再来<2>
一人の男が、畑を耕していた。空を見上げ、太陽の位置を確認した後、休憩に入る。
「ふぅ〜。今日もがんばれよぉ」
そう呟いて、畑の野菜達に声を掛け、少し小高くなっている場所に腰を掛けた。側に置いている箱からお茶セットを出し、茶っ葉を急須に入れ、お湯を注ぐ。暫くして、お茶を湯飲みに入れ、すすりながら口にする。 懐に手を入れ、一枚の写真を手にする。
お元気ですか?
写真に語りかけながら、お茶をすする男・まさちん。
「ふぅ〜」
ふと空を見上げると、鳥が飛んでいた。
「のどかだなぁ」
のんびりと休憩するまさちん。 背後に忍び寄る影に気付かなかった……。
「……!!!!!!」
まさちんは、後頭部に丸い物を突きつけられた事に気付き、警戒する。
「お前の背後を、こうも簡単に取れるとはな…」
その声に聞き覚えがあるまさちん。しかし、その声に対して…。
「またですか…。何度も申しているように、私は…」
「北島政樹…だろが。本名に戻っただけだろ。…それも俺が知る前の
姿になぁ、…政樹」
「………」
その問いかけに何も応えないまさちん。 とある約束事を実行しているのだが…。
「真子ちゃんとの約束事は、解ってる。お前の過ごしている場所を
教えてくれたのが、真子ちゃん自身だということを言えば、その
警戒を解いてくれるのか?」
「…銃口を外せば…ですよ」
「…ったく」
そう言って、まさちんに銃口を突きつけていた男は、手にした銃を懐にしまいこむ。
「ったくは、私の台詞ですよ…兄貴」
まさちんは、振り返る。そこには、笑顔を満面に浮かべた地島が立っていた。
「…そういう約束事の事で、カマかけたと言ったら、政樹はどうする?」
「一般市民の北島政樹として、必死に抵抗してますよ」
「本当に警戒心も無くなってるんだな…」
そう言いながら、まさちんの隣に腰を下ろし、まさちんのお茶を飲み干した。
「ほんと、上手いお茶だな。お前が煎れると一段と味が増す」
「ありがとうございます」
「当時、親分たちにウケがよかったもんな」
「そうでしたね……で、何の用でしょう」
「冷たいな…」
「そうですか?」
「あぁ……」
地島の優しい微笑みに、まさちんは、フッと笑って応えていた。
まさちんの家・リビング。
まさちんは、地島にお茶を出す。
「お袋さんは?」
「旅行ですよ。今回は、古い友人とですね」
「今回はって、何度もあるのか?」
「月一回の割合で出掛けてますよ。まぁ、旅行好きですから」
「なるほどな」
「ところで、どうしてこちらに?」
「お前の顔を見に来ただけだ」
「組長に…問いただしたんですか?」
「いいや。真子ちゃんに逢いに行ったら教えてくれた。もしもの事を
考えての約束事もな。須藤達が諦めてないんだってな」
「えぇ。須藤組関連の男達が未だに見守ってくださるんですよね」
「来生会の連中か…」
「よく御存知で…」
「まぁな」
そう応えて、お茶をすする地島は、テレビの横の棚に目をやった。そこに並んでいるテレビゲームソフト・AYAMA商品…その一つに目が留まる。
「あれ…やったのか?」
地島の目線の先を見て、何を言いたいのかが解るまさちんは、直ぐに応える。
「やりましたよ。発売延期だったやつですね」
「お前を参考にした奴だってな」
「そうなんですか?」
「知らんかったんか?」
「えぇ。教師育成や医者育成、ホテル支配人育成に、料理人育成ゲーム。
色々と楽しみましたよ。…兄貴もお持ちだとか…」
「まぁ…な。結構楽しめるからなぁ。…やっぱり発売されないのか? ほら、
極道育成ゲーム…」
「組長の意見で即却下されましたよ、それ」
「そっか。真子ちゃんのゴーサインがいるんだっけ」
「当たり前でしょうが…。…で、顔を見に来ただけなんですか?」
「そうだよ。…まぁ、俺に連絡の一つもしないお前を怒りに来たっつーのが
