任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第一部 『目覚める魂』編
第十四話 時を超えて、受け継がれるもの

あれが、最初で最後の行動だったかもしれない。まさか、時を超えてまでも…。


桜が咲きそうな季節。
新たな気持ちで登校するのは、慶造、修司、そして、隆栄の三人だった。もちろん、他の生徒達も同じ気持ちで、校門をくぐっていく。真新しい制服を着た生徒達も、その中にちらほらと…。


三年F組。
慶造達が、その教室へ入っていく。
クラスメイトと挨拶を交わしながら、自分の席に着く三人。いつもながら、同じ位置にうんざりしている慶造と修司。しかし、今回は、修司の後ろには、隆栄が座っていた。出席番号順だが、『い』と『こ』の間に居た生徒は、進学先が違うため、クラスが別になってしまった。そして、抜けた分、隆栄が出席番号三番となってしまったのだった。
厄介な三人が、並んでいる。
授業を受けないとか、先生に文句をつけるとか、そういう厄介さじゃなく、自宅が自宅なだけに…。

チャイムが鳴り、授業が始まった。教師が教壇に立つ。



「なぁ、阿山ぁ」
「んー?」
「今日もかぁ?」
「うん……」

今日も。
それは、ちさとと逢うのか? ということ。
校門を出て、慶造の足の方向に気が付いて、隆栄が呟くように尋ねる。
別に飽きたわけではない。
もどかしいのだ。
慶造の手の遅さに……。

「今日こそ…なぁ」
「駄目」
「自分の気持ちは?」
「一緒に居るだけで、心が和むから」
「見てるこっちは、苛々する」
「じゃぁ見るな」
「そうしたいのは山々だけどなぁ、視野に入るから、仕方ないだろが」
「目を瞑っておけ」
「阿山が何かしそうだから」
「何かって?」
「その…何かだ」
「しないって」
「俺じゃなくて、ちさとちゃんにっ!!! うごっ…」

慶造の肘鉄が、隆栄の腹部に……。

「…ちさとちゃん、受験で忙しくないのか? 慶造に解らないところを
 聞くという雰囲気じゃないしさぁ」
「進級試験だけらしいよ。俺たちと同じ」
「それなら、安心か」
「そゆこと」

慶造は微笑んでいた。

「おぉい、小島ぁ、行くぞ」

隆栄は、腹部を抑えて座り込んでいた。

「今のは、きつい…」
「勢い余っただけだよ」
「やめれ」
「はいはい」
「またぁ、そうやって邪険にあつかうぅ〜」
「いいだろが。小島だし」
「あのなぁ、阿山ぁ」

そして、ちさとと待ち合わせの場所へとやって来る。
慶造の姿を見た途端、ちさとは、素敵な笑顔で手を振っていた。

「慶造くん!」
「ちさとちゃん」

慶造は、そういうちさとの仕草に、いつも照れたように、軽く手を上げて応えていた。



阿山組本部。
幹部達が深刻な表情をして、会議室に集まっていた。
そこへ、阿山組三代目と猪熊、そして、小島がやってきた。
入ってくるなり、三代目が口を開く。

「小島からの情報だとな、更に深刻になってるらしい」

三代目は、席に座りながら小島に報告するように促した。
小島は、手にした資料を幹部達に配り、そして、いつにない真剣な眼差しで報告し始めた。

東北地方、新たな動きあり。

三代目は、遠くを見つめていた。

慶造……。



小島家のリビングでくつろいでいる慶造は、ふと、何かの気配で体を動かした。

親父?

