任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

第一章 驚き
第六話 成長

まだまだ肌寒い季節。
夜が明け、生活の音が徐々に聞こえてくる時間帯。ここ、橋総合病院も、動き始めていた。

橋総合病院の院長である橋が、目を覚ます。そして、ベッドから起き上がり、背伸びをした。ふと、目をやったソファでは、真北が眠っていた。橋の動きにさえ気が付かないほど、熟睡しているらしい。
少し乱れた掛け布団をそっとかけ直し、顔を洗って、着替えを済ませてから、部屋を出て行った…と言っても、隣は事務室。夜に尋ねてきた真北と話し込み、愚痴を聞き、いつものように、真子とぺんこうの話にも耳を傾け、語り疲れた真北が眠りに就くのを見届けてから、橋はベッドに身を沈めていた。
机の上にある報告書に目を通し、その日の予定を再確認し、事務室を出て行った。暫くして、二人分の朝ご飯を手にして、戻ってくる。

「もう起きたんかい」
「まぁな…」

橋が事務室を出て行った時に目を覚ましたのか、真北が橋の事務室の予定表を見ていた。

「ほい」
「あんがと」

橋から朝ご飯を受け取った真北は、

「ほな、行くで~」
「あぁ。無茶すんなよ」

短く挨拶を交わして、出て行った。廊下ですれ違った看護師とも挨拶を交わし、去っていく。
それは、真北が橋に愚痴を言いに来た時、いつも見られる光景だった。
橋は、朝ご飯を食べ始めた。




真子の自宅。
ぺんこうがキッチンで朝ご飯の用意をしていた。そこへ、理子が顔を出す。

「おはよう~先生。あれ? 涼は結局泊まりなんや?」
「おはようございます。そうみたいやで。いつもの通りにするけど、
 ええかぁ?」
「手伝うで~。…真子は、まだなん?」
「いつものこと~」
「そやな~」

担任と生徒、組員と組長の親友、はたまた、親友の妻。色々と複雑な立場であるぺんこうは、今でもまだ、理子との会話に敬語が出てしまうらしい。理子は、すでに気にしていない様子だが…。

「パパおはよ~。りこママおはよ~~」
「美玖ちゃん、おはよう。顔洗った?」
「あらったぁ。ママもくるぅ」
「おや、珍しく早起きですね…」
「ママのほうが、はやおきだったよ。みくがおこされた」
「むかいんは泊まりだと思ったから、用意しようと思ったら
 芯が起きたの分かったし…」

そう言いながら、真子がやって来る。

「光ちゃんは?」
「涼が帰ってこなかったから、ぐずってふて寝や」
「ほな、美玖、光ちゃんを起こしに行こう!」
「はいっ!」

真子と美玖は、向井家(と言っても、キッチンの隣にある廊下を通った先にある)へ行く。

「光一が驚くね……」
「そやな~」

ぺんこうは、トースターのスイッチを入れた。

『ただいま~』

朝のジョギングから、くまはちが帰ってきた。そのまま、風呂場へと直行した様子。

「今日は早かったな」

どうやら、くまはちが出掛ける頃に、ぺんこうは目を覚ましたらしい。

「真子とくまはちさんは、暫く休みやんな」
「そう聞いてるけど、くまはちは動くやろな…」
「まだ完治してへんのに?」
「くまはちですからね…」
「…そっか…」

改めて言わなくても解る、理子だった。



「いただきます」

少し大きめのテーブルに、たくさんの料理が並び、真子達は食し始める。

「お迎え頼んでええん?」

理子が光一と美玖の幼稚園のお迎えの話をしていた。

「むかいんが泊まりってことは、忙しいんやろ?」

真子が尋ねる。
真子は、ビル爆破事件から、ビルでの仕事が滞っている為、ビル内の状況を把握できていないらしい。

「客数は変わらんけど、調理場の人員の入れ替わりで
 教育係も兼ねてるから、そっちかなぁ」
「笹川で修行した人員じゃなかったっけ?」

本部から帰宅する前、料亭・笹川の女将さんから、むかいんの店で働きたいと言った従業員の事は、聞いていた真子。人員の入れ替わり=その従業員だと、直ぐに解った。

「料亭と店じゃ少し勝手が違うみたいやで」
「そういうものなのかなぁ、芯」
「私に振らないでください」
「何でも知ってるのに?」
「調理人のことまでは、詳しくないですよ。
 必要ありませんでしたから」
「そっか」

と、短い会話の間に、くまはちは、ご飯のおかわりをする。

「くまはち、今日の予定は?」

ぺんこうがご飯をよそいながら尋ねる。

「自宅待機」
「帰りは遅くなると思うから、夕飯頼んでええか?」
「かまへんで。食材は昨日買ったし、大丈夫やろ」
「そやな」
「足りないものあったら、連絡お願いします」

くまはちに対しては、たまに敬語になる理子。

「理子さんも遅くなるのでは?」
「涼が早く帰すと思う」
「それでしたら、昨日と同じように駅まで行きますよ」
「大丈夫。足りない場合の買い物やん」
「そうですね」

いつもの朝食風景に、真子は心を和ませていた。



玄関先。
ぺんこうは、少し心配そうな表情をしながら、真子を見つめる。それでも、意を決して、

「真子、行ってくる」

静かに言った。

「うん、行ってらっしゃい。無理したらあかんで」
「それは、私の台詞ですよ。ほどほどにして、あとは
 くまはちに任せてください」
「大丈夫なのにぃ…」
「回復したては、大事にしないと駄目ですよ」

妻に向けるより、昔の癖で教え子に向ける口調で、ぺんこうは言った。

「気を付けてね~!」

真子に見送られ、ぺんこうは、車で出勤した。


真子が食器を洗い終えた頃、美玖と光一、そして、理子が出掛ける準備を終え、リビングへとやって来た。美玖は、真子に抱きつき、そっと顔を上げ、真子を不安そうに見つめた。

