憧れるもの<1>
まさちんは、いつものように車で商店街へとやって来る。商店街専用の駐車場へ入り、いつも停めている場所に車を停め、降りた。
「宜しくお願いします」
「はいよ。今日は何本?」
「二本ですね」
「ほんと、北島さんは映画好きですね…というか、映画狂いと言った方が
いいでしょうねぇ〜」
「おじさぁん、その言葉、聞き飽きましたよ」
駐車場の管理人と笑顔で会話を交わすまさちん。
「では」
「はいよ。いつもありがとさん」
商店街へ向かって歩いていった。 アーケードのある商店街を歩いていく。顔見知りの店の人と軽く会話を交わし、そして、映画館へ………。
「!!! こるるらぁっ、おっさん、気ぃつけろ、ぼけっ!」
「……すみません」
角を曲がった時、一人の若い男とぶつかったまさちん。相手の勢いある言葉に、驚きながら、小声で応えた。 その口調は、相手の男には軽く感じられたのか、相手は更に勢いが付く。男は、まさちんの胸ぐらを掴み上げ、睨んできた。
「あっ、その……………」
『その辺にしとけや、白井』
その声に振り返るまさちんと男。
…………はぁ〜〜。
「す、須藤親分!!!」
白井と呼ばれた男は、まさちんの胸ぐらから慌てて手を放し、姿勢を正す。
「一般市民を脅すなと言ってるだろが」
「すんません!!」
「あんちゃん、悪かったな……………って、ほんまに染まり過ぎや」
須藤は、白井がぶつかった男性が、まさちんだとは、気付いていなかったらしい。
「ほっとけ」
冷たくあしらうように応えたまさちん。その態度が、白井の怒りに火を付けた。
「おんどりゃ〜、須藤親分に向かって、何ちゅう口をぉ〜」
その場の雰囲気が凍り付く……。その時、怒鳴り声が聞こえた。
「…白井っ」
それは、来生会の奥村だった。
「奥村さん」
「てめぇ〜、ええかげんにせぇよ!」
奥村は、白井の腹部を蹴り上げた。
「北島さん、すみませんでしたな」
「あっ、いいえ。その…私もボォッとしてましたから…すみません。
白井さん……お怪我ありませんか?」
その場の雰囲気を変えるかのように、柔らかく言ったまさちん。それには、怒りの形相だった白井も、呆気に取られてしまう。
「……って、奥村さん、このおっさん…知り合いですか?」
「知り合いというか…この映画館の常連。北島さんだ」
「初めまして、北島といいます。奥村さんには、時々お世話になってます」
……まさちん、俺は無視か?
奥村の隣に立っている須藤は、目で、まさちんに訴える。 まさちんは、須藤を無視したまま、話を続けた。
「すみません、時間が…」
「あっ、いや、こちらこそ、時間を取らせて申し訳ない。若い者は、
本当に、跳ねっ返りが……………」
そこまで言った奥村は、思わず口を噤んでしまった。 まさちんから、ちょっぴりではあるが、怒りのオーラが漂っていた……。
「これにて、失礼します」
まさちんは一礼して、映画館の玄関へと向かって歩き出した。
「俺も付き合う」
そう言ったのは、須藤だった。
「…えっ、須藤親分、そ、それは………」
須藤の言葉に驚く奥村。
「本来の用事だからな」
「そうですが………………何も言いません」
須藤の目に恐れる奥村は、それ以上言葉を発しなかった。
「白井、いいな。周りに迷惑を掛けるな」
奥村が言う。
「かしこまりました」
ふてくされたように返事をして、既に映画館の中へ入っていった須藤を追いかけていく白井。
大丈夫かな………。
心配そうに映画館の中を見つめる奥村だった。
まさちんは、一本目の映画を見終わり、会場から出てきた。 休憩をするために、アップルジュースを買い、ソファに腰を掛けて飲み始める。そのソファの向かいには、まさちんを観察するように須藤と白井が座っていた。須藤は、煙草を吸いながら、ふんぞり返っている。隣の白井は、まさちんを睨み付けていた。 特に気にすることなく、まさちんは飲み終えたコップをゴミ箱に入れて、時刻を確認する。
「なぁ、北島さん」
「…………」
「……あと何本?」
須藤の短い質問に、まさちんは、何も応えず、指を一本立てるだけで、別の館へと入っていった。
「〜〜っ!!!! って、あの北島って男、なんなんですかっ!!
