃん!」
「真子様っ!!!」

くまはち、黒崎、そして、リックの三人が同時に真子に声を掛け、くまはちが、真子を守るように抱きかかえて床を転がり、窓から距離を取った。それを見た黒崎とリックは、真子を守るように、テーブルとソファを盾にした。その途端、無数の何かが事務室内に飛び交う。それらは全て、真子達が居る場所に向けられていた。

「猪熊っ、何処まで耐えられる?」

リックが尋ねた。

「把握出来てない」

くまはちの言葉でリックは、盾の影からちらりと顔を出した。
そこに容赦なく何かが飛んできた。

「組織の連中。新たな武器だ。耐えきれんっ!」

リックの言葉通り、テーブルは既に粉々に砕けていた。残るは、ソファ二つ。

「くまはち…狙いは、私だろ?」
「組長、それは、許されませんよ」

真子の考えを理解している、くまはちは、真子の言葉を遮るかのように言った。

「この場合、狙いは、黒崎か私ですね」

リックが言う。

「なぜ?」
「先程、お話したように、竜次とライ様は生き返った。その秘密を知る
 私たちを亡き者にし、そして、新たに世界を築こうと…」
「それなら、どうして、リックも狙われるんよっ!」
「そうですね…黒崎なら、ともかく…」

リックは深く考え込んだ。

「考え込んでる場合とちゃうやろが!」

一つ目のソファが砕けた。残るソファは一つ。これが砕けると、身を隠す場所が無い。
くまはち、黒崎、そして、リックの三人は、目で会話をし、同時にため息を吐いた。

「この際は、仕方ありません。組長」
「解ってる。…それにしても、弾…切れないんですけどぉ」

真子の口調が、少し変わった。
真子の本能が、少し現れた瞬間だった。

「そういう代物ですよ、真子様」
「ったく…本当にぃ…」

真子が言った途端、最後のソファが砕け散る。
それが合図となり、くまはち、黒崎、そして、リックは、銃を手に立ち上がり、窓からの侵入者に銃口を向け、引き金を引いた。
それぞれが放った銃弾は、銃を持つ敵の腕を撃ち抜いていた。しかし、敵は倒れないどころか、更に殺気を醸しだし、くまはちたちを狙い撃ちする。
それと同時に、銃弾とは違う細い何かが放たれた。
くまはちたちに向かっていく細い物。それは、くまはちたちの間をすり抜け、背後に守られていた真子の首に巻き付いた。

「組長っ!!」

巻き付く瞬間、右手を首に当てた真子。少し隙間が出来た為、首を締め付けられる事は無かった。

「くっ……な、なんだよ、これ!」

真子の首に巻き付いた物は、更に真子の体中に絡みついた。
次の瞬間、

えっ!?

真子の体は敵の腕の中へ移動していた。
敵の口元が不気味につり上がったと同時に、くまはち達に向かって、何かが投げられた。

「逃げろっ!」

くまはちの言葉と同時に、事務室内に閃光が走り、大爆発を起こした。
真子の目に映る景色は、急に変わる。真子は敵の腕から逃れようと激しく体を動かした。

「(女、暴れると落ちるぞ。…いいのか?)」
「(うるさいっ! ……ええぇっ!!!!)」

真子は目の前に広がる光景に思わず声をあげた。
真子は、男の小脇に抱えられていた。それも、後ろ向きに。更には、男達はビルの外壁を登っていた。いや、何かに上から引き上げられるかのように、すぅっと、登っている。
真子の目の前に広がる光景。それは、ビルの下。ビルで働く人たちが避難する光景が徐々に見えてきた。

「(…私をどうするつもりだ?)」
「(生きていた場合を考えて、黒崎を誘き寄せるエサだ)

不気味な口調に、真子は何かを悟った。
目の前の光景は、屋上へと変化する。
風を感じた真子は、首を上げ、空を見上げた。そこには、ヘリコプターがあった。ヘリコプターからロープが下りてくる。そのロープを手に取り、男は真子の体にくくりつけた。
真子の体が少しずつ、ヘリへと近づいていく。
真子は、体に巻き付くものから逃れようと体を動かし始める。しかし、緩まる気配を見せない。それどころか、真子の腕を傷つけていく。

「(暴れると更に締まるぞ)」

真子を抱えていた男が声を荒げていった。

「(だからといって、大人しくすると思うのかっ!)」
「(思わないね…。だから…)」

男は真子に銃口を向けた。真子は、男の指を凝視する。
男の指が、ゆっくりと動く。そして、引き金に指をかけた時だった。
別のヘリコプターが、勢いよく近づき、そこから、何かが降ってきた。

真子を引っ張り上げていたロープが突然切れた。
真子の体が宙に浮き、そして、落下し始めた。

あかん…体勢が!!!

