任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


最終部 『任侠に絆されて』
任侠に絆されて (2)

真子の打ち身という診断を受け、少し痛みが引くまで、医務室のベッドで寝転ぶことにした。
美穂がカルテを書いている間、芯は、真子の側に座り、久しぶりに色々な話で盛り上がっていた。
学校でのこと、みっちゃんとの事。そして、真子のことを観ていた事まで打ち明けた。
真子は驚きながらも、心が休まる何かを感じていたと、この時、初めて口にした。


医務室の外では、慶造と春樹、そして、政樹が深刻な表情で、立っていた。

「ぺんこうさんの眼鏡は、お嬢様の御意見なんです」
「真子の意見?」
「教師をしているのに、眼差しが鋭くて、教師に見えないという話を
 クラスメイトから聞いて、お嬢様は悩んでおりました」
「なんで、ぺんこうの事で、真子ちゃんが悩むんやっ」

私情が含まれる春樹。

「そこで、くまはちさんが、眼鏡である程度、穏やかになると
 仰ったので、お嬢様が、こっそりとお贈りしたものが
 あの眼鏡なんです」
「…ぺんこうの視力は、一般よりもええやろ」
「度は入ってません」
「……それで、まさちんのサングラスも新調されてたってわけか」

春樹が言った。

「で、俺のは?」

何やら期待した眼差しで、政樹に尋ねる春樹だが…、

「お前は、掛ける必要無くなっただろが」

その昔、芯に内緒生きていた頃、そして、大阪で講義をしていた頃には、必要だったサングラス。だが、今は、その必要も無くなった。

「それでも、まさちんやぺんこうだけって、寂しいやろぉ」
「くまはちもだぞ」

慶造は何でもお見通し。

「………真子ちゃんにお願いする…」

寂しそうに言った春樹は、ドアノブに手を伸ばしたが、空振り。
ドアが開き、芯が出てきた。

「四代目。申し訳御座いませんでした」

芯が深々と頭を下げた。

「そうやな。ちょっと来い」
「はっ」

慶造に言われ、芯は慶造と去っていく。その去り際に、

「まさちん。真北を引き留めとけ」

慶造は念を押す。
先程の春樹の言葉が気になったらしい。

「御意」

と応えたものの、政樹にとっては、春樹を引き留めるなど、出来ることではない。
それよりも、春樹の眼差しに、射られてしまった。

「………真子ちゃんにお願いしようっと」

弾んだ声で、春樹は医務室へと入っていった。
しかし…。
ベッドに寝転んでいる真子が、睨んでいた。

「ま、ま、真子ちゃん……具合は……どう?」

言いたい事とは違う言葉が、自然と口に出た。

「真北さんの、意地悪っ」

そう言って、真子は布団を引っ被ってしまった。

「真子ちゃぁん……」

春樹の表情は、先程とはうって変わって、思いっきり寂しげだった。
肩の力を落とす春樹を観て、政樹と美穂は、笑いを堪えるのが必死。
思いっきり体が揺れていた。




慶造の部屋。
慶造の前で、芯は姿勢を正して座っていた。

「反省しております」

そう言って、深々と頭を下げる。

「約束だったよな」
「はい。…お嬢様の前に姿を見せないこと。お嬢様にばれないこと」
「事情は判った。だが、それでも気をつけるべきだろうが」
「はっ。私の力不足です」
「はぁ…本来なら、拳だが…お前にやっても、効果ないやろし。
 俺よりも、真北が怒ってそうやしなぁ」
「関係ありません」

春樹のことになると、躍起になり、冷たい返事をしてしまう。

「真子の怪我に関しては、俺以上に厄介なことくらい、
 山本も知っとるやろ。…覚悟、しとんのか?」

芯は拳を握りしめた。

考えていなかった……。

「真北の事や。もう逢うなと言いそうやな」

芯は、ハッと顔を上げた。

「……眼鏡…似合ってる。真子の見立てだってな」
「はい。私の眼差しが教師に見えないと気付いた途端、
 なんとかしないと…とお嬢様は……」
「気付かなかったよ。真北もだろうな」
「…関係ありません」
「プッ…ったく、お前らはぁ…」
「…すみません」

