〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



再来<3>

救急車が、AYビルの玄関に停まっていた。人々が遠巻きに様子を伺っている。近くの道路を一台の車が猛スピードで走り、AYビル地下駐車場へと入っていった。
真北運転の車だった。
真北は、車を一階に通じる階段の側に停め、降りると同時に急いで一階へと駆け上がっていく。
一階は騒然としていた。
既に到着している原が、真北に気付き駆け寄ってくる。

「…真子ちゃんが、行方不明です」
「何?」
「むかいんさんが、えいぞうさんから聞いた言葉は、
 能力を持つ四人の男が、連れ去った…ということです」
「能力を持つ四人の男…?」

エレベータホールが急に騒がしくなる。真北が目をやると、救急隊員の姿があった。その隙間に見える一人の男の姿。

「えいぞうっ!」

その声に、側に付いているむかいんが、顔を上げた。

「真北さん…」
「…能力を持つ男って…」
「えいぞうは、そう言ったきり、気を失ってしまいました。赤い光と
 紫の光を持つ者らしいです」
「…なんだと? …真子ちゃんの能力が戻ったわけじゃないんだな…」
「はい」
「目的は……!!」

真北は、えいぞうの手に握りしめられている物に気が付いた。
指の隙間から見える小さなチェーン。そして、ネコの飾り物。

「…くそっ!!」

真北が言った。




橋総合病院・ICU前。
えいぞうの手術は、無事に終わり、誰もがガラスにへばりつくように、えいぞうを見つめていた。

「あいつが、あそこまでやられるとはな…」

むかいんが呟く。

「あぁ。…兄貴……」

駆けつけた健が、落ち込んだように応える。

「兄貴…死なんとってくれよ…。兄貴ぃ……俺を残して…」

ガツン…。

「だって、橋先生ぃ〜、兄貴が、ここに入るなんて…」
「圧迫による内臓破裂と激しく折れた肋骨が内臓を傷つけただけや。
 その他は元気そのものや。今は寝てるけどな、目覚め一発は
 いつものえいぞうやったぞ」
「……って、橋先生、内臓破裂と肋骨が折れてるって、それ…」
「普通の人間なら、危篤やなぁ」

まるで、誰かに似た口調の橋に、誰もが感じる。

えいぞうの影響力って、強いな…。…って、橋先生…性格、これ?

「あっ、えいぞうから言われとった。ほら、健」
「あん?」

橋が白衣のポケットから、何かを取り出し、健に差し出した。

「これ…組長のネックレス…それも、まさちんからの…」
「鎖、切れたから、修理頼むって」
「…どうして、これが?」

健は、そっと受け取りながら尋ねる。

「奴らの能力に対抗しながら、真子ちゃんに手を伸ばして掴んだ時に
 切れたらしい。…真子ちゃんを引き留められず、掴んだのがこれだったそうだ。
 その後の爆発に近い風圧に、為す術もなかったらしいな」
「…兄貴…」
「……涙を浮かべながらな、あの日の二の舞は御免だと…」

あの日の二の舞。
それは、真子の母・ちさとを失った日の事を指す。
普段、いい加減な表情しかしない、えいぞう。そのえいぞうが、あの日の後、お笑いの世界で頂点を極めていた健の前に姿を現した。
何を思い、何故、ここに来たのか解った健。
えいぞうが、言葉を発す前に、健は応えた。

戻るから……。

健は、手にしたネックレスを見つめていた。

「ここが裂けただけですね。繋げれば大丈夫です。なおしておきます」
「あぁ。…で、えいぞうは、暫く入院だけど…、どうするんだ、真北」

少し離れた所で、ポケットに手を突っ込み、口を尖らせている真北に声を掛ける橋。真北は、ゆっくりと顔を上げるだけで、何も応えなかった。

「くまはちは、三日間入院。えいぞうは、動けないだろうし、
 健は調べ回るだろ? キルとニーズは、仕事で離れられないから、
 どうするんだ?」
「須藤らが居るだろが」