「慶造さん、どうされました?」

キッチンで、夕食の準備をしている笹崎が声を掛ける。

「…いいや、何も。…その……親父、どうしてる? 小島のおじさんと
 桂守さん、忙しそうにしていたけど、…笹崎さん、何か聞いてる?」
「そうですね…。東北での動きが活発になりはじめた…くらいですかねぇ」
「天地組…か。そこの親分さん、相当な腕を持ってるん?」
「…殺戮は得意らしいですよ」
「ふ〜ん」

慶造は、ソファに寝ころんだ。

「小島くんは?」
「地下」
「桂守さんの代わりですか?」
「さぁ。なんか、調べることがあるってさ」
「組のことでしょうか…」
「それは無いよ。諦めたというより、小島のおじさんが、協力してるだろ?
 その際に、ちょこちょこと聞き出してるみたいだよ」
「本当に、厄介な男ですね」

笹崎は、野菜を切り始める。包丁がまな板を軽快に叩く音が、なぜだか、心地よい慶造。

「なぁ、笹崎さん」
「なんでしょう?」
「板前に…向いてそうな音だね」
「ん?!??」

慶造の言葉の意味が解らない笹崎。振り返って、慶造を見つめていた。

「どうしたんですか?」

慶造が尋ねる。

「いいえ…その…」
「材料、足りないん?」
「それは、大丈夫です。その…勉強は?」
「息抜きだって言っただろぉ」
「夕食まで、勉強してください」

少し強く言う笹崎。その言葉に従うように立ち上がり、リビングを出て行く慶造だった。

板前の音??

笹崎は、先ほどの慶造の言葉を頭の中で繰り返していた。



東北の異様な動きは、阿山組のシマまでやって来る。阿山組三代目の行動だけでなく、登下校する慶造の行動まで見張られていた。
そのことに気が付いているものの、慶造達は、敵の素性まで解らなかった。

それは、土曜日の昼だった。
慶造達は、午前で授業が終わり、そして、いつものように三人一緒に帰路に就く。

「なぁ、阿山ぁ」
「おい、慶造」

隆栄と修司が同時に声を掛けたのは、校門を出て、迎えに来た笹崎の車を見た時だった。

「あん?」

慶造は、笹崎の車に気が付いていなかった。

「今日は、家に来ないのか?」
「自宅に戻るのか?」

隆栄と修司は同時に尋ねる。

「いつもどおりだけど、何か?」
「それ」
「あれ」

隆栄と修司は、車から降り、一礼する笹崎を指さした。慶造は、振り返る。

「笹崎さん」
「お迎えに参りました」
「…いや、その…今日もいつもどおり…」
「組長が連れてこい…と……」

恐縮そうに言う笹崎。その表情で、慶造は、事態を把握する。

「……申し訳ないけど、俺、戻る気ないから」
「…そう言うと思ってました」
「それなら、どうして?」
「移動は車でお願いします」

それだけ、厄介なわけ…か。

慶造は、笹崎の車の向こうに居る人物に目をやる。もちろん、隆栄と修司は気が付いていた。警戒するような雰囲気で、その男を見つめている。

「でも、行き先は、解るんじゃない?」
「そうですね。…でも、車での移動じゃなさそうなので」
「じゃあ、よろしく」

諦めたような表情を表に存分に現しながら、車に乗り込む慶造。隆栄と修司も同時に乗り込んだ。笹崎は、辺りを警戒しながら車に乗り込む。そして、アクセルを踏んだ。

影から見つめていた男は、車での移動に追いつけず、苛立ちを見せていた。


車の中。

「慶造さん」
「はい」
「行き先は、ちさとさんのところですか?」
「そうだけど…やっぱり、駄目かな…」
「その…天地組ですが、妙な噂を耳にしまして…」
「妙な噂?」
「沢村家、黒崎組とそして、阿山組。この三家それぞれと接触してるんですよ」
「…妙ですね」
「もしかして、三家と手を組んで、全国制覇でも企んでる…とか?」

