第十部 『動き出す闇編』
第一話 慶造の行動
大阪へ向かう新幹線の中。
八造が、座席へと戻ってきた。その座席の窓側には、慶造が座っている。 八造に気付き、振り返った。
「どうだった?」
「熟睡されてるそうです」
「それなら、始業式には熱も下がってるだろうな」
「はい。失礼します」
八造は慶造の隣に腰を下ろした。
「入学式の後、はしゃぐからだ」
「反省しております」
「……ったく、一緒になってはしゃぐとは…真北が言うように
…変わったな、八造」
「えっ? 私は変わってないはずですが…」
「それが…地…ってことか…。幼い頃は、そうじゃなかったのになぁ」
何かを懐かしむようにそう言って、窓の外を眺めた。
「四代目……その話は…止めて下さい」
「修司が言わないなら、俺が言ってもええだろが」
「…しかし…」
焦る八造を横目で見ながら、慶造は笑いを堪えていた。
「笑わないでください」
「解ったか?」
「はい」
「すまん、すまん」
と言いながら、慶造は笑い出す。 八造は思わずふくれっ面に……。
「心配なのか?」
慶造の質問は唐突だった。
「えっ?」
「真子の側に地島が居る事が」
「いいえ…お嬢様の方が…心配です」
「ん?」
「地島を困らせていないか……」
「それは言えてるよなぁ」
「地島の噂は、耳にしてますが、目の前にしたときの
オーラは噂とは違っています。…一人で居るときは
本当に警戒してる時が多いのですが、お嬢様と
一緒の時は…」
「それだけ、真子に気を張ってるんだろ」
「気を張る?」
「術」
「……確か、あの事件の記憶を押し込めたと…」
「その時に、真子の能力も閉じこめたはずなんだがなぁ。
地島は、真子が心の声を聞いてしまう事を知った。
それから、更に気をつけてるのかもなぁ」
「……それにしては、お嬢様に対しては…」
「まぁ、そこが心配する部分なんだけどなぁ」
何かを誤魔化したように言って、慶造は再び外を眺めた。
「四代目。心配する部分とは、なんでしょう…」
「ん? これからの仕事だよ」
「あっ、その件も…すみません…」
「ったく、更に細かくするとは、思いもしなかったよ」
「その方が動きやすいと思いましたので…」
「まぁ、確かに動きやすいけどなぁ。…張り切りすぎ」
そう言って、慶造は八造の頭を軽く小突いた。
「大阪に居る間は、本部の事は気にするな」
「はっ」
暫く沈黙が続いた。 新幹線はトンネルに入る。 暗くなった窓に、八造の姿が映っていた。慶造は、八造の様子を見つめる。 何やら、ふくれっ面になりながら、自分の髪型を気にしてる様子。
「なぁ、八造」
窓に映る八造を見つめながら、慶造は声を掛けた。
「はい。飲物…ですか?」
直ぐに反応する八造。
「………それほどまで、その髪型……維持したいのか?」
「えっ????」
「地島が急に髪型変えたのは、真子が中学生になったからだと
そう思っていたが、………地島に何を言った?」
「………特に何も……。ただ…真似をするなと言っただけで…」
「威嚇…したんだろが」
「いいえ」
「………修司がその年齢の時は、その髪型だったんだけどなぁ。
やっぱり、親子は似るんだなぁ、性格や仕草…そして、好みまで」
「親父と同じじゃありません」
修司の話になると、八造の声色が変わる。 ちょっぴり(?)怒りを抑えた口調だ。 それに含まれる感情は、慶造自身、把握している。だからこそ、触れようとはしないのだが、八造の反応が楽しみの一つでもある為、わざと触れたりもする。もちろん、窓に映る八造の表情は、ちょっと怒りが現れてる。
「同じじゃないけど、似てるよ」
慶造が静かに言うと、八造は更にふくれっ面になった。
「それは、真北に似てるかなぁ」
「俺は俺ですっ!」
ムキになる八造だった。
新幹線はトンネルを抜けた。
大阪に到着すると、ホームには、竜見と虎石が待っていた。
「おつかれさまです」
慶造の姿を観た途端、深々と一礼し、元気よく挨拶をした。 周りが一瞬振り返る。
「あぁ、ありがとな。八造が居るから、来なくても良いと
須藤に伝えたんだが…連絡無かったのか?」
「連絡はありましたが、俺達の仕事ですから」
「……更に変化したということか…」
慶造の眼差しが鋭くなる。
「四代目?」
