任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

第一章 驚き
第七話 驚愕

桜が舞う日。
阿山組本部・真子のくつろぎの庭は、桜吹雪で辺りを桜色に染めていた。
それを優しい眼差しで眺める者が居た。

今年も見事だなぁ。

フッと笑みを浮かべたのは、山中だった。

「北野」
「はい」

山中に呼ばれ、北野が姿を見せる。

「今年も見事だったと、えいぞうに言っとけ」
「はっ」

直ぐに連絡を入れる北野だった。




「いってきます!」
「いってきます!!」
「いってらっしゃい!」

真新しい制服を着た美玖と光一が、見送りに玄関まで出てきた真子と理子へ元気に挨拶をして、学校へ向かっていった。集団登校の為、集合場所の近くの公園まで駆けていく。
すでに集まっていたのか、すぐに公園から小学生の集団と付き添いの親御さんが出てきた。まだ見送りで立っている真子と理子に気付いたのか、二人は手を振ってきた。真子と理子も振り返し、付き添いの親御さんへと深々と頭を下げた。

「真子が付き添いの時は、くまはちさんも一緒やんな」
「真北さんかな…。くまはちやと、ある意味、危険が…」
「…なるほど」

くまはちが付き添いの日は、予定じゃ無い人々が出てきて、生徒の数よりも、大変になりそうで…。

「真北のおっちゃん、最近、仕事減らしたん? この時間に
 家に居るん、増えたなぁと思ったんやけど」
「…あっ、いや、まぁ……」

いつも以上に動いて、えいぞうさんとキルでも停められない程暴れて、
謹慎というか、自粛しろ言われたなんて…言えないか…。

「みなさんもご存じなのか、付き添いの時は、うちと一緒やけど、
 やっぱしさ、男の人が居ると、心強いやん」
「そうやね」
「ご年配の方は居られるけど、もしもの時は、心配やん」
「もしもの時こそ、頼りになると思うけどなぁ。そうじゃなかったら
 やってないと思うよ」
「なるほど! 頼りにしよう」

二人はキッチンにやってくる。

「終わったで〜」

真北だった。
謹慎中の為、暇である。

「ありがと〜。で、ほんまに、休みなん? 真北のおっちゃん」
「そうやなぁ。今日から一週間かなぁ」
「そう言いながら、動くんやろ?」
「いいや、動かへん」

動ける状態じゃないだなぁ、これが…。
なんだか、痛い視線が…。

ちらりと目線を移した先。そこには、ちょっぴり怒りが含まれる眼差しを送る真子が立っていた。

「うちは、出掛ける準備するで〜。理子、一緒に行くやろ?」
「うん。うちも準備してくる。真北のおっちゃんは、のんびり
 しといてや。治るもんも治らんで」
「……って、ご存じでしたか…」
「長年の付き合いやん。真子を見てたら解るって」
「そうでしたか…」

そう言って、肩の力を落とす、真北だった。



「行ってきまぁす」

見送りに出てきた真北へ元気に挨拶をする、車の後部座席から、真子と理子。

「行ってらっしゃい。くまはち、早く帰ってこいよ」
「…絶対に、外出しないでくださいね。見張り居ますから」

くまはちが目線を送った先は、庭の隅。そこに姿を隠すようにクールが立っていた。くまはちの目線に気付き、振り返った真北に一礼する。

「ったく…。今の俺じゃ、何もできへんやないか…」
「暇でしたら、えいぞうを呼べばどうですか?
 珍しく大人しくすると言ってましたよ」
「しゃぁないやろ。二人して……」

痛い視線が……。

真子が睨んでいた。

「くまはち、行くよ」
「はっ。では、行ってきます」

くまはちは、アクセルを踏んだ。
真北は、車が見えなくなるまで手を振り続け、そして、庭へと足を運ぶ。

「ったく…。クール」
「はい」

呼べば直ぐに返事をして、側に歩み寄ってくる。

「(その後の情報は?)」

まだ、日本語には慣れていないクールに、クールの国の言葉で話す真北だった。

「(変化はありません。ただ、不穏な動きを察知してます)」
「(不穏な動き?)」
「(はい。竜次に仕える者の動きがあるようです)」
「(見たことある者か?)」
「(私は、竜次側の人物は存じません。しかし、私が
  知らない人物を見かけるということは…)」
「(そういうことか…)」
「(はい)」

