任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


最終部 『任侠に絆されて』
任侠に絆されて (5)

真子の送迎は政樹が行い、その影では、八造が守りをしていた。
本来なら、桂守の行動だが、八造が桂守には、慶造の方を…と訴えた為、こうなっていた。
八造の姿に気付いているのは、政樹と芯だけだった。
政樹は真子に悟られないようにと、振る舞っていた。だからこそ、真子にはばれていない。

八造が、真子の通う学校の近くを見回っていた。
そこへ気配を消して、忍び足で近づいていく男が居た。
しかし、八造は、そのオーラに気付いていた。
振り向き様に蹴りを炸裂。
だが、それは尽く避けられていた。

「こるるるぁぁらぁ。現役を退いてる奴が、避けるなっ!」

渾身の力を込めて差し出した拳を簡単に受け止められた八造。その相手こそ、芯だった。

「学校の周りをうろつかれると、かえって不信なんだけどなぁ」
「そう思うのは、ぺんこうだけだって。…お前はぁ。仕事中だろが。
 俺のオーラに反応するなんて……まだまだだなぁ」
「そのオーラが強すぎて、集中できないんだよ…ったく」
「仕事はぁ」
「今日は終わった。半日や」
「あれ? お嬢様は…」
「さぁ、どうだろうなぁ」

と言う口振りは、いかにも『知ってるけど、言わない』と言ってるようなもの。
八造は、思わず拳を握りしめた。

「そろそろ地島の車で出てくるよ」
「…逢ってないだろな」
「…見送られた…」
「……ぺんこう………報告するで……」
「俺に攻撃を止められたことだけ、報告しとけ。じゃあなぁ」

芯は徒歩で帰路に就いた。

「徒歩かよ……」

そう呟いた時、校門から政樹の車が出てきた。
助手席に目をやる八造。
真子の表情は笑顔だった。
それこそ、八造が安心する瞬間。



真子が本部に着いて、一休みしていると思われる時間に、八造は帰ってきた。

「お疲れ様です」

玄関で、若い衆に出迎えられた八造は、軽く手を挙げてから、玄関へと入っていった。
屋敷に上がろうと靴を脱ぐため、前屈みになった途端、その行動が停まった。
視野に飛び込んできた足に気付き、ゆっくりと顔を上げる。

「お嬢様。ただいま戻りました」
「……お帰り、くまはち。……ちょっと……話があるんですが…」

そう言う真子の声は、とても大人びていた。
身構える八造。
もしかしたら……。

「はい。なんでございましょう」
「今日は、何をしてたの?」
「慶造さんに言われた仕事をこなしていただけです」
「お父様に言われた仕事って、私の警護なの? それも、
 影で守るような行動。……それは、お父様も反対していたこと。
 なのに、お父様が言うはずない。…くまはち。勝手な行動は…」
「本来の、私の仕事です」

八造が口調を荒げた。

「くまはちは、誰に仕えるの?」
「お嬢様です」
「私の言った事、忘れたの?」
「覚えております」
「それなら、どうして、ボディーガードしてるのよっ!!!」

真子が怒鳴った。
玄関先でいきなり起こった出来事に、何事かと、組員達が集まってきた。
政樹も真子の声を聞き、玄関まで足を運んでくる。

「それが、私の仕事です」

八造の、この言葉は、絶対に揺るぎがない。
しかし、その言葉の後に続く、真子の言葉にも、揺るぎがないもの。
だからこそ、必ず……。

「猪熊家が阿山家を守るのは、代々受け継がれた事。そう言いたいの?」
「その通りです。なので、私は…」
「八造さん。それは、私が許さない!! もしものことがあったら…」
「そうならないように、影で…」
「私の身じゃなくて、八造さんの身に、もしもの事が遭ったらって事っ!
 私だけじゃないっ。おじさんだって……」
「親父とは、縁を切ったんです。だから…」
「そんなことないっ!」

真子が怒鳴り、大きく息を吸った。しかし、真子が叫ぼうとした言葉は、またしても、政樹の手で遮られた。

「お嬢様。これ以上、困らせないでください」
「まさちん…」
「八造さんの思いを御存知でしょう? それは、私にもございます。
 それなら、私も怒られるのが、当たり前ですよね、お嬢様」

