任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界・復活編」

第一章 驚き
第八話 適わない。

須藤は、アクセルを踏み込み、山に向かって車を走らせていた。車には、助手席に座るくまはちの姿しか見当たらない。
もしものことを考えて、極力、人数を減らした結果が、この二人だった。須藤組組員は、AYビルで待機し、連絡があれば出動できるようになっている。

「黒崎が言ってた別荘って、あの別荘なんだろ?」
「山の別荘は、そこしかない。…組長を浚って、二度も
 連れ込むとは……」
「くまはち」
「はい」
「怒りは抑えておけよ。組長は気を失っていても、
 お前らの怒りのオーラには、目を醒ますんだからな」
「解っております」
「点滅は、そこから動いてない。本当におびき出すため
 だったんだな……。…………」

須藤は静かに呟いたことは、くまはちに聞こえていた。
運転手の須藤を、ギロッと睨むくまはちだった。

「考えられるやろが。相手は、竜次や」
「もう……嫌ですよ、俺は…」
「だから、怒りを抑えろっ」
「じゃかましいっ」

耳をつんざくような、くまはちの怒鳴り声に、須藤は首を縮めた。




「……みぃつけた……」

ライフルを持った竜次は、口元を釣り上げながら、ソファに身を隠すように床に座り込んでいた人物の中に居る、自分と同じ顔をした竜次に近づいていく。しかし、床に座る竜次を守るように、二人の男がライフルを持った竜次の行く手を阻んだ。

!!!!

髪を束ねた男の額に、ライフルの銃口を当てた竜次。
髪を束ねた男は、ごくりと息を飲んだ。

「…じゃまだ…どけ」

ライフルで男の頭を殴り、そして、もう一人の男の頭も殴りつけた。その力は相当強かったのか、二人の男は、床に倒れ込んだ。

「誰だ、お前は…。なぜ、俺の顔をしている?」

床に座り込んでいた竜次が、そう言いながら立ち上がる。
しかし、ライフルを持った竜次は、ライフルを肩に掛け、その手を立ち上がった竜次に伸ばし、

「……もどってこい……」

そう言って、その腕を掴んだ。
その途端、電気が走ったのか、稲妻のような光が現れ、立ち上がった竜次の体が白い光に包み込まれた。

「!!! な、なんだ?! うわ、うわぁあああ!!」

白い光に包まれた竜次は、得体の知れない何かが体を這う感覚にとらわれ、悲鳴に近い声を挙げた。

その時だった。

一発の銃声が聞こえ、それと同時に、ライフルを持った竜次は、もう一人の竜次から手を放した。
掴んでいた手から、血が滴り落ちていた。
銃声が聞こえた方へ、ゆっくりと振り返ると、そこには、須藤とくまはちの姿があった。二人は銃を構え、くまはちの銃口は、ライフルを持った竜次の頭に向けられている。しかし、それに恐れることなく、竜次はライフルを構え、くまはちの頭に銃口を向けた。

「二対一では、勝ち目あらへんで、竜次。銃を下ろせや」

須藤が言うと、ライフルを構えた竜次は、フッと笑みを浮かべ、ライフルを下ろした。

「……でなおすよ……」

そう言って竜次はゆっくりと歩き出し、くまはちの横を平然と歩き、そして、庭先へ向かって行った。すぐに、ローター音が聞こえ、ヘリコプターが姿を現した。そのヘリから、銃が現れ、窓際に居る須藤とくまはちに向けて発砲した。