真北は口を尖らせ、何かを考え始めた。

「(狙いは、黒崎か?)」
「(そのようです。真子様へ近づく素振りは見せません)」
「そりゃ〜、あれだけ、暴れてやったんだ。近づくことすら
 できないって」
「真北さん。もう、それは禁止ですよ」

日本語に切り替えるクールだった。

「解ってる。解ってるけど、身についたものは、いくつになっても
 変えられないんだよな〜」

いつになく、くだけた言い方をする真北に、クールは微笑んでいた。

「(私もですよ)」

なぜか意気投合した二人だった。




AYビルに到着した真子と理子、そして、くまはちは、地下駐車場から一階にある受付へと続く階段を上がっていく。受付で挨拶をした後、理子は手前のエレベータホールに立ち、

「帰りは涼と一緒やから、ありがと〜」
「ほなね〜」

挨拶を交わし、真子とくまはちは奥にある最上階専用エレベータホールへと向かっていった。それぞれのエレベータが到着し、お互い手を振り合ってから、エレベータへ乗る。
上昇する中、真子は一点を見つめて、何かを考え込んでいた。

「くまはちは、感じた?」
「はい。不穏な動きはありましたが、危害は無いでしょう」
「そうだよね」
「恐らく、狙いは黒崎…」
「あの後、連絡ないよね」
「組長に迷惑を掛けないように、身を潜めてると思われます」
「そっか…」

エレベータは、三十八階に到着した。

「おはようございます」

エレベータの前には、この階の警備を兼ねて須藤組の組員が二名立っている。真子の姿を見ると、すぐに笑顔で挨拶をした。

「おはよう! 今日も宜しくお願いします」

真子は、深々と頭を下げて、そう言った。
本来、真子のように、組長クラスの立場なら、頭を下げるようなことはしないのだが、真子は違う。
敬われるのを好まない。
だからこそ、阿山組五代目を継いだ時は、組員達より年齢は下だったが、今は年齢が下のはずの組員に対しても、丁寧に挨拶を返してしまう。年齢に関係なく、礼儀正しい。
これは、幼い頃の躾が影響しているのだが、真子は気付いていない。

「おやっさんは、三十分後に到着予定です」
「ありがとう!」

真子の言葉に、組員は、丁寧に頭を下げた。
真子は、くまはちと深刻な面持ちで話ながら、奥にある事務室へと向かっていった。

「やはり、あのことやろな」

須藤組組員も知っている。今、真子の身に降り注ごうとしている事柄を。

「進展は無いんやろ?」
「健ちゃん情報は、そうやけど、水木親分はちゃうみたいやで」
「ほな、遅くなるんちゃう?」
「徹夜で下に居ったみたいやで」
「……珍しい…」
「それほど深刻な状態やで。身、引き締めなあかんやろな」

組員が話した通り、水木は一つ下の三十七階にある水木組事務所で、竜次に関する情報収集を徹夜で行っていた。

「これといって、進展ないな…」

そう呟いて、大きく息を吐き、背伸びをした。ふと目をやったモニター画面に何かが点滅した。

『到着』

その文字を目にした途端、水木は書類をまとめ、幹部会の準備に取りかかった。



真子の事務室。
机の上には、たくさんの書類が綺麗に並べられていた。真子は、それらの書類を、左側から順に目を通すことが日課になっている。真子が解りやすいようにと、常に、くまはちが報告の内容をまとめ、そして、整頓し、重要書類の順に左側から並べていた。
目を通した真子はサインをし、くまはちに指示を出しながら、書類を手渡していく。
それらは流れるような作業だった。

幹部会開始まで、時間が余る。
くまはちは、飲み物を用意し、真子に差し出した後、

「四十分後、幹部会です」

真子に伝えて隣の事務室へと入っていった。

「さてと」

真子は、パソコンのスイッチを入れ、健のページへアクセスする。幹部会の時間まで、健と楽しくやりとりをして、時には笑いが起こっていた。
そんな真子の様子を伺いながら、くまはちは、書類を振り分け、真子からの指示を書き込んでいく。片手には電話で、誰かと連絡を取っていた。
その相手とは……。



