〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



再来<1>

「!!!」
「!!!!!」
「…………」

真子の自宅・リビングでは、今、緊迫した空気が漂っていた。
真子は、両手で拳を握りしめている。
ぺんこうは、唇を噛みしめている。
くまはちは、ソファの下に尻餅を突いて、真子とぺんこうを見上げていた。
そんな三人を理子とむかいん、そして、美玖と光一が震えながら見つめていた。

「組長…」
「くまはちは、黙っときっ!」
「私は、くまはちに常に言っているんですよ。それなのに…」
「私が言ってるんだから、いいでしょうがっ!」
「真子の気持ちは解ってる。だけど、考えて下さい。真子は、阿山組の
 五代目組長ですが、美玖の母であり、私の妻なんですよ?」
「解ってます」
「解ってないっ!」

ぺんこうの怒鳴り声に、美玖が首をすくめ、理子の後ろに隠れた。

「美玖ちゃん」

理子の服を掴む手が震えている…。
どうやら、真子とぺんこうの怒りのオーラを感じ取ってしまった様子。

「真子。美玖がどれだけ、真子を待っていたのか知ってるんですか?」
「知ってる。だけど、どうしても短期間で終わらせたかったんだから、
 仕方ないでしょう? それとも、何? ほっといたら良かったわけ?」
「そういう危険な事は、くまはちにお願いすることになっているでしょう?」
「別件があったから、今回は仕方なかったの」
「それなら、キルが居るでしょう? それに、兄さんだって…」
「キルも真北さんも滅茶苦茶忙しいでしょう? 手が空いてるのは
 私だけだったんだから!」

ぺんこうの言葉を遮るように真子が怒鳴る。

「だからって…」
「だからも何もないっ! その前に、くまはちに拳や蹴りを向けないで、
 私に直接言えばいいでしょうがっ!!! どうして、いつもいつも…」
「俺の言う事を守らないからだ!」

ぺんこうが怒鳴った。今までに無い、ぺんこうの雰囲気に、真子は一瞬退いてしまった。

「私の立場を知ってて、そう言ってるの?」
「知ってるよ。それでも私に…」
「組関係は、芯に任せられないでしょう?」
「……それこそ、解ってることです。…でも、少しでも真子の
 力になりたい。…真子が無茶しないように…だから…」
「それは、駄目」
「真子…それなら、もう、今回のように長期間、家を空ける事だけは
 止めて欲しい。…美玖が寂しがるだろう?」

真子は、美玖の居る方をちらりと振り返る。美玖は、怯えながらも、真子を見つめていた。真子は、優しく微笑む。

「…ママ…」
「美玖、ごめんね。ママ、忙しかったから…」
「………真子、そんな理由は許せませんよ。忙しい事を理由に
 子育てを疎かにするのは、駄目だと…言ったでしょう?
 理子ちゃんに任せっきりも…。……誰が、母親ですか?」
「私」
「あの…先生…それは、私も解ってるから、…その…」

恐る恐る理子が言う。しかし、ぺんこうは、ギロリと理子を睨むだけだった。

「すみません…」

理子は呟くように言った。
それには、むかいんがカチン……。

「おい、ぺんこう。何も理子を睨む事ないだろがっ!」
「お前は黙っておけっ!」

冷たく言ったぺんこうの言葉に、むかいんの怒りが頂点に…。

「………てめぇ〜なぁ、黙ってみてたら、それは、焼き餅だろがっ」
「なんだと? 誰が焼き餅を焼いてるんだ? あ?」
「ぺんこう、お前だよ。組長が連絡も入れなかったのは、その時間を
 使ってまで、短い期間で終えようとしたからだろ? それくらい
 ぺんこうだって、解ってただろが。それを何だよ」
「うるさい…」

ぺんこうは、静かに言って、むかいんを睨み上げた。
その表情こそ、血に飢えた豹……。
それに反応するように、むかいんの雰囲気もがらりと変わる。

や…やばい…。

そう思ったものの、くまはちは、身動きが出来なかった。
二人を停めなければ…。しかし、先ほど、ぺんこうから思いっきり拳と蹴りをもらい、体を起こすのがやっとだった。
ほんの三日前に受けた銃弾の傷は癒えていない……。
怪我が治りきっていないくまはちの体に拳を向けたぺんこう。それを目の当たりにした真子が怒ってしまった…。

ぺんこうの拳が、見えない早さで突き出されたっ!