隆栄が口を挟む。その口調は、なんとなく、天地組の内情を知っているような雰囲気だった。

「滅するのではなく、身に付ける…ってとこか…。親父、そんな奴じゃないのにな。
 それよりも、黒崎組の方が厄介だろうなぁ」

慶造は、そう言って、窓の外に目をやった。
そこは、いつも、ちさとと待ち合わせる場所だった。ちさとの姿は、既に、そこにあった。
しかし、その隣には…。



ちさとは、慶造を待っていた。

「ちさとちゃん」
「…竜次くん……」

ちさとに声を掛けてきたのは、黒崎竜次だった。笑顔でちさとに手を振っている。ちさとは、躊躇いながらも、その笑顔に応えて手を振り返した。


ちさとと竜次は、壁にもたれながら、話していた。

「おじさん…忙しそうにしてる?」

竜次が尋ねた。

「そうね…最近、頻繁に誰かと逢ってるみたい」
「兄貴もそうなんだ。…東北の天地組がね、どうやら、激しく動いてるらしいよ」
「…大変だね、黒崎さん」
「まぁ、兄貴の頑固さには、誰も敵わないけどな」

竜次は微笑んでいた。

「…慶造君…」

ちさとの呟きに反応する竜次。

「やっぱり、気になるんだ…。阿山慶造が」
「だって、ほら、黒崎さんと慶造君のお父さん…敵対してるでしょう?
 竜次くんだって、そうじゃない」
「まぁ…」

俺は、恋敵…かな…。

「そろそろね、慶造君が来る時間だけど、どう? 一緒に勉強教えてもらう?」
「お断りします」

竜次は、ハキハキと応えていた。その口調に、ちさとは笑い出す。
そして、目の前に来た車に気が付いた。

「車…ってことは、阿山組にもコンタクトしてるんだろうなぁ」

竜次は、そう言いながら自宅に向かって歩き出す。

「じゃぁねぇ〜」
「あっ、竜次くん!!」

後ろ手を振りながら、竜次は去っていった。
慶造が車から降りてくる。

「竜次、何か言ってきたん?」

慶造は、挨拶もそっちのけで、ちさとに尋ねた。

「待っている間、話し相手になってくれただけ。…妬いてるの?」
「あっ、いや…その……そうじゃなくて…」

慶造は、慌てて否定した。

「笹崎さんも来たのなら、自宅にどう? 時間あるでしょう?
 昼ご飯……食べて行かない?」

ちさとの言葉に、慶造達は、少し驚いていた。いつもなら、側の公園で楽しく話す程度なのに…今日は、どうしたことか…。

「笹崎さん、どうする?」

慶造が尋ねる。どうやら、慶造の答えは、既に決まっている様子。

「ご一緒させていただきます」

笹崎の言葉を聞くと同時に、少し離れた所で立っている山中を手招きするちさと。すぐに駆け寄る山中は、ちさとの言葉を聞いて、運転席に座る笹崎を沢村邸へと案内する。その後ろを、慶造たちは、歩き出した。



沢村邸。
ちさととちさとの母が、お手伝いさんと一緒に昼食の用意をしていた。突然の訪問でも、優しく迎える母達。恐縮そうにしている慶造達は、姿勢を正して、座っていた。

料理が運ばれてくる。目の前に並ぶ量に、目を丸くする慶造達。

「あ、あの…こんなには…」
「大食らいが二人いるって聞いたんだけど…」

お手伝いの一人が、慶造に言った。

「…はぁ、居ることは居るんですが…ここまでは…」

目の前の量。それは、さながら、大勢でパーディーをするかのような豪華さ…。

「その…なぜか、ちさとお嬢様が、張り切ってまして…」

慶造の耳元で、こっそりと話すその声は、隆栄と修司にも聞こえていた。

「は、はぁん、なるほどなぁ」

隆栄が言った。

「まさか、ケーキ…なんて、焼いてないですよね…」

修司が言うと、お手伝いが、恐縮そうに応えた。

「その通りです…」
「上に、チョコレートで、文字なんて、書いてませんよねぇ?」

隆栄も修司の言いたいことが解ったのか、いつものふざけた口調で尋ねた。

「そ、その……し、失礼します!!!」

それ以上は、言えないお手伝いは、慌ててリビングを出て行った。

「ケーキ? デザートに出てくるのか?」

すっとぼけの慶造は、すっとぼけた言葉を投げかける。

「駄目だ…」
「気が付いてない……」
「……あっ、そうだったんですか。それで…。悪いことしました…」

笹崎も何かに気が付き、声を挙げる。

「悪いこと? 何が?」
「あっ、その…組長が、連れてこいと言ったことです…」
「…おじさん、何も言わなかったんだ…。笹崎さん、ひどぉ」

冷たい眼差しを向ける隆栄。それには、笹崎も本当に恐縮していた。

まさか、私が、忘れていたなんて……。

背中を一筋、汗が伝う笹崎。

「帰ったら、俺が親父にどつかれる…」

修司は、嘆いていた。
そこへ、登場! 噂のケーキ。
上に書かれている文字を見て、慶造は、凄く照れていた。

けいぞうくん、お誕生日おめでとう!

