任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

第一章 驚き
第五話 近づけたくない。

真北は車を運転していた。
真剣な眼差し、そして、少し焦った感じもしていた。


「テレビにライとカイトが映ってました。二人が足を運んだのは
 橋総合病院です」


仕事仲間の原から耳にした言葉に、真北は仕事そっち退けで、車に乗り込み、橋総合病院に向かっていた。
この日、真子とくまはちが、予定より一日早めに検査に行くことを知っていた。
もしものことがある。
もし、ライとカイトの二人と顔を合わせたら……。

真子ちゃんの心が乱れるっ!!

二人が生きていることは知った。もちろん、同じように命を落としたはずの竜次も生き返ったことを耳にしている。
それだけで、真子が不安に駆られたことは、分かっていた。
だからこそ…。

真子ちゃん…。

真北の頭の中には、真子の事しか無かった。





橋総合病院・ライが眠る病室。
マリーンの言葉に、誰もが何も言えなくなった。

「(生き返ったライ様は、静かに過ごす予定だった。
  なのに、突然、襲われた。相手は誰か判らなかったが
  ライ様は、何かを感じたようで…。それで、急に、
  日本に旅立つと言い出して…私が見たことのあった
  研究者としての姿で、こうして日本に来たんです)」
「(まさか、日本でも?)」

リックが何かを思い出す。

「(来日した次の日です。恐らくテレビで観たんでしょう。
  同じ手口で襲われました。その時に、相手のオーラを
  感じたんだと思います。ライ様が、竜次だ…と)」
「(だからと言って、真子様には…)」
「(能力…復活してるの…)」

真子の言葉に、リックは驚いた。

「(なぜ……真子様に? もう戻ることはないはずです!)」
「(……リックさん……もし、私が青い光をライさんに使ったら
  ライさんは、戻る?)」
「(そ、それは……)」
「(だけど、あのときのように、争って、お互いを傷つけて、
  また、再生して……。何度も繰り返すことになるんだよね。
  ……ライさんは、これからも…)」
「真子様……」
「もう…嫌だ……」

そう言った途端、真子は気を失うように倒れてしまう。
くまはちが支えたが、体調が悪いこともあり、ふらついた。それを橋が支える。

「くまはち、無茶するなと言っただろが」
「私は大丈夫です」
「聞き飽きとるわっ。ほら、行くで」

橋が真子を抱きかかえ、くまはちが病室のドアを開けた時だった。

「真子ちゃんっ!!!」

真北が病室に飛び込んで来た。



橋の事務室。
真子は診察を終え、ベッドに寝かされていた。
くまはちの診察をしながら、橋は真北に全てを話した。ライの再生能力、そして、記憶を取り戻した事。もちろん、真子に能力が戻っていることも。
真北は、大きく息を吐いた途端、頭を抱えて俯いてしまった。

「戻るはずはないのにな……」

そっと呟いた。

「リックも言ってましたが、真北さん、そして、橋先生。
 どうして、組長の能力が戻らないと仰るんですか?
 それも、確信したように…」

くまはちが尋ねると、真北が応えた。

「子どもを産んだ者は、能力が消えるという文献があった。
 だからだよ」
「そうだったんですか…」
「あぁ。だから、俺は安心してたんだ」

真北は、ベッドで眠る真子の頭をそっと撫でる。
まるで、壊したくないというような感じで…。

「真北、どうする? このままライを置いておくか?」
「あの場所なら周りに知れることはないだろうが、
 竜次が狙っているとなると、ここにも迷惑が掛かる」
「ニーズの研究室だから、気にはしないがな」
「そこも、お前のとこだろが、あほ」
「まぁな。でも、あの場所は狙われないように、ニーズが造っただろが」
「そうだったなぁ。松本の意見も加わって、一番安全だったっけ」
「で、いいのか?」