八造は、慶造のオーラが変化したことに気が付き声を掛ける。 そして、何かを感じ取った。
この気…どこかで…。
「…案内、してもらおうか」
慶造が竜見に声を掛ける。
「はい。こちらです」
素早くホームを降りていく四人。 その四人の様子を一人の男が見つめていた。
「阿山……慶造?」
呟いた男は、一緒に居た男に声を掛けられて、別の場所へと歩いていった。
竜見運転の車がロータリーを出て行った。 暫く道なりに走ると、慶造が八造に声を掛けた。
「……こっちの事は真北が行ってたよな」
「はい。今では薬関係で動いていると報告書に」
「なら、気のせいか」
「しかし、先程のオーラは……」
「俺の姿に反応しただけだろ。…まぁ、何年経っても、
別の世界で生きていても、俺に対しての思いは、絶対に
変わることはないだろうな」
寂しげに言った慶造に、八造は何も応えられなかった。 運転席の竜見と助手席に座る虎石は、後部座席の二人の会話は耳に入っていたが、敢えて、会話に加わろうとはしなかった。加わってはいけない、何かを感じていた。 慶造は、軽く息を吐く。
「荒れなければ、いいんだが……」
その呟きに、八造は思わず身を引き締めた。
車は須藤組組事務所に到着した。組員達の出迎えがあったものの、慶造は嫌な顔一つせず、四代目としての威厳を醸し出しながら、事務所内の組長室へと入っていった。 そこには、須藤だけでなく、水木、谷川、川原、藤、そして、さつまと関西幹部たちが揃っていた。慶造の姿を観るなり、立ち上がり、ビシッと姿勢を正して深々と頭を下げた。
「ご足労、申し訳御座いませんでした」
須藤が言うと、
「気にするな」
と応えながら、慶造は上座に座る。
「八造の報告から、変化したらしいな」
「申し訳御座いません。目を見張ってはいたのですが、その隙間を
かいくぐられてしまいました」
「須藤らしくない」
「恐らく、手引きをした人物が居るかと…。敵対してる組には、
そのような動きは見られなかったので、未だに正体は…」
「まぁいい。兎に角、気をつけながら、進行してくれ」
「はっ」
「それで……例のことだが…」
慶造が話を始めると、幹部達は真剣な眼差しをして、耳を傾ける。 これから始まる例のこと。 それは、慶造だけでなく、須藤達にとっても、最大の動きとなる。 もちろん、それに含まれるリスクも承知の上。 もしかしたら、命に関わる事も起きる可能性がある。 だからこそ、真剣な眼差しとなってしまうのだった。 少し遅れて阿山組の傘下になった、さつま組。須藤達が行っている事は把握しているが、須藤達が慶造に感じたものとは別のものを感じ取り、杯を受け取っていた。慶造自身、さつまの考えは解っているが、杯をあげることで、さつまの行動を抑えられると判断し、そして、今、さつまにも期待してるところがあった。
別室で待機してるのは、組長達の側近にあたる男達だった。それぞれが、会議の間、くつろいでいた。 くつろいでいる中でも、八造は常に気を張っている。 その八造に竜見がお茶をさしだした。
「…俺のことは、解ってるよな」
八造が静かに言うと、
「はい。しかし、須藤親分から、くつろがせろと、言われましたので」
「ったく………」
仕事中は、飲物、食べ物は、一切口にしない。 もしも、何かが含まれていたら、いざというときに行動できない。 私語厳禁。 気が散っては、もしもの時に動けない。 だからこそ、大阪で過ごしていた間、竜見や虎石だけでなく、須藤たちにも伝えていたこと。 なのに、くつろげとは…。
何か思惑があるに違いない…。
そう思い、少し気を緩めた八造は、湯飲みを手にし、一口飲んだ。
「……………真北さん直伝か?」
「口にしただけで、お解りになりましたか…やはり、真北さんが
仰ったとおりですね」
「しばらくは、お嬢様から離れないと仰っていたのに、いつだ?」
「昨日です。あっ、お茶は、以前からですが…。兄貴の為に
おいしいお茶を煎れたいと申したら、教えてくださいました」
「そっか。……それで…真北さんは何を?」
「例の変化に対してです」
「その事は須藤親分は御存知なのか?」
「はい。親分に直々…」
「四代目の行動を先読み…か」
ったく、あのひとは、自分の立場を解っていない…。 って、まさか、例の仕事を再開した??
