任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第一部 『目覚める魂』編
第二話 危険なトリオ

そりゃぁ、驚きの連続だった。一番驚いたのは、自身の事。


中学生になって、初めての夏休み。
晴れ渡る空。炎天下に広がる自然豊かな公園に、慶造、猪熊、そして、小島がやって来た。

「なんで、クーラーないんや」
「そんなの必要ない程、涼しいだろ?」
「そうだけどなぁ。…しっかし、近くにすごい公園があるんだな」
「阿山組の管轄だよ」
「見回りか?」
「俺が見回りしてどうするんだよ」
「それもそっか」

小島と慶造が、そんな話をしながら、並んで歩いていた。その後ろを猪熊が辺りを警戒しながら付いてくる。

「猪熊ぁ、ここでも警戒か?」

小島が歩きながら振り返る。

「まぁな。小島が言ったように、状況悪化してるだろ。いつ狙ってくるか…」
「大丈夫だよ」

軽い口調で慶造が言う。その言葉で、猪熊が警戒を解いた。

「阿山の言葉は絶対なのか?」

どうしても、慶造と猪熊の関係が理解できない小島。慶造に対する猪熊の態度を見るたびに、尋ねていた。

「そうだよ。慶造は、間違ったことは言わないからな。まぁ、危険な行動は
 多いけどね」
「ほっとけ」

冷たく言うものの、優しい眼差しを向ける慶造だった。

公園も中程まで歩いた頃、大きな木下にあるベンチに座る。慶造の左に猪熊、右に小島が腰を掛け、公園内の様子を見つめていた。

「人、少ないな」
「暑いからなぁ」
「木の下は、涼しいな」

小島はベンチに寝ころんだ。

「なぁ、阿山ぁ」
「ん?」
「毎日、こんな風に過ごすんか?」
「さぁ。学校に行きたくても、小島ぁ、お前が嫌がるだろ」
「折角の休みなのに、学校に行ってどうするんだよ。どっか行こうやぁ」
「遠出は許されてないんでな。すまんな」

慶造が言った。

「まぁ、解るけど、何も家の近くで、うろつかなくてもいいやろぉ」
「…親父に迷惑を掛けたくないからな」

静かに言った慶造は、そっと立ち上がり、ベンチから少し離れた。慶造の行動に、小島は、少し体を起こす。

「俺、やばいこと言ったか?」
「まぁな。……慶造のこと、あまり話してないからな、小島には」
「暗い過去がある…とか?」
「そんなもん」
「そういや、阿山の胸の傷…あれ、刃物だろ?」
「…なぜ、解る?」
「俺、こぉんなもの持ってるもぉん」

腰の辺りから取り出したもの。それは、ドス。

「って、なんで、お前が持ってるんだ? 必要ないだろう?」
「まぁ、いろいろと必要な時があったからね。猪熊は、何を持ってる?」
「何も持ってない」
「阿山のボディーガードだろ? 銃くらい…」
「親父に、持てと言われたけどな、慶造が嫌がった。だから、武器は所持していない」
「…じゃぁ、敵には素手?」
「そんな危険は、まだ無いから。それに、襲われる寸前に、慶造が仕留めてる」
「猪熊の仕事…取られてるわけか…」
「そゆこと」

猪熊は、慶造に目をやった。慶造は、ただ、ゆっくりと行き来しているだけだった。何やら深刻に考えている様子。猪熊の目線にも気が付いていなかった。

「慶造」

猪熊が声を掛けると、慶造は歩みを止め、振り返る。

「大丈夫だ」
「あぁ」

慶造の返事を聞いて、猪熊は、小島に目線を移す。

「なんだよ、今のは」
「意識がぶっ飛んだ時は、声を掛けないと、あいつ、戻ってこない」
「どこに意識を飛ばしてる?」
「それは、俺にも解らない。ただ、ここに留まろうとしない雰囲気だ」
「そういや、そんな感じだな」
「恐らく……お袋さんのことを考えてる」
「……病弱だったと聞いたけど?」
「病弱になった…が正しいだろうな」
「…やっぱり、暗い過去がある…。教えてくれよ」
「駄目だ。慶造の許可がいるよ。…拳を頂いても構わないなら、慶造に
 直接聞いたらいいよ。教えてくれるかは、解らないけどな」
「…それ程、深刻な話なら、あいつが言ってくれるまで待つよ」