冷たく言う真北。その雰囲気に、何を考えているかが解る橋は、真北の胸ぐらを掴み上げた。

「無茶するなよ…。お前が何を考えてるか解るで…一人でやろうとしてるだろ?
 一人で、向かおうとしてるだろ!!! 真子ちゃんを連れ去ったのは、
 能力を持った男四人。赤い光と紫の光…それは、何を意味するか…」
「解ってるわい。俺でさえ、太刀打ち出来ないことくらい…あのえいぞうが、
 あの状態になるくらいだ…。俺でも無理だろうが…でもな、やらなあかん
 事くらい、解ってる…。今回も無茶させろ」
「もう、あの姿を見たくないんだ…お前だけでなく…俺の知ってる奴ら
 全て…な」
「…橋…」

緊迫した雰囲気を壊すかのように、二人の男が現れた。
キルとニーズ、橋総合病院で働く元・裏の組織の男達。
真子を守ると決めた者達だった。

「その四人なら、心当たりがあります」

ニーズが言った。

「何?」
「赤い光を持つ、ローズとクレナイ、紫の光を持つパープルとバイオレット。
 この四人は、ライが実験体として、作り上げた人間です…」
「実験体…?」
「ライとカイト。二人の能力を人工的に作り出せるか…その実験です。
 その実験を奨めたのが、黒崎竜次です」
「なに……」

真北は、拳を握りしめ、いきなり壁をぶん殴った。

ガツッ!!

「あいつ…どこまで、真子ちゃんを苦しめるんだ…この世を去っても…尚…」
「真北……。…って、こら、真北っ!!!」

真北は、歩き出す。橋が引き留める言葉に耳も貸さずに…。
健も歩き出した。

「健まで…お前ら…」

健は、歩みを停めた。

「組長を苦しめる奴は、俺でも許せませんよ。…橋先生、
 兄貴を頼みます。それとくまはちも。二人とも、体の方が
 自然と動く奴らですから」
「健…」

振り返る健は、優しく微笑んでいた。

「大丈夫ですよ。真北さんを補佐するだけですから」

そう言って、健は去っていく。
残されたのは、最高の外科医・橋、そして、元殺し屋のキルと、薬に関しても凄腕のニーズ、そして、笑顔の料理人・むかいんだった。

「…キル、その四人の情報、あるのか?」

むかいんが、尋ねる。

「リックの側に居たはずです。…なのに、今頃どうして、ここに?」
「竜次の資料を求めて来たんじゃないのか?」

橋が尋ねた。

「それも考えられますが…」
「実験体…か」
「はい。…あの四人は、いわば、哀しい存在なんです。実験の度に
 苦しい想いをしてましたから…。しかし、能力としては、未熟です。
 ライやカイト、そして、真子様のように、力強いものは、ございません。
 恐らく、その能力を完全な物にするために…」
「……真子ちゃんをどうするつもりなんだろうな…。下手な事したら、
 それこそ、真北が……暴走する……」
「私も行きます」

キルが言った。

「真北さんを停める役は、私ですから」
「あぁ。頼んだぞ……って、あのなぁ〜…ったく…」

キルは、白衣を脱ぐと同時に、窓から飛び出していった。

「あれ程、窓から飛び出すなと言ってるのにな…」
「身に付いたなんとやら…ですよ」
「なるほどな……。ニーズ、お前はどうする?」
「リックに連絡取りますよ。私の役目でしょう?」
「…そうだな。ほんとに…」

こういうときこそ、心強い…。

橋は、ガラスの向こうを見つめていた。




「(ひゃぁ〜)」
「(ふぅ〜〜)」
「(……しかし、凄かったな…)」
「(あの小島って男な。…まさか、俺達が殴られるとは…)」

そう言いながら、背中に背負っている真子をソファに降ろすローズ。
バイオレット、パープル、そして、クレナイとローズの四人は、激しく息を切らしながら、ソファに座り込んだ。向かいのソファに寝転ばせた真子を見つめる四人。