ちさとの歌声の後、慶造は、ケーキに立てられたろうそくの火を、勢い良く消した。



雑談の中、ちさとの父が帰ってきた。リビングの賑わいに、今朝、娘から聞いたことを思い出し、静かに入ってきた。

「お帰りなさい、お父様」
「楽しんでるか?」
「はい」
「お邪魔しております。その…今日は、ありがとうございます」

慶造は、立ち上がり、深々と頭を下げていた。

「主役が、そんな態度を取らない。大いに楽しんでください。後で私も
 参加させていただきますよ。…っと、私の料理は残しておいてくださいね」
「はい」

笑顔で話す慶造と父親に、ちさとと母は、安心したような表情を浮かべていた。

「なぁ、やっぱり、反対なん、おじさん」

唐揚げを頬張りながら、隆栄が尋ねる。

「そうだったの。…跡目を継がない意志があるから、お父様、許してくれた」
「よかったな。…これ、その祝いも兼ねてるんか?」
「…うん!」

嬉しそうに微笑み、弾んだ声で返事をしたちさと。それには、流石の隆栄も動揺する。

「あ、あかん……」

飲み込んだ唐揚げが、喉に詰まりそうになった隆栄は、慌ててジュースを口にする。
父親が、リビングへやってきた。そして、慶造の隣に腰を下ろし、慶造と話し込んでいた。

「……東北の天地組が、接触してきたんだよ」
「天地組って、一般企業もやってましたか?」
「いいや、昔のなんとやら…で…だけどな…」
「どうして、そんなお話を私に?」
「……さぁ、わからん。だけどな、気を付けないと…、あいつら、何かを企んでる。
 そんな気がしてならない…」

深刻な表情に、慶造は戸惑っていた。

「……慶造君」
「はい」
「もしものときは、…ちさとを頼むよ」
「…おじさん…?」

慶造に言葉を伝えた父親は、用意された飲物を一気に飲み干した。その仕草に、慶造は、不安を抱く。そして、ちらりと笹崎に目をやった。笹崎には、二人の会話が聞こえていた様子。すぐに、慶造に近づいてきた。

「様子、見てきます」
「ごめん…」

笹崎は、一礼して、リビングを出て行った。

「あら、笹崎さん、どしたん?」

隆栄は、笹崎が出て行くのを見つめ、そして、慶造に尋ねた。

「親父に呼び出された」
「ふ〜ん。…俺の親父、今日も、阿山んとこやけど…なんやろ、深刻なんかな…」
「さぁ…」

とぼけた慶造は、ジュースを飲み干す。



楽しい時間も終わり、片づけも終わった。
慶造達は、ちさとの部屋に集まり、隆栄が開発したゲームを楽しみ始める。



その夜。
阿山組本部の慶造の部屋で、慶造と笹崎は、静かに話し込んでいた。

「こちらにも接触があったようですね」

昼、慶造のパーティーを抜け出した笹崎は、本部に戻り、そして、そこに訪ねてきた『客』と三代目が接触しているのを目の当たりにしていた。猪熊から、事情を聞き、その『客』を見届けた後、慶造を迎えに戻っていた。
本部の様子が気になった慶造は、そのまま本部へと戻ってきたのだった。
半年ぶりの自分の部屋。
すごく綺麗に掃除されていた。
久しぶりの部屋でくつろぐ慶造に、昼間の『客』の様子を慶造に伝えていた。

「どっちなんだろうな…」

笹崎の話を聞き終えた時、慶造が言った。

「それは、解りません。ただ、平和を求めているのは確かでした」
「……殺戮を好む奴らが、平和を口にしても、誰も信じないのにな」
「そうですね。警戒は必要です」
「わかった。…ちさとちゃんに聞いても、話してくれないだろうな…。
 これは、おじさんに聞くしかないね…」
「では、毎日、ちさとさんの手料理ですね…!!!! …すみません…」

慶造は、笹崎を睨んでいた。

「そう望みたいな…」

!!!!!