二人は部屋の奥へと身を隠す。
ヘリは、遠くへと去っていった。

「組長っ!!」

くまはちは、すぐに真子へと駆け寄った。

「ったく、真子ちゃんは、どうして、ここを使って俺達を
 守ろうとするんだよ……」

黒崎は、真子の背中の傷を治療しようと自分が貸した上着をそっと取った。

「守ることが…できるからでしょ…」

真子が静かに言った。

「あの距離からなら、貫通することも解るだろうが…」

呆れたように言う黒崎だったが、

「自然と体が動いただけやんかぁ〜、もう」
「……!!!! やめろ、くまはちっ!! 俺は、悪くないやろがっ」
「じゃかましぃぃっ!!」

怒り任せに須藤に拳を繰り出しているくまはち。もちろん、須藤は避けているが、突然のくまはちの行動に、驚いたのは黒崎だけでなく……。

「やめなさいっ!!!」

真子もだった。慌ててくまはちを停めようと立ち上がったが、ふと、視野に飛び込んだ竜次の姿をした男に気付き、

「……大丈夫…?」

優しく声を掛けた。

「……一体……俺は……、俺は…誰なんだ? 誰なんだよぉっ!!」

竜次の姿をした男の声が、辺りに響き渡った……。




頬を少しばかり腫らしている須藤は、ハンドルを握り、車を走らせていた。
後部座席には、くまはちに寄りかかるように真子が座り、眠っている。
車は、赤信号で停まった。
須藤は、ルームミラー越しに、後部座席の二人をに目をやる。くまはちは、真子の体を支え、真子の頭を自分の太ももに乗せた。そして、真子の背中の傷を確認する。

「どうや?」

真子を起こさないようにと、そっと須藤が尋ねる。

「血が止まりませんね」

くまはちは、傷口を優しく押さえた。

「あのライフルの弾、例のやつやろ」
「そのようですね……」

そう言って、くまはちは眉間にしわを寄せた。

「……奥深いねんな、その能力」
「……えぇ……」

普段口数の少ないくまはちは、更に口数が減っていた。

仕方ないか…。
俺も、理解できへんし。

須藤は、静かにアクセルを踏んだ。



竜次がヘリで去った後……。




急な叫び声に驚き、くまはちが目線を移すと、そこには、竜次の姿があった。

「竜次……てめぇ……」

くまはちの怒りのボルテージがあがったのが解った。それには、須藤も手を出せない。思わず、身を安全な所へと移した。
くまはちの拳が、竜次の体に当たる寸前、真子が、くまはちの腕を抱きかかえるように動いた。

「組長!!」
「姿は竜次でも、この人は、竜次じゃない。だから納めて!」
「しかし、組長のその姿は…」

真子の体には、男物の上着が着せられているが、その下は、さらし姿。真子の体に何が起ころうとしたのかは、容易に考えられること。

「!!!!」

真子に腕を抱きかかえられているものの、足は自由。くまはちの蹴りが、目の前の竜次の体に一発、決まった。

「くまはちっ!!」
「その状況は、この男だと、推測できます」
「だからって何も……」
「…組長っ!!」

真子の力が抜ける。

「大丈夫。ただ………」

真子は、くまはちにだけ聞こえるように呟いた。

ったく…。

くまはちは、真子の体をその腕に、そっと包み込んだ。



「黒崎…説明せぇや」

須藤が尋ねると、黒崎は、驚いたように立ち尽くす竜次の姿をした男を見つめ、そして、応えた。

「この男は、姿形は、竜次だが、竜次ではない。別人だ」
「この二人には、竜次のようだが、どういう意味や?」
「……俺にも理解できん。去っていった竜次が、俺の弟だ」
「おい、二人」
「な、なんでございましょぉ…」

須藤のドスの利いた声に二人の男は、声を裏返す。

「何か知ってるようだが…?」
「俺達が、ビルを襲撃しました。ごめんなさい」
「そっちは解決済みや。この竜次のことや」
「そ、その…竜次様は、竜次様の墓から出てきて、その…、
 その墓から出てきた竜次様を守らなければと思い、
 竜次様を守るために、こうやって、この国に……」
「そら、竜次の墓から出てきた人間は、竜次やわな。
 ほな、さっきの竜次は、なんやねん」
「…竜次…さま…でしたね……」

首を傾げる二人。

「須藤」
「なんや」
「こいつらのことは、俺に任せとけ。今は真子ちゃんや」
「くまはち、どうや?」
「橋先生のところに急ぎます」

真子を抱きかかえるくまはちは、真子の体調を心配する。その行動を観た須藤は、ギッと黒崎を睨み、

「……ちゃんと、詳細報告せぇよ。待っとるで」

くまはちを促すように、別荘を出て行った。
黒崎は、去っていく須藤の車を見つめ、大きく息を吐く。

「(あのぉ……俺達…)」
「目の当たりにして、言葉が出てこないだけだ」

この状況を予想できていたのか、黒崎は、そっと呟いた。



須藤の車の後部座席に座った真子は、

「組長、時間掛かりますので、眠って気を紛らわせてください」
「大丈夫だよぉ。それより、なんで持ってんの?」
「緊急事態には所持すると、申しましたよね」
「言ってたけど、反対したやんか。須藤さん」
「それよりも、私の方が怒っているんですけどねぇ、組長」
「えっ?」