「(…で、どうする?)」

パープルが言った。

「(あいつらに、もうひとがんばりしてもらうか)」

ローズが応える。

「(そうだな…。……でも、もう少し休んでからぁ)」

バイオレットとクレナイが同時に応える。

「(やっぱり、早く完全体になりたいよな)」

ローズが呟きながら、自分の手を見つめた。

「(完全体だったなら、…ライ様を…)」
「(ローズ……。悪かった。これだけの移動は、俺とバイオレットじゃ
  難しいからな…。お前らの力も必要だから…。俺も…早く…)」

パープルが、静かに言った。

「(じゃぁ、俺、あいつらに頼んでくるよ)」

そう言って、その部屋を出て行くクレナイだった。

「(ローズ、クレナイじゃ無理だろうが。操る能力は、お前の方が上)」
「(大丈夫だって。俺の能力の効果は、クレナイの力でも充分だよ。
  しっかし、まぁ、竜次の名前を言っただけで、あれだけ忠実に
  動き出すとはなぁ)」

ローズは部屋を見渡す。
この部屋こそ、あの黒崎竜次が使っていた部屋。
なぜ、その部屋に、この四人が居るのか…。

「(それは、ローズ。お前の能力だろうが)」
「(くっくっく。まぁな。人の心を操れる、この能力……本当に
  凄いよなぁ…。ライ様に感謝しないと………)」

ローズは、真子を見つめた。

この女の為に、ライ様は…。

ローズの右手が赤く光る。

「(ローズっ)」

バイオレットに呼ばれて、赤い光は消えた。

「(あっ、すまん…)」
「(ライ様の死で心が病んでいたのは、お前だけじゃないとあれ程
  言っただろ? この阿山真子だって…)」
「(それは、リックの言葉だ。…俺達のような下っ端に、本音を言うような
  リックじゃないだろがっ!)」
「(ローズ……)」

ローズは、部屋を出て行った。
沈黙が続く中、バイオレットとパープルは、真子を見つめていた。

「(…本当に、完全体になるのかな…)」
「(…やってみないと…解らないよ)」

二人は、ため息を付いた。


夕暮れ。
竜次が使っていた研究施設の一室に灯りが付いていた。建物の外から、その灯りに気付いたのは、竜次の助手として働いていた男・沖崎だった。

「なぜ、あの部屋に灯りが?」

不思議に思いながら、研究施設に入っていく沖崎は、助手に迎えられた。

「お帰りなさいませ」
「研究室に灯りが付いてるけど、何してる? あそこは誰も入るなと…」
「竜次様が外国に居た頃の助手をしていた者達が訪ねてきまして、
 研究の続きをしたいと申しましたので…」
「研究の続き? なんの?」
「そこまでは、おっしゃらなかったのですが…」
「そうか…」

そう言って、沖崎は、研究室へと向かって歩いていく。
廊下を曲がった時だった。
竜次が使っていた部屋から、パープルとバイオレットが出てきた。思わず身を隠す沖崎は二人が運ぶ人物に気が付いた。

「あれは……」

沖崎は、そのまま、すぅっと去っていった。自分の部屋に入った沖崎は、テレビを付ける。ちょうど、ニュースが流れている所だった。そのニュースに耳を傾けた沖崎は……。

『……そして、阿山真子さんが行方不明に……』

手にしたテレビのリモコンを、落としてしまった。




まさちんは、夕食を終え、リビングでくつろぎ始めた時だった。

「ったく、この時間は、ニュースばっかりだよなぁ」

そう言いながら、テレビゲームの用意を始める。

『次のニュースです。今日、午前十一時頃、大阪にあるAYビルで
 爆発事故が起こりました。調べによりますと、ビルの三十八階にある
 このビルの経営者の事務所に何者かが侵入し、爆発を起こしたとの事。
 経営者は、阿山真子さんで、現在行方不明、阿山真子さんの側近の
 小島栄三さんが、重体とのことです。詳しい事は未だ解りませんが、
 警察では、抗争への勃発は免れないと警戒を強めております。
 …そして……』