政樹が優しく語りかける。
しかし、それが、真子の怒りに触れているとは、政樹自身、気付いていなかった。

「地島、それを言うなっ」

と、八造が口にするよりも先に、

「まさちんも、くまはちも……大っ嫌いっ!! もう側に来ないでっ!」

真子が叫んだ。

「お嬢様っ!」

叫んだ途端、真子は自分の部屋に向かって駆けていった。
政樹が追いかけようとするが、八造に腕を掴まれてしまう。

「八造さん、離してくださいっ」
「てめぇ…これ以上、お嬢様を怒らせるなっ」
「……なんだと…?」
「俺の行動がばれたのなら、仕方ない。でもな、今のお前の言葉は
 お嬢様の思いを逆撫でするようなことだぞ。気付いてないのかっ!」

八造は政樹の胸ぐらを掴み上げ、壁に押しやった。

「八造さん…」
「お前が俺と同じ場所に立ってどうするんだよ。…そんなことをしたら、
 お嬢様が突き放すだろがっ! 今の状況を考えろ。お嬢様を一人にするのは
 狙ってくださいと言ってるようなものだろがっ!」
「八造さんだけが、辛い思いをするのは…」
「誰が、辛いと言った? 誰が、そんなことを言ったんだよっ!」
「…誰も…言ってない…俺の…意見だ。…八造さんの本来の仕事は
 お嬢様のボディーガードでしょう? 何も影から守らなくても…」
「影で守る者が居るからこそ、側に居る者が行動しやすいんだ。
 そんな事も知らずに、お前は、お嬢様の側に居るのか?
 どうなんだよっ!」

八造は政樹を床に放り投げた。背中を強打した政樹は、痛みを堪えながら体を起こした。

「八造さん…。八造さんは、それで…いいんですか?」

政樹が静かに尋ねると、八造は政樹を睨み付け、

「それが、俺の思いだからな…」

静かに言って、八造は、真子を追いかけていく。
政樹の横を通り過ぎる時に、素早く蹴りを入れていた。

…っつーー!! ……手加減…ということは…。
相当、衝撃…受けてるんじゃありませんかっ!

政樹は立ち上がり、真子の部屋の方を見つめた。
そこから流れてくるオーラ。
それこそ……。

暫くは、二人にした方が…。

政樹は、ただ、立ちつくしているだけだった。




政樹に蹴りを入れた後、すぐに、真子の部屋の前まで駆けてきた八造。
ドアをノックしようとしたが、その手は躊躇った。
ノックする形のまま、拳を力強く握りしめる。

どう話しかければ…。
また、お嬢様に……。

握りしめられた拳が緩み、すとんと落ちる。
ドアの前に突っ立ったまま、動こうとしなかった。

『くまはち』

ドアの向こうから、真子の声が聞こえてきた。
真子は、ドアにもたれ掛かって、座り込んでいた。
八造がやって来たことに気付いた。ドアをノックするのかと、構えていたが、ノックは聞こえてこない。しかし、八造は、ドアの向こうに立っていることは、解っていた。
八造が、掛ける言葉を探している。
それなら…と、真子が呼びかけた。

「お嬢様。先程は、申し訳御座いませんでした」
『戻ってきたのは、お父様の世界の為?』
「こちらの状況は、大阪では解りません。しかし、何かが起こっているのは
 伝わってきたのです。慶造さんには、山中さんが付いてます。ですが、
 お嬢様には、まさちんだけです。こういう時こそ、私の本来の仕事を
 するべきだと、判断して、仕事を速めに終わらせて、戻ってきたんです」
『……私……外に出ない方がいいのかな…』
「どうしてですか?」
『くまはちの仕事が増えるから…』
「私の動きに、気付いておられたんですね」
『…うん。……解るもん…くまはちのオーラ…』

真子の言葉に、八造は何も言えなくなった。
真子に気付かれないようにと気配を消していたはず。なのに、なぜ、真子に気付かれてしまったのか、八造は不思議に思っていた。
ふと思い出す。
そう言えば、今日、芯に逢った。
芯が、真子に見送られたと言った……。