真子は受け身の体勢を取ろうとしたが、着地が難しいことを悟る。体に負担が掛かる事に覚悟を決めた時だった。
真子の体は何かに包み込まれた。軽い衝撃と同時に、地面に寝かされる。
真子の側から風が去っていった。

「(ぐおっ…)」

男達の呻き声が聞こえた。真子は目を懲らす。
先程まで自分を抱えていた男達は、体から血を噴き出して地面に倒れた。その男達の中心に一人の男が立っていた。その男は、真子を引っ張り上げていたヘリコプターを見上げ、ジャンプするかのように、構えた。
その瞬間、ヘリコプターは、素早く去っていった。

「……桂守さん……」
「真子様…」

真子を助けたのは、桂守だった。真子に声を掛けられ、側に駆け寄ってくる。

「…………空……飛べたんですね…」

真子の突拍子もない言葉に、桂守は一瞬、動きが止まる。

「ヘリから降りただけですが…。それに、あの高さは普通ですよ。
 それは、真子様が一番ご存じでしょう?」
「そうだけど、ここ、ビルの屋上だよ。…というより、どうして、
 桂守さんが、大阪に居るんですかっ!!」

真子と会話をしながらも、桂守は、真子の体に巻き付いているものを取り除いていた。

「腕痛めましたね。傷は浅いです」
「ありがとう。……一体、あいつらは…」
「竜次でした」
「えっ……!!!!」

真子が驚くと同時に、屋上に通じるドアが勢いよく開いた。

「組長っ!!!!!」

そう言って駆けてくるのは、くまはちだった。

「………桂守さん……なぜ、こちらに…。ここはビルの屋上ですよ?
 まさか……」

くまはちは、空を見上げる。その時に視野に映った、敵の男達の姿。
くまはちは、素早く真子を抱きかかえ、真子の視野から男達を遮った。そして、桂守に鋭い眼差しを向けた。

「この際は仕方ありませんよ。申し訳御座いません」

静かに応える桂守だった。

「くみちょぉぉぉっ!!!!」

突然聞こえる須藤達の叫び声に、真子達は振り返る。屋上に通じる階段を駆け上ってくる足音も聞こえていた。

「来ちゃ駄目っ!!! 私は無事だからっ!!!」

真子の声と同時に、足音が止まった。

「桂守さん…」

真子は桂守の心配をする。
桂守の姿を須藤達に見せる訳にはいかない。

「去るには、屋上から降りるしかございませんが、
 下にはビルの方々が避難してますので、無理ですね」

冷静に桂守が応えた。

「さっきのヘリは?」
「戻ってきません。奴を追いかけて行きましたから」
「そっか…どうしよう」

真子が複雑な表情を見せた。

「真子様。恐らく、須藤と水木は、私のことを知ってるでしょう。
 真子様だけでなく、慶造さんの側に居たことも」
「そうなの? くまはち…」

真子の目線は、くまはちに映る。
仕方ない、という表情をして、くまはちは応えた。

「慶造さんが何度か大阪に来られた時、姿を見かけたようで、
 須藤さんから、それとなく尋ねられましたよ。組長が跡目を
 継いだときにも尋ねられました」
「でも、私には…」

桂守さんは、暫く姿を消していた…。

「はい。側に居ない事を申しましたら、心配そうな表情になりました。
 影で守る者が居ないので…」
「……そうなると………」

真子の心配は……。




須藤達は、屋上に通じる階段の下で待っていた。
目線は屋上に向けられている。その手には、銃が握りしめられていた。
屋上からの光が遮られた。そこに現れた人物を見て、須藤達は銃を素早く懐へとしまい込む。