そう言って、小島は、慶造に目をやった。慶造は、自分たちの方に足を向けて歩いてくるところ。

「家に戻るのか?」
「いいや、ここでくつろぐよ」

慶造がベンチに腰を掛ける。

「なぁ、阿山」
「なんだ?」
「武器持ってないって猪熊が言ったけど、いいのか?」
「お前はドス…持ってるよな」
「知ってたのか?」

慶造は頷く。

「まぁな。これは、中学にはいると同時に、親父にもらった。ただし、自分を狙う
 敵にのみ、使えと…ね。俺は、これで、お前を守ってやる」
「ありがたいけど、…それ、痛いだろ?」
「そりゃぁ、刃物だし」
「だから、あまり使うなよ」
「…経験あるのか?」
「まぁな」
「胸の傷……」
「…痛いどころじゃないな。死ぬかと思ったよ」

胸に手を当てながら話す。猪熊は、慶造の言葉を仕草を見て、気まずい表情をしていた。

「………と思うような傷口らしいな」

慶造は付け加えた。

「そうだよな。すごく深そうだし」
「いつ、出来たのか解らないんだけどな。凄い傷だろ? って自慢じゃないけどな」

微笑む慶造。その微笑みに、猪熊は安心する。
猪熊の表情の変化は、小島に、ひしひしと伝わっていた。それが気になる小島だったが、それ以上、話を進めると、何かが起こりそうな雰囲気を感じ、話を切り替えた。

「しっかし、涼しいなぁ、ここは」
「空気も良いだろ? 俺、なんとなく、この場所が好きなんだ」
「俺も好きになった。阿山組って、縄張り広いよなぁ。それも、こんな風に
 自然がたくさんあるところばかり」
「自然がないところは、それに近いように作ってるだけだよ。あの世界で
 荒れた心を、少しでも和ませるため。……笹崎さんの意見なんだけどね。
 何故か、親父は、その意見に賛成して、こうして自然を広めてる」
「いい親父だな」
「周りにはな」
「俺の親父なんて、俺を放ったらかしだし。仕事でどこかに出掛けてる日が
 多いもんなぁ」
「じゃぁ、小島は、家に帰っても一人なのか?」
「静かだよ。…阿山組の本部は、人が多いのに静かだよな。なんで?」
「俺の部屋まで、来ないように…。俺が言ってるから」
「そっか」

小島は、そう言って、再び寝ころんだ。

「少し寝る…置いてくなよぉ」
「解ってるよ」

小島は、すぐに眠りに就いた。

「夜遅くまで、何してるんだろうな」

優しい眼差しで小島を見つめながら、慶造が言った。

「何か細かいこと、してるみたいだぞ。コンピュータ関係」
「一人だと、そういうことするしかないのかな」
「慶造は、何をしてる?」
「勉強」

短く応える慶造だった。

小島が寝ころぶ横に、慶造も寝ころんだ。狭いベンチだが、二人が寝ころべる。そして、慶造も眠り始めた。
木の葉の揺れる音が、さわさわと聞こえてくる。それが、すごく心地よく、眠りを誘っていた。
しかし、猪熊だけは、違っていた。眠らず、慶造を守るかように、辺りを警戒していた。眠る二人を起こさないような雰囲気で。
子供達が、走り去る。犬の散歩をしている人が去っていく。
さわさわと木の葉が風に揺れる。
ふと見上げた木の枝が、大きく揺れたと思った途端、目の前に、何かが降ってきた。
目の前に、刃物を持った男が立っていた。
猪熊は、立ち上がり、男を威嚇する。しかし、男は怯まず、猪熊の後ろで眠る慶造に目をやった。

「阿山慶造だよな?」
「違うなぁ。…で、何のようだ?」

猪熊が静かに言う。その言葉に、男は、口元をつり上げるだけだった。そして、次の瞬間、目にも留まらぬ早さで、刃物を突き出した。
その腕を掴む猪熊。その手に力を込める。
骨が砕ける音がした。

