最終部 『任侠に絆されて』
任侠に絆されて (6)
慶造が乗った車が、道病院の駐車場に停まった。 周りを警戒することなく、車から降り、病院の建物へと向かっていく。運転席から降りた勝司が慌てて追いかけていった。
飛鳥が入院する病室に、ノックすることなく入っていく。 勝司は廊下で待機していた。
「!!! 四代目っ!」
慶造が入ってきたことに驚き、思わず体を起こした飛鳥は、痛みで顔を歪めた。
「無理するなと言ってるのになぁ」
「すんません。…まさか、あいつらが…」
何かを伺うかのように、恐る恐る尋ねる飛鳥に、慶造は微笑むだけ。
「……やっぱり……」
どうやら、本部に預かってもらってる飛鳥組組員達が、何かをとんでもないことをしたと思ったらしい。慶造の微笑みにそれを感じ、項垂れてしまう。
「あいつらはぁ…あれ程、迷惑を掛けるなと言ってるのになぁ…。
一度離れると…忘れるんかよ…」
「飛鳥ぁ」
「はいぃ〜っ!!!」
慶造に呼ばれ、返事が裏返る。
「お前が心配するようなことは無いから、安心しろって」
「しかし、四代目…」
「お前の組員だろが。信じなくて、どうするねん」
「信じてますが…その…あいつら、張り切って、的外れな事を
やりかねませんので…」
「その通りやけどなぁ」
「!!!!!! も、申し訳御座いませんっ!!!!」
飛鳥は、ベッドに座ったまま、深々と頭を下げた。
「川原んとこと一緒やから、もう、大変やわ」
「そういや、川原は怪我なく、無事なんですか?」
「あぁ、お前の嫌いな方法を使ったそうや。だから、暫くは
本部に居ることになっとる」
「組全体…ですか…」
「まぁなぁ。だから、更に賑やかになっとるでぇ」
「…四代目…真子お嬢様のこと、お考えですか?」
「あぁ。真子の場所には行かないようにしてるから、大丈夫や。
いつもすまんな」
真子の話をする慶造の表情は、(親馬鹿な)父親。 飛鳥は、思わず笑い出してしまう。
「飛鳥ぁ〜、何が可笑しいんや?」
「すんません。四代目が四代目じゃなくて、父親に見えました」
「父親や」
「……そうでした…」
飛鳥は、ふと何かを思い出した。
「ところで、真北さんは…」
「ん?」
「長い間、お嬢様から離れていると、何か始めそうですが…」
「そうならんように、あっちに閉じこめとる」
「だから、あの行動ですか…」
見えないところでの、慶造の激しい動き。 それは、本当に数少ない人物しか気付いていなかった。 飛鳥組が襲撃に遭っていた日、慶造が駆け付けたのも、その動きがあっての事。その飛鳥組に向かう前、実は、川原組に足を運び、厚木と相談の末、川原にあの行動を奨めたのだった。
「もしかして、真北さんは…」
飛鳥が心配するのは、自分たちの行動。 敵の命は奪っていないが、その動きは……。
「さぁ、どうやろなぁ」
「…四代目…惚けないでくださいよ…」
慶造の表情で、春樹側で何が起こっているのか、何となく解る。 飛鳥の顔から、血の気が、さぁぁぁぁあっっと引いていった……。
その噂の春樹は…。
八造は、真子が外出しない事を約束して、真子に言われた通り、春樹の様子を伺いに例の場所へと向かっていった。 八造の車が例の建物へと難なく入っていく。 駐車場に車を停め、顔見知りの人物と一緒に玄関を通っていった。
「真北さん、そろそろ暴れそうじゃありませんか?」
八造が尋ねると、
「それが、書類に没頭するだけで、いつものような事は…」
「珍しいですね……」
「もしかして、お嬢さんが、心配なさってるんですか?」
「そうですね。中々帰ってこないので、すごく心配されております」
「一度、外出させた方が、真北警部自身も……」
その人物が淡々と語る春樹のことに耳を傾けながら、八造は春樹の居る部屋に案内された。