「組長っ……!!!! 誰だ……」

屋上から姿を見せたのは、真子を抱えた見かけたことも無い男だった。その後ろには、くまはちの姿もあった。

「須藤さん、事務所は無事ですか?」

須藤達の怒りを抑えるかのように、くまはちは尋ねた。

「俺んとこは無事やけど、組長の事務所は無残だぞ。
 そこから無事に生還してるお前らが怖いくらいや」
「くまはち! 黒崎さんとリックさんは?」
「二人とも無事です。そちらに」

傷だらけの体のまま、須藤達の後ろに二人の姿があった。

「ったく、猪熊は、無茶をする。…俺でさえ、立ってるのが
 やっとだというのに、真子様を助けに駆けていくんですから。
 それも、その傷で…」

リックの言葉通り、くまはちは………。




〜回想〜

真子が敵の手中に収まったと同時に事務室内に転がった物。

「あかんっ!」

それが何かに気付いたくまはちは、廊下と事務室の間にある待機室のガラス窓を蹴破り、黒崎とリックを待機室へ押し込み、自分も飛び込んだ。
その直後に、大音響が響き渡り、真子の事務室は吹き飛んだ。
異様なオーラを感じて廊下に出てきた須藤達は、くまはちの『あかんっ!』という言葉を耳にして、素早く須藤組組事務所へと戻っていく。それと同時に、事務所のドアが風圧で、動いた。

非常ベルが鳴り響く。

須藤達は、廊下に出た。廊下には、白い煙が漂っていた。その向こう、真子の事務所の前には、がれきが散乱している。そのがれきが動き、人が現れた。

「くまはちっ!」

須藤が声を掛ける。現れた人は、くまはちだった。くまはちは、立ち上がると同時に、足下のがれきを取り除き始めた。須藤の声に顔を上げ、

「二人を頼みます」

そう告げた途端、廊下の先にある非常扉を開けて、屋上へと向かっていった。
須藤が駆け寄ると、がれきの中から黒崎とリックが姿を現した。二人とも、かなりの怪我を負っていた。

「ったく……更に素早くなってやがる…猪熊の坊ちゃんは…」

黒崎が呟くように言った。

「力も相当ですね…私たちを放り投げるんですから…」

そう言って、二人が目をやった場所。そこは、真子の事務所だった。
須藤が中を覗き込む。
そこは、何も残っていなかった。ただ、割れた窓から風が吹き込んでいるのがわかるだけだった。