ふてぶてしい態度といい、須藤親分に対してっ」
「いいんだって」
「一般市民でも、ある程度の会話くらい…」
「白井が睨んでいたから、警戒してるんだよ」
「…あっ………そういうもんですか?」
須藤の言葉で急に態度が変わる白井。
「そういうもんだ」
須藤は、煙草をもみ消し、時刻を確認した。
夕方になるのか……。
そう思った途端、須藤はため息を付いた。
「須藤親分、あの映画が終わるのは夕方になりますが…」
「…だな」
「それまで、何をすれば……。まさか、あの北島を待つんですか?」
「まぁな」
「こちらに来た目的は、五代目の回答を来生会長へ伝える事だとお聞きしました。
一週間滞在なさるので、その間、須藤親分に付くようにとも言われております。
その……勉強になるとも言われました」
「俺、何も教える事ないんだけどなぁ、来生の奴、何を考えて…」
須藤は何か思い出したような表情をして、白井を見つめた。
「な、何でしょうか……」
「白井…この世界に入ったのは…」
「三年前です。それまで、札付きの悪…と言われるほど、暴れてました。
その時に、来生親分に出逢い、そして今があります」
「ほぉ〜。根っからの悪…か」
「悪…って程じゃないと思いますが……この世界じゃ当たり前……」
「まぁそうだな。一般市民に恐れられて一人前………」
「はい。だから、俺…」
「……そういう心根の奴だからか……はぁ〜」
厄介な奴を押しつけやがって…来生のやろぉ〜。
「須藤親分??」
「白井が目指すのは誰だ?」
「本来なら来生会長…と申したい所ですが、私は、阿山五代目の側近、
ボディーガードでもあった、地島さんに憧れてます」
「逢った事ないだろ?」
「はい。でも、この世界じゃ、知らない人は居ませんよ。……もう、この世に
居ないと言われている地島さんの事を耳にして、俺……すごく感動しました。
五代目を守るために身を挺したと…そして、この世を……」
「それだけで憧れるのか?」
「地島さんは、普段は優しいのに、いざというときは、凄い力を発するんでしょう?
そして、敵だと判断した相手には、容赦なかったとお聞きしてます。それも
敵に攻撃を与えるスキもない素早さ……俺……そのようになりたい。
そして、来生親分を守りたいっ!」
両拳に力を込める白井。
忠誠心は凄いんだな……。
「…白井」
「はい」
「地島を目指すんなら、その後先考えないで相手を威嚇する性格…
直さないと駄目だな…」
「すみません……」
「それに、一般市民に迷惑を掛けるのは、親分の顔に泥を塗る事に
なるんだぞ。そんな男に守られるのは、親としては嫌だな」
須藤の言葉は、ずしりと重く、白井の心に突き刺さっていた。 煙草に火を付ける須藤。 吐き出す煙に目を細めながら、まさちんが入っていった扉を見つめていた。
こりゃ、まさちんの正体がばれたら、大変だな……。
まさちんが廊下に出てきた。そして、須藤が座っていたソファをちらりと見つめる。 そこには、誰も居なかった。
流石に諦めたか……。
と想いながら、一歩踏み出した時だった。
「北島ぁ〜、飯…おごれ」
ドスが利きながらも、弱々しい須藤の声が……。 声からも解る。…待ちくたびれて、怒りも沸々と…。
それなら、何も……。
呆れたように肩の力を落とし、声が聞こえた方に振り返る。
「あのね、須藤さん、俺は…」
「おごれないなら、夕飯に付き合え」
「嫌ですよ」
そう言って、まさちんは歩き出した。
「おっさん、いい加減にせぇよ!」
まさちんの態度が、とことん気にくわない白井は、まさちんの右腕を掴んで引き留めた。
「須藤親分の言葉に、尽くたてつきやがってっ! お前は………!?」