ガツッ!!!

「!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!」
「きゃっ!!」
「組長っ!!」
「……………」

ぺんこうが突き出した拳は、真子の頬に当たっていた…。

「組長、何も…………」

むかいんの目の前に真子の姿が…。
むかいんの代わりに拳を受けた真子。
拳を突き出した腕を引っ込めることが出来ないぺんこう。
真子は、ゆっくりとぺんこうを睨み上げる。

げっ……。

誰もが、そう思った時だった。

「いい加減に……しぃやっ!!!!」


大きな物音が真子の自宅に響き渡った…。


真子が、玄関から出てきた。そして、駅の方へ向かって一人で歩いていく。

リビングでは……。

「うわぁぁぁ〜〜ん! うわぁん!!! わぁ…」
「あわわ…美玖ちゃん、泣かないのぉ〜。涼、どうするのぉ」

大声で泣く美玖を抱きかかえながら、理子は、むかいんに尋ねた。

「……と言ってもなぁ」

困った表情でリビング中央に目をやるむかいん。
そこには、仰向けに倒れているぺんこうと、そのぺんこうに声を掛けている怪我人のくまはちの姿があった。

「おい、ぺんこうって」
「……俺…より………真子………」
「しかし、お前が…」
「俺は、いい……。真子……一人で出て行っただろが…。
 今は…落ち着いたと……言っても……だから…行けって」
「…あ、あぁ」

そう応えて、くまはちはキッチンへ向かい、冷凍庫から何かを取り出して、自宅を出て行った。

「……まさか……な…」

まさか、拳と蹴りが出るとは…。それも、俺が倒れる程の…。

「うわっ!! ぺんこう!!! しっかりしろっ!!!」

体を起こすかに思えたぺんこうは、そのまま大の字になって、気を失ってしまった。
美玖の泣き声が家の中に響いているというのに……。



真子は、改札を通って、ホームへ上がっていく。ホームに入ってきた電車に乗り込み、反対側のドアに立つ。
先ほど、ぺんこうの拳を受けた所が腫れていた。それを隠すように向きを変える。
電車のドアが閉まる寸前、誰かが、ドアをすり抜けるように電車に乗ってきた。
真子の視界が暗くなった。思わず振り返ると…。

「…くまはち…」
「組長…お一人での行動は…」

くまはちには珍しく、息を切らしていた。
真子は、再び窓の外を見つめる。電車が動き始めた為、景色が過ぎていった。

「ごめん…くまはち…」

そう言った真子の体を包み込むように、くまはちは腕を回し、腫れている真子の頬に冷たい物を優しく当てた。

「ありがと…」

その声は震えていた…。
真子は、くまはちにもたれ掛かるように体を動かした。

「大丈夫なん?」
「大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます。…その…」
「知らん」

くまはちが言おうとした事が解ったのか、真子は、冷たく返事をするだけだった。

「この時間ですと、ビルはもう閉まってますよ」
「解ってる」
「それでも向かわれるんですね」
「暫く、家に帰らない」
「美玖ちゃん、大泣きしてましたよ」

くまはちの言葉に、真子は何も言えなくなり、溢れる涙を隠すかのように、くまはちの胸に顔を埋めた。くまはちは、真子を抱きしめる。
同じ車両に乗り合わせた乗客は、真子とくまはちの仕草を横目で観ながら、恋人同士で何かがあったのだろうと思っていた。



真子とくまはちは、AYビル近くの駅に着き、改札を出てくる。そして、夜の街をビルに向かって歩いていく。所々で人の塊が出来ている。若者が路上でライブをしたり、たむろしていた。くまはちは、真子を守るように側を通り過ぎる。