「おやっさんっ!」

みなみが、須藤を呼び、何かを手渡した。

「状況見たらわかるよな。…敵の素性…」

静かに語る須藤に、

「はっ」

みなみたち、須藤組組員のオーラが変わる。
そして、

「行くぞ…」

須藤達は、非常階段へと向かって行った………。


〜〜回想 終〜〜




真子は、桂守に合図を送るが、桂守は、それを拒否した。

「…で、くまはち。その男は誰や? リックのオーラが変化しとるが、
 その方面の男なら、……敵…か?」
「須藤さん。ビルの様子は? 全員避難完了?」

真子が尋ねる。

「今、山崎さんが調べてますが、避難中の所もいくつかあります」
「わかった。ありがとう。事務所…いいかな…。治療……」

そう言って、真子は桂守を見上げた。

「八造くんの治療は私が行いますが…あの二人は…」
「……あんたが、桂守か……」

須藤の言葉に、その場が凍り付く。
桂守は、ゆっくりと須藤に目線を移した。
その眼差しは、須藤の何かを刺激したのか、須藤から怒りのオーラが殺げた。

「二人の治療は、俺がする。…こっちだ」

須藤は、みなみたち組員に何かを告げる。組員達は素早く行動を開始した。
須藤に案内され、真子達は須藤組組事務所へと入っていった。



須藤組組事務所。
組長室のソファに真子を下ろした桂守。くまはちは、真子の向かい側に腰を下ろした。

「私より、くまはちを先に!」

真子が告げると、桂守は、くまはちに振り返る。

「八造くん、一人じゃ無理ですよ」

くまはちは、自分で治療をしようと、治療キットをテーブルの前に広げていた。

「私は大丈夫です。組長をお願いします」
「真子様の言葉ですから、八造くんが先ですよ。それに…」

桂守は、くまはちの服を素早くはぎ取った。

「この怪我は、応急処置では無理ですよ」

くまはちの左肩は、何かが突き抜けたような跡があり、血が噴き出すように流れていた。それをそっと抑えながら、

「……心配無用です」

ゆっくりと、くまはちが応えた。
その時、組長室のドアが開き、須藤が入ってきた。

「組長っ!」

須藤が、真子の右手を握りしめた。
真子の手から、青い光が、スゥッと消える。

「能力は……」

須藤の言葉に、真子は鋭い目線を送った。

「入ってくるなと、言っただろっ」
「能力を使わないと約束するなら、出て行きます。
 黒崎とリックは、簡単に治療を済ませて、
 次、逢うときは、しっかりとした情報を入手しておくと
 言い残して、帰っていきました」
「ありがとう。……手…、放してよ…」
「使いませんね?」

力強く言う須藤に観念したのか、

「使わない」

ふてくされたように、真子が言った。

「ビル内、全員避難完了してます。強度的にも問題はないそうですが、
 安全が確証されるまで、立ち入り禁止にしておきました。それと、
 真北さんとキルと橋院長が来るそうです。松本には連絡済み。
 許可が下りれば作業に取りかかるそうです。では、私はこれで。
 ……絶対に、使わないでくださいね、組長」

状況説明を終え、真子には念を押してから、須藤は組長室を出て行った。

「ありがとう」

真子が静かに言った。
くまはちが起き上がる。

「八造くんっ…!!!!  そういうことですか…。だから、
 他の者を遠ざける…いつなんですか、真子様」

桂守は、くまはちの傷口を見つめながら、真子に尋ねた。

「何の…ことですか?」

真子は、とぼける。

「青い光。いつ、八造君に使ったんですか? だからですね。
 傷跡一つ残らない体なのは。竜次の側近が爆死したあのとき
 引きちぎれた腕は、恐らく、自らの意志で繋がったのでは?
 一昨日の傷も……」

桂守は真子に振り返り、笑みを浮かべ、

「この体が、そうですから。傷の治り方を見れば、わかりますよ」

優しく言った。その言葉に観念したのか、真子は安心したような表情をし、

「そうでしたね。忘れてました。…幼い頃ですよ。首の傷は
 残るし、目立つから。それに、本当に……失うと思ったから
 気付いたら使ってた。でも、このことは、誰も知らない。
 八造さんと私の秘密だから」
「幼い頃の、八造君の首の傷…? 竜光一門の…」

桂守は、自分の記憶の中にある、とある出来事を思い出した。
くまはちの傷に目をやると、血は止まり、傷がふさがっていた。

「…だからといって、無理は禁物ですよ。私とは違うんですから」
「心得てます」

くまはちは、力強く応えた。

「真子様、大丈夫ですか?」

真子の表情が、少し歪んでいた。

「腕の他、どこか痛めましたか?」

桂守が近づき、真子の傷を確認する。

「お二人とも病院に……」

その時、組長室のドアが勢いよく開き、

「真子ちゃんっ!!!!」
「真北ぁっ!! お前は仕事しろぉぉっ!!!!」

突然飛び込んできた真北だったが、それと同時に誰かに追い出され、入れ替わるように、橋が入ってきた。



真北は、組長室の外のドアの横にある壁にもたれかかり、廊下の方向を見つめていた。須藤組組事務所のドアの向こうを行き交う人たちの様子を伺っている。

「真北さん、座ってください」

須藤が、やんわりと声を掛けるが、真北は目だけを動かし、

ほっとけ。

目で語って、再び廊下の方向を見つめた。
目は廊下の方を観ているが、耳はドアの向こうに傾けられている。


組長室では、橋がくまはちを、キルが真子の治療に当たっていた。桂守は、真子から少し離れた所に立ち、何かに集中するかのように、一点を見つめている。ちらりと橋に目をやると、くまはちの治療を終えたのか、片付け始めていた。
くまはちは、服を整え、キルに歩み寄る。

「キル、どうや?」
「骨を痛めてる可能性がありますね。それに、この傷跡から
 奴らが何を使ったのか、想像できます。それに仕込まれていた
 可能性があります。体内に残っていますから、暫くは注意が
 必要です。橋院長、ニーズの薬、お持ちですか?」
「ニーズにいくつか預かったが、どれかわからん。キル頼む」