…ぺんこうの野郎……。

一番、質の悪い人物に、証された事に、この時、初めて気付いた。

「お嬢様。もしかして、ぺんこうから、お聞きになりましたか?」

八造が尋ねると、暫くしてドアが開いた。

「お嬢様」

真子は、そこに立っていた。
怒りの形相で……。

ギョッ……。

思わず、身を引こうとした八造だが、真子の怒りを受けることを覚悟した。

「ぺんこうに、私が教えたの。くまはちのオーラが近寄りがたいものに
 変わっていくから、だから…ぺんこうにお願いしただけ」
「ぺんこうと逢うのは、禁止だと…」
「誰の目も光ってないもん」
「………お嬢様」

八造が低い声で呼ぶ。

「なぁに?」

ちょっぴり意地悪っぽく返事をする真子に、八造は思わず笑みを浮かべてしまった。
真子も笑い出す。

「お嬢様。心配させるのは、良くありませんよ」
「いいでしょぉっ! 私の方が心配だったんだから。これくらいは…」
「私の心臓に良くありません」
「……それは、私の台詞なんだけど……。これでも、まだ続けるの?」

真子が冷静に尋ねてくる。その口調こそ、中学二年生の女の子とは思えない程、しっかりしていて、更に、自分の行動を制御されそうな感じだった。しかし、八造は、それには、負けていられない。大切な者を守るためには、反抗だってするよう、父親から言われていた。
その事は、猪熊家代々伝わることなのだが…。

「はい。何度も申して、何度も怒られておりますが、
 それが、本来の私の仕事でございます。許可をお願いします」

八造は、自分の意見をしっかりと述べ、そして、深々と頭を下げた。
それこそ、真子の怒りに触れるような言動。しかし、真子は、怒ることもせず、ただ、八造を見つめ、

「誰かが哀しむようなことだけは、しないでください」

優しく応えてきた。
八造が顔を上げると、真子独特の笑顔が、目に映る。

「ありがとうございますっ!」

八造も素敵な笑顔で、真子に応えた。

「……ねぇ、くまはち」
「はい」
「お父様は……」
「大丈夫ですよ。お嬢様が心配なさるようなことには、なりません」
「……お父様の世界が落ち着くまで、私……外出を控える」
「お嬢様、それは、慶造さんを更に心配させることになります。
 お嬢様は、お嬢様の時間を過ごすこと。慶造さんも安心なさります」
「でも、もし…」
「だから、私が守っているんですよ。気になさらず、お嬢様は
 ……まさちんと、楽しい時間をお過ごし下さい」

政樹のあだ名を呼ぶ時だけ、なぜか、言葉が詰まる。
それでも八造は、真子が政樹との時間を楽しんでいるのを見るのが好きだった。二人のやり取りを見ているだけで、そして、その時の、真子の笑顔を観ているだけで、心が安らぎ、疲れも吹き飛ぶ。
春樹が、真子の寝顔で疲れを癒す気持ちが、解り始めた八造。

あれ?

ふと、思い出した。

「お嬢様」
「はい」
「…真北さんは……」
「まだ、帰ってこないんだけど……お父様、どれだけたくさんの
 仕事をお願いしたんだろう…」
「見てきましょうか?」
「お願いしてもいいの? くまはちの仕事じゃないよ?」
「真北さんの補佐も、私の仕事です」
「……じゃぁ、明日……報告してね」
「お任せ下さい」
「うん」

真子に笑顔が戻った。

「それでは、私は部屋に居ますので、何か御座いましたら…」
「……一緒に、庭」

そう言って、真子は八造の手を引っ張って、廊下を歩き出した。

「…っと、えっ…っと、…その、お嬢様???」
「くつろぐのっ」
「あの、私は…」
「命令」
「…!! お嬢様っ!! どこで、それを!!」

真子が『命令』という言葉を初めて使った事に、八造は驚いた。
しかし、すぐに、その相手に気付く。

「本当に、栄三と話す時間は減らしてください」
「いいのっ!」
「は、はぁ…」

と言っている間に、真子のくつろぎの庭へとやって来た。

「お嬢様、何か飲みますか?」
「お願いします」

八造は、真子がくつろぎ始めたのを確認して、飲物を用意しに、食堂へと向かっていった。
真子は、今年は咲かなかった桜の木を眺めていた。


八造は、真子のオレンジジュースを用意して、お盆に乗せて歩き出す。

ったく、栄三の野郎…。あの時の仕返しかよ。

ほんの数日前の事を思い出した八造。
影で真子を守っていた栄三が負傷。それに気付かず、拳を向けたものだから、栄三の傷は悪化していた。大したことはないと言った栄三だが、大したことだった。歩き回ることは出来るが、本来の仕事である『ボディーガード』は、難しい。八造が居ない間に、栄三が真子に言ったのだろう。