慶造の呟きに、笹崎は驚いていた…が、口にはしなかった。
慶造は、テーブルの上の箱を見つめた。
一度、フタを開けた形跡がある、その箱。

「選んだのは?」

慶造は、笹崎に尋ねる。

「組長ですよ」
「ふ〜ん」

そこには、高価な腕時計が入っていた。時刻を二つ合わせられるもの。それは、父親からのプレゼント。
進学先は海外。
海外に行って、こっちに連絡をする時に必要な時差が解るようになっている腕時計。疲れて眠る笹崎を起こさないようにと気を遣っていた。
まだ、半年以上も先の話なのに、三代目は、買っていた。

「…親父らしいな」

慶造が呟いた。そして、照れたように、ソファにもたれかかる慶造。笹崎は、温かく見つめていた。




その後、何事もなく、夏が過ぎ、秋が深まる十一月。
事件は起こった。


慶造、修司、そして、隆栄が、沢村邸へ遊びに来ていた。今年も短い連休に、ちさとが張り切って手料理を作ると言って三人を招待していた。笹崎も再び誘われていたが、この日、阿山組三代目に大切な客が来ると言うことで、幹部に戻った笹崎は、断っていた。
ちさとの手料理がテーブルに並んでいく。
別に、何もないはずのこの日。あの日以来、ちさとの手料理は口にしていない修司と隆栄は、ただただ、その料理を見つめ、心を和ませるだけだった。
手を付けるなんて、恐れ多い…。
なぜか、そう思ってしまったものの…。おいしい香りに誘われて、箸を運んでしまうのだった。


楽しいひとときは、一変する。




阿山組本部。
大切な客が、三代目と笑顔で話し込んでいた。

「そうですね…」

その客は、時計を見る。

「そろそろ、時間です。お近づきの印に、特別な物を用意しました」
「特別な…もの?」
「えぇ。まず、手始めに、二組のうち、一組にプレゼントです」
「…なんの…プレゼント…だ?」

三代目の問いかけに、不気味な笑みを浮かべる客……。




沢村邸。
慶造達が、猫グッズに囲まれるちさとの部屋で話し込んでいた時だった。
沢村邸の外で、爆発音が聞こえた。
修司は窓から外を見る。

「…なんだよ、あいつら…」

修司の呟きに、慶造が窓に歩み寄った。
沢村邸の門から屋敷まで続く道。その道を武装した男達が、走っていた。手にした銃器類で、次々と壊していく。物だけでなく、人の命まで…。門を見た。爆破されたのか、瓦礫になっていた…。