「夜って、いつもこんな雰囲気なの?」
「えぇ。色々と問題も起こるようですね」
「これじゃぁ、迷惑掛けるなって、言えないね」
「反対に怒ることもあるみたいですよ」
「ふ〜ん」

AYビルが見えてきた。いつもの出入り口は既に閉鎖されている。しかし、従業員や関係者用の入り口が開いている。そこには、警備員の山崎が待機していた。くまはちと真子の姿に気付き、辺りを警戒し始める。

「大丈夫ですよ」
「どうされたんですか? こんな時間に…それも真子ちゃんが…」
「暫く事務所で過ごします」

くまはちが静かに言った。

「真子ちゃん、何か遭った? あれ程、仕事を早めに切り上げて
 美玖ちゃんに逢うと言っていたのに…」
「……喧嘩しちゃって…」

山崎は真子の頬の腫れに気付く。

「駄目ですよ。子供の前で夫婦喧嘩は」
「解ってるんですけどね……」

真子の表情で、何が原因だったのかも把握する山崎だった。

「ほとんどの企業は帰りました。須藤組はいつもの通りです」
「ありがとう」
「電源、入れておきます」
「よろしく」

山崎の報告を受けて、ビルに入る真子とくまはち。そして、エレベータホールへと向かっていく。


三十八階にある須藤組組事務所。
警備の画面を見つめていた組員・富野(とみの)が、エレベータのランプが点滅し、上昇していることに気が付いた。

「誰か来る」

別室で待機している別の組員・石田(いしだ)が顔を出す。

「親分からは、連絡ないぞ」
「くまはちさんかな…」
「取り敢えず、廊下」
「あぁ」

富野と石田は、事務室を出てエレベータホールへ向かって行った。
二人が到着すると同時に、エレベータの到着音が流れる。そして、ドアが開き…。

「こんばんはっス!! ……組長!!!」
「こんばんは。いつもご苦労様です」
「お疲れ様です!!」

富野と石田は深々と頭を下げた。

「おい…」

くまはちの言葉に、二人は、ハッと気付く。

しまった…組長には……。

慌てて頭を上げる。

「すみません…。…って、うわっ!!」

真子の就寝タイムだった。真子が前のめりに倒れ、くまはちが支える。

「就寝時間なんだよ」
「…何があったんですか?」

真子の頬の腫れに気付く二人は、静かに尋ねた。

「ちょっとね…」

くまはちは、真子を抱きかかえ、事務室へ向かって行った。

真子の事務室の奥ある仮眠室へ真子を連れて行く。そして、ベッドに寝かしつけた。

「組長…無理なさらないで下さい」

真子の手は、くまはちの服をしっかりと掴んでいた。
真子の手に、そっと手を添えるくまはち。その時、事務室の電話が鳴った。くまはちは、真子の手を服からそっと離して事務室の電話を取る。

「はい」
『何が遭ったんだよ。美玖ちゃんは泣きやまないし、
 芯は未だに気を失ったまま。…真子ちゃん、大丈夫か?』
「今、眠ってます。…どうして、こちらが?」
『山崎さんから連絡があった。恐らく連絡しないだろうとおっしゃってな』
「そうですか…」

真子が目を覚まし事務室に顔を出す。くまはちの電話の相手が解っているのか、電話を切るように合図していた。

「兎に角、組長の怒りが治まるまで、暫く、こちらに居ます」
『くまはち、病院には行けよ』
「橋先生からですか? 大丈夫です。きちんと通院致しますから。それより…」

電話が切れた。
電話に真子の手が置かれていた。

「切れと言っただろ?」
「しかし…」
「ここに居れば、暫くは安心だから、明日の朝には、病院に行く事。
 さっきの拳と蹴りで悪化してるはずだから」
「…お一人では…」
「富野さんと石田さんが居るから、大丈夫でしょ? それに、朝には
 須藤さんも来るはずでしょうが。その間に行く事。解った?」
「はい。その…組長、お目覚めなんですか?」
「すっかり目が覚めちゃった。……ねぇ、くまはち」
「はい」
「富野さんたちって、何してるの?」
「夜の番です」
「それは解ってる。常に警戒態勢ってことないでしょう?」
「えぇ」
「時間つぶしは?」
「…確か、四人一組なので……」