強引にしないと、くまはちは頑固になりますよ。
その頑固を解くキーワードは……。


八造は、真子にオレンジジュースを差し出した。

「ありがとう。…くまはちは?」
「私は喉が渇いてませんので。ありがとうございます」
「今年……咲かなかったね」

真子の話は唐突だった。

「そうですね。咲かない年もあるとは、知りませんでした。
 毎年、見事に咲いて、そして、ピンクの絨毯を敷くのですが…。
 手入れは、欠かさなかったのに、どうしてなのか、不思議です」
「そういう時もあるんだね。…なんだか、寂しいなぁ」
「そうですね。でも、こうやって、目を瞑ると、瞼の裏に…」

八造は目を瞑る。真子も釣られて目を瞑った。

「桜の素敵な姿が浮かんできませんか?」
「……あっ、ほんとだ! 浮かんでる……」
「こうやって、思い出すことも出来るんですよ」

八造が目を開けると、真子の穏やかな表情が飛び込んできた。
瞼の裏に映る景色を、真子は楽しんでいるらしい。自然と、笑みが浮かんでいた。

「心も…和むね……」

私は、お嬢様の笑顔で、和みますよ。

フッと笑みを浮かべて、真子を見つめていた八造は、真子が目を開けた事で、慌てて目を反らし、桜の木を見上げていた。

「ありがと、くまはち」

真子が小さく呟いた。真子の言葉に、八造は、笑顔で応えるだけだった。


その日の夜。
八造は、真子の勉強を見ていた。
中学中退だが、大卒の能力はある。
そう言われているだけあって、八造の教え方は素晴らしい。真子は悩むことなく、すらすらと問題を解いていく。もうすぐ中間試験が始まる。その勉強も兼ねていた。

「今回も満点ですね」
「真北さんとの約束だもん」
「そうですね」
「うん」

笑みを交わす二人。
隣の部屋では、政樹が日記を付けていた。

八造の行動、芯の行動。
真子の一日。

それらを細かく書いていく。
気が付くと、真子の事ばかりになっていた。





雨が降る。
そんなに激しく降ってはいないが、なんとなく、いつもと違う雰囲気だった。


黒崎組組事務所内に、異様なオーラが漂っていた。
五人の男がソファに座り、誰かを待っていた。
ドアが開き、竜次が入ってくると同時に、男達は立ち上がり、一礼する。
竜次の後ろからやって来た崎が、五つの箱を持っていた。それらを一つずつ、男達の前に置いていく。

「まぁ、あれだ。言ってた通りや。頼んだで」
「御意っ」

五人の返事を聞いて、竜次は崎と共に部屋を出て行った。

「竜次様、奴らでは、飛鳥たちとは力が違いますよ」
「解ってる。だからこそ、例の薬も使ったんやろぉ」
「組員を実験体にするのは、もうお辞め下さい」

崎の言葉に、竜次の足が止まる。

「!!!!!!!」

竜次は振り向き様に、崎の胸ぐらを掴み上げていた。

「俺に指図出来る立場か? あ? 崎っ」
「申し訳…御座いません…」
「俺に指図するんやったら、阿山を倒せる銃を用意せぇや」
「既に用意しております」

竜次は手を離した。

「ほな、それ…試してみよか?」
「準備しております」
「そうか…お前も…使うだろ?」
「私には、向いておりませんので…遠慮します」
「凄いんやろぉ」

何やら期待した眼差しで、竜次は崎と共に、組事務所の奥にある一部屋に入っていった。



竜次は、真新しく、あまり目にしないような形の銃を手に握りしめ、銃弾を込めていた。
そして、銃を構え、的に向けて引き金を引いた。
銃声は聞こえない。なのに、的は砕け散っていた。