正解だろうな。…真子ちゃんだって、お前の事、俺に言うかどうかって
悩んでいたらしいぞ。…真子ちゃんを悩ませるなって…ったく」
「すみません…」
「友人にも言わないんだろ?」
「えぇ…芝山には、…未だ…。俺が死に損ねたって…あの事件のことは、
どう説明すれば、いいんですか…」
「そのまま伝えたらいいんじゃないのか?」
「死んだ人間が生きている…と? …それも前科者になった俺の事を、
……友人に…」
「その世界で生きていたら、当たり前だろうが。俺だってだなぁ、
お前と同じ所に入っていたんだけどよぉ〜。俺と同じだろうが。
俺も…あの時とは別人だろ? 顔も変わってるし…。それと
一緒だろうが」
地島の言葉に、まさちんは、何かに勘付き、柔らかい表情に変わる。
「そうでしたね…兄貴…。…それと同じ気持ちということ…か」
まさちん自身も、そうだった。
真子を騙し、真子の命を狙い、青い光を受けたあの日。 青い光を放った後、気を失った真子を抱きしめていたまさちん。 誰もが目の前の光景を疑い、時が止まったように動かなかった。その時間を動かしたのは、真北だった。それぞれの記憶を消そうとするかのような暴力に走った真北。そんな真北を停めたのは、真子の父・慶造だった。 まさちんは、目の前で自分が慕っていた兄貴が血にまみれ、顔が判別できない程の状態になっていく様子を見つめているだけだった。そんなまさちんの胸ぐらを掴み上げ、現実に引き戻したのも、慶造…。 まさちんをぶん殴り、まさちんの腕の中で眠る真子を奪い取り、真子の無事を喜ぶかのように、しっかりと抱きしめていた慶造。 何を守ればいいのか。 そのことすら理解できない状態だったまさちん。 そして、真子を守り続ける意志を持つ。
それから数年後、あの時の兄貴が生きていることを知った……。
「…組長は、どのように?」
「すごく言いにくそうな表情だったよ。…俺と逢う事で、政樹が
昔に戻るんじゃないか…それを思うと言いにくかったそうだ」
「なのに、どうして…」
「政樹の話になったときの俺の哀しそうな目が、お前の事を話す
きっかけになったらしいよ」
「……そうですか…」
「お前は、どこに居ても幸せな奴だな」
組長……。
「…………もしかして、俺に六代目の話を…?」
「あのなぁ、言っただろうが。お前の顔を見に来ただけだって」
「本当ですか?」
「あぁ。どんな面して、畑を耕しているかと思ってだなぁ〜。
俺の知ってる政樹じゃないっつーのが、笑ったよ。
俺の前に来た時は、本当に荒くれた悪ガキだったもんなぁ〜」
「兄貴ぃ、それはよしてくださいよぉ〜。昔の話でしょうがぁ」
「いいだろうが。お前の昔を知ってるのは、俺くらいだろ?」
「そうですね。…親分たちは、記憶が戻らないまま…」
「俺もそうだったけどな。…お前の話を小耳に挟んで、記憶が戻り始めた…
それが正しい言い方だろうな」
「不思議な話ですね」
「ほんとだな」
二人は同時に湯飲みに手を伸ばし、そして、お茶をすすっていた。
地島は、二時間ほど、まさちんと話し込み、そして、帰った。地島を見送ったまさちんは、再び畑にやって来る。
「さぁてと」
野菜達の世話を始めた。
AYビル・会議室。 須藤達幹部が集まっていた。
「だから、くまはち、お前は病院へ行けって。竜見も待ってるだろうが」
須藤が言う。
「しかし、私が居なくなると、えいぞうが代わりに来ますよ?」
「それでもいい。お前の体調の方が心配だからな。ほら、来た」
須藤が言うと同時に、会議室のドアが開き、場違いな雰囲気で、えいぞうが入ってきた。
「やっほぉん……って、くまはち、まだおったんかい。竜見ちゃん待ってるで」
「…ったく…その場違いな雰囲気、やめろって」
「ええやろがぁ。ほら、さっさと行けよ。で、この資料渡した後は、俺は
組長んとこに居るから」
「はいはい。頼んだで」
「うわぁ、投げやりや…」