八造の眉間にしわがよる。
「兄貴???」
と声を掛けても、深く考え込む八造には聞こえていない。 八造の意識が、ここに戻るまで、竜見はジッと見つめていることにした。
その頃、春樹は……。
阿山組本部の門を春樹の車が通りすぎる。そして、駐車場へと向かっていった。
「お帰りなさいませ」
駐車場係が春樹に声を掛ける。
「ま……」
「お嬢様は、部屋です。地島が側に付いてます」
車から降りると同時に口を開こうとした春樹だが、駐車場係に先を越されてしまう。
「ありがとう」
短く応えて早足で真子の部屋へと向かっていった。
真子の部屋のドアをそっとノックしてドアを開ける。
「様子は?」
真子の側に座り込んでいる政樹に、声を掛ける。
「少し下がっただけです」
政樹は静かに応えた。 いつになく、元気がない。
「どうした? ひどいのか?」
「あっ、いえ……。深く反省してます」
「無理するな。後は俺が付いているから、部屋で休んでおけ」
「すみません…お願いします」
そう応えた政樹。
こりゃ、相当だなぁ。 くまはちからもだろうな。
一礼して部屋を出て行く政樹を見つめながら、春樹は、そう思った。 上着を脱いで、ソファに掛け、そして、真子が眠るベッドの側に歩み寄る。
「だから、あれ程、申したのに」
そっと真子の頭を撫でて、額に軽く口づけをする。 すると、真子が目を覚ました。
「まきたん……」
真子の声は震えていた。
「まさちんは、部屋に戻しましたよ」
「…うん…」
「知ってた?」
真子は軽く頷いた。
「私が…悪いのに。…お父様に怒られてた」
「大丈夫ですよ。まさちんを本気で殴ったり蹴ったりはしませんから」
「くまはち…」
「慶造と一緒に仕事ですよ」
「……うん…」
「お腹…空いた?」
春樹が、そっと尋ねると、真子の部屋がノックされた。
「はい」
『向井です』
ん??