「失礼します。真北警部、お客様です」
「…くまはちやったら、帰ってもらえや」
「………お嬢様の代理でも、帰らないと駄目ですか」
「すまんな」
真子の名前を出したにもかかわらず、春樹は仕事から離れようとしない。 それには、流石に参る八造。案内してもらった刑事に何かを告げ、八造は部屋の中へ入ってきた。
「帰れ言うたやろ」
「真北さんを連れて帰るように言われてますんでね」
「俺が今、阿山組に入れば、どうなるか解っとるんか?」
「四代目の動きを止めることになりますね」
「今のうちやろ。慶造も竜次も己らの思いをぶつけあうのは」
「…真北さん…それは…」
「お前も知っとるやろ。竜次の事」
「はい。だからこそ、今になって、復活した…」
「竜次に対する慶造の思いも知っとるやろ?」
「存じてます」
静かに応える八造だった。 暫く沈黙が続いた。先に口を開いたのは、書類を仕上げた春樹だった。八造に振り返り、姿勢を崩しながら、八造を見つめた。
「暴れ足りん…みたいやな」
春樹が言うと、
「その通りです」
八造は即答した。
「あれだけ、影で暴れてるのにか?」
「はい」
「………あのなぁ、くまはち」
「はっ」
「これ…手伝え」
「はぁ??」
唐突な言葉に、思わず変な声を挙げてしまう。それでも気になったのか、春樹の側に歩み寄り、書類に目をやった。
「本来なら、慶造たちに書いてもらってる内容やけどなぁ」
「………それって、本当は真北さんの仕事なんですか?」
「そうや」
あっけらかんと口にする春樹に、八造は何も言えなくなる。
「まさかと思いますが…」
「今の行動が、いつもの三倍の内容になってるだけやけど、
これ、慶造にもっていってええか??」
「それは、困ります」
「だからや。…で、真子ちゃんが待ってるんか?」
「はい」
真子の話になっても、真子の前での表情にならない春樹を見て、八造は、本当に、これはやばい…と本能で嗅ぎつけた。 春樹の事を耳にしている。 隠された本能。それは、想像できないほど激しく、それでいて…。
「手伝いますよ」
八造は、そう言った途端、春樹の側に腰を掛け、テーブルの上の書類に手を伸ばす。 書き出しに目を通しただけで、その内容が何なのか、八造は直ぐに把握する。そして、春樹の指導もなしに、直ぐに仕上げてしまった。
「…くまはちぃ」
「なんでしょうか」
短く応えながらも、書類を仕上げていく八造。
「ほんまは、お前には、こっちが性に合ってるんやで」
その言葉に、手が止まる。
「どういうことですか?」
「真子ちゃんが奨めた大阪での仕事。くまはちに一番合う内容や。
ここんとこ、してへんやろ」
「そうですね。お嬢様を影で守る行動に専念してます」
「ほな、俺が丸一日、真子ちゃんに会う時間を作るように
仕上げとけ。三十分ほど、寝る」
そう言って、春樹は椅子を並べて、その上に寝転んだ。
「!! って、真北さん、睡眠は…」
「取ってへん」
「ちゃんと、取ってください。体は大切ですよ」
「十日ほどは、大丈夫や」
「ったく…」
呆れながらも、八造は書類を次々と仕上げていった。 それは、春樹よりも速い。 春樹は、安心したのか、そのまま深い眠りに就いてしまった。
ったく…。
目に飛び込んだタオルケットを春樹の体に、そっと掛けた。
無茶しすぎです。
春樹が何を避けて、ここに閉じこもっているのか。八造には、解らなかった。 そして…………。
八造の車の助手席に、春樹の姿があった。 まだ、眠いのか、寝ぼけ眼で座っていた。
「ふわぁぁぁ」
珍しく欠伸を連発する。
「早く起きてくださいねぇ」
「…ん…あぁ…起きてる」
返事が起きていない…。
「お嬢様がお待ちですから」
「学校は?」
「今日は半日ですよ」