まさちんの手が止まっていた。

「組長……」

まさちんは、リビングにある電話に手を伸ばした。そして、番号を押す。……しかし、その手は途中で止まった。まさちんは、受話器を置く。

「…今の俺に……何が出来ると言うんだよ…」

まさちんは、テレビに振り返る。
次のニュースが流れていた。

組長……。

その場に座り込むまさちんだった。




真子の自宅リビングでは、ぺんこうが項垂れていた。美玖が心配そうに、ぺんこうを見上げている。

「パパ…」
「ん……?」
「大丈夫ですか、先生」

理子が声を掛ける。

「…ん……」
「本当に、動くなよ、ぺんこう」

むかいんが念を押す。

「…あぁ…」
「俺だって、停められたんだから…」

そう言って、理子を見つめるむかいん。

「涼…」
「…大丈夫だよ。確かに、あの場所で感じたものには震えが来たけどな、
 俺は、祈るだけにするよ。…今の生活を大切にしないと、それこそ
 組長に怒られるだろ?」
「うん…。…涼…、真子…無事だよね…」
「命を奪うなら、その場で奪ってるよ。だけど、連れ去ったということは、
 組長が必要なんだろうな…」

むかいんは、ぺんこうを見つめた。
ぺんこうの表情こそ、何かを耐えているものだった。

俺に出来ることは…ないのか?

ぺんこうは、考え込んでいた。




竜次の研究施設。
沖崎は、研究室へと顔を出した。

「…君たち、何をしてるのかな」

ドアを開けると同時に声を掛ける。ローズが振り返り、沖崎を見つめた。

「無理ですよ。竜次様の薬で、その能力には免疫ありますから」
「(ちっ)」

ローズは諦めたように目を反らした。

「(日本語、解らないようですね)」
「(そういうあんたは、俺達の言葉がわかるんだな)」
「(えぇ。この施設にも数名おりますから。…それで、何を?)」
「(俺達の事、知ってるのか?)」
「(竜次様から、聞いた事があります。ライが実験体にした四人の男…。
  赤い光のローズとクレナイ、紫の光のパープルとバイオレット…)」
「(…そこまで解ってるなら、俺達の目的……)」

沖崎は、研究室の隅にあるベッドに目をやった。そこには、真子が両腕を上にされ、ベッドの柵に抑制されている姿があった。その腕には、点滴針が刺さり、真っ赤な管がベッドサイドの袋に繋がっていた。そこに溜まっているものが、血液だと解る沖崎は、室内を見渡す。
パープルが顕微鏡を覗きながら何かをしていた。
バイオレットは、遠心分離器を使って何かを分離させていた。

「(完全体を目指してるということか)」
「(えぇ。竜次の資料もここに。…阿山真子の手のひらに残った傷を
  治すための資料…これを見れば、解りましたよ。…阿山真子の
  細胞を活性化させるもの…すなわち、傷を治すと言われる、あの
  青い光を受けた時に活性化する細胞を増やすもの。
  ということは、これを参考に、阿山真子の血液を使えば、
  俺達の力も…)」
「(出来ればな…)」
「(何?)」

ローズたちの動きが停まった。

「(…まぁ、せいぜい頑張ってくれよ。その研究が停まってしまってなぁ。
  誰も進めること出来なかったんだよ。竜次様でさえ、手こずっていたからね。
  君たちで出来るなら、お願いしたいもんだよ)」
「(…解ったよ)」
「(好きに使っていいからな。…その代わり、誰にも悟られるな)」
「(大丈夫だって。研究施設に居る者達は全て操ってるからさ。
  ありがとな)」

沖崎は、研究室を出て行った。そして、何かを決心したように歩き出した。
沖崎の脳裏に過ぎる、竜次の言葉。

これから先、真子に迷惑を掛ける奴らは生かしておくな。

しかし、沖崎には、人を殺める術はない。
ふと頭に浮かんだ人物。

「そうだ、あの男に…」

沖崎は、自分の部屋に戻り、引き出しに隠している箱から電話を取り出す。そして、とあるボタンを押した。

『(…どうしました、沖崎さん。この番号は滅多に使わないはずだろう?
  それとも、緊急か?)』
「(えぇ。…例のカルテットが、こちらに来ておりますが…)」
『(そうだろうな。その情報を手にしたから、こうして来たんだよ)』
「(来たと言いますと…?)」
『(今、日本に着いたところだ。…カルテットを追いかけてな)』
「(………そのカルテットが何をしているのか解るのか?)」
『(あぁ。…自分たちの実験体を完全なものにするためだろう?)』
「(その通りだが……)」
『(他に…あるのか?)』
「(こっちに向かいながら、ニュースでも観て下さい、リックさん)」
『(ニュース?)』
「(……えぇ。兎に角、待っておりますから)」