ルームミラー越しに、真子に目線を送った須藤。その眼差しは、すごく怒っているのが解るほど…。

「無茶して欲しくないんだもん…」

膨れっ面になりながら、真子が言った。

「そんな顔をしても駄目ですよ。状況が状況です。
 そして、竜次やライも……組長?」

真子は眠っていた。

ったく…。

須藤は運転に集中する。
くまはちは、真子の肩に手を回し、自分に寄りかかるように抱き寄せた。




後部座席で眠る真子の体は、車の揺れに抵抗することなく、揺れている。くまはちの手が、真子の頭を優しく撫でていた。須藤の車が橋総合病院の敷地へと入っていく。
病院の裏口に車を回すと、そこには、橋が仁王立ちして、三人が車から降りてくるのを待っていた。もちろん、怒りの形相で……。

降りにくい……。

意を決するまで、少し時間が掛かる須藤とくまはちだった。




真子愛用の病室。
真子はベッドの上で眠っていた。橋が側に立ち、真子とくまはちの様子を見つめていた。

「真北には?」

橋は、須藤に尋ねる。

「伝えてません」
「ええんか?」
「予想できますので、伝えない方がいいと思います」
「そうやな」
「今日は、早く帰る予定でしたので、そろそろ…」
「真子ちゃんの目が覚めるまで、あかん」
「しかし…」

時刻を確認すると、午後二時を指していた。

「美玖ちゃんと光一君の帰る時間ってことか」
「えぇ。おやつは一緒に…でしたから…」

ちらりと真子を見るくまはち。真子が寝返りを打った。
橋に背を向けたまま、真子が、そっと声を出す。

「……帰る…」
「あかん」
「…帰る……」
「………あかん」

真子は目を開け、振り返り、側に立つ橋を見つめる。

「もう大丈夫やのにぃ」

そう言って、膨れっ面になった。

「竜次が撃った銃弾やろ。何が仕込まれてるか判らんで」
「まさちんに使った銃とは違うのに」
「あの後、ライフルの銃弾にも仕込んでた可能性あったやろ?」
「純一のときと同じやったら、何も仕込まれてない」
「それでも、血が止まらなかったんやで。心配やろが」
「大丈夫だもん」

真子は体を起こした。

「組長!」

素早く手を差し出したくまはちだが、その手は、真子に停められる。

「本当に、大丈夫。それよりも、くまはち…」
「は、はい…」
「傷は?」
「私も大丈夫です」
「ということで、帰りまぁす!」

真子はベッドから降り、そこに立った。

「ったく……。俺の身にもなってや。ついていかれへんわ」
「そう言いながら……橋先生ぃ〜」

ちょっぴり疑いの眼差しをみせる真子。

「な、なんや?」
「予想してたんちゃうん? ライのことで」
「竜次も生き返ったのは、判ってたけど、二人になるとは、
 思ってなかったかな」
「……知ってたでしょう…?」
「……はぁ〜〜〜〜っ……。そうや、その通りだ」

橋の言葉が、関西弁でなくなったことで、真子は、橋だけでなく、真北も、この状況を予測していたことに気が付いた。しかし、真子は、それ以上は尋ねることなく、

「お世話になりました。このことは、本当に内緒で…」
「しゃぁないな。わしも、これ以上、真北に無茶させたぁないし」
「……お互い内緒ということで」
「痛み止めは出しとくで」
「痛みは無いけど…」
「…治療の時に打ったのが、効いてるだけや。切れたら
 痛み出てくるで…」
「……解りました……お願いします」
「無茶はするなよ、真子ちゃん」
「ありがとうございます」

橋の力強く、それでいて、優しい言葉に、真子はお礼を言った。


真子とくまはちは、自宅に向かって橋総合病院を後にした。
しかし、須藤だけは残っていた。橋と一緒に真子を見送った後、

「…で、組長が言っとったけど、予測しとったんか?」
「確かめたかっただけや。見たことある文献の通りに
 なるんか…ってな」
「文献?」
「海外の古いやつや」
「そういや、たくさん、頼まれとったっけ」

AYビルの隣にあり、須藤が管理を任されている本屋ビル。そこは、世界のあらゆる本を扱っている。もちろん、古書も含まれており、取り寄せることも可能であった。古いよしみでもある橋は、須藤に頼んでいた。