「芯は、出勤したよ?」
「うん。おへやで、いってらっしゃいした」
「どうしたの?」
「ママ、ずっとおうち?」
「うん。家でのんびりしてるよ。外は寒いし、仕事はまだお休みだから」

真子が言うと、美玖は安心したのか、笑顔を見せた。
そして、真子とくまはちは、玄関へとやって来る。

「いってらっしゃ~い!」
「まこママ、いってきます!」
「ママ、いってきます!」

光一と美玖は、出勤する理子と一緒に、幼稚園へ出発する。真子とくまはちは、三人の姿が見えなくなるまで見送っていた。

「さてと。くまはちは庭?」
「そうですね。暖かくなる季節に向けての準備も
 必要ですから」
「ほな、私は…」


真子は洗濯、掃除を始めた。


掃除を終えた真子は、飲み物を用意し、庭へとやってくる。くまはちは、庭の手入れに勤しんでいた。

「くまはちぃ、休憩~」

真子の言葉でハッと顔を上げる。

「すみません。気付きませんでした」
「ほい」
「いただきます」

二人は庭の片隅にあるベンチに腰を掛け、のんびりとしていた。

「あと、どこするん?」
「そうですね…。元気の無い部分に栄養ですね」
「昔っから教わるけど、わからないなぁ…どの辺り?」
「あの辺りですね…」

くまはちは、真子に解りやすく説明を始める。本当に、小さな頃から教わってる真子だが、どうも、ピンとこないらしい。その時は頷くものの、一人で眺めてみると、やっぱり解らない真子だった。


昼食を終えた真子は、自分の部屋で組関係の情報を眺めていた。
これといって、変わらない。
それもそのはず。真子に情報を与えないようにと、須藤達が健と栄三に五月蠅く言ってあるからで…。
真子は大きく溜息を吐いて、健のページへアクセスする。
そこには、組関連とは違い、竜次の情報が書かれていた。あの日から、更新されていた。それに目を通し、健へ返事を打ち込んだ。すぐに返事が来る。

「ったく、健は~」

『無茶したらあかんよ』と、メールを打ち込み、暫くやり取りをしていた。



くまはちは、庭で体を動かしていた。
事件の怪我もあり、昨日までは軽くしか体を動かしていなかった。橋から許可が出たことで、今までと同じように体を動かし、体力を取り戻そうとしていた。
ふと、背後に感じた気配に、くまはちは警戒し、何か差し出された物を掴む。

「組長……まだ、駄目ですよ」

掴んだ物は、真子の足だった。

「橋先生の許可もらったやん」
「ぺんこうに言われませんでしたか?」
「……言われてた…。でも大丈夫やで」

そう言うと、真子はくまはちに掴まれている足を軸にして、地面付いている足をくまはちに差し出した。…と同時に、くまはちは、真子の体を抱きかかえる。

「体力は、まだですよ、組長」

真子が差し出した足の勢いで、真子の体力を把握するくまはちだった。

「ええやんかぁ。手合わせする相手、要るやろ?」
「まだ、相手と手合わせするほど、戻ってません」
「そうなんや。……よっぽどやってんな…くまはちぃ…?」

真子の声は、少し怒っていた。

「想像以上でしたね、事務所の瓦礫は」
「そんなに凄かったんだ…」
「えぇ。クレナイたちの能力では崩れませんでしたからね」
「そうだったんだ。なのに、それを崩すほどの爆発に
 耐えたんだね……くまはち……」
「あっ、いや…それは、瓦礫に守られただけで…」
「それでも、凄いと思う……で、下ろしてくれませんか?」
「!!!! すみませんっ!!!」

そう言って、くまはちは、真子を地面に下ろした。地面に付いた足で再び、蹴りを繰り出す真子だった。

「組長っ!!」

くまはちは、軽く避けていた。

「情報、無かったんだけど、まさか、須藤さん…」
「可能性はありますね。恐らく、ご自身でなさるつもりでしょう」
「無茶せんかったらええねんけど…」
「組関連は、須藤さんたちに任せるとして、厄介なのは
 ライと竜次ですね。ライはあの場所から動かないでしょうが、
 竜次の方は、未だに行動が読めないので、予測もできません」
「そうだよね…でも、黒崎さんを狙ってるのは確かだよね」
「ええ」

竜次への対策を練りながら、真子とくまはちは、体を動かしていた。

「黒崎さんと接触しない限り、組長への危険は無いと
 判断しておりますが…」
「うん…」

真子は煮え切らない返事をする。くまはちは、そんな真子が心配になり、動きを止める。

「組長、何か…」

そう言いかけて、くまはちは、真子が何に悩んでいるのかを把握した。

「!!!」

くまはちは、真子の目線に合わせるように少ししゃがみ込み、真子を見上げる感じで優しい眼差しを向け、真子の頭をそっと撫でる。

「大丈夫ですよ。黒崎さんが動きますから。組長は
 何も心配なさることはございません」
「……もし、私を狙ってきたら、また、くまはちが…」

ったく…。

くまはちの思った通りだった。
真子が

『くまはちが怪我をする』

と口にすると、くまはちは、いつものように

『それは、阿山家と猪熊家の…』

と応えてしまう。
これは、くまはちが真子の側に付いてから、ずっと続くやり取りであり、さかのぼると、真子の父、そして、くまはちの父の代から続いていたことでもある。それを断ちたくて、真子の父も、真子も言い続けているのだが、猪熊家の人間は、頑として、それを覆すことはしない。

「何度も申してますので、敢えて言いませんよ」
「解ってる。…私も敢えて言わないけど、でも…」
「いつもありがとうございます」

そう言って微笑む、くまはちだった。

「組長、そろそろ準備しないと、お迎えの時間に
 間に合いませんよ!!」
「食材は?」
「明日の分まで足ります」
「ほな、理子に連絡しといて~~」
「はい」

真子は干してある洗濯物を取り込み、綺麗にたたんだあと、それぞれの部屋へ持って行く。その間、くまはちは、理子に連絡を入れ、食材は足りることを伝えた。その時に、理子は遅くなることを言っていた。