須藤組組事務所の一室。
ジャラジャラという音が響き渡る。

「ねぇ、これ?」
「いいえ、こちらでしょうね。…リーチです」
「……だから、くまはちさんを交えるのをお断りしたんですよぉ」

石田がふくれっ面になる。

「うるさい。ほら、早くしろ」
「……組長にお教えしながらも、ほとんどが、くまはちさんの動きですよぉ」
「いいやんかぁ。初めてなんやもん、麻雀って」
「なのに、どうして、そんなに早く上がるんですか…」
「先生が良いからだと思うよ!」

そう言った真子は、隣のテーブルに置いているグラスに手を伸ばす。そして、一気に飲み干した。くまはちは、新たなアルコールを注ぐ。

「組長、飲み過ぎですよ」
「いいって。思いっきり羽目を外して、鬱憤を晴らすんだからっ!! ほら、次っ!」
「はぁい…」

再び、ジャラジャラという音が響き始める………。



明け方。
石田たちが、あくびをしながら背伸びをしていた。

「すまんな、本当に」
「いいえ。楽しかったです。組長とこうして楽しい時間を過ごす事って、
 滅多にございませんし…それに、おやっさんの目が光ってるでしょう?
 私共、素敵な時間を過ごせて、幸せです」
「そうやって楽しい時間を過ごす事…組長には必要だから…」

くまはちと石田が静かに語っていた。真子は、麻雀卓に突っ伏して眠っていた。肩には、くまはちのコートが掛けられている。

「でも、少し荒れた組長は…初めて拝見致しました。…一体…」
「…夫婦喧嘩だよ。…ほら、組関係で缶詰状態だったろ。それをぺんこうが
 怒ってだな…。いつも、組関係で組長に無茶をさせたら、俺に拳が飛んで
 くるんだけどな、今回は、先日の怪我の事を考えて、組長が……ね」
「そうでしたか…。…あっ、そろそろおやっさんの姿が…」
「そうだな」

くまはちは、真子を抱きかかえる。

「…組長…」

真子の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。くまはちは、それに気づき、石田達に悟られないように真子の顔を隠す。

「恐らく幹部会には、出られないだろうから、須藤さんにお願いしてくれるか?」
「はっ」
「じゃぁ。明け方まで、ありがとな」
「気になさらないでください。そして、また、楽しみましょうと組長に」
「あぁ」

真子を優しく抱きかかえるくまはちは、事務室を出て行った。

「……というより、組長って、やっぱりタフなんだ…」

事務室を見渡すと、ソファの上に寝転んでいる富野たちの姿があった。いつもは、交代で仮眠を取るのだが、この夜だけは、違っていた。真子を楽しませる為に、全員起きていた。そして、一緒に酒を飲み、語り合い、麻雀を楽しみ、朝を迎えた。

「おい、お前ら起きろ。そろそろ、時間だぞ」

その声に、富野たちが目を覚まし、須藤を迎える準備を始める。準備が整った頃、須藤が組事務所に顔を出す。

「おはようございます」
「おはよ。…下で聞いたけど、組長が昨夜に来られたそうだな」
「はっ。事務室の方に居られます」
「あれ程、早く切り上げて、家に帰ると張り切っていたのに、残っていたのか?」
「いいえ、その……」

石田が、須藤の耳元で何かを告げると、須藤は、笑っていた。

「そりゃぁ、大変だろうな、自宅が」

須藤が言った通り、真子の自宅では、美玖が泣きやまず、朝を迎えていた。ずっとあやしていたのは、真北だった。真北が優しく声を掛けても、そっと寝かしつけても、美玖は泣きやまない。それ程、真子の怒った姿に驚いていたのだった。
今まで、笑顔しか見せなかった真子。ちょっぴり悪い事をしても、優しく怒る真子。
しかし、昨夜だけは違っていた。
五代目としてではなく、ただ、一人の女性としての真子の怒り。
ぺんこうは、目を覚ましたものの、ベッドから起きあがれないでいた。
天井を見つめ、向かいの部屋に居る愛娘・美玖の泣き声と、優しく声を掛けている兄である真北の声を耳にしていた。