向井が訪ねてきた事に驚いているのか、春樹はドアを開けた。
「そろそろ目覚める頃かと思いまして、次の熱冷ましを
持ってきました。…お嬢様は…」
「目を覚ましてる。…俺に変わってる事に驚いてないな…」
「まさちんからですよ」
「そっか」
「昼食は、どうされますか?」
「俺も軽く」
「かしこまりました。直ぐにお持ちします」
向井が食堂に戻ろうとした時だった。
「むかいん…」
真子が呼び止めた。
「はい」
「…まさちんにも」
「ご心配なく。まさちんは食堂ですよ」
「うん。……ありがと…」
「ごゆっくりお休みください。では」
向井は、笑顔で応えて、去っていく。 向井の笑顔で、少し安心したのか、真子の表情が綻んでいた。
「真子ちゃん、これを飲んでからだよ」
「うん」
春樹に差し出された、むかいん特製の熱冷ましを、真子はゆっくりと飲み干した。 その途端、眠気に襲われたのか、真子が目を瞑る。 春樹は、真子に手を差し伸べて、寝かしつけた。
「お休みなさい、お姫様」
再び、額に軽く口づけをする春樹。その途端、ドアが開く。
「真北さん、その癖は慶造さんに怒られますよ」
春樹の食事を持ってきた向井だった。
「慶造が居ないなら、大丈夫だって」
「それでも、遠慮してくださいね。お嬢様は中学生ですよ」
「いつまでもいいんだって。娘だしぃ」
「ぺんこうも気にしてますよ」
「あっ」
何かを思い出したように声を張り上げる。
「……ちゃぁんと仕事してますよ。ご心配なくという伝言です」
「いつもすまんな、むかいん」
「お気になさらずに。お嬢様からも言われてますので」
「料亭の仕事もあるだろが」
「本来の仕事は、お嬢様の料理ですから」
「そうだったな。…あとで、笹崎さんにも話しておくよ」
「そうしてください。おやっさんも気になさってますので」
向井は、笑顔で言って去っていった。
「もう、俺……大人なんだけどなぁ」
と呟きながら、向井が用意した食事を口に運んでいた。
昼食を終えた政樹は、自分の部屋に戻らず、真子のくつろぎの庭へとやって来た。 庭木は、八造の手入れが行き届き、眺めるだけで、心が和んでいった。 慶造に殴られ蹴られた腹部は痛むものの、それは仕方のないことだった。 真子の入学式の後、喜ぶ真子を停めることが出来ず、一緒にはしゃいでしまった。 珍しく、八造もはしゃいでいた。 そんな様子を慶造と春樹が見つめながら、先のことを考えていた。
案の定、その日の夜、真子は熱を出した。 慶造が八造に怒鳴る。それを止めに入ったのが、政樹だった。 慶造の蹴り、拳が炸裂。 その後、八造の怒りまで…。
俺の仕事を取るな。
八造の言葉だった。 本来は自分の仕事。 真子が無茶をすれば、必ず停めろと言われていた。 はしゃぐことも同じ。 なのに、一緒になってはしゃいでしまった八造は、自分を責めていた。 後で怒られる覚悟もあった。 なのに……。 八造自身、なぜ、政樹を怒鳴り、殴ってしまったのかは、解らなかった。 その時に思わず口にした。
俺を真似るなっ!!
八造は、大きく息を吐く。 そして、何かに集中した。 スゥッと立ち上がり、そして、部屋を出て行く。
「兄貴?」
竜見が八造を追いかけていった。
八造は、須藤組組事務所の裏口から外に出た。
………数は、八。それぞれ二丁…か。
グッと拳を握りしめた途端、その場から姿を消した。
須藤の話を聞いていた慶造の表情が変わる。そして、何かを感じた所に目をやった。
「四代目、何か?」
「……虎石」
慶造が呼ぶと、虎石が組長室へと入ってきた。
「失礼します」
「八造を停めろ」
「竜見が…」
「竜見一人じゃ無理だろが。今の八造は、怒りが増してる」
静かに言った慶造。その言葉で、虎石の顔色が青ざめた。
「…あかん。俺が出る」
そう言って、慶造は、組長室を素早く出て行く。
「四代目が自ら出るのは!!」
須藤が声を掛けるが、慶造の速さには追いつかない。
「くそっ。よしの、追いかけろ!」
別室で待機していたよしのは、直ぐに部屋を出て、慶造を追いかけていった。
慶造は外に出た。そして、目の前の光景に、項垂れた。 路地裏では、銃を両手に握りしめた男達が、倒れている。 その数、四。 しかし、そこには八造の姿はない。 慶造は気を集中させる。
そこか!