「そっか。それなら、仕方ないね。ったく、むかいんは
 張り切りだしたら停まらないんだからぁ…」

そして、真子とくまはちは、美玖と光一を迎えに、二人が通う幼稚園へと向かっていった。




美玖と光一が通う幼稚園。
お迎えに来る親御さんたちが、集まっていた。そこへ、真子とくまはちがやって来る。

「こんにちは」

挨拶を交わし、いつもの如く、母親達はくまはちと話し込み始めた。真子は、迎えに来ている父親たちと笑顔で話を弾ませていた。もちろん、その父親たちは、AYビルに事務所を構えている会社で働く社員達。ビルの状況を真子にそれとなく伝えていた。

「ママ~~っ!」
「まこママぁ!」

そう叫びながら、他の園児達よりも素早く駆けだした美玖と光一は、

「お疲れ~!」

と笑顔で迎える真子に抱きついた。しっかりと受け止めた真子だった。

「あのね、あのね、きょうね」

美玖と光一が、この日の出来事を真子に楽しく語り始める。真子は優しく頷き、返答するものだから、他の園児達も真子に近寄り、我先に…と、語り続ける。

「楽しみだな~」

真子が笑顔で言うと、園児達も輝く笑顔になった。

「じゃぁ、そろそろ帰るよぉ。みんな、また明日ね!」
「はいっ! またあした~!」

元気よく返事をした園児達は、それぞれの親の所へと駆けていく。もちろん、くまはちと話し込んでいた母親達は、子供達に促されて、名残惜しそうな表情を見せ、渋々(?)、くまはちに別れを告げて、幼稚園を去って行く。真子と一緒に園児達の話を聞いていた父親達も、真子に一礼して、去っていった。

「くまはち、楽しみだね」
「えぇ。光ちゃん、美玖ちゃん、頑張ろう!」
「はいっ!」

美玖と光一は、一体何を頑張るのか。そして、真子とくまはちは、二人の何を楽しみにしているのか。


時期は、もうすぐ二月。
幼稚園の年長組は、卒園前に発表会があるらしい。園児達は、その練習での様子を真子に話していた。楽しみが半減する…と思いきや、実は、園児達は、真子と一緒に何かをする予定。だからこそ、その日の練習の様子を真子に伝えていた。
真子が登場する予定は、演目の最後の方。もちろん、くまはちも一緒に登場する予定。
なぜ、そのような状況になっているのかは、桃華と桜が一枚噛んでいることは、真子やくまはち、そして、真北やぺんこうには内緒になっている。



話は、まだ、真子とくまはちが事件後の休暇中の期間に遡る。



この日も、美玖と光一の迎えの為に、真子とくまはちは、幼稚園にやって来た。
すでに園児達は外に出ていた。

「遅くなりました」

真子が、桃華に言った途端、園児達が真子の側へと駆けてくる。

「ん??? なにか……」

と尋ねようとしたが、真子は、一週間前の事件で園児達が心配していたことを思い出し、

「もう元気だよ。ありがとう」

笑顔で応えていた。

「あのね、あのね……」

美玖と光一と同じ組のじゅんやが、真子に何かを言おうとしたが、真子の笑顔に照れてしまい、口を噤んでしまった。見かねた桃華が、

「年長組の卒園前の発表会のことなんやけど、
 うちのクラスは演技に決まったんやわ。演目も決まったんやけど、
 配役で、大人の役があってね、どうしようかとみんなで
 話し合ったところ……」

真子は思わず息を呑む。

「みんなが、真子ママとくまはちさんがいいと言い出して…」

と、言いにくそうな感じで真子に伝えた途端、同時に園児達からも頼まれたものだから、突然のことで戸惑いながらも、真子は断り切れず、側に居たくまはちを見上げ、

どうしよう~。

と、助けを求めた。園児達や親御さんとは親しく話せる仲だけど、大勢の人前で何かをするのは、やはり真子は苦手のままだった。だからこそ、くまはちに助けを求め、そして、くまはちを頼ることにした。

「仕方ありませんね……」

流石、真子の心情を理解しているくまはち。そう言って、園児達と目線を合わせるようにしゃがみ込み、

「どのような内容なのか、そして、どのように出演するのか、
 ママ達には内緒で、細かく報告するという約束ができるのなら、
 出ることが可能ですが……」
「…って、ちょ、ちょっと、くまはちっ」

予想していた言葉とは違い、くまはちの答えは既に『参加する』になっている。突然の事で焦る真子だが、当のくまはちは、

「はい」

返事の強さで判るほど、既に、心は決まっている様子。

「私は、その……そういうのは苦手だから…」
「大丈夫ですよ。みなさんとは良くお話しますし、それに、
 真子さんのことは、ご存じですから」

自信たっぷりに、くまはちが言う。

「だけど…」

躊躇う真子。本来なら、くまはちに怒りをぶつけるところだが、お互い、まだ、怪我人で、体調は万全ではない。さらには、目の前に居るのは、園児達。怒りを見せるわけにもいかず…。
そんな真子の心情を理解しているくまはちは、優しい眼差しを真子に向けた。

「みんなの、この輝く眼差しに応えなければ、それこそ
 大変なことになるかもしれませんよ。どうしますか?
 私の出した課題は、難しくないと思いますので、恐らく…」
「……出ることになるやんか…」

くまはちの行動を覆す術が見当たらない。ちょっぴり諦めた真子は、膨れっ面になる。

「私も出ますが…」
「………くまはち……」

困ったような表情でくまはちの名前を呼んだ真子は、園児達を見渡した。
みんなが期待に満ちた眼差しをし、そして、くまはちの言葉の意味を理解したのか、その眼差しの奥からは、やる気が感じられた。