「ぐぉぉぉぉっ!!!!!」

男の悲鳴に慶造と小島が目を覚ました。それと同時に、猪熊の蹴りが、男の顔面に炸裂する。

「猪熊、やりすぎ」
「何も言わずに襲ってくる奴には、容赦しない」

冷たく言った猪熊は、相手の男が気を失うまで蹴り続けた。
その足を止めたのは、慶造だった。

「ここを汚すなっ!」
「す、すまん…」
「ここを離れてから攻撃しろよ」
「解った。小島、暫く頼むぞ」
「あぁ」

小島に慶造の事を頼んだ猪熊は、地面に横たわる男の襟首を掴み、どこかへ引きずっていった。

「恐ろしいなぁ」

小島が呟く。

「あれが普通だよ。…あれでも大人しくなった方。もっとひどかったよ」
「……って、小学生の時は、もっと凄かったんか?」
「そうだ。まぁ、手加減を覚えた分、大人になった…かな?」
「……手加減というか……一発が強くなっただけだろ?」
「…そうかな…」
「そうだと思う」

沈黙が続く。慶造は、上を見た。

「しっかし、堪え性のない奴だな」

呟く慶造に、小島が応える。

「その割には、気配を感じなかったな」
「寝ころんだら直ぐに解る場所に身を隠す…まだまだだなぁ」
「そうだな」

どうやら、二人は、先ほどの男が木の上に居ることに気が付きながらも、眠った様子。
程なくして、猪熊が、戻ってきた。

「取り敢えず、渡してきた」
「外に居たのか?」
「笹崎さんが呼びに来た所に出くわしただけ」
「何の用だろ…」
「どこか出掛けるなら、付いていきますよ…と言ってたよ。どうする?」
「小島、どっか行くか?」

慶造が尋ねる。

「ここでいいよ。和めるし」
「俺もいいよ。笹崎さんの時間って伝えておいて」
「はいよ」

猪熊は再び公園の入り口まで走っていった。

「今夜は笹崎さんの料理だな」

慶造が言った。

「おいしいのか?」

小島が尋ねる。

「お前の口には合わないだろうな」
「俺は何でも食べるって」
「店の作り物でも口に入れるくらいだもんな」
「…阿山ぁ〜」
「なんだ?」
「馬鹿にしてるだろ?」
「その通り」
「ったくぅ〜〜!!!」

呆れる小島だった。




夕食。
阿山組本部の食堂に、慶造、猪熊、そして、小島が入っていく。食卓に着いた三人は、差し出されるおかずに箸を運びながら、他愛もない話をしていた。

「慶造さん」
「はい」
「おかわり、たっぷりございますよ」
「よろしく!」
「かしこまりました」

笹崎と話す慶造を見た小島は、きょとんとしていた。あまりにも年相応に見えていたからだった。

「どうした、小島?」

慶造が話しかける。

「なにも。おいしいなと思って」
「おいしいんだよ」

おかわりを持ってきた笹崎。

「ありがと」
「小島さんも、どうですか?」
「俺は、これで。ありがとうございます」
「失礼しました」

笹崎が去ると直ぐに小島が慶造に尋ねた。

「なぁ、笹崎さんって、阿山専属の料理人か?」
「俺が慶造の側に付く前まで、慶造のお世話係だったんだよ」
「確か、幹部だったよな」
「そうだよ」
「ふ〜ん。出世したってことか。すごいな」

憧れる様な眼差しをする小島に慶造は微笑むだけだった。

「…阿山、拳は、いらんからなっ!」
「しないって」

小島は、慶造の微笑みの裏に隠されるものを何とか理解していた。
少しずつ、慶造を理解していく小島だった。


食後のデザートを食しながら、ソファに座りテレビを見ている三人に、笹崎が声を掛ける。

「宿題は終わったんですか?」
「まだだよ」
「早めに終わらせて、どこか出掛けましょうか?」
「でも、笹崎さんは忙しいだろ? 親父、最近忙しく動いてるし」
「猪熊さんが、お手伝いされてますから、私の出る幕ありませんよ」
「…まさか、俺のガード……?」
「それはございませんよ」

笹崎と慶造が話している間、小島は、新聞のテレビ欄を見て、チャンネルを替えようと手を伸ばす。チャンネルをひねりながら、猪熊に話しかける小島。

「俺の見たいやつでいいか?」
「俺は何でもいいよ」
「ったく、家の中でも阿山かよぉ」
「うるさい」

テレビ番組は、なぜか、時代劇の場面を映し出していた。小島は、画面に見入る。

「じゃぁ、明後日かな。なぁ、小島、予定なかったよな?」
「あん?」
「明後日、天気が良かったら、ドライブどうかなぁって」
「ドライブか…。いいぞ……。…阿山?」

小島は、振り返って慶造に話しかけたが、慶造は、一点を見つめて動かなかった。慶造の目線に合わせて小島も振り返る。そこは、テレビ。ちょうど、主役が悪役を成敗する場面。かなり現実的に作られている時代劇の為、斬られた相手が血を噴き出しながら倒れていく場面が映し出されていた。