そう言って、キットが入った箱を放り投げる橋。受け取ったキルは、すぐに中身の確認をし、一つの薬を取り出した。

「真子様、暫くだるさが残りますよ。なので無理な動きは
 禁物です」
「うん…よろしく…」

力なく応える真子だった。

「…で、くまはち。その男が、例の男か? 」

片付け終えた橋が、尋ねた。

「はい」
「真北とキルの情報、昨日観たテレビのこともある。そして、
 今聞いた内容から想像すると、俺のような医学の世界で
 生きてる者にとっては、信じがたいことが起こったということだな」

橋の口調から、関西弁が消えていた。
それ程、驚き、そして、真剣なのだろう。

「その男の体を調べれば、メカニズムが判りそうだが、
 協力はしないんだろ?」
「申し訳ございませんが、私の体は、何を調べても
 結果は出てきません。傷を負うことが無いので、
 青い光の影響があるのかもわかりませんよ」
「それなら、傷つけてみたら、どうや?」
「あっ、その、橋院長……」

キルが口を挟む。

「ん?」
「私や原田と同じ世界で生きる人間ですから、その行為は
 橋院長の命を落とすことになりますが、それでもよろしいのでしたら
 どうぞ」
「……何も俺が襲わんでもええやろが」
「……私ですか……?」

キルが恐る恐る尋ねると、橋は頷いた。

「遠慮します。この方のオーラは、私たちとは別ですよ。
 強いて言えば、原田と同じでしょう。しかし、原田とも
 違いますね。比喩しがたいです」
「これだけは言えますよ」

桂守が静かに語り出した。

「この体は、死ねない体です」
「ほな、ライや竜次と同じような再生能力があるってことか?」
「試したことは御座いませんが、それ以上かもしれませんよ」

そう言って笑みを浮かべた桂守だった。

「…で、真北ぁ。仕事できへんのやったら、入ってこんかい」

ドアの向こうにいるだろう真北に声を掛ける橋。
ドアがゆっくりと開き、真北が入ってきた。

「すまんかった。真子ちゃんの事務所の状況、この男に聞いて
 初めてわかったんや。そりゃ、お前には無理やな」
「ほっとけ」

声が震えていた。

「………って、観に行ったんか?」

真北は、頷いた。

「あほか…。で、そっちは終わったんか? お前も揃って
 病院連れてくけど、どうする?」
「後は、須藤達に任せて、俺は降りる」
「はいはい。ここに来るまで大変やったもんな、キル」
「えぇ。ビルに来て、エレベータに乗るまでの勢いは
 凄かったんですが………」
「非常事態であることを考えてなかったんや。もう言うなっ」

非常事態の為、通常使用しているエレベータは止まっていた。もちろん、三十八階直通のエレベータも止まったまま。非常階段はビルで働く者達が使っている可能性もあるが、真子の事務所があるのは、三十八階。すぐにでも真子の側に駆けつけたい為、ちんたら登っている場合ではない。三十八階へ直通の動いているエレベータはただ一つ。それは、展望エレベータでもあり、外が見えるタイプのものだった。万が一、途中で止まっても外から救出できるようにもなっていた。

「ほんま、高い所弱いのぉ、真北」
「じゃかましぃぃっ!!」

と、体のことを忘れ、声を張り上げたものだから、傷に響いたのは言うまでもない。
痛さで表情が歪んだところを、

「真北さん、まさかっ!!!」

真子に気付かれてしまった。



「では、私はこれで」

顔が青ざめている真北に静かに告げて、桂守は屋上に通じるドアから出て行った。

「本当に、空から降ってきたんですか?」

真北が真子に尋ねると、真子は、そっと頷いた。

「用意したのは、小島さん…かな…。ったく。
 益々進化してるよな……」

その昔、慶造の側に居た頃の桂守には、考えられない物を身につけていた。
耳には小型のイヤフォンが付いていた。そのイヤフォン越しに、何やら連絡を取っていた様子。橋たちが来てから、一点を見つめて何かに集中していたのは、追いかけて行ったヘリからの通信。ヘリで追いかけたものの、相手は、攻撃を仕掛けてきたらしい。それも、街の上空で。地上に影響が及びそうになった為、桂守は引き返して、AYビルに戻るように指示を出していた。だからこそ、屋上に迎えに来たヘリに乗って、屋上から去っていったのだった。