「おぉっ!! これだと、一発やんか」
「はい」

自信ありげに崎が応えた。
その割には、浮かない表情をしている。

「なんや崎。浮かん顔やな」
「本当に……行動なさるのかと思うと…」
「俺の勝利。…阿山は絶対に、俺には攻撃しないもんねぇ」
「だから心配なんです。阿山が行動しないということは、
 その周りに居る男達が竜次様を狙うのでは…」
「その為に、あいつらを用意したんやろが。ちゃぁんと命令通り
 行動出来るんやろか……そこが心配やで」
「竜次様。やはり…」
「………崎」

竜次は静かに言った。

「はっ」
「……俺のこと、解ってるんやろ?」
「はい…」
「だからや。……その方が、ちさとちゃんも喜ぶって!
 それにしても、楽しみやわぁ、これを使うのん〜」

まるで、子供のように嬉しそうな表情をしている竜次を見て、崎の心には、不安が過ぎっていた。

竜次様……本当に……。

竜次を止められない自分に、腹が立つ崎は、グッと唇を噛みしめた。



阿山組系飛鳥組と川原組。この二つの組を狙い続けている黒崎組系の組では、力が足りない。だからこそ、竜次は、自ら行動することを選んだ。
本家が動けば、容易いだろう。
万が一のこともある…いわば、『保険』的なものを用意していた。
五人の男は、二手に分かれて飛鳥組と川原組を狙う。
片手で足りる人数で狙えば、相手も油断をするだろう。


竜次は、全段撃ち尽くし、新たな弾を装着した。
不気味につり上がる口元。その口から……、

「作戦…開始や」

発せられた。





春樹は、本来の仕事場に居た。
阿山組系列の組と黒崎組系列の組の抗争に対する書類の束に埋もれていた。
どのような状態になっているのか細かく報告書を作成しなければならない。
それは、この特殊任務に就いた時の誓約書に記載されている事の一つ。
春樹は、書類の多さにイライラしながらも、難なく終わらせていった。

やれば、出来るのになぁ。

春樹が逃げ出さないようにと、春樹の上司に当たる人物が、側で監視をしている。…というより、即、判子を押さなければ、春樹の怒りに触れる状況に陥っているのだった。次々に仕上げる書類に判を押すだけで、なんだか、疲れを感じている上司。しかし、書類を仕上げる人物は、全くといっても良いほど、疲れを見せなかった。
その部屋に、一人の男が飛び込んできた。

「ノック」

いつもは、慶造に言われる言葉を、春樹が発する。
それほど、本来の自分になっていることに、春樹の側に来る者達は気付いていた。

「真北警部、更に悪化です」
「……放っておけ」
「飛鳥組に移りましたよ!!」

飛び込んできた刑事の言葉に、反応するかに思えたが、

「大丈夫や」

冷静に応えるだけだった。

「あの…真北警部……?」
「向こうの世界の事は、向こうに任せておけ。俺達は
 それを見てるだけで、ええんや」

そう言って、春樹は顔を上げた。

「ええな?」

鋭い眼光で、刑事に言うと、刑事はビシッと姿勢を正し、深々と一礼して去っていった。

「はぁぁぁ……。真北ぁ」
「なんですか」

短く応えて、書類に没頭する春樹。

「お前が動かないのは、本当に珍しいな」
「私が動くと、更に悪化するんでね」

その応え方に、何かを感じた上司は、深刻な表情になった。

「……お前……黒崎竜次の何を知っている? 奴に何を
 言われたんだ?」

その質問に、春樹の行動が停まった。
しかし、春樹は応えることなく、再びペンを動かし始めた。

こいつ……やはり、何かを考えているな…。

上司は、それ以上何も言わず、ただ、春樹の行動を見つめるだけだった。




飛鳥組組事務所内は、色々な物が散乱し、組員達が床に倒れて呻いていた。
竜次から銃を渡された三人の男が、事務所の中心に立ちはだかっていた。
男達の体にも、かなりのダメージが目に見える程、付いていた。
それでも、平気な表情で立つ男達を見て、腹部を抑えながら事務所の入り口に立つ飛鳥は、何かを感じていた。

「お前ら……その程度じゃ、四代目を倒せないなぁ…」

一人の男が、飛鳥に銃口を向け、直ぐに引き金を引いた。
飛鳥の右胸に当たった銃弾は、飛鳥の体を突き抜けて、背中から真っ赤な物と一緒に飛び出した。
それでも、飛鳥は倒れなかった。
男は立て続けに引き金を引いた。
飛鳥の右足、左足、そして、右肩、左肩、腹部と当たる。それでも、飛鳥は倒れなかった。
銃創から薬莢を取りだし、新たな弾を入れる男は、再び飛鳥に銃口を向けた。

