憧れるもの<2>
清水総合病院の一室。 そこには、まさちんが眠っていた。そのまさちんを心配するように須藤と病院の院長・清水、そして、清水の同級生である橋からの依頼でこの病院にやって来たキルと、来生会の若い衆で、須藤がここに滞在する間、世話をするように言われた白井が居た。 まさちんの容態に対する橋の回答を話し合っていた時だった。 廊下を何かが勢い良く走ってくる。その気配に須藤達は警戒態勢に入った。 そして、病室のドアが、勢い良く開いた!!!
「政樹っ!!!!!!」
まさちんの病室に飛び込んできたのは、まさちんの母だった。
「北島さん……病院では静かにするようにと…」
「倒れたと連絡があったから……」
母は、須藤達を押しのけて、まさちんの側にやって来る。
「清水先生、どうなんですか? やはり、悪いんですか?」
「今のところは、何も応えられません。ただ、担当医である
橋院長から、指示ありましたので、息子さんが退院するまでは
このキル先生が担当されます。橋院長のお弟子さんですよ」
「初めまして」
優しい表情で挨拶をするキル。まさちんの母はキルを見て、白衣に付けている名札を観た。
「喜隆…きりゅう…? 変わったお名前ですね」
「ん? あ、あぁ、真子様が付けて下さった名前です。喜びをつくりあげる
…隆で、キルと言います」
「真子ちゃんから……」
「はい」
「素敵な名前ですね」
「ありがとうございます」
「…その……政樹は…?」
母は、ベッドに横たわるまさちんを見つめる。
「今のところは落ち着いてます。急に倒れたそうで、恐らく、
頭の傷が影響してると考えられます」
「ここ数ヶ月、無理してるのは解ってました。…でも、この子は…」
「絶対に誰にも言わない。例え、身内でも……組長に対しても…」
須藤が応えた。
「そうですね」
「その、まさちんさんのお母上」
キルが言った。それには、病室に居る誰もが呆気に取られる。
「あ、あの……北島で構いませんよ」
「あっ、す、すみません、北島さん」
「喜隆(きる)さん、何か…?」
「まさちんさんの治療には、安静が必要なんですが、まさちんさんの
事ですから、きっと、動き回ると思うんです」
「その通りですね」
「そこで…!」
キルは、鞄の中からベルトに似た帯状の物を四つ取りだした。
「それは?」
「地島さんからお預かりした特製にあつらえた抑制ベルトです。
まさちんさんの力でも、解けないようになってます」
説明しながら、キルはまさちんをベッドに抑制していく。 最後のベルトが足にかけ終わった時だった。 まさちんが、目を覚ます。
「政樹っ!」
その声に目線を移したまさちん。
「お袋…………………!!! って、キル、お前、何してる!」
体を起こそうとして、動けない事に気付いたまさちんは、キルが行った事に気付いた様子。
「解け!」
「駄目です。御自分でも体調の事は把握しておられるでしょう?
それなのに、無理して動けば、更に悪化します」
「ほっとけっ! 俺の体だろがっ。それより、キル! 組長から離れて
何をしてるんだよ! お前…組長の事を…」
「真子様からの依頼です。まさちんさんの体を治すようにと…」
「もしかして…」
「その……清水からの資料を読んでいる時に、真子様が来られて、
その時に。その後なんですが、橋院長が対策を考えておられた時に
地島さんが来られまして、そのベルトを……」
「…って、これ兄貴んとこ?!?!! ………はぁ〜〜あ…」
いきなり脱力感に襲われたまさちん。この場から逃げる事を諦めた様子。
「解ったよぉ…で、いつまで?」
「一週間以上……」
「それは嫌だ。畑が心配……」
「私に任せなさい」
「お袋ぉ〜」
「……真子ちゃんだけでなく、私も心配なんだから。これ以上、
あんたの知り合いに心配かけたら、私…許さないわよぉ〜」
ひしひしと伝わってくる母の怒り……。
「お…、お…お袋……」
流石のまさちんも、それには、たじたじとなる。
「ということで、清水先生」
まさちんに話しかけていた雰囲気とは全く違い、明るい感じで清水に話しかける。
「はい」
「息子の事、宜しくお願いします。喜隆先生、大変ご迷惑を
お掛けしそうなんですが…宜しくお願いします」
母は深々と頭を下げた。
「お任せ下さい。まさちんさんの行動は全て把握しております」
「安心ですわ」
母はニッコリと笑った。
「さぁてと、こうしちゃおられないわぁ〜。政樹の入院の用意を〜」
「…お袋……張り切ってませんか?」
「息子の世話は、母の仕事! この際、甘えなさい! ね!」
「お袋……」
母の言葉に感極まったのか、まさちんの言葉は詰まってしまう。
「では、私は一旦家に……」
「待って、お袋」
「はい?」
まさちんは、病室を出ようとした母を引き留め、そして、須藤を見つめた。
「須藤さん、お願いしてよろしいですか」
真剣な眼差しで須藤に言う。 その眼差しで、まさちんが何を言いたいのかが解る須藤。
「まさちんのお袋さん」
「はい? ……って、あなた、誰? まさか、政樹を狙って〜」
その時、初めて須藤の姿に気付いた母。 須藤ともう一人の男・白井の姿を見て、すぐに『やくざ』だと解ったのか、思わず警戒する。
「あ、あの……私共は……………」
たじろぐ須藤だった。
須藤運転の車が街の中を走っていた。助手席には白井が乗り、後部座席には……。
「本当に、申し訳御座いませんでした」
まさちんの母が恐縮そうに座っていた。
「いいえ、その…お気になさらずに」
須藤が優しく応える。
「その節は、息子が大変お世話になったようで…」
「まさちんには、私の方が助けられましたからね。お世話になったのは
私の方ですよ」
「そう言ってもらえると、息子は喜びますよ」
「怒りそうですけどね」
笑いながら言った須藤は、助手席の白井をちらりと観る。 まさちんの病室にキルが来た頃から、大人しく、必要最低限の言葉以外は、発しなくなっていた。
「白井、どうした?」
「あっ、いいえ…」
「急に大人しくなったけど、俺の行動に不満でもあるのか?」
「その……窓から入ってきた…喜隆という医者…誰ですか?