そっと尋ねた橋に、真北は頷くだけだった。
真北の意識は、真子の事に向いている。それに気付いた橋は、フッと息を吐き、

暫くは、しゃぁないか。
はい。

くまはちと、目で会話をした。




ライの病室。
リックは、眠るライを見つめていた。
先程のマリーンの言葉が気になっていた。

真子様の記憶が無かったとは…。

真子に触れるまで、本当に、真子の事を感じなかったライに、リックは首を傾げる。今まで目にしてきた資料には、再生時に、記憶が失われることは書かれていなかった。
それ以前に、あの体から再生する確率は、ゼロに近かったはずなのに、なぜ、こうして、再生途中で意識が戻ったのかが、気がかりだった。
リックは、長く息を吐き、目を瞑る。

「(リック……)」

その声に、目を開けると、目の前のライが起き上がっていた。

「(ライ様、起きるのは…)」
「(大丈夫だ。……恐らく、真子の能力が関わっていたんだろう)」

リックの心の悩みは、ライに聞かれていた。

「(あの後、俺の能力…戻っただろ)」

あの後の『あの』とは、真子とライの壮絶な戦いの事。
ライが真子の能力=青い光を手に入れようと、日本へ足を運び、そして、真子の笑顔に惹かれ、真子の体毎、手に入れようとしたものの、真子を大切に思う者達に邪魔をされ、最後には、能力同士の戦いとなり、真子に負けたライ。

自分の命の危機を感じ、真子の命を奪おうと、戦いの際に重傷を負った真子が入院している橋総合病院まで向かい、そして、そこで、真子の『青い光』 の攻撃を受け、敗れてしまった。

その時の影響なのか、失われていたライの青い光の能力が戻っていた。
それも、今までに無い、途轍もない優しさが含まれた感じの能力が…。

「(その影響だろ)」
「(もしかして、未だに解明できていない、真子様だけが持つ
  オレンジ色の光が、関係しているのですか?)」
「(真子に…青い光と赤い光の能力が戻ったんだろ?)」
「(はい。本来……戻るはずは…)」
「(リック、どういう事だ? …まさか…真子に…いや、
  真子の体は……)」
「(ライ様、真子様との記憶は戻られたんですか?)」
「(……真子が触れた途端、今までの事が全部だな。
  真子への想いと、あの日の事も……。だが、真子は……)」

ライは、最後の日の事を思い出す。その手に残る真子の温もりを感じていたが、右手は……。

「(それよりも…だ。……リック、あれ程使うなと…)」

ライに怒りの炎を感じたリックは、慌てて弁解した。

「仕方ありませんっ!! まさか、その能力をお使いに
 なっているとは思いませんでしたし、それに、橋院長の
 怒りの方が、凄かったんですからぁっ!!!!」

思わず、日本語が飛び出す。
それには、ライが笑い出した。

「(くっくっく…あっははっはは!! 日本語で言うなよ)」
「(!!! 失礼しました……)」
「(悪かった。日本に居ると知って、この病院に居ると感じた途端、
  思わず、あの能力を使ってしまった。早まったな…)」
「(竜次に対抗する為とはいえ、もう使わないで下さい。
  その時になれば、私も、組織の連中も力を貸しますから)」
「(もう、俺のことなんか……)」

静かに言うライに、リックは力強く応える。

「(大丈夫ですよ。残った連中は、みんな、ライ様のことを
  一番に思い、そして、尊敬している者達ですから。
  ライ様と接触が出来れば、話に応じると……)」

ライは、フッと笑みを浮かべ、

「(完全に戻れば…の話だ。だから、暫くは何も言うな)」
「(御意)」
「(…で、橋院長は……)」

と、言葉にした時だった。
ライの病室のドアが開いた。

「…真子……?」

ドアの所には、真北に支えられながら立つ真子の姿があった。

「リックさん。ライさんの為に……貸せるかな?」

真子が静かに尋ねてきた。

「真子様?」

真子は自分の右手を見つめる。その手には、青い光が灯っていた。

「……これ……ライさんの為になるなら…」
「真子様。すでに、橋院長と真北に聞いてるはずでは?
 それをすると、真子様から、その能力は失われ、そして
 体にも影響が出ます。更には、もしもの時に…それに、
 ライ様は、必要ないと…」
「もう、私には必要ないから」
「でも、真子様も……」
「真子も狙われたのか? …竜次に……」

リックが語ろうとしたことは、ライに読まれていた。
ライの怒りが増幅する。

「真子……」

ライが何かを言う前に、真子はライに歩み寄り、ライに手を差し出した。

「ライさん…」

手を握るだけで、いいの?

