アルバム 1
街の一角にある幼稚園。
桜がちらほらと咲き始めた頃、この幼稚園では、入園式が行われていた。
ビシッと着こなしたスーツで大人達が、真新しい制服を着て、ちょっぴり緊張した面持ちの子供と共に、かわいらしく飾られた門を通っていく。門の隣にある立て札の所で記念の写真を撮る家族、幼稚園内を見学する家族など、様々な光景が見られる中、一際目立つ集団が………。
「……何も、こんな大所帯で……」
そう言って呆れたように息を吐いたのは、この日、入園式を迎える子供の父親だった。
「どこから情報が漏れたんだろう……」
それに応えるかのように呟いたのは母親だった。 そして、二人と手を繋ぎ、弾む足取りで歩く幼稚園児が、母を見上げて言った。
「ねぇ、ママ」
「なぁに、美玖」
「かえりは、りょぉパパのおみせにいくの?」
「う〜ん、涼パパも今日はお仕事お休みだよ? お店じゃなくて
おうちで、お祝いだから、真っ直ぐ帰ろうね」
「はい! …じゃぁ、みんなもいっしょ?」
「う〜〜〜ん……それは………」
そう言って、父親を見つめる母親。
「真子、俺は反対だっ」
「どうしてぇ〜芯〜」
「真北さん、えいぞう、健までは許す。……だけど、なんで水木が居る!!!」
静かに怒鳴って振り返る父親・ぺんこう。その目線の先には、ビシッとスーツを着こなして、いかにも家族です!という感じで歩いている水木の姿があった。その隣には水木の妻・桜の姿もある。
「まだ、言うかぁ、ぺんこう」
どうやら、真子とぺんこうの会話が聞こえていたらしい。
「ええやんかぁ。うちら、関係者やもん。それに、毎年入園卒園には
顔を出してるんやでぇ〜。だからや」
「芯、素敵な日なんだから、そう怒るな」
嬉しそうな表情を満面に浮かべた真北が言うと、
「親子水入らずの時間が減るっ!!」
力強く応えて、そっぽを向いた。
「パパおこってる……」
美玖が呟く。
「あっ、いや、それは………美玖、光ちゃんと同じ組かなぁ、どうかなぁ」
上手い具合に話を反らしたぺんこうだった。
入園式が始まった。 主役の子供達は、組毎に集められて、座っていた。その様子を後ろから心配そうに見つめる目が並ぶ。 落ち着き無く座る子供が目立つ中、美玖と光一は、静かに座っていた。
「真北さんの教育かな……」
そう呟いたのは、来賓席に座る水木。
「ぺんこうの血も引いてるから、こういう所ではしっかりしてるんやろな」
桜が応えた。 水木は、真子が座っている方に目をやった。 真子を守る感じで、くまはち、ぺんこう、そして、真北とえいぞうが座っていた。水木の座る位置からは、真子の姿が見えにくい。ちょっぴり残念そうな表情になる水木だった。 健が、素早く動きながら、美玖と光一の姿をデジカメで映している。 園長先生の祝辞が終わり、それぞれの組の先生が挨拶をする。 美玖と光一は同じ組。そして、その組の先生は、桜に似た雰囲気の女性だった。
「うわぁ〜、桃華(ももか)の奴、今年は一段と派手やなぁ」
桜が呟く。
「張り切ってたんやろ? 組長とむかいんの子供が来るって」
「そうやで。話した時、喜んどった」
「園児の選択……手ぇ回したやろ」
「正解ぃ〜〜。その方が安心やろ?」
「まぁな」