「珍しいな」
「……日付の感覚も取り戻してくださいね」
「あ、あぁすまん」
「ぺんこうも元気に働いてますから」
「それは解ってる」
「…報告は受けていたんですね」
「勝手に報告してくるだけや」
「そうですか…」
車は阿山組本部の門を通っていった。
玄関を上がる春樹の足は、自然と真子の部屋に向かっていく。 廊下を曲がった時だった。
「お帰りっ!!」
真子が春樹に飛びついてきた。素早く抱き留め、力一杯抱きしめる春樹。
「一時帰宅ですよぉ」
「……まだ、終わらないの?」
春樹の腕の中から、うるうるとした眼差しで見上げる真子。
「えぇ。すみません」
真子のうるうる眼に、いつもなら、クラァッとくるはずなのに、春樹は、普通だった。
まだ、戻ってませんね…。
二人の様子を見ていた八造は、困った表情になる。
「くまはちっ」
「はっ。只今戻りました」
「ありがとう。暫く、真北さんと一緒に居るからね」
「はい。でも、試験勉強は忘れないように」
「心得てます! 行こう、真北さん」
真子は春樹の手を引いて、部屋に入っていった。 静かに閉まるドアを見つめ、八造は一礼する。そして、踵を返して自分の部屋に向かっていった。
真子の部屋。 春樹は真子を抱きしめたまま、ソファに座っていた。
「真北さん、疲れてるんでしょう?」
「少しだけですよ」
「…どうしたの?」
「何も…聞かないで下さい。…お願いします」
いつもの春樹でないことは、真子にも解った。 それほど、慶造に言われた仕事で疲れているのだろう。 真子は、そう思った。
「うん」
静かに応えて、真子はジッとしていた。
慶造が道病院から帰ってきた。 玄関先で、春樹の帰宅を耳にして、春樹の部屋に向かっていく。…が、春樹はそこには居ない。
ったく…。
春樹の居る場所は、考えなくても解る。 慶造は、春樹が自分の部屋に尋ねてくるまで、待つことにした。 部屋に入り、座る。そこへ、八造がタイミング良くお茶を持ってきた。
「真北は真子の所か?」
「はい」
「手伝ったやろ?」
「すみません。真北さんの時間を作らなければ、今後、更に…」
「そうならんように、真北が休む隙を与えてないのになぁ」
「解っておりますが、お嬢様に逢う時間も必要かと思いました」
「まぁ、今だけ…だな」
慶造はお茶をすする。
「八造」
慶造が静かに呼んだ。
「はっ」
「お前にも、言わないとな…」
「……四代目…それは、私には必要ありません」
「いいから、聞けっ」
慶造の言葉に、八造は姿勢を正した。 そして、慶造の口から発せられた言葉に、八造は何も言えなくなってしまう。
慶造の部屋から出てきた八造は、暫く、ドアの所に立ちつくしていた。 慶造の言葉に、八造は我を失った。
四代目…それは……。
ドアにもたれ掛かり天を仰ぐ。そして、唇を噛みしめた。
真子の涙は、もう、見たくない。
それは、八造の思い。 しかし、その思いよりも慶造の言葉の方が強かった。 グッと拳を握りしめ、八造は何かを決意する。真子の部屋の方を見つめ、何かを語る。
真子は、春樹とソファに座り、色々な話で盛り上がっていた。 学校での事、そして、芯の行動をこっそりと見ていること。
「真北さんに伝えないと…と思ったんだもん」
無邪気に語る真子に、春樹は優しく微笑んでいた。
そっか…俺……。
真子の笑顔を見ている春樹は、ここ数日の間、心の奥に閉じこめた思いを解放した。 それは、真子の為、そして、ちさとの為に抱いた思い。 自分が、何をしたいのか。それを思い出す。
「そろそろ、試験勉強しましょう、真子ちゃん」
真子の話が終わった頃を見計らって、春樹が言うと、いつもは嫌な表情をするのに、
「真北さんがみてくれるの??」