慶造が走り出した。 そして……。
八造は、一人の男に目にも止まらぬ早さで蹴りを入れた。 男は思いっきり壁に飛んでいく。そして、壁にぶつかり、地面に滑り落ちた。 八造の攻撃は、終わっていない。地面に滑り落ちた男の側頭部を蹴る。 その時、背後の気配に振り返った。
「四代目!」
慶造が、一人の男を殴り倒していた。
「ったく、ここでは問題を起こすな」
「しかし、こいつらの狙いは…」
「俺じゃないことくらい、解ってるんだが…。どいつも水木組と
敵対してる奴らだろが」
「それに便乗して、四代目を狙う可能性が…」
「解ってる」
そう言った慶造は、地面に倒れていた男が体を起こしたことに気付き、素早く蹴りを入れた。 再び、気を失う男を無視して、八造に歩み寄る。
「残りは?」
「三です。でも、去っていった様子ですね」
「そうでもない……な」
「…そのようですね…」
二人が無表情になり、一点を見つめる。 そこには、残りの三人が、両手に銃を持ち、慶造と八造に銃口を向けていた。
「………向けるなら、直ぐに撃てばいいのになぁ」
慶造が言うと、
「そうですね」
「撃たない…ということは」
「そろそろ、本命が現れる…ということですね」
「あぁ。…………隠れてないで、出てこいや…」
慶造の声と同時に、三人の男は、道を空ける。 そこに姿を現したのは、桜島組(おうとうくみ)組長・長田という男だった。
「初めまして…ですね、阿山組四代目…阿山慶造さん」
「桜島組…長田…だったな。…ようこそ…と言った方が、いいのかな?」
「そうですなぁ」
「今日は、どのようなご用件で?」
「まぁ、そうですなぁ、…水木親分と、話し合い…と思ったんですが、
まさか、思わぬ収穫があるとは、驚きですよ」
「すみませんね、邪魔をしたようで」
慶造は地面で眠っている男達を軽く指さした。
「いえいえ。こちらも、そちらの邪魔をしたようで。また、出直しますわ」
「………それは、無理なようですよ」
慶造の目線は、少し離れた場所に立つ、水木に向けられていた。 長田は振り返る。
「……長田ぁ、てめぇ、こいつらつこて、俺をどうするつもりや?」
「解ってる事を、言わないとあかんのかぁ?」
男達の銃口は、水木に向けられた。 と同時に、男達が力無く倒れてしまう。
「なっ?!??」
「八造ぅ〜〜」
項垂れる慶造が口にしたように、八造が、男達を倒していた。そして、長田の胸ぐらを掴み上げていた。
「…あっ、すみません…つい…」
「ったく……離せ」
慶造の言葉で、八造は長田から手を離した。
「狙いは水木に変わったんだから、何もするな」
「水木さんが倒れた後は、こちらに来る可能性がありましたので…」
「水木が、簡単に倒れる訳ないやろが。…痛いのが嫌いなんだからな」
「それは、そうですが…」
と、のんびりと話す慶造と八造だった。
「………こういう状況でも、そういうオーラですか。
流石ですなぁ、全国を束ねようとする親分と、
そのボディーガードは」
服を整えながら、長田が言う。
「そうでもせな、お前が、血ぃ見るからなぁ」
水木が低い声で言った。 そのオーラこそ、誰もが凍り付くものだった。 水木を狙っていた長田の背筋を冷たい汗が流れていく。
「今日の所は、引き取るが…水木、覚悟しとけや。
そして、阿山……。のんびりしてるのも今のうちだ。
大阪に拠点を移して、何をしようとしてるのか知らんが、
…こっちに出向くようなら、容赦せんからな…」
そう言って、少し離れた所で待機していた桜島組組員と一緒に去っていった。
「……手を煩わせて申し訳ありませんでした、四代目」
水木が言った。
「いや、こっちこそ、お前の仕事を取り上げて悪かった」
仕事って…あのね…。
「…で、八造、そいつら、どうするつもりだ? 真北は居ないぞ」
「俺んとこで、片付けますので」
水木が言うと、慶造は口元を軽くつり上げて、
「頼んだで。ほな、話の続きだ。八造、戻るぞ」