口を尖らせて、そう言った芯に、慶造は思わず笑い出す。

「目つきは、家系だろ」
「そうでしょうね。あの人も、鋭い眼光ですから。…刑事というのは、
 そういうものだと、幼心に思っていたくらいです」
「まぁなぁ。俺達のような男を相手にするんだから、必要なんだろうな」
「……でも、お嬢様にお聞きするまで、私も気付きませんでした。
 眼差しは教師じゃない……。まだまだ…ですね」
「始まったばかりだろが。これからだ」
「がんばります」

慶造の部屋のドアが、勢い良く開いた。
慶造は、嫌ぁな表情で、ドアを開けた男を睨み付ける。

「ノック、返事、名乗ってから、入れと言ってるだろが」
「じゃかましっ! …ぺんこう、お前ぇ〜っ。真子ちゃんに怪我を…」

芯の眼差しが、がらりと変わる。眼鏡を外し、テーブルの上に置き、そして、ゆっくりと春樹に振り返り、

「お嬢様に嫌われたからといって、私に八つ当たりしないでください」
「なんやとぉ……」
「図星だな…」

慶造が言った。
芯の言葉に対しての、春樹の態度で医務室での出来事が、ありありと解る。
慶造は慌てて目を反らした。

「慶造っ! 笑うなぁぁぁっ!!!!!!」

春樹の怒鳴り声が、本部内に響き渡った。



医務室のベッドで寝転ぶ真子の側には、政樹の姿があった。

「まさちん〜」
「私には無理です」
「真北さんが…」
「そんなに気になるのでしたら、あのような態度………すみません」

政樹の顔面に枕が直撃。

「まさちんの意地悪っ!」

真子は布団を引っ被った。

「すみません! お嬢様、すみませんっ!!!」

あっちこっちで、本当にぃ〜。

静かに仕事をしたい美穂は、思わずため息を付いてしまった。



「駄目だ」
「あなたに言われることではありませんっ!」
「約束だろが」
「それは、四代目との約束で、あなたとは、してません!」
「それでも、許さん」
「あなたの言葉には従いません」
「じゃぁ、真子ちゃんにお願いする」
「……じゃぁって、なんですか、じゃぁってっ! お嬢様を出せば
 私が折れるとでもお思いですかっ!」
「あぁ、その通りや」
「折れません」
「折れる」
「折れないっ!」
「折ったるっ!」
「っ!!!!!!!!」
「〜〜っ!!!!」

睨み合う春樹と芯。
春樹は、この日の出来事と、芯の勤め先が真子にばれたことを理由に、真子の姿を職場で観ることを禁止すると言い出した。しかし、芯は、そんな約束は春樹としていない為、頑として、首を縦に振らない。
そんな二人のやり取りを、慶造はお茶をすすりながら、ゆったりとくつろいで見つめていた。

「終わったかぁ」

二人の言い合いが停まった事で、慶造が声を発する。
しかし、

「終わっとらんっ!」
「終わっておりませんっ!」

言い合いの勢いのまま、慶造に返事をする二人。

「あっ、す、すみませんっ!!」

芯は自分の言葉に気付き、慌てて謝った。

「気にするな」
「すみません…」
「まぁ、あれだ。真子にばれた事で、今後に影響するかもしれない」

冷静に、慶造が語り出す。

「真北の言葉も一理ある。だから、明日からは、真子を守るな」
「四代目! それでは…」
「真子の姿を観るな。そして、近づくな」
「………四代目……本来の、私の目的が…」

慶造の言葉には逆らわない芯。春樹とのやり取りで見せた勢いが殺げていた。

「解ってる。だが、もう大丈夫だろ。クラスメイトとも普通に話し、
 そして、仲良くしているんだろう?」
「はい。笑顔も、昔のように輝いております」
「お前は教師として、磨きを掛けて、本当の教師となった時に
 真子の前に姿を見せろ。それまでは、禁止だ」
「………それは……」

煮え切らない。

「でも、いつものように、電話は許す」

その途端、芯の表情が明るくなった。
どうやら、電話も禁止…と言われると思ったらしい。

「ありがとうございます!」

芯は深々と頭を下げた。

「眼鏡を掛けなくても、教師に見えるようになれよ。
 それは、俺の思いだ」

そして、真北の思いでもある。

慶造は、ちらりと春樹に目をやった。
春樹は、ふてくされたような表情をして、目を反らした。
照れていた。
自分の思いを慶造に悟られていた事に、思わず、照れてしまった。
ドアがノックされた。