来賓として呼ばれたというのは、桜だけ。水木が付いてきたのには、訳があった。 真子の母親姿を見たいというのは、当たり前だが、真子の立場を知っている親たちが、何かを言うかもしれないという不安もあった。実際、通園通知をもらい、真子の事を知った途端、通園を断った家庭がある。 そして、 真子の事を何か言うかも知れない…という考えもあり、その家族の顔を覚える為でもあった。
「でも、あんた」
桜が呼ぶ。
「あん?」
「一般市民に極道面で威嚇せんといてや」
「かまへんやろ。それが俺や」
「五代目に、どやされたいんか?」
「それは嫌だな」
「……他に何かあるんか?」
「組長の体調だよ」
「やっぱし無理しとんのか……五代目らしいな」
「この日の為に、無理したんやから……」
「しゃぁないやろ。母親やもん。娘の晴れ姿は楽しみやからさぁ」
うっとりとした表情になる桜。
「……ったく、いつまでも組長を娘扱いすんな」
「五代目の言葉やもぉん。……それとも、あんた……焼き餅か?」
「うるさいっ」
そんな話をしているうちに、入園式が終わった。
美玖と光一は、虹組。その虹組の教室へと向かう園児達。その後ろを付いていくのは、園児達の親御さん。もちろん、その中には、水木と桜の姿もあった。健は写真を撮りまくっている。それに負けじと理子まで撮っていた。
「あの二人…話しが合うはずやな……」
むかいんが呟いた。
「写真の話になると、二人とも止まらないもんなぁ〜」
真子が言う。
「アルバム…何冊になるんやろ…」
真子に気遣いながら歩くぺんこうが言った。
「理子はフィルムやけど、健の奴はデジカメやから……」
この先の健の行動が解ったのか、三人は一瞬の間の後、同時にため息を吐いていた。 園児達が教室に入る。親御さんも続いて入っていった。 美玖達の先生である桃華が、優しい声で園児に話し始めた。
「それでは、みんなの席を案内するから、名前を呼ばれたら
元気よく返事をして、席に座ってねぇ〜」
桃華は、一番前の窓際の席に立ち、その席の園児の名前を呼ぶ。園児は元気よく返事をして、桃華先生の側にやって来る。そして、席に座った。順番に呼ばれる園児達。それぞれの親御さんは、子供の姿をしっかりとカメラに納めていた。
「向井光一くん」
「はいっ!」
元気に手を上げて返事をする光一。もちろん、理子のシャッターを押すスピードもあがっていた。
「山本美玖ちゃん」
「はい」
最後に呼ばれた美玖は、他の園児よりもはきはきとした返事で席に着く。姿勢を正して座る姿に、誰もが感心していた。
どこからともなく聞こえてくる声……。
あの子やんな…あのやくざの子供。
そうなん? でも、名字ちゃうやん。
公にできないやろぉ、名前、珍しいやん。
そやけど……。
その声は、まるで真子の耳に届くかのように発せられている。その声に反応したのは、水木だけでなく、桜、ぺんこう、むかいん、くまはち、そして、えいぞうだった。一斉に声の方に振り向く水木たち。
仕方ないか……。
腕を組み、軽く息を吐いた真北は、ちらりと真子を見る。
えっ?
真北は驚いた。 声は聞こえていたはずなのに、真子は平気な顔をしている。むしろ、目線は美玖の方に向けられていた。 先生の話をしっかりと聞いている美玖。ふと目線を感じたのか、ちらりと振り返った。 真子の姿を見て、手を振る。 真子は優しく微笑んで、 『お話を聞きなさい』 という感じで、軽く指を差した。美玖は、照れたように微笑んで、再び先生の方を観た。
……うそ……あの人が、あの子の母親なん?