爛々と輝く眼差しで、真子が尋ねてきた。 その眼差しに、クラァァッとなる春樹。 真子の前で見せていた、いつもの春樹が、戻っていた。
「くまはちよりも、厳しくいきますよぉ。目標は、全教科満点」
「大丈夫だもん!」
自信たっぷりに、真子が応えた。
「では、まずは、真子ちゃんが苦手な数学から…」
春樹と真子は机に移動して、勉強を始めた。 廊下では、八造が二人の様子を伺っていた。 先程、慶造から聞いた事。それだけは、自分の心に押し込んだ。 そっと、真子の部屋の前から去っていく、八造だった。
その日の夜。 春樹は真子にお休みを告げてから、部屋を出ていた。 もう、中学二年生。 添い寝をするのは…ということで。 真子も同じ思いを抱いていた。
「お休みなさいぃ、真北さん」
部屋を出る真北に告げて、真子は布団に潜った。 春樹は、いつもの縁側に向かって歩き出す。 もちろん、そこには既に、慶造の姿があった。
「よぉ、一時帰宅ぅ」
慶造は煙草を吹かしながら、春樹に言った。
「暴れすぎや、あほ」
慶造の尻を軽く蹴って、隣に腰を下ろす春樹は、慶造の煙草に手を伸ばし、火を付けた。
「禁煙はぁ?」
「一時辞め」
「さよか…」
沈黙が続く。 この日、あいにくの曇り空のため、星も月も見えていない。それでも二人は縁側に腰を掛けて、のんびりと時を過ごしていた。
新たな煙草に火が付き、煙が空に上っていく。
「儚いよな…」
慶造が呟いた。
「…お前が言うなんて、珍しいな」
「そうか?」
「あぁ。……で、川原組は?」
「終わるまで本部だ」
「飛鳥の容態は?」
「痛みはあるが、動ける状態」
「それで、お前は?」
「いつもの事や」
「気をつけろ」
「解っとる」
再び沈黙が続いた。 吸い終えた煙草を灰皿でもみ消し、新たな一本に手を伸ばす春樹。しかし、それは、慶造に停められた。
「……もう一本…」
春樹が静かに言う。
「あかん」
慶造が短く応えた。
「!!!……俺、そんな趣味…ないで…」
春樹は、慶造に手を握られた事に驚き、思わず呟いた。しかし、慶造は春樹の手を掴み、観察するように自分の方へ引き寄せていた。
「流石、拳一つで敵を倒す男やな。…でも、手のひらにあるのは…」
慶造の手から逃れるかのように、春樹は手を引いた。
「あの日の傷跡や。思い出させるな」
「それも、嫌な思いから解放されるから、心配するな」
「…慶造……お前…」
慶造が突然立ち上がり、春樹の腕を掴み上げた。
「なんやねんっ!」
「来い…」
そう言って、慶造は強引に春樹を引っ張って、とある場所へと向かっていった。 春樹は慶造が向かう場所に、何となく嫌な思いがこみ上げてきた。
「俺には必要ないと、何度言ったら解るんやっ!」
そう言っても、慶造は何も応えず、春樹を引っ張っていく。 廊下の突き当たりまで来た。そして、柱に手をかざす………。
「離せっ!」
春樹は勢い良く体を動かし、慶造から離れた。そして、直ぐに入り口へと足を向ける。
「逃がさん」
そう言って、慶造は懐から銃を取りだし、春樹の足下を狙って、引き金を引いた。 春樹の足が止まる。そして、振り向き様に、慶造に拳を向けた。 しかし、慶造は春樹の心臓の辺りに、銃口を突きつけてきた。
「…慶造……てめぇ……俺を…」
「勘違いするな。誰が、兄弟を撃つかよ」
杯を交わした仲。 その意味を知っている春樹は、
「だったら、俺をここに連れてくるなっ」
嫌な場所。 その場所こそ、春樹が避けたがる射撃場。 春樹が嫌いな事も知っている。なのに、今になって、慶造は強引連れてきていた。
「銃…嫌いだけど、得意だよな」
「嫌いだからこそ、あまり触れないで良いようにしただけだ。
それが、得意と言われる事になって、俺は困ってる」
「二丁拳銃…再び…できるか?」