『地島です』
「入れ」
「失礼します」
「……真北、次からは、こうやれ」
「ほっとけっ。まさちん、真子ちゃんの様子は?」
「その……様子を見て来て欲しいと言われまして…」
「山本の職場では、今までの行動は禁止した」
「えっ?」
「だが、電話はいつもの通りに許可している。地島も肝に銘じておけ」
「かしこまりました」
「真子は起きられるのか?」
「山本さんのお時間が許されるのなら、お話をしたいと仰っております」
「そうか…」

慶造は、そう言ったっきり、深く考え込んでしまった。

「逢えないなら、今、逢っておけ」

春樹の言葉に驚き、顔を上げる芯。

「俺は出掛ける。…慶造は外出禁止」

そう言って、春樹は部屋を出て行った。

「地島を連れて行けっ」
『栄三で間に合ってる』

ドアの向こうから聞こえ、足音が遠ざかった。

「……ったく」
「四代目」
「ん?」
「まさかと思いますが……」

芯が静かに尋ねた。

「…真北が怒るような事をした後や」
「それで…」
「何も言うなっ」

慶造の無茶な行動が、春樹の怒りに触れていた。
だからこそ、この日に、自宅に居ることになっていた。

「真子が待ってる。早く行ってやれ」
「ありがとうございました!」

深々と頭を下げて言った言葉は、とても弾んでいた。

「失礼いたしました」

芯は慶造の部屋を出て行った。

「地島、お茶」
「はっ」

慶造に言われ、政樹はお茶を煎れなおす。
お茶を注いだ時、外から真子の笑い声が聞こえてくる。
真子のくつろぎの場所に、芯と真子の姿があった。
今年、咲かなかった桜の木を見上げながら、二人は色々と語り合っていた。

慶造は、政樹が煎れたお茶をすすりながら、微かに聞こえてくる愛娘の声に耳を傾けていた。


隠している事がある。
春樹にも政樹にも、そして、八造や向井、関西の幹部達、さらに、大切な組員達に、隠していることがある。
慶造は、どうしても、この思いだけは、一人でやり遂げたい気持ちで一杯だった。
だからこそ、誰にも言っていない。
隠し通せるなら、隠しておきたい。
それは、大切な者を守るため……。



日が傾く頃、真子に見送られて、芯は本部を後にした。
職場での事を真子に話し、これからの事も打ち明けた。
嬉しいけど、寂しい。でも、心が弾む!
そう言って、真子は芯に素敵な笑顔を見せていた。
その笑顔を脳裏に焼き付けて、芯は職場へと戻っていく。
長居することになったのは、阿山真子の父親に、こっぴどく怒られたことにする。
何事も無かったが、長々と説教されたということに。


芯を見送った真子は、再び、くつろぎの場所へとやって来た。
桜の木をそっと見上げるその姿は、近寄りがたいものがある。
桜の木を通して、語ることがある。
そんな時は、誰も近づいては駄目だと、暗黙の了解。
真子の怪我が気になるものの、政樹は、くつろぎの場所にいる真子を、廊下の窓から優しく見つめるだけで、側に寄ろうとしなかった。
芯の職場の姿を知った時は、嬉しいと話していた。
しかし、それは、直ぐに禁止された。
真子の表情が、どことなく寂しく感じるのは、そのせいだろう。
政樹は、意を決して窓を開け、

