〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



憧れるもの<3>

自然豊かな場所。そこは、まさちんの自宅がある。
普段は、静かなこの場所も、この日は違っていた。


須藤は、車の影に身を隠しながら、とある場所に銃口を向けていた。
須藤の世話を言われている来生会の若い衆・白井は、車の後部座席に座る人物を守るかのように辺りを警戒している。その車の後部座席には、まさちんの母が座っていた。窓越しに見える須藤の表情、そして、白井の眼差しに、外で何が起こっているのかを把握する母は、必死で窓を叩いて、何かを叫んでいた。
須藤が、腰の辺りに手を当て、何かを握りしめた。それを素早く銃口に付け、引き金を引いた。

銃撃戦が止んだ。

須藤は立ち上がり、銃を懐にしまい込み、服を整える。一息付いたあと、とある場所に向かって歩き出した。
須藤の行動で、白井は戦闘態勢を解いた。そして、須藤の歩いていった方を見つめた。須藤は、黒服を着た二人の男を引きずるように車の側に連れてきた。
その時、後部座席のドアが開いた。

「北島さん!! …って、うわっ!! ……ほへっ?!」

ガツン!!!

拳が、二人の男の頭の上に落っこちた。

「あんたらねぇ、こんな所で暴れないでよね!!
 観てよ!! 畑が無茶苦茶じゃない!! 手入れが大変な事は
 知ってるでしょう! これじゃぁ、また、一からしないと駄目じゃないの!!
 本当にぃ〜〜、下手くそっ!!」

今度は、男達の頬を往復ビンタ……。
いきなりの事で、男達は、きょとんとしている。
それ以上に、呆気に取られてるのは、須藤と白井だった。

「…あの、北島さん………」

須藤が声を掛けるが、母は聞く耳を忘れている…。

「あんたたち、手伝ってもらうからね! 政樹が怒るでしょぉ〜」
「……そ、そ…」

一人の男が口を開こうとしたが、そのスキを与えない母は、話し続ける。

「いい、良く聞きなさい。一度しか言わないからね。あんたは
 水をくんでくる。そして、あんたは、耕す! いいね?」
「あのぉ、北島さん」

須藤は声を張り上げて母を呼ぶ。

「はい、なに?」
「その……今の状況は、その話をしてる場合じゃ…それに、こいつらは
 連行されますから……」
「じゃぁ、誰が、あれを?」
「その…危機にさらされたんですが…」
「解ってるわよ。…でも、こんなの序の口ですよ。青柳の刺客は、
 もっと酷かったんですからね………あっ……」

まさちんの母は慌てて口を噤んだ。

「北島さん、もしかして……」
「………政樹が、道を変更したのは、そのせいなの。
 やくざに仕返しをするには、やくざになるしかない。
 だから、暴れて、その世界に入って、いつかきっと……。
 あの子は、そう言って十四で家を出たわ。……その通りに
 なっていた。そして、青柳を……」
「そのお話は、組長から聞いて知っております。…だけど、まさちんの
 過去は、知らなかったですよ」
「…あの子には内緒にしててぇ〜」

なぜか、焦る母に、須藤は優しく微笑み返す。

「ご安心を。…だけど、あの銃撃戦に恐れないとは……いやはや
 流石、まさちんの母上だけありますね…白井、目の当たりに出来て
 良かったな」
「はっ。俺でも恐怖を感じていたのに、北島さんは…」
「怒った政樹の方が、恐いからねぇ〜、ほんと…」
「そうですね…ははは…」

乾いた笑いが広がる自宅前。サイレンの音が近づいてくるのが解った。

「須藤さん!」
「はい?」

突然名前を呼ばれて、須藤は振り返る。

「あなた、撃たれて…」

母は、須藤の手の甲を伝う血に気付いた。急いで止血をする母に、須藤は優しく声を掛ける。

「病院に戻りますよ。それと…………」

まさちんの母に、こっそりと何かを告げた。




キルは、まさちんの診察を終え、カルテに記入する。

「なぁ、外してくれよぉ」
「駄目です」
「体がなまる…」
「今は頭の方が心配です。体を鍛えるのは、結果が良くなってからでも
 大丈夫でしょう? これ以上、頭に負担を掛けると、右腕も支障が出ます」
「動かないからさぁ」
「信じません。腕の傷だって、痛みを感じないそうで…」
「痛みを感じないのは、昔っからだ。…組長に青い光を受けてから…」
「それでも痛さは感じていたでしょう?」
「あぁ」
「こちらに来てから、徐々に感覚が戻っていたはずですよ」
「そうだよ」
「それが今………」