「…あのなぁ〜」
くまはちのこめかみがピクピク…。
「怪我人は、さっさと出て行けって」
「解っとるわいっ! では、須藤さん、後はお願いします」
「任せておけって。ちゃんと治してからにしろや」
「ご心配ありがとうございます」
そう言って、くまはちは、会議室を出て、廊下で待機していた竜見と橋総合病院に向かって行った。 会議室には、静けさが漂っていた。 誰も口を開こうとしない。 そこに居る一人の人物の行動に警戒していた…。
こいつは厄介な奴…。
えいぞうを前にすると、関西の幹部は、口を噤む。 あの日を思い出してしまう…。
「で、これが、例の資料です。詳しく書いてますんで、後は宜しくぅ」
軽い口調でそう言って、資料の束を須藤の前に放り投げ、そのまま会議室を出て行くえいぞう。 ドアが閉まると同時に、安堵のため息が漏れた。
「…会議を始める。…これが、その資料」
須藤は、資料を配りながら、会議を進めていった。
えいぞうは、真子の事務室のドアを開け、中へ入っていった。 真子のデスクの上には、『仮眠中』の小さな旗が立っていた。その小旗を軽く突いて、隣のドアをそっと開ける。 真子は眠っていた。 えいぞうは、静かに真子の側に立ち、顔を覗き込む。 仄かに赤い頬と、青く腫れている頬。 青い方は、原因を聞いている為、気には留めなかったが、赤い方が気になり、額に手を当てた。
「…ん……」
真子が、そっと目を開けた。
「すみません、起こしてしまいましたね」
優しく声を掛けるえいぞうに、真子は微笑んでいた。
「くまはち…病院?」
「はい。追い出しましたよ」
「ありがと…」
「頬が赤いんですが…熱…」
「ん? 二日酔いだと思う…徹夜麻雀しながら飲んでたぁ」
「そうでしたか。そこまで知らなかったので。でも、熱が少し高いですよ。
氷、用意します。頬の腫れも未だ、退いてませんからね」
「いいよぉ、氷はぁ」
「夫婦喧嘩…」
「健、喜んでたでしょぉ?」
「えぇ。ぺんこうの嘆く表情が目に浮かぶぅ〜てな感じで」
「そうだろうなぁ」
そう言いながら、真子は体を起こす。
「幹部会は、須藤たちで行ってますよ。資料も渡しておきましたから」
「えいぞうさんは、参加しなくていいの?」
「私が参加すれば、それこそ、誰も口を開きませんよ。未だに恐れてる
ようですからねぇ」
「私が絡まなければ、恐くないのにねぇ〜」
「ねぇ〜」
真子の口調を真似て、えいぞうが言った。
「あっそうでした」
「ん?」
「ここに来る前に、むかいんの店によって、朝食頼んでおきましたよ。
そろそろ持ってくるかもしれませんね」
「顔洗っておく…」
少しへらへらな口調で、そう言って、真子は洗面台へと足を運んでいった。
「組長、足下フラフラですよ…大丈夫ですか?」
「…だと思う…」
不安げな返事をして、真子は水を出した。
三十八階のエレベータホール。 エレベータ到着の音楽が流れ、ドアが開く。
「おはようございます」
常に待機している須藤組組員が、エレベータから降りてきたむかいんを見て、元気よく挨拶をする。
「おはようございます。えいぞうは、組長の事務室に?」
「はい。お疲れ様です」
「ありがと」
むかいんは、真子の朝食を入れた袋を手に、事務室に向かって歩いていく。 ドアをノックして中へ入っていった。
「組長、おはようございます。お待たせ致しましたぁ」
「おはよぉ、むかいん。ありがとぉ」
テーブルの上に朝食を並べるむかいん。真子は、ソファに腰を掛ける。
「あれ、えいぞうさんの分は?」
「組長の分だけですよ」
「私は、既に食べてきましたよ。…今、十時ですからねぇ」
えいぞうは、真子のデスクで書類をまとめながら応えていた。 真子は、時計を見る。
「…ほんとだ…」
この時、初めて時間に気付いた真子だった。
「いただきます!」
真子は、手を合わせて、そして、食べ始める。