「お嬢様、そろそろ部屋に戻る時間ですよ」

優しく声を掛けた。

「うん……ありがと…」

静かに返事をして、真子は屋敷に戻ってくる。

「部屋に…居るから」
「荷物はソファに置いておきました」
「ありがと」

政樹の敬う態度に気付くことなく、真子は部屋へと入っていく。

お嬢様……。

真子の事が気になるものの、話しかけるのは…。
こういう時は、何もしないのが一番の薬。
政樹は自然と身に付いていた。




次の日の朝。
政樹は、真子の送迎準備をするが…、

「暫く……歩いて登校するから…」

真子が静かに言った。
やっと戻った笑顔が、消えていた。

「御一緒いたします」
「一人で登校する」

真子に言われたら、政樹は何も出来ない。

「慶造さんにお話を」
「しなくていい。行ってきます」
「お嬢様っ!」

政樹の言葉に耳を傾けることなく、真子は登校する。
門番が、真子の姿に驚き、声を掛けようとするが、

「行ってきます」
「行ってらっしゃいませっ!」

真子に言われて、素早く反応してしまう。

「って、俺…何をしてんだよぉっ!!」

門を出て、一人で歩いていく真子の後ろ姿を見送るしか出来ない。
またしても、立ちつくす門番だった。
政樹が真子を追いかけるように出てきた。

「お嬢様は?」
「角を曲がった頃だと思います」
「そうか。俺は、気付かれないように付いていく」
「はっ」

政樹は真子を追いかけて行った。


しかし…。


門番は、とぼとぼと寂しげに歩いて戻ってくる政樹に気が付いた。

「まさちんさん…」
「………お嬢様に……怒られた…」

しょげていた。

「俺……まだまだだな…」

項垂れながら、門をくぐり玄関へと向かっていく政樹の後ろ姿は、それはそれは、本当に落ち込んでいるのが解る。
門番は、やっぱり立ちつくすしか出来なかった。



政樹は、真子の行動を慶造に報告した。
慶造は大きくため息を付き、

「仕方ない。桂守さんを頼るしかないよ。暫くは、送迎しなくていい。
 家に居る時だけにしてくれ」
「はっ。申し訳御座いませんでした」
「……聞こえたのかもしれないな…」

慶造は呟くように言った。

「はい?組長…今…」
「気にするな。それより、今日の予定だが…」

春樹にも内緒で行っている事がある。
政樹に組のことを色々と教えていた。
それは、これからの為でもある。だからこそ、政樹も真剣に、そして、春樹に気付かれないようにと、慶造の話に耳を傾けていた。




学校での真子は、いつもと変わりなくクラスメイトと笑顔で会話をし、休み時間には図書室で本を読む。時々、麗奈と言い合いながらも、楽しく過ごし、そして、一人で帰路に付いた。
もう迷うことなく一人で登下校できる。
この日、少し時間が早かった事、そして、徒歩ということで、帰宅の時間が車での送迎より時間が掛かることから、真子は、ふと、何かを思いついたのか、急に道を変えて、走り出した。
もちろん、そんな真子に付いていく男が居た。

お嬢様?

真子が向かっていく道に覚えがある。

まさかと思いますが……。

真子の思いに気付いた男・桂守は、真子を追いかける足を速めた。
その時だった。
真子が急に足を止め、何かに対し、身構えた。

「!!!!」

真子の前に、大柄の男が三人、現れた。

「阿山真子さんですね?」
「………私を狙っても、意味ありませんよ」

男達が何を考えているのか、真子には解っていた。

「それは、どうかなぁ」

そう言った途端、男達は真子を捉えようと手を伸ばしてきた。
真子は素早く避けた。しかし、男達の動きは、真子が想像していたよりも遥かに早かった。
一人の男が、真子の腕を掴み、引き寄せた。

「離せっ!」

真子が腕を掴む男に蹴りを入れようとした時だった。
男の腕が弛んだ。

えっ?

驚く真子の目の前で、大柄の男達は跪き、そのまま前のめりに倒れ、気を失ってしまった。
男達が倒れたその向こうに、サングラスを掛けた男が立っていた。サングラス越しでも解る。
その男は、ゆっくりと真子に目線を送ってきた。

「ありがとうございました」

真子は静かに言った。
男の口元が、スゥッとつり上がった。そして、倒れる男を気にせずに、真子へと近づいてくる。
どことなく、懐かしさがある男。
真子は身構えもせず、男が目の前に立つまで、見つめていた。
男が手を伸ばしてくる。
その手が、真子の顎に触れる寸前、風が、起こった。
真子の目の前に、更に別の男が立ち、真子の視野から、サングラスの男の姿を遮っていた。

桂守さん…。

真子の目の前に舞い降りたのは、一部始終を見ていた桂守だった。
桂守は、真子を守るように立ち、サングラスの男に何かを語っていた。
その声は、真子には聞こえてこない。
だが、サングラスの男と語り合っているのは解る。
真子は、思わず、桂守の服の裾を握りしめた。



真子を捉えようとする男達に気付き、桂守は戦闘態勢に入ろうとした。
しかし、別の何かを感じ、その方向に気を集中した。
その途端、真子を捉えようとした男達は地面に倒れてしまった。
気を集中した方向に目をやると、そこには、サングラスを掛けた男が立っていた。
その手には、見たこともない銃が握りしめられている。

しまった!