「細かく教えてくれるのなら、出ようかなぁ…」

真子が言うと…。

「ほんと?」
「まこママ、いいの?」
「まこママとくまはちしゃんと、いっしょだぁ!」
「やった~~っ!」

園児達は喜びに満ちていた。

「あのね、あのね!!」

その日から、真子が迎えに来る日に、真子への報告会が、行われるようになる。真子が迎えに来ない日は、美玖と光一が、自宅で真子に伝えることとなった。



帰宅した真子達が玄関で靴を脱いでいる時だった。家の電話が鳴っていた。
くまはちが急いで電話に出る。その間、真子達は、うがい手洗いをして、それぞれの部屋で着替え始めた。
真子と美玖がリビングへ下りてくるころには、くまはちは電話を切っていた。

「理子から?」
「えぇ。むかいんが試作品を持って帰るそうで、
 夕食の準備はしないで欲しいとのことです」
「また、張り切ったな……」
「そのようです」

光一もリビングへとやって来る。

「どんなりょうりなの?」

美玖と光一が、同時に尋ねてきた。

「それは、夕食の時間までのお楽しみですよ」
「はいっ!」
「恐らく、たっくさんあると思うので、覚悟しててくださいね。
 五時半頃には帰ってくるそうですよ」
「はいっ! それまで、れんしゅうしよぉ」
「そうですね。真子さんの出番は、まだ先では?」
「くまはちゃんは、でばんだよ。あのね、あのね」

美玖と光一は、舞台の上に立っているかのように動きながら、真子とくまはちに、一生懸命伝えていた。くまはちは、光一に教わった動きを見せる。

一体、どんな演目なのか。

世間一般的に知られた内容では無く、桃華と桜が考えた演目の為、園児達に教わるしかなかった。
台本があるなら、それをもらえばいいものの、敢えて、それをせず、美玖や光一、そして、園児達の成長の証として、更には、約束を守る園児達の為に、園児達から直接教わる方法を選択した真子とくまはちだった。

「……私の出番より、くまはちの方が多いね……」

真子は、そう言って、微笑んでいた。
時間は、あっという間に過ぎ、

『ただいまぁ~』

両手一杯に紙袋を下げたむかいんと理子が帰ってきた。

「おかえり~」

光一と美玖、そして、真子とくまはちが、迎えた。





二月中旬。
この日、真子と理子、そして、真北は、ちょっぴりめかし込み、出掛ける準備をしていた。

「では、出掛けますよ」
「う、うん」

なぜか緊張している真子に、

「真子……大丈夫やで」

慣れた感じで理子が言う。

「やっぱし、こういうの苦手やわ…」
「ったく…。まぁ、幼稚園の時は、うちと桜さんと真北さんで
 参加したけど、今回は、自分で行く…って言うたん、
 真子やんかぁ」
「自分でせなあかん思ったからやん。でも…なんか…」
「大丈夫ですよ。真子ちゃんも知ってる方々がほとんどですから」

真北が言った。

「分かってるよぉ。みんなからも言われたし…。でもね…」
「ん?」

真子が、じっと真北を見つめるものだから、真北は、首を傾げた。
真子の眼差しから感じられるもの。それは……。

えっと、この眼差し…何度か向けられたことあるなぁ……。
確か、これって………。

「今回からは、行いません」

真北は力強く応えた。

「それならいい。ほな、行こかぁ」

真子が急にやる気を出した。

「ま、真子?!」

慌てる理子は、真北に促されて、そして、三人は自宅を出て、目的の場所へと向かっていく。

「取り敢えず、通学路、歩いていこか」

いつもの公園を過ぎ、そのまま駅の方へと向かって歩き出す。幼稚園へ行く道と、ほとんど同じだが、十字路に差し掛かった時だった。幼稚園は左へ曲がるが、今回は、右へと曲がっていく。

「理子は、ここ歩いたことある?」
「あらへんわ」
「私は、ここに来た頃、散歩がてら歩いてたから、
 特に問題は無いんやけど、この先かなぁ」
「この先もくまはちのジョギングコースですね」

真北が言う。

「くまはちさん、どこまで走ってるん? 小学校?」
「中学校ですね。小学校は、道が異なりますよ」
「そっか…って、真子、それなら、この道も通ったんちゃうん?」
「……真北さん」
「はい」
「……別の道やったよな、通学路……」

真子の声が少し低くなる。

「そうですね」

それを気にせず、真北が応えた。

「なんでや? こっちの方が近いような気がするんやけど…」
「真子ちゃんが中学生の頃は、まだ、この先は、
 開発中でしたよ。この辺りは、真子ちゃんが
 高校生になってから、住宅が建ち始めて、
 街へと発展していきましたよ」

住宅だけでなく、大きめのスーパーもある。駅前ほど賑やかではないが、商店街になっていた。

「……そっか…。…それなら、なんで、くまはち…」

そこまで言って、真子は考え込む。

「…あかん…真子、歩きながら考え込んでる…」
「まぁ、くまはちに対して、何を考え込み始めたのかは
 想像できますけどね…」

そう言って、真北は微笑んだ。

「真北のおっちゃん関連の人は、どうなん? 真子の実家に行った時、
 真子の通学路におったんやろ? こっちもなん?」
「こちらには、居ませんね」
「大丈夫やったん?」
「えぇ。だから、今があるんですよ」

色々な事を含めてですが…。

敢えて、それは言わずに、真北は理子の質問に応えていた。

「それで、今回からは…って言うたんや」

先程の真北の言葉に疑問を抱いていたのか、理子は、納得したように言った。

「…対応に遅れた…が正解ですね…。まさか、小学校が
 場所を変えるとは、予想できませんでしたから」
「住宅が増えたのもあるんやろなぁ」
「そうですね。…それで、真子ちゃん、どうですか?」