「その中にあった内容、そして、あの能力が引き出す驚異的な
 治癒力。それらを合わせて考えただけや。どうなるかなぁって」
「どうなるって、まさか、院長、あの時の塊…」
「あぁ。ライの腕はボロボロやったから、無理やったのに、
 再生しよった。今も、その為に眠っとるやろ」
「確か、竜次の左腕は…」
「その通りや。遺体を綺麗にするために繋げてみたけど、
 それは、見た目だけや。もしかしたら、運ばれてる最中に
 千切れた可能性もある」

橋の言葉で、須藤は、疑問に感じたことが、確信へと変わっていくのが解った。

「ほななにか? 墓の中で、腕は取れとったというんか?」
「そのままやろな。埋めるときは、全身を確認せんやろ」
「そうやな」
「ライは生き返った。同じように竜次も生き返った。それは……」


橋が話す内容と同じことを話すのは、黒崎だった。


山の別荘。
取り敢えず、割れた窓ガラスは、雨戸を閉めることで外気を遮断できた。外からの灯りが入らないリビングで、黒崎は竜次のライフルで殴られた二人の男の頭の傷を治療していた。

「中は大丈夫やろ。でも、物が二重に見え始めたときは
 言うてくれよ。病院で検査するから」
「…ありがとうございました」

二人は同時にお礼を言う。そして、ちらりと竜次を見た。
竜次の姿をした男は、ソファに腰を掛け、一点を見つめたままだった。

「俺の推測や。お前の姿形が竜次なのは、その驚異的な
 再生能力の影響や。恐らく、棺の中で、腕だけが外れて
 そのまま時が経った。その時に、再生能力が働いて
 腕だけが無かった竜次は目覚めて、どこかへ行った。
 その間に、残った腕が再生能力の影響で、人の形へと
 作り始めた。…過去にも、あったらしいからな」
「…それは、弟である、あの竜次が、ライに受けた
 光の能力の影響で?」
「……あぁ…」

黒崎は、何かを誤魔化すかのように、返事をした。

「それだけで、あなたは、推測するんですか?」
「光の影響で生き返った男が、再び命を落として、
 そして、生き返ったことは、目にしてる。それらを
 総合して考えたら、そういう考えが出てくるやろ」
「それでも…」

二人の男は、再び、竜次に目をやった。

「だから、お前は、俺の知ってる弟の竜次じゃないが、
 その竜次から出来た、新たな竜次っつーことや」
「…俺は……」
「新竜次…でいいやろ」
「……そんな呼ばれかた……。嫌だ」
「甦った命や。大切にせぇよ」

黒崎は、新竜次の頭を優しく撫でた。
新竜次は、その感覚に覚えがあった。

「……なんとなく、覚えてる感覚…だな…」

フッと笑みを浮かべた新竜次を見て、黒崎は、優しく微笑んだ。

「取り敢えず、面倒は見てやる。……お前らはどうする?」
「竜次様の側からは、離れたくないです」

短髪の男が言った。

「俺もです」

髪を束ねた男も応える。

「新竜次だけど、いいのか?」
「私が付いていくと決めたのは、この方ですから…」

髪を束ねた男は、真剣な眼差しを新竜次に向けた。

「私もです」

もう一人の男も、同じように応え、新竜次を見つめる。

「お前ら……」

そう言った新竜次の声は、少し震えていた。

「よっしゃ。ここを離れるぞ。竜次に知られた以上、
 再び来る可能性もあるしな」

黒崎は立ち上がる。

「どちらに…?」
「誰にも知られていない場所があるんでね。俺のアジト…かな」
「…あの竜次には、知られていないんですか? 弟でしょう?
 それに、あの竜次ですよ……」
「大丈夫や。竜次が海外に行ってからの場所だからな」
「…でも、もし……」

髪を束ねた男は、竜次の事をよく知っている。その情報網も理解していた。だからこそ、黒崎に、そう尋ねたのだが、黒崎は気にしていないのか、自信に満ちた笑顔を見せていた。