桂守は、男が銃をポケットにしまいこみながら、真子に近づいていくのに気付き、真子を守るように男の目の前に、舞い降りた。

「やはり、付いていたか…」

サングラスの男が静かに言った。その声で、この男が誰か解った桂守は、

「それなら、直ぐに去っていただこうか?」

小さな声で、男に言った。
男は、フッと笑みを浮かべ、

「あの日までは、手を出さないさ」
「あの日?」
「あぁ。…ただ、懐かしく感じただけだ。似てきたんだな」
「……何を考えて……!!」

桂守は、服を引っ張られ、真子に目線を移した。

「あまり、一人で行動させないように、慶造に言っておけ」

そう言って、男は去っていく。
桂守は、男の後ろ姿を見つめるだけだった。

「桂守さん……」
「お嬢様、お一人での勝手な行動は、危険ですよ。
 それに、こちら方面には、何もしてなかったんですから…」
「ごめんなさい。…ありがとう。……あの男の人は…」
「それよりも、飛びますよぉ」
「……あっ!」

真子の返事も聞かず、桂守は住民の気配を感じ、真子を抱きかかえて、飛び上がった。
屋根の上を、誰にも見つからないようにと、素早く飛び越えていく。
地面に倒れた男達に、近隣の住民が気付き、集まってきていた。


「あの…」
「隆栄さんにお話でしょう?」

桂守の腕の中で、真子は、そっと頷いた。

「小島のおじさんは、自宅ですか?」
「そうですね。夏までは家に居ることにしてますよ」
「大丈夫なの?」

隆栄の体調に気付いている様子。

「激しい動きは許されてませんけど、元気ですよ」
「良かった」
「もしかして、それだけを知るために、このような行動を?」
「……その……お父様のことを相談に…」
「かしこまりました」

そう口にした桂守は、小島家の縁側で、ぼぉぉぉっと庭を見つめている隆栄の姿に気付き……。



小島家。
隆栄は、この日も、何することなく、ぼぉぉぉっとしていた。
珈琲を煎れ、ゆっくりと味わう。
時間を確認する。

そろそろ帰宅する時間だから、向かう頃だろなぁ。

そう思いながら、カップを洗い、縁側へと足を運んだ。
庭木を見つめ、ぼぉぉぉぉっとする。
その時だった。

「……って!!! だからぁ、慣れてる俺でも驚くって!!!
 桂守さぁぁん、今日は早い…………お嬢様っ!」
「こんにちは、おじさん!」

隆栄の目の前に舞い降りた桂守の腕の中から、真子が、かわいく挨拶をした。

「こんにちは、お嬢様〜……って、何が遭ったんですかっ!」

そりゃぁ、驚く。



隆栄は、オレンジジュースを用意して、ソファに座る真子に差し出した。

「いただきます」
「また、こっそりと行動するんですから…。怒られるのは…」
「おじさんじゃないから、大丈夫でしょう?」
「そうだけど、遅くなるのは…」
「大丈夫だもん」
「お嬢様には…負けます…」

項垂れる隆栄だった。

「お話は、桂守さんに聞きましたが、阿山の事は、ここんとこ
 全くといって良いほど、把握してませんよ。お嬢様の期待には
 応えられず、申し訳ないと…」
「……ぺんこうを遠ざけた事で、解るんだけど…。それに、ここに
 来る前に、出逢った事、そして、桂守さんのお言葉から、大体
 想像できる。……何が起ころうとしているのか。…男達を倒した
 サングラスの男の人。あの人も関わってるかもしれない……。
 だから……もしもの事を考えて…」
「お嬢様……」