「…天地組系の…千本松組…」
「本当か?」
「あの特徴ある武装は、そうだ。なんで、また、ここを?」
「狙いは、俺か?」
「いいや、沢村邸かもしれない」

隆栄が呟いた。

「小島」

慶造が静かに呼んだことで、隆栄は、振り返る。

頼んだ。

慶造の目を見て、何を言いたいのか把握した隆栄は、素早く部屋を出て行った。

「慶造君…」

少し震えるちさとをそっと抱き寄せ、そして、言った。

「大丈夫。兎に角、下に。おじさんとおばさんの身が心配だ……!!!!」

ちさとに話している時だった。ちさとの部屋のドアが開き、男が入ってきた。

「ここにも居るぞっ!」

銃を片手に、男は叫ぶ。修司が、慶造とちさとを守るように立ちはだかった。

「……猪熊…? ……いいや、息子の方か。…ということは……」

男は、修司の後ろにいる二人を凝視する。そして…。

「息子と娘が懇意にしてるというのは、本当だったんだな…。
 ……阿山慶造…沢村ちさと……発見〜」

ふざけた口調で言った男は、銃口を向けた。修司は、梃子として動かない。

「修司」

慶造の声に耳を傾けない修司は、男を睨んでいた。

「やめておけ。阿山慶造は、血を見たくないはず…だろ? ボディーガードさん」

今にも引き金が引かれそうになる。それでも修司は、動こうとしない。

「修司くん。俺たちの狙いは、…沢村家だ」

その言葉に、いち早く反応するちさと。

「まさか!」
「お嬢さん、その…まさかだとしたら?」
「!!!!! きゃっ!」
「やめろっ!」

男の言葉に、ちさとは、部屋を出ようと修司の脇をすり抜けた。しかし、ドアの前に立っていた男に腕を掴まれ引き寄せられてしまう。その光景を見て、慶造が叫んだ。

「よぉく見ると、かわいいなぁ。…おじさんの…好みだね」
「…は、放してっ!」
「その手を放せっ!」

ちさとの声と慶造の叫び声が重なる。慶造は、男に向かって行った。男は、ちさとの額に銃口を当てる。

「撃つぞ?」

慶造は歩みを停めた。



爆発音が響く中、隆栄は、沢村邸を囲む塀を飛び越え、隣の公園にやって来た。邸内の様子を見つめ、唇を噛みしめる。
美しかった庭には、火の手が上がり、木々が燃えていた。
笑顔を交わしていた沢村邸で働く人たちが、血を流して地面に倒れている。
建物の一部が破壊されていた。
大音響を聞きつけた近所の人たちが集まりはじめた。そして、遠巻きに沢村邸の様子を見つめている。

阿山……。

隆栄は、懐から小型のパソコンを取り出し、どこかへ連絡をし始めた。



「おら、そこで、大人しくしておけ」

後ろ手に縛られた慶造と修司は、一階のリビングに連れてこられた。リビングの隅では、ちさとの父と母が、銃を持つ男達に囲まれていた。慶造と修司は、そこへ押される。

「慶造君」

父に呼ばれたが、慶造は別の所を見つめていた。
先ほどの男が、ちさとの腕を掴んだまま、ソファに腰を掛けていた。

「確か、中学三年生…もうすぐ高校生だよなぁ。若いっていいなぁ」

ちさとの体を上から下までなめるように見つめている。その行動で、男が、ちさとに何を求めているのかが解った慶造は、立ち上がり、男に体当たりをした。弾みで、ちさとから手を放した男は、振り返る。
慶造がちさとを守るように立っていた。

「惚れた女に他の男が触れているのを見てられない…か。…阿山慶造。
 言っておくが、お前の父親は、俺たちと手を組んで、沢村家と黒崎組を
 潰そうと計画を立てているんだぞ? なのに、その息子が、こんな態度だとはなぁ」
「そんな話は、でたらめだ」
「俺の親分が話してるんだけどなぁ、それも、今」
「…何? 大切な客というのは、…あんたたちのことだったのか?」
「ほぉ〜。組のことに無関心と聞いていたが、そうではないらしいな。…じゃぁ、
 俺たちのことも、知ってるって訳か…」
「東北の…天地組系……千本松組…」
「ご名答ぅ〜。流石だね」
「沢村家と黒崎組を潰して、その後は…阿山組を潰すつもりだろ? そうはさせない」
「…いきなり何を言い出すかと思えば…」
「あんたたちの話は聞いている。ここを攻め取った後は、西へ向かうと…。そして、
 全国制覇をするつもりだとな。邪魔な物は、この世から消す…」
「よく御存知だこと。その通り。では、まず手始めに、君の命からもらおうかな?…!!!」

慶造の額に銃口が突きつけられた。しかし、それと同時に、修司の蹴りが、男の腹部に入っていた。

「くっ…足も縛っておけ!」
「必要ないっ!」

慶造が叫び、そして、続ける。

「そんなに欲しいなら、くれてやる。その代わり、これ以上、血を流すな」
「…血を流すな…か。…そうだなぁ。君の命を奪う前に、血を流さないでいい
 方法を使うとするかぁ」