慶造は、そう言って、八造と共に組事務所へと戻っていった。
外の様子を、モニターで観ていた須藤達は、一段落したことに安堵のため息を吐く。
「猪熊が口にしてたように、四代目は自ら動くんだな」
須藤が呟いた。
「そのようだな。…俺達の出番…なし?」
谷川が言うと、
「水木関連なら、手は出したぁないし」
須藤が応えた。
「それは言えとる」
納得したように谷川が返事をした。
「すまなかった」
そう言って、慶造が組長室へと戻ってきた。
「いや、四代目が御自ら出向かれるとは…」
「水木だけなら、出向かなかったが、八造だったからなぁ。
…須藤ぅ、お前、どんな教育したんだよ」
「わしは何も…」
「益々厄介になってるだろが…」
「すんません」
って、なんでわしが、言われなあかんのや。 水木が元凶やないか…。
遅れて戻ってきた水木を睨み上げる須藤。その眼差しに含まれる意味は、水木には解る。思わず睨み返したのが、運の尽き…。 水木と須藤が、慶造の目の前で、言い合い、殴り合いを始めてしまった……。
まるで、誰かと誰かを観てるようだなぁ。
呆れたような眼差しで、須藤と水木を見つめながら、慶造は思い出にふけっていた。
その二人は今、海外で………大暴れ中だということは、すでに耳に入っていた。
「……で、続き、始めてもいいのかぁ」
慶造が、ゆったりとした口調で言うと、
「お構いなく」
水木と須藤は同時に応え、会議の体勢に入った。
こういうところも、似てるわけだ…。 どこにも居る…ってことか…。
フッと笑みを浮かべて、慶造は話し始めた。
高級ホテルの一室に、一人の男が入ってきた。 部屋の電気を付ける。 その男こそ、桜島組組長・長田だった。 長田は、上着を脱ぎ、ネクタイを弛めながら、ソファに座り込んだ。 そして、天を仰ぐ。
「ふぅぅぅ……」
大きく息を吐いた後、部屋にある電話に歩み寄り、受話器を取る。いくつか番号を押し、呼び出し音を耳にする。暫くして、相手が出た。
「長田だ。………いや、全滅だな。水木じゃなく、
阿山が来ていたとは知らなかったよ。関西幹部たちが
集まるわけだ。………いえ、大丈夫ですよ。それにしても
阿山慶造は、得体の知れない男だな。…おっと、あなたには
禁句でしたな。……それで?」
長田は話に集中する。 一体、電話の相手は………。
慶造と八造は、八造が使っていたマンションの一室にやって来た。 そこは、虎石が管理しているマンションの一室。 須藤にとって大切な客人専用の部屋。ホテルでは、もしもの時に、一般市民に迷惑が掛かる。それを考えての行動なのだが………。
「八造。俺はそんなに長いこと滞在しないんだぞ」
「一泊でも、こちらでお願いします。須藤親分の思いですから」
「それなら、須藤邸でも良いのになぁ」
「それは、組員が…」
「…そっか。…本部では、誰もがくつろいでるからなぁ。須藤の家は
組員達は常に緊張してると聞いてるが…虎石、そうなんだろ?」
飲物の用意をしている虎石が振り返る。
「いいえ、そのようなことは…」
「八造から聞いたんだが…」
「それは、その……兄貴の行動が……」
「ん??? 八造の行動? ……あぁ、あれか。常に動いていないと
落ち着かない…って、いう行動なぁ。本部でも、そうだからなぁ」
「…四代目ぇ、それは…」
慶造の言葉に、八造は項垂れる。 その絶妙なやり取りを見ていた虎石は、思わず、自分の立場を忘れてしまい、大笑い。
「やっと笑った」
慶造が言った。
「あっ……申し訳御座いませんっ!!!」
虎石は深々と頭を下げた。
「本部の連中にも伝えてるんだが、こういう所では、俺は
肩書きを捨ててる。だから、四代目として扱わないで欲しい」
「そ、それは…俺が、須藤親分に怒られます」
「須藤と俺。どっちが上だ?」
「四代目です」
虎石は即答する。
「…という言葉こそ、威厳を出してるようなもんだけどなぁ。
気にすることねぇよ」
「しかし……って、兄貴! それは俺が!!」