真子を引き戻すかのように、真北が声を掛けた。

「ん? …大丈夫やね」

静かに真子が言った。

「あっ、真子さん、理子さ~ん。…と真北さんや。
 おはようございます!」
「おはようございます」

真子達と同じように、ちょっぴりめかし込んだ女性が声を掛けてきた。美玖と光一が通う幼稚園で顔を合わせる仲でもある母親が待っていた。
この日、美玖と光一達が通う予定の小学校入学説明会が行われる日だった。大切な我が子が通う予定の小学校。親御さんは必ず出席しなければならないらしい。
子供達だけでなく、親たちも、子供と一緒に、『親』として、成長していく過程。子供達が安全に、そして、成長するためには必要なことでもあった。


『小学校入学説明会』

校門に看板が掲げられていた。その門をくぐっていく、ちょっぴりめかし込んでる親たちに紛れ、真子たちも校門をくぐっていった。
真北がちらりと目線を送る。その先には、真北の姿に気付いて、軽く頭を下げる、年配の男性が立っていた。真子は、その男性の姿に気付いたものの、理子や途中で逢った母親たちと話を弾ませていた。

そして、入学説明会が始まった。




その頃、くまはちは、AYビルの真子の事務室に居た。
爆破で崩れてしまった壁や窓は、以前と変わりない状態になっている。真子が座るデスクやソファ、応接室も、以前と変わりない。しかし、目に見えない場所は、かなり強化されていた。
窓からの侵入も、窓を撃ち破っての侵入もできないようになっている。万が一の事も考え、抜け道も備え付けられたらしい。
くまはちが、書類をまとめ、ファイルを棚にしまい込んだときだった。

「どうや、くまはち」

須藤がノックもせずに、真子の事務室へ入ってきた。

「まだ、足りない書類がありますね…」
「……これでもか?」

書類やファイル、資料なども、以前と変わりない状態になっている。それらを見渡した須藤が、いつもの如く、呆れたように言い放った。

「えぇ。…で、何か御座いましたか?」
「組長は、いつからや?」
「卒園前の発表会後ですね」
「ったく、珍しくお前が張り切るからやで。嫌いやったんちゃうんか?」

集団で何かをすることを昔っから嫌っていたくまはち。その事は、数年ばかり、くまはちに指導していたころに聞いた須藤も知っていることであった。

「それは、同じ年代の者であって、美玖ちゃんと光ちゃんは
 別ですよ」
「組長だけでなく、くまはちも人気者やもんなぁ」

その言葉に、くまはちは、ギッと睨みを返す。

「いつものことやないけ」
「ほっといてください」
「ほっとく。……で、例の件、進展あったんか?」
「いいえ、まだですね」
「……くまはち……お前なぁ」
「はい?」
「……また、本家だけで済ませようとしてるんちゃうやろな」

須藤の言葉に、くまはちは何も応えなかった。

「俺らをもっと頼れよ…」
「何度もお聞きしておりますが、こればかりは、
 組長に相談ですね」
「それやと、答えは決まっとるやろが。…まぁええわ。
 こっちは、こっちでやっとくで。……だから、くまはち…」
「はい」
「…文句言うなよ」

凄みを利かせて須藤は言った。

「足は引っ張らないでくださいね」

負けじとくまはちも言った。

「くまはち…」
「はい」
「……これだけ揃えろって……あのな…」
「明日までにお願いします」
「………必要なものだけでええか?」
「削ってそれなのですが…」

須藤と話をしながら、くまはちは、足りない書類について箇条書きにしていた。
その数は、一枚の紙に、細かく……。
呆れる須藤に、くまはちは笑顔を見せ、

「頼りにしてます」

そう言った。




真子は眉間にしわを寄せながら、歩いていた。理子は、説明会会場で会った同じ幼稚園の他の母親たちと会話を弾ませている。そんな様子を観ながら、真北は真子の隣を歩いている。

「真子ちゃん、何か悩むことでも?」
「…私の時、真北さんと飛鳥さんで行ったの?」
「編入手続きですか?」
「うん。一応、試験はあったけど、その日に合格もらったやん」
「そうでしたね。まぁ、あの小学校は、洋子ちゃんが通ってたし、
 飛鳥の素性も分かっていて、通えてたから、慶造も私も
 安心してたんやけど」
「楽しかったよ。ありがと」
「どういたしまして~」

それでも、真子は悩んでいる様子。

「それで、真子ちゃん。何に引っかかってる?」
「入学試験は必要無いのは解ったけど、面接は、親子でしょ」
「そうですね」
「……真北さんも参加するん?」
「真子ちゃん……」
「はい」
「悩み事は……」
「それなんだけど…違うの?」
「芯と真子ちゃんと、美玖ちゃんの三人やけど、不安なら
 私も参加しましょうか?」

にっこり微笑む真北を見つめる真子。真北の笑顔は安心できるが、真子、ぺんこう、美玖の三人の親子の時間に真北が割り込むと、どうしても、怒りを見せる者が居る。

「親子で受ける。でも、学校まで付いてくるんでしょ?」
「必要ですか?」

真北の言う『必要』とは、親子の時間なのに、『ガードが必要なのか』ということ。

「危険が無いのは判ったから、必要ないかな…」
「そういうことです」
「はーい」
「ほんまにぃ??」

母親の一人が声を張り上げて驚いていた。

「ん?」

真子と真北は振り返る。

「ちょ、真子さん。ほんまに箱入り娘やってんな」
「えっ?? 何??? なんの話??」
「真北さんと、芯パパと、くまはちさんが教えてたん?」
「ん? …あ、あー、それですか? そうですね。立場上、外出は
 禁止だったんですよ」
「まぁ、あの頃は、今と違って、本当に危険でしたからね…」

真北が応える。

「そうなんや。今は……というか、こないだの事件は驚いたけど、
 それでも安心やもんな。ほんま、そっちの世界の話は、
 映画とかドラマで観たことあるようなやつやと思ったけど、
 全然ちゃうもんな」