俺…間違っていたのかな…。

そう考えながら、ぺんこうは、大の字に寝転んで天井を見つめ続けていた。




真子の自宅で一悶着が起こっていた頃、国際空港に四人の男が足を降ろしていた。それぞれが、黒いコートを身にまとい、サングラスを掛けている。そして、金色の髪をなびかせながら、空港を後にする。
不気味に口元をつり上げながら……。



真子の自宅・真北の部屋。
ドアがそっと開き、ぺんこうが顔を出す。
真北は膝に美玖を抱いて、ベッドの下に座っていた。

「やっと眠った」
「すみません…。代わります」
「出勤時間だろが」
「……この体で、仕事は無理ですよ。休暇取りました」
「どれだけ、もらったんだよ…ったく」

呆れたように笑う真北だった。

「それより、あなたこそ、眠っておられないんでしょう? 組長と同じように
 ここ一週間、帰宅もせず、動き回って…橋先生の所で休憩を取ったでしょうが、
 丸一日、横になった方が…」
「……本当に辛そうだな」

真北に話すだけで、少し息が上がっているぺんこうだった。

「組長は、ビルですか?」
「よぉ解ったな」
「愛…ですよ」

さらりと言い放つぺんこうに、真北は、項垂れる。

「それなら、真子ちゃんのことをもっと考えてやれよ。だからって、何も
 くまはちに当たる事ないだろ? それとも、何か? くまはちに妬いてるんか?」
「一緒に居る時間…考えてくださいよ…」
「そりゃぁ、なぁ、くまはちとの時間の方が長いわな。でもな、芯」
「なんですか」
「あの時、あの場所でお前と逢わなかったら、芯はここに居ないだろう?」
「解りませんよ。何らかの形で、阿山組に訪ねていることでしょうね。
 もしかしたら、あなたの手引きで」
「どうだろうな…」

真北は、美玖を自分のベッドに寝かしつけた。

「真子の部屋に」
「そうしたけどな、美玖ちゃん、更に泣いたぞ。…よっぽどだったんだな。
 母親の怒りの表情。…どうする? 真子ちゃんを観ると、泣き出すかもな」
「止めて下さいね。術は……私も真子も、色々と厄介だったんですから」
「そうだったな。…でも幼子には、必要な時もあるだろ?」
「…そうですね……もし、あの時、術をかけてもらわなかったら、
 きっと、私は、今でも兄さんと語り合えなかったでしょうね」

ぺんこうは自分の手を見つめていた。
あの倉庫での光景を思い出す…。
幻想的な光景の中、自分が握りしめた銃。それが、放った弾丸は、真北の腹部を突き抜けた。

「芯」

真北の呼びかけで現実に引き戻されるぺんこう。

「すみません…」
「気にするな。俺は生きてるだろが」

真北は、ぺんこうの体を引き寄せ、優しく頭を撫でていた。

「…えぇ。……本当に、あなたは……」

本当にあなたは、死なない人ですね…。

二人の温かい雰囲気に、眠る美玖の表情が和らいでいた。


キッチン。
ぺんこうは、急須から湯飲みにお茶を煎れ、珈琲をカップに入れ、そして、子供用のコップにジュースを入れて、それらをお盆に乗せて真北の部屋へやって来る。美玖は、まだ眠っていた。真北は、ベッドの側に腰を下ろし、眠る美玖を見つめていた。

「なんだか、懐かしいよな」
「何がですか?」

少し冷たく応えながら、湯飲みを真北に手渡す。真北は湯飲みを受け取りながら、懐かしむように応える。

「ん? 二人の子供だろ」
「えぇ」

珈琲を一口飲みながら応えるぺんこう。

「真子ちゃんと芯。二人を生まれた時から育てたからさ」
「真子と私を重ねて、美玖を見ないでください。美玖は美玖ですよ」
「そうだよ。二人のかわいい所を受け継いでる」