「ぺんこうは、今日、休みを取ったようですね」
「ふ〜ん」
「真北さんと一緒ですよ」
「喧嘩が絶えないだろうね」
「美玖ちゃん、心配してましたよ」
「………」
「本当に、暫く、こちらに居られるんですか?」
「うん。芯が居ないなら、帰るけどぉ」
むかいんの質問に応える真子の口調は、それはそれは、とても冷たく…。 未だに怒っている事が、解る程…。
「美玖ちゃんの為に帰られた方が、賢明ですよ。その為に、ここんとこ
組関係をしっぱなしだったでしょう?」
えいぞうが、やんわりと話しかけるが…。
「もういいの!」
真子は怒った口調で応えるだけだった。 えいぞうは、パソコンのキーボードのリターンキーを押した。 画面には、メール送信完了と記される。 メール送信先こそ、真北の携帯電話だった。
真子の自宅・リビング。 真北は、テーブルの上に置いている携帯電話が震えていることに気付き、手を伸ばす。
『メール着信』
「…芯」
「はい」
リビングの隅で、美玖と光一と遊んでいるぺんこうが、返事をする。
「真子ちゃん、まだ怒ってるぞ。徹夜で麻雀して、飲んだそうだ。
荒れてるぞぉ」
「兄さん、そうやって、えいぞうと健から、真子の事をこっそりと
聞き出すのは、いい加減に辞めたらどうですか?」
「真子ちゃんが内緒事を辞めたらな」
真北は、えいぞうの携帯電話の方へ返信する。その手つきは、慣れたもの。
「兄さん、何を頼んでるんですか?」
「くまはちが、病院に行ってるから、真子ちゃんのガード。…文句あるんか?」
「それに付いては…文句言えません…」
素直に謝るぺんこうだった。
「それでも一言私にあってもよろしいかと思いますよ」
真子が、一週間、ビルの事務室に缶詰状態になって、組関係の仕事をしていた理由を知ったぺんこう。 いくらなんでも、一言くらい、自分に欲しかったらしい。
「組関係の事は、お前に言わないだろうが」
「……未だに、私を受け止めてくれないんですね…。私は、真子の全てを
受け止めてるはずなのですが…。何かが足りないんでしょうね…」
「母、妻、そして五代目…その三役をこなす真子ちゃんを受け止めてる…か。
そうだよな…。お前は、真子ちゃんの全てに惚れたんだもんなぁ」
「…えぇ」
あいつの事が好きな部分まで含めて…。
「だけど、真子にとって、私は……」
それ以上、何も言わないぺんこうは、美玖と光一を抱きかかえる。
「庭に出るぞぉ」
「うん!」
嬉しそうに返事をする二人の子供。そして、ぺんこうと美玖、光一は、庭に出て行った。 何かを忘れるかのように子供とはしゃぐぺんこうを見つめる真北は、再び震える携帯電話に目を移す。
『裏の組織の新たな情報、入ってます』
相手は健だった。真北は、画面を切り替える。そこに映し出されたものは、健の極秘裏情報ページ。それを見つめる真北の表情が曇り出す。
一波乱…ありそうだな…。
大きく息を吐いて、電源を切った真北だった。
AYビル・真子の事務室。
真子は、デスクに着き、パソコンの画面を見つめて、何かを調べていた。 画面に映っているものこそ、健の情報ページ。
「それにしても、健って、いっつもすごいね」
ソファに腰を掛けて、たくさんの書類を分類しているえいぞうに声を掛ける真子。
「まぁ、それが、あいつの得意とするところですからぁ」
「えいぞうさんの得意なものは?」
「コーヒーを煎れる事くらいですね」
「ふ〜ん。他には、無いんだぁ」
「身に付きませんからぁ」
真子への応え方に、いい加減さが現れる。それに気付いた真子は、えいぞうの行動を見つめていた。
「えいぞうさぁん、くまはちに任せておけばぁ?」
「今日一日代理ですからね。これもしないと…」
「くまはち、細かいよ?」
「解ってますよ。書類の数を見れば…ね」
「私がするから、いいよ。…健を停めて」
真子の言葉に反応して、えいぞうは立ち上がり、デスクへと近づいてくる。