…という話だが、現実は、映画やドラマ以上に、凄いとは言えない真子と真北は、ニッカと笑うだけで、何も言わなかった。

「でも真子さんが通い始めた頃、大変やったんちゃうん」
「学校?」
「うん。やっぱり、うちらみたいに、気にする親、多かったんちゃう?」
「多かったですね。でも、いつの間にか、変わってたかな。
 同じ親やし、立場も社長みたいなもんやけど、居る場所が
 そういう世界なだけやん…って、美奈ちゃんのママさんと
 同じ言葉を頂いたっけなぁ」

真子が懐かしむように語っていた。

真子ちゃん……。

どうしても、昔と比べてしまうことがある。しかし、今、こうして、あの頃を懐かしむように語ったり、その言葉を耳にしても、暗い表情を見せることは無くなっていた。そんな真子を観て、真北は少し、目を潤ませていた。
あの日、慶造が語った目指す世界。
それに近づきつつある。

俺も、そろそろ引退かな…。

ふと、過ぎる思い。真北は、誤魔化すかのように、真子より先を歩き始めた。

「で、一番厳しかったのは、やっぱし、真北さんなん?」

興味津々に、美奈のママが尋ねてくる。

「うん」
「そうやと思ったわ。幼い頃に身についた物は、自然と出るもんなぁ。
 うち、ほんまに感謝やで。真子さんと知り合わなかったら、絶対、
 あかん親になってるわ」
「知らぬは親…ですよ。美奈ちゃん、優しくて、行儀良くて、
 積極性もありますよ」

真子が迎えに行った時には必ず、真子に話しかける園児の美奈。

「美奈ちゃんのママも、厳しく育てられたんちゃうかなぁ~って
 思ってたんですが…」
「……正解や。うちの家庭、すんごい厳しかったで。だからかな。
 反抗期から社会人になるまで、親に反発しまくってて、
 こうなってもうたんや~。その頃からやな。相手のこと全て知りたくてな、
 失礼かな~と思うことも、聞きたくなるし、言うてまうわ」
「……自覚あるんや…」

理子が言った。

「まぁな」

あまりにも自慢げに言うものだから、真子は驚くよりも、なぜか、笑ってしまった。

「ふふふふ。確かに驚くこともありましたけど、本当のことやし、
 それに、言いにくいことに関しては、ちゃんと解ってくださるのか、
 それ以上は話さないようなので、私としては、安心してますよ」

真子の口から出るとは思えない内容に、真北は歩みを停めてしまう。

「自分のこともあるから、美奈には、厳しくしたくないと思って
 甘やかしてたんやけどなぁ」
「見てないようで、しっかりとママの行動は見ていたんでしょうね」
「そうみたいやわ」

嬉しそうに娘の話をする美奈のママを見て、真北は何かを確信した。
真子達は賑やかに語りながら、それぞれの自宅方向へと分かれる街角までやって来る。

「ほな、またね~。お疲れさま~、またあとで!」
「お疲れ様でした。それでは、のちほど」

この後、幼稚園の迎えの時間に、また逢うけれど、丁寧に挨拶をして、真子と理子と真北は、自宅方向へと歩き出す。反対方向へ歩き出した美奈のママたちは、まだまだ賑やかに語り合っているらしく、話し声が、聞こえていた。

「元気やな…」

真北が呟くように言った。

「真子ちゃんが一番苦手とするタイプなのになぁ」
「ブティックのママの方が、凄いんやけど……」

真子の言葉に、

「そうでしたね…」

と、真北は納得する。

「面接の日、どうするん? やっぱり、真北のおっちゃんも
 付いてくるん?」
「芯に怒られたくないですね」
「そうやった…。先生の性格、忘れてたわ。でも、どうするん?」

理子の心配は解っている。
今、向こうの世界で起こっている出来事に、理子は心配していた。

「通学路も学校も安全やったから、必要無いと判断してますよ」

真北は、そう言ったものの、裏で手を回すつもりで居る。

「それやったら、安心やわ。真子が一番心配するもんな」
「解ってるんやったら、やめてや~」
「せぇへんで~」

真子の危機に、体を張って守ろうとするな。そうすると、真子が心配してしまう。
大学生の頃の事件で、真子が初めて理子に怒ったのもあり、理子は二度としない…と誓っていた。

「今日は遅くなるんかなぁ」
「どうやろ…。真北さん居るし、くまはちは早いんちゃうかなぁ」
「徹夜かもしれませんよ」
「涼はいつも通りやろけど、先生は忙しいんやろ?」
「この時期は、残業続くもんなぁ。入試に学年末に卒業に。
 さらには、来年度に向けての準備もあるし」
「毎年、そうやもんなぁ」
「それでも、大切な日には、休暇取りますけどね」

ちょっぴり嫌みっぽく、真北が言う。

「しゃぁないやんかぁ。父親やし、夫やねんから」

真北の気持ちが解るのか、理子が応えた。

「ほんと、先生と一緒で、独占欲強いなぁ、真北のおっちゃんも」
「兄弟ですからね~」
「兄弟って、そういうもんなん?」
「…いや、私は一人っ子やで…」
「くまはちさんは?」
「猪熊のおじさんは厳しい人やし、競い合ってたみたいやから、
 真北さんだけかも」
「真子ちゃぁ~ん…」
「そうなんやろ?」
「知らんがな。…でも、芯が、あそこまで、独占欲強いとは
 ほんと、驚きましたよ」
「独占欲というより、仕返しなんちゃうん?」

真子と真北のやり取りに、理子は思わず口を挟む。

「真子、仕返しって、あの時に終わったやん」

あの時とは、真子とぺんこうの逃避行。むかいんや理子だけでなく、AYビルで働く者たちから、その知り合いやお得意先までと、真子とぺんこうを知る者達が協力し合って、二人の逃避行を手助けした、あの時のこと。
ぺんこうの真北への仕返しは、真北が大切に育てている真子を奪い去ること。
もちろん、奪い去り、そして、今があるのだが…。

「それでも、私がしつこいから、こうなってるんでしょうね」
「ほんと、おっちゃん、いつまでなん?」
「ずっとかなぁ」
「…真子、苦労するやん…」
「……そやな…」
「……真子ちゃん……」