「…そういや、名前、まだ聞いてなかったな。名前は?」
「ロイです」

髪を束ねた男が言った。

「俺は、ビューといいます」
「ロイとビュー…って、珍しい名前やな。コードネームじゃないのか?」
「いいえ。俺達は、ライからの指示で、竜次様に仕えた者ですので」

ビューが応える。

「よく生きていたな。ライ亡き後、色々とあっただろ?」
「えぇ…大変でした。でも、そこを救ってくださったのが、
 竜次様でしたから」

そう言って、新竜次を見つめるロイ。新竜次は、その眼差しに気付き、首を横に振った。

「俺じゃないさ」

寂しげに口にした新竜次だったが、突然、何かに抱きしめられた。

「いいえ。俺達にとって、あなたが、竜次様です…」

ロイとビューは、新竜次を抱きしめ、声を揃えて、力強く言った。

「……ロイ……、ビュー……」
「…はい」
「……これからも、よろしくな……」

「はっ!!」

三人の仲睦まじい雰囲気を感じた黒崎は、これからの事を考え込んでいた。

いずれにせよ、竜次は、こいつを……。

「じゃぁ、行くぞ」

黒崎に連れられて、新竜次、ロイ、そして、ビューの三人は、別荘を後にした。




真子の自宅。
えいぞうが、お盆におやつをのせて、リビングへと持ってきた。
美玖と光一は、すでに帰っている。二人が着替えをしに、部屋に行っている間に、おやつの用意をしていた。

「出来ましたよぉ〜〜」

二階と離れに聞こえるように、えいぞうが声を掛けた…と同時に、

『ただいま〜〜〜』

玄関から真子の声がした。

「おかえりなさぁ〜〜い!」

美玖と光一、そして、なぜか、えいぞうの声が、帰宅した真子を迎えていた。

「……って、えいぞうさん……」
「あっ……つい………。…おかえりなさいませ」

美玖と光一に釣られた感じで、真子を出迎えてしまった事に、思わず焦り、本来の姿(=ボディーガード)になり、敬ってしまう、えいぞうだった。

「ママ、おやつできたとこぉ」
「まこママ、うがいするまで、まってる」
「おぉ! 待っててね〜。すぐに行くで」
「リビングにいっとくぅ!」
「はいな〜!」

元気な声で、美玖と光一に応えた真子は、リビングへ駆けていく二人を見届けた後、えいぞうの臑に蹴りを入れ、洗面所へと向かっていった。

「すんません…つい……」

あまり見せない姿に、真子は笑っていた。

「……って、えいぞう、どうした?」

遅れて家に入ってきた、くまはちは、えいぞうが滅多に見せない姿を見て、驚いたように声を掛ける。

「あっ、いや、美玖ちゃんと光一くんに、思わず釣られてだな…」
「……大丈夫じゃないな……。ゆっくりしてたんか?」
「ゆっくりしすぎたのかもしれん。……それよりも、八っちゃん」
「なんや?」
「組長に何があった?」
「何も無い」
「……俺、家庭柄、消毒の臭いには敏感やで」

小島家には、医者が居た。その事に気付くのに時間は掛からなかったものの、くまはちは、敢えて誤魔化す。

「橋先生のところで、お前と、真北さんの事を聞くぅ言うてやな…
 組長と行っただけや。……えいぞう…お前なぁ…」
「しゃぁないやろ。予想以上やってんから」
「明日も一日、休んでおけ」

ボディーガード同士、火花が散るかに見えたが、真子が洗面所から出てきた為、それ以上は何も起こらず、

「真子ママ、リビングに行きますよぉ。くまはちの分もあるから、
 来いよ」
「あ、あぁ。すぐに行く」

そう言って、くまはちは、二階へと上がっていった。

「えいぞうさんが作ったん?」
「真子ママぁ、私、これでも、喫茶店経営者ですよぉ。
 おやつなんて、簡単に作ることできますぅ」
「うふふふ。解ってるもぉん。時々作ってくれてたやん」

幼い頃の事を思い出す、真子は、えいぞうに微笑んでいた。

「楽しみぃ」

そう言って、真子は、えいぞうと一緒にリビングへと入っていった。

「ママ、はやくぅ!」
「は〜い。くまはちが来るまで、待っててね」
「はいっ!」

二人の返事が聞こえると同時に、

「お待たせしました〜」

くまはちがリビングへと入ってきた。
そして、おやつタイムが始まった。


そんな楽しそうな雰囲気をリビングの窓越しに目にしながら、真北は、庭の片隅に立ち、固定電話の子機を耳に当てていた。
眉間にしわを寄せ、電話の相手の話を真剣に聞いていた。