「……そして、その銃……どこで手に入れた……」

飛鳥が跪く。
その飛鳥の前に三人の男が近づき、飛鳥の頭に銃口を突きつけた。

「親分っ!!!」

組事務所の外で待機している飛鳥組の組員達が、叫んだ。

「お前ら……さっさと本部に向かえっ! 命令だ!」

飛鳥の言葉に、組員達は一斉に事務所前から姿を消した。

「……組員……逃がして、どうするんだ? …親分を守ってこそ…
 組員じゃないのか?」
「フン…それは、黒崎組の流儀だろが。阿山組の流儀はな、
 親分のために生き抜くことや。…それも解らんと、俺らを狙ってるのか?」
「それなら、お前を殺せば、その流儀に反することになるんだな…」
「それは、どうだか……」

静かに言った飛鳥の口元が、不気味につり上がった。
その途端、男達の目の前から飛鳥の姿が消えた。

「!!!!!」

驚いた男達は、辺りを見渡した。
その途端、男達は、強烈な痛みを体中に感じ、気が付くと、目の前に青空が広がっていた。
体を起こそうとした途端、目の前が真っ暗になり、気が遠のいた。

「銃に……頼るから……、己の力を過信してしまうんやで…。
 覚えておけや……」

倒れた男達の中央に、飛鳥が立ちはだかっていた。
留めの蹴りは忘れていない。
男達の後頭部を思いっきり蹴り上げる飛鳥は、事務所の入り口に向かって歩き出す。しかし、中に入る力は、無かった。

「くっ……」

小さく呻いて、飛鳥は入り口のドアにもたれ掛かるように倒れた。

これ以上は……無理…か。

目の前に見える景色が、ぼやけてきた。
そっと目を瞑ると同時に、車が急停車する音が聞こえた。

「遅かったか……飛鳥っ!!」

慶造が駆けてくる。

四代目……すんません…。
あいつら、しばらく…頼みます…。

「悠長に…寝るなや、この、あほがぁっ!」

慶造の声が、遠ざかる……。



その頃、竜次に銃を渡された残り二人の男は、川原組組事務所で暴れていた。
しかし、そこには、組員誰一人として、姿を現さない。
事務所にある、あらゆる物を壊し終えた時だった。

「…気ぃ済んだかぁ?」

川原が事務所の奥から姿を現した。
川原を見た途端、二人の男は銃口を向けた。
しかし、川原の姿は直ぐに消えた。
入り口付近に立ちはだかる川原は、手に何かを持っていた。
それに気付きながらも、二人の男は銃口を向け、引き金を引こうとした。
銃弾が飛び出す前に、川原の姿は入り口から、外へ。

「じゃぁな」

その声と共に、大音響が辺りに響き渡った。
爆発音と瓦礫が崩れる音。
それは、一瞬の出来事だった。
川原組組事務所のあった場所は、瓦礫の山になっていた。その瓦礫の前に川原が立っていた。

「親分」

川原組組員が駆け寄ってくる。そして、目の前の瓦礫を眺めていた。

「暫く、本部やで。すまんな」
「……奴らは…」
「さぁ、どうやろな」

静かに言って、川原は何かを瓦礫に向かって放り投げた。
それは、小さなスイッチだった。

「使いたくなかったけどなぁ…」

どうやら、厚木から借りたものらしい。

「……一発とは……本当に、厚木総会は……」
「この際は、仕方ないやろ。じゃぁ、行こうか」
「はっ」

川原たちは、少し離れた所に停めてある車に乗り込み、その場を去っていった。
辺りに影響することなく、事務所を爆破解体した川原。
バックミラーに映る瓦礫の山を眺めながら、これからの事を考えていた。