沖崎は、電話を切り、大きく息を吐いた。

俺…なんで、リックなんかに…。

デスクの上に置いた電話を見つめる沖崎。
その電話こそ、竜次とリックが連絡を取り合っていた特殊な電話。竜次亡き後、遺品を片づけている時に見つけたものだった。
資料を入れている棚に目をやる。
そこの鍵が開けられ、いくつかのファイルが無くなっていた。沖崎は無くなったファイルに気付く。

「…あいつら……」

沖崎は、棚の扉を閉め、鍵を掛けた。




小島家・リビング。
小島が、ニュースを耳にした。

「おぉい、美穂ちゃん、どうする?」

キッチンに居る小島の妻・美穂に声を掛ける。

「どうするって、あんた、私に聞かなくてもいいでしょぉ。どっちにしろ
 あんた、行く気満々やん」

キッチンから顔を出した美穂は、小島が出掛ける用意をしてるのを見てそう言った。

「…まぁな。今からなら最終に間に合うだろ?」
「気を付けてねぇ。健ちゃんによろしく。たまには家に帰れって」
「帰って来れないだろうが。健こそ、勘当息子なんだからなぁ」
「そうだった。でも、それは、あんたにとってでしょう?」
「うるさい。じゃあ行ってくるからなぁ! 猪熊によろしく」
「…えぇ〜、私が言うん?」
「明日も本部だろが」
「道病院だけど…」
「…そっか。…まぁええ。俺がおらんかったら、大阪に向かったって
 解るやろ。猪熊のことだし」
「はいはい。行ってらっしゃい」
「はいよ」

小島は、自宅を出て行った。
一人残った美穂は、寂しそうな表情をする。そして、テレビを付けた。
番組と番組の間の短いニュースでは、AYビルの事を語り終えていた。




一台の車が停まっていた。その車に乗り込む男・健。車の中では、真北が深刻な表情をして待っていた。

「リックが来たらしいな、それも専用機で」
「はい。それは、どこから?」
「企業秘密」
「そうですか。…一体何を?」
「真子ちゃんに会いに来るのなら、わざわざ専用機は使わないよな。
 恐らく、気が付いたのかもしれないな。その四人に」
「……真北さん」
「それは許可しない。それこそ、まさちんの二の舞だろが。それに、
 小島さんに申し訳ないだろう?」
「親父は何度か殺めてますよ」
「それは昔の話だろ? 俺の知らない頃の」
「そうですが…俺や兄貴だって、親父と同じですよ?」
「それでも、今は駄目だ」
「…解りました…でも、もしもの時は…」
「あぁ。俺がこの世を去ってからにしてくれよ」
「うわぁ〜死にそうにないぃ〜〜……うごっ…」

健の腹部に真北の肘鉄が突き刺さっていた。

「能力関係なら、リックに聞くか。……飛行場から、どこに向かったんだろうな」
「橋先生の所では無いと思いますよ」
「それなら、竜次の研究施設か?」
「可能性はあります」
「お前の情報網で調べておけって」
「だぁかぁらぁ、今調べてもらってるんですって。ったく」
「さっさとしろ」