『ええな、真子ちゃんには何も言うなよ。内緒やねんから。
 黒崎からも、さっき、連絡があった。新竜次とロイとビューという
 二人のお供も一緒に、匿うとのことだ。だがな、竜次のことだ。
 行方を突き止めて、再び襲う可能性もある。気を引き締めろよ』

相手は、橋だった。
橋は、この数時間に真子の身に起こった事、そして、真子の状態を事細かく伝えていた。
フッと真子に目線を移す。真子は、子供達と、時にはえいぞうと楽しそうに話しながら、おやつの時間を過ごしていた。真子の笑顔からは、ほんの数時間前に起こった出来事は微塵も感じなかった。

そこには、母親の笑顔が輝いているだけだった。

ったく…。

『ちなみに、真子ちゃんは、痛み止め切れたら大変やから
 気を付けてくれよ。おやつの時間が終わったら、休むように
 言うたれよ。絶対、休まんと思うけどな…』
「あぁ、ありがとな」
『真北、お前もやで』
「わかっとる。ほなな」

そう言って、真北は、子機の電源を切り、そして、リビングへと向かって行った。



おやつの時間は終わり、えいぞうが後片付けをしていた。キッチンを綺麗に拭き上げ、

「完璧っ」

そう言って、振り返る。

「おつかれさまぁ〜」

美玖と光一が笑顔で言った。

「光ちゃん、美玖ちゃん、宿題は?」
「えいぞうしゃんがみてくれるの?」

二人の無邪気な表情に、えいぞうは我を忘れ、

「見ますよ〜。ほな、宿題持ってこぉい」
「こうちゃんのおうちでしたい」

美玖が言った。

「じゃぁ、光ちゃんのお家へレッツゴー!」
「おー!」

えいぞうと美玖、そして、光一は、元気よく、光一の家の方へと走っていった。

「えいぞうさん……元気だね…」

リビングのソファに腰を掛けて、三人の様子を見ていた真子が呟いた。

「元気が有り余ってるんでしょうね」
「真北さんも?」
「私は、精一杯ですね」
「…よっぽどだったんやね…」
「えぇ…想像以上でしたよ。真子ちゃん」
「ん?」

返事をした真子の表情は、凄く穏やかだった。その表情に、真北は魅了される。

「……今日はありがとうございます」

なので、言いたいこととは違う言葉が出てしまった。
真北の言葉に、真子は微笑んで応えるだけだった。

「真子ママ〜〜」

何やら、嘆きに近い雰囲気で、えいぞうが戻ってきた。

「どうしたの?」
「宿題、似顔絵だって〜」
「似顔絵?! って、そういう授業なの???」
「そうみたいですよ。五月にある家族参観の時に、後ろに貼るそうですよ」
「えいぞうさんでええやん」
「……私は、懲りてます…」
「……なんでぇ。あの時は、モデルになってくれたのに」

真子が言う、あの時とは、真子が学校に通い始めたころにあった、絵の時間。その時の課題が、家族だった。真子が、その課題の事を当時世話係をしていたえいぞうに言うと、直ぐに承諾し、モデルになっていた。

「そうでしたけど、その後…大変だったんですから…」

そう言って、ちらりと真北を見るえいぞう。

「家族やろ。なんで、お前やねん」
「あの時、私しか居らんかったんやんか…」
「……それでもなぁ…」

そういう真北の表情は、本当に寂しげな中に、怒りが隠れていた。

「そんな昔の事で、何拗ねてるんですかっ」

えいぞうが口にした途端、鈍い音が響く……。

「……って、八やん…そこ……あかんって……」

えいぞうは、その場に座り込んでしまった。
どうやら、真子が描いた時の頃、モデルになりたかった者が、この場に、もう一人居たらしい。

「問答無用」
「……くまはちは大阪やったやんか…」

真子が膨れっ面になる。

「それでも、モデルがえいぞう…というのが……」

真子がくまはちを睨み上げる。えいぞうに拳を見舞った為、痛めた身体は更に……。くまはちにしては珍しく、痛みを我慢するかのように眉間にしわを寄せていた。

「……ったく…。で、えいぞうさん。なんで?」
「こういうのが再び…と思うと……」
「なるほど。こういうことなんや…」

ジトォ〜っとした眼差しを、真北とくまはちに向けた真子だった。

「ほな、こういうことにすれば、ええんちゃう?」



美玖と光一は、クレヨンを持って、何かを描いていた。
それは、四つの人の姿。そのうちの一人は女性。残りの三人は、男性の姿。一人は前髪が立ち、一人は、赤い色の服を着ている。そして、残る一人は……。