「阿山?」

慶造が激しく震え出す。

「おい、阿山!」

笹崎と猪熊が、小島の声に振り返る。

「慶造!」
「慶造さん!!!」

慶造の姿とその先に見えるテレビ画面で、何が起こったのか解る猪熊と笹崎。猪熊は素早くテレビの電源を切り、笹崎は、慶造に駆け寄った。
その様子を見ていた小島は、何が起こったのか解らない。

「小島さん、離れて!」

そう言った笹崎は、先ほどまで笑顔を見せていた表情とは違い、何かに集中している。ふと慶造に目をやった。慶造の表情は、自分が知っているものとは違っている。

「伏せろっ!」

猪熊が、小島を守るように体を伏せる。

「はぁ?!」

いきなり視野が低くなった小島は、本当に訳が解らないという状態だった。ちらりと顔を上げた。
人とも思えないような目をして、笹崎に取り押さえられている慶造が、そこに居た。笹崎が慶造の名前を呼び続けている。しかし、慶造には、その声が聞こえていないのか、笹崎の腕を振り解こうと暴れていた。

「動くなよ、小島」
「…ちゃんと説明してくれよ」
「後でな」

小島に静かに言った猪熊は、顔を上げ、笹崎に声を掛けた。

「笹崎さん、私が!」

猪熊が、立ち上がり、慶造に駆け寄る。それと同時に笹崎が慶造から手を離す。慶造の蹴りが、笹崎に向けられた。素早くしゃがみ込んだ笹崎の後ろから、猪熊の姿が現れる。猪熊は、そのまま慶造を押し倒した。

「目を覚ませ!」

怒鳴りながら、猪熊は慶造の顔の横の床に拳を叩き付けた。
その瞬間、慶造の表情が、いつものものに戻る。

「…修司……俺…」
「よかった……。いつも以上だったぞ」
「すまん」

猪熊が起きあがると同時に、慶造も体を起こす。ちらりと笹崎を見る慶造。ホッとした表情の笹崎を見て、自分が何をしたのか把握する。

「…何が起こったんだよ…。猪熊、説明しろよ」

小島が静かに言った。

「お前が、あんな番組に切り替えるからだ」
「どういうことだよ。単なる時代劇だろが」
「…血…ですよ」

笹崎が静かに応える。

「そら、あの番組は、血のりをたっぷり使ってる。そこが魅力の番組だよ。
 それのどこが駄目なんだ?」
「俺……血を見ると、正気を失うらしいんだよ。原因は解らない…。
 すまん、心配掛けた。…部屋に戻るよ」

静かに言って、慶造は立ち上がる。

「私が」

笹崎が言った。

「いいや、…一人で大丈夫だから。…ありがとう」

慶造は、リビングを出て行った。

「笹崎さん、お怪我は?」
「打ち身だけですよ。いつも以上の強さでしたけどね」

痛さで顔が歪んでいる笹崎に気が付いた猪熊が声を掛けた。脇腹を抑えている笹崎。どうやら、肋骨に影響しているらしい。

「だから、猪熊ぁ」
「解ったよ。ったく、急かすな」



慶造は、自分の部屋に戻り、ベッドの上に大の字になって寝ころんでいた。
手に残る、人を殴る感覚…。
手を見つめる慶造。
突然、その手が真っ赤に染まる。

「う、うわぁっ!」

慌てて起きあがる慶造。再び、その手を見つめるが、赤くない。
グッと拳を握りしめ、壁を殴る。

くそっ…なんだよ、この…感覚は…。

得たいの知れない感覚に苛立ちを見せる慶造だった。



「慶造さんは、血を見ると、狂ったように暴れ出してしまうんです」

上半身裸になり、猪熊に脇腹を手当てしてもらっている笹崎が、小島に語っていた。

「それは、あの日から…。…慶造さんの胸の傷、ご存じですか?」
「知ってる。刃物で刺されたような傷。それもかなり深そうな…」
「あの傷は、この世界で付けられたもの。…かなりの出血でした。
 その時の思いが体に残っているのか、血を見ると…先ほどのように…」
「阿山が、極道界を嫌うのは、それがあるからですか?」