真子は敢えて口にしなかったが、隆栄には解っていた。

「そのような事は考えないで、お嬢様は普通にお過ごし下さい」

隆栄の言葉遣いが変わった。
そのことで、真子は、更に事態の悪化を把握した。
真子は、グッと拳を握りしめた。

「もう、…誰も哀しませたくないの……。お父様も…そうだから…」

真子の声は震えていた。

「だからといって、お嬢様が何か出来るとでも?」

少し厳しい口調で、隆栄が言う。

「解らない…お父様が生きている世界は、嫌いだから…。
 でも、自分の身に降りかかる危険くらいは、予想できる。
 だからって、私が手を出すのは、良くないことも解る。
 私のことで、周りが傷つくのは嫌…。お父様がぺんこうを
 私から遠ざけたのだって、真北さんの事を考えての事。
 大切な者が傷つくと、誰もが無茶な行動に出るから。
 お父様……誰にも言わずに、行おうとしてるの…」
「まさか、お嬢様…阿山の心の声を……」

真子が頷いた。

「ぺんこうに話していたときに、聞こえてきた。気は弛めてないのに。
 それなのに聞こえてくるほど、お父様は強く決意しているの…」
「……阿山は何を考えているんですか?」

隆栄が静かに尋ねると、真子は重い口を開くかのように、ゆっくりとゆっくりと語り出していた。
一部始終を聞いた隆栄は、

「どうして、俺に話を?」
「お父様を止められるのは、一人しか居ない。でも、その方は
 ある方の命令しか聞かないって仰ったから。……だから、おじさんっ!」

真子は、ソファから外れ、床に正座をして、頭を下げた。

「お父様の思いをやめさせる為に、桂守さんを暫くの間、
 私の側に居させてください。お願いします!」
「お嬢様っ!」

真子の突然の行動に焦る隆栄は、慌てて真子の体を起こすように手を伸ばした。しかし、真子は頑として動かない。強引に真子の体を起こすと、真子は泣いていた。

「!!! お嬢様っ!!」
「お願いします。お父様を止めるため……守るため…。
 おじさんも、猪熊のおじさんも、傷つけたくない。…お二人とも
 体を張って、お父様を守ろうとするから。…だから……、
 体を張らずに、守ることが出来る桂守さんにお願いしたいの!」
「…お嬢様。桂守さんの本当の姿を御存知なんですか?」
「小島家を守る方。そして、お父様や私をいつも影で守ってくださる方…」
「それは、今の姿です」
「………昔の事は知らない…。今は、私の知ってる方でしょう?」
「お嬢様…」

私の事を、御存知だったんですか…。

桂守は、真子の言葉で真子の心を悟ってしまった。
真子が、桂守の心の声に反応したのか、コクッと頷いた。

「お嬢様。残念ですが、それだけは、できません」

隆栄が淡々とした口調で応えた。その途端、真子の目が見開かれた。唇を噛みしめた真子の目から、涙が流れ落ちた。

「阿山の思いは守ってやりたい。何を考えて、どう行動しようと
 しているのか。俺には解っている。それが、例え危険な事でも。
 俺は、阿山の行動を止める権利は無い。猪熊もそうだ。
 …阿山の行動を止めることが出来るのは、ただ一人」

隆栄は、大きく息を吸い、心を落ち着かせる。

「ちさとちゃんだけ」

静かに言った隆栄に、真子は何も言えなくなった。

「…無理……だよ…そんなの……だって……」
「だから、お嬢様も止められる」

隆栄の言葉は続いていた。

「私も?」
「はい。桂守さんには無理ですよ。桂守さんも阿山の命令に
 背けないんですから。ねっ、桂守さん」
「えぇ。慶造さんのお言葉には、逆らえません」
「でも…私がお父様の事に関わるのは…」
「真北さんが激怒しますねぇ」
「止められないよ……」

真子は、物凄く寂しげな表情をしてしまった。

「隆栄さん……やりすぎですよ。…私への仕返しなら、
 私に直接してください」
「ばれたぁ〜?」
「ばればれです。お嬢様」

桂守は、真子の前にしゃがみ込み、優しい表情で見上げた。

「…はい」

返事する声は震えていた。

「お嬢様が御心配なさることでは御座いませんよ。
 慶造さんは、ちゃんとお考えになっております。今も、そして、
 これからの事も。なので、お嬢様は慶造さんが心安らぐ事を
 なさるだけで、いいんです」
「…お父様の心が安らぐ事?」
「ええ」
「……解らない……」
「いつものように、学校で楽しく過ごして、真北さんやまさちんさんと
 楽しい時間を過ごすこと。それだけで、慶造さんは安らぐそうです」
「……でも、聞こえてきた声……。それは……!!」