「まきたん、わらって〜」
「こうですか?」

光一に言われ、真北は笑顔を見せた。
真子の提案は、四人で一緒に、だった。
しかし、このことが、とある人物に知られると、大変なことになるのは、考えなくても解ること。なので、真北だけは、どうしても、笑顔になれなかった。

「…ばれるよな…」

えいぞうが呟く。

「……俺は、停められへんで…」

くまはちも呟く。

「矛先、俺やんけ…」

珍しく、真北まで呟いたもんだから、

「後で描いて貰ったらええやんか。その為に、あけるように
 言うたやろぉ〜もうぅぅ」

真子が膨れっ面になる。

「ママ、えがおぉ」

美玖が言った。

「はいぃ〜」

ニッコリ微笑む真子だった。



似顔絵を描き終わった美玖と光一は、絵を眺めていた。

「あとは、しんパパと、パパとママだね」
「うん。りこママ、どこにかく?」
「まこママのとなり! しんパパは、まきたんのとなりでしょ?」
「りょうパパは、りこママのとなりかなぁ」

夕方に帰ってくる予定の、ぺんこう、むかいん、そして、理子の三人をどこに描こうかと話す二人は、ふと、何かに気が付いたのか、

「あっ!!」

声を挙げた。

「どうした?」

えいぞうが、尋ねる。

「けんしゃん……どうするの? えいぞうさん」

美玖と光一は、同時に尋ねた。

「……ほんまや、忘れとった……」
「けんちゃん、おこるね」

美玖が言う。

「……ばしょ、ないね……」

光一が、描く場所を考えていたのか、そう言った。

「端っこに、丸でええんちゃうか」

真北が思わず口にする。

「はしっこ?」

端っこに丸く。その意味は、大人でも一部の者しか気付かない。それは、学校などでの集合写真の撮影の日に、参加できなかった者が主に写真の上の方に、丸く付け加えられている、あのことを意味していた。だけど、それをまだ、小学一年生の子供に説明するのは、少し難しい。

「この辺りに、描くといいよ」

真北が、画用紙の端を指さして、二人に説明した。

「そっか! けんちゃんだけ、とくべつだもんね! ママ!
 ……あれ? ママ……ねてる…」

美玖は、真子に話しかけたが、真子は描き終わった後、ソファに腰を掛けたまま、眠ってしまったらしい。光一が、ソファの側に置いていたタオルケットを、真子にそっと掛けた。

「真子ちゃん、ここで寝るのは……」

そう言って、真北は真子を抱きかかえようと手を差し出したが、えいぞうに腕を掴まれて、自分の体調のことを思い出す。
真子を抱きかかえて二階の部屋に連れて行くことは、できない。

「くまはち……も無理か…」
「って、真北さん? まさか…」
「完全復活してへんやろが。部屋に上がったっきり降りてきてへん」
「そやけど、これくらいは………って、真北さん、何か隠してませんか?」
「隠してない」
「……怪しい…」