真子は心で語りかけた。その声に反応し、ライは顔を上げる。その途端、真子に右手を掴まれたのが分かった。
感じる、青い光。
それが、自分の中に流れ込むのも感じた。神経や感覚が無いはずの右手に……。

「!!!!」

ライは左手で、自分の右手を掴む真子の手を、勢いよく払いのけた。

「!! なぜ…? 必要だから、こうして…日本に来て、
 不思議な能力を使って、私を操ったんでしょう?
 自分に能力を戻したくて……!!!!」

ライは、突然、真子を抱きしめた。
目玉が無く、何も見えないはずなのに、側に居る真子に手を伸ばし、力強く抱きしめていた。

「悪かった…それが、本当の俺だ…。真子が感じた
 あの湖での俺は、偽りだ……。だから、俺を信用するな…。
 あの能力で、キルやニーズを抑えて、あいつらの能力を
 封じていた。…しかし、リックの能力には対抗出来なかった。
 まぁ…リックは、俺に反感を抱いていなかったから、
 封じる必要は無かったんだけどな……」

ライは、真子を解き放し、見上げる。そして、右手で真子の頬を流れる涙を拭き上げた。その仕草は、本当に、見えているかのようだった。

「俺には、もう一つ。人を操れる能力がある。
 それだけは、失うことはない。それは、今まで生きてきた、
 長年の経験から判っていることだ」

ライは、言葉を取り戻したばかりなのに、自分の事を語り続けていた。


自分に、人を操ることが出来る能力があることに気づき、それが他の人間は持っていないことにも気付いた。
その頃に、耳にした傷を治す不思議な光のこと、それとは正反対に、恐ろしいまでの光があることを知った事。その能力を、自分に取り込むことが出来ることに気付き、手に入れたこと。

光の能力は、青と赤だけでなく、他にもあると知った事、そして、その光の能力を全て手に入れて、世界を牛耳る目的だったことも、真子に話した。

青い光を手にした途端、命を落としても、何度も再生することが可能で、命を落とす事も無いと知った事、それを利用して、医療関連に何か出来ないか、研究を始めた事まで、全てを話し続けるライ。しかし、ライが始めた研究は既に日本で行われていたことを知り、その情報を入手しようと日本に手を伸ばし始めた事も、真子に話していた。

それは、真子が生まれる前の事だった。

真子に能力があると知った真北が調べ始めた頃に、起こった出来事。その情報を耳にしたライは、益々日本に興味を持ち、いつかその能力を持つ者に逢いたいという気持ちを抱くようになったこと。
それらは全て、リックも知っていた。

真子に触れたことで、本当に、記憶を取り戻していたライ。
リックは、ライの語りに安心していた。

「でも、真子と戦ったあの日に、オレンジの光を知った。
 真子…それは、真子自身が作り出したのか?」
「……それは分からない…。光が合わさった時に、
 紫からオレンジに変化したのは、覚えてる……」

ちらりと橋を観た真子。

「その時は、体に電気を帯びていた」

橋が、そっと応え、話し続ける。

「オレンジの光の能力は、何かを守る物だろう?
 俺の考えだがな、恐らく、真子ちゃんが常に抱いている
 みんなを守りたいという強い意志で生まれたんだろうな」
「なるほどな…。やはり、この能力は底知れぬ何かが
 備わってるな……もっと調べてみたい…」

研究者としての意欲も沸き立つライ。

「…真子。もういい。能力は使わない」
「ライさん…それでは、竜次に…」
「…今の俺では、何も出来ないんでな…」

弱々しく言ったライに、誰もが何も言えなくなった。

「暫く眠る。次に目を覚ました時の状況で、行動する。
 だから、リック……頼んだぞ」
「(御意)」
「あぁ、それと、マリーンを頼んでいいか?」
「……私を嫌っているというのに?」