男の目は、ちさとに向けられていた。

「彼女に手を出すな。…それに、沢村家は、もう、極道の世界からは離れている。
 これ以上、沢村家に迷惑を掛けると…俺が許さない」
「正義感ですか? 無駄なことを。…簡単に命を投げ出すような奴に、傾ける耳は
 持ってないんでねぇ。さぁて、その姿で、大切な彼女を守れるかな?」

男の言葉に、慶造はニヤリと微笑んだ。

「?!??」

慶造が、男の銃を奪い取り、男に銃口を向けていた。
いつの間にか、縄を解いていた慶造。修司も同じだった。慶造の行動と同時に、修司が周りの男達に拳を差し出した瞬間…!!

銃声!

「お父様っ!!!」

ちさとの声に振り返ると、ちさとの父と母を囲んでいた男の一人が、父に銃を向け、発砲していた。銃弾は、父の腹部に当たっていた。床に倒れ、血を流す父親を見て、ちさとは、駆け寄った。しかし、ちさとは、発砲した男に捕らわれてしまう。

「いや、放してっ!」
「お前らが暴れると、この部屋が血で染まっていくぞ…」
「くそっ!」

慶造と修司は、その場に立ちつくすだけだった。
ちさとが、ソファに連れてこられた。強引に座らされたちさとの肩に男が手を掛け、押し倒した。しかし、ちさとは、男の腹部を蹴り上げていた。

「うぐっ! このじゃじゃ馬がっ!」

ちさとを殴ろうと、男は手を振り上げる。その手を慶造が掴んでいた。

「やめろ」
「やめろと言われて、やめると思うのか?」
「思わないな。だけど、それは、卑怯だ」
「卑怯? 女を抱くことが?」
「嫌がるのを無理強いすることはないだろが」
「それもそうだなぁ。このじゃじゃ馬娘の蹴りは、相当強そうだ。俺が倒れるよ」
「…命を奪うなら、今すぐに奪えよ。もったいぶるな」
「俺、言ったろ? 簡単に命を投げ出すような奴の命を奪ってもおもしろくないってな」
「……言ってないぞ?」
「そうだっけ?…それにしても、余裕ある雰囲気だな。…助けが来るとでも思ってるのか?」
「思わないな。…ただ、俺たちの身に、危険が降り注いでると知ったら、親父が…
 黙ってないと思ってな…」
「…ここの状況は、誰も知らないはずだ。それも、息子が居るということ…」
「俺がここに来ていることは、親父は、知っている。そして、沢村家の状態もだ。
 しかし、俺たちが監禁されていることは、どうだろうなぁ」
「誰か…逃がしたな?」

慶造は何も応えない。しかし、男は、怯みもしなかった。

「そうか……なら、楽しむしかないなぁ」
「なに?」
「どうせ、やられるなら、それまでの時間、思いっきり楽しむってことだ」

男は、ソファに寝ころんでいるちさとを見つめた。ちさとは、暴れ出す。蹴りを差し出した足を掴まれた。

「死ぬ前に、気持ちいいことしてやるよ!」

ちさとの服に手が掛かる。慶造が、その手を掴む。

「いい加減にしねぇと、俺が…てめぇを…」

醸し出される慶造のオーラに、男は一瞬怯んでしまった。

「そんなに、この娘に手を出して欲しくないのか?」
「当たり前だ!」
「…そうか…まだ、手も付けてないのか…。ふっ…奥手だな…」
「それが、どうした?」
「何も、こっちの楽しみだけじゃぁないんだぜ?」
「…他に、何を企んでいる?」
「この娘を助けたいか?」
「沢村家の家族を助けたい」
「それなら、条件をつけてやろう」
「条件?」
「あぁ。…その昔…。阿山組初代が受けたという百叩きだ。猪熊家を助けるために
 初代が、受けた話、聞いたことがある。うめくな、汚すな、気を失うな、崩れるな…」
「それが、どうした?」
「耐えられるのか?」
「…やってみないと…解らないだろう?」
「慶造!」