通常の三十八階直通エレベータ前。
須藤達が、エレベータに乗り込む真子たちを見送りに来ていた。

「事務所は松本に任せます。他の階は、通常に戻りましたので、
 こちらの心配はなさらず、体を治してください」

須藤が真子に優しく語りかけた。

「ありがと…よろしく…」

少しだるそうに、真子が応える。
そして、ドアが閉まった。エレベータの数字は、減っていく。無事に地下駐車場へ降りたのを確認し、須藤は組員達に指示を出す。


非常事態解除で、ビル全体が、いつも通りの動きに戻っていた。
三十八階の爆発の影響は、真子の事務所だけで、須藤事務所、そして、他の階には、全く影響は無かった。ビルで働く者達は、自分達の事務所に戻り、業務を始めるところや、早々に切り上げる会社と、まちまちであった。

真子の事務所へ足を運ぶ須藤。
目の前に広がる惨状の中、松本と松本の従業員が仕事を始めていた。
須藤は唇を噛みしめ、拳を握りしめた。

覚悟はできている。
だが、起こり得ることは、未知の世界だ。
すぐに対応できないかもしれない。

深く考え込む須藤に、松本が声を掛けてきた。

「須藤」
「ん? あっ、すまん、邪魔か?」
「いや、それは大丈夫や。…厄介なことになったなと思ってな」
「そうやな。まさかの出来事は、想像もせんかった。…いいや、
 想像しとくべきやった。…まさちんのことを知った時にな」
「あぁ。……俺にも手伝えることがあったら、言ってくれや。
 こっちだけじゃなく、そっちのこともな」

松本の言葉に、須藤は苦笑い。

「組長に怒られん程度にな」
「解ってらぁ」
「で、どうや? すぐに戻るんか?」
「そうやな……今後の事も考えて、間取り変更やな。一週間はかかる」
「そうか。ほな予定立てて、報告しとってや」
「あぁ。屋上も考えんとあかんな。…ここまで予想もせんかったで」
「そうやな。……ほな、任せた」
「あぁ」

須藤は組事務所へと戻っていった。


組長室のソファに腰をドカッと下ろし、大きく息を吐く。

先ず、すべきことは……。

そっと目を瞑った須藤だった。




橋総合病院・真子愛用の病室。
真子、真北、そして、くまはちがベッドに寝かされていた。
真子と真北は眠っている。しかし、くまはちは起きていた。
肩の傷は消えたものの、爆風で飛ばされ、がれきに埋もれた時の傷は残っていた。その治療を受け、病室のベッドに寝かされた。暫くして、その傷の影響が無いことに気付き、目を覚ます。
ちらりと横を見て、そっと体を起こした。
いつもなら、その気配で目を覚ますはずの二人は、眠ったまま。

余程、ひどかったんですね…お二人とも…。

何かに集中し、そして、くまはちは、ベッドから降りた。



真子愛用の病室の廊下に、一人の男がやって来た。
足音を立てずに、真子の病室へと向かっていく。ドアノブに手を伸ばしたが、すぐに引っ込め、ドアから距離を取った。
ドアが開き、くまはちが出てきた。

「……どこに行くんや?」

その声に顔を上げた、くまはちは、鋭い眼差しに変わる。

「あなたこそ、どうして、こちらに?」
「ビルの事、耳にしたら、気になるのは当たり前やろが」
「帰国は、明後日の予定では?」
「俺の仕事っぷりくらい、解ってるやろ。何も言うな」

その言葉に含まれる意味を悟る、くまはちは、軽く息を吐いて、

「組長の怪我は、浅いのですが、連れ去られる時に使われた
 ロープに仕込まれてる薬の影響があるらしく、解毒剤を
 打ってます。今は、その作用で深く眠ってます。体にだるさが
 暫く残るようです。真北さんは、昨日の傷が治ってませんね。
 なので、二日は安静です」