「何をしてるんですか、あいつはっ!」
「ページが停まらない…」
慌てたように画面を見入るえいぞう。 真子が言うように、更新速度がいつも以上に速い…。
「あんの馬鹿っ。停めたのに…!!!!!!!!」
背後に何かを感じたえいぞうは、素早く振り返る。 テーブルの上の書類が、風に舞っていた。
「風?」
真子は立ち上がり、舞い上がっている書類を手に取ろうと一歩踏み出した。
「組長っ!」
えいぞうは、体に感じる何かに反応するかのように、真子を守る体勢に入り、警戒する。
「えいぞうさん?」
真子の呼びかけに応えない程、何かに集中しているえいぞう。 えいぞうが見つめる先に、紫色の光が現れた。そして、四つの人影が見え、徐々にはっきりと姿が…。
「……!!!」
驚く真子とえいぞう。 目の前に、四人の男達が現れた。 黒いコートを身にまとい、サングラスを掛けている。そして、金髪…。 その四人が一斉にサングラスを外した。
「(突然のお邪魔…驚かせてしまいましたね…阿山…真子さん)」
懐かしい外国の言葉を発した人物を見つめる真子。
「……カイト…?」
真子が自然と口にしたのは、その男の目が紫色に光っていたから…。
「(カイトさんを御存知でしたか…。…そうですよ。私は、カイトさんと
同じ能力を持つ者…パープルと言います)」
「(同じく、紫の光を持つ…バイオレットです)」
同じように紫色に光る目をした長い髪を後ろに束ねている男が言った。 その直後、残りの二人の体が赤く光った。
「(私は、クレナイ…日本語の紅ですね)」
右頬に傷のある男が言う。
「(ローズです。…真っ赤な薔薇と言ったところですね…)」
凛々しい表情をしている男が、真っ赤な光を発している右手を差し出していた。
「(カイトの能力…空間移動…か。……海外からの距離を移動するほどか?)」
えいぞうが、尋ねる。
「(ニッポンに来てました。ビルの側からですよ。…私たちは、カイトさん程
能力が発達してませんので、パープルとシンクロしないと無理です。
クレナイとローズも同じ。…私たちは、二人で一人前になります)」
「(…そのコンビが、何しに来た?)」
えいぞうの醸し出す雰囲気が、極道へと変わっている。それに気付いた真子は、えいぞうにそっと言った。
「えいぞう…能力……」
「解ってます。あの力…ライの時で、体が覚えましたから…。
太刀打ち出来ないことは、知ってますよ。それは、組長…、
あなたも同じなんですから」
「でも…目的があるから…」
「決まってますよ。組長の命でしょう」
「そんな雰囲気は…」
「何が遭っても…守りますから。動かないで下さい」
「えいぞう…」
真子の言葉は聞こえていても、えいぞうは、それに従うような男ではない。 こういう時こそ、いい加減さが無くなり本来の姿になるえいぞう。
「(……目的…。そりゃぁ、阿山真子ですよ)」
「(それは解ってる。…で、俺を相手にか?)」
「(えぇ。いつもの猪熊は、病院送りでしょう)」
「(くまはちを襲ったのは、お前らか?)」
えいぞうの雰囲気が、戦闘態勢へと変わる。
「(そうですよ。猪熊さえ居なければ、小島…あんたが来るだろうと
そう考えての行動。あなたなんか、微塵も…)」
「(俺も甘く見られたもんだなぁ〜)」
「(私たちの能力に対抗出来る普通の人間は、猪熊と地島。
しかし、その地島は、この世に居ない。ならば、猪熊さえ、
阿山真子の前から居なくなれば、阿山真子を手に入れるくらい
簡単なことでしょうから)」
「(それは…どうかな?)」
えいぞうは、挑発する。 それに応えたのは、ローズだった。 赤い光を更に強く発し、そして、右手の平に赤い丸いものを作り、それをえいぞうに向けて発する。 赤い光は、えいぞうの体に向かって行く。 えいぞうは、真子を抱きかかえて、横に転がった。
ガァン!!!!