「飛鳥は、どうだ?」
「まだ、連絡は…」
「そうか。本部で待機やな」

川原は目の前を流れる景色に目をやった。

「これで、竜次側も本人が出るしかない状態だな」
「まだ、竜次の側近が居ます。油断は…」
「いや、竜次が一対一で勝負したがるやろ。…時間が惜しいならな…」

そう言って、川原は目を瞑った。
車は、阿山組本部に向かって走っていく……。





黒崎組組長室。
大きな音が響き渡り、何かが散乱する音、割れる音が立て続けに起こった。

「くそっ!!!」

竜次が暴れていた。

「やっぱり、あいつら、使い物にならんやないかっ!!
 薬も効果なしかよっ!!」

椅子に蹴りを入れる竜次。

「竜次様っ!」

拳を机に勢い良く振り落とそうとした所を、崎が停めた。

「これ以上は…」
「五月蠅いっ! 離せや、崎ぃぃっ!!」
「離しません。これ以上、動くと、竜次様の体が…」
「俺の体や、ほっとけっ!」
「体力の消耗は、阿山慶造との対決に影響します」
「………解ってるわっ」

そう言って、体を大きく動かして、崎から逃れた。
息が上がっている竜次は、ソファに座り込む。

「…それで、阿山は何を言ってきたんや?」
「これ以上、無駄な動きはするなと」
「そうかいな。…ほな、最終案、伝えといてや」
「そのように致します。では、失礼します」

崎は、深々と頭を下げて、組長室を出て行った。
竜次は、目の前のテーブルを蹴った。
遠くに滑っていくテーブルを見つめ、壁にぶつかった所で、目線を別の所へ移した。
床に散乱する書類の中に、一枚の写真を見つけた。
それは、慶造とちさと、そして、幼い真子が写っている写真だった。

ちさとちゃん……。

その写真こそ、ちさとが竜次宛に送ったものだった。
今の自分を知らせる為に送った写真。そこに写るちさとの幸せそうな笑顔を観るだけで、竜次は落ち着いていく。
本来なら、腹を立てることなのに。
本来なら、破り捨てたくなるはずなのに。
なぜか、その写真を大切にしていた。
薬の研究に没頭できたのは、その写真のお陰でもある。
写真と共に入っていたちさとからの手紙。
そこに書かれていた事が、竜次の心の支えになっていた。
なのに、それとは別の自分が、そこに居ることにも気付いていた。
その自分が表に出る度、無茶な行動をしてしまう。
命を何とも思わない自分が、そこにいる。
いっそのこと、命を奪ってしまいたい。そして、その亡骸を側に置いて……そんな事を考えてしまう自分に気付き、恐怖に包み込まれる。そして、その後、気付いた時は、兄の心配げな表情が目の前にあった。
その兄も、ちさとも、今は、もう……。
更に、自分の体の異変を知った。
もう、先がないと……。

「ちさと……ちゃん………。……みんな一緒に、逝くからさぁ…。
 だから、一緒に……楽しく過ごそうや……なぁ、ちさとちゃん」

その写真をそっと手に取り、胸に抱く竜次。
頬を一筋の涙が流れ、床に落ちた。

ドアがノックされた。
竜次は慌てて涙を拭い、

「なんや?」

返事をする。

「失礼します」

崎が戻ってきた。

「阿山からの返事です。受けて立つ…と」

その言葉を耳にした途端、竜次の口元がつり上がった。

「ほな、準備…しよか…」
「はっ」

スゥッと立ち上がる竜次。先程まで見せていた表情とは違い、命を何とも思わない人物に入れ替わっていた。
その表情からも解る。
竜次は………。





慶造は、いつもの縁側に腰を掛け、空に浮かぶ月をぼんやりと眺めていた。
飛鳥は見た目は酷い状態だったが、大事には至らなかった。
治療の後、直ぐに起き上がろうとした。それを引き留めるのに大変だった事に、疲れただけ。

組員は安全や。川原も大丈夫。

慶造は力強く応えて、飛鳥を落ち着かせた。
取り敢えず、一週間は起きるなと、命令してから帰路に就いた。

ふぅ……。

少し息を吐いた。そして、煙草に火を付け、煙を吐き出す。
立ち上る煙が消えていくのを見つめ、慶造はフッと笑みを浮かべた。

なるように……なるか…。

銜え煙草のまま、寝転び、遠い昔を懐かしむかのような表情をして、月を眺める。
月が、慶造に何かを語りかけているように、見えていた。



(2007.8.16 最終部 任侠に絆されて (5) 改訂版2014.12.23 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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