…やくざって言うから、テレビのイメージやった…。
やくざの親分やんな……見えへん…。
うちらより、上品な母親ちゃうかぁ。
美玖を見つめていた真子は、目線を感じたのか、振り返る。真子の話をしていた母親達と目が合った。 真子は、素敵な笑顔を見せ、母親達に一礼する。それにつられて、頭を下げる母親達は、それ以上、真子の事を言わなくなった。
真子ちゃん………。
一部始終を見ていた真北は、安心したのか、優しい表情に変わっていた。
「それでは、みなさん一緒に記念写真を撮りますよぉ」
廊下で待機していたカメラマンが入ってくる。それと同時に、教室はカメラスタジオのように変化する。園児達をカメラに収める準備をしている間、園児達は親御さんの方へと駆けていた。美玖が真子の足下に駆けつけ抱きついた。 少しだが、真子の表情が歪んだ。
「ママもいっしょに、おしゃしんとるのかな…」
「ママたちは、後だと思うよ。これは、これから美玖と一緒に
楽しく過ごすお友達だけで撮る写真だからね」
「おともだち…ふえるかな…」
「大丈夫。たくさん出来るよぉ。楽しいからね!」
美玖の頭を優しく撫でながら、真子は応えていた。 ぺんこうが美玖を抱き上げる。
「美玖、ママは怪我してると言っただろ」
「あっ、ごめんなさい……まま…だいじょうぶ?」
真子と同じ目線になった美玖が心配そうに尋ねてくる。
「すっかり治ったから、大丈夫だよぉ、ありがとぉ、美玖ぅ」
真子の笑顔に応えるかのような、かわいい笑顔を見せる美玖だった。
「はぁい、みんな、並んでねぇ。写真撮りますよぉ」
桃華先生の声と同時に動き出す園児達。桃華は並ぶ順番を教えていた。
ぺんこうの足に、真子の蹴りが入る……。
「こら、美玖が心配するでしょぉ〜もぉ」
「それなら、無茶しないで下さい」
「仕方ないでしょぉ。どうしても避けられなかったんだから…」
真子の言葉に、ぺんこうは怒りを覚え、真子を守るように後ろに立っているくまはちを睨み付ける。
「って、くまはちに当たるなっ!」
真子の二度目の蹴りが入った……。 美玖達が写真に納まる。 その様子を見ている真子に、くまはちが声を掛けてくる。
「組長、先程のお話…」
「聞こえてるよ。…本当の事だし、慣れてるから、私は気にしてない。
ただ、美玖に嫌な思いをして欲しくないな……美玖は関係ないから…」
「話…しておきましょうか?」
くまはち本来の姿が現れる。
「しなくていい」
「はっ」
写真撮影が終わった園児達は、それぞれで遊び始めた。自己紹介をして、挨拶をする園児。大勢の中で照れてしまい、急いで親の側に駆けつける園児。美玖と光一は、並んで真子の所へと戻ってきた。
「ママ、りこママ、しゃしんとろう!とろう!!」
声を揃えて言う二人。そこへ、桃華先生がやって来た。
「美玖ちゃんのお母さん、初めまして。担任の桃華です」
「初めまして。これからお世話になります」
「なります」
真子を真似て美玖と光一が言った。そこへ、桜が登場。
「………何もここまで来んでもええやろが、桜っ」
と先程まで見せていた先生の雰囲気が、がらりと変わる。
「ええやんかぁ。私の娘の姿を見に来てもぉ」
桜は、真子を抱きしめる。
「桜っお前な…」
真子の体調を知っている水木が慌てて言った。
「あっ、すみません……大丈夫なん?」
桜は、真子に、こそっと尋ねる。
「大丈夫だから、歩いているんですよぉ〜もぉ〜っ」
ふくれっ面になる真子だった。
少し離れた所には、えいぞうと健、そして、真北が立ち、真子を見つめていた。
「組長、笑顔ですね」
えいぞうが呟く。
「そりゃぁ、なぁ」
「それにしても、先程の話……私たちが側に居るとは
思わなかったんでしょうね」
「そうだろうな。…なぁ、えいぞう、健」
「はい」
「真子ちゃんを観て、どう思う?」
真北の言葉に二人は真子を見つめた。 桃華は他の家族に挨拶をしに離れていった。そこへ、先程、真子のことを言っていた母親たちが子供と一緒に近づき、挨拶を交わしていた。子供達は、それぞれ自己紹介をして楽しく話し出す。母親達は、真子の笑顔につられて笑っていた。
「………周りの人と同じですね」
えいぞうが応えた。
「あぁ」
短く応えた真北は、そっと教室を出て行った。
「真北さん??」
真北の行動に驚いたえいぞうと健。えいぞうは、健に何かを告げて、真北を追いかけていった。 真北とえいぞうの姿が見えなくなるまで見つめていた健は、真子に振り返り、近づいていく。