怒鳴る白井は、足下から聞こえる異様な音に目を見張る。 なんと、まさちんの右手の甲を伝って、真っ赤な物が滴り落ちていた。 それを観て、慌てて手を放す白井。 まさちんは、何事も無かったような表情で、右腕の肘の辺りにハンカチを巻いた。
「………やっぱり襲われとったな…」
「畑で転んだときに、鍬で切っただけですよ」
「嘘付くな。情報は、入ってる」
冷静に言う須藤は、自分の耳を指さしていた。
「夕食には付き合えませんね。これから、病院に検査なので」
右腕を振りながら、まさちんは去っていく。
ったく…。
「白井、追いかけるぞ………って、白井、どうした?」
白井は、まさちんの腕を掴んだ自分の手を見つめて震えていた。
「お…俺……あの人に怪我を……」
「傷口が開いただけだって、気にするな」
「しかし、あの人は、須藤親分や来生会長の……」
「大丈夫だ。もし、怒ってるなら、今頃、白井自身が倒れてるって」
「す、すみません!! 俺、気になるから、北島さんを追いかけます!」
「だから、行くぞと言っただろがっ。あほ」
「あっ、す、すみません!!!」
平謝りの白井を観て、須藤は、笑いを堪えていた。
短気かと思えば、他人を心配する気持ちは強いんだなぁ〜。 ほんま、厄介やんけ…来生のボケっ!
須藤と白井は、映画館を後にした。
清水総合病院の駐車場に、まさちんの車とまさちんを追いかけてきた須藤の車が停まる。車から降りたまさちんは、同じように車から降りた須藤と白井の姿を観て、呆れたように項垂れる。 そして、そのまま病院の建物へと向かっていった。
「だから、言ったでしょうがっ!」
まさちんの右腕の傷を縫合しながら、この病院の院長であり、橋の同級生でもある清水が訴える。
「大丈夫ですって」
「それでなくても、検査結果はあまり良くないんですよ」
「平気なんですけどねぇ」
ヘラヘラと笑ったまま、まさちんが応える。 治療室には、須藤と白井の姿もあった。
「それで、あの二人は?」
「…あぁ、その……」
「申し訳御座いません!!!」
まさちんの言葉を遮るかのように白井が言う。
「北島さんの傷を広げてしまったのは、俺です。だから、これ以上
北島さんを怒らないでください!!!」
白井の態度に驚いたのは、隣に居た須藤だけでなく、まさちんと清水もだった。
「あっ、いや、…別に怒ってるんじゃなくて、医者としての注意ですよ」
「それでも………北島さん、すみませんでしたっ!!!!!!!!!」
「大丈夫ですから、その…頭を上げて下さい、白井さん」
そう言いながら、立ち上がったまさちんは、視界が急に天井に変わった。
「…っ!!! まさちんっ!!!!!」
須藤の慌てた声が、遠くに聞こえた………………………。
病院の一室にあるベッドには、まさちんが眠っていた。 傍らには、清水と須藤、そして、白井が立ち、眠るまさちんを見下ろしながら、話し込んでいた。
「ここ数ヶ月、検査結果が思わしくないんですよ」
清水が静かに言った。
「頭の怪我ですか?」
「その影響と、例の薬ですよ」
「それらは全てクリアしていたはずですよね」
「えぇ」
「まさか、あんたが……」
須藤のオーラが急変する。 真北から、それとなく聞いていた清水の身の上。 その昔、ライの組織に居た清水。まさちんを狙っている事も知っていた。
「してませんっ!!! これ以上、北島さんの怒りに触れたくありませんよ!
そちらの世界とは縁を切ったと言っても、備わっているモノは、
いつまでも残ってるでしょうがっ!!! あの時の怖さと言ったら……
耳にしていた情報よりも遙かに恐ろしかったんですから!!!