大音響が事務室に響き渡った…。
会議室で穏便に(?)話し合っている須藤と水木は、お互い掴み上げている手を離す。
「…なんだ、今のは」
そして、同時に言葉を発した。 大音響は、会議室にまで聞こえていた。
「組長の…事務室からだ…!!」
谷川の言葉と同時に、幹部達は会議室を出て行った。そして、真子の事務室へと駆けつける。
「…嫌なオーラを感じる…」
須藤が呟いた。
「組長!! 組長!! 何が遭ったんですかっ! 開けて下さいっ!!」
水木が、ドアノブを回したが、鍵が掛かっている。そして、叫びながらドアを叩いていた。
クレナイが、ドアの外に集まる者たちに気づき、ドアに向かって、赤い光を発した。
「うわっ!!」
突然、赤く光り、電気が走ったドアに、水木たちは、驚く。ドアは、赤い光に包まれていた。
「…赤い光って…おい、これ……」
「ライは死んだぞ…まさか、組長……能力が?」
水木は、震え出す。
「失ったはずだろ?」
「傷が消えた…もしかしたら…」
未だに赤く光るドアに、誰も触れる事が出来ない。水木が、意を決して、ドアノブに手を伸ばし、掴んだ。
「うぐっ!!!」
皮膚の焦げた臭いがする。
「やめとけ、水木っ!」
須藤が、水木の手を掴み挙げる。 その手は、やけどを負っていた。
「…くそっ!」
「えいぞうに…任せておけ…」
「しかし…。…真北さんに…連絡…」
水木は、懐から電話を取り出し、真北に連絡を入れた。
「えいぞうっ!」
「うぐっ……。……ぐはっ!!」
えいぞうは、口から血を吐き出した。 えいぞうの胸元は、何かに押されたように少しへこんでいた。そして、体は、壁に押さえつけられている。
「(いい加減、諦めろよ)」
ローズが言った。 そのローズは、えいぞうの体に向けて手を差し出している。 その手のひらは、何かのオーラを発してるのか、陽炎のように揺れていた。 その手に更に力を入れる。
「ぐぅっ……」
えいぞうの表情が歪んだ。
「えいぞう、もう…いいっ!」
「…諦めませんよ……」
えいぞうは、胸を押しつけるものに耐えながら、足下に居る真子に目をやった。
「(…何度も言うが…組長は渡さない)」
「(これでもですか?)」
そう言って、ローズは、バイオレットに合図を送る。バイオレットは、その合図と同時に、紫色の光を発した。
「えっ?!」
真子の体が、スゥッと右に動いた。
「組長っ! …てめぇら……」
真子の体が、徐々にバイオレットの方へと動き始める。真子は、抵抗を試みるが、体は思うように動かず…。
くそっ……!!!
えいぞうは、渾身の力を込めて、壁を押しやり、真子の体に手を伸ばし、それ以上、自分から離れないようにと真子の腕を掴んだ。
「(しつこいですねぇ。…もしかして、阿山真子の側に居る男で
一番厄介な奴…という男は、あなたのことですか?)」
「(さぁな…。…で、バイオレット…だったか…。お前の力は、
そんなに弱っちぃものなの…か!)」
「(…!!!!)」
えいぞうの言葉に怒りを覚えたバイオレットは、更に強い光を発し、真子の体を引き寄せようとする。
二発の銃声が響く。
その銃声と共に、えいぞうの体は解放されたように、軽くなる。
「(銃弾を阻止できる程じゃないようだな……)」
えいぞうの手には、銃が握りしめられていた。
「(くっ…)」
ローズとバイオレットの手の平から、血が流れていた。 えいぞうが発した銃弾が、その手を貫通し、後ろの壁に突き刺さっていた。 床に滴り落ちる血。
「(…ゆ……許さない…。もう……手加減はしないっ!!)」
怒り任せに叫んだローズは、クレナイに合図を送り、二人同時に、赤い光を発し、えいぞうに向ける。
えいぞうっ!!!!
それに気付いた真子は、えいぞうの前に立ちはだかった。
「組長っ!!」
ガッ!!!!!!!