苦虫を潰したような感じで、リックが言った。それには、ライが驚いた。

「お前が厳しく言うからだろがっ」

ライの言葉に、リックは返す言葉が見つからなかった。

「それよりも………真北」
「ん?」

真子をここに連れてきたというのに、ライとのやり取りに、怒りの感情すら見せず、ただ、様子を伺うだけの真北に、ライが声を掛ける。

「竜次の情報、リックに教えてくれないか?」
「…悪い…こっちにも情報が入ってこない。生き返った事は
 黒崎の情報からだ。同じように、墓から姿を消したらしい。
 だが、真子ちゃんを狙っているのではない。黒崎が目的だ。
 AYビルに来るという情報を入手して、仕掛けたものの、
 その場に居たリックとくまはちの攻撃で、方法を変えただけだろうな。
 黒崎の側に居た、真子ちゃんを質に取るという方法にな」
「竜次の行動とは思えないな…。奴も記憶を失ってる可能性がある。
 しかし、なぜ、俺を狙った?」
「自分のことを知ってる可能性がある者を除外するつもりだろうな」

真北が静かに応えた。

「意志とは別の何かが働いた…か」

何かを知っているかのように、ライが呟いた。

「真子ちゃん」

真北が真子を呼ぶ。

「ライが言ったように、その考えは却下ですよ。
 約束でしたよね? ここに来る時に」

真子はそっと頷いた。

「能力……」

真子は両手を見つめた。
真子は、真北が言いたいことは分かっている。
能力のことでいつも真北に心配を掛けていた。その真北の心配事を一つでも減らすことが出来たと思っていただけに、再び現れた能力のことで、また、真北の心配の種が増えたと、真子は悔やんでいた。
そんな真子の気持ちを深く考えなくても解る真北は、真子の両手を自分の手で包み込み、真子に笑顔を見せる。

「今は、自分で制御出来るんですから。心配しませんよ」

真北の言葉は力強かった。

「だけど、もしものときは、私に……任せてください…」

そう言って、真北は真子を抱きしめる。

「うん……」

真子は、そっと応えた。
それから、直ぐに、ライは深い眠りに就いた。その病室に、ライだけを残して、橋は、鍵を掛ける。
あの日を思い出す。
真子とライが戦った後、全く動かなくなったライの体をこの部屋に運び、治療もせずに様子を伺っていた。暫くして、ライの体が再生し、意識を取り戻す寸前、その体を盗まれ、盗まれた先で復活し、それから……。

「あの日の繰り返し……か」

橋が呟いた。

「ここには、迷惑掛けないようにするから、心配するな」

真北の言葉だった。

「あぁ…」

橋はそう言ったっきり、何も話さずに、事務室へと入っていった……と思ったら、突然ドアを開け、

「そうや! 真子ちゃんとくまはち、完治やから」

突然開いたドアに驚いている真北に言った。

「あ、あぁ……分かった。ありがとな」
「帰ってええで」
「ありがとうございました」

不安げに言う真子の頭を、橋が撫でる。

「大丈夫や。ライ自身も言ってたやろ。深く眠れば
 再生するって。真子ちゃんの能力を使わなくても
 戻るって」
「うん。……完全に……戻るのかな…」
「戻る」

橋が力強く応えた。
その言葉に真子は安心したのか、独特の笑顔を見せた。

「もう隠し事は、あかんで」
「場合によっては、隠すよ」

真子は膨れっ面になりながら、橋を観て、そして、真北に目線を移した。

「ほな、帰るで。」

真北は促し、橋の事務室で待機していたくまはちと真子と一緒に、橋総合病院から駐車場へとやって来る。

「私は仕事に戻りますよ」
「ご心配をお掛けしましたぁ。気をつけてねぇ」

笑顔で手を振って真北を見送る真子だった。

「くまはち……」
「はっ」
「…ごめんね…」
「謝らないでください。あの頃は、あまり詳しく知りませんでしたし、
 それに、組長の強い思いでしたでしょう? 感謝しております」
「深かったからね…あの傷」

真子は、くまはちの首筋に目をやり、そっと右手を当てた。

「残らなくて良かった」
「はい。…私よりも影響が強いと思われる、
 命を落としたはずの三人は…」
「そうだよね。…一人は、その事を実証してしまったし…。
 ライから聞いた事は……」