凄く寂しそうな表情になる真北だが、まぁ、それは、いつものことで。

「ほな、迎えの時間まで、のんびりするで~!」

なぜか張り切る理子だった。




「………」
「………それでも……」
「真子も気付くやんな…」
「うん…」

どうやら、予想は外れ、真北は帰宅と同時に連絡が入り、出掛けていった。真北が出掛けた…ということは、くまはちは帰宅できず、出先で落ち合うことになる。案の定、真北は真子には『本職で事件』と誤魔化して出掛けていった。真北を見送った真子と理子は、その足で、幼稚園へと迎えに行くその道すがら、そんな話をしていた。

「で、真子」
「ん?」
「どこまで進んだ?」
「通し稽古はしたみたいやで」
「まさか、真子…」
「うん。ぶっつけ本番や」
「大丈夫なん?」
「光ちゃんが解りやすく教えてくれたから、ばっちりやで」
「ほな、当日は……」

理子は、カメラを持つそうな仕草をする。

「…健と争いそうやな…」
「負けへんで」

こりゃ、メモリ多いの買っておかなあかんな…。

言いたい言葉をグッと堪える真子だった。




そして、その日がやって来た。
『年長組発表会』
親御さんたちやその親族、はたまた、ご近所さんまでと、かなりの人々で賑わう幼稚園。もちろん、真子に関わる、あの男の姿も……。

「だから、なんで、大切な日には必ずこいつが居るんやっ」
「しゃぁないやろ。俺、関係者やんけ」
「今日は幹部会やろが」
「俺は欠席やし、もちろん、組長もくまはちも、居らんやろ。
 話進まんやないか」
「他の内容もあるやろが」
「昨日までに全て終えて、きちんとまとめて提出しとるわ」
「……そういう行動は、毎回してもらいたいもんやな」
「お前が関わるな」
「真子の嘆きを聞く立場や。関わっとるわ」
「って、組長、嘆いてるんか?」
「あぁ。やればできるのに、後回しにしてるってな」
「はぁ~~~……」
「……溜息つきたいんは、俺やわ」

愛娘の晴れ姿と愛する妻の滅多にない姿を楽しみにしていた、ぺんこうは、真北とむかいん、そして、理子と理子の母と一緒に幼稚園まで歩いてきたが、その反対側にある駐車場から歩いてきた水木と桜の二人と、幼稚園の門の前でばったり会ってしまったのが、始まりだった。
いつものように、いつもの如く、当たり前のように姿を現した水木に、ぺんこうの怒りが頂点に。先程まで見せていた笑顔はどこへやら。もちろん、水木もいつものように言われることは解っていた為、言葉を返す。それが、いつものように言い合いになってしまった。

「毎年来てるらしいから、これ以上は言わんけどな、
 卒園式も来るんやろうけど、小学校は来ぇへんやろな」
「当たり前や。行くわけないやろ。そっちは関わってへんわ」
「そうかいな。ほな、あと一回我慢すればええことやな。
 ホッとしたで」

ぺんこうが、嫌みったらしく水木に言い放つ。

「こっちも、あと一回で言われなくなると思ったら、安心するわ」

負けじと応える水木だった。

「終わったか~」

見届けた後に、真北が尋ねる。
その二人は睨み合っていた。

「ほんま、仲良えなぁ」

理子が呟くと、ぺんこうと水木は、振り返り、

「仲良くないっ!」

声を揃えて言った。


この発表会は、年長組の園児達が、成長の証として、各組に分かれて、舞台の上で、お遊戯や歌、演技などを親御さんへと発表するものである。
客席はすでにたくさんの親御さんたちが座っている。水木は来賓席に向かっていった。ぺんこうたちは、先に来ていたえいぞうと健が取っていた席へ腰を下ろす。

「真子さんは、最後の演目ですよ」

えいぞうが隣に腰を掛けた真北に、そっと伝える。

「どれだけや?」
「物語の中盤から、最後までのようですね」
「……そっちじゃなくて、健や」
「ん? あ、あぁ~。今回は、カメラマンの依頼ですから、
 相当な量ですよ。健のアングルが、親御さんにも
 評判ですからね。張り切ってましたよ」
「お前が停められない程…ってことやな」
「せいか~い」

鈍い音がした。

「……ここでは、やめてくださいね…それと、ここ…」
「す、すまん。大丈夫か?」
「なんとかね…」

この日のために、影で動き回ったえいぞう。説明会のあった日に、真北が出掛けることになった要因の一つは、えいぞうの動きだったらしい。その時は、無事だったものの、その後に……。




AYビル・会議室。
この日は、三名欠席ではあるものの、幹部会は開かれていた。

「で、あの水木がまとめたのが、これか?」

須藤が静かに言った。

「そうですね。…珍しく、まとまってますよ」

谷川が驚いたように口を開くと、

「……次の予定まで書かれてますね」

本当に驚いているのか、川原が応える。

「でも、これって…」

藤が呆れたように言うと、

「くまはちやな…」

須藤が応えた。

「ったく……くまはちが加わると、細かくなるやないか…。
 いつものように、水木の意見だけでええのになぁ~」

その言葉に、幹部会に出席している者達が大きく息を吐いた。

「そろそろ始まる時間ですね」

川原が時計を見つめながら、何かを思い出すかのように言う。

「確か、最後の演目と聞いてましたけど、組長の出番は?」

藤が谷川に尋ねると、知ってるかのように、

「中盤から最後まで、ずっとらしいですよ」

スッと応えた。どうやら、谷川が懇意にしている者の子供が、美玖と光一と同じクラスにいるらしい。それとなく、情報を手に入れていた。

「人前に出るのは苦手なはずなのに、くまはちは何を考えて
 あのような行動に出たんやろか…須藤、聞いてへんのか?」

谷川に言われ、須藤はニヤリと笑みを浮かべる。

「みんなのため…らしいで」
「みんな???」
「あぁ。組長の立場上、どうしても、付いてくる物があるやろ」

静かに須藤が語り出した。

「阿山組五代目という肩書き…」
「その通りや。組長が学校に通い出した頃にもあったやろ。
 四代目の娘っていう肩書き。その肩書きがあっても、
 クラスのみんなが優しく話しかけてきたり、時には
 心配してくれたりと、たくさん世話になったと」
「そうですね」
「美玖ちゃん年代はまだ、その肩書きのことは理解してないが、
 その親御さんは知っていた。もちろん、気にする言葉も目線も
 あったけど、その肩書きは肩書きだということで、普通に
 接してくれた。組長に何かあると、心配もしてくれた。
 ……その気持ちに応えるため……。そう言ってたよ」