須藤さんだって、御存知でしょうがっ!」
恐怖が怒りに変わる瞬間を目の当たりにする須藤と白井。 まさちんの事を話す清水の表情が、目に見えるように変わっていた。
「解った解った。だから、そう怒るなって」
「はっ!!!! ……すみませんでした。思わず…」
「まぁ、あんたの過去は、真北さんから聞いてるし、まさちんも
知ってるらしいからな」
「ばれてます」
ハキハキと言う清水。
「それで、急に倒れたのは…」
「結果が思わしくないので、橋に連絡して、今日辺り、
その対策を教えてもらえるてはずなんだが……」
沈黙が続く中、須藤が項垂れた。
「……だから、窓は止めろと言ってるだろが、キル……」
「あはっ! はろぉん!!」
何処かで聞いた事のある軽い口調で開いている窓から姿を現したのは、キル。着地すると同時に、白衣を羽織った。
「………あぁのぉなぁ〜っ」
怒りを抑えるかのような雰囲気で、須藤が言う。それには慣れているのか、キルは、相手にもせず、清水に歩み寄った。
「こちらが、橋院長から預かった資料です」
「あ、はぁ…ども………」
「まさか、あなたが、こうしてここに居るとは……思いませんでしたよ」
キルのオーラが沸々と変わっていく。 その昔、感じたモノ……。 その場に居る須藤だけでなく、清水、そして、ドア付近に立っている白井は、息を飲む。 恐ろしいまでのオーラに反応したのは、眠っているはずのまさちんだった。 キルの腕を掴み、体を起こして、睨んでいた。
「…キル……てめぇ………戻るな……と……言ってるだろ…。
組長が…心配……す………」
そこまで言って、キルにもたれかかるように気を失うまさちん。キルはしっかりと支え、まさちんを寝かしつけた。
「キルのオーラに反応して目を覚ますとは……まさちんは、未だに…」
「眠っているものを無理矢理抑え込んでるんですよ…恐らく……」
キルのオーラが、消えていた。
「……で、あの口調は、健からか?」
「えいぞうさんですよ。俺の立場、そして、清水の事を御存知で…。
軽い口調なら、大丈夫だろうとおっしゃったんですが、……未だに
この清水の心に闇が残ってるから、本能が反応しただけですよ」
そう話すキルの表情は、医者の雰囲気を醸し出していた。
「……と、そちらの兄さんは?」
ドア付近に立っている白井を指さすキル。
「あぁ、来生会の若い衆で、滞在中、俺の世話をしてくれる白井くん」
「し、し、し……白井です!!」
声が裏返っていた。
「キルと申します。大阪にある橋総合病院の医者です」
素敵な笑顔で自己紹介するキルだった。
「…キル、この資料だと、お前がするのか?」
清水が尋ねる。
「あんたを疑っているわけじゃないんだが、ガードも兼ねている」
冷静に応えるキルに、須藤と清水の表情が変わる。
「まさか…」
「状況が悪化してる。…真子様命令で、俺はまさちんさんのガードだ。
向こうの状況を知れば、まさちんさんの事…恐らく…」
「それを気にして、組長は俺をここに派遣したんだが、俺じゃ無理ってか?」
「いいえ。私は、あくまでガードだけですよ。攻撃は、須藤さん」
「…って、おいおいおいおいぃ〜っ、待てやぁ」
「真子様の命令ですよ」
「っっっっ!!! 解ったよっ…ったく。……で、まさちんの具合は?」
「本来なら、再度手術が必要らしいのですが、恐らくまさちんさんは
嫌がるだろうと……………!!!!」
まさちんの病室のドアの前に、何らかの異変を感じたキル、そして、須藤。もちろん、清水も感じていた。ただ、ドア付近に立っている白井だけは、感じていないのか、三人の目線に慌てたように壁にへばりつく。
病室のドアが、勢い良く開いた!!!
(2004.12.26 『極』編・憧れるもの<1> 改訂版2014.12.23 UP)
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