車に乗り込みながら、真子は、ライから聞いた、ライ自身の事、そして、能力の本来の力と使い方を、くまはちに話していた。

「…そうですね。これからのことを考えなければ
 行動に制限が出てきますね」

くまはちが静かに言った。

「くまはち…」
「はい」
「無理はしないでね」

真子の言葉に、くまはちはルームミラー越しに真子を見つめ、

「心得ています」

力強く応えた。
真子が、フッと笑みを浮かべる。

真子には解っていた。
真子が、何を言っても、くまはちは、真子を守る為なら、とことん無茶をすることが。
真子が浮かべた笑みに隠された思いは、くまはちも解っている。

もしものときは、守るから…。


車は、暫くの間、静かに走っていた。

「組長、予定より早くなりそうです」
「そうなの? それなら、駅に変更! 理子を迎える!」
「かしこまりました。では、その後は、いつものように…」
「うん」

真子の返事は弾んでいた。



真子は、駅の出口付近に立ち、出てくる人々を眺めていた。
その中の一人が、真子の姿に気付き、

「!!! びっくりしたぁ。なんで、おるねんっ! 待ち合わせは
 幼稚園の前やろがぁ」
「時間早かったんや。たまにはええやんか」

真子の姿に驚きながら声を掛けてきたのは、理子だった。
AYビルにある、むかいんの店で仕事を終えた理子は、この日、真子と一緒に子供達を幼稚園に迎えに行き、その足で、買い物を済ませ、徒歩で帰路に就くという予定を入れていた。理子との待ち合わせの時間を逆算すると、理子が、どの電車に乗って帰って来るのか、真子には解っていた。

「で、くまはちさんは、この後は?」
「幼稚園までお送りしてから、車を家に置いてきます」
「買い物終わるまでええやんか」
「最近、駐車違反の取り締まりが厳しいですからねぇ」
「そういや、そうやったなぁ」

話ながら、理子と真子は車に乗った。

「なので、私が迎えに行くまで、絶対に出ないでくださいね」
「はぁい」

真子と理子は、声を揃えて返事をした。


車は、幼稚園の前に停まり、真子と理子が降りてくる。二人が見送る中、車は去って行った。

「で、どうやったん?」

理子が尋ねる。

「完治。橋先生のお墨付きや」
「ほな、大丈夫やんな。帰りは公園で遊ぶ…って言いそうやし」
「一緒に走り回らなければ大丈夫や」

と話ながら幼稚園に入っていくと、すでに…。

「ママ!」

美玖と光一が、真子と理子の姿に気付いた途端、駆け寄ってきた。

「おそいぃ」
「早いぃ」

どうやら美玖たちは、予定よりも早い時間に終わったらしく……。


くまはちが幼稚園にやって来ると、やはり、いつものように、他の園児の母親たちに囲まれ、母親達と子供そっちのけで、話し込んでいた。母親達が一方的に、くまはちに語り続け、くまはちは、遠慮がちに返事をするだけ。
その光景を見慣れた子供達は、母親を促すことはせず……。

「まこママ、いつもごめんね」

大人顔負けの口調で、真子に言う。

「大丈夫だよ。ママの笑顔が輝いてるし、嬉しいでしょ?」

真子が言うと、子供達は母親以上に輝く笑顔を見せていた。

「じゃぁ…帰ろっか。またね〜! 気を付けて帰るんだぞぉ」

そう言って、真子は子供達に手を振って、美玖と光一、そして、理子と一緒に門へと向かって歩いて行く。

「それでは、失礼します」

くまはちは、母親達に深々と丁寧に頭を下げて、真子を追って駆けていく。
門のところで、母親達に振り返り、再び頭を下げて、去っていった。

「あかん…。ほんまに、主人と比べてまうわ」
「真子さんのボディーガードで、あの世界の人やなかったら
 ええんやけどな〜」
「くどいてほしいわ」

……ここは、幼稚園ですよ……お母さん方〜……。
子供達、……見つめてますよぉ〜〜……。

いつもの光景に、桃華は言いたい言葉をグッと飲み込んだ。



商店街で買い物を済ませた真子達は、予想通り、自宅近くの公園に居た。
買い物の荷物は、くまはちが持って帰る。
美玖と光一が公園で遊んでいる間、真子と理子は近くのベンチに腰を掛け、話に花を咲かせていた。