素早く話した。

「……お前はどうや?」
「ご心配なく。…だから、あなたの仕事じゃないでしょう?」
「あほか。最愛の弟のことも心配するのは、当たり前やろ」

病室に駆けつけたのは、猪熊家の長男・剛一だった。

「で、どこに行くんや?」
「いつものことです」
「……くまはちも、二日間安静やろが…」
「!!! 真北さんっ!」

病室のドアのところに、真北が立っていた。

「ったく、俺の気配に気付かんくらい弱っとるやろ。
 向かうにしても、体調を整えんかったら、誰が一番
 心配すると思っとるんや? 言わんでも解るやろが」

怒りを抑えたように真北が言う。

「その拳は、壁に向けてくださいね、真北さん」

剛一が、やんわりと言った。

「壁にも向けん。…それで、剛一くん。弟が心配でここまで
 やって来たとは思えないのですが…」
「ビルの状態を見て心配になっただけですよ」

敢えて口にしなかったが、真北は剛一のもう一つの心配事を悟る。

『…帰る……』

ドアの向こうから静かに聞こえた声に、真北達が反応した。慌てて病室に入る三人は、ベッドからゆっくりと降りる真子の姿を観て、

「真子ちゃんも二日間は安静だと言われたでしょう!」
「組長、起きてはいけませんっ!」

声を掛けた。

「二人が起きてるのに?」

声に力は無いが、真子は自分の足でしっかりと立っていた。

「剛一さん、ご心配をお掛けしてすみませんでした」

剛一の姿に気付き、真子は深々と頭を下げていた。

「真子さん、頭を上げてください。うちの従業員も無事ですから」

剛一の言葉に安心したのか、真子は顔を上げ、微笑んだ。

「…真子ちゃん…?」
「組長???」
「……えっ???」

真子の笑みには、何かが含まれていた………。




病室のベッドに寝転ぶ真北とくまはちは、天井を見つめながら、ため息をついた。

「ほんまに、真子ちゃんには負ける…」
「…兄貴も、組長に弱いとは…」
「それ以上に…」
「…組長が…」
「こわかった……」

真北とくまはちの声は重なった。
その真子は……。



剛一運転の車の助手席に、真子の姿があった。ちょっぴり困った表情をした剛一の運転は丁寧だった。

「私の方こそ、申し訳御座いませんでした。思わず…」
「心配なさるのは解ります。私も甘えてしまって…」
「あの場合は仕方ありませんね。ご自宅へお送りする者が
 全員無理だとなると、私しかおりませんし…」

病室での真子の笑みには、ほんの少しだけ五代目のオーラが現れていた。
この日、夕方には帰ると、愛娘に約束していた。だけど、急な来客とあの事件。そして、真子の体調。そんなことよりも、愛娘との約束が気になる真子。だるさは残るが元気だと、くまはちと真北に言う。さらには、回診に来た橋にも頑固さを現してしまう。
真子の訴えに負けた三人は、真子を自宅まで送る者が居ないことに気がついた。
真北とくまはちは、二日間の安静。キルは、急患の手術の為、手術室へ。えいぞうと健は、帰阪中で、大阪に着くのは夜になる。ぺんこうは仕事中。須藤達幹部には頼めない。そこで挙手をしたのが、剛一だった。

「それに、五代目…何か私に申したいことが、おありじゃ
 ありませんか? あの時の眼差しに感じました」
「猪熊のおじさんから、何を言われたんですか?
 剛一さんは、もう関わらないようにと言われてたはずです。
 いいえ、関わる立場じゃないはずです。なのに、こうして
 ビルに来た。そして、弟を心配するだけでなく、私のことまで
 考えて、病院に来られたんでしょう? 本当の事を仰ってください」

真子は、矢継ぎ早に剛一に言った。

「八造さん一人で充分だと、言ったこと、忘れてませんか?」

その言葉は強かった。
それには、剛一が観念したのか、ゆっくりと語り始めた。

「忘れておりません。確かに、五代目を守ることは、八造一人で
 大丈夫です。あいつの腕は解ってますから。影からは
 栄三ちゃんで充分だということも、理解してます。ですが、
 それは、国内でのお話。今は、海外からも狙われてます。
 黒崎やリックが抑えていると言っても、限度があります。
 海外の連中が、どれほどの動きなのか、想像出来る範囲も
 限られてます。それに、奴らもランクがあがっています。
 だからこそ…」

剛一の会社は、貿易関連の仕事をし、海外企業とのやり取りが多い。その職に就き、暫くの間、海外に居た過去がある。その剛一の行動の裏…それは、海外に居る敵の素性を探る為でもあった。