「………したこと…ないんだがなぁ」
春樹の応えに、慶造は、ニヤリと口元をつり上げた。
「フッ…あほ言うな。あの日…砂山組の連中に使っただろが…」
「記憶に無いんだが…」
「…やっぱり無意識か…」
「無意識でも、簡単に扱えるものじゃないやろ」
「…お前の例の行動では、軽々と扱っていたと耳にしてるんだが…」
「……で、何が目的や?」
「今、意識して撃ってみろ。話は、それからや」
慶造は、射撃場に用意していた箱から、同じ形の銃を二つ取りだし、春樹に手渡した。春樹は嫌がることなく、それを受け取り、一つ一つ確認する。 すでに、調整済みの物だった。 慶造が、スイッチを押すと、少し離れた場所に、的が二つ現れた。 的が出てきた途端、春樹の表情が変わった。
無表情。
両手に一つずつ銃を持ち、銃口を的に向けた。 そして、引き金を引く……。
二つの的の額の部分、心臓の部分、それぞれに、穴が空いた。
春樹は銃を台の上に置いた。
「……厚木からの新たな武器か。…俺の世界で薦めろってことか?」
「使い勝手は、どうや?」
「手に響かない。それに、音もしない。なのに、強力だな」
「初めて扱う代物を、いとも簡単に使いこなして、的を当てる…。
お前が怖いな」
「…で、これ…」
「近々、竜次と一対一で勝負する。あいつの事だ。銃を持ってくるだろうな。
俺自身も銃を持つが、俺は、あまり得意じゃないんでな」
「俺に撃て…とでも言うのか?」
「あぁ」
「そんな勝負…男としても…」
「……真北ぁ」
「あん?」
「まだ、撃つ相手を言ってないけどなぁ」
「察しは付くだろ」
「そうやなぁ。……それなら、二丁渡さないって」
そう言って、慶造はスイッチを押して、新たな的を出し、銃で撃った。 穴は全てど真ん中。
「どこが得意じゃないって?」
「相手が生きていたら…の話だ」
「そりゃそっか。……で…?」
「この争い。長年続いてきたんでな。…それも桂守さんが見てきたように
周りを巻き込むほどの…」
「それは、聞いている。…それを無くすために、慶造は跡目を継いで
今まで動いてきたんだろ」
「あぁ。でもな、どうしても、消えなければならないものがある」
「消えなければならない…もの?」
「阿山家と黒崎家だ」
慶造の言葉に、春樹は目を見開いた。
「竜次の思いは、俺をこの世から消すこと。そして、好きな人を
奪った恨みにも近い思いも抱いている。折角、この世界から
去るチャンスをやったというのに、竜次自ら戻ってきた。
それも、奴の家系かもしれないが、不治の病に自暴自棄になって…」
「あぁ。自暴自棄になりながらも、その病の薬を開発中だ」
「薬に関して、トップを行く竜次が、未だに開発出来ない状態だ。
自分の病の進行もある。だからこそ、心に抱く思いを…」
「……慶造、話が解らん」
「…終止符。…真北……お前が……打ってくれ」
「なっ!?」
「竜次との対決の時、お前が、影から俺と竜次を、この二丁拳銃で
狙ってくれ。ちゃぁんと一発で仕留めるようにな」
「断るっ」
春樹は即答した。
「いいや、お前は断れない」
「慶造、それが、どういう意味か解ってるだろっ! 俺は…」
「二人同時に倒れれば、他に誰も犠牲は出ない」
「慶造、俺は嫌だ。命を奪うのは…」
「もうこれ以上、誰も哀しませたくないんでな。それに、俺の思いは
あの日から決まっている」
修司の最愛の人・春子が亡くなった時。
「……慶造…。確かに、あの事件は竜次が狙ったものだが、
でも、それとこれは…」
「犠牲は少ない方が…ええやろ」
「……真子ちゃんが哀しむ…。お前を撃ったのが俺だと解ったら
真子ちゃん……赤い光で…」
「それは、お前が閉じこめたんだろ。だから、今年は現れなかった。
…そして、これからも」