真北は、冷たく言いながら、車のエンジンを掛け、サイドブレーキを下ろして、すぐにアクセルを踏んだ。




竜次の研究施設。
明け方、一人の男が訪ねてきた。出迎えたのは沖崎だった。二人は、研究室前へと足を運ぶ。

「すぐに結果は出ないだろうが」
「手慣れたもんですよ」
「そのようだな。…俺のことは?」
「伝えてません。暫く様子を伺いますか?」
「そうするよ」

二人の男は、研究室前から去っていった。
研究室では、ローズたちが、顕微鏡を覗き込んでいた。

「(ローズ、成功だぞ。活性化する)」

パープルが言った。

「(本当か?)」
「(あぁ。取り敢えず、俺の能力は、成功してる)」
「(赤い方は?)」
「(中々だな。…抵抗する様子だ。やはり青い光と反発するというのは
  本当のようだな)」
「(そうだろうなぁ。…でも、お前らの能力だけでも完全になれば、
  空間移動も容易くなるし、距離も伸ばせるってことだな)」
「(あぁ。兎に角、試してみるよ)」

パープルは、何かを抽出する。


ベッドに抑制されている真子が目を覚ます。

ここは……。

人の気配を感じ、目をやった。

「(お目覚めですか?)」

クレナイが声を掛けてくる。その手には、赤い液体の入った容器が…。

「(…ここは……。それより、えいぞうは?)」
「(彼なら、生きてるかどうか…ニュースでは重体と言ってるみたいですよ)」
「(なに……!!! くっ!)」

真子は体を起こそうとしたが、抑制ベルトで固定されている為、身動きが取れなかった。そして、視野の端に飛び込んだ赤い管に目をやった。
それは、自分の体内の血を抜いている…。

「(何をしてる…?)」
「(あなたの血が必要なのでね。だから、あなたを連れ去ったんですよ)」
「(あの能力を使うのは…)」
「(解ってますよ。だけど、私たちは、完全体じゃないのでね。その為には
  あなたの…その手のひらを治した技術を使って、細胞を活性化させて…)」
「(あれは、活性化させた後に、死滅するはずだよ?)」
「(嘘だ。現に、あんたの手の傷は治ってる)」
「(これは、長年掛かった。それも竜次の研究からニーズに変わって…。あの日以来
  その研究を続ける人が居ないから、ニーズが自らの知能を使って、私の手の傷を
  治してくれたんだよ? …もしかして、ここは、竜次の研究施設?)」
「(その通りです。…よくお解りで……あぁ、あなたの何かが反応するんですね。
  愛しの人を求めるように)」
「(嫌な雰囲気を感じただけだ)」

真子は、クレナイの向こうに居る人物に目をやる。
そこでは、パープルが、抽出した液体を体に打ち込む光景が…。

「(あっ、馬鹿っ!! それはっ!!!)」

真子の言葉は遅かった。
液体を体に打ち込んだパープルは、その液体が全身に回ったのか、急に体が青く光り出し、そして、紫の光へと変わっていった。

「(力が沸いた感じだ…)」

パープルは、床に落ちているゴミを見つめる。
そのゴミが宙に浮き、そして、ゴミ箱へと入る。

「(簡単だ…)」

パープルは感動したのか、喜び飛びまくっていた。

「(ということで、あんたの血…残り一滴まで使わせてもらうからな)」
「(能力を完全にして、何をするつもりだ?)」

真子が冷静に尋ねた。

「(ライ様の跡を継いで、組織を牛耳るつもりですよ)」
「(そんなことをしても、無駄だよ。今はもう…)」
「(ライ様同様に、この能力で人を操るだけだ。…俺達だって、この実験を
  するために、操られていたんだからな…。ライ様は俺達にとって、
  絶対的な存在だった。…でも、それは、能力によって操られていただけ。
  だけどな、ライ様が、この世を去ってからは、この能力の凄さが、
  嫌と言うほど、解ったよ。…だから、その為に…)」
「(嫌じゃなかったのか?)」
「(…嫌だった。実験体にされていた時は。でも、それは、ライ様の為…
  ライ様の思いを遂げる為に必要だったから。だから、俺達は…)」
「(それは、間違ってる。その能力は、人を支配するためにあるんじゃない。
  使っては駄目な能力なんだから)」
「(その能力を使って、何人の人を助けた? あんたは、その能力を使って…)」
「(その後遺症があることは、知ってるのか?)」
「(それも、知ってる。俺達の体を使って、実験済みだ)」
「(そうだったんだ…あの資料…ライの資料だけじゃなく、竜次の資料…。
  あなたたちの体を使って…)」
「(今のあんたが居るのは、俺達のお陰ってことだ。だから、今、そのお礼を
  してもらいたいね。その…あんたの血を使って…)」
「(…それでも、私は許さない。使わせたくないから…)」