「……うるさいっ。これ以上は無理や言うてるやろっ」
『それでも急げや。待たれへん』
「だから、それが最新情報や言うてるやろっ!」

そう言いながら、車のドアを開け、車から降り、勢いよくドアを閉めてキーロックするのは、えいぞうだった。

『それで…。…呼ばれたんか?』

くまはちが何か知ってるかのような口調で、えいぞうに尋ねた。

「動けへんのやったら暇やろ、言うてやな……」

人の気配を感じ、ふと顔を上げたえいぞうは、目の前に居る男=真北に警戒する。

「何も警戒せんでもええやろ。ほんまに、暇やねんから」
「ほな切るで、はっちゃん。何か遭ったら連絡する」

相手の返事を聞かないまま、えいぞうは携帯電話の電源を切った。

「ほんまに、進展無いんやけど…」
「不穏な動きは感じてるんやろ?」
「その通りですけど〜」

くだけた口調で返事をするえいぞうに、真北は項垂れた。



くまはちは、切れた電話を見つめながら、項垂れる。

しゃぁないか…。

そのまま、健へと連絡を入れるが、相手は出る気配を見せなかった。
それもそのはず。健は、えいぞうの代わりに喫茶店で働いていた。客の相手をしながらも、真子とやり取りをしている。

「ありがとうございました〜。…それは、違いますね。
 ……はい。その通りなので、動かないでくださいよ。
 いらっしゃいませ、おはようございます。空いてる席へどうぞ」

という感じに、真子とのやり取りと接客を同時にこなしている。だからこそ、くまはちからの連絡には出なかった。



くまはちは、電話を切り、大きく息を吐く。

水木の情報を待つしかないか…。

時計を見ると、幹部会の時間まで、あと五分となっていた。すでに、会議室には幹部が揃っている様子。くまはちは、事務室の電気を消し、隣の真子の事務室へと入っていった。

「組長、そろそろ時間です」
「は〜い。ほな、またね〜」

そう言って、真子は健との連絡を終わる。

「健ですか?」
「何も教えてくれんかった。進展ないって」
「えいぞうの代わりに接客してたら、無理でしょう」
「うん。大変そうやった。ほんま、苦手みたいやなぁ、健は。
 お客様を笑わせるのは得意そうやのに」
「接客とは、別なんでしょうね」
「どっちも得意そうなのになぁ、健って」
「それは、どうでしょうか……」

そんな会話をしながら、真子とくまはちは、会議室へと入っていった。




真子の自宅の庭。
真北とえいぞうは、庭に置いている椅子に座り、庭木を見つめながら、のんびりと過ごしていた。そんな二人を見つめるクール。
真北が立ち上がり、背伸びをした。

「いててて…」
「忘れるからですよ」
「ほっとけ。お前もやろが」
「だから、動かないんですよ」
「動けない…が正解やろが」
「ほっといてください」
「あぁ、ほっとく。…クール!」
「はい」

真北に呼ばれて、直ぐに近づくクールだが、

「!!! 真北さんっ!!! 大丈夫ですか?」

真北は、クールが近づくと同時に、拳を差し出し、クールに攻撃を仕掛けたが、クールは真北の拳を反射的に跳ね返してしまい、その動きで、真北は傷が痛みだし、その場に座り込んでしまった。
しかし……。
真北の拳が、再び差し出された。

バシッ!!

その拳を手の平で受け止めたクール。

「ちっ…お見通しか…」

真北が呟くように言った。

「無理なさらないでください。目に留まりますよ」

真北の攻撃は、クールの目に留まるほど、動きは速くなかったらしい。

「昨日の今日じゃ、回復せぇへんか…」

悔しそうに言いながら、真北は椅子に腰掛けた。

「いててて……」

再び痛みを口にする真北に、隣に座るえいぞうは、呆れたように息を吐いた。

鈍い音がする。

「……って、まきたさぁん……俺、そこ……」

真北の拳は、えいぞうの腹部に突き刺さっていた。その場所こそ、傷付いている場所であり、えいぞうは、腹部を抑えながら、椅子からずり落ちた。

「八つ当たりや」

そう言って、真北は座り直す。

「クール…お前なぁ。こういうときこそ、手加減せぇや」
「手加減すると、無茶して動くことを想定しました」
「……そうやけどなぁ…」
「真子様からのお言葉ですので」

もしものことを想定したのか、真子は、クールに伝えていた。

手加減は、絶対にしないこと。
今の体調を、しっかりと把握させること。

怪我した体では、もしものときに、本領発揮できない。それは、真北もえいぞうも身に染みて解っていることだが、どうしても、動きたくなる。
そのことは、真子も把握しているものだから、この日の行動を予測して、そして、真北の動きを想定し、クールに伝えたらしい。