真子が言おうとしたことを、桂守は人差し指を差し出して、真子の唇にそっと触れることで、止めた。

「それ以上は、言わない方がいいですよ、お嬢様」
「桂守さん…」
「大丈夫。隆栄さんが、ちゃぁんと手を打ってくださってますから」
「…本当?」
「はい。ねっ、隆栄さん」

桂守の眼差しは、それは、とてもとても意地悪っぽく感じる。
隆栄は、先程の仕返しだと悟った。

「おじさん…本当に……」

真子が爛々と輝く眼差しを向けてきた。
それには、隆栄も参る。だからこそ、

「えぇ。私は唯一、阿山の命令に逆らう人物ですからね」

ウインクをして応える隆栄。
先程の言葉とは、正反対。
まぁ、これが、本来の姿だから、本当に、先程の言葉は、意地悪していたようで…。

「お任せください」

力強く応える隆栄に、真子は安心した。
安心したのは、それだけではない。二人の心の声も聞こえていた。

「そろそろ帰らないと、遅くなったと怒られますよぉ」

隆栄が言うと、

「あっ、本当だ!! おじさん、桂守さん、今日は本当にありがとうございました。
 それと、御心配をお掛けして申し訳御座いませんでした」

真子は深々と頭を下げる。

「では、今日は、これで」
「お嬢様、走って帰るんですか?」
「門限に間に合うと思う」
「それでしたら、お送りしますよ」
「でも…」
「お嬢様よりも早い足が…ですけど」

そう言った隆栄は、桂守を指さしていた。

「車よりも早いですよぉ〜」

にっこり微笑んだ桂守。
いや、それは……その……。

「お願いします」

桂守に負けないくらいの笑顔で、真子が言った。



真子を抱きかかえた桂守は、小島家の庭から屋根へと飛び上がり、そして、阿山組本部の方向へとスイスイと屋根の上を飛んでいく。

「ほんとに早いぃ〜」

真子は、なぜか、喜んでいる。

「今回限りですよ、お嬢様」
「本当はお父様に報告なんでしょう?」
「御存知でしたか…」
「…先程の人たち…そして、あのサングラスの人…」
「お嬢様は何も考えないでください。…まさちんさんを
 御自分から遠ざけて、慶造さんの側に居てもらおうというのも…」
「まさちんが側に居たら、お父様は無茶しないと思って…」
「それで、お嬢様が危険な目に遭っていたら、慶造さんは益々
 無茶してしまいますよ」

真子は、ハッと何かに気付いた。

「そうだった………私……」
「だから、明日からは」
「それでもいい。お父様から目を背けてくれるなら…」
「私は反対ですよ。それに、慶造さんも……っと、門の側でよろしいですか?」

どうやら、阿山組本部が見えてきたらしい。

「はい。お願いします」

桂守は、本部の周りに人の気配が無いのを感じ取ってから、真子を地面に下ろした。

「ありがとうございました」
「お嬢様。やはり、明日も…」
「ずっと一人で登下校します。それでは、失礼します」

そういう言葉は本当に力強い。そんな真子に、桂守も負けてしまう。
真子が門番に挨拶をして門をくぐっていった。桂守は暫く間を置いてから、阿山組本部の塀を乗り越え、慶造の部屋の側にある木の陰に身を隠した。
真子が慶造に挨拶をし、政樹と共に部屋に向かうのを見届ける。
真子が部屋に入った頃、慶造が桂守の側にやって来た。

「世話…掛けたな」

慶造が静かに言った。

「御存知でしたか」
「健からの情報。倒れた敵の傷の具合を聞けば解る」
「申し訳御座いませんでした」
「真子は何を考えて、小島に逢いに行ったんだ?」
「実は……」

桂守が静かに語る、真子の思い。
慶造は、ただ、耳を傾けるだけだった。
この思いだけは、本当に……。



夜。
慶造は一人で縁側に腰を掛け、夜空に浮かぶ月を眺めながら、煙を吐き出していた。

竜次…。
お前の思いは、やはり……。

真子の前から去るときに、桂守に言った言葉が、慶造の心に引っかかっていた。


あの日まで、手を出さない。


あの日とは、一体…………。



(2007.7.15 最終部 任侠に絆されて (2) 改訂版2014.12.23 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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