真子は、目の前が白くなっていく事に気が付いた。
それは、出血の多さが関係している。

「(一体、どれだけ、私の血を…)」
「(さぁなぁ。ほら、次だ)」

クレナイは、手にした容器をバイオレットに放り投げた。バイオレットはその容器から取り出した真子の血液を使って何かを始める。

「(一人分を作るのに、あれだけ必要だからさ。…次の血を搾り取るのに
  もう暫く掛かるだろうな)」
「(………)」

真子は、すうっと眠ってしまう。その仕草に、クレナイは振り返った。

「(ローズ、お前、何を!)」
「(眠らせておかないと、それこそ、暴れ出すんだろ、その女)」
「(あのな…)」
「(で、次は、バイオレットか?)」
「(時間は?)」
「(昼過ぎだ。…それまでに、赤い方をやっておかないとな)」
「(大丈夫か? この女の血…足りないだろう?)」
「(増血剤、打ち込めって)」
「(そんなことをしたら、効果が薄れるだろ)」
「(それでも……!!!)」

悠長に話していたクレナイとローズは、何かの気配を感じて振り返る。
そこは、真子が寝転んでいるはずのベッド。
真子は、抑制ベルトを引きちぎり、体を起こし、ベッドの側に立っていた。
……あの時のえいぞうよりも恐ろしい程の狂気を満たして…。

真子の本能が、目覚めた瞬間だった。




研究室から聞こえてくる突然の物音に、リックと沖崎が駆けつける。

「!!!! …って、真子様の本能が?!」

扉の窓から見える室内の光景に、二人は目を疑った。
窓の向こうでは、目にも留まらぬ速さで、真子が四人に攻撃を加えている姿が見えていた。
クレナイとローズは、自分たちの能力・赤い光を使って、真子に対抗している。しかし、二人の攻撃は、尽く真子に避けられ、真子からの攻撃を受けていた。

「(くそっ! お前らぁ!)」

ローズが叫んだ。それと同時に、四人は体を寄せ合い、気を集中させた。

「(やめんかっ!!)」

リックが研究室へ飛び込み、四人の体に体当たりした。四人は、ばらけながら、床に倒れる。そして、顔を起こし、そこに立つリックを見つめた。

「(リック様っ、後ろっ!!)」

ガシッ!!!!!!!

リックの体へ目掛けて、真子が蹴りを繰り出していた。
リックは、その蹴りを素早く停めた。

「真子様、目を覚まして下さいっ!!」

リックが叫ぶ。しかし、真子にはリックの声が届いていない。
停められた蹴りを返し、そして、拳を突き出した。
リックは、真子の手を抱えるように捉えた。

「真子様、私です。リックです!!」
「…うるせぇ…。お前達…許さない…。よくも…よくも……」

真子の目から、溢れるように涙が流れていた。

「(…ローズ、お前、何をした?)」
「(…な、何もしてません…)」
「(お前の特殊能力を使っただろ?)」
「(使ってない…)」
「(なら、なぜ、真子様は泣いている? まさちんさんの名前を呼んでいる!)」
「(知らない…知らないよ…)」
「(無意識…か?)」

リックの腕を解こうと、真子が暴れ出す。

「…!!!」

リックは、真子の膝蹴りをまともに受けてしまった。

「くそぅ…」

リックは体勢を整え、真子に振り返る。
その時だった。

「(うわ……うわぁ〜っ!!!!)」
「(パープル?!)」

パープルが、突然、激しく体を震わせ、弓のように体を丸くした。そして、まばゆいくらいの紫色の光を発し始めた。

「(もしかして、すでに作って体に?)」

沖崎が焦ったような口調で尋ねてくる。

「(はい。次の用意も…)」
「(あのファイルは、実験段階での資料なんです。竜次様の研究資料は
  成功したもののみ、ニーズの方へと渡ってます。だから…)」
「(…知っていて、俺達に?)」