「しゃぁないかぁ……。……大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。…効いてませんから」
「……暫く、あかんか…」
「……そうですね」

そして、二人は、のんびりと、時を過ごし始めた。
クールは、そんな二人を見つめながら、辺りを警戒していた。
ふと感じた目線の方向を見つめるクール。そこは、三軒隣の向かいにある沢森邸の二階の窓。その窓から、誰かが真子の自宅を見つめている感じがしたらしい。
目線を移したが、そこには、誰の姿もなかった。


いいや、そこには、人が立っていた。
沢森邸の二階には、都村が居た。二階の窓からは、真子自宅の庭が少しばかり見えている。真子の自宅の庭の道路に近い方には、クールが過ごす小さな小屋がある。その小屋も、ばっちり見える位置だった。

都村は、真子の自宅にえいぞうの車が停まった時から、ずっと見つめていた。真子の自宅には、しょっちゅう自宅を出る真北と滅多に来ないえいぞうが二人揃って出掛ける素振りもなく、自宅に居る事を不思議に思っていた。
都村の口元が、ふとつり上がる。
そして、都村は、自宅の電話の前に立ち、どこかへ連絡を入れた。




AYビル・真子の事務室。

幹部会が終わり、真子は眉間にしわを寄せながら、事務室の椅子に腰を掛けた。

「……くまはち、どうする?」
「そうですね。やはり、これは、リックに相談するべきかと
 私は、思っております」
「竜次側だとしても、今のリックは、ライの側から離れないよ?」
「狙いは、黒崎とライでしょうから、組長は、動かない方が
 賢明ですね」
「……私を狙ってる可能性もあるよね」

真子の眉間のしわが、少し深くなる。

「……くまはち……、絶対に…」
「組長、何度も申してます通り、私は…」
「そうだけど…それでも、やっぱり……」

真子が小さく呟いた。それは、くまはちには聞こえている。

組長……。

くまはちは、真子の気持ちを受け止め、

「かしこまりました」

そう応えた。




「ほなね〜!」

須藤組組員達に、明るく挨拶をして、真子とくまはちは、エレベータに乗り込んだ。
エレベータは地下駐車場へ直接到着する。

「二人、じっとしてへんかったんちゃう?」
「いいえ、珍しく、庭でのんびりしてたみたいですよ」
「うわ〜、嵐が来そうやん」
「えぇ」

他愛もない会話をしながら、車へ向かう真子とくまはち。会話の内容は、ほとんど自宅でのんびししている二人の話が中心だった。

「!!! 組長っ」
「えっ!? !!!!!!」

くまはちの突然の行動に驚きながら、真子が振り返る。真子を守るかのように、くまはちが、立ちはだかっていた。

「くまはち!?」
「組長、逃げてくださいっ………」

そう言うやいなや、くまはちは、その場に倒れてしまった。

「くまはちっ!!」

真子の声が駐車場に響く。そして、真子の視野には、地面に倒れたくまはちの姿と、そのくまはちの下からしみ出てくる真っ赤な物が入ってくる。くまはちに、手を伸ばそうとしたその時、真子の目の前に、二人の男が近づいてきた。

「…黒崎の知り合いか?」

低い声で一人の男が真子に尋ねるが、もう一人の男が、真子に向けて、何も言わずに銃を撃った。

えっ……。

真子は抵抗することもなく、その場に倒れてしまう。
その時だった。

「動くなよ? 銃口は、お前らを捕らえてるぞ」

そう言って、駐車場に現れたのは、須藤と須藤組組員・よしのだった。二人は銃を手に、見知らぬ二人の男に銃口を向けていた。
しかし!