手当てを終え、服を着る笹崎は、小島の質問に静かに応えた。

「解りません。ただ、あのようにならないように、あまり血を見せないように
 気を付けております。組長が、再び私を慶造さんの側に置こうとしているのは
 それも関わってます。もしかしたら、敵が慶造さんを狙うかもしれない。
 その時に起こる出来事も予想できます。…敵味方の区別が付きません」
「猪熊の声には反応した」
「それは、慶造さんよりも恐ろしいものを向けたからです」
「そういや、すんごい勢いの拳だったな。…でも、何か…深い何かが
 ありそうなんだけどなぁ。…それだけですか?」

鋭いところを…。
しかし、あまり詳しいことは言うなと組長が…。

「それだけですよ」

思ったことを言わずに、笹崎は、笑顔で応える。その言葉に、何か含まれていることを悟りながらも、小島は、ソファに座りながら言った。

「じゃぁ、血を見せないようにすれば、大丈夫なんだな」
「吹き出すようなものは、特に気を付けてください」
「はぁい。…で、阿山を一人にしていて大丈夫なのか?」
「自分を取り戻すまでは、気になさりますから」

そう言いながらも、心配そうな表情で、慶造の部屋の方を見つめる笹崎。

「笹崎さんって、阿山のお世話係だけですか?」
「ん??」
「初めて見たときの態度が気になるんですよ。まさか、父親?」
「ヒミツです」

何かしら不思議な雰囲気のある笹崎。小島は、すごく気になっていた。




自宅に戻った小島は、自宅の地下にある隠し部屋に入っていく。そこは、情報活動をする小島家の中枢となる場所。かなりの資料が置いてある。その地下で働く男達も居る。
訳あって、表に出ることが出来ない者達だった。

「隆栄さん、どうされました?」

情報室室長の桂守(かつらもり)が小島の姿を見て、声を掛けてきた。

「ん…調べもん」
「阿山組の情報、お待ちしてますよ」
「何も解らないよ。こないだ伝えたことだけ。進展なし」
「そうですか。やはり、ベールに包まれていますか…」
「なぁ、桂守さん、笹崎組の資料って、ある?」
「阿山組系でしたね」
「そう」

桂守は、立ち上がり、一つの棚から迷わずにファイルを手に取った。

「こちらですよ」
「ありがと」

ファイルを開けながら、小島は、書類に目を通し始める。

「笹崎組が何かございましたか? 今では、阿山組系となってますが、
 その昔は、違ってましたよ。阿山組二代目と同じように、殺戮を
 繰り返していましたね」
「それは知ってるよ。阿山組三代目に付いている笹崎さんだよ」
「あの…その情報をと…おやっさんがおっしゃってるんですけど…」

桂守の言葉で、小島は、ファイルを勢い良く閉じた。

「…やっぱり、俺が調べるしかないのか…やだな…」

冷たく差し出されたファイルを受け取る桂守。

「何かございましたね?」
「うん…気になってね。いつもは笑顔なのに、その裏に何かを隠してそうで」
「そこが、阿山組の解らないところなんですよ。いくら調べても、無理ですね」
「そのファイルがあるなら、阿山組もあるんだろ?」
「だからぁ、二代目に付いていた猪熊が、以前使用していた場所の倉庫を
 燃やしたと何度も…。それから、ここまで集め直すのに、どれだけ苦労したか…。
 私どもが、表に出てまで集め直したんですからぁ。そもそも、あの時は…」
「あがぁ、解ったって。その話をし始めたら、桂守さん、停まらないんだからぁ」
「すみません」

そう言って、桂守は、ファイルを棚に収めた。

「ちゃんと日に当たってますか?」
「日光浴くらいは、してますから。いつもありがとうございます」
「じゃぁ、俺は、家に戻るよ」
「宜しくお願いします」

笑顔で見送る桂守に、流石の小島も苦笑い。

「そのうちな!」

小島は去っていった。自宅に戻った小島は、自分の部屋で機械をいじり始めた。
何かにとりつかれたように……。




ドライブの日が来た。
あの日の慶造の姿が気になりながらも、小島は、笹崎運転の車の後部座席に座っていた。隣に座る慶造が、窓の外を眺めていた。

「どこ行くんだ?」
「笹崎さんに任せてる」
「笹崎さぁん、どこに向かってるん?」
「着いてからのお楽しみですよ!」
「大丈夫なん?」
「そういう場所を選びました」