えいぞうの目の前で、真子の体が弾む。そして、その場に倒れ込んだ。
「組長!! 組長っ!!!」
真子は、赤い光の攻撃をまともに受け、気を失った。 真子の口元に、うっすらと見える血…。 えいぞうの怒りが頂点に達する。 ゆっくりと顔を上げるえいぞう。 その目は狂気に満ちていた…。
「(……てめぇら、生きて帰れると…思うなよ……)」
そう言うと同時に、えいぞうの体が、一瞬消える。 ローズたちは、思わず辺りを探すようにキョロキョロとした。 突然、腹部に強烈なものが当たったローズは、真後ろの壁に背中からぶつかった。 背中に強烈な痛みを感じたバイオレットは、前のめりに崩れ落ちる。 クレナイとパープルは、首筋に痛みを感じ、座り込んだ。 それぞれが、同時に感じた痛みに、顔を上げる。 その頬に強烈な痛みを感じ、四人とも重なるように倒れてしまった。
視野に飛び込んだ足。その足を伝うように見上げると、そこには、えいぞうが、鬼の形相かと思える程の表情で仁王立ちし、四人を見下ろしていた。
「隣から、入れるだろうがっ!!」
『試みましたけど、無理です。…あの能力でガードされてます!』
「それでも、入れっ!!!」
『……銃声が…』
「…えいぞうの野郎、銃をぶっ放したな…。くそっ、俺が行くっ!」
『って、真北さん、間に合いませんよ!』
「俺が行くまでに、さっさと中の二人を停めんかっ!!!」
真北は、電話を手にしながら怒鳴っている。その雰囲気に、ぺんこうが、不安を抱く。 電話を切り、懐に入れた真北は、庭から見つめるぺんこうに目もくれず、自宅を飛び出していった。
「まきたん、しごと?」
美玖の言葉で、真北の立場を思い出すぺんこう。
「恐らく、緊急なんだろうね」
「むちゃしたら、ママがしんぱいするよね」
「それは、大丈夫だと思うよ」
ぺんこうは、急発進するタイヤの音を耳にしながら、美玖に優しく微笑んでいた。
真子の事務室前の廊下では、水木達が、中へ入る手段を考えていた。
「…ええぃ、ぶち破るっ! 須藤、その後頼んだぞっ!」
「水木、お前、全身やけどするだろが!」
「事態は深刻だ。真北さんが到着する前に、停めるっ!」
そう言って、水木が気合いを入れた時だった。
ゴガァン!!!!!!
聞き慣れない音と同時に、事務室のドアが脹らみ、そして、吹き飛んだ。
「うおっ!!!!」
誰もが、飛んでくるドアを避けるように身を伏せる。 強烈な風が事務室から吹き出てきた。 静けさが漂う。 須藤達が、そっと顔を上げ、事務室の中に目をやった。 足音が聞こえ、驚いたように須藤達は振り返る。
「むかいん」
それは、むかいんだった。 何かに焦ったような表情をしながら駆けてくる。
「……組長に…何か?」
吹き飛んだドアを見つめながら、むかいんは静かに尋ねる。
「…むかいん、どうして、ここに?」
「…感じた。……あの時と同じものを……カイトと同じオーラを…」
そう言って、むかいんは、真子の事務室に入っていく。
「………えいぞうっ!!!!!!」
むかいんは、壁にめり込んでいる何かに気付き、目を見開く。 それは、えいぞうだった。 えいぞうの目は、何かを睨んでいる。 えいぞうの見つめる先に目をやった。 そこには、真子の靴が片方だけ落ちていた。床から、白い煙が立ち上がっている。 そこに感じるオーラに、むかいんの目つきも変わった。
「カイト……。生きていたのか…?」
「…ち……が…う…」
えいぞうが、呟くように言った。
ガラッ…。
壁から飛び出すえいぞうは、その場に崩れ落ち、そして、大量に血を吐いた。
「…赤と紫……それを持つ……二人……が四人……」
「…はぁ?」
「あの能力を持つ…男が四人……組長を……。連れ去った…」
「……うそ…だろ…」
むかいんの手が、震えだした……。
(2004.5.4 『極』編・再来<2> 改訂版2014.12.23 UP)
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