いつになく、えいぞうが真北へ疑いの眼を向けている。

「しぃぃぃっ!! ママがおきる」
「しぃぃぃっ!! まこママがおきるよ」

美玖と光一が、真北とえいぞうを促した。

「ごめん……」

思わず謝る二人だった。



光一と美玖は、離れのある向井家で、えいぞうと遊んでいた。真北は、リビングで眠っている真子を見守るように、向かいのソファに腰を掛けていた。

『ただいまぁ』

そう言って帰ってきたのは、むかいんと理子、そして、ぺんこうの三人だった。どうやら、駅でばったりあったらしい。

ほんま、仲ええなぁ、二人は…。

フッと笑みを浮かべる真北は、リビングへ顔を出す三人に、軽く手を挙げて、

『おかえりぃ』

と口だけを動かして迎えた。

「真子、こんなとこで……」

理子がそう言って、むかいんに目をやった。

あのことは秘密やったっけ。
あぁ。特に……な。

AYビルの地下で起こった、この日の出来事は、むかいんと理子は知っていたが、一番怒りを見せそうな、ぺんこうには、内緒だった為、目で語り合っていた。

「ったく……」

小さく呟いて、ぺんこうが真子を抱きかかえて、リビングを出て行った。

「芯には、言うなよ」

事情を知っている真北は、むかいんと理子に念を押すように言う。

「解ってます。ぺんこうは恐らく知らないでしょうけど、
 今ので知ったかもしれませんよ」
「益々鋭くなっとるもんな」

真北の言葉に、むかいんは微笑んだ。

「真北さん。組長は、拉致された時、撃たれたと耳にしましたよ」
「その後、黒崎たちを守って、背中にもある……。
 気付かれたか……」

真北は頭を抱えて、大きく溜息を吐いた。
どうやらぺんこうは、真子を抱きかかえて部屋のベッドに寝かしつけた時、身体に巻かれている包帯に気付いたらしく、その説明を聞きに、部屋で横になっているくまはちに怒りをぶつけようとしたらしい。その怒りのオーラを、真北が感じた。…が、真子がぺんこうを停めに入った様子。

『だからって、それは……』
『くまはちが一番重傷やねんからぁ。芯〜』
『真子……。いくらなんでも、それは…!!!』

真子とぺんこうのやり取りが、階下まで聞こえていた。二人は、くまはちの部屋の前の廊下で話している様子。

「あっ、痛み止め切れる時間や……」

と、真北が立ち上がるが、

「真北さんが行くと、悪化しますよ」

真北とぺんこうのやり取りで、ぺんこうの怒りが止まらずに、悪化、更には、その時の二人のやり合いで、真北の傷が悪化、それを停めようとする真子の傷も悪化、そこへ、くまはちが登場で、くまはちの傷が悪化、そのくまはちに怒りを見せてしまう、ぺんこうを停めようとする真子の傷が悪化、それを見て、思わず手を出してしまう真北も傷が悪化……と、真北が動くと、何もかもが悪化する可能性が高い。
それは、長年付き合っていると解ること。

「しかしなぁ…」
「ビルのことは、ぺんこうには内緒のはずですよ」
「今ので話が出るやろ」
「その後のことは、真北さん、ご存じなんですね?」
「橋から聞いた」
「どうしますか? えいぞうも無理でしょう? 理子には
 させたくないし……。私が行くと、それこそ……」

むかいんが悩んでいる時だった。

『だから、もう大丈夫なんやって言うてるやんかぁ、もうっ』

真子の怒りの声が聞こえてきた。

『組長……』

ぺんこうが、真子のことを『組長』と言ったことで、真子のオーラが、五代目になっていることが解る。そのオーラには、今は夫の立場だが、ぺんこうは、逆らえない。
どうしたものかと、むかいんと真北は、リビングのドアのところから、心配そうに二階を見上げていた。



「本当に、大丈夫なのですか? 傷は、背中だけでは無いはずです」

ぺんこうは、心配げに、真子に尋ねていた。

「話せば長くなる。そして、ぺんこうは絶対に怒る」
「……怒るような行動に出たんですね……」
「…うん……」

ぺんこうは、大きく息を吐いた。

「察しは付きますが、今後、その作戦は反対です」
「須藤さんにも言われた」
「他にも方法があるはずです。一度落ち着いて、冷静な心を
 取り戻してから、作戦を考えてください。時間はあるんでしょう?」

いつものように、優しく語りかけるぺんこうに、真子は、そっと首を横に振った。

「……相手は竜次だから、それは、分からない。でも、狙いは
 黒崎さんに絞ってると思う。…竜次も、記憶を失っていた…」
「組長の事に気付いてなかったんですか?」

真子は、そっと頷いた。

「二人とも…」
「二人…?」
「竜次が、二人居て……」
「はぁああ???」

突拍子も無い声を張り上げた、ぺんこう。思わず真子が、ぺんこうの口を塞いだ。

「そこは、よく解らなかったんだけど、二人居た」
「………どちらかが、竜次に化けた可能性は?」
「黒崎さんは、気付いてた。ビルに仕掛けてきた方が
 化けた方だと、言ってた」
「そうですか……」

ぺんこうは、口を尖らせて、何かを考え込む。

「兎に角、このことは、あとで話すとして、今は、もう一つのことが
 凄く気になるんだけどぉ〜芯〜」

ニタァと笑みを浮かべた真子に、思わず身構える、ぺんこうだった。



(2018.7.4 復活編 第一章 驚き・第八話 UP)



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