ルームミラー越しに、笹崎が小島に話しかける。

「ふ〜ん。…阿山、何を見てる?」
「……外」
「……………解ってるって。だから、何が見える?」

と話しかけながら、小島は、慶造の肩に手を回す。

「小島…、お前もしかして……」
「どっちでもいけるくち」
「俺は、違うからな」
「解ってるって。スキンシップ、スキンシップ!」
「俺は、そういうのが嫌いだぁ!!」

慶造は、肩に掛けられている小島の手を掴み、ひねりあげた。

「いててっ!! 阿山、やめれ!!」
「うるさぁい」
「阿山ぁ〜」

助手席に座る猪熊が、後部座席の二人に振り返り、睨んでいた。

「車の中で暴れるなっ!!」

猪熊の一喝が効いたのか、後部座席の二人は、静かに座り直す。
再び、外の景色を眺め始めた慶造。小島も何気なく外を眺め始める。車は、景色がよく見える小高い丘に登っていく。

丘の上に立つ慶造、猪熊、そして、小島。下から吹く風に、髪の毛がなびいていた。

「久しぶりだな、この景色。…あの頃と変わってないな」

慶造が呟いた。

「あの頃?」
「あぁ。…お袋とよく眺めてた。その頃のこと。こうして、笹崎さんに
 連れてきてもらっていたんだ。…おとといのことで、笹崎さんは
 俺のことを心配したんだろうな。それで、ここ…か」

緑溢れる丘の上。なぜか、心が和んでいく。

「俺も心配したって」

小島は、そう言って、慶造と同じように景色を眺めていた。

「ありがと」

小島に振り返って、慶造が言った。
小島には、その表情が、すごく輝いて見えていた。

やばい…俺、阿山に惚れている??

背中に一筋、冷たい汗が伝う小島。
この時、小島は、慶造に秘められた過去を知らなかった。
血を見て狂うのは、極道としての本能。そう思っていた。
それは、違っていた。
慶造の胸にある傷…それが、深い意味を示してるのだった。


それが証されるのは、慶造達が、中学三年間を無事に過ごして、高校生になる頃…まだ、先のこと。
それまで、慶造に血を見せないようにと気を配っていた小島。その時期に心配していた敵との争いも、事前に抑えられ、事なきを得ていた。
もちろん、笹崎も、慶造から離れ、再び阿山組三代目の側に付いていた。



「なぁ、阿山ぁ」
「ん〜?」

阿山組本部の庭が見える縁側に座りながら、小島が慶造に話しかける。

「卒業だなぁ。とうとう高校生になるのかぁ」
「そうだな。三年間で、お前の何かを知ったような感じがするよ」

慶造は静かに応える。その表情は至って真面目…。

「阿山、…お前、好きな女、おらんのか?」
「居ないな」
「阿山の事、好きな女、かなり居るぞ」
「そう言う小島はどうなんだよ。…美穂ちゃんだろ?」
「解るか?」
「見る目が違う。…でも、美穂ちゃんは、違う学校に進学するんだろ?」
「そうなんだ。寂しいなぁ〜」
「一緒に行けないもんな」
「そりゃぁなぁ。いくらなんでも、俺は無理。医学目指すなんて」
「応援してあげろよ」
「あぁ。…猪熊の奴、どうして、いつも阿山の部屋なんだよ」
「仕方ないだろぉ。場所が無いんだから」
「自宅は?」
「緊張するって」
「自宅より、ここの方が落ち着くなら、部屋用意したらどうだよ」

小島の言葉で慶造は、考え込む。

「そっか」

かなり間があっての言葉に、小島は、ずっこけた。

「なぁ、阿山」
「ん?」
「お前って…すっとぼけてるよな」
「俺が?」
「あぁ。…絶対に、人よりずれてる。変わってる」
「変わってるのかな…」
「それに、何を考えているのか、解らないし…」
「そのまま、そっくり小島に、その言葉を返すよ」
「ありがと」