「俺達を一発で仕留めないと、この女の命は助からないぞ?
 いいのか?」

男も銃を持ち、銃口を真子とくまはちに向けていた。

「一発で仕留めるのは、たやすいことやで。
 だがな……」

そう言うと須藤は、男達から銃口を逸らし、銃を下ろした。

「暫く、預かるだけですよ。黒崎を呼び出す為にね。
 あぁ、そうだ」

そう言って、男は、真子を抱きかかえ、側に停めた車に乗せた。

「黒崎に伝えてくれるか?」
「黒崎の連絡先は知らんな」
「探せばいいさ。…女を返して欲しければ、
 山の別荘まで来い…とな。じゃぁ、よろしくたのむよ」

男は、須藤に伝えた後、車の乗り込み、AYビルの駐車場を去って行った。

「おやっさんっ!!」
「………で、こんな危険な行動、ほんまに許さんで、くまはち」

声を掛けられたくまはちは、ゆっくりと体を起こし、腹部の傷口に手を当てる。

「組長命令ですから…」
「よしの、例の発信器、探れ」
「はっ」

よしのは、直ぐに三十八階の事務所へと向かっていく。
須藤はくまはちに駆け寄り、腹部の傷を確認する。
そのくまはちは、携帯電話で、どこかへ連絡を入れていた。




山道を猛スピードで走る車。その車の後部座席には、真子が後ろ手に縛られ、目隠しをされた状態で横たわっていた。車の揺れに抵抗することもなく、その体は揺れていた。


細い山道を少し走ると、道が開けた場所に出た。その先にある別荘の前に、車は停まる。二人の男が降り、後部座席に寝転ぶ真子を抱きかかえて、別荘へと入っていった。

玄関近くにあるリビングに男達は入ってくる。そして、その奥にあるドアを開けた。
そこは、寝室だった。二つのベッドが置いてある。男達は、ドアから離れた場所にあるベッドに近づき、抱きかかえる真子を、ベッドの上に放り投げた。それでもまだ、真子は気を失ったままだった。

「(起きないな)」
「(そりゃそうやろ。あの方が開発した代物だ。
  簡単には目覚めないさ)」
「(あの方は、いつ戻る?)」
「(もうすぐだろう? 予定の時間までに戻ることができて
  よかったよ)」
「(…で、この女は、どうなる?)」
「(そりゃ〜、あの方が望むことになるだろうよ)」
「(ほぉ。その後は?)」
「(さぁ、どうだか)」

不適な笑いを浮かべ、男達は真子の体をじっくりと眺める。そして、寝室を出て行った。
真子は、まだ目を覚まさないのか、ぴくりとも動かなかった。




須藤組組事務所にある応接室。
くまはちは、治療を終え、そして、何かに集中していた。
よしのが、応接室へと入ってきた。

「別荘の場所が判った。どうする、くまはち」
「向かう」
「その傷でか?」
「これは想定内だと、申しましたよね、よしのさん」

そこへ須藤がやって来る。

「何言うても、無駄やで、よしの。忘れたか? くまはちやで」
「忘れてませんが、組長に知られては…」
「……くまはちやで」

須藤は二度言った。その事で、よしのは、何かを察する。

「そうでしたね……」
「運転は俺がするから、お前は後ろでゆっくり寝とけ」
「須藤さん、準備してませんよね?」
「相手によるわ。でもな、今回は、例え、組長命令での行動でも
 こっちは行動に出るで」
「先程、申しましたように、今回は……」

くまはちは、静かに語り出す。




山の別荘。
真子が運び込まれてから1時間が経った。
時はお昼時。お腹が空いたのか、二人の男は、パンを頬張っていた。待ち人はまだ、帰ってこない様子。

寝室の方から、微かな音がした。

「(目覚めたかな?)」

肩まで伸びた髪をゴムで後ろに束ねながら、一人の男が立ち上がり、寝室へと入っていった。
何かが倒れる音が聞こえた。
もう一人の短髪の男が立ち上がり、

「(おいおい、手は出すなよ。それは、あの方の…!!!)」

呆れたように言いながら、寝室のドアを開けた途端、腹部に強烈な痛みを感じ、その場に座り込んでしまった。

!!!!

すぐに、背中に重い何かがぶつかり、前のめりに倒れてしまう。その時、視野の端に映ったのは、人の脚だった。

「ふうぅ……」

真子は息を整え、蹴りを見舞った脚を床に下ろした。




ふと、目を覚ました真子は、自分が置かれた状況を把握した。
柔らかい所に寝転んでいる。少し体を動かすと、軽く弾む。

ベッドの上?

目の前は暗い。目の辺りに何か強く当たることから、

目隠しか…。

動いてみるが、目隠しは外れる気配を見せない。手は後ろ手に縛られていることは、直ぐに解った。

細そうな紐だなぁ…。

辺りの気配を探るが、何も感じない。

部屋には、私だけかな?