須藤は、自分のことのように、優しい表情で、語っていた。
その表情が、今の真子の気持ちを語っているうように思えた谷川達だった。

「ほな、課題進めるで」

幹部会が始まった頃、幼稚園では、発表会が滞りなく進んでいた。
園児達の可憐な姿に、親御さんたちは、微笑ましい表情を浮かべて見つめていた。この日、我が子の姿を撮影する姿は客席には無かった。それもそのはず。撮影する時には必ず、カメラに気を取られてしまい、我が子の姿をその目にしっかりと焼き付けることが出来なくなる。それを考えて、幼稚園側の要望で、撮影は健に任せていた。健は、カメラのレンズ越しに姿を見ることもあるが、そのほとんどは、レンズを見ずに、その眼で対象物を捕らえ、シャッターを押す。
影での行動に慣れている為であり、相手の行動をしっかりと目で捕らえ、直ぐに行動に移せるようにする癖でもあった。
カメラには、園児一人一人の素敵な姿が納められていく。それは、その昔に健が身につけた、相手の表情を瞬時に判断する力が働いていた。時々、客席にもレンズを向ける。園児を見つめる親御さんの表情を捕らえるためだった。
健がいつも以上に、動いていた。それに負けじと動いているのは、理子だった。二人のカメラ好きは、園内でも有名で……。



発表会は、終盤となる。
美玖と光一たちの組の出番がやって来た。

「いよいよですね」

えいぞうが静かに言うと、真北は、頷くだけだった。
理子がむかいんの隣に戻ってきた。

「ん? どうしたん、理子。メモリ使い切った?」
「健ちゃんに戻れ言われた」
「しっかり見届けろ~っということやな」
「うん。涼は初めてなん?」
「初めて?」
「真子が舞台に立つ姿を見るの」
「高校の卒業式以来…かな」
「あっ。そういや、舞台に上がったっけ」
「うん。でも、演技するのは、初めて見る」
「……なんか、緊張してへん? 涼が」
「せぇへん方が、不思議やろ…。だって組長は…」

真子を幼い頃から知ってる誰もが驚く事。
人前での行動。
何かの挨拶で人前に立つことはあった。でもそれは、組関係の事。だが今回、このように、組以外のことで人前に立つのは、初めてである真子。驚くこともあり、心配でもあり…。
理子は、真北とえいぞう、そして、ぺんこうに、目をやった。
何となく、緊張してるようで…。

舞台に立つん、真子やのに…。

そう思っていると、演目が始まった。



「始まったかな…」

ボソッと呟いたのは、幹部会中の須藤だった。

「始まりましたね」

川原も言う。
会議室の者達は、幹部会よりも、意識は、真子の居る幼稚園の方向。

「…須藤、それは、何や?」

須藤の耳に、イヤホンが入っているのに気付いた谷川。

「あぁ、これか? 水木に持たせてるマイクに繋がってるで」
「……スピーカーにせぇや…」
「………聞きたいんか?」
「当たり前やろ」
「ったく」

そう言って、須藤はイヤホンを外し、スピーカーに切り替えた。
そこから聞こえてきたのは、くまはちの声。演目は進んでいるらしい。

「いつにない、くまはちの声やな…」

少し笑いながら、谷川が言った。

「こんな感じで、組長の幼い頃、語ってたんやろなぁ」

藤は何かを思いながら、呟く。

「……って、一番、力入ってるん、くまはちちゃうか?」
「園児達も、上手いな。…これ、くまはちの指導入ってへんか?」
「入ってそうやな」

川原、谷川、藤が、それぞれ話し込む。そんな中、須藤は静かに耳を傾けていた。

「そういや、演奏会の時も、素晴らしかったよな」

何でも知ってるのか、谷川が言った。

「くまはちの指導入ったら、そら~すごいわな」

藤は、くまはちが若い衆へ指導していた姿を思い出した。

「育つもんな~」

もちろん、川原も思い出している。

「あの頃は、須藤の下で教わってたはずやのになぁ」

藤と川原は、ちらりと須藤を見た。

「俺、そんなに指導してへんで」
「須藤っとこの若い衆とひっくるめての指導やったもんなぁ」
「しっ。組長の声や」

真子の声がスピーカーから聞こえてきた。

「…組長、台詞あったんや」
「ちょろっと出るだけやったんちゃうんか?」
「そう言ってたよな…くまはちが」
「あぁ」

須藤達は、声を発しなくなる。真子の台詞が続いていたのだった。

園児達の声と共に、演技は終了したのか、大喝采と拍手がスピーカーから響き渡ってきた。それに釣られるかのように、須藤達も自然と拍手を送っていた。



舞台の上では、真子とくまはちの前に園児達が並び、深々と頭を下げていた。
会場の誰もが立ち上がり、拍手を送っている。そんな中、真北だけは座ったまま、俯いて、

見てましたか、ちさとさん…。

心で語っていた。

真子ちゃんは、やっと普通の暮らしを歩み始めましたよ。
もうすぐです。もうすぐ、あなたの望みが…。

その頬を、一筋の涙が流れ落ちた。




そして、美玖と光一は、卒園した。



(2017.8.5 第一章 驚き 第六話 UP)



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