ローズが言った。

「(それに気付いたのは、君たちに頼んだ後です)」
「(それなら、どうして、早く言ってくれないんだよっ!!)」

言い争う二人。その間にも、パープルの体は、激しく光っている…。

「(な、何が起こってるんだ!!)」
「(消滅前の段階だ。もしもの為に、竜次様が用意していた…)」
「(俺達を…尽く実験体にするつもりか…竜次の野郎…)」

ローズが怒りに包まれ、赤い光を発した。
その光に反応したのは、本能のまま動いている真子だった。
真子は、ローズを睨み付ける。

「ライ……許さない…!!!」

目の前に赤く光る体をした人物をあの時のライと勘違いしているのか、真子は、ローズをライと呼び、ローズの胸ぐらを掴み上げ、思いっきり拳をぶつけた。
ローズの体が、壁に飛ぶ。
壁が崩れ、瓦礫と共に、ローズが床に落ちた。
その直後、ローズの周りの瓦礫が赤く光り、飛び散った。

「(ローズ、お前…やはりっ!)」
「(仕方ないだろ! こいつを大人しくするには、あの時の光景を
  思い出させる事なんだからっ!! 心の一番奥にしまい込んでいた事…。
  誰にも悟られないように……。だから、だからぁっ!!!)」
「(この馬鹿野郎っ!!)」

真子よりも先に、リックの拳が、ローズの頬に飛ぶ。ローズは、再び壁にぶつかり、床にずり落ちた。

「(…でも……でも…。更に怒りを招いただけだった…。やはり俺たち…)」
「(中途半端だから、俺が、常に気を配って…)」
「(ライ様の為に…そう思って…。そんなの……ずるいじゃないですか…)」
「(…って、リックさん、悠長に話してる場合じゃありませんって!!)」

沖崎の声に、忘れていた事を思い出す。
パープルの体を元に戻さなければ、パープルの命も危ない。

「(しかし、これでは…)」

リックは、辺りを見渡した。
パープルの体は、更に激しく光り出し、側にある実験器具を宙に浮かせていた。
真子は、激しい怒りに包まれ、今にも攻撃しそうな雰囲気を醸し出している。
ローズは、事態の大きさに気付いたのか、焦ったような表情をしていた。
クレナイとバイオレットは、ただ、ただ、その光景を見ているだけ…。

その時だった。

「…っ?!」
「…なんだっ!!?!??」

風と共に、ローズとパープル、そして、真子の体が、研究室から消えた。

「(…ローズ…? パープル? …真子様…?!?)」

消えた三人を呼ぶリック。
しかし、三人から返事はなく…。

「(何が……起こったんだよ…)」

研究室の不思議な光景を目の当たりにしたのは、研究施設を訪ねてきた真北と健だった。

「真北さん…」
「リック、来ていたとはな…。で、今の光景は何だよ」
「俺には解らない。…なぜ、三人が消えたのか…」

そう言うと同時に、リックは、頬に強烈な痛みを感じた。

「って、健っ!!」
「組長を…どこにやった。どこにやったっ!!! 今、そこに居ただろう?
 なのに、どこに…どこにやったんだよ!!!!」

いつにない健の仕草に、真北達は焦る。
急いで健の腕を掴み、今にも殴りかかりそうなところを引き留める。

「健」
「…真北さん…。だって、組長の本能が…」
「解ってる」
「もしかして、それに反応して、ここに?」

沖崎が尋ねた。

「リックの事を知ってな、行き先はここだと思って来てみただけだ。
 すると、今までに何度も感じていた真子ちゃんのオーラで事態を
 把握して、ここまで駆けつけたって訳だ。…そうしたら…こうだ」

真北は、研究室の中を見渡した。
真子達が暴れた形跡が残っているだけ…。

「…で、何が起こったんだ? 詳しく説明しろよ……なぁ、リック」

無表情になる真北。
そんな真北を知っている者達は、息を飲む。

本能の真子よりも…厄介…だぞ…。



(2004.5.12 『極』編・再来<3> 改訂版2014.12.23 UP)







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