公園が見える道路に二人の男がやって来た。一人は車椅子を押し、そして、もう一人は車椅子に乗っていた。その姿に気付いた美玖と光一が、道路沿いに張られているフェンスに駆け寄って、声を掛けた。

「つむおじさん!!」

車椅子を押す男性=都村を呼び止めた。

「おや、光ちゃん、美玖ちゃん。幼稚園帰りですか?」
「うん! あのね、あのね!! まこママもいっしょだよ!」
「真子さん、元気になられたんですね」

フェンス越しに仲良く会話をする都村と光一だが、車椅子に座る男性は、光一と都村の会話も耳に入っていないのか、俯いたままだった。

「…さわもりおじさん…きょうも、むりなの?」

美玖が、心配そうに尋ねる。

「そろそろ眠る時間だからね。また、次の機会に
 お願いするよ」
「うん」
「早く帰らないと、夕ご飯の時間が遅くなるぞぉ」

都村が言うと、光一と美玖は、嬉しそうに応える。

「きょうはね、くまはちゃ〜のごはんだもん!」
「楽しみだね」
「うん!!」
「では、またね」
「はいっ。さようなら! おきをつけて!!」

笑顔で別れる都村は、少し歩いたところで、ベンチに座る真子と理子に気付き、会釈した。

「都村さん、今日の夕飯は、どうですか?」

理子が慣れた感じで声を掛けた。

「いつもありがとうございます。今日は、買ってきましたので、
 大丈夫ですよ」
「では、明日、持って行きますね」
「お世話になります」
「気を付けてね〜」
「理子さんも。では」

都村は、車椅子を押して、曲がり角を左へと曲がっていった。

「男性が一人で全部するって、大変やんか」
「……う、うん…」

理子と都村の会話から、時々、理子が食事を持って行っているらしいことを悟った真子。しかし、真子自身、不思議に思ったらしく……。

「あぁ…そっか…真子には、理解できへんか……」

母一人で二人の子供を育てた家庭の理子。母が、どれだけ大変だったのかを理解したのは、自分が子供を育てることになってから。子育ての大変さを身にしみて理解した。
夫が居る、そして、自分の母も居ることから、人手は多いのに、やはり大変だった。ましてや、それらを全て一人で行うということは、その三倍の負担が掛かってくる。

都村は、体の不自由な主人の世話を一人でしている。家事だけでなく、主人の世話も加わる。
子供の場合は、体が小さい為、抱えるという行為の負担は大人に比べると、軽いもの。少しずつ重くなっていくけれど、大人と比べれば、軽い方。しかし、都村が抱えるのは、大人の重さ。

「…自由に動かせないらしいから、都村さんの負担
 すごいと思うねん」
「そっか…。私の場合は、真北さんや芯、むかいんが居たし、
 結構、分担されてたかも…」
「都村さん、沢森さんの世話してたら、自分のこと
 忘れがちみたいやから、涼が気にしててな」
「顔見ただけで、気付いたんやろなぁ〜むかいんやし…」
「この街に越してきてからは、毎日散歩してるみたいやで。
 沢森さん、少しずつ元気になってきたらしいで」
「………私、初めて逢ったんやけど……」

真子自身、話には聞いていたというより、改装中の家に越してくる家庭の事情は、それとなく察していたが、二人の姿を見たのは、この日が初めてだった。

「あっ………」

自宅に挨拶回りをしていた都村に会ったのは、応対に出た理子、そして、くまはちの二人で、真子は、あの日、庭で……。

「光一と美玖ちゃんがここで遊んでるとき、
 二人の姿を見かけたら、いっつも声を掛けて
 公園に引き連れてくるねん。するといっつも、
 一緒に遊んでくれんねん…」
「いつの間にか、親しくなってる…」
「最初は、車椅子が珍しかったみたいやねん。そんとき、
 すんごい質問の嵐やったで。それなのに、都村さんは、
 子供の質問に、凄く丁寧に応えてくれはって、それからやわ。
 二人が友達のように思ってるんか分からんけど、
 姿見かけたら、声かけるようになったんわ」
「それなら、安心やん」