ドアが開く気配を感じ振り返る。

「たっだいまぁ」

明るい声で入ってきたのは、まさちんの母だった。

「お袋ぉ〜〜………自宅で何かありました?」

まさちんが尋ねる。

「何も無かったよ」
「硝煙の臭いがする……まさか、あいつらっ! !!! キル! 解けっ!」

急に暴れ出すまさちんを、キルは思いっきり抑えつけた。

「加減しろぉ!!!」
「しませんっ! 北島さんは無事ですよ! 怪我ありませんから!」

血の臭いに敏感なキルが力強く言った。

「お袋、本当ですか!」
「須藤さんが、守ってくれた。…でも、政樹」
「なんですかっ」
「あの時よりも、大人しかったから、安心しなさい」

母の言葉に、まさちんは急に大人しくなる。

「本当ですか?」
「見ての通り、無傷です」

まさちんは大きく息を吐き、体の力を抜いた。

「でも、血の臭いも混じってる…」

静かに言うまさちん。

須藤さんの言った通り、本当に鋭いわ…。

呆れたように息を吐く母。

「須藤さんが、応戦して撃たれたの。その手当てをしただけ」
「ったく…撃たれるなって。…須藤さんも鈍ってきたんじゃないのか?」

そう言って、ギッとキルを睨むまさちん。

眼差しは…健在ですか……。

その眼差しに恐れたキルは、まさちんから、ちょっぴり距離を取った。

「大事には至らないから、安心しなさい。そして、動かないの!」

まさちんの怒りの眼差しをも抑え込むかのように、母は、母の威厳を醸し出した。

「…は、は…はい……」

思わず弱腰になるまさちんだった。


キルは、まさちんの母にまさちんの容態を説明する。母は真剣に聞いていた。二人の会話を耳にしながら、まさちんは聞いていないフリをして、天井を見つめている。

「それでは、宜しくお願いします。私は連絡がありますので」

キルは深々と頭を下げる。

「こちらこそ、お世話になります」

母も頭を下げていた。

「ところで、喜隆(きる)先生」
「はい」
「そのお仕事、長いのかしら?」

母の質問は唐突だった。

「この仕事…というのは」
「医者の仕事ですよぉ。先程の説明を聞いていたら、すごく解りやすくて
 それでいて、私の方が安心しましたから。このように、患者の家族を
 安心させる技は、熟練した医者じゃないと無理でしょう?」
「いや、それは…私は未だ新米です。まさちんさんが北島と
 再び名乗って過ごし始めた期間と同じです」
「あら? 新米さんだったの? 見えないわぁ〜」
「ありがとうございます」
「そう言えば、お名前…真子さんが付けたとおっしゃったわよねぇ」
「えぇ。その………」

キルは、思わず口にしそうになった言葉を飲み込んだ。そして、ちらりとまさちんに目をやった。会話が途切れた事で、まさちんがキルを見た。

伝えても…よろしいんでしょうか…。

キルの目は、そう訴えている。

「お袋」

まさちんが呼ぶ。

「はい」
「キルを良く見て下さいよ」
「見てるわよ。素敵な顔でしょぉ、日本人離れした目といい、
 高い鼻といい…金髪もそうよね」

ん?

そこまで言って、母は何かに気が付いた。

「そこまで解っておられたら、気付くはずですけど…」

まさちんの言葉に、母の顔が照れたように真っ赤になっていく。

「だってぇ〜。今時の若い人って、目の色も髪の色も
 黒い人が少ないじゃないぃ〜」
「そうですけど、キルを人目見れば、解りそうでしょうがぁ!」
「そんなに強く言わないでよぉ〜もぉっ!」

まさちんの母は、プイッと背を向けた。

「あっ、お袋………」

まさちんと母のやり取りに、間に挟まれていたキルは、あたふた…おろおろ…。

「あの…その………」

母の背を見て、キルは何かを決心する。

「キル……英語で、そう読みます」
「キル、お前っ!」

キルの言葉を遮るかのように言うまさちん。しかし、キルは話し続けた。

「日本語に訳すと、殺すと言う意味になります」

キルの言葉で、母は振り返る。

「喜隆先生…もしかして…」
「…まさちんさんの体をこのようにしてしまった…そして、
 頭を撃たなければならない状態に陥れてしまった組織の
 一員でした。…殺し屋として生きていました。そして、
 …真子様の命を狙って、日本に……」
「キル……その話は…」
「本当のことですから」

まさちんに振り返り、微笑むキル。

「ったく……」

まさちんは呆れ返った。

「だけど」

キルは話し続ける。

「反対に、真子様にやられました。そして、死んだと思わせて、
 今の私があります。真子様を守る為に、今は生きてます」
「…真子ちゃんが、名前を?」
「はい。医師免許を取得して、患者と接する機会が多くなり、
 カタカナでは、誰もが恐れるかもしれないと…それで…」
「喜びをつくりだすように……喜隆……なのね」
「はい。大切にしております」
「だから、患者にも患者の家族にも、優しいのね」
「優しい……んですか? まさちんさん。私はこれが普通だと
 思っているんですけど……」