そう言う真北の表情は、弛みっぱなしだった。

「本当に子供が好きなんですね。その昔に、目指していたのは、
 そういう所からだったんですか?」
「ん? …そうだな。確かに幼稚園の先生の方が合ってるとも
 言われた事もあったよ。親父の仕事だけは、継ぐつもりは無かったさ」
「俺、うっすらとしか覚えてません。…父を思い出そうとしたら、
 兄さんしか思い出さないんですから」
「そりゃぁなぁ。親父の代わりと言ってたもんな」
「えぇ」
「なぁ、芯」
「はい」
「真子ちゃんが何を躍起になっていたか解ってるのか?」
「組関係で付き合いのある親分や未だに五月蠅い親分への対策でしょう?」
「まぁ…な」

何かを誤魔化したようにお茶を飲む。その仕草に芯は真剣な眼差しを向けた。

「それだけじゃないんですね」
「あぁ。それぞれの動きを報告しようか? それをくまはちに問いただそうと
 拳を向けたんだろ?」
「尋ねても、今、言ったことしか応えなかったんですよ。たったそれだけの事で
 くまはちが、襲われ、怪我をするなんて考えられませんからね。
 ……真子は、もう、盾にしないと言っていた。だけど、くまはちの本能から
 勝手に体が動いて、真子を守る形になったんでしょう?」
「いいや、今回は、くまはちが直接狙われた」
「誰にですか?」
「…裏の組織」
「えっ?」

真北の言葉に驚くぺんこう。

「なぜ、今頃…。裏の組織は、ライ亡き後、リックと黒崎が真子の想いを
 守るために、抑えているはずです。だから、真子は、国内だけを…」
「リックが目を離した隙に、ライを慕っていた者が別行動を
 起こし始めたらしい。リックが、ニーズを通して、そして、キルの耳に。
 真子ちゃんには内緒でキルと俺で動いていた。その行動を知らなかった
 真子ちゃんは、別件を頼んで来たんだよ。それなのに、真子ちゃんは
 一週間缶詰状態だったろ。そこまで、なんで躍起になってるのか…」

真北は、美玖を見つめた。
美玖が目を覚まし、真北にしがみついてきた。

「おはよう、美玖ちゃん」
「まきたん、おはようございます。おしごとは?」

常に忙しく(未だに引退しないだけだが…)、家に帰る時間が少ない(ぺんこうに気を利かせて)真北。真子の応えは、『真北さんは、お仕事で忙しいからね』だった。それを気にして、美玖が尋ねたのだった。

「暫くお休みだからね。美玖ちゃん、どこか行く?」

美玖は、首を横に振った。そして、ぺんこうの姿に気付く。

「ぱぱ…。だいじょうぶ?」
「ん? だいじょうぶだよ」
「まま…は?」

恐る恐る上目遣いで尋ねる美玖に、真北は優しく微笑み、そして応える。

「お仕事だよ」
「おしごと、おわったっていってたもん」
「また新しい仕事だって」
「まま…おこってた…。どうして? おしごと、たいへんなの?
 みくも、てつだう!!」
「ママ喜ぶだろうけど、もっと大きくなってからにしようね」
「…だいじょうぶなの?」
「大丈夫だよ。はい、美玖ちゃん、喉乾いただろ?」

真北は、話しを切り替えるかのように、ジュースを美玖に手渡した。

「いただきます。…りょうパパの?」
「芯パパのだよ」
「パパ、いただきます」
「どうぞ」

ぺんこうは、父親の顔をして、微笑んでいた。
無邪気に微笑み、そして、ジュースを一口飲んだ後、真北と話す美玖を見つめながら、ぺんこうは、考え込んでいた。

裏の組織が…再び動き始めたのか…。真子は気付いてる…。

真北の話は途中で終わってしまったが、考えられる事だった。
場合によっては、再び手にするかもしれない。
美玖の話を聞きながらも、真北は、真子だけでなく、ぺんこうの内に秘める思いを気にしていた。



(2004.4.15 『極』編・再来<1> 改訂版2014.12.23 UP)






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