どうやら、真子は警戒していたらしい。
時期が時期だけに(竜次とライのこと)、突然、近くに現れた人物にも警戒をしていた。

「いつまで、ここや〜?」

そう言って近づいてきた人物こそ、しつけに厳しい男…。

「パパ、おかえり〜」
「おかえりなしゃい、しんパパ!」

美玖と光一が、公園で話し込んでいる主婦二人の姿を見た途端、眉間にしわを寄せながら近づいてきた、ぺんこうに駆け寄った。

「パパおかえり〜」

子供達の口調を真似て、真子が言う。

「……ったく。元気になった途端、ここですか…。
 まだ、気温は低いんですよ。それに、ここでなくても
 今は、家で話すこと出来るでしょう? 学生じゃないんですからっ」
「ええやんかぁ」
「それに、キッチンは、くまはちでしょう? あとが大変やろぉ」
「片付けは、私やねんから、大丈夫や」

膨れっ面になりながら、真子が応えた。

「ほな、帰るで〜」
「はぁ〜いっ!」

理子の声に、元気に応える子供達。
真子達は、公園を後にした。


輝く笑顔で楽しそうに会話をしながら、自宅へと入っていく真子達を、都村は、家の窓から眺めていた。
その眼差しは、とても鋭く、怪しげな雰囲気を醸し出してた。




真子は、美玖を寝かしつけた後、ぺんこうの部屋へと入っていく。
この日も仕事が山ほどあるらしく、真子が手伝いにやってきたのだった。

「真子は初めてやったんか」

公園で初めて逢った都村の事を話していた。

「うん。芯は逢ったことあるん?」
「出勤するときに、都村さんと挨拶を交わすだけかな。
 …ん? 何か気になることでも?」

真子が少し沈んだ声で話すときは、いつも心配事を抱えている証拠。だからこそ、ぺんこうは真子に尋ねていた。

「時期が時期だけに、ちょっとね…」

そう言った真子を、ぺんこうは、そっと抱きしめた。

「大丈夫ですよ。むかいんが普通なんですから」
「そうだけど…」

むかいんは、相手が危険人物だと、無意識のうちに、攻撃をしてしまう体質である。

ったく…。

ぺんこうが真子の頭を優しく撫でる。

「沢森さんは、日に日に元気になっているんでしょう? 
 この街に居る限り、歩くようになりますよ」
「…事故か何かで?」
「そこまで詳しくは訊いてませんね……」
「どこまで詳しく訊いたん?」
「この街に越してきた経緯かな…」
「……話し込んでるやんか」
「それは理子ちゃんからですよ」
「…そっか……」
「気になる?」
「……私のこと……かな…」

そちらでしたか……。

真子は初めて逢う人に警戒し、そして、気にすることがある。
真子自身の立場を知っているのか…ということ=阿山組五代目組長という立場上、周りの人達に危害が加わることは避けたい。そして、相手が真子のことを知らずに親しくなり、その後、真子のことを知ってしまった時の態度の急変。
それは、何度か経験しているだけに、五代目である以上、常に気にしてることでもあった。

「阿山真子は有名ですからね。ご存じかもしれませんよ」
「………ぺんこう……」

真子が急に低い声で名前を呼ぶ。
その時は決まって……。

「あっ、ちょ、ちょっと!! 組長っ!! まだ体調はっ!」
「問答無用っ!それに、橋先生からお墨付き!」
「それでも、いけませんっ!!!」

真子から繰り出される蹴りや拳を全て受け止める、ぺんこう。

「あぁ〜もうっ!! 腹立つっ! 決まらへんやんかぁっ!」

渾身の一撃!
だが、それも……。

バシッ!