そう感じた真子は、更に耳を澄ませる。物音すら聞こえてこない。しかし、鳥の鳴き声、木々の葉のこすれる音が聞こえてきた。

山…?

真子は静かに動き、ベッドの下に座り、ベッドの縁を探り始めた。少し角張った部分を見つけ、紐の部分を力強く当て、動かし始めた。

紐が切れ、腕が解放された。素早く目隠しを取り、目に飛び込んだものを確認する。

どこかの家…そして、寝室…?

その時、寝室のドアの向こうに人の気配を感じた。二人の男が外からリビングへ戻ってきた様子。ビニール袋のこすれる音が聞こえてきた。少し聞こえてくる会話から、どうやら、食料を買いに行き、帰ってきて食してる様子。

チャンスかもしれない。

そう思った真子は、ドアノブに手を伸ばしたが、側にある何かに当たり、音を立ててしまう。

しまった!

『(目覚めたかな?)』

男の足音が近づいてきた。真子は、戦闘態勢に入る。
ドアが開き、男が入ってきた。

!?

男は、ベッドの上に真子の姿があると思っていたが、そこには、誰も居ない。
ドアが閉まった途端、背後に気配を感じ振り返る。
真子は、ドアの陰に隠れていた。
慌てた男の腹部に、真子の強烈な蹴りが突き刺さり、男は倒れてしまう。その物音に、もう一人の男が反応し、

『(おいおい、手は出すなよ。それは、あの方の……)』

その声と同時にドアが開いた。真子は拳を男の腹部に突き出した。男は、座り込む。その途端、真子は男の背中に向けて蹴りを繰り出した。



二人の男が床に転がり、呻いているのを確認し、真子は、リビングを見渡した。ふと目に飛び込んだドアに向かって駆けていく。
ドアノブに手を伸ばした時だった。

!!!!!

ドアが開いたと同時に、腹部に強烈な痛みを感じ、力無く座り込みそうになったところで、目の前に一人の男が立っていることに気が付いた。その男の右手が真子の首に伸びてきた。
咄嗟にその腕を掴んだ真子だが、男の手は、真子の首を前から掴んできた。

「なんだ、こいつは…」

低い声で、男が言った。その声に、真子は聞き覚えがあった。首を絞められ苦しいが、真子は男の顔を見た。

「りゅ……う…じ……」
「誰だお前は…? なぜ、俺の名を知ってる? おい…お前ら…ったく」

ふらふらとした足取りで立ち上がる二人の男を見つめ、真子を締め上げる男は呆れたように息を吐いた。

「竜次…様、…っ…その女が、黒崎の……女です」
「この女が?」

竜次と呼ばれた男は、自分が掴む真子を見つめ、そして、そのまま、真子の体を勢いよく壁に押しつけた。

「うぐっ…」

呻いた真子に、冷たい眼差しを向ける。
真子は気が遠のく感じがしたが、力を込めて目の前の男の脇腹に膝蹴りをする。しかし、それは、全く効かない。

「こんな女に倒されるとは、不甲斐ないな…」

そう言った途端、竜次は真子の腹部を蹴り上げ、手を放した。
真子は力無く、その場に座り込む。

「……それで、連絡は付いたのか?」
「まだ確認してません」
「チッ…ほんとに、お前らは使えないな。…この女…」

竜次は、真子の顎に手を掛け、顔を上げさせた。苦痛で歪む真子の顔を見つめる竜次。

「良い顔だなぁ」
「…竜次……、本当に、記憶……ない?」

真子の言葉に反応したのは、二人の男だった。

「女……なぜ、それを…」

驚いたように話したのは、髪を束ねた男だった。

「そりゃぁ、黒崎の女なら、俺のことは知ってるだろうよ。
 ……で、女。俺に記憶が無いとは、どういうことだ?」
「私のこと…覚えてないみたいだから…」
「…あぁ。知らないな。初めて観るよ……で…」