それに、清水院長も……そして、一番気になるのは
北島って男ですよ。……須藤親分は、『まさちん』と呼んでましたが、
その呼び名を持つ男は……俺の記憶には一人しか居ません。
俺の憧れる…目標にしている…地島さんです」
白井は、須藤に振り向く。
「俺の考え、間違ってますか?」
白井の言葉に、須藤は何も応えない。そっとルームミラーに移る後部座席の母を観る。母は、微笑んでいた。
「白井くんだっけ」
「は、はい!」
「確かに息子は、そちらの世界で生きていた人間ですよ」
「でも、地島さんは、阿山組五代目を守って亡くなったと…」
「その通り。あの病室に居た男…私の息子は、一度この世を去ったわ。
でも……私の為に蘇ったの!」
「えっ?!?!?!!」
母の言葉に、白井は目が点になる。その表情があまりにも滑稽だったのか、須藤は大声を張り上げて笑い出した。
「須藤親分〜、笑わないでください!!!」
「まぁ、色々と事情があるのよ。それを話すと長くなるけど…
聞きたい?」
「あっ、いいえ、…またの機会に…」
聞いてはいけない話だと、瞬時に悟る白井。 須藤が笑いながらも、鋭い目つきで白井を睨んでいたのだった……。
車は街から離れていった。
「あら? 須藤さん、私の自宅、御存知なのですか?」
「はぁ、まぁ…一度、いいえ…二度くらいですね、まさちんの様子を
伺うために、訪れてますよ」
「そうでしたか。それ程…」
「組長が会いに来る前ですよ。…まさちんが生きていると
白井の居る来生会の来生に聞いて、真相を確かめに…ね」
「それで、真子ちゃんに伝えたんですか?」
「北島政樹は別人だったと……組長は、頑として…」
「なのに、須藤さんは諦めなかったのね」
「えぇ」
「それは、あの子に阿山組六代目を継がせるために?」
「北島さん……なぜ、その話を…」
「真北さんから」
あっけらかんと話す母に、須藤は驚かされっぱなしだった。
「…あの日…真子ちゃんが、美玖ちゃんたちと遊びに来たでしょう?」
「えぇ」
「帰るときに、真北さんが私にだけ、こっそりと話して下さったの。
真子ちゃんは、そう伝えに来たんだと。…だけど…」
「まさちんの新たな生活を観て、言えなかった…」
「えぇ。…ほんと、政樹は幸せですよね。こうして、守ってもらえて」
須藤は、ルームミラーでまさちんの母の顔を見る。その表情は、どことなく、寂しく感じていた。
「北島さん、到着しましたよ」
「あっ! 本当に御存知なんですね、家まで」
「あ、はぁ…すみません」
「車は、門の側に停めて下さいね」
母は車を降りる。須藤と白井も車を降りた。
「あっそうだわ。夕食、まだでしょう?」
「いいえ、私たちは…」
と須藤が応えたと同時に、白井の腹が鳴る……。
「………すみませんっ!!!!!」
「ったく…」
「ふふふふ! どうぞ、お招きしますよ。…政樹の分なんですけど…」
「申し訳御座いません…お言葉に甘えさせていただきます」
須藤は丁寧に頭を下げた。
リビングに通された須藤と白井は、今のまさちんの生活を目の当たりにしてしまう。
「すみませんね、政樹の趣味ばかりで…」
「…映画鑑賞…ここでも出来ますね…」
「街に出る事を躊躇っていた時期があったんですよ。
腕の具合も良くなかったみたいでね。その時に、
買いそろえたんですよ」
「まるで、映画館……」
白井が呟く。
「外に出る勇気が無かった政樹を無理矢理買い物に連れ出して、
そして、やっと今の生活を始めたのよ」
「まさちんらしくないですね」
「えぇ。あの事件の後から、何かを失ったままなのよ。だけどね、
真子ちゃんに打ち明けた途端、吹っ切れてしまってねぇ〜。それ…」
母は、ソファの横に置いている段ボール箱を指さした。須藤は目線を移す。
「…………こりゃ、一平が嘆くものばかり……」
箱の中には、猫グッズの山…。
「お待たせしました、どうぞ」
ダイニングに招く母。そこには、豪華な料理が並んでいた。
「あ、あの……」
「少なくてすみません」
…滅茶苦茶多いんですが…。
「…もしかして、これ…」
「政樹一人分なんですけど……」
まさちん、食べ過ぎ……。
と想いながらも、