猪熊と春子が、仲良く並んで歩いてくる。

「春ちゃんを送ってくるよ」
「気を付けてな」
「慶造君、いつもありがと。…高校に行っても、よろしくね!」
「よろしく!」

…と小島が代わりに返事をした。

ドス……。

「こちらこそ、よろしく」

小島の腹部に拳を突き刺したまま、春子に笑顔で言う慶造。春子と猪熊が去っていった。

「……なぁ……阿山…」
「なんだぁ?」
「これ、やめてくれよ…」
「避けろ」
「お前のん、避けられないって…。ほんまに見えないんだからな…」
「愛の拳」
「……いらん…」

慶造の拳は、相当、強いようで…。



猪熊は、春子を家の前まで送りに来た。

「じゃぁね」
「おぅ」

そう言ったものの、二人は中々動こうとしない。それは、春子が、そうしていたのだった。

「どうした?」
「あのね……」

言いにくそうな表情をする春子。それには、猪熊も気になって仕方がない。

「何でも言ってくれよ。心配だからさぁ」
「慶造くんよりも?」
「慶造と比べるな。慶造は特別だからな。焼き餅か?」

春子は首を横に振る。

「慶造くんと小島君って、…できてるの?」
「…そんなことはないぞ。小島は、慶造の不思議な何かに惹かれてるだけ。
 俺もそうだよ。慶造って、何か秘めてそうだろ?」
「そうだね。…慶造君が跡目を継いだら、修ちゃんもあの世界に?」
「そうなるよ」
「じゃぁ、私もだね」
「…それは……」
「極道の妻…響きいいね!!」
「…春ちゃん」
「なぁに? 修ちゃん」
「慶造が、跡目を継いで、俺があの世界に入ることになったら、
 俺は、この体を張ることになる。そんな男の側で生きていくつもりなのか?」
「そう…決めたもん」
「って、春ちゃん! 俺は、言っただろ? 命のやり取りをする世界で生きていく
 男と共に過ごしてくれとは、言いたくないと。それでも…俺と…」
「できたの」

猪熊の言葉を遮って、春子が言った。

「………はいぃ?!??? 今、なんて?」

春子の言葉に耳を疑う猪熊は聞き返していた。

「……だ、だからぁ……できた…って」

春子は、照れたように言った。

「で、で、ででっでででで………出来たぁ?! って、何が?」
「だから、その……」

自分の下腹部に手を当てる春子。猪熊は、腰を抜かしたように座り込んでしまった。

「…………まじ?」

春子は頷く。

「それで、さっき、途中で嫌がったのか?」
「だって…なんとなく…ね」
「どうしたら…いい?」
「それを相談しないと…」
「そ、そうだよな。…俺の親父に……。それより、春子ちゃんのお母さんに」
「母は、修ちゃんの返答次第だって。…でも、私は、決めたよ。
 修ちゃんの奥さんになる。…極道の妻になってもいい。修ちゃんと共に
 生きていけるなら、それでいい。だから…修ちゃん」
「大切な春ちゃんを不幸に出来ないよ!!」

春子に背を向ける猪熊。その仕草に、春子は驚いた。

「修ちゃん……」
「………だから…俺…春ちゃんが好きだから…。その春ちゃんとの間に出来た
 子供も大切だから…。知らん顔なんて、できないよ。…だから、ごめん…!!」

春子が、猪熊を背中越しに抱きしめる。

「そんなこと言わないで。修ちゃんは、悪くない。慶造君を守る修ちゃん。
 もちろん、命も危険だということ、解ってる。それでも、修ちゃんが好きだもん。
 そんな修ちゃんを好きになったんだもん。修ちゃんが慶造君を守るなら、
 私は、修ちゃんを守ってあげる」
「春ちゃん…」

猪熊は振り返って、春子を力一杯抱きしめた。

「高校…。さっき、慶造によろしくって…」
「修ちゃんをよろしくってこと」
「俺のことばかり考えるなよ」
「いいでしょぉ」
「…そうだよな。俺を心配してくれて、ありがとう…春ちゃん」

猪熊と春子の事が慶造の耳に入ったのは、それから一週間後の中学校の卒業式が終わった時だった。
めでたい続きだと言って、まるで自分のことのように喜ぶ慶造だった。



(2003.10.16 第一部 第二話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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