弟であるくまはちが、五代目の側でボディーガードとして過ごすなら、影ながら二人を守るには、国内だけでなく、海外にも目を向けるべきだと、耳にした。だからこそ、表向きは仕事と称して、海外へと進出した。仕事で有名になればなるほど、裏の情報も入手しやすかった。その情報は、それとなく父である修司に伝えられていた。修司や隆栄が、いまだに海外で動いているのは、剛一の手引きがあったから。
真子は、そのことを知らないが、それとなく感じている部分もあった。だが、敢えて口にしないよう心がけていた。しかし、今回の件で、真子は心に決めたことがあった。それを伝える為、剛一と二人っきりの時間を、強引に作った。

「今の言葉で、私が不思議に思っていたことが、はっきりしました。
 剛一さんだったんですね、海外からの情報の入手先は。迂闊でしたね。
 剛一さんがビルに事務所を構えた時点で気付くべきでした」
「五代目…。…その通りです。私の思いでもあり、父の思いでもあります。
 それ以上に、これは、慶造さんの強い意志があったからです」
「私が、跡目を継ぐこと?」
「慶造さんは、ご自分の代で終わらせるつもりでした。ですが、
 その思いも半ばで、あのようなことになり、そして、真子さんが
 慶造さんの意志を自然と受け継いで五代目となられました。
 慶造さんの意志。それは、生前、五代目の周りの男達に
 伝えられております。だからこそ、誰もがその意志を継いで、
 時には無茶な行動にも出ているんです」
「お父様がみんなへ伝えた言葉は、解らない。だけど、
 無理なことも言っていたのは、少し…知ってたかな…」

真子の表情が、何かを懐かしむかのように、柔らかくなった。剛一は、その表情を見逃さなかった。話を続ける上で、言葉を選び、そして、言った。

「五代目も慶造さんも、常に反対されておりましたが、実質、
 猪熊家は阿山家を守り支えていく立場。だからこその行動です」

剛一の口から語られる、父・慶造の強い意志。それは、真子の特殊能力である『人の心の声が聞こえる』ことで、気付いていた。真子は、そのことを剛一に伝え、自分がその意志を受け継ぐべきだと悟ったことも言った。剛一は驚いたような表情を見せたが、真子の言葉を耳にして、

「やはり、そうでしたか…」

解っていたかのように応えた。

「でもね、剛一さん」
「はい」
「今度ばかりは、周りを巻き込む訳にはいかなくなった」
「それは、その特殊能力を持つ者たちのことですか?」

真子は、そっと頷いた。

「傷を治す。心の声が聞こえる。そして、平気で相手を傷つける。
 瞬間移動や相手を操ること、狙った物体だけを破壊するなど、
 普通の人間が持っているものでは、太刀打ちできない。
 ましてや、死んだはずの人間が生き返るなんてこと…。
 そういう連中が相手になったら、普通の人間では、相手にならない。
 だから、剛一さんや猪熊のおじさん、小島家の方々、そして、
 本部の人達や、須藤さんたち。もちろん、真北さんやぺんこう、
 むかいん…みんなを巻き込むわけにはいかない」
「五代目……」

剛一は、真子が口にした人物の中に、一人含まれていないことに気付く。

「………五代目…?」

真子は両膝の上に置いている手をグッと握りしめた。その手の甲に、一滴のしずくが落ちた。

「浅はかだった。こんなことになるとは、思いもしなかった」

真子の声は、震えていた。

「あの時は、傷が残る…それだけが気になってた。
 使ってはいけない。その意味は、なんとなく理解していた。
 人間が持ってる能力じゃないということ。それを利用されたら
 どうなるのかと…だからこそ、使うなと言われたんだと…」

真子は、剛一に振り返った。

「五代目…?」

真子の頬を一筋の涙が流れる。

「死ねない体になるとは……思わなかったの……」
「それは、向井君や山本君のことを仰ってるんですか?」

真子は大きく息を吸って、そして、何かを吐き出すかのように、言葉を発した。

「八造さんも……」

剛一の眉間にしわが寄った。ハンドルを握りしめる手に、力が籠もる。

「……ごめんなさい……」

そう言って、真子は膝を抱えて、顔を埋め、声を殺して泣き出した。

五代目………。



(2014.2.17 第一章 驚き 第二話 改訂版2014.12.29 UP)



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