「いただきます」
まさちんの病室。
「なぁ、キル」
「なんでしょう?」
「外してくれないか?」
「駄目です」
「ちゃんと寝ておくからさぁ」
「信じません」
「心配なんだって」
「大丈夫です。その為に、この方法を……………」
キルは言葉を濁す。その仕草で、まさちんは何かに気が付いた。
「状況を説明してもらおうか?」
抑制ベルトで動けない状態だが、まさちんは、キルを威嚇する。
「説明できないなら、俺はベルトを解いて、動くぞ」
「それは、困ります……が、これは、解けませんよ。まさちんさんの
行動を全て把握している地島さんが特別に作ったベルトですからね。
いくら、まさちんさんでも、無理ですよ」
キルの言葉通り、まさちんは、何をやっても、抑制ベルトから逃れる事が出来なかった。
「あがぁぁがぁっ!! もぉぉっ!!!」
そう言いながら、まさちんは暴れ出す。
「駄目ですよ!!! それ以上暴れるなら、頭も固定しますよ!!」
「やめてくれぇ!!!!」
「本当に……安静が必要なんですから……」
落ち込んだようにキルが言った。その言葉で、まさちんは大人しくなる。
「…キル……本当の事を話してくれ。組長からキルが離れてまで
俺の所に来るのは、最悪の状態だからだろ。…俺が狙われてるのは
解ってる。この腕の傷の時に、清水が教えてくれた」
「えっ?」
「裏の組織の残党が、俺を利用して、組長を狙ってることくらい…。
だけど、俺はもう、何が遭っても、この手で組長の命を狙う事はない。
絶対に。……だから、俺は、あの時……自分の頭を撃ったんだ…」
「自己暗示を?」
「組長を困らせた時は、そうするように……ある人に頼んでな…」
「まさか、真北……さん?」
まさちんは、そっと頷いて目を反らす。
「だけど、俺の行動は真北さんの想像を超えていたらしい。
まさか、頭をぶち抜こうとは、誰も考えないだろうな」
「そうですね」
冷たく応えるキルは、ベッドの側にある椅子に腰を掛けた。
「まさちんさんだけじゃありません。お母上もです」
「解ってる…だから、俺はお袋を守るために、色々と動いていたんだよ。
お袋から敵の目を反らすために…な」
「それがたたって、体調不良になったんですよ」
「うるさいっ」
「真子様は、こちらに詳しい須藤さんを先に向かわせました。そして、
状況を把握してから、手を打とうと…」
「…無事…なんだな?」
「真子様は無事です。…というか、困っておられます…」
「俺のせいか…?」
「ちゃいます……えいぞうさんと健ちゃんに…」
「だから、あの二人を表立たせるなと何度も言ったのになぁ〜もぉ〜」
嘆くまさちんに、キルは微笑んでいた。
「で、キルは俺のガードって事か…」
「治療も兼ねてますよ」
「ありがとな」
「いっ?!?!?!」
まさちんの言葉に驚くキル。
「驚きすぎだっ!」
「す、すみません!!」
「一週間で片づくのか?」
「へ?」
「俺の安静期間のうちに、片づける事が可能なのか?」
「その辺りは、お任せ下さい」
自信たっぷりに言い切るキル。
「……真北さんが、組長に怒られない事を祈るよ」
「お解りでしたか……」
「長年付き合ってればなぁ〜」
和やかな雰囲気の病室とは正反対に、まさちんの自宅では……。
大きな鞄を持って、母が玄関にやって来る。須藤は、警戒しながらも、母を車に迎えた。
「本当に有難う御座います」
母が、一礼して車に乗ろうとした時だった。 須藤のオーラが急変する。
「白井、お袋さんを頼んだっ!」
「えっ? …は、はい!!!」
須藤は、懐に手を入れて、とある場所を凝視していた。その表情から解る事、それは…。 白井は、まさちんの母を車の後部座席に優しく押し込み、そして、戦闘態勢に入った。 いきなりの事で、母はきょとんとしていたが、後部座席の窓ガラスに傷が入ったことで、事態を把握した。
「須藤さん、白井くん!!!」
母が叫ぶ。 車の周りで、銃撃戦が始まった…。
(2004.12.27 『極』編・憧れるもの<2> 改訂版2014.12.23 UP)
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