「あっ、健!」
「はいっ?!?」
突然、真子に呼ばれた健は、驚きながらも返事をする。
「こちらが、主人の仕事場の近くにある喫茶店で働く小島健さん」
「初めましてぇ〜」
真子に紹介された勢いで挨拶をする健。
「………って、その……く……何?!」
組長と言いかけて言葉を濁す健は、突然の紹介に驚いてる。
「みなさんが気にしてたから……」
「気にしてた?!」
「入園式の間、ずっとカメラを向けて素早く動いていた所を
みなさん、気にしておられるので、紹介しただけ。駄目だった?」
「いいえぇ〜そんなことは御座いません!! 組長! ……あっ…」
健の言葉に、一瞬、その場が凍り付く……。
「大丈夫。みなさん、御存知だから」
あっけらかんと真子が応えた。
「噂は耳に入ってたから、ドキドキしてたのよぉ〜。
やくざの親分って言うから、ほら、テレビや映画で観る
あの雰囲気を想像してたのよぉ〜。なのに、…見えなくて…」
「見えない?!」
一人の母親の言葉に首を傾げる健。
「真子さん、やくざに見えないんだもん。それに、ボディーガードの
猪熊さんも」
「ねぇ〜、素敵な顔立ちでしょぉ〜」
母親達は、真子の後ろにいるくまはちに魅了されていた……。流石、二枚目。
「はぁ…まぁ……」
世間に合わせた服装で…というのが、この入園式に参加する条件だから、見えないわな……。
そう思いながら、健は微笑んでいた。
「ママぁ、しゃしん〜」
美玖が言った。
「そうだった。みんなで写りましょう! 健、お願い!」
「はいなぁ〜」
真子の言葉に元気よく返事をして、おしりをフリフリ……。 そのおしりに、ぺんこうの蹴りが入ったのは、言うまでもない。
「もぉ〜芯っ!!」
真子が、ふくれっ面になった。
外に出た真北とえいぞう。二人は何話すことなく、側にあるベンチに腰を掛けた。 真北は膝に肘を突いて、俯き、そして、頭を抱えた。えいぞうは、背もたれにもたれながら、真北の背中を見つめていた。 暫く、沈黙が続く。
「……納まりましたか?」
えいぞうが呟いた。
「一人にさせろ…」
真北が応えるが、えいぞうは、その場から離れようとしなかった。
「ほんと…涙もろくなりましたね…」
鈍い音がする。 えいぞうの腹部に真北の肘鉄が決まった音だった。 目にも止まらぬ速さ……。
「……やっと一歩……近づきましたね…真北さん」
優しく響く、えいぞうの声。
「………あぁ、……一歩……な」
真北の声は震えていた。
「でも…まだまだですよ」
「そうだな」
「これからは、もっと忙しくなるかもしれません」
「俺は、まだ動ける」
「私もですよ。…組長の為……組長の夢の為に」
「………無理はするなよ」
「真北さんもですよ」
「俺のことは…」
「あなたの事を一番、心配しておられますから…五代目は」
えいぞうの言葉に、真北は顔を上げる。
「俺だけじゃない。…お前も……そして、真子ちゃんに関わる
みんなの事もだよ。…だから、俺は…」
「聞き飽きましたよ、その続きの言葉は」
「えいぞうぅ〜〜」
「そろそろ出てきますよ。あなたを探してね」
そう言って、目線を移した真北とえいぞう。その先には、輝かんばかりの笑顔で手を振る真子の姿があった。
「真北さん、えいぞうさぁん、帰りますよ!!」
真子が言った。
「………眩しすぎる………」
真北とえいぞうは、同時に呟き、そして、立ち上がる。
「すぐにパーティーですか?」
えいぞうが尋ねる。
「そうみたい……むかいんが張り切っちゃった……」
真子の言葉で、少し離れた所を歩くむかいん家族。そのむかいんは、何やら深く考え中。
「まぁ、いつものことですから」
「そうだね!」
にっこり笑った真子は、空を見上げた。 透き通る青い空。真子は手を伸ばし、何かを掴むように手を握りしめた。
早く、安心出来る日が来るといいなぁ……。
空を握りしめた手で、愛娘の美玖と手を繋ぐ真子。
「美玖、入園、おめでとう」
心を和ませる程、優しい声で真子が言った。
「ありがとう、ママ!!」
喜びを表すかのように、美玖が真子にしがみつく。
ちさとさん……観てますか?
潤んだ目を誤魔化すかのように、真北は、桜の木を見上げていた。
(2005.4.10 『極』編・アルバム 1 改訂版2014.12.23 UP)
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