修司が声を張り上げる。

「うるさい。お前は手も口も出すな」
「…しかし…」

慶造が修司を睨みつける。修司は、それ以上、口も手も出さなくなった。

「そうだな…。で、どうする? 阿山慶造。受けるか?」
「受けてやるよ。…で、百耐えれば、彼女に手を出さないんだな? 守れよ」
「あぁ。反古しないさ。…これを使う。縄が無いんでな、上から吊るすことは
 無理だから、こいつらに腕を掴ませる。そうすれば、ガードもできないからな。
 おい」
「はっ」

二人の組員が、それぞれ、慶造の腕をしっかりと掴み、まっすぐ立たせた。

「慶造君……」

ちさとの呼ぶ声に、慶造は、優しく微笑んだ。その直後、鉄パイプが空を切り、慶造の腹部に突き刺さった。

「!!!!」
「一。…二…三…」

男が数を言うたびに、鈍い音が聞こえてくる。
修司は、慶造の姿を見て、拳を握りしめるだけだった。
ちさとは、怖さのあまり、目をつぶってしまった。そんなちさとを母は、そっと抱きしめる。その腕の中で、ちさとは、震えていた。
慶造の体は、腹部だけでなく、背中、肩と鉄パイプで殴られ、顔面には拳、足には蹴りと、容赦なく痛めつけられていた。
こみ上げる鉄の味を、ぐっと堪え、ふらつきそうになる足に力を入れる。

「五十七…五十八…。凄いな。まだ、耐えられるとはなぁ。内臓もかなり
 痛み始めたと思うけどなぁ〜。五十九、六十…」

修司が立ち上がり、慶造を見つめた。

動くな。まだまだ、大丈夫だ…。

慶造の目が、そう語っている。修司は、ゆっくりと腰を下ろす。

「あいつは、お前の言葉に忠実だな。八十二、八十三、八十四…。
 こっちが疲れてきたよ。…残りの十五は、あいつにさせようか?」

男の目は、修司に向けられていた。

「…バカが…。修司に……持たせたら、お前らが…やられ…る…ぞ?」

慶造が静かに言った。

「…そっか」
「十五くらい、てめぇで…しろや…」

慶造は、男にけしかけた。

「そうだな。残り十五だ。…まだ、利ける口があるとはなぁ。恐れ入るよ!」

男は、思いっきり力を込めて、慶造をぶん殴った。
さすがの慶造も、足の力が抜ける。しかし、足は、まるで棒のようになっていた。膝が曲がらない。それが、条件を守る形になっている。

あと…十…。

慶造は、修司の後ろに居るちさとに目をやった。
ちさとは、泣いていた。

…涙…見たくないのにな……。

心で呟いた途端、百という言葉と同時に、腕を解放された。

「ちっ…。条件クリアか…仕方ないな。…手を出さないよ」
「それは、よかった」

慶造は、微笑んだ。男は、慶造の胸ぐらを掴み、修司たちの方へ放り投げる。足に力が入らない慶造は、そのまま、吹っ飛んでいった。修司が、手を差し伸べ、慶造を抱え込んだ。

「慶造!」
「……ん? …あ、あぁ…ありがとな、修司」
「馬鹿は…お前だ…」

修司の言葉に、慶造は、微笑み、そして、自分で体を起こす。

「慶……造……くん…」

ちさとが、そっと手を差し伸べた。その手を掴もうと慶造は手を伸ばす。

「うっ…」

突然の激しい痛みに耐えきれず、慶造は、体を丸くする。

「…ぐ、ぐはっ……」

血を吐き出した。

「慶造君!」
「慶造!! 慶造! しっかりしろっ。慶造っ!!」

修司の声が耳に激しく飛び込んでくる。

そんな大きな声で呼ぶな…側に居るだろが…。

心が和むような何かに包まれる慶造。その何かに頼ろうと体の力を抜いてしまった。



(2003.12.10 第一部 第十四話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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