竜次は、真子の後頭部に手を当て、自分に顔を近づける。

「黒崎は、どうしてる? お前が拉致されたのは
 解ってるんだろう? お前を助けに来るのか? あ?」
「来ないね。…私は、黒崎という人とは、関係ないんでね」

そう言って、真子はにやりと笑みを浮かべた。

「チッ」

竜次は、真子を床に放り投げるように手を突き出し、そして立ち上がる。

「てめえら、本当に役立たずだな。関係ない女を
 浚ってくるとは……」
「竜次様!! 女は嘘を付いてる。確かに、黒崎の側に
 この女は居た。その黒崎と金髪の外人と一緒に、
 AYビルに居た。それは、確認してますっ!」
「……AYビル……金髪……。あぁ、あの時か…。
 かなりの数の仲間を失った…。そして、お前達だけが
 残った……。そういや、居たなぁ、後ろ手に縛られていた女が。
 確か…誰かに奪われたっけ…。ほぉ…」

何かを思い出したような竜次は、冷酷な表情を見せ、再び、真子に手を伸ばし、髪の毛を掴み、引っ張り上げる。

「嘘……は、いけないなぁ。…あ? 黒崎のこと…。
 聞かせてもらおうかなぁ。黒崎の…弱点…を」

竜次の手が、真子の腰に回される。そして、そのまま、真子を抱きかかえ、寝室へと入っていった。

ドアが閉まる。

二人の男は、この先に起こるであろう出来事を想像したのか、笑みを浮かべて立ち上がり、乱れた服を整えた。



寝室。
ドアを閉めた竜次は、真子をベッドの上に放り投げ、素早く、真子をうつ伏せにし、真子の体を抑え込んだ。そして、真子の首筋に顔を近づけた。
真子の体が震える。

「ほぉ。いい反応だな」

真子の耳元で呟く竜次。そして、次の瞬間、真子を仰向けにし、真子の服を引きちぎった。
ところが、服の下から現れたのは、さらしに巻かれた真子の体だった。

「チッ」

舌打ちをした竜次は、自分の懐に手を入れ、ナイフを取り出し、刃の部分を真子のさらしの間に滑り込ませた。
真子は、その竜次の手を掴む。

「抵抗しても無駄だ。この状態から、逃れることは、
 不可能だろ?」
「……竜次……」
「なんだ?」
「後ろ……」
「……後ろがどうした?」

振り返ろうと気を緩めた瞬間、真子は竜次を突き放した。その力は想像を超えていたのか、竜次は、ベッドから落ちてしまう。

「てめえ……」

竜次が怒りを露わにしたときだった。

『竜次様っ!!』

リビングから男の叫び声が聞こえた途端、寝室のドアが開き、誰かが飛び込んできた。

「真子ちゃんっ!」

そう言って寝室へ飛び込んできたのは、黒崎だった。



黒崎は、別荘へ着いた途端、リビングの窓から見えた真子と竜次の状況を把握し、寝室へと入っていた二人を目にした途端、誰にも悟られないように別荘の建屋へ入り込み、二人の男を倒し、寝室のドアを開け、ベッドの上に居る真子を守るように抱きかかえた。

「黒崎さん…」
「間に合った…。そして……竜次……」

真子を抱きかかえたまま、床に転がる竜次に目をやる黒崎。しかし、その黒崎の表情が変化する。
怒りが、更に増した雰囲気だった。
黒崎は、真子の肩に自分の上着を掛け、そして、床に転がる竜次の胸ぐらを掴み、竜次の体を勢いよく壁に押し当てた。

「てめぇ…誰だ? なぜ、竜次の姿をしている?」
「…俺は、竜次だ。黒崎竜次だ」
「姿形は同じでもな、俺には解る。お前は竜次ではない。
 別人だっ!!」

そう言って、黒崎は竜次の腹部を膝蹴りし、脚の力が弱った竜次の体をリビングに居る二人の男の所へと放り投げた。
リビングから出た黒崎は、二人の男を見下ろした。

「お前ら、事情を知ってるようだな……」

ドスの利いた声に、震え上がる二人の男。しかし、その男を守るかのように、竜次が手を広げていた。

「こいつらは、関係ない。……俺が命令しただけだ」
「…どういうことか、説明してもらおうかな…」

状況を把握できない真子は、きょとんとした表情のまま、寝室から顔を出した。竜次と呼ばれていた男は、寝室から出てきた真子に気付き、目線を移した。

「そんなつもりは無かった。…だけど、体の奥から、
 何かが出てきた。…その女を…抱きたくなっただけだ」
「……竜次…?」

真子が、そっと呟いた。



竜次と呼ばれた男は、自分の記憶にあることを語り始めた。
先程までの冷酷な表情とは違い、少しやつれたような表情をしていた。


目を覚ました時は、真っ暗な場所だった。暫くすると、その場所に灯りが射してきたことに気付き、その灯りに向かって動き始めた。手を伸ばすと、何かが崩れ、そして、目映い光が射し込んできたという。