「これからの真子ちゃんの事を考えて、物を言ってるのか?」
「真子には、お前やぺんこう、くまはち、むかいん…まさちん。
心強い男達が側に居るだろが」
「……慶造……跡目は…」
「真子だが…」
「俺がお前を撃った事を知ったら、真子ちゃんは…」
「ばれないように、影から撃て」
「慶造っ!」
春樹は、慶造の胸ぐらを掴み上げ、
「冗談……言うなよ」
慶造の目を見つめた。 慶造の眼差しから伝わる思い…本気……。 春樹は慶造から手を離し、大きく息を吐いた。
「はぁぁぁぁあああ……。そこまで覚悟してるとはな。
……いいのか?」
「あぁ」
「……お前を失った後のことは、どうするんや?」
「真北に任せる」
「俺の立場…解ってて言うんか?」
「そうやな。……お前が解放される為の…行動でもある。
俺を失えば、もう、ここに縛られることはないやろ」
「それは、そうだが…真子ちゃんの事は…」
「お前に任せる」
「………慶造…」
「…もし、お前が俺を撃った事がばれたら……」
慶造は、静かに言った。
「そこまで考えているのかよ………」
春樹の言葉に、慶造は口元をつり上げ、
「当たり前や。それが、任侠っつーもんやろ」
「フッ…ったく」
春樹は、フッと笑みをこぼし、慶造から受け取った銃を片付け始めた。
「慣れてるなぁ、銃の扱い」
「嫌いだから、こういうのも素早くだな…」
「その銃で俺を殺すんだから、もう……気にするな。
色々な思いを、その銃弾に込めておけ」
銃を箱に入れ、フタをした春樹は、慶造に振り返り、
「あぁ、そうやな。………お前を……殺したる」
地を這うような低い声で言った。
「……頼んだで」
春樹のオーラに応えるかのように、慶造も低い声で言った。 それこそ、極道の親分そのものの雰囲気だった。
「…後のことは…任せろや」
刑事のオーラを発し、春樹が応える。
そして、二人は、慶造の部屋に戻り、固めの杯を交わした………。
次の日。
真子は休みの為、一日中、春樹と過ごしていた。 というより、裏庭の池の前で、優雅に泳ぐ鯉を眺めながら、色々と語り合っているだけ。その中に、真子の思いを聞き出そうという、春樹の策略でもあった。そんな春樹の思惑に気付く事無く、真子は、久しぶりに春樹と語り合うことを楽しんでいた。 真子の笑顔が輝いている。 今の状況を知っている真子。だからこそ、笑顔も減っていた。しかし今、真子は心の底から笑っていた。 その笑顔は、今の春樹にとって、毒でもある……。
ごめんな、真子ちゃん。
春樹が突然、真子を抱きしめた。
「!!! 真北さん、どうしたの???」
「いいや、何も…。暫く……こうして…」
春樹の声は震えていた。
真北さん…???
春樹の心の声は、聞こえてこない……。
春樹が仕事に戻る。 真子は、春樹を笑顔で見送って、
「お嬢様、行きますよ」
「はぁい」
政樹の車に乗って、真子は登校する。
その様子を廊下の窓から眺めていた慶造は、愁いに満ちた眼差しをしていた。
「四代目、時間です」
勝司がそっと声を掛けると、慶造は、大きく息を吐き、目を瞑る。 何かに集中しているのか、暫く動かなかった。 ガッと目を開けた慶造は、四代目の威厳を醸し出す。
「会議が終わったら、勝司…お前にも改めて話しておくから、
覚悟……決めておけ」
「御意」
勝司は深々と頭を下げた。 そして二人は、会議室へと入っていった。そこには、既に幹部が集まっていた。慶造の姿を見た途端、立ち上がり、姿勢を正して一礼する。 会議室のドアが、無情に閉まった……。
(2007.8.25 最終部 任侠に絆されて (6) 改訂版2014.12.23 UP)
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