突拍子もない質問に、まさちんは笑い出す。

「くっくっく…はっはっは!! キル、おもろすぎ」
「えっ?! えっ???」

まさちんが笑い出した事が解らないキルは、またしてもオロオロ……。

「喜隆先生ったら、面白いんだからぁ〜」

母は、キルの肩をぽんぽん叩いて笑い出す。
病室のドアがノックされた。

「失礼します」

そう言って入ってきたのは、清水。

「清水先生、須藤さんの具合は?」
「かすり傷程度ですよ」
「良かったぁ〜。もし、ひどかったら、私、政樹に何を言われていたか…」

母は急に言葉を止める。

「政樹」
「はい?」
「あんた……もしかして…」
「何でしょう?」

母は、ゆっくりと振り返り、まさちんを見つめた。

「もしかして、予感でも?」
「予感?」
「もしもの事を考えて、須藤さんに運転を頼んだの?」

母は真剣な眼差しで、まさちんを見つめている。

「いいえ。タクシー代の節約ですよ」

あっけらかんと言ったまさちんに、母は項垂れた。

「あんたって子はぁ〜〜」
「いいじゃありませんか」

笑って誤魔化すまさちんだった。

「須藤さんは?」
「廊下です」
「お礼…言わなきゃね。じゃぁ、政樹、お休みぃ」
「………あまり、余計な事を話さないで下さいよ!!」

まさちんに念を押されるが、母は、まさちんの言葉が聞こえてないのか、そっと手を上げて病室を出て行った。

「…ったく……。キル、本当に安心してもいいのか?
 お袋にまで手を出されると…。俺は黙っていられない。
 キル…解けよ」
「北島さんには、須藤さんが付いています。だから、まさちんさんは
 運転を頼んだのでしょう?」
「…その…通りだよ。須藤さんの腕は、俺が一番良く知ってるからな。
 万が一の事を考えての行動だ。なのに、それが的中したとはな」

まさちんの口調で解る。怒りを抑えている事が……。

「ここに居る限り、安全ですよ。…私が付いてます」
「キル…もしかして、その為に?」
「はい。お二人が狙われているのは解っております。
 だから、こうして、真子様に言われて」
「組長の方は大丈夫なのか?」
「ご安心を」

キルの表情は自信に溢れていた。

「頼むぞ…本当に」
「はっ」

一礼するキルだった。



廊下では、須藤と母が話し込んでいた。

「あの子…私が何も知らないと思ってるのかしら…」
「そうでしょうね」

須藤は、フッと息をもらし、ポケットに手を突っ込む。

「私の方が驚きましたよ。まさか、全て御存知だったとは」
「政樹の不審な行動を考えれば解りますよ」
「誰にも悟られないように行動する。…それは、まさちんの
 得意とする行動ですよ。……組長にはばれてましたけど」

須藤は笑っていた。

「どこか抜けているんですよね、まさちんは」
「えぇ。それは、幼い頃からねぇ〜」

母もつられて笑い出す。

「でも、北島さんの情報は、どなたから?」
「真北さんからなのよ…実は」

母の言葉に、目が点になる須藤。

「本当に、あの人は、全国的に動きよる…」

今に始まった事ちゃうけどな…。

「でも、喜隆先生の事は知らなかったわ」

ちょっぴり心配そうな表情に変わる母は、話を続けた。

「……いつまで続くんですか? もう、これ以上、あの子を
 悩ませたくない…そして、無理をさせたくない…。
 政樹が大切に想っている真子ちゃんにも、これ以上
 危険な世界で生きて欲しくもない……」

母の言葉は、ずしりと重かった。

「でも私は、あの子の行動を止める事が出来ないのよ…。
 どうしてかな…」

そう言う母の表情は、とても穏やかだった。

「まさちんだからでしょう」

須藤が応えた。

「ん?」
「誰よりも優しくて、思いやりが強くて、そして、
 命を大切にする男ですよ。そのように、あなたが育てた」
「私より、真子ちゃんですよ」
「いいえ。組長に逢う前から……そうでしょう?」

須藤の眼差しは、やくざとは思えないほど温かい。

「えぇ。…あの人の為に…そして、私の為に……」

母の目に涙が浮かんでいた。

「兎に角、一週間。まさちんを外に出さないよう
 見張っててください」

その場の雰囲気を切り替えるかのように、須藤が言った。

「一週間?」
「真北さんから許可を頂いた期間は一週間なんです。
 その間に、一掃しないと、私共がやばいんでねぇ〜」
「あの子無しで、出来るのかしら?」
「お任せ下さい。…あのまさちんを抑えられるのは、
 北島さんだけです。北島さんのお言葉なら絶対に…」
「私より、真子ちゃんですよ。あの子にとって、一番大切ですからね」

そう言った母の表情には、少し嫉妬が感じられた。



(2004.12.28 『極』編・憧れるもの<3> 改訂版2014.12.23 UP)






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※この〜任侠(?)ファンタジー小説〜光と笑顔の新たな世界・『極』編〜は、完結編から数年後の物語です。
※任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』の本編、続編、完結編、番外編の全てを読まないと楽しめないと思います。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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