「その時に、周りに男達が居た。口々に、『りゅうじさま』と言っていた。
 自分が何者なのか解らなかったが、『りゅうじ』という名だということは
 すぐに理解した」

竜次は、そこが墓の中で、その中から出てきたことを、更に語り出す。そして、周りに居た者達が、自分を守るような感じで、どこかへ連れて行ったらしい。とある屋敷で、自分が誰なのかを説明された。
黒崎竜次という、大きな組織を束ねる者だと、聞かされた。
自分は、そうなのだろうと判断し、そして、その場にあった資料を読み始めた。

その時、誰かが言った。

生き返ったことを知られては、後々困るかもしれないと。

「だから、自分のことを知ってるだろうと思われた
 兄である黒崎を狙っていた。そして、今だ」
「ビルの狙撃もか?」
「あぁ。その時に、仲間を失った。残ったのはあの二人だ。
 俺のことを大切に思い、そして、色々と言うことを聞いてくれる」

竜次が目をやった二人の男は、パソコンで何かを調べていた。

「(まこ、って言ったよな)」
「(まこって、まさか…………!!!!!!)」

どうやら、パソコンで調べた内容に、真子の素性が書かれていたらしい。二人の男は、黒崎の隣に腰を掛ける真子に、そっと目線を移した。

「あやまくみごだいめ…あやままこっ!!!!」
「…って、今知ったんかよ……」

二人の男が声を揃えて言った名前に、黒崎は呆れたように、応えた。

「黒崎とは敵対関係のはず」
「それは、昔の話だろがっ。そして、お前らがいう
 AYビルは、阿山組所有だろが」
「知らんわ」
「あのなぁ〜。それくらい知っておくのが当たり前やろ。
 そして、俺がそのビルに足を運んだことの意味…」
「窓から狙った仲間に付けたカメラに映った状況から
 狙ったときに、女を守ってたら、黒崎の女だと
 考えるのが当たり前じゃないかっ!! だから俺達は
 再び……」

AYビルでの襲撃事件を淡々と語り出すことから、あの襲撃は、ここに居る竜次とその仲間達が行ったことだと、黒崎と真子は把握した。その時のことを思い出したのか、真子が少し震えた。
黒崎が、そっと真子を抱き寄せる。

「……大丈夫」

真子の言葉で、黒崎は、真子から手を放す。

「それで、今回も……だったのか?」

静かに尋ねる黒崎だが、怒りを抑えているのが伝わってくる。

「だから、竜次様のことを一番知っている兄である
 黒崎徹治の命を……」
「俺以外にも知ってるやつは居るだろうが。…それよりも…だ。
 この竜次は、俺の弟と姿形は同じだが、別人だぞ」
「竜次様のお墓から出てきた。それは、竜次様だからでしょう?」
「しかし……」

その時だった。
リビングに射し込んでいた灯りが急に暗くなった。その途端、無数の銃弾がリビングのガラス戸を破り、降り込んできた。

「!!!!」

誰もが、ガラス戸から離れ、ソファの陰に身を潜めた。
銃撃が止んだ。
顔を上げようとした時だった。

「危ないっ!!」

真子が、竜次と呼ばれた男、そして、二人の男、更には、黒崎を守るかのように押しのけ、何かから守るかのように振り向いた。
真子の体が弾み、真子の背中から、赤い物が噴き出した。

「真子ちゃんっ!!」
「なんだ?!」

倒れ込む真子の体を黒崎が支え、目線を移した。

「……竜次……」

そこには、ライフルを片手に抱え、銃口を向ける竜次が立っていた。

竜次様が……二人??

二人の男は、目の前に立つ竜次と、側に居る竜次を交互に見つめ、目を見開いた。
ライフルを手に立つ竜次は、目の前に居る人物の中に、自分と同じ顔をした竜次に気が付いた。

「……みぃつけた……」

そう言って、口元を釣り上げた。



(2018.3.25 復活編 第一章 驚き・第七話 UP)



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