「…甘いですよ……って!!!! 何するねんっ!!!」

突然、足払いされ、床にひっくり返ったぺんこうは、足払いした人物を睨み上げた。

「…問答無用……まだまだやで、ぺんこう」
「くまはち、ナイス!」

部屋でくつろいでいた、くまはちが、真子とぺんこうのバトルに気付き、二人を停める為に、ぺんこうの部屋に入ってきていた。

「それに、黙って入ってくるなっ」

ノックもせずに入ってきた、くまはちに向けて、蹴りを繰り出しながら言うぺんこう。

「組長の危機に黙ってられん」

その蹴りを上手い具合に受け止め、その手で拳を握りしめる、くまはち。

「……部屋で暴れるな」
「真北さん、お帰り〜〜」
「ったく、真子ちゃん。芯の手伝いじゃないんですか?」
「あっ……」

真子は何かを思い出したらしい。

「お手伝いしないなら、美玖ちゃんと寝なさい。橋のお墨付きでも
 油断は駄目ですよ」
「は〜い。ほな、くまはち」
「はい」
「私の代わり、よろしくね〜。おやすみぃ」

そう言って、真子はぺんこうの部屋を出て行った。

「おやすみなさいませ」

真子は自分の部屋に入っていく。それを見届けた真北が、ぺんこうを睨み、そして尋ねた。

「どうや?」
「まだですね」
「……橋、嘘言うたな…」
「恐らく、組長も気付いているでしょう。体力を確かめる為に」

体力が戻ったのかを確かめる為に、真子はぺんこうに蹴りや拳を向けたらしい。そうやって、自分の動きを確認し、ぺんこうの体に拳か蹴りの一つでも与えたら、完全に戻ってると把握する方法は、本当に、昔っから行われていたことであり……。

「お話の通りでしたら、橋先生自身が避けたのかもしれませんね」

ぺんこうが言った。

「これ以上、ライに、真子ちゃんを近づけない為……か…」
「ええ」

真北は大きく息を吐いた。

「それなら、しゃぁないか…この先のことは……」

そう言ったっきり、真北は何も言わずに、ぺんこうの部屋から去っていった。

「………ほんまに大丈夫なんか? くまはち」

真北の行動、そして、橋の心遣い、更には、真子の体力から、いつも以上に心配そうに、ぺんこうが尋ねた。

「今回ばかりは、俺にも予測は難しいな…。
 相手は、特殊能力を持つ人間、そして、
 いつまでも阿山組を狙い続ける男だ…」
「あの日の二の舞は、ごめんやで」
「改めて言わんでも、解っとるわ。だから、お前も…」
「…解っとるけど、…言わんでも、解るやろ、俺の思いも」
「……そうやな」

そちらの世界のことには、もう首を突っ込まない。
だが、
真子の身に危害が加わるようならば、そちらの世界で生きる男以上に、
暴れるぞ。

ぺんこうの思いは、昔から変わらない。
もちろん、くまはちの思いも…。

「で……?」

くまはちは、その場の雰囲気を切り替えるかのように、ぺんこうの手伝いを始めた。

「いや、俺一人で充分なんやけど……」

静かに応える、ぺんこうだった。




真北は部屋に戻り、電話で話をしていた。

「ほんま、ええ加減にせぇよ…」
『しゃぁないやろ。そうでもせな、真子ちゃんのことや』
「お前がしつこく定期検査や言うからやろ。
 本来、真子ちゃん、病院嫌いやろが」
『…で、言いたいのは、それだけか? なんなら、
 今から来るか? 暫く、仕事ないで』

流石、幼馴染みである橋。真北が何を思い、自分に電話を掛けてきたのかを解っていた。

「…橋、患者は?」
『しょっちゅう来るかいな』
「いつも忙しくしとるやないか」
『まぁ、最近は、他の者に任せとる。育てなあかんやろ』
「そうやな。……ほな、行くで」

真北は、電話を切り、部屋を出る。そして、誰にも何も告げずに、そっと家を出て、車に乗って橋総合病院へ向かって行った。



(2016.6.14 第一章 驚き 第五話 UP)



Next story (復活編 第一章 驚き・第六話)



『復活編』・第一章TOPへ

復活編 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※この〜復活編は、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』の極編の後の物語です。
※任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を全シリーズを読破しなければ、登場人物、内容などが解りにくい状態です。
※取り敢えず、任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』を全てお読みになってから、アクセスお願いします。
※別に解らなくても良いよ、と思われるなら、どうぞ、アクセスしてくださいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。
以上を踏まえて、物語をお楽しみ下さいませ。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.