慶造と虎石が話している間に、八造が飲物を用意し終え、慶造の前に差し出していた。
「八造ぅ、お前なぁ」
用意したのは、アルコール。
「俺は飲まないぞ」
「軽い程度で、疲れも飛びますから」
「……お見通しって訳か」
慶造の言葉に、八造はそっと笑みを浮かべただけだった。 二人の会話に付いていけない虎石は、ただ、じっと立ちつくすだけ。そんな虎石を、慶造が側に座らせる。そして、色々な話を語り始めた。
いつの間にか、肩書きを忘れている虎石は、慶造と話しに花を咲かせていた。 二人の様子を伺いながら、八造は、その日に行った会議の内容をまとめていた。
長田は、受話器を置いた。 クローゼットの扉を開け、そこに納めている鞄を手に取る。 中から、冷たくてずっしりと重いものを取りだした。
銃。
その銃の形は、目にしたことのない形。 手入れを静かに始める長田。 その眼差しは、とても恐ろしく………。
手入れを終えた途端、長田は銃を構えた。 そして、撃ったふりをする。
「くっくっくっく……水木の後や…待っとれや、阿山慶造っ!」
長田の声が地を這った。
真子が突然目を覚まし、起き上がった。 その途端、悲鳴を上げる。 真子の部屋のドアが勢い良く開いた。
「真子ちゃん!」
真子は、何かに怯えているのか、部屋の隅に身を寄せていた。
「どうした? 何が遭った!?」
春樹が真子に近づきながら、声を掛ける。
「真北……さ…ん」
声は震えていた。差し出してきた手も震えている。 春樹は、真子に何が起こったのか解らないまま、真子を抱き寄せ、自分の腕の中に包み込む。 春樹の胸に顔を埋めていても、真子は激しく震えていた。 そっと額に手を当てる。 熱が上がっていた。
「真子ちゃん…熱が高くなってるから、ベッドに戻るよ」
真子は激しく首を横に振った。
「いや…怖い……怖い……」
「夢…見た?」
「……怖い……。……見たくない……もう、もう…見たくないよ…。
真っ赤な……真っ赤な………も……の……。…………。」
消え入るような声で言った言葉を耳にした春樹。
「真子ちゃん?」
真子は春樹の腕の中で眠っていた。 目から溢れ出た涙を、そっと拭い、真子を抱きかかえてベッドに寝かしつける。 真子の手は、春樹の服を握りしめていた。
「真北さん、何が…」
政樹がドアの所に立っていた。
「怖い夢でも見たんだろう。…だから、一緒に寝ておけと言ったんだよ」
「すみません……って、その言い方は…。それに、お嬢様の年齢は…」
「中学一年生になっても、真子ちゃんは真子ちゃん。……心に秘める
寂しいものと激しいものは、変わってないんだからな…」
「…優しさも…です」
「………一人で眠れるからと言われて、離れるな」
政樹の言葉を聞いただけで、政樹が真子に何を言われ、そして、真子から離れたのかが解った春樹は、大きく息を吐き、
「まぁええ。俺が添い寝するから」
「心配です」
政樹の言葉に、真子の布団に潜ろうとしていた春樹の行動が停まった。
「……何に心配や? …まさちん…」
低い声で春樹が言い、そして、政樹を睨み上げた。
「わっ、その…違います! 手を出すということじゃなくて、その…
また、怖い夢を…ってことですよ!」
慌てて説明する政樹。
「じゃかましい。お前は部屋に戻っとけ」
「はっ。失礼しました」
急いで部屋を出て行く政樹だった。
「それくらい解っとるわい」
そっと呟き、真子の隣に身を沈める。そして、何かから守るように真子を腕の中に包み込んだ。
大丈夫だから。真子ちゃんは心配しなくて良いからね。
安心して過ごせるように、俺が……。
春樹の思いが真子に伝わったのか、真子の目から涙が一筋流れ、頬を伝って枕を濡らした。
(2006.11.25 第十部 第一話 改訂版2014.12.22 UP)
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